ワイルドの力、歌声に

作者:遠藤にんし


 何かがありそうだ、という直感と共に、遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)はある浜辺へとたどり着いた。
「やっぱり……」
 予感通り、そこはモザイクによって覆われている。
 外から中を見ることは出来ない――やむを得ずモザイクの中へと一歩踏み出すと、そこには奇妙な空間が広がっていた。
 砂浜や木々、海がバラバラに混ぜ合わされたようになっている上、纏わりつくような粘性の液体に満たされているのだ。
 呼吸は出来るし声も出せる。だが、これは――思う鞠緒の前に現れたのは、鞠緒に良く似た女性。
「このワイルドスペースを発見出来る貴女は、この姿に因縁があるのかしら?」
 胸元から生える書物を撫で、その者は笑み。
「まだ、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいきません。貴女には、私の手によって死んでもらわないと」
 言葉と共に、その者――ワイルドハントは、鞠緒へと飛びかかった。


「ワイルドハントについて調査したケルベロスが、ドリームイーターの襲撃を受けたようだ」
 そのドリームイーターは自らをワイルドハントと名乗り、浜辺をモザイクで覆い、その中で何かの作戦を行っていたらしい。
「このままでは、狙われた彼女の命が危うい。急ぎ救援に向かって、ドリームイーターを撃破して欲しい」
 戦場となる浜辺は木や浜をバラバラに混ぜ合わせたような空間になっている上、妙な液体で満たされているが、戦う上でそれらが妨げとなることはないだろう。
「一般人が訪れることもないから、戦闘には集中出来るはずだ」
 ワイルドハントを名乗るドリームイーターは、外見だけを奪った姿。
「歌声からモザイクを飛ばすような形で攻撃を仕掛けてくるようだ」
 敵はワイルドの力を調査されることを恐れ、訪れたケルベロスたちを殺害しようとする。
「全員が、無事に戻ってくることを祈っているよ」


参加者
エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)
遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)
遠之城・瑛玖(ファンレターは編集部へ・e11792)
椿木・旭矢(雷の手指・e22146)
イヴリン・アッシュフォード(アルテミスの守り人・e22846)
ミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)

■リプレイ


 浜辺へと訪れた一行のほとんどが水着姿の軽装でありながら、それぞれが緊張の色を浮かべていた。
「好奇心旺盛なの良いところだけど、余り心配をかけないで欲しいものだよ」
 遠之城・瑛玖(ファンレターは編集部へ・e11792)は肩をすくめ、イヴリン・アッシュフォード(アルテミスの守り人・e22846)は森を思わせる髪飾りの位置を調整しつつ物思いに耽る。
(「今回はあらかじめ偽物だと知ってるから良いけれど……」)
 予知なく、身近な者の姿を取る敵が現れたら戦えるかは分からない……そう思うと、ワイルドハントを名乗る敵の悪質さが感じられた。
 暴走姿を取る敵へと思いを馳せるのはミスル・トゥ(本体は攻性植物・e34587)も同じ。
 暴走姿を取るほうがワイルドハントであるとは限らないのでは――ならばどちらも攻撃するべきでは、とミスルは考えるが、ヘリオライダーの予知がそれはないと告げていた。
 実際に目で見てみないことには何とも言いがたかったが、それは今考えていても仕方のないことだった。
 エニーケ・スコルーク(黒馬の騎婦人・e00486)はサマードレスの裾をはたいて、これから突入する先へと視線をやる。
 海辺だからとせっかく水着姿で来たというのに、やることが戦いでは何とも味気ない……水着の映える海を取り戻すためにも、今回の敵は倒してしまわなければならないだろう。
「ねえ、早くおむかえに行かなくちゃ!」
 メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)は気が急いた様子。
 こうしている間にも、遠之城・鞠緒(死線上のアリア・e06166)は己の暴走姿を取るワイルドハントと戦っているのだ――大変な事態に眉を下げるメアリベルへと、椿木・旭矢(雷の手指・e22146)は頷く。
 旭矢の手にはうお座のゾディアックソード『Alrescha』。何があるかも分からないワイルドスペースだからこそ、油断はできなかった。
 既に武装を整えているのはジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)も同じ。四肢から炎を覗かせて、ジークリンデは一歩踏み出す。
「さて、助けに行きましょうか」
 その場所へと足を踏み入れると、奇妙な感覚に全身が包まれ――、
 謎の液体とふたつの歌声に満ちる空間へと、ケルベロスたちは這入りこんだ。


 歌の波状が辺りを揺らし、砂を、水を撒き散らす。
「この脚で蹴り殺してあげますわ」
 灰の髪へと落ちる砂を振り捨て、エニーケはワイルドハントへと駆ける。
「もうご存知かもしれませんが……馬に蹴られたら痛いじゃすみませんわよ?」
 全身に力を込めれば隆々とした筋肉が腹に浮かぶ。跳躍とともに膝を叩き込み、エニーケはワイルドハントを見つめた。
「美脚で蹴られるご気分はいかが?」
 ミスルは攻性植物『ミスルトゥ』をワイルドハントの足元から腰にかけて巻きつけ、その場へと敵を戒める。
「……! ありがとうございます!」
 隙が生まれたのを見て取って、鞠緒はワイルドハントと距離を取り、仲間の元へと合流する。
 ディフェンダーとして耐え、歌の応酬を繰り広げたために体は傷つき、苦しげな空咳が漏れる――その姿に瑛玖は厳しい表情へと変わり、駆け寄る。
 ウイングキャットのヴェクサシオンも傷を癒そうと風を起こし、旭矢は星座の輝きを水面に浮かべながらワイルドハントを見つめる。
 ワイルドハントと目が合う――輝きを纏う刃を手に、旭矢は問いかけた。
「このねちゃねちゃしたのはあんたが出してるのか? それにあんたは、なぜ鞠緒の姿を取っている? あんた本来の姿を見たいものだが」
「私の裸が見たいのかしら? ……いけない人だわ」
 噛み合わない、ワイルドハントとの会話。
 微笑を浮かべるワイルドハントはふいと目を旭矢から逸らし、虚空を眺める……視線を遮るように、メアリベルは日傘を広げて。
「お歌が上手ね。メアリの歌と踊りも見て頂戴な、アナタに負けない位うまいのよ」
 ステップを踏めば煌めく星。
 ワイルドハントはひらりと避けようとするが、ビハインドのママが星々を浮かせてワイルドハントへプレゼントした。
「教えて頂戴、ワイルドスペースにはドリームイーターのゲートがあるの? だから必死に守ろうとするの?」
 質問されてもワイルドハントは答えない。唇は微笑をたたえながら、固く引き結ばれたままだった。
 ビハインドの紗依子さんが書物を抱く腕に力を込めれば、ワイルドハントは見えない傷に血を流す。
「『まだ知られる訳にはいかない』なら、何か条件があるのかしら? 歩み寄れないの?」
 答えはしないワイルドハント。ジークリンデはため息の代わりに鋭く蹴りつけ、イヴリンへと目配せした。
「我々ケルベロスに成り代わろうというのか? 名声の高い者のフリをして民衆を取り込んだり、あるいは問題を起こしてケルベロスの地位を貶めようとでもいうのか?」
 かつて、螺旋忍軍も似たような作戦を取ったことがあった――そんなことを思い起こしつつ、イヴリンも問いを重ねる。
 レプリカントの腕で貫き、至近から目を見据えて問いかけたというのに、ワイルドハントはくすくす笑うだけ。
 その笑い声が聞こえた瞬間、瑛玖は後方へと下がった鞠緒ではなく紛い物のワイルドハントへ視線を向けた――しかしそれは一瞬のことで、すぐに鞠緒へと向き直り。
「どう読むかは、君次第」
 胸に走る物語は希望に満ち、光とともに彼女を癒やす。
 疲労からか閉ざされていた目が開く――荒かった呼吸は整い、荒れていた喉と声は元に戻っている。
 その姿に、瑛玖はようやく安堵して。
「……鞠緒」
「大丈夫ですのに」
 言いながらも、その瞳には安心感が宿っていた。


「ケルベロスの暴走姿に仮装して南瓜行列を楽しもうという訳ですか? わたしたちの南瓜行列の邪魔はなさらないで下さいね!」
 鞠緒の言葉に、ワイルドハントの手が自身の胸元へ伸びる。
 ドレスと皮膚を裂く痛々しい傷跡から生え出てきたのは一冊の書物。開かれたそれに、鞠緒は目を輝かせ。
「私も、読み――」
「よすんだ!」
 叱咤する瑛玖は先程とは打って変わって厳しい形相。渋々、という感じで鞠緒は手を引っ込め、代わりの書物を虚空から取り出す。
「耳を塞いでも無駄。種の魂を苛む歌だから……」
 澄んだ歌声――対抗するワイルドハントの声はひび割れ、歌うそばから手にした書物は血の塊になってボタボタ落ちる。
 魂を、肉体を苛むそれぞれの歌。
 恐怖の幻影は痛みを伴って襲いかかり、それでも歌が止むことはない。
 瑛玖は妹へ癒やしを与えようとするが、ヴェクサシオンの風の方が少しばかり早い。
 少しでもダメージがあるなら癒やしたかったが、それよりも優先すべきは攻撃だと悟り、瑛玖は虹色の羽ペンで絶望の物語を刻む。
「歌声を穢すな、夢喰い」
 ワイルドハントの、書物を持つ手が文字で埋め尽くされた――かと思えば文字は傷に変わって血を噴出させる。
 戦闘の様子を眺めていたミスルはフェアリーブーツ『ラピッド・ミラージュ』へと力を込める。
(「『暴走した姿の方がワイルドハントではなく暴走してない方がワイルドハントである』可能性は……」)
 思いから、視線をワイルドハントから鞠緒へと向けるが。
「私の妹に何か用ですか?」
 瑛玖の言葉に紗依子さんがミスルの方を向いた。
「ヘリオライダーの予知もある、心配する必要はないはずだ」
 旭矢は言いつつ超重の一撃をワイルドハントへ叩き込む。
 背後からの衝撃に息が詰まったのか、ひび割れた歌声が止まる。
 旭矢を睨むワイルドハントの眼差しには敵意だけがあり、とてもケルベロスの姿とは思えなかった。
「みどもらがするべきなのは、コレを倒すことだけ」
 妹が傷つかないためなら暴走だって、と思っていた瑛玖を制したのはジークリンデ。
「集中しましょう、仲間割れは良くないわ」
 相手はデウスエクスとは言い切れない……ジークリンデもそんな気持ちを抱いてはいたが、仲間を護るためにはこの敵は打ち倒さなければならない。
 味方同士で争っていては無用な暴走や重傷者が出る恐れがある。
 そのリスクは承知しているのか、ミスルはそれ以上強行手段に出ることはなく引き下がった。
 構造的弱点を撃ち抜く一撃は敵へ。ジークリンデはミスルの攻撃の後へ続くように、地獄の炎を引き出す。
「私は私のコトバで語る」
 愛憎を込めて告げれば、紅蓮はより鮮やかに。
「憎い(好きよ)殺す(愛す)わ。獣と姫は貴方の命をご所望よ。甘く苦い愛憎の溶熱で、貴方を美味しく頂くわ!」
 ワイルドハントの脚の一本が溶断された――歌声は悲鳴のように甲高く、ガラスか何かを引っ掻いたかのように耳障りだ。
 ケルベロスたちが不安にかられるのも、このワイルドハントが紛らわしい姿をしているせい。
 エニーケは飛んできたモザイクを紅の斧で払い落としながら、徐々にワイルドハントへと近寄る。
「そもそも貴女は鞠緒さんのなんなのかしら? 話のネタにしたいのですから教えろくださいな」
「下世話だわ。淑女とは呼べないのではなくて?」
 言外に拒絶。エニーケは高々と跳躍すると、空烈竜牙紅斧【グリュックスヒューゲル】を勢い良く振り下ろした。
 紗依子さんがばら撒く封筒はワイルドハントの全身に纏わりついて離れず、その身に食い込んで血を滴らせる。
「お茶はあかくて血もあかい、ほかのお色はいかがかしら?」
 メアリベルのジャンプが作り出した虹色がワイルドハントを包み込み、くすんだドレスを染め上げる。
 でもそれは一瞬のこと。ママが黒のドレスと赤の髪を揺らして襲いかかれば、ワイルドハントはより赤い。
「これはどうだ?」
 水色と白の涼しげな水着から伸びるイヴリンの腕は白く、掌から生まれたドラゴンの幻影の炎は黒くすら見える。
 炎がワイルドハントの全身を包んで燃え盛る――口の中、喉の奥を焼かれてなお、淀んだ歌声は止まらなかった。


「……今、癒す」
 旭矢の全身から立ち上るグラビティが、メアリベルへと注がれる。
「癒やし切る」
 包帯のように幾重にも体を包み込む癒やしの力……過剰とすら思えるような癒やしに、メアリベルの傷は綺麗に消え去った。
「オラトリオの巻き戻しに関係あるの!?」
「歌を聴いて、歌を、歌を聴いて」
 目を合わせているはずなのにワイルドハントの焦点は定まらず、ジークリンデは地獄を纏う鉄塊剣を地面に突き立てる。
 大剣を支えにして飛んだ――砂が散り、真紅のパレオが花のように広がった。
 鋭い爪先での蹴りつけに吹き飛びながらも、ワイルドハントは歌うばかりだ。
 ――続く戦いの中で問いかけの言葉は尽き、ケルベロスたちの意思はワイルドハントの撃破に固まった。
 もはや迷うことも気にかけるべきこともない、イヴリンはワイルドハントに肉薄すると、まっすぐに腕を突き出した。
 知りたいことも調べたいこともあるが、このワイルドハントから得られる情報は何もない。ならばこれは倒してしまって、調査に乗り出したいところだった。
 肩を突かれてもワイルドハントは胸から新たな書物を取り出す。声はモザイクの形を取って唇から溢れて戦場へと飛び交うが、ミスルの眼差しが向けられると、そのモザイクは砕かれた。
 グラビティの爆発にモザイクを砕かれ、破片を受けたワイルドハントは顔を血で汚す。
「そのキレイなお顔をミンチにしてあげる!」
 カナリアイエローの翼を広げて迫るメアリベル……ママと紗依子さんに締め上げられて、ワイルドハントは逃げられない。
「リジー・ボーデン斧を振り上げお母さんを40回滅多打ち! メアリは41回滅多打ち!」
 斧は愛らしい姿には似合わないほど禍々しく、刃と斬風がワイルドハントをズタズタに裂く。
 怨念を受けてなお歌声を止めず、モザイクと血を撒き散らすワイルドハントへとメアリベルはけたたましい笑い声を上げ。
「なんてすてきなグランギニョル! まねっこさんの気狂いオペラ!」
 肉の潰れる音の中、瑛玖は虹竜の鱗“夢のかけら”を握りしめる。
「夢のように輝こう」
 囁きに応じたのはオウガメタル。日傘の白に反響した輝きはヴェクサシオンの風によって、やがて戦場へと広がった。
 美しくもどこか不安を煽る、ワイルドハントとの二重奏。
 鼻歌で美しい響きだけを楽しむエニーケは、剛釘抜「パラストカップ」を勢い良く振りかぶり。
「喰らいなさい!」
 思い切り、顔面に打ち付けた――長い髪が顔に張り付いていても、その惨状は分かる。
 倒れ込むワイルドハントは、しかしまだ息はある。
 害意さえなければ攻撃の手を止め、情報を聞き出すことに徹することだってできる……だが、赤黒い顔面から覗く瞳は血走り、ケルベロスたちを睨みつけている。
「……最後は、お願いします」
 エニーケに譲られ、鞠緒はワイルドハントの元へと歩み寄る。
 満身創痍でありながら歌を止めないワイルドハント。
 鞠緒もまた、囁きかけるように歌を奏でる。
 赤黒く汚れた姿のワイルドハントは、白い砂のように崩れ落ちた。

 戦いを終えた後、エニーケはこの場を満たす水の味を確かめるように口で息を吸う。
 味らしい味はなく、スマホでの自撮りもぼやけてこの場所の異様さがうまく映し出せない。
 旭矢は水の流れを追おうと思っていたが、コップに入れた水のように、特定の方向へ流れているような印象はなかった。
「人の気配もないな……」
 イヴリンもアイテムポケットに水を格納しようと頑張っているようだが、こちらも思うようにはいかないらしい。
 何か、特別な工夫が必要なのかもしれない……時間の都合もあるので、これ以上何かを持ち帰ることは出来そうになかった。
「これが何か分かれば、デウスエクスを討つヒントになりそうなのに……」
 ジークリンデも何かないかと探して回るが、これといって気になるものは見つからない。
(「倒しても湧くし調べても湧くなら一旦放置でいいのでは……」)
 ミスルは考えつつ、この場から出る。
 長居は禁物と奇妙な空間を脱出した後で、鞠緒は一人ひとりへとお礼を言って回る。
 すべてがスムーズに進んだわけではないが、それも現状を打破しようとする取り組みのため。全員へのお礼が終わると、今度は戦いのためではない歌を奏でた。
 瑛玖は目を細めて歌に聞き入り、歌が終われば拍手を贈る。
 手を叩くのはメアリベルも同じ。笑顔を浮かべていたメアリベルは、ふっと小さな呟きを漏らす。
「ワイルドスペースにはメアリの暴走体もかくれんぼしてるのかしら?」
 会ってみたいわ、と笑みを残して、メアリベルはその場を立ち去るのだった。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月2日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 2/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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