獣たちは魔境をめざす

作者:土師三良

●黒豹のビジョン
 奇妙な予感に導かれて、玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)は青森県八戸市郊外の山中に訪れていた。
 目の前にはあるのは小さな集落。
 いや、『かつて集落だった場所』と呼ぶべきか。今は巨大なモザイクに覆われているのだから。
 夕日を照り返すモザイクの表面をつつこうとすると、指先がずぶりと沈んだ。
「どうにも気持ち悪いが……ここまで来て、引き返すわけにはいかないよな」
 陣内は意を決し、モザイクの中に足を踏み入れた。相棒のウイングキャットとともに。
 内部は見渡す限りのカオスの世界。家屋や電柱や樹木が無数の欠片に分かれ、無秩序に組み合わされている。
 そして、その奇怪な空間をゲルのようなものが満たしていた。
「ふむ。水中にいるような感じだが、息をすることも喋ることもできるな。煙草も吸えるのかねえ?」
 しかし、喫煙を試すことはできなかった。
 半人半獣めいた異形の存在が目の前に現れたからだ。
 獣に例えるなら、それは黒豹に似ていた。
 ヒトに例えるなら……陣内に似ていた。黒豹の獣人型ウェアライダーである陣内に。
「ウォォォーッ!」
 半人半獣が吠えた。
 その咆哮はすぐに人語に変わった。
「ワイルドスペースを見ツけ出すトはな。おまエはこの姿に因縁のアる者なのカ?」
「さてね」
 と、肩をすくめる陣内であったが、本能的に悟っていた。
 目の前の異形こそが自分の暴走時の姿なのだと。
「まあ、イい。オまえが何者だろウと――」
 半人半獣は両手(前足?)を地面につき、前傾姿勢を取った。
「――ワイルドハントでアる俺が始末すル」
 自称『ワイルドハント』の背中の左右には剣型の突起が並んでいた。
 二列の背鰭のように。
 あるいは出来損ないの翼のように。
「そんな翼でももったいないくらいだぞ。おまえなんぞには……」
 陣内の口が嘲笑に歪む。『おまえ』と言いながらも、その笑みは自嘲を兼ねていた。
 肩に乗っていたウイングキャットが本物の翼を広げて舞い上がり、戦場に相応しからぬ声で死闘の始まりを告げた。
「にゃあー!」

●音々子かく語りき
「ワイルドハントという敵が各地で発見されていることは既に御存知だと思いますが――」
 ヘリオライダーの根占・音々子がケルベロスたちに語り始めた。
「――新たなワイルドハントの動きを予知しました。青森県の山中に調査に赴いた陣内さんと猫ちゃんの前に現れるようです」
 そのワイルドハントは山中の集落をモザイクで覆い、なにごとかをおこなっていたらしい。『なにごとか』の詳細は現段階では判らないが、陣内の身が危険であることは確かだ。一人の力で勝てるような相手ではないのだから。
「ことは急を要します。ですが、陣内さんから事前に調査活動のことを伺い、バックアップの準備を整えていたので、後手に回ることはないはずです。今すぐにヘリオンで出発すれば、最悪の事態は避けられるでしょう」
 現地のモザイクの内部はゲル状のものに満たされているが、戦闘に支障はないらしい。幸い……と言えるかどうかはさておき、集落の住人たちもどこかに消えているので、周囲に被害が及ぶことを気にする必要もない。
「他のワイルドハントと同じように今回の敵も陣内さんの暴走時の姿をしています。武器は爪に牙に遠吠え。そして、背中の剣から発射される光の刃です。その刃は石化に似た効果があるので気を付けてくださいね」
 一通り説明を終えると、音々子は皆をヘリオンへと促した。
「では、出発します。ワイルドハントを倒し、陣内さんを必ず救い出しましょう。それに猫ちゃんも!」


参加者
シィ・ブラントネール(絢爛たるゾハルコテヴ・e03575)
空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)
新条・あかり(点灯夫・e04291)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)
ラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)

■リプレイ

●絆運ぶ人々
 黒豹に似た二人の戦士がワイルドスペースで対峙していた。
 獣人型ウェアライダーの玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)と、暴走時の彼と同じ姿をしたワイルドハント。
 前者の肩からウイングキャットが舞い上がり――、
「にゃあー!」
 ――戦場に相応しからぬ声で鳴くと、それに半ば重なる形で少女の声が陣内の後方から流れてきた。
「やっほー。タマちゃん、待った?」
 シャドウエルフの新条・あかり(点灯夫・e04291)である。
「タァ~マちゅあ~~~ん!」
 あかりの横で陽気な叫びをあげたのは佐々木・照彦(レプリカントの住所不定無職・e08003)。傍らにはテレビウムのテレ坊もいる。
「タマちゃん、言うな!」
 陣内は素早く振り返り、指を丸めた状態で片腕を突き出した。指先一つで相手の尊厳を容赦なく貶める凶悪無比な殺人技(平たく言うと『デコピン』である)を照彦に食わらせるために。
 しかし、照彦は酔漢めいたステップで身を躱し、ワイルドハントに向かって髭だらけの顎をしゃくった。
「相手がちゃうでぇ、タマちゃん。その力はあっちに使ったってや」
「じゃれあっテんじゃネえ!」
 ワイルドハントの怒声に背中を叩かれ、陣内は再び振り返った。照彦にニヤリと笑いかけた後で。
 その動作に合わせるかのように他の仲間たちが次々とワイルドスペースに現れた。
「ほほう。あれが陣内様の暴走した姿ですか。格好いいですなぁ。それにとても強そうです」
 レプリカントのラーヴァ・バケット(地獄入り鎧・e33869)が感心したように何度も頷いた。あくまでも『したように』であり、本気で感心しているわけではないだろう。地獄の炎とグレートヘルムに隠されているために表情は見えないが、声音には揶揄の響きがある。
「確かに強そうだけど、勝つのはワタシたちよ!」
 オラトリオのシィ・ブラントネール(絢爛たるゾハルコテヴ・e03575)が力強く宣言し、彼女の横で人派ドラゴニアンの空鳴・無月(宵星の蒼・e04245)が二本のゲシュタルトグレイブを構えた。そのうちの一本は、あるデウスエクスの武器だったものだ。
「おめデタい連中ダ」
 声に帯びる感情を怒りから嘲りに変えて、ワイルドハントは獲物を狙う猫のように体を低くした。背中にある剣型の突起が仄暗い光を放ち始める。
「頭数を揃えレば勝てルとでモ思っテいるのカ?」
 その光が何条もの刃に変わり、甲高い音とともに撃ち放たれた。

●剣持つ人々
 光の刃の標的となったのは後衛陣。五人の戦士と二体のサーヴァント。だが、全員がダメージを受けたわけではない。
 射線に無月が割り込み、盾となったのだから。
(「私も、この前……自分に似た姿のワイルドハントと戦ったけど……あまり、気分の良いものでは、なかった」)
 ゲシュタルトグレイブの以前の所有者のことを思い出しながら、無月は『凍波槍(トウハソウ)』を繰り出した。
 しかし、ワイルドハントは飛び退り、ゲシュタルトグレイブは残像を貫くにとどまった……と、思われたが、その横をケルベロスチェインの『冥獄鎖』が通過し、ワイルドハントに絡みついた。『冥獄鎖』の端を手にしているのは、無月に庇われたイリオモテヤマネコの人型ウェアライダー――比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)。
「本タマはめんどくさい性格してるけど、この偽タマもめんどくさい奴なのかな?」
『偽タマ』ことワイルドハントを猟犬縛鎖で締め上げながら、アガサは誰にともなく問いかけた。彼女の体には無数の光点が張り付いている。あかりのオウガメタル『エルピス』から放出されたオウガ粒子だ。
 後衛の人数が多いため、オウガ粒子の効果は減衰しているが、それを補うべく、ウイングキャットが清浄の翼をはためかて異常耐性を付与し、ヴァオ・ヴァーミスラックス(憎みきれないロック魂・en0123)が『紅瞳覚醒』を演奏して防御力を上昇させ、そして、助っ人として参戦した雪村・達也が『伊邪那岐・伊邪那美』でジャマー能力を強化させた。
「仮にめんどくさい奴じゃなかっとしても、全裸というのはどうかと思うの」
 あえて仲間たちに言葉をかけない達也とは対照的に明るい声を出しながら、黒住・舞彩がオウガ粒子を振り撒いた。
「もし、タマちゃんが暴走するようなことがあったら、着替えを用意した上で助けに行かなくっちゃね」
 対照的とは言っても、舞彩もまた『あえて』明るく振る舞っているのだが。
 彼女に続いて、ラーヴァも前衛にメタリックバーストを施し、着ぐるみという場違い極まりない衣装に身を包んだ琴宮・淡雪が紙兵を散布した。
 それらに守られながら舞い上がったのはレプリカントの君乃・眸(ブリキノ心臓・e22801)。空中で狙いを定め、ファナティックレインボウを打ち下ろす。
 そして、シィと照彦もほぼ同時に跳躍し、スターゲイザーを放った。
「食らウかよ!」
 ワイルドハントが『冥獄鎖』から逃れて横に飛んだ。その軌道にシィと照彦と眸の爪先が次々と突き刺さる。もっとも、敵に傷を負わせることができたのはシィだけだ。ケルベロスたちの命中率が低いわけではない(照彦はスナイパーのポジション効果を得ている)。ワイルドハントが俊敏なのだ。
「『めんどくさい性格』といウのは曖昧な表現ダが――」
 と、さして悔しそうな様子も見せずに眸が言った。
「――どうイう意味なんダ?」
「そんなん、普段のタマちゃんの言動から察しがつくやん」
「なるホど」
 照彦の言葉に対して、真面目な顔で頷く眸であった。
「納得するなよ」
 陣内が眸の横を駆け抜け、ワイルドハントに迫った。
「やっちまえ、陣内!」
 尾方・広喜が声援を送りつつ、メタリックバーストを発動させる。
 新たなオウガ粒子に彩られながら、陣内は敵の額に例のデコピンを命中させた。怒りを付与するグラビティに見えるが、それがもたらす状態異常は回避力の低下である。
「……うっ!?」
 と、ワイルドハントは猫だましでも食らったかのように目を丸くして体を硬直させた。
 だが、すぐに我に返ると、地面を蹴って空中で弧を描き、着地ざまに腕(前足?)を振り抜いた。
 鋭い爪が引き裂いた相手は眸。もっとも、斬撃耐性を有する防具によって、ダメージは半減しているが。
「なんや? ひっかき攻撃かいな」
 照彦がワイルドハントに横に回り込み、大器晩成撃をぶつけた。
「所詮は偽物やなぁ。デコピンしてこぉへんタマちゃんなんか、おもんないねん!」
「『おもんない』の定義がヨく判らナいので同意しかネるが――」
 眸がバスターライフルを構え、語りかける相手を照彦からワイルドハントに変えた。
「――その姿は貴様に不釣り合いダ。それだケは間違いなイ」
 ライフルの銃口からフロストレーザーが伸びる。攻撃した側のエンチャントおよび攻撃された側の状態異常の影響もあってか、今度は躱されなかった。
 レーザーの命中箇所が凍結したかと思うと、氷が割れゆく音が鳴り響き、破片がワイルドハントの体を更に傷つけた。ビハイントのキリノがポルターガイストを用いて、凍結した部位に礫をぶつけたのである。
 更にシャーマンズゴーストのレトラが切れ味鋭いジャブを放つボクサーさながらに神霊撃で攻め立て、オルトロスのイヌマルがパイロキネシスで燃え上がらせた。

●傷負う人々
 数分後、全員に異常耐性が行き渡ったことを確認して、あかりが『千年王国』を発動させた。
「暴走した時の姿ってさ。誰にも触れてほしくないものなんだよ。禁忌みたいな、聖域みたいな……」
 微熱を有した雪が後衛陣に降り始める。心身の傷を癒し、ジャマー能力を上昇させる雪。
 幻想的な光景だが、それを生み出した当人はワイルドハントだけを見据えていた。獣のような異形に重なるのは、虚ろな眼差しの少女。かつて暴走したあかり自身の姿だ。
「それを勝手に侵してるんじゃないよ、偽物」
「陣内の幼妻がお怒りだ」
 アンセルム・ビドーが微笑を浮かべて爆破スイッチを押した。
 爆発音が轟き、ワイルドハントがよろめく。
「誰が幼妻だ」
 陣内が回し蹴りの要領でグラインドファイアを放った。
「じゃあ、ワカヅマとか? あ、コイニョーボーというのも素敵ね」
 シィもグラインドファイアを披露した。こちらは踊るような動き。
 武闘と舞踏の蹴りから生み出された炎の鞭に打ち据えられるワイルドハント。一瞬、その無様な姿を閃光が照らした。テレ坊がポーズを決めて、テレビフラッシュで攻撃したのだ。
「ウォォォーッ!」
 裂けんばかりに口を広げて、ワイルドハントが怒号した。その行為はテレビフラッシュに付与された怒りの爆発であると同時に反撃でもあった。ただの怒号ではなく、グラビティなのだから。
 大音声をぶつけられたのは前衛陣。怒りを付与したテレ坊が前衛だからだろう。
 だが、何度か盾となってきた彼ら(全員が盾役だった)の前に別の盾が立った。
 ノル・キサラギである。
「誰も倒れさせないよ。誓ったからね。たまさんたちを絶対に守り抜くと……」
「その『たまさんたち』には私も含まれているのですか? いやはや、感謝のしようもありませんなぁ。はっはっはっ」
 頭部の炎を揺らして空々しく笑いながら、ラーヴァが水瓶座のスターサンクチュアリを地面に描いた。もちろん、対象は前衛陣だ。
「他人の姿を……勝手に、真似るような、奴らに……」
 水瓶座の光にヒールされた無月がワイルドハントを攻撃した。戦利品ではないほうのゲシュタルトグレイブ『星天鎗アザヤ』の刃が傷口を斬り広げ、ジグザグ効果で状態異常を悪化させていく。
「負けるわけには……いかない」
「負ケられなイのは俺たちも同ジだ!」
 血の混じった叫びをワイルドハントが発した。
 その悲痛な声を無表情に受け止めて、アガサが身構える。
「ふーん。『俺』じゃなくて『俺たち』なんだ。いったい、あんたらの目的はなんなの? ……とか訊いてみたところで答えが返ってくるはずもないよね。だったら――」
 真っ直ぐに伸ばされた両腕から気咬弾が放たれた。
「――叩き潰すのみ。面倒なのは好きじゃないから」
 脇腹に気咬弾を受けて、ワイルドハントは再びよろめいた。
 その隙をついて追撃したのは遠之城・鞠緒。
 彼女のグラビティ『淵源の書』によって、ワイルドハントの心の一端が書物として具現化した。
「背中に生えているのは刃。だけど、綺麗な優しい心で護りたかったはず ……なにを? どうして?」
 書物が開かれ、鞠緒の歌声が流れ出す。歌っている当人にも意味の判らぬ(心に湧き上がってきたものをそのまま言葉にしているのだ)その歌詞はワイルドハントにダメージを与えた。
 同時に陣内の不完全な記憶を揺さぶった。
 十年前――最愛の姉を失った時の記憶。
 翼をもがれたかのような傷跡が背中に刻まれた時の記憶。
「……」
 言葉を失い、立ち尽くす陣内。
 ショックを顔に出すことはなかったが、ワイルドハントは心の隙を見抜いたのか、『淵源の書』の痛みに悶えながらも攻撃をしかけようとした。
 しかし――、
「悪いが、思い通りにはさせないよ」
 ――寸前で阻まれた。
 オラトリオの翼をはためかせて降下してきた月杜・イサギによって。
 愛刀でワイルドハントを刺し貫く友の姿を見ると、陣内は我に返り、少しばかりわざとらしい苦笑を浮かべた。
「この野郎。登場するタイミングを見計らってやがったな」
「当然じゃないか」
 イサギは悠然と微笑を返した。
 加勢に来たのは彼だけではない。
「この前は世話になったな、陣内」
 そう言いながら、リューディガー・ヴァルトラウテがルナティックヒールの光球を陣内にぶつけた。
「今度は俺がおまえを助ける番だ」
『この前』とは、リューディガーのワイルドハントが出現した事件のことなのだが――、
「ん? なんのことだ?」
 ――陣内はとぼけてみせた。リューディガーに気付かれないように参加したつもりだったのだ。
 そんな彼を指し示して、アガサが眸に言った。
「ほらね? めんどくさいでしょ?」
「うム。確かに」

●翼ある人々
 序盤こそ高い回避力を示したワイルドハントであったが――、
「――随分と動きが鈍くなりましたねぇ」
 ラーヴァが弓形のバスターライフルを引き絞り、フロストレーザーを放った。
「疲れが足腰に来ましたか?」
「違う……状態異常を、いくつも付けられたから……」
 ワイルドハントに投げかけられたラーヴァの皮肉を真顔で否定しながら、無月が『凍波槍』を繰り出した。
「グルルルォーッ!」
 光線状の矢とゲシュタルトグレイブの刃に刺し貫かれ、ワイルドハントは苦しげに身をよじった。余裕を失ったためか、少し前から人語を口にすることがなくなっている。
「あらあら。話し方を忘れちゃったのかしら」
 シィが躍るような足取りで間合いを詰め、蹴りを食らわせた。ただの蹴りではない。グラビティ『gigantesque(ジガンテスク)』によって、足が巨大化している。
 自分の体長ほどもある足裏を真正面から叩きつけられ、ワイルドハントは後方に吹き飛ばされた。だが、無様に舞いながらも、背中の剣から光の刃を放射して反撃した。
 標的はまたしても前衛陣。テレ坊に続いて、眸にも怒りを植え付けられたから(しかも、ジグザグ効果で増幅されている)だろう。
 後衛陣と違い、前衛陣の人数は減衰が生じるほど多くはない。
 にもかかわらず、減衰どころか無傷で済んだ者もいた。
 陣内を救うためにかけつけた者の一人――玄梛・ユウマが盾になったからだ。
「少しでも皆さんの力になれれば!」
 連続攻撃『チェイントリガー・リタード』を叩き込むユウマ。
「少しドころではなイ。感謝スる」
 ユウマに庇われた眸が機械起動式ガトリングガンを連射した。
 その射撃音が鳴り止むと、今度はチェーンソー剣の駆動音が響き始めた。手にしているのはアジサイ・フォルドレイズだ。
「どんな訳があって、貴様がその姿になったのかは知らんが……まあ、なんにせよ、ついていなかったなぁ」
 アジサイはワイルドハントに肉薄し、ズタズタスラッシュで攻撃した。
「見てのとおり、玉榮は友人が多いんだ。貴様と違ってな」
「そうよ! たまぇさんとは大違い!」
 と、アジサイの後方で声を張り上げたのは千手・明子だ。
「照れ屋のくせに言葉を惜しまない誠実なハートこそがたまぇさんの魅力! 見た目よりも、そういうところをコピーして出直してらっしゃい!」
「でも、ホンマに出直してもらったら困るけどね」
 照彦がマインドソードで斬りつけた。おどけたように笑いながら。しかし、何人かは気付いたかもしれない。ほんの一瞬だけ、その双眸が真剣な光を帯びたことを。
「パチモンにはここで退場してもらわんと」
「うん。めんどくさい奴は一人で充分だもんね」
 アガサが『焔華(えんか)』を打ち込み、黒い体に赤い炎をつけた。
「グァルルゥァァァーッ!?」
 絶叫するワイルドハント。
 その眼前をあかりが素早く横切ると、炎が更に燃え広がった。シャドウリッパーによるジグザグ効果。
 ワイルドハントの体が前後に揺れ、やがて力を失い、ゆっくりとくずおれる……かと思いきや、『ゆっくり』とはいなかった。
 陣内の星天十字撃を受け、凄まじい勢いで弾き飛ばされたのだ。
 ワイルドハントは後方の電柱(様々な物と組み合わされて電柱の原型は留めていなかったが)にぶつかり、今度こそゆっくりとくずおれた。
「だから、言ったでしょ。ワタシたちが勝つって!」
 シィが胸を張ったが、ワイルドハントはなにも言い返さない。
 今の一撃で息絶えたのだ。
「現れるのが十年遅いんだよ」
 左右の手にゾディアックソードを持ったまま、陣内が呟いた。
「あの時の俺がおまえだったなら……」
 ワイルドハントの亡骸は俯けに倒れているため、背中の剣が空を向いている。なにかを指し示すように。
 その『なにか』を見上げたくなる衝動にかられた陣内であったが――、
「陣……」
 ――気遣わしげな声を聞いて、視線を横に向けた。
 いつの間にか、そこにはあかりが立っていた。

 あかりがワイルドハントの死体に近寄り、赤いカランコエの花を傍に置いた。
 その様子を黙って見ている陣内の背をアガサが『お疲れ』とばかりに叩く。
 そして、優しい笑顔を浮かべて、ヴァオの――、
「がんばったね、イヌマル」
 ――横を通り過ぎて腰を屈め、イヌマルを撫で始めた。
「天晴れな戦いぶりでした」
 と、ラーヴァも一緒にイヌマルを撫で回した。
「なんで、俺をスルーすんだよぉー!? ずっと多彩なギタープレイで援護してたのにぃー! パワーメタル風『紅瞳覚醒』とかスラッシュメタル風『紅瞳覚醒』とかデスメタル風『紅瞳覚醒』とかぁー!」
 ヴァオが駄々っ子のように腕を振り回したが、アガサとラーヴァは相手をすることなく、イヌマルを撫で続けた。
「ほらほら、あの二人に負けずにあかり様もモフってくださいな。この着ぐるみを!」
 と、着ぐるみ姿の淡雪があかりに体を押し付けた。彼女がこんな格好をしてきたのはべつにふざけていたからではなく、あかりの心を癒すためだったのだ。
「……ありがと」
 淡雪の言葉に甘え、あかりはボリュームたっぷりの着ぐるみにしがみついた。
 そんな彼女たちの頭上を飛び回りながら、ウイングキャットがこの場に相応しい声で鳴いた。
「にゃあー!」

作者:土師三良 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 12
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