ミッション破壊作戦~瞳が映す先へ

作者:秋月きり

「みんな、グラディウスが力を取り戻したわ」
 ケルベロス達の前に並べられた8本の光剣を指さし、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が喜びの声を上げる。
 光剣の名はグラディウス。魔空回廊を穿つ事の出来る決戦兵器であった。
「よって、今、ここでミッション破壊作戦の開始を宣言するわ」
 今もなお侵攻を続けるデウスへクスへ向ける反逆の狼煙。その一翼こそがミッション破壊作戦であった。
「とは言っても、知らない人もいるかもしれないから、改めて説明するわね。この兵器の名はグラディウス。デウスエクス達が地上侵攻に用いている『強襲型魔空回廊』の破壊を可能とする力を持っているものよ」
 グラディウスは一度使用すると、グラビティ・チェインを吸収し、再使用出来る様になる迄、かなりの時間を要する。その時間が経過し、今、8本のグラディウスが再使用可能になったと、リーシャは告げる。
「みんなにはドラゴンの侵略地域を担当して貰う事になるわ」
 それ以上の事、つまり、どの地域を攻略するか等についてはケルベロス達に一任する為、現在の状況などを踏まえ、皆で話し合って欲しい、との事だった。
「作戦の概要は今まで同様、『ヘリオンを利用した降下作戦』よ」
 強襲型魔空回廊へ通常の手段で辿り着く事は困難。また、デウスエクスによるグラディウス強奪の危険性を考慮すると、手段は限られる。最適解は未だ不明だが、降下作戦が一定以上の効果を果たしている事は事実。ならば、継続に異論はない筈だった。
「強襲型魔空回廊は半径30m程度のドーム型バリアで覆われていて、そこにグラディウスを触れさせれば魔空回廊への攻撃は可能なの」
 大雑把な狙いで大丈夫だから出来る作戦だけどね、とリーシャは微苦笑を浮かべていた。
「で、グラディウスの使用方法だけど、みんなの強い想いが必要なの」
 8人のケルベロス達がグラビティを極限まで高めて使用する事で、グラディウスは最大限の力を発揮する。各々の強い想いに支えられたグラディウスの攻撃を集中する事が出来れば、強力な強襲型魔空回廊を一度で破壊する事も不可能ではないと言われている。また、例え一度の攻撃で破壊が出来なくとも、ダメージは蓄積する為、二度三度、少なくとも十回程度の降下作戦を行えば、強襲型魔空回廊の破壊は可能だろう、と推測されていた。
「その実績がある事も、知っている人は知っているでしょうけど」
 だが、この場で皆が頑張れば攻略する可能性もある。ならば、全力を尽くす事に意味が無い訳ではない。
「だから、みんなには自身の熱い想いをグラディウスに込めて、魔空回廊にぶつけて欲しいの」
 グラディウスに込める想いが強ければ、その攻撃によるダメージが増大する事は立証されている。よって、魔空回廊の破壊に至る事が出来るか否かは、ケルベロス達の想い――魂の叫び次第だった。
「あと、護衛部隊との遭遇は必至。だから、気を付けて欲しいの」
 ミッション地域の中枢である魔空回廊の護衛である以上、その戦闘能力は強力だ。故に、魔空回廊攻撃の後は速やかな撤退が必須だろう。
 また、先の説明通り、グラディウスは充電期間が完了すれば再使用が可能である。
「命と天秤にかける様な最悪の事態が発生したら、手放したりするのは仕方ないと思う。だけど、次に繋げる為には何とか持って帰って欲しいの。それも任務の内だと思ってくれても構わないわ」
 それでも優先すべきは皆の命だから、と複雑な表情をリーシャは形成する。
「で、さっき、戦闘は必至って言ったけど、それは心して欲しいの」
 グラディウス攻撃の余波で発生する爆炎と雷光によって魔空回廊に待機する護衛部隊はある程度無力化するだろう。だが、完全な無力化は不可能。故に、戦闘は不可避となる。
 幸い、強襲作戦によって敵は浮足立っている筈なので、立ち塞がる敵を素早く倒し、即、離脱が出来れば、被害は最小限に食い止める事が可能だ。
「逆を言えば、敵に態勢を整える時間を許してしまえば大きな被害に繋がりかねない。だから、速攻の撤退を推奨するわ」
 脱出前に敵が態勢を整えてしまえば、降伏か暴走しての撤退か、それを切り抜ける手段が限られてしまう。あまり是と言い難い事になるだろう。
 尚、ミッション地域毎に様々な特色がある為、それを確認の上、攻撃場所を選んで欲しい、との助言を付け加える。
「今もデウスエクスの侵攻は続いている。その侵攻を止める為、みんなの強い気持ちと熱い想い――『魂の咆哮』を魔空回廊にぶつけて欲しいの」
 だから、といつものように彼女はケルベロス達を送り出す。
「それじゃ、いってらっしゃい」


参加者
レーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)
エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)
アルケミア・シェロウ(トリックギャング・e02488)
七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)
卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)

■リプレイ

●消えた豊後水道
 豊後水道は、愛媛県と大分県の県境に位置する瀬戸内海の入口である。瀬戸内と太平洋の海流がぶつかり、急流が生まれる漁場事情の為、そこで育った魚は筋肉質に育ち、大変美味とされている。
 だが、現在、その水域は見る影もない。全域に於いて干上がり、荒れ地の如き海底を覗かせていた。
 それがこの地域の支配者――『暴食餓竜』によるものだと、プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)は知っていた。
「……」
 それを取り戻す決意を視線に込め、手にした光剣グラディウスとその模造品を見詰める。一見すれば同じように見えるが、質量や存在感、言葉にすればあやふやな『何か』が決定的に違うと感じてしまう。これではデウスエクスを騙す目的は果たせないのではないかと、思わず嘆息してしまう。
(「ヘリオンに置いていくべきかな」)
 多少の荷物になるだろうが、ヘリオライダーは怒らないよね? とローター音の中でそう思う。
「……こちらも、不調です」
 プランの気持ちが伝播したのか、ティ・ヌ(ウサギの狙撃手・e19467)が表情を歪め、首を横に振る。
 彼女が抱いた懸念は良きにせよ悪きにせよ、晴れていた。
 大地、否、海底までの高度は高く、グラディウスによる攻撃の爆発からヘリオンが被害を受ける事はないだろう。それはこれまでのミッション破壊作戦でも裏付けされていた。むしろ、被害がある程の低空を飛べば、デウスエクスからの襲撃は必至。一般人と変わらない戦闘力のヘリオライダーにそれを強いる事は出来る筈も無い。
「見晴らしもいいわな」
 卜部・泰孝(ジャンクチップ・e27412)の言葉に、コクリと頷く。
 空から逃亡ルートを図る予定だったが、水の無くなった海底は何処までも見晴らしがよく、最適な逃亡ルートを見出す事は出来ない。結局、爆炎や雷鳴に紛れ、大分県か愛媛県に逃れるのが最適に思えた。
「海だもの、ね」
 エヴァンジェリン・エトワール(白きエウリュアレ・e00968)の言葉も、何処か溜め息混じりに紡がれた。
 海溝の多い太平洋ならいざ知らず、所詮、九州と四国の間にある海域だ。土地柄、起伏に富めど、その地形を逃亡に生かす事は難しい。何より、相手はドラゴンだ。視界のみでケルベロス達の足跡を追うとは到底思えなかった。
「最短経路なら、やはり大分県か」
 単純な距離の問題ならば、と前置きしレーグル・ノルベルト(ダーヴィド・e00079)が目測を口にする。しかし、安全圏と言う意味では両県に逃げようとも変わらないだろう。魔空回廊の周囲に集うドラゴンから逃れるだけなのだ。何処まで逃げれば安全か等、誰かが保証できる筈も無かった。
「見えたぞ」
 窓から魔空回廊を索敵していたアルケミア・シェロウ(トリックギャング・e02488)が鋭く告げる。
「戦いの刻ですわね」
 朱色の唇に同色の舌を這わせ、旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)がその到来を口にした。
 飲み込む唾は緊張の為か、それとも強敵と戦う事への喜びの為か。
「わたし達なら、絶対に大丈夫よ! しっかり守るから、どーんとぶちかましちゃって!」
 七星・さくら(日溜りのキルシェ・e04235)の後押しに呼応するよう、ヘリオンの降下ハッチが開く。
 やがて、二つの県境とも言うべき海域に、8つの人影、そして1体のボクスドラゴンの影が躍り出るのであった。

●瞳が映すもの
 空中で態勢を整えたケルベロス達は、各々、光り輝く兵器――グラディウスを構える。
 口火を切ったのはティだった。
「お願い。私たちを守って!」
 グラディウスによって生じた爆発が一分一秒でも自分達を守る様、祈りを捧げる。
「戦いを求める心こそ、私の魂……。さぁ、破壊の華を咲かせましょう……! 私の命、魂……全てこの一撃に捧げますッ!」
 続く竜華の叫びは決意。己が全てを捧げ、魔空回廊を打ち砕かんとグラディウスに祈りを込める。
「言いたい事は色々あるけどね」
 海の幸への暴食。自然破壊。むしろ、地球そのものを喰らい尽くされてしまうのではないかと言う懸念。そして、この世の物理法則に喧嘩を売るような質量保存法則の反故等。言葉を重ねてもまだ足りない。だから、プランはこう叫ぶ。
「凄く迷惑、消えて!」
「ええ。迷惑ね」
 食欲の秋とは言うけど、海が干上がる程の食べっぷりを見たら逆に食欲を失ってしまう、とさくらは鼻白む。
「イルカやクジラも回遊する豊後水道は、母なる海の恵みがある大切な場所。これ以上好き勝手に荒らさせてたまるもんですか!」
 理不尽に貪られてきた命の痛みを叩き込むべく、グラディウスを振り被った。
「海は生命の母、命の源、そして糧。それを、こんな風に喰らい続けて……!」
 海に対する想いをぶつけるのは、エヴァンジェリンも同様だった。この豊後の海同様、世界の各地におけるデウスエクスの蹂躙は未だ、止む事を知らない。
「アナタたちは、いつもそう。大事なものを、簡単に踏みにじる。―――海を、返して……!!」
「随分とまぁ、大喰らいだな」
 散々他者の命を喰らい、チップとして遊んできたドラゴンに対して、次は自分達がそのチップを回収する番だと泰孝は断言する。
「テメーらが海を喰い尽すか、オレらが回廊ブチ砕くかチキンレース。オレは自分をオールインベット、此れでも喰らっとけ!」
 続くアルケミアの叫びもまた、ドラゴン達の蛮行への非難だった。
「お前たちの独唱は終わりだ。平穏を壊した不穏の宴は、私達の手によって終幕を迎える!」
 最強の種族の名に胡坐をかくのならば、その寝首を掻き切ると宣言する彼女の掌で、その為に我を使えと呼応するかのように、グラディウスが輝く。
「さぁ――力比べと行こうじゃんか。同じ『命』だ。存分に貪り合おう、よ――!」
「これ以上の破壊は止めさせて貰う。この大地の嘆きを知るが良い!」
 そしてレーグルは彼らがもたらした破壊の痕を訴える。彼の故郷もドラゴンによって蹂躙された。ここに故郷と同じ傷を得させてなるものか、と。
 叫びの込められた8つの光は収束し、豊後水道に穿たれた魔空回廊を、それを包むバリアを貫く。
 吹き荒れる爆音と雷は、その攻撃証左。全てを打ち砕くケルベロス達の魂の咆哮だった。

 だが。
 爆炎と雷鳴の中、それでも、魔空回廊は堅牢に聳え立っている。
「――破壊、ならず、か」
 悔悟に表情を歪めながらも、プランが目の前の現実を口にする。
 8つの光は魔空回廊を貫いた。だが、破壊には至らなかった。
「ま、仕方ないな」
 強固なこの場所を、一度の攻撃で攻略できる事の方が奇跡だと、泰孝は嘆息混じりに呟く。
 ならば、今、為す事は一つだけだった。

●暴食餓竜
 咆哮が鳴り響く。黒煙たなびく豊後水道の中で、それらすら吹き飛ばしかねない咆哮は、暴食餓竜から迸る叫びだった。
 空気をびりびり震わせる声に込められた感情は、即ち、怒り。
「当然ですわね」
 侵略しているとは言え、自身らの拠点となりうる魔空回廊を攻撃され、怒らない筈がない。竜華の呟きは当を得ていた。
 そして、それは到来した。
 逃亡を図ろうとしたケルベロス達の前に、全身が口と化した異形――暴食餓竜の一体が立ち塞がったのだ。
「戦いは必至、か」
 ヘリオライダーの助言を想起しながら、アルケミアは惨殺ナイフを逆手に構える。
「さぁ。来いよ。ここで押し問答する気なんか、ないんだろう?」
 まるで彼女の声に応える様、暴食餓竜はケルベロス達に吶喊する。

「――重いっ」
 牙の一撃を受けたレーグルが呻く。ディフェンダーの恩恵と防具の恩恵。その二つを以ってしても、暴食餓竜の一撃は重く、深刻なダメージを彼に刻んでいた。
「クラッシャー?!」
 驚愕と納得の混じった声がティから上がる。二つの恩恵を超えての攻撃は、ドラゴンもまたそれを打破する恩恵を帯びている証拠だ。
 そのポジションは予想していた。喰らう事に特化したドラゴンだ。拠点の守りを優先するディフェンダーや回避や命中に特化したキャスターよりもありえる、とは誰の言葉だったか。
(「でも、あくまでこの個体は、だろうけど」)
 この場所の攻略指針には役立つまい、とプランは吐き捨てる。二度目があったとして、その時立ち塞がる竜がクラッシャーだとは限らない。
「守ることが、アタシの存在意義。アタシの全てで、守ってみせる……っ」
 左手のお守りに触れ、エヴァンジェリンが鬨の声を上げる。レーグルと自身、二人と言う盾があれば守り切れると言う自負はあった。
 ――そう、守り切るだけならば。
 本当にそれだけで良いのか。抱く疑念は晴れない。だが、それでもと、治癒特化したドローンを召喚しながら己に言い聞かせる。それが、戦うと言う事なのだ。
「踏んであげる、悦んでいいよ!」
「続きます!」
 プランとティの飛び蹴りは流星の煌きを纏い、暴食餓竜に突き刺さる。続くプリンケプスの体当たりも、その身体をよろめかすのに充分な威力を秘めていた。
「くれてやる、拾いな」
 泰孝の放り投げる金貨の音は、誘惑となって暴食餓竜の身体を縛り上げる。食に執着する竜とは言え、愚か者の金貨の輝きからは逃れられない様だ。
 三重の機動力を削ぐバッドステータスに呻くドラゴンに、対デウスエクス用のウイルスカプセルが投擲される。
「食欲旺盛は身体に毒……ってね」
 さくらによる治癒阻害の力は弾け、暴食餓竜の身体を覆った。
「さぁ、死合おうぞ!」
「お前達には、この豊後水道から退いて貰わないとね」
 レーグルとアルケミアの描く魔法陣は守護の力を仲間達に与え。
「暴食……満たされる事の無い渇望。では、私が止めて差し上げましょう。貴方の死を以て!」
 一手遅れて放出された竜華のオウガ粒子は、仲間達の感覚を鋭敏な物に押し上げる。
「定命ノ者、ガっ!」
 対する暴食餓竜もまた、牙を以ってケルベロス達の攻撃に応酬する。受け止めたエヴァンジェリンの血肉を喰らい、己が受けた傷を癒していた。
「……大好きな海を、これ以上、壊されてなる、ものですかっ」
 血の噴き出す肩を抑えたエヴァンジェリンが、射殺す程の視線をドラゴンへと叩き付ける。

●消えたモノ、残ったモノ
 黒煙が辺りを覆っていた。業炎が、そして雷鳴がケルベロス達の痕跡を覆い尽くしている。
 だが、彼らは知っていた。それが晴れるまでが彼らに残された時間だと。それを過ぎれば、此処一帯を制するドラゴンの群れが、彼らに牙を剥くと。
 それらが生み出す時間的制約は、ケルベロス達に焦りを抱かせていく。
 だが、それでも。
 目の前に立ち塞がる暴食餓竜に、倒れる兆候を見出す事は、出来ていなかった。

 最初に膝をついたのはその牙を一手に引き受けていたレーグルだった。彼の付与した怒りは暴食餓竜に対し、効果覿面だった。アルケミアやプランの惨殺ナイフ、そしてプリンケプスの息吹もそれに後押しする形となった。
 結論だけ言えば、それは効果覿面過ぎた。エヴァンジェリンのカバーリングや、さくらの治癒が間に合わないくらいに。
 そして防具の効果もまた、ドラゴンに看過されていた。見切りすら厭わない執拗な攻撃は、レーグルの体力を梳っていく。
「――獣とは違うってわけか」
 自嘲気味な泰孝の台詞は、誰に向けられたものか。如何に獰猛な外見をしていようとも、相手はデウスエクス。知性の無い獣ではない。それが効果的と判れば、他の攻撃を行う理由はないのだ。
「くそっ」
 自身も治癒に回っていたレーグルだったが、攻撃を得意とする個体に対して、彼の用意したグラビティは雀の涙程度にしか補助とならない。結果として、彼の意識はドラゴンの牙に断たれる結果となる。回避を重視する筈の彼の戦法はしかし、思いだけでは実を結ぶことは無かったのだ。
「知性の無い獣くらいなら、楽だったんだけど」
 プランの呟きは、何処か賞賛が混じっていた。もしも暴食餓竜が獣並みの知性であれば、倒れたレーグルから残りのメンバーに意識を向けたりはしないだろう。追い打ちのような追撃を期待するわけではないが、冷静に戦況を分析出来る証拠を見せつけられたようで焦りを覚えてしまう。
「ドラゴンにはドラゴンをぶつけてみようかな。ちょっと力を貸してもらうよ」
 雷竜の幻影による息吹を叩き付けながら、表情を歪める。戦況を理解していると言う事は、ドラゴンの狙いは即ち――。
「次ハ、オラトリオ。貴様ダ」
 盾役を担うもう一翼、エヴァンジェリンに牙を剥く。彼女がレーグルと異なる属性を得手としている事も、彼の竜は見切っている。繰り出される暴風の如き乱打を前に、エヴァンジェリンの身体が崩れ落ちる。
 無論、その間、ケルベロス達の攻撃は暴食餓竜の猛威を抑制すべく、彼の竜に叩き付けられていた。だが、それでも、ドラゴンを倒すに至らない。
 速攻が求められるこの戦場で、ケルベロス達の攻撃力は余りにも不足していたのだ。それは、誰の目にも明らかであった。
「――このままだとっ」
 焦燥の声が上がる。そして、それに弾かれるよう、歩み出る人影があった。
「そっか。……行くのかい?」
 人影の背に、アルケミアが声を掛ける。声を上げるために一瞬の逡巡があった物の、その意志を尊重する。彼女はそう決めていた。
「ごめん。偽物は役に立たなかったみたいだ」
 侘びの言葉はプランから零れる。もったいぶった演技と共に投擲したグラディウスの偽物はやはり、ドラゴンの注意を引く事すら出来なかった。
 悲痛な表情を浮かべた泰孝とさくらは彼女に手を伸ばし、それを意志の力で押し返す。今、彼らが無事に戻る為には、それが必要な事だと、悟ってしまった。
 盾役二人が倒れた事に加え、このまま黒煙が晴れれば、ドラゴンが殺到してしまう。それだけは避けなければならない。
「嫌ですっ。いやだっ」
 心臓に握り潰されるような痛みを覚え、ティは彼女に訴え掛ける。別れの言葉を交わせぬまま去ってしまった仲間達がいた。二度とこんな思いをしない為に武器を取った。その筈だった。
 その一方で、冷静な自分が囁く。その想いこそ、自分が今、彼女に訴えるこの痛みこそ、グラディウスに込めるべき叫びだったのではないか、と。
「皆様、後はお任せしました」
 竜華が彼らに向けた最後の表情は、淑女の如き微笑だった。八岐大蛇を思わせる縛鎖を抱く彼女は優雅とも取れる一礼を行うと、跳躍。暴食餓竜に肉薄する。
「 さぁ、私の最後の一華。お付き合い頂きますね……♪」
 炎が弾けた。それが、地獄の炎を纏う竜蛇の姫の一撃と悟った瞬間、ケルベロス達は無言で走り出す。
 振り向くな、と誰かが言った。走れと、誰かが叫んだ。今は、生き残る事だけを考えろ、と。
 薄れゆく爆炎と雷鳴による煙幕の中、数を減らしたケルベロス達は駆け抜ける。

 ――そして、駆け抜けた彼らへの追手が現れる事は無かった。
 その理由は、彼らだけが理解していた。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:旋堂・竜華(華炎の竜姫・e12108) 
種類:
公開:2017年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 3
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