消ゆる帚木

作者:秋月きり

「まさか……そんな……」
 津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)は目の前に広がる景色に零した言葉は、唖然としたものだった。
 予感はあった。その為に山へ分け入った。何も無いに越した事は無い。その想いは今しがた、裏切られる結果となった。
 彼女の眼前に広がる景色――それは、モザイクに包まれた山村だったのだ。
「調査……しないと……」
 足を踏み入れた彼女を迎え入れたのは、出鱈目な景色だった。山村を構成する地形、建物はバラバラに繋ぎ合わされ、奇怪な粘性の液体が自身に纏わりついている。
(「う、うう……」)
 バラバラで出鱈目な景色、そして血を思わせる粘性の液体は、しらべに醜悪な光景を連想させた。
「このワイルドスペースを発見出来るとは、まさか、この姿に因縁のある者なのか?」
 そして、声が聞こえた。
 目の前に立ち塞がる人影はしらべそのものであった。極彩色に見えるそれは、全て血が染めた物だと悟ったしらべは、声にならない悲鳴を上げる。
「だが、今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかない。ワイルドハントである私の手で死んで貰う――」
 『それ』は身構えると、しらべに飛び掛かる。しらべが得物を構え、応戦を決意するのはそれと同時だった。

 ヘリポートに集ったケルベロスを前に、リーシャ・レヴィアタン(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0068)が上げたものは、焦燥の声だった。
「ワイルドハントについて調査していたしらべが、ドリームイーターの襲撃を受けたようなの」
 しらべを襲撃したドリームイーターは自らをワイルドハントと名乗っており、宮崎県の山奥をモザイクで覆い、その内部で何らかの作戦を行っていたようだ。
「このままだとしらべの命が危険よ。急ぎ、救援に向かってドリームイーターの撃破を行って欲しいの」
 しらべは現在、山村を覆うワイルドスペースの中にいる。内部は粘性の液体が満ちた特殊空間だが、呼吸を始め、ケルベロス達の活動に支障を来す事は無いようだ。
「今回のワイルドハントはしらべの暴走時の外見をしているわ。ただし、あくまで外見だけ。戦い方は彼女と異なるようね」
 血塗れの両腕による格闘術は全てを切り裂き、圧し潰す膂力を秘めている。また、長髪による捕縛術も気にかけていた方が良いだろう。
「私達ヘリオライダーの予知でも視る事の出来なかったワイルドスペースとワイルドハントをしらべが見つける事が出来たのは、敵の姿と関係あるのかもしれないわね」
 だから、とリーシャはケルベロス達に向き直る。それが彼女が託せる全てだからだ。
「行ってらっしゃい。無事にしらべを助け、ワイルドハントを撃破してね」


参加者
蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)
周防・碧生(ハーミット・e02227)
四辻・樒(黒の背反・e03880)
月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)
鏡・流(不与不還・e05595)
鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)
アドナ・カテルヴァ(戦えドラゴニアン・e34082)
津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)

■リプレイ

●園原の道
 はぁ。はぁ。はぁ。
 生体部品が酸素を求めているのか、それとも、緊張が故だろうか。津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)が自身の呼吸音に抱いた感想はただ一言、「五月蠅い」だった。
 幾度と繰り返されたの掌底。幾度と振るわれた爪撃。防具とディフェンダーの恩恵があっても自身に刻まれた傷跡は深く、目の前の『それ』の腕を染める赤色が、自身の血か、それとも他の汚れなのか、既に判別出来なくなっていた。
(「あぁ、面倒な相手やね」)
 ワイルドハントと名乗ったそれは、しらべの姿をしていた。より正確に言うならば、暴走状態のしらべの姿だ。
 だが、その動きや攻撃筋が自身のものでは無い事は直ぐに理解出来た。むしろ、それ故に厄介だと思う。もしも暴走時の自分が開いてであれば、自身の三倍の膂力しか持ちえない筈だ。だが、目の前のそれは――。
「死んで貰うぞ」
 ワイルドハントの白髪が触手の如く、しらべの身体を締め付ける。対峙するしらべもまた、己の得物――九十九式と名付けた縛霊手でそれを切り裂き、窮地から脱出。ぱらぱらと舞い散る白髪と、飛び散る血痕だけが、二人の攻防の痕跡だった。
「この場所、私の記憶も混ざってるのかな」
 呟きに答えが無い事を、しらべは知っていた。それでも言葉を口にする。
「貴方が私達の選ばなかった可能性なら、ここは絶望の果て。絶望した人が辿り着く場所。なら。うちらがここに来たんは必然やね」
 自嘲にも似た独白はしかし、彼女の予想通り、ワイルドハントは応じない。沈黙こそが答えだと言わんばかりに、血に塗れた両腕を、そして白髪を得物と構え、しらべを強襲する。しらべもまた、九十九式の一撃を牽制に、ワイルドハントに手傷を刻んでいった。
「関係ない。……うん。殺す」
「それは私の台詞だ」
 ギラギラとした狂気が視線となって、しらべを貫いていた。
(「やっぱりデウスエクスやわ。……強いわ」)
 本来ならば複数を以って戦うべき相手だ。単独で敵う訳はない。
 それでも、しらべは諦観だけは持つまいと、頭を振る。
 実力で劣っていても、気持ちで負けるわけにいかない。その体現の如き、一進一退の攻防はしかし、彼女の予想通り、次第にしらべを追い詰めていく。

 どぷり。
 ヘリオンから降り立った7人のケルベロス達を出迎えたのは、モザイクに覆われた奇妙な景色、そして粘性の液体に包まれる感覚だった。
(「本当に液体か?」)
 妻であり相棒である月篠・灯音(犬好きの新妻・e04557)の肩を抱き寄せる四辻・樒(黒の背反・e03880)は眉を顰め、周囲に視線を巡らせる。
 呼吸も可能。動き回る事に支障はない。確かに触感は粘液にも似ているが、粘っこい空気と変わりないそれは、果たして液体と呼んで良いのだろうか。
「樒……」
 灯音の心配そうな声に「大丈夫だ」と応じる。そう。今、自身が行う事はこの場所の調査ではない。それは重々承知していた。
「まずは津雲さんの所へ。……空から探しますね」
 鞘柄・奏過(曜変天目の光翼・e29532)は宣言と共に、光り輝く翼でふわりと飛び上がる。一瞬浮かんだ嫌悪の表情は、自身の翼に対するそれだった。だが、今はその時ではないと首を振り、光翼を羽ばたかせる。
 彼に続くのは蒼天翼・真琴(秘めたる思いを持つ小さき騎士・e01526)、そしてアドナ・カテルヴァ(戦えドラゴニアン・e34082)の二名だった。何れも、飛行を得手とする種族の出自である。
「ったく、しらべ嬢に厄介ごとが押し掛け過ぎじゃね?」
 空を飛ぶ三者を地上から追う形となった鏡・流(不与不還・e05595)が愚痴の様に零した。仇敵出現の痕跡、そしてワイルドスペースとワイルドハント。しらべに降り掛かる災難は、確かにここ最近、多いようにも感じる。
「悪夢を晴らし……必ず皆で、帰りましょう」
 周防・碧生(ハーミット・e02227)が口にした決意の言葉に、彼のサーヴァントであるリアンが同情混じりの鳴き声を上げた。その頭をあやすよう、ぽんぽんと叩いた彼はそのまま歩を進める。
 目的の場所はすぐ傍。その気配は感じる。ならば、後はどのように合流するか。
 それが問題だと、心の中で警鐘が鳴り響いている。
 そこにいる筈のしらべはまだ、無事だろうか?

●帚木の心
 重い音が響いた。それはワイルドハントの足が地面を抉った音。しらべと同じ背丈の身体はしかし、轟音と共にその半分に思える程、深く沈み込んでいる。
 繰り出される掌底はしらべの胸を穿った。咄嗟に盾と九十九式を構えるが、防御は間に合わない。強い衝撃を覚え、身体が宙を舞う。
「――っ?!」
 モザイクに染まった空が視界一杯に広がる。口の中に広がる嫌な味は、血か、それとも何かが消化器官から逆流した為か。
「去ねや」
 それは告別の言葉だった。日本刀程に伸びたワイルドハントの爪がしらべの命を切り落とすべく、振るわれる。
 ――それを止めたのは、割って入った双刃。鋏を思わせる一対の刃だった。鋭い金属音と共に、火花がまき散らされる。
「頼まれて来た縁もあるが……」
 淡々と紡ぐ真琴の頭上で、激しい閃光と爆音が響く。彼の拳銃から放たれた信号弾が炸裂したのだ。無論、グラビティの籠もらない光にデウスエクスたるドリームイーターが怯む筈も無い。
 だが、それがもたらすものは。
「お前のその動き、封じさせて貰おうか」
 流星の如き飛び蹴りが、ワイルドハントを襲う。飛び出した樒の蹴りは彼女の足を抉り、モザイク塗れの体液を噴出させた。
「降り立て、白癒。敵の視界を遮れっ」
 灯音がそれに続く。詠唱によって召喚された白い霧は真琴としらべの身体を包み、防御の力を二者に付与した。
「一人でよく頑張りましたね。津雲さん」
 真琴と樒の生み出した隙にと、降り立った奏過がつくもに緊急手術を施した。ワイルドハントとの戦闘で負ったダメージ全てを一度の治癒グラビティで癒す事は叶わなかったが、まずはこれで十分。
「リアン」
 己のサーヴァントの名を呼ぶ碧生が放つのは、自身が得物、ケルベロスチェインによる束縛だ。名を呼ばれたボクスドラゴンもまた、息吹を叩き付け、主が与えた傷を更に広げていく。
「津雲さん?! だけ、ど、違う……?」
 驚愕を纏い、それでもアドナは竜砲弾を射出した。寸分違わず、胸元を襲う一撃に、ワイルドハントは上半身を逸らす事で幾らかの勢いを逃すものの、飛び散るモザイク塗れの血痕が、そこに刻むダメージ量を物語っていた。
「確実にすり潰していかんとな」
 相手が高速機動を得手とするキャスターならば、それを上回るべく感覚を研ぎ澄ます迄と、流がオウガ粒子を放出する。全ては無事、皆でこのワイルドスペースから脱出し、帰る為の手段だ。
 そう。しらべと一緒に日常に帰る。それが、彼女を救援に来た七人が誓った事であった。
「来てくれて、ありがとう……」
 心の何処かで諦めていた。心の何処かで期待していた。
 それが孤独に彷徨い、虚ろだった自分が得たものだとの想いは、しらべの心を満たし、温かく癒していく。
 続く言葉は、自然と彼女の口から零れていた。
 ――嬉しい。
 それは、レプリカントの少女の本心から紡がれていた。

●消える帚木
 シャァァァァ。
 響く排気音は、ワイルドハントの口から零れる呼気の音だった。
(「本当にドリームイーター……なのですか?」)
 使い魔に任せて敵の傷を広げながら、碧生は疑念を思考にする。爪や毛髪による攻撃と言い、先の呼吸音と言い、むしろダモクレスを彷彿させていた。
(「――本当に、模倣体と言う訳なのですね」)
 それは、しらべがレプリカントである事と何か関係があるのだろうか。何処まで彼女を模倣しているのかは不明だったが、それが外見のみに留まっていないように思えた。
「その姿を取っているのは何故なの?」
「応える義理は無い!」
 アドナの問い掛けと共に放たれる矢を掻い潜り、ワイルドハントは彼女に肉薄する。全身のバネと共に放たれた掌底の一撃はしかし。
「みんなは、傷付けさせない」
 間に割って入ったしらべによって不発に終わる。
(「――みんな」)
 吐息が熱い。おそらく体温も上昇しているだろう。それは戦闘に寄るものだけではなかった。
「人数が増えた所で、私の行いは変わらない。皆、死んで貰う」
 爪撃がしらべを切り裂く。痛みで表情が歪む。
 幾度経験しても、自身を襲う痛みそのものに慣れる筈も無い。度重なる攻撃に身体が悲鳴を上げていた。
 だが。
「今、瞳に映るは鏡像……信じて身を委ねて欲しい」
 奏過の振るう赤いメスがしらべ達の傷口を切り裂き、それを癒していく。殺傷と治癒。彼の紡ぐグラビティは因果を反転し、傷つける行為を治療行為へと昇華したのだ。
 そう。先程までの戦いとは違う。孤独に戦っていたしらべはもういない。信じられる仲間達がここに集っている。
 ならば、敗北の理由などないじゃないか。
「誰一人、倒させる気はないな」
 追い打ちの如く続いた髪の一撃を受け止めた真琴が微笑と共に断言した。如何にデウスエクスと言えど、如何に異郷の神と言えど、ここに集う地獄の番犬達を止める事は出来ない。――それが振り撒く災厄は、全て自身が受け止めてやる、と決意混じりの文言を口にした。
「ま、なんだ。妹分を物真似してる代金を徴収しに参りましたよ、っと。――穿て、印せ、刻め」
 軽口と共に放たれる流の刺突はワイルドハントの首を、胸を切り裂く。踏鞴踏むワイルドハントに灯音が向けた視線は苦々しい物だった。そして、彼女は宣言する。
「樒、敵さんすばしっこい。足止め頼むのだ」
 声に呼応して影が跳び込む。それは吹き抜ける夜風の如く、漆黒と冷気を孕んでいた。
 影の名は樒。灯音が最も信頼するパートナーであった。
「ただ、全てを切り裂くのみ」
 言葉は、静かに告げられた。
「くっ」
「――余所見をしている暇はないのだ」
 切り裂かれたワイルドハントを覆う劫火は、灯音によって呼び覚まされた御業が放ったものだ。二人の息の合った連携に、ワイルドハントの動きが止まる。
「地獄の番犬風情が……」
 零れた言葉は、彼女の遺言となった。
 向けられた視線。それは己と同じ顔をしていた。
 否。
 己がそれと同じ顔をしていた。
 津雲・しらべ。それが、このワイルドスペースに侵入してきた、己の姿と所縁のある存在の名前だった。
 それがゆるりと言葉を紡ぐ。それは、地獄の果てから紡がれるように、瘴気混じりの如く、ワイルドハントの耳朶を打つ。――地獄の番犬。それが、彼女達を示す呼称だと、彼女も知っていた筈なのに。
「生を怨む亡者……死を尊ぶ亡者……貴方が出会うのは、どちら……?」
 赤き目の幻影がワイルドハントを包み込む。怨嗟と共に出現した無数の手足は四肢を、そして髪の一本一本すらも掴み、地の底へと引きずり込んでいく。
「至り損なった者が、導こう。――九十九式・煉獄楽土」
 詠唱は、静かに終わりを告げた。
 幻影と共に地に開いた穴が閉じたとき、そこにはもはや、何も残されていなかった。

●伏屋に生ふる
「とりあえず、終わりましたね」
 皆が駆けつけるのが早かったためか、それとも連携の賜物か。幸いにして怪我人はおらず、戦闘医としての自分の役割はこれまでだと、奏過は持参のスキットルに口をつける。鼻をくすぐる芳香と、喉を通り抜ける灼熱感が、戦闘に疲れた体に心地よかった。
「無事救出出来て良かった」
 ぼろぼろの風体のしらべへ、樒はほっと安堵の吐息を漏らす。服や怪我は治癒グラビティで癒す事が出来る。生きていた、無事でいてくれた事こそが、喜ばしかった。
「甘いケーキを沢山を作って後で届けようか」
 灯音の提案にああと、頷く。労う意味ではとても喜ばしい気がする。さて、しらべは喜んでくれるだろうか。
「頑張ったな」
 頭でも撫でそうな勢いで労うのは流だった。最悪の事態を防げたのも、彼女がここで踏ん張ったからこそ。それを労わずして何のための兄貴分か、と笑いながら声を掛けていた。
「少しでも情報を持って帰れれば良かったけど」
 少し残念そうにアドナは眉を顰める。ワイルドハントの邪魔が無くなった今、調査をするのには絶好の機会だった。だが、戦闘の疲弊は確実にしらべを蝕んでいる。無理は禁物だと自身に言い聞かせていた。
「早く元凶を突き止められるよう、尽くすのみ……ですね」
 碧生の独白は重く響く。ワイルドハントによる事件が多数確認されているのは周知の事だ。彼が、或いは彼らが何をしようとしているのか。それすら不明。おそらくまだまだ事件は続くだろう。だが、今は。
「さて、帰るぞ」
 真琴に言葉に、しらべは頷く。
 皆で帰るのが嬉しい。しらべは素直にそう思う。
 だから、告げる。それが当然と言うように。
「帰ろう」
 私たちの帰る、場所へ。

作者:秋月きり 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 5
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