撒かれる悪の種子

作者:小茄


「諸君! 私はこれまでに、数え切れない程の泥酔者から金品を頂戴して来た」
 かつて工場であったらしい廃墟の開けた場所で、十数名ほどの聴衆を前に演説する男。
 羽毛の生えた異形の姿である彼は、自らの功績を振り返る様に語る。
「彼らは前後不覚に酔い潰れ、私が呼びかけても揺さぶっても、財布を抜いても気付く事は無かった。介抱する振りをして物を盗るなど、卑劣な行いだと言う者も居るだろう……しかし、考えても見るが良い! もし私が少しその気になれば、彼らは金どころか命を奪われていただろう」
 聴衆は、演説者が異形である事など気にもしていない様子で、言葉に聞き入っている様だった。
「彼らを殺さず、その程度の対価で済ませてやった、これは極めて慈悲深い行いだ! 彼らは私に感謝すべきであろう! のみならず、正気に戻った彼らは己の愚かさを知り、二度とその様な酒の飲み方はするまいと学習する! その授業料と考えれば、むしろ安すぎる程だろう!」
 盗人猛々しいと言う様なトンデモ理論ではあるが、彼も聴衆も真剣そのもの。
 そして演説者は、演説の最後をこんな言葉で締めくくる。
「さぁ次は諸君らの番だ。街で、電車で、駅で、バスで、至る所の泥酔者達から授業料を徴収せよ!」


「悟りを啓きビルシャナとなった者の信者がビルシャナとなり、また新たな信者を集めると言う……頭の痛くなる事件が起きている様です」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)によれば、今回はビルシャナが一般人に布教しているその現場に乗り込み、これを撃破する作戦だと言う。
「ご存じの通り、ビルシャナ化した者の言葉には強い説得力が備わります。これを放置すれば、聴衆の一般人は配下となってしまうでしょう」
 ビルシャナを撃破すればそうした一般人は正気に戻るが、ビルシャナの主張を覆す様な突っ込みを入れる事で、そもそも配下になる事自体を阻止すると言う手も有効かも知れない。
「今回現れたビルシャナは、ヴィゾフニル明王という悪人を救うビルシャナの信者からビルシャナ化した物と思われます」
 速やかに連鎖を断ち切らない限り、ネズミ算式に敵が増えると言う危険性も考えられそうだ。

「現場は廃工場の一角、10人程の一般人とビルシャナが居ます。一般人と言っても、現時点でここに居る彼らは、既にビルシャナの主張に対して一定の理解を示しています。反論によってこちらに引き戻すにしても、単に正論で対抗するだけでなく、耳を傾けさせる為に何らかのインパクトが必要と考えられますね」
 工場跡と言っても演説に用いている場所だけあって、見通しも良く足場も良好。戦うには好都合だろう。
 ただし一般人がサーヴァントと化してビルシャナ方に回ってしまった場合、戦闘力こそ低いが、身を挺してマスターを守ろうとする上に、倒せば死んでしまう。
 色々な意味で厄介な敵となるだろう。
「敵についた一般人の生死に関しては、作戦の成否判定には影響しません」
 セリカはそう付け加えるが、やはり犠牲は出さないに越した事は無い。

「ビルシャナとなってしまった人を救うことは出来ません。が、これ以上の被害を防ぐ為に、悲劇の連鎖をここで断ち切って下さい」
 セリカはそんな言葉で出撃前のブリーフィングを締めくくるのだった。


参加者
キャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)
アリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)
ルリナ・アルファーン(銀髪クール系・e00350)
天塚・華陽(妲天悪己・e02960)
暁・万里(呪夢・e15680)
伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)
ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)
エレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)

■リプレイ


「泥酔した彼らを殺さず、財布や金品を盗る程度で済ませてやった、これは極めて慈悲深い行いだ!」
 盗人にも三分の理と言うことわざがある。
 悪事を働く人間にも、本人なりの言い分があると言う意味と、どんな悪事もその気になればそれらしい理屈をでっち上げる事は出来ると言う意味がある。
 彼の言い分はまさに後者だろう。
「さぁ次は諸君らの番だ!」
 廃工場の一角で、自らの悪行を誇り、また聴衆にそれを促す演説をしているのは羽毛を纏う鳥人の如き異形、ビルシャナ。
 明らかに理論として成り立っていないその言葉も、ビルシャナの有する超常の力に掛かれば人の心を揺り動かし得る。
「そ、そうだったのか?」
「言われて見れば……」
「確かに……そうかも知れん」
 聴衆の多くは、既にビルシャナの演説に引き込まれつつある状態と言って良かった。
 このままいけば、少し後には獲物を探しに街へ飛び出しかねない勢いだ。
「この痴れ者共めが!」
「「?!」」
 そんな空気をぶち壊したのは、天塚・華陽(妲天悪己・e02960)の一喝。
「なにを言うかと思えば、片腹痛いとはまさにこのこと。よもや人が酔うのは酒だけと思うたか!」
「な、何だお前は! 私の演説にケチをつけるつもりか?」
 この期に及んで、まさか異論が飛び出すとは思って居なかったビルシャナ。華陽を睨み付けて詰問する。
「思想と言う名の言葉に泥酔し、正気を失う。語るに落ちるとはまさにこのこと」
 しかし彼女は、あどけない童女の外見に似合わぬ胆力で、眉一つ動かさずに言い返す。
「……俺達も酔っ払いと変わらないって言うのか?」
「異端の言葉に耳を貸すな! 自身の許容量を超える程酒を飲み、公の場で醜態を晒す者達と、お前達が同じであろう筈も無い!」
 動揺が走る場内に、再び声を張り上げるビルシャナ。
「僕は未成年だからまだわかんないけど、人間なんだから人生いろいろ、飲みたい時や酔いたい時くらいあるんだって!」
 と、酒に呑まれる大人達を弁護するのはキャスパー・ピースフル(壊れたままの人間模倣・e00098)。
「確かに道端で寝ちゃうくらい泥酔しちゃうまで飲むのはちょっとアレかもしれないけど、だからといって窃盗はそもそも犯罪行為なんだからダメー!!」
「否! 断じて否! 酔い潰れた無様な人間から、授業料を徴収する事には正当性があるのだ!」
 誠意を以て訴えるキャスパーに、ビルシャナもまた必死の反論。
 その都度聴衆達はざわめき、顔を見合わせ合う。
「取られた人はきっと困ってるのパオ。もしかしたら、こどもにプレゼントを買ってあげたりするお金だったかもしれないのパオ」
 こちらは外見のみならず、中身も年齢相応の純真さであるエレコ・レムグランデ(小さな小さな子象・e34229)。
 被害に遭う事を単なる金額上の損失ではなく、被害者の生活や、ともすれば人生に大きな影響を及ぼす事だと気付かせる。
「……確かに、そうなったら授業料じゃ済まないな……」
「お金を奪われたことで生活が立ち行かなくなったり、或いは、お金を奪われたことに絶望して命を落とす人もいるかも知れない」
 聴衆が浮き足立つのを見逃さず、ここぞと畳みかけるアリッサ・イデア(夢夜の月茨幻葬・e00220)。
「窃盗行為が、間接的に誰かの命を奪ったとしても……あなたたちはそれを『慈悲だ』と胸を張れるかしら」
「……」
 聴衆らは各々目を瞑ったり俯いたりしつつ、被害者の目線になって考えて居る様だった。
「ええい黙れ! そんなに大事な金を抱えたまま泥酔する様な人間の事を考えてやる必要など無い! その場で首を刎ねられても文句は言えぬ愚か者よ!」
 そんな思考を中断させる様に、ビルシャナは反論する。
「酔した方から金品を奪って……それで終わりだとあなた方は思っているのですか? なんて楽観的なんでしょう」
「……え?」
 エキサイトするビルシャナに対して、こちらは明瞭な口調ながらも冷静に訴えるルリナ・アルファーン(銀髪クール系・e00350)。
「奪われた方があなた方を探して、取り返しに来るかもしれませんよ?」
「……そ、そんな事」
「しかもそれが、その筋の方々だったりしたら……散々痛め付けられたあとに、コンクリに埋められて、海の底に沈められてしまうんでしょうねぇ……」
「……」
 財布を抜き取ろうとしてる途中に目を醒ますかも知れないし、正義感の強い誰かに目撃されるかも知れない。ここでは成功前提で語られているが、そもそも失敗のリスクが高いのだと言う現実を突き付ける。
 創作物の中でも現実でも、概ねケチな犯罪を働いた者の末路は惨めなものである。
「上手く盗めばそんな心配は無い!」
「……そもそもさあ、相手に落ち度があれば何してもいいの? それじゃあ盗みを働いた君たちを僕らが酷い目に遭わせてもいいんだよね?」
「……えっ」
「殺さず痛めつけるからさ。その程度で済ませて感謝して欲しいくらいだね。盗んだ方が悪いんだもの、授業料なんでしょ?」
 爽やかな笑みを浮かべながら、確認するかの様に問う暁・万里(呪夢・e15680)。
 静まりかえっていた場内が再びざわめきに包まれる。
「そうなるよなぁ。そいつの理屈で言えば、お前らが二度と悪事……窃盗なんかしないと学習するように、ここでボコボコにして授業料をとるのも正義って事でいいか?」
 パンキッシュなプリンセスモードの伊庭・晶(ボーイズハート・e19079)もこれに頷きつつ、指をポキポキと鳴らす。
「ま、待て! 俺達はまだ何もしてない!」
「そうだ! ただ、その人の話を聞いていただけで……」
 2人の雰囲気に剣呑なものを感じた聴衆らは、思わず一歩後ずさりながら弁解を始める始末。
「貴方がたがするべきは正しく声をかけ、安全な場所へ移動させた上で、脱水症状や嘔吐による窒息が起こらないよう適切な処置を行うことではないでしょうか。金銭を奪わずとも、意識が正常となれば皆さん反省なさるはずですから」
 そんな人々に、ドゥーグン・エイラードッティル(鶏鳴を翔る・e25823)は人として、善良な市民としての有るべき姿を指し示す。
「そうそう。道端で困ったり倒れてる人がいたら、そうするのがモラルある良心的な人の行いだと思うなあ」
「そしたらみんなもありがとうって言われて、どろぼうするよりずっといい気分になれるパオ」
 これに相槌を打つキャスパーとエレコ。
「慈悲とは人の苦を除くこと、その意味を履き違えてはいけないわ」
「……」
 そしてアリッサが最後に付け加えると、聴衆はすっかり沈黙。
「き、貴様らぁ! 一体何の了見で俺の演説を妨害するんだ! 俺が正義を……正しい道を説いていたと言うのに!」
「しかし今となっては、正しいと思って居るのはおぬしだけの様じゃぞ?」
「!」
 華陽の指摘を受けて見回せば、人々は既にビルシャナの周囲を離れて居る。
 そのトンデモ理論が明らかに誤っている事に気付いたのだろう。
「許さん……この罪をあがなわせ、贄としてくれるわ!」
 怒りに打ち震え、両翼を大きく広げて高らかに宣するビルシャナ。
「……あぁ、そこの鳥人間は手遅れなんだっけ」
「コイツとはもっと対話が必要みたいだな……拳で」
 万里、晶に続いてケルベロスも一斉に戦闘態勢に入る。


「このガキどもが……! 我が教義に背いた報いを受けろ!」
 ビルシャナの身体からほとばしるのは眩い光。
「お願い、みんなを守って、パオ」
 錬金術師でもあるエレコは小型のゴーレムを無数に錬成し、これに対抗させる。
 ゴーレム達がビルシャナのプレッシャーから味方を守ると同時、テレビウムのトピアリウスには直接攻撃を指示する。
「良識と常識を持たない獣に、罰される筋合いは無いかな……開幕だ『Arlecchino』」
「な、何……!」
 万里が呼び出すのは道化の手。パチンと手が鳴らされたかと思えば、廃工場の屋根や壁はサーカスの天幕へ姿を変え、周囲には蝶や花が舞う。
「さあ、行きましょうか。わたしの”いとし子(リトヴァ)”」
 これに続き、ビハインドのリトヴァに告げるアリッサ。
 彼女が工場に残された残骸の幾つか浮揚させ、ビルシャナへ叩きつけた直後、アリッサの放つ簒奪者の鎌が敵の羽を斬り裂く。
「ぐ……この程度……!」
「悟りと言いますが、単に欲望のままに動いているのと同じじゃないですか」
 微かによろめくビルシャナに言いつつ、側面へ回り込むルリナ。
「小娘が……俺に説教など」
「ではこれ以上言いません」
 ルリナが鋭く脚を蹴り上げると、放たれるのは星形のオーラ。ビルシャナの顔面へと直撃する。
「ぐうっ……お、お前達を殺してから、改めて信者を獲得してやるわ! 我が教義の正しさを世に知らしめるのだ!」
「幸い邪魔者もおらんし、こやつの言葉も聞き飽きた。手早く片付けるとするかのう……キャスパー、援護するぞ」
 華陽が掌から放つのは炎吐く竜の幻影。
「オーケー、華陽のお嬢。それじゃ、行こうか!」
 その声を受けて大胆に間合いを詰めるのはキャスパー。
「ホコロビ!」
「ぬうっ!?」
 ビルシャナの脚に食らい付いたのはミミックのホコロビ。
「そこだ!」
 その隙に羽毛に覆われた身体の弱点を看破するや、日本刀を突立てるキャスパー。
 続けざまに華陽のドラゴニックミラージュが直撃し、瞬く間にビルシャナを魔炎が包み込む。
「ぐはぁぁっ!」
 炎に包まれながら、波状攻撃によって蓄積したダメージによろめくビルシャナ。
「お前にゃ手加減なしだ! いくぜエイラー……」
「ドゥーとお呼び下さい」
「くらえオラァ!」
 晶はドゥーグンに合図を送りつつ、ビルシャナの首根っこを掴むと、その顔面に強烈な頭突きを見舞う。
「今だドゥーさん!」
「わたくしの目など、今や何の意味もございません」
 ドゥーグンのひとつ余った約定(フヴィートゥル・ミストルティン)によって顕現するヤドリギ。
 吸い寄せられる様にビルシャナへ絡みつくと、鋭利な槍と化して次々にその身体を貫いてゆく。
「がはぁぁぁっ!!」
 焼け焦げた羽毛と血を散らしながら、絶叫を響かせる満身創痍の鳥人。
「ま、待て……良く聞けばお前達にも解るはずだ、俺の啓いた悟りの尊さが」
「悪を唆す存在というのを、わたしは好まないの。それがデウスエクスであるというのなら、尚更に」
「あなたと話す事はありません」
 微かに微笑みながらビルシャナの言葉を流すアリッサ。ルリナもまた、感情を表わす事無くそう告げる。
「Fen le almet les blad、Ren le insant la Malice――緋薔薇に抱かれて、お眠りなさい」
 アリッサの影に根付き、ビルシャナの足下から伸びるのは血吸いの薔薇。みるみるうちにビルシャナの身体に絡みついて、棘を突立てる。
「が、はっ……」
 とほぼ同時、ルリナの手から伸びたフォルトゥーナ・タクトが、真っ直ぐに伸びてビルシャナの心臓を貫かんばかりに打ち据える。
 その場に崩れ落ちたビルシャナは、それきり起き上がる事は無かった。


「確かに……泥酔するまで飲むのは危機意識薄すぎ、みっともない。もっと楽しく気持ちよく飲みたいものだよね、まったく」
 故郷のイタリアではそんな飲み方をする人は滅多に居なかったのにと、ため息をつく万里。
 そう言う点では、ビルシャナの言い分の中にも、多少の理は有りそうだ。
「えぇ、私もお酒は好きですので飲み過ぎには殊更注意していますわ」
 淑やかに相槌を打つドゥーグン。
 過度な飲酒で人格が豹変する人と言うのも多い様だが……彼女の場合は大丈夫そうだ。
「運転でもするなら以ての外じゃが、飲まねばやってられぬ事もあるじゃろうからのう……」
 長い人生経験を振り返りつつか、遠い目をして呟く華陽。
「我輩が飲めるのはまだ大分先パオね」
 対照的にこちらは、酒自体が縁遠いエレコ。
「お酒かあ、僕ももうすぐ飲めるようになるのかなあ」
 キャスパーは間もなく成年だが、アルコールの強弱は個人差なのでその辺は実際飲んでみないと解らない所。
「無事ですか?」
「えぇ、お陰で……」
 ルリナの問い掛けに答える一般人達。戦闘開始前にビルシャナの近くを離れていた為、怪我人も居ない様子。
「ビルシャナ事件とはいえ、脅すみたいな形になって悪かったな」
「い、いえいえ!」
「むしろ、説得してくれてありがとう。もうちょっとで犯罪行為に及ぶ所だったよ」
 謝罪する晶に、かえって恐縮しつつ言う一般人達。
「暗くなる前に行きましょう。ここは埃っぽいわ」
 服をぽんぽんと払いつつ促すアリッサ。

 こうして、ビルシャナの魔手から人々を救い出し、被害の拡散を防いだケルベロス達。
 廃工場を後に、凱旋の途に就いたのだった。

作者:小茄 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月3日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 0
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