画工は紫炎に燃ゆる

作者:白石小梅

●美に燃ゆる紫
「金はこれだ。今日はもう帰って結構」
 画家の男はそう言うと、封筒に入った金を放る。裸身に毛布を一枚羽織っただけの男女に向けて。
 それきり画家は二人を一瞥もせず、その瞳を炯々と輝かせながら己の描いたスケッチに見入る。
「あの人、絵の技術は凄いし、情熱もあるけど……ホント、人を人とも思わないわよね」
「フツー、男女のモデルに絹一枚で嘆きのポーズ取らせたまま一時間近く固まってろなんて言わないよ。早く行こう。またどやされるよ」
 そんな囁きも、男女がそそくさと着替えて走り出て行くのも、画家は気に留めない。
 舐めるように指を空に走らせて、女の滑らかな肌と男のしなやかな筋を、それを包む柔らかな絹のひだを反芻するばかり。
 写実的で技巧に溢れた無数の絵画に囲まれ、耳に痛い沈黙が満ちる。
「篠原・憲治……作家名オーギュスト。あなたね」
「誰だ……?」
 それを破ったのは、女の声。
 振り返った画家の目に映るのは、揺らめく紫炎と、一人の女……。
「私は紫のカリム。五色の炎を司る炎彩使いの一人……。あなたには、人間にしておくのは勿体ない程の才能がある……だからこれからは……エインヘリアルとして、私たちの為に尽くしなさい」
 瞬間、爆炎の如く吹き上がった紫炎が画家の体を包み込んだ。

 やがて、男の姿も、迸る絶叫も塵と化して。床に残るはただ焦げ跡のみ。
 紫の火柱を断ち割って、そこに現れるのは……。
『我は……勇者オーギュスト。いくさ場に美の彩りを添える者……』
「さあ。グラビティ・チェインを略奪してきなさい……上手にやれたら、迎えに来るわ」
『御意』
 紫炎の女に促され、煌びやかな鎧の巨漢が、夜の街へと解き放たれた……。

●勇者現る
「エインヘリアル勢力が有力なシャイターンを送り込んできたようです。五人の『炎彩使い』を名乗り、人々をエインヘリアル化させ始めました」
 挨拶もそこそこに、望月・小夜(キャリア系のヘリオライダー・en0133)は言う。
「今回、現れるのは炎彩使いの一人『紫のカリム』。新進気鋭の画家でイラストレーター、篠原・憲治さんを殺害し、エインヘリアルとしてしまいます。カリムは芸術分野に秀でた才能を持つ人間を見る目があるようですね」
 出された写真には、神経質そうな画家の姿。
 だが今回、炎彩使いたちの凶行は止めるのはもう間に合わない。カリムは撤退してしまっており、元凶の補足は不可能だ。
 むしろ対応すべき問題は、その後にある。
「エインヘリアルは憲治さんの作家名である『オーギュスト』を名乗り、そのまま現地で解き放たれ、芸術活動と銘打った虐殺を行うのです。オーギュストの凶行を阻止し、撃破することが今回の任務となります」
「オーギュストは飾りたてた鎧を纏い、変幻自在の塗料を武装とし、対象を石膏像のように固めてしまう能力を持ちます」
 戦場となるのは画家のアトリエ周辺。だが彼は郊外に活動拠点を構えており、周囲は公園のようになっている。誰もおらず、事前避難は必要ない。
「ですが生まれたての赤子一匹と、侮ることは出来ません。芸術的才能を見込まれ勇者に選定されただけあり、その才に見合った強大な力を発揮します」
 今までシャイターンは数を打つばかりの勧誘活動をしてきたが、炎彩使いたちはそれぞれ『勇者の素質』を見出して選定に及んでいる。尤も、暴虐を好むシャイターンらしく、才はあれども人格に問題のある人物を選ぶ傾向があるそうだ。
「憲治さんは元々、高慢で他者を顧みない性格でした。秀でた才能に、歪んだ人格が混じり合った結果……己が芸術のために人々を喜々として殺戮する殺人鬼、オーギュストが生まれたのです。容赦、躊躇は禁物です」

 とは言え番犬たちは、選定者がヴァルキュリアであった時代から闘ってきた。あの頃よりもずっと強大になったのは、こちらも同じ。
「炎彩使いどもの戦力拡充を阻止し、奴らに思い知らせてやりましょう。地球はもはや狩場ではないのだとね。それでは出撃準備を、お願い申し上げます」
 小夜はそう言って、頭を下げた。


参加者
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)
玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)
比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)
リノン・パナケイア(保健室の先生・e25486)
キース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)

■リプレイ


 すでに空は、遠い山影を縁取るように薄紫が残るばかり。
 林の中ではそれも遠く、秋虫たちの静かな歌声が薄闇に響くのみ。
「類まれなる技術を持ち、敵に目をつけられた画家、か……その名を汚す前に、葬ってやらなければな」
 そう言うのは、キース・アシュクロフト(氷華繚乱・e36957)。公式記録に残るデウスエクス討伐任務は初陣だ。僅かに強張る耳は、命を奪い合う運命への嘆きか。
 リモーネ・アプリコット(銀閃・e14900)も、僅かにため息を落として。
「少し調べてみたのですが……性格に難あれど、彼の才能には惜しいものを感じます。天才とは得てして常人とは違う考え方を持つものですしね」
 敵は犠牲者にして加害者。価値ある才を示した外道。
 複雑な想いは振り子のように揺れる。惑うのが自然だ。
「……紫のカリムに狙われたのは、彼の身から出た錆とも言えます。だとしても、シャイターンの、このような遣り口は許されることではありません。せめて……」
 レティシア・アークライト(月燈・e22396)がそう呟く。ウイングキャットのルーチェも、その同族である玉榮・陣内(双頭の豹・e05753)の猫と互いに顔を見合わせて、頷きを交わし合う。
「ああ……彼は既にエインヘリアル。敵となったのなら、倒そう。被害は最小限に抑えるべきだ」
 リノン・パナケイア(保健室の先生・e25486)が代表して、わだかまる惑いに決別を告げる。
「一体、何に執着したのか、魅入られたのか。確かめようにも焼かれちゃったんだから、分からず仕舞い。ケドまぁせめて……アンタの生前の情念に称して、地獄の門への招待チケット、ご褒美にあげちゃうぞ!」
 ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)が、そう言って樹々の影を指さす。そこからゆらりと立ち現れるのは、細面の巨漢。
『結構だ。ロダンの地獄門は飽きるほど見た。お前たち地獄の番犬を固めて、俺の地獄門でも創ろうか。芸術になれることを悦ぶがいい』
 番犬たちは、言い終わる前にその身を囲っている。
 自惚れか、自己陶酔か。逃げる様子はない。
「芸術家には変わり者が多いってよく聞くけど……馬鹿じゃないの? それがあんたの望みだったの? ただのつまらない殺戮者になることが?」
 目に嫌悪を浮かべ、比嘉・アガサ(のらねこ・e16711)が身構える。
 男は構わず、制作欲に濁った視線で、番犬たちをねめつけるのみ。
 睨み返す陣内の目は、灰に埋んだ熾火の如く。
「……人であることを捨ててしまわないと、そこには至れないとでも言いたいのか。狂気の果てにしか、それを手にできないと言うのか? ……ピュグマリオン」
 敵はその言葉に、ふっと口の端を吊り上げた。
『ふん……俺はガラテアに焦がれて作品を石から解き放つような愚は犯さない。俺はジェロームと同じく画家だ。美を封じ、額縁の中に閉じる者だ。永遠にな!』
 そして男の背後をぶち破り、暗い虹色の塗料がスライムの如く伸び上がる。
 にやりと笑んだ木戸・ケイ(流浪のキッド・e02634)が、相棒のポヨンの背を叩いて。
「お気に入りの画家の話か? 小難しいことはわからんが、俺も新古典主義は悪くないと思うぜ。何が描いてあるのか分からない現代美術なんかよりは好きな作風だ。さあ、俺みたいなのはモデルにぴったりだろ? 激闘を描き始めようぜ、オーギュスト!」
 そして一斉の跳躍に草花が散る。
 闘いが、始まった。


 敵の操る不定形の塗料は、大蛇の如く鎌首をもたげて迫る。
「せめて、安らかな眠りへ……さあ、行きます。ルーチェ、それにみんな。お願いしますね」
 対するレティシアは、その身をしなやかに伸ばし、白蛇を纏わせる如くオウガメタルを輝かせる。その号令に、ルーチェ、猫、ポヨンといったサーヴァントたちが従って。
 白銀の輝きの中、清らかな水と風が壁の如く立ち登る。
『壁のつもりか? 脆弱だが、中々に美しい……良い仕上がりになりそうだ』
 浄化の嵐の中を、熱を持った塗料が迸る。それはつぶての如く前衛の身を穿つが……。
(「迸る破片だけで、散弾のよう……! ですが熱を失い、石化効果は弱まっていますね。これなら……!」)
 襲い来る塗料を弾くリモーネ。その後方から、一つの影が飛んで。
「死して尚、敵すら作品と見るとは。芸術家の性なのか……それが本懐ではなかっただろうにな……俺が隙を作る。前衛、後を頼む」
 それはキース。前衛を飛び越え、己自身を弾丸に巨漢の脇腹を掠め跳ぶ。その一瞬、前衛たちは反撃に転じる。
「ベッタベタのタッチの絵柄なんだって? センスゼロだなオッサン! そんなんじゃ友達出来ないぞ? ……あ、ホントだったらゴメンだけど!」
 ギターのピックのようにナイフを逆手にしたミズーリの一閃。そしてリモーネの『鬼斬』より繰り出される一太刀が、空を断って交わる。
 しかし巨漢は、大蛇の如く塗料を身に巻きつけ、まるで粘土に刃を受けるように致死の斬撃を弱めてみせる。
『芸術とは、孤高の狂気の中で生まれるものだ。純然たる技術の前には薄っぺらい批判など、やがて朽ちる』
「……生まれたての赤子だからって油断はしないぜ。ヘラクレスは揺り籠に放たれた毒蛇を絞め殺したっていうが、地獄の番犬はどうだい?」
 ケイが刀の柄に指を掛けている。飛び退いた二人に気を取られた敵へ向けて、抜き打ちの一閃。巨漢の脛を打ち据え、舞い飛んだ桜吹雪を火花に変えて巨漢を打つ。
『ちっ! 煩わしい!』
「怯みもなし……はっ。さすがに赤子の手を捻るように、とはいかないか! 当然だなッ!」
 だがつかず離れず隙を狙う三人のジャマーが、前衛と打ち合うこの機会を見逃すはずもない。
「……俺たちの強みは『友達がいること』だ。突くぞ。玉榮、比嘉。合わせてくれ」
 そう言ってリノンは身を捻り、一気に間合いを詰める。その指突を鎧の隙間へと走らせて気を引く隙に、更に身軽な影が滑り込んで。
「馬鹿ね……あたしたちはあんたのいうところの『作品』にはならないから。あんたを倒しにきたケルベロスだから。そのあたりよーく覚えておいて」
 アガサの手が開けば、煌めく粉が敵の目を灼いた。連撃の中、姿勢も視界も乱されて、巨漢は、怒りの唸りを上げる。
 巻き散らされる塗料の散弾を潜る陣内。
 だがその思考は、闘いの熱とは裏腹に、暗く冷えていく。
(「同じ年齢。近い作風。筆を折った自分とは対極的に、曲がりなりにも画家と成った男……か」)
 まるで酸っぱい葡萄のような感情をそのまま刺すが如く、陣内は時を超える毒を放つ。
「……人間をやめるなら、その腕を、目を、この世に置いて逝け」
 そう言い捨てながら、しかし乖離した自分は「ソレヲ俺ニ寄越セ」と囁くのだった。


 林の中が、灼熱の戦場と化してしばらく。火炎は燻り、灼けた油のような臭いが鼻を突く。草花は塗料の熱に一瞬で融解し、木々は淀んだ虹色に石化した。
 しかし。
『何故だ! 転生した我が力を以ってすれば、人間さえ瞬く間に固めてしまえるはず!』
 勇者が咆哮をあげながら、毒蛇のように塗料を飛ばす。常人ならば千切れ飛ぶだろう一撃からケイを庇うのは、レティシアの細い肢体。
 弾き飛ばされた彼女を、ルーチェがため息交じりに癒しの羽で仰ぎながら、そっと支える。彼女は、口元の血を丁寧な所作で拭いながら、起き上がった。
「貴方の石化は……この子たちが全て封じました。癒し手が不在で、回復こそ後手に回りましたが、ならば私が補えばよいだけのこと」
 漂うのは、仄甘い薔薇の香りの霧。ポヨンと猫も彼女に呼応し、前衛を再び癒し始める。その身に纏わりついた塗料の破片がパラパラと砕け落ちて。
「さあ、哀しき罪を増やす前に、私たちが黄泉路へ御案内いたします」
『ほざけ……!』
 こちらは八人。従者たちも多い。侵す呪いと解呪の争いに重点を置いた布陣は、完璧に機能している。
(「呪縛を破る上ではこちらに優位。しかし、純粋な回復量は不足気味か。破邪の構えのまま押し切るか、それとも力を組み直して癒しに全力を回すか……」)
 激しく打ち合う前衛。半歩距離を取りながら、リノンは一瞬の思案を巡らせる。
「進言する。こちらが優位な中、先に身を退くのは下策だ。つけ込まれる危険を冒してまで受けに回る必要はない。押し切ろう。俺が奴を止める」
 それは、キース。戦場を冷静に俯瞰し、二人は頷き合う。
 キースが影のようにブラックスライムを走らせ、巨漢の足に喰らい付いた。足を取った瞬間、回転したリノンの一閃が敵の脇腹を裂く。
『ぐ、ぅ! この、程度……!』
 血に塗れた勇者は、華麗な連携を見せた二人をねめつけると、一気に突進する。だが横からミズーリが飛び込み、両者は激しく激突した。彼女もまた幾度も塗料の弾丸を受けているものの、しかしその気迫は未だ健在。
「なあ……アンタの作品をさ。好きな人もいたんじゃないのか? 今はもう惜しいとも思えないかもしれないけれど、あたし達の手が早ければ間に合ったかもしれない。そこはゴメン。アンタの作品、出来るだけ望み通りにするけれど、何か希望あったりする?」
『黙れ! 俺はまだお前らを題材に、描いていない!』
 彼は気付かない。己に遺言を尋ねるだけの余裕が、すでに相手に生まれつつことを。
「あなたは性格の歪んだ人物であったと聞きますが、こんな凶行を行う人間ではなかったはず。心の歪みにしても、生まれつきだったわけではないでしょう。きっと始めはひたむきに作品を作っていたのではないですか?」
 リモーネの哀し気な問いは、勇者の背後から。そして彼が振り返るよりも早く、月の光の如き一閃が舞う。それは鎧の隙間の筋を断ち、巨漢は血だまりの中に片膝をついた。
『俺は……まだ、描く……おのれ、俺の躰よ! 動け!』
 咆哮と共に塗料が弾け飛び、二人に身を退かせた。
 だが、すでに石化する側は逆転している。
「目には目を、歯には歯を、石化には石化を……ってね。自分が「作品」になるってどんな感じがする? どう見ても醜悪でしかないけどね」
 冷えた目でそう語るのは、アガサ。勇者が放った塗料を身を捻って躱すと同時に、鋸のような刃が彼の腕を深々と抉る。
 血は、もう落ちない。
 敵の体はぎしぎしと軋む音を立てながら固まっていく。
 その前に、陣内が立って。
「……永久にそこで見ていろ。真っ当に生きる人々の証を」
 居合い抜きが一閃し、胴に刀がめり込んだ。
 それは、石化に関わらぬ致命傷。
 勝敗は、ここに決した。
 誰もがそう思った、その時。勇者オーギュストは最後の力で無理矢理に石を破り、陣内の首を掴みかかった。
「……!」
 ひび割れていく音と共に、その首を絞め上げる。
『真っ当、だと? お前の目には、俺と同じ炎が埋もれているのを感じるぞ。道を外れたピュグマリオンは……俺だけか? ガラテアに微笑んでもらいたいのは、本当は……』
 瞬間、巨漢の胸を銀閃が貫いた。
 陣内の目の前で、血の滴る刃が止まる。
「傍若無人で身勝手でも別にいいし、人格まで完璧である必要はないだろう。でも、画家が口上なんて、長々喋るもんじゃない。あんたは死んでも作品が遺る……最後はそれで語ればいい」
 膝が崩れ、巨体は遂に倒れ伏す。
 刃を納めたのは、ケイ。それは、彼なりの配慮だったのだろうか。
 勇者オーギュストの体は石と化して崩れ、やがてその塵も秋風がさらって行った……。


 闘いは終わった。
 融けかけた草花や灼かれた樹々へ、レティシアがヒールを施している。
「大方、場所は元通りになりましたね。後は……彼の冥福を祈りましょう。強引な転生さえなければ、人殺しまでする人ではなかったはずの方ですしね」
「ああ……先日見かけた事の真似事だが、これを手向けに」
 手の中でヒールされ、形を戻した花々をリノンがそっと手向ける。彼はしばらくの沈黙の後に振り返ると、レティシアとミズーリへ向けて語った。
「癒しを切って押し切る形の戦術になった。すまない。傷は、もう大丈夫か」
 二人は微笑んで頷き、ミズーリが言う。
「気にするなって。結局その方が早めに倒せたわけだし。しかしまあ、コイツに代わって紫のカリムには、絶対文句言ってやらないとな。あ、アトリエの方はどうだった?」
 その問いは、林の中を戻ってきたリモーネとケイに向けて。
「すごい技巧的で写実的な絵だったな。流石は画家ってとこか。俺も死ぬ時には何かを遺したいもんだ……いや、そんな話をするのは早過ぎるか。ごめんよ、ポヨン」
 ケイの脛を、ポヨンがぺしりと叩く。ルーチェの方は、澄まし顔でそっぽを向いているが、彼らにとっても主人は大事なものなのだ。
「運がいい、と言っていいのかわかりませんが。戦場が少し離れていましたから、創作物は全部無事でした。彼を助ける事は出来ませんでしたが、作品はちゃんと後世に伝わるよう私も働きかけましょう」
 リモーネは、そう言って頷く。
 芸術を愛する心は国も文化の違いも超える。国を跨いだ血を持ち、この島国の文化を愛した乙女には、今回の一件には想うところがあるのだろう。
「ああ。それがいいと思う。俺には絵の心得はなく、芸術などよくわからないが……彼の想いは本物だったと思うしな」
 キースはそう応えた後、胸元で十字を切る。
(「……仕事上仕方ないこととはいえ、死に直面するのは……辛いものだ」)
 尤も、彼はその辛さから楽になるつもりはない。命は尊ぶもの。それを忘れることは、信念をなくすも同じことだから。
 祈りを捧げる皆を、アガサは一歩引いて眺めている。
(「あんたみたいに画家を気取っていて、でも結局は筆を折ってしまった奴を知ってるよ。でも、その代わりにあいつは『心』を手に入れた……だから、あいつはもう大丈夫。あんたにもそういう何かが見つかれば、こうはならなかったかもしれないのにね」)
 消えた男へ語り掛けた想いは……祈りか。はたまた皮肉だったろうか。
 そして陣内は独り、背を向けて闇を見ていた。
(「手に入らぬものを、せめて絵の中だけでも……そう願って、描き続けた」)
 だが新古典主義的な画風は常に、巨匠さえもが同じ批判に晒される。
 曰く『上手いだけでつまらない』と。
 あの男は心を歪ませてまで踏みとどまり、技の極致を目指したのだろうか。
(「俺は筆を折った。だが、もしも……」)
 その先は、言葉にならなかった。
「陣……大丈夫?」
 アガサにそう問われ、振り返った陣内は、いつも通りの穏やかな表情で言う。
「……勿論だ。さあ、帰ろう」
 林の中を、夜の闇と静寂が包んでいく。

 一つの歪んだ才能がこの日、灰となって消えた。
 迎え討った一人一人の心に、想いを残して。
 背後に蠢く五色の悪魔はこれにめげず、新たな犠牲者を次々に焼き尽くすだろう。
 次に現れ、喪われるものは、果たして……。

作者:白石小梅 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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