深緋に月、二つ

作者:七凪臣

●運命の糸
 水辺に近い木立の中、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)は足元の深緋を掻き分け、ゆるりと歩く。
 夜明けを告げる風に、高く結い上げた銀の髪が揺れる。
 秋の香りを強く感じる爽やかな目覚めの香が濃い。が、日頃は明るいセレナの表情は緊張からか、はたまた高揚からか、凛と張りつめていた。
「……やはり、そうでしたか」
 現代を騎士として生きる女は、眼前の光景に一人頷く。
 敷き詰められた赤い絨毯のように咲く深緋――彼岸花の群れの一画がモザイクに覆われていたのだ。
 不可思議な予感に誘われ至った地は、静かにセレナを出迎える。

 外部からの確認が及ばず、腹を括り踏み込んだモザイクの中。
 平衡感覚を奪うかの如く、地のみならず天までも彼岸花に彩られた空間で、セレナは澄んだ青の瞳を見開いた。
 否、天と地が混在しているだけっではない。踏み込む以前の世界が、バラバラに混ぜ合わされたような状態。しかもまとわりつくような粘性の液体で満たされている。
 何もかもが異質な世界。
 されど一等、異質なのは――。
「このワイルドスペースを発見できるとはな。お前、もしやこの姿に縁を持つ者か?」
 漆黒の衣に、白い二枚翼。首から銀のロザリオを下げた女が、高圧的な視線でセレナをねめつけ、青鞘より剣を抜く。
「しかし今、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないのだ」
 その姿にセレナは覚えがあった。
 覚えというより、まるで不意に鏡が出現したような。
 そう。
 それはセレナ自身の姿。
 セレナの裡なる獣が目覚めた姿。
「故に、お前にはワイルドハントである私の手で死んでもらう」
 けれど戸惑う間もなく振り下ろされる一刀に、セレナは銀のロザリオを胸元で弾ませ跳ね上がり、白銀の騎士剣を青鞘より解き放つ。

●月、二つ
 ワイルドハントについて調査していたセレナが、ドリームイーターの襲撃を受けたらしい。
 自らをワイルドハントと名乗るドリームイーターは、とある彼岸花咲く地をモザイクで覆い、その内部で何らかの作戦を行っていたと思われる。
「このままだとアデュラリアさんの命が危ういです。皆さん、急ぎ現場へ向かって下さい」
 急ぎ、という割りに話を進めるリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)の口調は落ち着いていた。何故ならワイルドハントの調査にあたるセレナのフォローは事前に用意していたから。更に予知情報もあり、セレナの救援へは速やかに赴ける状態が確保出来ている。
 さすれば、後は。セレナと合流し、ワイルドハントを名乗るドリームイーターを撃破するのみ。
「今、アデュラリアさんが居る場所――戦闘を行う空間は、特殊な空間ですが、戦闘に差支えはありません」
 何せ奇妙な液体に満たされているのに、動きは一切阻害されず、呼吸も問題ないくらいなのだ。
「敵はアデュラリアさんとよく似た姿をしています。攻撃方法は視線での威圧、剣閃で生んだ氷の衝撃波、そして鍛え上げられた剣技そのものであると」
 前者二つは、多数を一掃するのに優れ。最後の一手は、仕留めにかかる大技らしいとリザベッタは解析し、ケルベロス達に請う。
「アデュラリアさんが彼の地に至れたのは幸いでしたが、彼女が生還しなくては意味がありません。どうか宜しくお願いします」


参加者
春日・いぶき(遊具箱・e00678)
セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)
千手・明子(火焔の天稟・e02471)
アルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)
羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)
エトヴィン・コール(徒波・e23900)
唯織・雅(告死天使・e25132)
英桃・亮(竜却・e26826)

■リプレイ

 駆けつけ踏み込んだ世界は、見下ろしても、見上げても。左を見ても、右を見ても、彼岸の花。あらゆる角度から視界を埋め尽くされ、英桃・亮(竜却・e26826)は嘆息する。ただし、顔色は変えずに。
 異様な光景だった。
 天と地を染める、深い緋色。
(「血の海みたいだ――」)
 不穏な感想が脳裏を過る。が、それ以上に鮮烈な一瞬が亮の眼を引き付けた。
「我が名はセレナ・アデュラリア! 騎士の、そしてアデュラリアの名にかけて、貴殿を倒します!」
「死すはお前だ」
 片や白銀の、片や蒼銀の剣を抜いた二つの月が、苛烈な輝きを放ち今まさに激突しようとしていたのだ。

●二月、交錯
「まんごうちゃん、行って!」
 羽丘・結衣菜(ステラテラーズマジシャン・e04954)の懸命な願いが結実するより早く、セレナ・アデュラリア(白銀の戦乙女・e01887)の裡から闘気が立ち昇る。
「アデュラリア流剣術、奥義――」
 全身に巡らせた魔力で限界まで運動能力を高め。そこから繰り出す、一族に伝わる剣術の奥義の一つ。
「銀閃月!」
「青閃月!」
 されど全く同じモーションからワイルドハントも鋭い剣戟を繰り出す。交わる神速同士に、踊った火花は月が砕けて散った流星が如く。
 力は冷たい視線をした方が上だった。しかしセレナの肉体を包む防具が、その威力を極限まで殺すことに成功する。
 激しい力がぶつかる衝撃に自然と出来た二者の間。すかさずそこへ今度こそシャーマンズゴーストを走り入らせた結衣菜は、セレナの一先ずの無事にほっと胸を撫で下ろす。
「助けに来たわ、セレナさん! 私が、私たちがあなたを守るわ!」
 今がその時だと信じ、結衣菜はオウガ粒子をセレナを中心に放出する。ちら、ちら。小さな瞬きは、結衣菜が焦がれるマジックのように、一気に前線へと至る面々をも包み込み。早速の恩恵に与ったまんごうちゃんは、ワイルドハントの気を引く一撃を悠々と叩き込む。そして同じく狙いを定める加護を授かったアルレイナス・ビリーフニガル(ジャスティス力使い・e03764)も、セレナとセレナの写し鏡の間で星辰宿す剣を足元めがけ走らせた。
「ジャスティスの力よ、皆を守れ!」
 金の髪に、青い瞳。ゲームから飛び出してきた勇者を思わせる容姿のアルレイナスだが、使う力は紛うこと無きグラビティ。それをジャスティスの力と称する正義と熱意に溢れる青年は、迸る心の侭に守護星座を耀かせ後方に立つ者らへ自浄の因子を纏わせる。
「……余計な邪魔が」
 続く闖入者に、夢喰いの冴えた貌が歪む。そこを見透かしたように、千手・明子(火焔の天稟・e02471)が艶やかな和装の袖を靡かせひらり。
「残念でした。ケルベロスの首は八つあるのよ。ご存知なかったかしら?」
 呉れた頭上からの蹴撃。着地に漆黒の髪をふわり舞わせ、明子は三つの頭を持つ冥府の番犬に準え揃った八人の戦士たちの圧をデウスエクスへ突き付けた。
 そう。セレナはもう、一人ではない。
「銀河随一の、お節介。ケルベロス、推参……です」
 訥々と唯織・雅(告死天使・e25132)が告げる通り、不可思議な空間はケルベロスの息吹で溢れる。だが高揚に足元を掬われぬよう留意して、雅は注意深く戦況を観た。
 盾役と破壊役の者らの意識は、結衣菜の一手で既に研ぎ澄まされている。ならば――。
「どうか……満ちて」
 オウガメタルの力を借りる癒し。差し向けられたのは結衣菜と、雅が連れるウイングキャットのセクメト。そのセクメトが結衣菜を起点に清らかに羽ばたくのを横目に、亮は最後尾よりまっすぐ敵へ肉薄する。
「――」
 裂帛の気合いは吐息に似て。下方に構えた刃の先には、火花が散り。その勢いの侭に、亮は稲妻の突きをワイルドハントの腹部へ叩き込む。
「……っ、く」
 貫かれた痛みと、纏わされた違和に細身の剣士の足が縺れる。そこへエトヴィン・コール(徒波・e23900)は巨大ハンマーの照準を定めて嘯いた。
「えー。女の子に暴力振るいたくないんだけどなー」
 言い様とは裏腹に、誰であろうと屠るのに容赦も躊躇いもない、人型をとりながらも狼の血を継ぐエトヴィンは、長い手足を活かして得物を加速させ竜の砲弾を放つ。
「人の姿を無断で掠め取った挙句に強制イメチェン? そういうの悪趣味って言うんだよ。レンタル料は高くつくから、覚悟しといた方が良いよ――って、聞こえてる?」
「エトさん、エトさん。そういうのは吹き飛ばす前に言って差し上げた方が」
 愉快な友の在り様に、春日・いぶき(遊具箱・e00678)は戦いの最中にも関わらず、くすりと笑う。だが、そんないぶきも珍しい光景に子供のように目を煌かす。
 何とも不思議な場所。この空間について考察を始めたら、きっと切りがなくて、小一時間くらいは余裕で語り合えるのだろうが。
「まぁ、考え事はお腹が空くのでやめましょう」
 観察序に敵と仲間の状況を具に見取ったサキュバスのウィッチドクターは、硝子の粉塵をさらり撒く。
「生とは、煌いてこそ」
 守りを固める間にセレナの傷は相応に癒されていた。故に手厚い癒しは不要といぶきは判断し、肌に触れて血に溶ける細かな粒で、戦いの矢面に立つ者らへ皮膜が如き薄い盾を帯びさせた。

●出逢い、想う
 深緋の空間を、冷えた衝撃波が薙ぐ。
 敵の狙いは怒りを植え付けられたまんごうちゃん。けれどその一撃は、セレナや亮をも巻き込まんとする。
 させはしない――盾の矜持を胸に、アルレイナスと雅が即座に体を張った。庇いたいのは、破壊を担う二者。しかし。
(「ままなりません、か」)
 反射の動きは意図的選別を許さず。まんごうちゃんが負うべき一撃まで我が身で受けた雅は、鴉の濡羽が如き上翼と、灼光を彷彿させる下翼を震わせる。
「セレナさん、無事かい? 亮さんは、ごめんっ」
 けれどアルレイナスがセレナを守れたので、結果としては上々。浅くない傷を刻まれた亮を含め、すぐさま自分達に齎されたいぶきの癒しに、雅は和人形めいた貌を凛と上げた。
「告死天使は、この程度で。墜ちたりは……しません」
 震わせていた翼を広げ低空を翔けた雅は、敵の懐へ入り込む。
「貴女が何者か……存じませんが。貴女の都合で…セレナさんを、手にかけさせたり……致しません」
 既に多くの縛めがデウスエクスを縛っている。ここは攻性に転じる時と雅は判じ、零距離でバスターライフルに火を吹かす。爆ぜる力に、ワイルドハントの黒衣が裂け、胸元を彩るロザリオが揺れた。
「あなたは誰? なぜセレナの姿をまねるの?」
 セレナの胸にあるものと同じに見える十字に、明子は問う。が、相手は口を開く風はなく。元より応えを期待していなかった明子は、お節介好きの年長者じみた眼差しでセレナを振り返る。
「セレナ、なにも一人で行くことなんて無いじゃないの、水臭い。皆心配して集まって来たのよ」
 でも心強いお友達がたくさんで、幸せね。
 つい偉そうな口調になってしまうのはご愛敬。困惑から謝意に移ろうセレナの表情に、明子はふふっと笑い、再び『偽物』を視た。
「これが『あちら』のセレナと、本当のセレナとの違い。それだけで、十分」
 大事なのは本当のセレナ。姿を真似ただけのモノになど用はない。
「遅い!」
 雅と入れ替わりに敵の正面を明子は取ると、二尺三寸、匂口締まる直刃で蒼銀の剣を弾き、なおも深く斬りつける。
「……ぅ」
 鍛錬の成果が光る一閃に、セレナと同じ顔が苦痛に歪む。それでもケルベロス達は攻める手を緩めはしない。
「ちょこちょこ逃げ回らない方が下手に苦しまないで済むよ?」
 エトヴィンはどこまでも飄々と夢喰いを茶化し、
「断て、裁て、絶て」
 技巧も精髄もない、只管に刃で生を狩るグラビティ――終の腕にて戦いを加速させた。

 自陣を固める加護は盤石。後は確実にデウスエクスの余力を削ぐのみ。さすれば気は抜けないが、思考に耽る余地も生まれる。
 同胞の守りを更に強固にしながらいぶきはセレナとワイルドハントを見比べ、様々が綯い交ぜになった息を細く吐く。
(「姿は瓜二つ。だのにまるで違う性格なせいで、なんだか人様の本性を覗き見ているような心地ですね」)
 ――果たして他のワイルドハントもそうなのだろうか?
 直後、至った一つの予想にいぶきの柳眉が寄る。
 例えば自分によく似たワイルドハントもいるかもしれない。でも、それは。
(「ああ、いやだ。僕と瓜二つなんて、姉さんだけで十分だ」)
 偶にいぶきが話題にする双子の姉。しかし聞いた誰もが見た事のないヒト。
「いぶきくん、どうかした?」
 謎めく思考は、エトヴィンの気の好い声によって遮られた。いいえ、何でもありません。そう即座に返し、いぶきは脳裏に描いた顔を払拭する。
 ワイルドスペース、ワイルドハント。未知の領域、不可思議な相手。
(「変化する能力……? そもそも何で暴走時の姿なんだろうな」)
 剣を閃かせ乍ら亮も得られぬ解を探し、意識を馳せた。
 世界を染める深緋の花には触れられるのか?
「いずれにせよ、バラけた世界は異次元みたいで不気味だ」
 今時点で手に出来る唯一を亮が呟く。
 違和だらけの世界。肌に馴染まぬ気配。
 でも、そんな中。セレナだけには、他の誰とも違う『真実』があった。
(「私には、昔の記憶がない」)
 しかし、それでも。
 失われた記憶が、流れる血が叫んでいるのだ。名を、技を汚した者を許してはならないと!
 凍てた冷気を纏う刃で自分を映すモノを薙ぎ、返される剣閃にセレナは声を上げる。
「来ますっ」
 セレナだから読み得た軌跡。渾身の一撃が来る確信の警鐘は短く、だが反応したアルレイナスは胸を張った。
「任せて!」
 以前、模擬戦でセレナとまみえたことがアルレイナスにはある。だから彼は知る、好意を抱く程の鋭さを。
『アルレイナスの剣は力の剣、それ故に防御が疎かだ』
 騎士としてセレナから受けた訓示が、今日のアルレイナスを盾として動かす。
(「それにセレナさん本人ではないとは言え、なるべく多く剣を交わしたいものだしね」)
「これでも抜けぬかっ」
 受け止めきられた蒼い剣に、ワイルドハントが口惜し気に唇を噛む。
「そうよ! こんな『ガワ』だけ被った偽物なんかに、負けないわ! 音も、光も、そして拍手も無いマジックショーの開幕よ」
 未熟な体に英気を漲らせ、結衣菜が向日葵のように言い放つ。そして異空であろうと一切構わず、結衣菜は光を曲げ、音を歪め、己が存在を極限まで殺した一撃でワイルドハントを聖斧で打った。
「さあ、さっさと片付けてしまいましょう!」
 明子の朗らかなはっぱは、デウスエクスにとって死の宣告と化す。

●胸に結び
 結末を前に、夢喰いは身動きさえ侭ならない状態へと陥った。されど瞳は死なず、振るえぬ力にも抗おうとケルベロス達をねめつける。
 だが所詮、破壊を伴わぬ一瞥はケルベロスの士気を高めるだけ。
「まんごうちゃん、行くわよ!」
「冥土は怖いところらしいわよ。言い残したいことがあるなら聞いて差し上げるけど?」
 結衣菜とシャーマンズゴーストの息の合った刃と爪の連撃の最中、明子はまた訊ねる。応えが無いのは百も承知。そして結果も、予想通り。
「それでは、さよならかしら」
 デウスエクスの右脇腹を、月薙ぎの刃で明子は斬り捨てた。
「告げられた死に、逃れる術は……ありません」
 継いだ雅は意思の力で敵の左肩を吹き飛ばし、セクメトの爪が白い頬に傷を刻む。
「おのれ、おのれ……この秘密を、知られるわけには――」
「祈るには、もう遅い」
 怨嗟と悔恨の呻きを、亮が絶つ。腕に絡む黒い影。竜牙の名を有す禁術は、亮の腕を蝕む代わりに牙を与え。亮にしか届かぬ呪文が彼の耳を五月蠅く震わせた直後、嵐と化した暴君がワイルドハントを蹂躙する。
 熾烈な一撃だった。
 狂乱の波が引く頃には、夢喰いは立つ事さえ能わず膝を折り、深緋の天を仰ぐ。
 セレナの顔だ。
 でも、何かが。何処かが違う気がした。
「――エトさん、お休みしましょうか」
「りょうかいだよー」
 腕を降ろしたいぶきの誘いに、エトヴィンは背中を丸めて半歩引く。この戦いに幕を引くべき人物は誰か? そんなこと、決まっている。
「セレナさん、行くんだ!」
 アルレイナスの一声に、セレナは深く息を吸い込んだ。明子も結衣菜も、雅も静かに行末を見守る。亮は漆黒の衣を翻し、彼女の為の場所を作った。
「おまえが、わたしを殺めるのか?」
 触れ合う距離。見上げる視線の問いに、セレナは一度瞼を落とし、改めて捉えた『相手』の姿に意を決す。
 これはセレナにとって、一つの到達点。
 ならば自らの手で打ち倒し、越え、己が力の糧とする。
「――私は、あなたのようにはならない」
 強く言い切り、セレナは最初に交えた剣技を放つ。此度は一方的に。銀に蒼を及ぼさせる事なく。その刃は疾く、鋭く、冴え美しく。
 こうして二つの月の一つは砕け堕ち、澄み渡る光のみが深緋の景色の中に残った。

「セレナさん、無事で本当に良かったわ。心配したんだから!」
 事を成し終えれば、どっと押し寄せる安堵の波。尊敬する人の無事に結衣菜は感極まり、甘え抱き着くように走り寄る。
 その歓喜は嬉しい。が、過度の触れ合いを得手としないセレナは、感謝と敬意を込めて結衣菜の手を握った。温もりに乗るセレナの心に、結衣菜の胸も一杯になる。
 セレナの裡なる一面を模したワイルドハントは討ち果たした。
 同時にワイルドスペースは――モザイク空間は音も無く消失した。消えゆく間際、亮が持ち込んだ望遠鏡で高みを仰いだり、明子や雅が液体の流れなどを調べようとしたが、何か得られるようなものはなく。
 ただ伸ばした指先に触れた彼岸花の感触が、いつもより少し脆く感じた事にいぶきは、「やはり、不思議な場所でしたね」と目を細めて意識を切り替える。
 もう、この地に用はない。夜明けに燃える花を愛でる以外に。
「セレナちゃん、お疲れ。痛い所とかない? 大丈夫?」
 白み始めた空に眠りから覚める深緋を一望した後、エトヴィンはふかふかの尻尾を揺らし、一等大仕事を成した同胞を労い帰参を促す。
「さぁ、みんな帰ろう。一応、殿は僕が務めるよ。もしかしたらもしかするかもしれないからね!」
 相変わらず正義の人なアルレイナスが騎士らしく快活に言えば、この物語はもう終い。
 得るものは、もう得た。
 セレナの無事という最大の成果を。
 ――そして。
(「私は、騎士です。あなたのようにはならない」)
 対峙した同じ顔に告げた言葉をセレナは胸中で繰り返す。
 きっとこれが、セレナがこの地で得るべきだったもの。
「皆さん、ありがとうございました」
 帰りましょう。
 アルレイナスの言葉を繰り返し、セレナは深緋の世界に別れを告げる。
 徐々に明るくなりゆく空は、新たな一日の始まりを謡っていた。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 4
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