町でうわさの絶版本

作者:遠藤にんし


 街の中心地からは離れたところに、大きな屋敷があった。
 屋敷に住むのは一人の男性。妻に先立たれ、子供もいない彼の唯一の楽しみは、稀覯本の蒐集だった。
 絶版と聞けばなんでも買い集めているから、そのコレクションには統一性などまるでない。
 なかなか手に入らないものが集っているという事実が彼を満足させていた――だというのに。
 現れたドリームイーターは、その稀覯本を焼き払った。
「なぜ……どうして……!」
 怒りにわななく男性の胸へと突き刺さるのは、鍵。
「私たちのモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒り」
「ソシテ悲しみ、悪くナイ!」
 二体の魔女の言葉に呼応するように、巨大な書物の形のドリームイーターが二体、現れた。


「せっかくのコレクションを焼くなんて……」
 酷いことだと神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)は目を伏せ、小瀬・アキヒト(オラトリオのウィッチドクター・en0058)は眉をひそめる。
「それだけでも許せないのに、それによって生まれた『怒り』と『悲しみ』をドリームイーターに仕立て上げたようだ」
 これ以上の悲劇が起こる前に、このドリームイーターを止めなければいけない。
「ドリームイーターは、巨大な書物の形を取っているようだ」
 前衛に立つ『怒り』のドリームイーターは赤、後衛に立つ『悲しみ』のドリームイーターは青の装丁らしい。
「怒りと悲しみを表明することは出来ても、会話は成立しないだろうね」
 屋敷の庭は広いため、そこで戦えば、建物などへの被害もおよびにくいだろう。
「こんなことからドリームイーターを生み出すなんて、許せないことだよ」
 言って、冴はケルベロスたちを見送るのだった。


参加者
ロゼ・アウランジェ(ローゼンディーヴァの時謳い・e00275)
ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)
神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)
南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)
エフイー・ロスト(もふもふを抱いて唄歌う機人・e16281)
御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)

■リプレイ


 浮かぶ、開かれた書物。
 褪せたページに浮かぶ文字が何なのかは見て取れず、目を凝らせばそれが緻密なモザイクであることが知れる。
 ページから抜け出たモザイクたちは一本の紐のようにうねりつつ、ケルベロスたちへと迫る――それを受け止めたのは、南條・夢姫(朱雀炎舞・e11831)。
(「ただでさえ傷ついている男性のコレクションを燃やして追い打ちをしただけでなく感情まで利用するだなんて……」)
 絶対に許せない、と意志を込めて、夢姫は飛び交う書物から仲間へと目を向ける。
 開いた唇からこぼれたのは歌声。ウイングキャットのプリンは白翼をはためかせ、穏やかな風を広げた。
「焼かれて……無くなって、本が……」
「本が! もう二度と手に入らないのに! 二度と!!」
 目の前の書物型のドリームイーターがこぼすのはモザイクだけでない。
 すすり泣くような、叫ぶような声ともまた、ドリームイーターからのものだった。
 ロゼ・アウランジェ(ローゼンディーヴァの時謳い・e00275)は目を閉じていたが、その声が止んだ一瞬の間に自身の声を滑り込ませる。
「怒りも哀しみも聞き遂げましょう。私と一曲、踊りませんか?」
 差し伸べられた手――白い肌に影を落とすベレー帽には、ミニブックの飾りがついていた。
 ヴィヴィアン・ローゼット(色彩の聖歌・e02608)が本棚柄のワンピースの裾をつまめば、それを合図に攻性植物は紅薔薇を芽吹かせる。
 支柱もないのに天高く蔓を向ける攻性植物『Crimson Rose』の棘が書物に食い込むたび、花びらの色は鮮烈になる。
 ボクスドラゴンのアネリーはブレスを吹きつけ、オルトロスの空木は赤の書物へと地獄の瘴気を纏わせる。
 各個撃破をするならば、護り手である赤の書物から――それが共通の作戦だ。
 だが、全員で一体を攻撃している間、もう一体に叩かれてしまっては危険だ。だからこそ御堂・蓮(刃風の蔭鬼・e16724)は、青の書物へと蒼鉦を向け。
「地に伏せてやろう」
 途端に生まれる轟音――発生した炎が面を照らしても、蓮が表情を変えることはない。
「駆逐するわよ」
 淡々としているのはエフイー・ロスト(もふもふを抱いて唄歌う機人・e16281)も同じ。表情や声音に感情が出ない分、蓮やエフイーの攻撃は苛烈なものだった。
 エフイーの砲撃によって生まれた風に村雨・柚月(黒髪藍眼・e09239)は目を伏せ、懐から一枚のカードを取り出す。
「清らなる風に舞う雪の花! 顕現せよ! シャインブリザード!」
 生まれた雪の結晶は、柚月の手の中に。
 遠心力を利用するかのように投擲すれば、書物には霜がつき、ページを汚すモザイクが剥がれ落ちた。
(「大好きな書物をボロボロにするなんて普段なら絶対出来ないけれど……」)
 しかし、幾冊もの本を駄目にしたからこそこのドリームイーターはいる――遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は思って、フェアリーブーツから星々を生む。
 ウイングキャットのヴェクサシオンはクストと共に風を広げ、星の眩さで戦場を満たす。
 その瞬きに目を細め、神崎・ララ(闇の森の歌うたい・e03471)は笑顔と共に歌声を上げる。
 古書は貴重なものであり財産。それを燃やしたことへの怒りは歌に力強さを加え、弾むような響きを広げた。


 ロゼはララへとウインクひとつ、それから赤の書物へと向き直る。
 白銀の弓が狙うのは赤の書物の深奥。射られた弓は七色の音色を軌跡に残し、書物をその場に射竦める。
 ふらり、赤の書物は揺らいだかと思えばモザイクは向きを変え、青の書物へと襲い掛かる――攻撃のために動きの早くなった赤の書物を、ヘメラはマイクでぽかぽか叩く。
 叩かれたせいで高度の落ちた書物を地面にまで引きずり落としたのは空木。蓮はその脚に流星を纏い、低い位置へと蹴りを放った。
 小さく、細く揺れては瞬く流星群。その輝きがどこか暴力的なのは、蓮の内心の怒りのためかもしれない。
「もしかしたら中にはうちの書店にない物もあったかもしれないのに……」
 蓮のつぶやきは小さいものだったが、書物を破壊するという行為に怒りを抱くのは鞠緒も同じ。
「そこに書かれた想い、書物にまつわる物語まで壊すなんて許せません!!」
 ヴェクサシオンとプリンが牽制のために青の本を引っ掻いたため、そのページの中央には大きな亀裂が入っていた。
 本の形を取っているだけの敵だと分かっていても、傷付いた姿はこんなに苦しいのに――思いと共に、ペンダントから這い出たブラックスライムが書物へと食らいついた。
 ――惑乱と阻害を受け、ドリームイーターたちの行動は空回りを始める。
 その隙にとケルベロスたちは攻撃を重ね、夢姫は赤の書物へと接近する。
 腰から生えたサキュバスの翼で風を切り、夢姫は縛霊手を掲げ、
「いきます……!」
 持ちうる全ての力を使って叩きつけた――視界を埋め尽くす白いものは、バラバラになった本のページ。
 赤い装丁は消え失せ、離ればなれになったページもすぐに塵芥となって見えなくなる。
「あと一体です!」
 赤の書物の消滅を確認した夢姫の声に、ケルベロスたちは一斉に青の書物へと目を向ける。
「少しは余裕も出てきそうかしら?」
 癒し手として全体に目を配っていたララは呟いて、同じく癒しのために動いていたクストへと攻撃へ回るよう伝える。
 クストの返事は尻尾のひと打ち。リングを飛ばすクストへ続くように、ララは白翼を広げる。
 広がる光は柔らかく。柚月はその輝きを映す自身のオウガメタルを腕に纏い、拳を振り抜いた。
 超硬化した拳が、書物を抉り抜かん勢いで貫く――アネリーはボクスアタックで追随し、ヴィヴィアンはマインドリングから光の盾を作り出す。
 蒼い思いの反照とも思える光は優しく、照らす全てを癒していく……エフイーはその光の中で地を蹴り、書物へと肉薄する。
 しなり、鋭く回転する槍がドリームイーターを抉っては裂き、突き上げて確実な破壊を為す。
 頭の横でリボンが揺れる。
 エフイーは何も告げず、その敵と相対していた。


 攻撃を受けたプリンはすぐさま体勢を立て直すと風を生み出し、夢姫は長い髪をそれになびかせながら縛霊手を書物へと向ける。
 轟音が響き渡る――エフイーは地響きの中を駆け、回転する腕によってドリームイーターを貫いた。
 攻撃は重なって苛烈さを増すが、それはドリームイーターも同じこと。
 メディックのポジションにあるとはいえ一人ひとりを狙う攻撃は力強く、加護を剥ぎ取っていくのもまた厄介だった。
 でも、決して誰も倒れてはいない――倒れさせてはならない。ロゼはその決意と共に、歌声を上げる。
「花咲く未来に、希望の華を。百華繚乱、咲かせましょう!」
 七色の輝きは髪を彩る薔薇のよう。
 ヘメラの画面には眩いほどの色彩が宿り、ララはギターを爪弾きながら笑顔を振りまく。
「皆の心に、希望の笑を。幸福招来、おいでませ!」
 弾むリズムにステップを踏めばスカートが広がり、甘い香りが鼻先をくすぐる。
 クストとヴェクサシオンが羽ばたくたびに巻き起こる風は鞠緒のプリーツを翻し、それはまるでページを手繰るようでもあった。
「輝く四季に、希望の歌を。風化雪月、奏でましょう!」
 華やかな鞠緒の歌声にアネリーがブレスを生み出せば、キラキラと光の粒が舞い落ちる。
 粒は指先や睫毛にも宿り、ヴィヴィアンは輝きを纏う指先で青の書物を指さした。
「空に大地に、希望の恵を。森羅万象、光、あれ!」
 揃いの衣装で並ぶ四名。
 癒しを、支援を受け取った蓮は縛霊手『散華』を床に打ち据え、低く言葉を漏らす。
「……来い、くれてやる」
 揺らめくものは、黒い。
「代わりに刃となれ」
 命ずればソレは鬼の姿を取り、豪腕を奮い立てる。
 雷鳴が、暴風が青の書物を責め立てる――常人ならば立ち入ることの出来ないほどの風域。
「いいね、このリズムに乗っていこう」
 彼女たちの歌声と風の音。
 柚月はそう呟くと日本刀を抜き、それらの音にも負けぬようにと声を張り上げる。
「さぁて、喧しい観客には、そろそろご退場願おうか!」
 空木が神器と共に風を引き裂き、道を作った――柚月の刃は、青の書物の上を滑り。
 ――風が止む頃、全ては紙屑に変わっていた。


「本……残念でしたね……」
 コレクションはほとんど全てが消し炭となり、指の爪ほどの紙片を残すばかり。
 ロゼはその様子に胸を痛め、せめてもの癒しにと歌を上げる。
 ヴィヴィアンも声を合わせる――駄目元とは思っていても、修復されない本の様子はどこか悲しい。
(「本に宿りし魂よ、安らかなれ……」)
 旋律こそ静かでも、これは戦いの歌。
 著者の魂の戦いを思って、ララは吐息混じりに歌う。
 この日をきっかけに作った新曲が男性の稀覯本に籠められた想いまで癒せたら――願いと共に、鞠緒は紙片を拾い上げていく。
「――いい曲ね」
 歌声に目を細めていたエフイーは呟いて、欠片になってしまったものを見つめる。
 この中には、奥さんとの思い出の品もあったかもしれないのに……人の大切なものを軽々しく壊していくドリームイーターへの気持ちを胸に、エフイーは周囲の癒しを行う。
 夢姫もヒールに加わり、周辺の状態は修復される……戻った景観を眺めて、夢姫はエフイーへと言う。
「完了ですね。お疲れ様でした」
「ええ、お疲れ様」
 柚月が男性の状態を確認すると、大きな怪我などはないらしい。
 とはいえ、失ったものの大きさを考えれば『無事』とは言えないかもしれない……思って、柚月は彼に慰めの言葉を口にする。
「失ったものは大きいな……願わくば、また良き巡り合いがあらんことを」
「うちにも絶版書の扱いはある、コレクションに及ばんかもしれんが」
 蓮も言い、気が向いたら来るがいい、と誘いをかける。
 ドリームイーターが動きさえしなければ生まれることはなかった怒りと悲しみ。
 怒りと悲しみを生むためだけに大事なものを壊し、奪うことは蓮にとっては理解しがたい。
 ――そして何より、許しがたいこと。
(「野放しにはしておけんな……」)
 思いつつ、蓮は現場を後にするのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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