人よ、青梨に還れ

作者:柊透胡

「そろそろ、梨の季節も終わりだなぁ」
 早朝――青梨の果樹園を訪れた初老の男性は、この果樹園の主、山根・悠壱。鳥取県ならではの青梨を作り続けて数十年。目の前の実りは、我が子同然だ。
 そんな大切な青梨も、そろそろ収穫の時期の終わりを告げる。収穫が終れば、農機具を片付けて、防風・防雪ネットで冬の降雪の備え。落葉の処理に果樹棚の整理等々、冬に向けて、更には来年の実りの為に、農作業に終わりはない。
 その算段の為、悠壱は1人で果樹園に足を運んだのだが……まさか、突然、少女が目の前に現れようとは。
「あ、あんたは……?」
「ふん……ちんけな男だけど、まあいいわ」
 ギョッとする悠壱を、黒目がちの翠の瞳が蔑むように睨む。ばさりと大きな蓮の葉がその背から翻るや、撒かれた花粉めいた何かが、まだ実りを残した梨の木に降り注ぐ――。
「う、うわぁぁっ!」
 突如、グニグニと枝葉を伸ばし、根を引っこ抜く梨の木。最初の獲物とばかり、悠壱を絡め取り肥大した幹に取り込んでしまった。
「や、やめてくれぇっ!」
「どう、苦しい? でも、お前達人間はこれ以上の苦しみを植物に与えてきたんだよ」
 半ば幹に埋没した悠壱の悲鳴に、少女は紫の髪を揺らして冷ややかに言い放つ。
「だから、自業自得」
 ――――!!
 まるで同意するかのように、青い実りをブルリと揺らす。攻性植物と化した梨の木の咆哮が、早朝の空気を震わせた。

「うわぁ……秋の味覚のピンチを警戒していたら何か新種が登場、って感じ?」
「端的に言えば、そうなるでしょうか」
 好奇心を覗かせて藍の双眸を瞬くオラトリオの青年に頷き、都築・創(青謐のヘリオライダー・en0054)は集まったケルベロス達に向き直る。
「定刻となりました。依頼の説明を始めましょう」
 鳥取県山中にある青梨の果樹園に、植物を攻性植物に作り替える謎の胞子をばらまく、人型の攻性植物が現れたという。
「どうやら、同じ目的で動く人型攻性植物は、複数体いるようですが……本件の攻性植物は蓮と同化しています。『鬼蓮の水ちゃん』と呼称されているようですね」
 その謎の胞子を受けた青梨の株は攻性植物に変化するや、その場に居合わせた果樹園の主、山根・悠壱を襲い宿主としてしまったのだ。
「梨の旬って8月から9月なんだって。今年の収穫も、何事もなく終わりを迎えられたら良かったんだけど」
 深く被った帽子を弄りながら、肩を竦めるルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)。その肩にいる黒栗鼠は、ファミリアであるようだ。
「フォントルロイさんの懸念が、私の案件にヒットしましたので、皆さんに集まって戴いた次第です。急ぎ現場に向かい、山根さんを宿主にした攻性植物を倒して下さい」
 残念ながら、「鬼蓮の水ちゃん」は既に姿を消しており、戦う事は出来ない。残された青梨の攻性植物は1体のみで、配下はいないようだ。
「不幸中の幸いで、攻性植物が果樹園から外に出た所で、駆け付ける事は可能です。それなりに広い農道で、戦うのに支障は無いでしょう。又、早朝という時間帯の為、周辺に人はいません」
 だが、単純に戦って倒せばいい、という訳ではなさそうか。
「皆さんが駆け付けた時点で、山根さんは既に攻性植物と一体化しており、普通に攻性植物を倒すと一緒に死んでしまいます」
 打開策は『ヒールグラビティ』だ。
「攻性植物にヒールを掛けながら戦う事で、戦闘後に寄生された彼の救出が可能となるかもしれません」
 ヒールグラビティを敵に掛けても、ヒール不能のダメージは少しずつ蓄積していく。粘り強く攻撃していけば、理論的には撃破も可能だ。
「犠牲者は出ないに越した事はありません。しかし、攻性植物も弱くはありません。山根さんの救出まで考慮するならば、万全の体制で臨んで下さい」
 青梨の攻性植物は、たわわに実った青梨を爆弾のように投げ付け、根を縦横無尽に蠢かせて締め上げる。
「又、鋭利な枝葉を振るって、敵を切り裂く事も出来るようです」
 ふむふむと頷くルードヴィヒ。軽妙な雰囲気ながら、その実、考え込んでいる風情か。
「これまでの事件を考えると……攻性植物に寄生されてしまった人を助けるのは難しそうだよね。でも、美味しい青梨を丹精込めて作ってきた農家さんだもの。助けられるならその方が絶対いいと思う」
「攻性植物の言葉を借りれば、少なくとも山根さんは『植物に苦しみを与えてきた人間』に該当しないと考えます。これ以上、被害が広がらないよう……皆さんの武運をお祈りしています」


参加者
ヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)
繰空・千歳(すずあめ・e00639)
ヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)
ルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)
小鞠・景(冱てる霄・e15332)
マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)
ユーデッカ・フルコト(威信高吟・e37749)

■リプレイ

●人よ、青梨に還れ
 今年は秋が深まるのも早いだろうか。早朝の山の空気はシンとして、合服でも肌寒い。
 見回せば、まだ紅葉の様子は無いものの、風に揺れる木の葉も寒そうに見えた。
「日本のフルーツは美味いと聞いタ。けど、ナシ……俺の知ってる形とは違うナ。リンゴに似てル」
 物珍しそうに、頭を巡らせるヴェルセア・エイムハーツ(ブージャム・e03134)。一面の果樹園は、全て鳥取県特産の青梨だ。確かに遠目には、残る果実が青林檎に似てない事も無い。
「まあ、雑草駆除は面倒だガ、『善良なる』番犬サマのお仕事じゃあ仕方なイ」
 不敵に嘯くヴェエルセアは、鍵めいた得物を担いでいる。攻性植物と化した青梨の掃討が今回の依頼。だが、その発端はこれまでと違う模様。
「攻性植物の新しいやり方か。気に食わんな」
 尊大に頤を上げ、手袋を嵌めた腕を組むユーデッカ・フルコト(威信高吟・e37749)。
「植物が人を取り込む事件は過去にも何度か遭遇しておりましたが……まさか裏で暗躍している者がいたとは!」
 マーシャ・メルクロフ(月落ち烏啼いて霜天に満つ・e26659)も大いに気炎を上げる。
「しかも! よりにもよって草木と生涯を共にする農家さんを標的にとは。許せませぬぞ!」
 一輪木馬のまちゅかぜ(一応、ライドキャリバー)も、同意するようにクルリとスピンする。
「それも長年、青梨の事を大切に思い、育ててきた方です。丹精込めた青梨が攻性植物に利用されるのも不本意で、無念でしょう」
 サムライガールと対照的に、小鞠・景(冱てる霄・e15332)は淡々と冬色の眼差しを細める。その視線の先に――わさりと、奇怪に蠢く樹影が今しも農道に現れる。
 本来、青梨は梯子を使わずとも収穫出来る程の低木だ。それが見上げるばかりに巨大化し、肥大した幹に半ば埋没した人影が見える――彼がこの一帯の果樹園の主、山根・悠壱だろう。
 青梨を攻性植物化させた『鬼蓮の水ちゃん』は、取り込まれた宿主を植物を苦しめた自業自得と断じたという。
「美味くする為の世話が、果物にとっちゃ苦痛になるんかね……いまいちピンとこねえなあ」
 十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)は、思った事がそのまま口を突いて出た様子。呆れたような面持ちだ。
「植物は植物だろ」
「植物を苦しめる人間まで容赦しろとは申しませんが……愛情を注いでくれた人を取り込んでしまう青梨なんて、悪い夢で終わらせたいものです」
 微笑みを崩さないヒスイ・エレスチャル(新月スコーピオン・e00604)だが、元より植物好きの青年だ。攻性植物の所業には、胸が痛む。
「人型の攻性植物の胞子……そちらも気になりますが、まずは目の前に集中しましょう」
「うん。数十年、青梨と一緒に生きてきた彼が自業自得なんて言われる謂れはない、よ」
 帽子を被り直し、決意を込めて攻性植物を見据えるルードヴィヒ・フォントルロイ(キングフィッシャー・e03455)。宿主の救出が一筋縄でいかぬのは承知の上。それでも。
「助けたい、諦めたくないから頑張る。秋の味覚、美味しかったねで終わらせる為にも」
「そうね」
 顔を顰める繰空・千歳(すずあめ・e00639)は、ガトリングガンと一体化したような左の機械腕を構える。傍らで菰樽そっくりのミミック、鈴のエクトプラズムが模るのは鈍器めいた一升瓶だ。
「ちゃあんと助け出して、また美味しい梨、作ってもらわなくっちゃあね」

●吼え猛る青梨
 一斉に駆け付けたケルベロス達は、攻性植物を半円状に包囲する。
「果樹に害が及ぶ戦は心が痛むが、これ以上、外に出てもらうわけにはいかん」
 ユーデッカがドラゴニックハンマーを担ぐより先に、ブルリと身を震わせた青梨がたわわな果実を投げ付ける。
「貴様……」
「仕事だし仕方ねーってだけだからな」
 荒っぽく押しのけ、爆ぜる射線を遮った。ユーデッカの視線に、刃鉄はぞんざいに答える。
「疾きこと風の如しってな!」
 一転、マインドリングの光刃に風を纏わせ一閃。十六夜天流、ニの型「疾空」――間合いの外からの牽制は、次への一手となろう。
「悪戯が過ぎますね。夢を見るのはお仕舞にしましょう」
 ヒスイの乳白色の瞳から零れ落ちた光は、眩い翡翠色の雷撃と成す。だが、柔和の内に燻ぶる激情は敵を穿つ寸前、かわされた。
 ヴェルセアのペトリフィケイションも、絶妙のタイミングで投げられた青梨爆弾を石化するに留まる。
 すかさず、ルードヴィヒのスターゲイザーがスライディングの要領で、蠢く根をへし折っていく。
(「攻性植物になっちゃった梨の木はもう助けられないけど……彼は、助けるよ」)
 接近すれば、幹に埋没した悠壱は項垂れたまま。囚われの身を目の当たりにして、決意を強くする。
「我が【縮地】の威力、堪能するでござるよ!」
 マーシャが勢いよく蹴り出したオーラは、早朝の流星となって攻性植物を穿った。同時に、ファンシーな見た目に違うまちゅかぜの鋭いスピンが、ギュルリと農道を削る。
 ユーデッカの轟竜砲が文字通りに朝の冷気を裂いて轟けば、ブンッと鈴のエクトブラズム一升瓶が振り回された。
「景との共闘は久しぶりね。回復、どうぞ宜しくね?」
 千歳の言葉に表情を和ませ頷き返す景。宿主は助けるという指針の下、千歳のヒールは攻性植物に向けられたが、景が描いた星座の守護は前衛に。
「クラッシャー、だよね」
 だが、千歳の呟きに、景はすぐ表情を引き締めた。確かに刃鉄に燻る炎は消えたが、ディフェンダーにも拘らずダメージは全く癒しきれていない。
(「手厚い、支援を」)
 元より長期戦を想定している。景は戦況を見極めんと目を凝らした。1人とて欠けさせないと、奮う心に沈着を鎧う。
 ――――!!
 獰猛にも一斉に伸ばされた木の根が、前衛を席巻する。
「残念ね、誰も傷付けさせないわよ」
 機械腕を翳してルードヴィヒを庇い、強気を言い放つ千歳。すかさず、景は静かに薬液を雨を降らせる。
「流石、2人共頼りになる」
 小さく笑みを零し、ルードヴィヒの刃が月弧を描く。根に締められるなら尚更、「全員の攻撃が命中する」戦況を作り出すのは定石と言えよう。
「そのジジイ、返してもらおうカ」
 予定通り、ヒスイがウィッチオペレーションを攻性植物に施す間に、鍵状の得物を長く伸ばして真っ直ぐに貫かんと地を蹴るヴェルセア。
「お次は【風祭】。雷気も加えたこの味はまた格別でござるよ!」
 自称「天狗の翼、妖弧の尾、鬼の爪を用いた魔扇」に雷気を纏わせ、マーシャはその硬い樹皮を砕かんと突進する。サーヴァントらも次々と。菰樽は一升瓶を叩き付け、どんな機構か、一輪木馬はガトリングを掃射する。
「まさか、貴様が私の盾となろうとはな。長生きはするものだ」
「先に言っとく。馴れ合うつもりはねえからな」
 猟犬縛鎖を奔らせるユーデッカの軽口に、いっそ荒っぽく吐き捨てて、刃鉄は祝福の矢を番える。
「ふむ、今はそういう事にしておこう」
「違えっつってんだろ!」
 攻性植物の回復主体としながらも、刃鉄も余裕あれば攻撃に回ろうと考えていた。この時は、まだ。

●綻び
「さあ、攻性植物にはご退場願おうか」
 盾とて全ては庇いきれない。青梨爆弾が弾け、応酬に息吹喰らう地獄の炎弾を放つユーデッカ。身を捩じらせる攻性植物に、ルードヴィヒのドレインスラッシュも閃いた。斬った幹に埋没した悠壱に声を掛ける。
「痛いの、ごめんよ。必ず助けるから諦めないで……もうちょっとだから頑張って」
 序盤よりユーデッカが重ねた轟竜砲は早々に功を奏した。さして時間も掛からず総攻撃が可能となったのは、歴戦の兵揃いのお陰もあるだろう。
 順調に重ねられるダメージ。だが……最初に違和感を感じたのは、ルードヴィヒ。物問いたげな視線に、ヒスイは柔和に不穏を滲ませ 頷き返す。
 ヒスイのウィッチオペレーションだけでは、回復量が明らかに足りない。重ねられた服破りの厄が、却って仇となっている。
「千歳」
「ずっとやってるわ」
 ヒスイの声に応じながら、飴細工の兵隊とバレリーナを作り上げる千歳。恋人達の周りを小さなハートの飴が飛び回れば、小さなしあわせのお裾分け。攻性植物へ癒しを響かせる。
 それでも、足りない――鈴と魂を分け合うが故に、千歳の回復量は相当に減じている。加えて、ミミックには回復の手段が無い。
「わかった、俺もやりゃいいんだろ」
 不機嫌そうに顔を顰め、祝福の矢に専念する刃鉄。敵への破剣の付与は、強化に重きの無い現状で深刻な悪影響はないだろう。厄の耐性が砕かれるくらいか。
 3人掛かりのヒール。だが、攻性植物の傷は癒しきれない。まだまだ、回復量が足りないのは明らかだ。
「仕方ありません……クラッシャーの2人は、ダメージの少ないグラビティに切り替えて下さい」
「そんな事言ってもヨ!」
 顔を顰めるヴェルセア。その理由を、ヒスイはすぐに察する。
 手加減攻撃の「慈悲」は、この際関係ない。回復量との調整という点から、低威力というのが手加減攻撃の意義だ。
 だが、ヴェルセアの場合、オリジナルグラビティの方が寧ろ威力が低い。そして、ルードヴィヒの手加減攻撃とヴェルセアのオリジナルグラビティが命中した時点で、そのダメージは3人掛かりのヒールの回復量を大きく上回る。
「すまん……」
 ヒスイの視線に、心底申し訳無さそうにマーシャのウサギ耳が垂れた。彼女の【浄化之型】雁木囲いは守りの型。攻性植物どころか前衛にさえもヒールは届かない。
「私も……」
 景も悲愴な面持ちで頭を振る。敵はクラッシャー。殊、攻性植物が振るう緑の刃は、ドレインの回復量を消し飛ばす勢い。メディックの回復無くして、果たして戦線を維持出来るか、相当に危うい。
 ――1つ、ケルベロス達が読み違えていたのは、「宿主救出のタイミング」だ。
 単純に攻性植物を撃破しては、宿主も諸共に死亡する。そこで、与えたダメージ分だけ、攻性植物にヒールを施す。敵にヒールを掛けても、およそ3割程残る「ヒール不能ダメージ」を粘り強く蓄積する事で理論的に撃破は可能。長期戦は必定だが、これが宿主の命を繋ぐ唯一の手段だ。攻性植物を弱らせて戦闘中に宿主を引き剥がす、とはまた意味が違う。
 ヘリオライダーも明言した筈だ。「戦闘『後』に宿主の救出が可能となるかもしない」と――宿主の救出まで目指すなら、何より重要なのは「回復量」だ。その範囲内で攻撃し、ジワジワとヒール不能ダメージのみを蓄積させる。小刻みの連打が可能なサーヴァントと主の連携は、寧ろダメージ調整向き。又、敵の火力を削ぎ命中率を下げ、或いは行動自体を阻害すれば、より安全に長期戦に臨めただろう。
 だが、武器封じ技の用意は皆無。石化やパラライズは序盤に刻めたものの、その発動率は相当に低い。だが、敵のヒールに3人掛かりでも足りぬ現状、更に行動阻害にリソースを割く余裕もない。
 或いは、「何もしない」という決断も必要だったかもしれない。だが、攻撃を控えて起こるだろう危機に甘んじる覚悟をした者も又、いなかった。

●過分の結果
 長い長い時間の果て、双方のダメージは着実に積み重なっていく。
「祓え給い、清め給え。神ながら守り給い、幸え給え」
 せめて景の負担を軽くせんと、後衛への散弾はマーシャが浄化之型でヒールする。味方の回復も半ば2人体制の呈になったが、メディックのヒールには必ずキュアが付く。景の気力溜めはそれなりの回復量はあれど、厄の解除を思えば、敵の回復までは思い切れなかった。
 その間も、ヒスイのウィッチオペレーションが、千歳の飴細工の恋物語が、刃鉄の祝福の矢が、攻性植物を癒し続けた――圧倒的な回復量の不足を実感しても、今は出来る事を続けるしかない。
 刃鉄の望まぬ祝福を剥がさんとユーデッカがブラックスライムを放つ一方、ルードヴィヒの攻撃の手が刹那、止まる。
「ちゃんとやれっての」
「わかってる、よ!」
 いつもの軽妙も影を潜め、刃鉄の叱咤に思わず声を荒げるルードヴィヒ。敵を回復出来ぬ事が、一心に高めてきた己の武威が、これ程もどかしいとは。
(「新興勢力なんて知らない……でも、助けなくちゃ。何が出てきても挫くんだ」)
「それが、ケルベロスだろ!」
 悲鳴のように叫んで、ルードヴィヒは手を伸ばす。幹に埋もれた彼を一寸とも引き出せぬというのに。手加減しても、歴戦の刃は容易く硬い幹を削る。
「……っ!」
 それでも、最後まで攻性植物の戦意は衰えない。ヴェルセアを貫く緑の刃は、ヒールを挟ませず再度閃く。辛うじて踏み止まった意気は、傲慢にして孤高なる生への執着。
「このままでは、先に攻性植物が倒れるか、私達の方が保たないか、になります……」
「……そうだナ」
 遅れて景から注がれた気力に嘆きを感じたのは、恐らく気の所為だ。それでも、幾許かの執心が、その気の所為を看過させなかった。
「人を取り込まなきゃもっと楽にイけたのにヨ、手間増やしてくれてんじゃねぇヨ」
 思い切ったヴェルセアの手に、大きな血塗れの肉切り包丁。だが、無骨な刃に血は滴らず、一滴たりとも残さない。まるごと喰らって、ごちそうさま。地に落ちたのは――涙だけ。

 攻性植物は見る見る萎び、砂の城のように崩れ去る。どさりと投げ出された初老の男性は……動かない。
「……」
 そっと、悠壱の首筋に手を当てた景は無言で頭を振る。遺体を整える、それがせめてもの手向け。
「……ごめん、よ」
 目深に被った帽子の下で、歯を食い縛るルードヴィヒ。
「悠壱さんは間違いなく青梨を大切にしていた方です。悲劇になってしまう前に、助け出したかった……」
 ヒスイの言う通り、誰1人として彼の救出を諦めたくなかった。だからこそ、1つの命が潰えたという事実が重く圧し掛かる。
 ケルベロスが強過ぎた、だからこその、結果だ。
「ぬぅ、間に合わなかったでござるか……厄介な」
 『鬼蓮の水ちゃん』の嘲笑が聞こえてきそうだ。悔しげなマーシャを慰めるように、まちゅかぜは馬頭をすり寄せる。
「梨を大切に育ててきた人にこんな事するだなんて、酷過ぎるわ……」
 やり場の無い怒りを抱えて唇を噛む千歳に、鈴が心配そうに寄り添っている。
「悪いナ、ジイサン! あの世でいいナシ作ってくレ!」
 軽口を叩き、肩を竦めるヴェルセア。果樹園を見回す忌々しげな表情に、本音が透けて見える。
 チラとユーデッカが窺えば、同郷の少年はきつく拳を握り締める。特段、懇意ではない。これまでも、これからも。
(「だが、偶には歩み寄るのも良いだろう」)
「何だよ」
「食ってみろ。きっと美味い」
 刃鉄の警戒の眼差しも構わず、戦闘の余波で焦げた落ち梨を差し出すユーデッカ。
「今年の梨は、美味かった……来年も期待していたんだがな」
 半ばとろけた梨を齧り、黙祷するように紅紫の双眸を伏せた。

作者:柊透胡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月8日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 11
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