揺れる影狼

作者:深淵どっと


 良く晴れた真昼だと言うのに、深い木々に日差しを遮られた鬱蒼とした山奥を、ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)は息を潜めて進む。
「……まさか、マジであるとはな」
 いや、予感はしていた。確信めいた予感が。
 だが、目の前に広がる森の一角を覆うモザイクを見上げて、思わず呟く。
 この辺りには、小さな山村があった筈だ。だとすれば、このモザイクは恐らくその山村を中心にしているのだろう。
 意を決してモザイクの中へ入れば、そこはやはり森や山の岩肌、そして幾ばくかの家屋がバラバラに混ぜ合わせたような光景。そして、それを繋ぎ止めるように満ちる、粘性の液体。
 奇妙な感覚ではあるが、動きに支障は無いし、息もできる。
 一体、ここで何が起こったと言うのだろうか。だが、それを思案する間も無く、ルルドの前に何かが姿を現した。
「このワイルドスペースを見つけたと言う事は……貴様、この姿に因縁がある者か?」
「お前は……!」
 それは、真っ白な体毛の狼であった。だが、その首元からはもう一つ、獰猛な黒狼の頭部が顔を覗かせている。
「いずれにせよ、今ワイルドスペースの秘密が漏れるわけにはいくまい。貴様はワイルドハントである我が手で死んでもらうぞ!」
 瞬間、双頭が咆哮を上げる。そして、有無を言わさずに飛びかかる爪と牙が、ルルドに襲いかかった……。


「諸君、集まってくれてありがとう。ワイルドハントの件は耳にも入っていると思うのだが、その調査に向かったルルドくんが、どうやらドリームイーターの襲撃を受けたらしい」
 早々にフレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)は今回の事件の概要へと話を移す。事態はそれだけ急を要すると言う事だ。
「ルルドくんが向かった山村へと急いでくれ。どうやら、敵はモザイクで覆った場所で何らかの企みをしているようだが、今はルルドくんの安否が最優先だ」
 戦場となる山村はモザイクの影響か、周囲の自然や家屋が入り交じった奇妙な空間と化し、粘液のような物質に満たされている。
 幸いと言うのもおかしな話だが、この粘液によって戦闘行動を阻害されるような事は無いようだ。呼吸、会話、グラビティは全て正常に行える。
「他のワイルドハントの事件例から考えれば、この敵の姿はルルドくんの力を暴走させた姿と一致しているのだろうな……とは言え、それは飽くまで姿だけだ」
 攻撃手段はその爪や牙を用いたもの。また、咆哮には魔力が付与されている。比較的単純だが、その分威力は侮れない。
「ワイルドの力、ワイルドハント……調査すべき謎も多いが、とにかくまずはルルドくんの救出を、よろしく頼む」


参加者
ルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)
ノア・ウォルシュ(太陽は僕の敵・e12067)
神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)
ルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)
十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)
マリア・ライン(黒山羊の女神の偶像聖女・e33839)
ローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)
フロレアル・ヴィオラ(虚無の病・e39817)

■リプレイ


 粘液の満ちる奇妙な世界を切り裂いて、獣の爪がルルド・コルホル(恩人殺し・e20511)に襲いかかる。
「ッ、逃げ切るのは、無理そうだな……なら、振り切れる位には痛めつけさせて貰うぜ?」
 足を止め、爪撃と入れ違いに拳を交える。しかし、力の差は圧倒的だ。
「どうした? 先程の威勢はどこに行った、ケルベロス」
 強烈な一撃を凌ぎながらなんとか反撃を繰り出すが、相手は本来ならば複数のケルベロスで対応に当たってようやく勝てる敵だ。状況は絶体絶命と言っても過言ではない。
 最早軽口を叩く暇も無ければ、策を巡らせる暇も無い。
(流石にヤバいか!?)
 鼓膜ごと脳髄を揺さぶるような凄まじい咆哮に、足が竦む。既に後一撃すら凌ぎ切る力は残っていない――その、瞬間だった。
「待てーいっ!」
 焦燥に行き詰った思考を切り開く、聞き慣れた声。
「何者だ!」
 緊迫した空気に颯爽と割り込むその声に、ワイルドハントが見上げた先に……人影があった。
「悪しき心を抱く者には、真実の光をまともに見ることは――」
 この土壇場でありながら、お約束めいた長口上。思わず苦笑を漏らしながら、同じように視線を声の主へと移したルルド、だったが。
 最後の決め台詞を掻き消すように、ルルドの脇をローゼリア・ブラッド(狂った様に舞う蝶・e33931)の笑い声と凶刃が抜けていった。鋭い刃は反撃に打って出る大狼の爪を弾き、その血肉を斬り裂き返す。
「よォ、ルルド、生きてるかァ? よォし、生きてるなァ? お待ちかねの助太刀だゼ」
「ローゼぇ! 何で最後まで待ってくれんのじゃあ!」
 後から慌てて攻撃に加わる神宮司・早苗(御業抜刀術・e19074)。何と緊張感が無い……いや、今はその気楽さがむしろ心地良い。
「ルルドさん、もう大丈夫よ!!」
 続々と駆け付ける仲間たち。マリア・ライン(黒山羊の女神の偶像聖女・e33839)の歌声がルルドを癒やしていく。
「酷い負傷ですね、間に合ってよかったです」
「いや、来てくれると思ってたぜ、ありがとうよ」
 一人で受けたダメージは、当然だが少なくはない。それでも、フロレアル・ヴィオラ(虚無の病・e39817)からもヒールを受けながら、ルルドは強気に笑みを浮かべた。
「何人来ようと同じ事、まとめて喰い潰してくれる!」
「そんなこと、させないもん!」
 早苗とローゼリアの攻撃を振り切り、今一度爪撃が駆ける。
 だが、その鋭い一撃にルリナ・ルーファ(あったかいきもち・e04208)が飛び込み、仲間を守った。
「少し、大人しくしてもらうよ」
「喰われてやるつもりは欠片も無いが、妾が相手になってくれようぞ」
 一転して流れを奪われたワイルドハントの頭部目掛け、ノア・ウォルシュ(太陽は僕の敵・e12067)の霊力の網が覆い被さり、その顔面を横合いから十六夜・うつほ(囁く様に唱を紡ぐ・e22151)の虹彩放つ蹴撃が捉える。
「ケルベロス……なるほど、流石に容易くはないようだな」
 猛攻を前にワイルドハントは唸りを上げながら、仕切り直すように間合いを取る。
 まだ危機は脱し切ったわけではない。だが、最悪の事態は乗り切ったと言えるだろう。


「よォ、あんたさァ、そんな格好して一体ここで何しようとしてたんだァ?」
 言葉と共にローゼリアは容赦無く鋭い鈍器を大狼に打ち込んでいく。
「聞かれて素直に答えると思ったか? 何より、ここで朽ちる貴様らには関係のない事!」
 答えの代わりとばかりに、空間を歪ませる程の咆哮がケルベロスたちを襲う。
 ワイルドハントの目的、この空間の謎、疑問は尽きないが、どうやらそれを知るためにも今やるべき事は一つのようだ。
 咆哮の衝撃を打ち払うようにウイングキャットのペトロニウスが羽ばたき、それと同時にノアが狙いを定める。
「なら、押し通してでも調べさせてもらうまでだね――穿て」
 響く獣声を貫く、まばゆき獅子の心臓。ノアの放つ蒼白の光芒は、大狼に流れる時間と因果を縫い付ける。
「そういう事だ、ここから巻き返させてもらうぜ!」
 その閃光の影より喰らい付く、黒骨の刃。
 即席で陣形を立て直したルルドの斬撃は、ノアの攻撃と重なってワイルドハントの動きを的確に縛り付けていく。
 先んじてルルドのみが交戦していたこの特異な状況ならば、咄嗟とは言え陣形の組み換えも有効と言えるだろう。
「ぬ……確かに、重い一撃じゃのう……じゃが」
 その分、薄れた手数をフォローするのは前線を支えるうつほとルリナ。そしてミミックのニヴォルス。
「十六夜さん、治療しますので、一度退きましょう」
「ボクもまだまだ頑張れるよ!」
 攻撃を引き付けるうつほを、ルリナが紡ぐ愉快なメロディに合わせて跳る羊達が援護し、その隙にフロレアルがヒールを施す。
「小賢しい! まとめて消え失せろ!」
 守りを固め戦線は保てているが、敵の猛攻は依然激しく、広範囲に渡って何度も響く咆哮がケルベロスたちの攻め手を挫く。
 だが、こちらの力を削ぐその轟音に、マリアの歌声が立ち塞がった。
「みんな、そんな鳴き声に負けないで!! 私がいるじゃない!!」
 明るく前向きな歌声は、破壊的に響く咆哮の衝撃から仲間達を守り、その傷を癒やしていく。
 そして、咆哮が途切れた瞬間、音の波から飛び出したのは、早苗だった。
「偽物とは言え、その姿は見るに堪えぬ! 消えるのじゃ!」
 清らかな鈴の音と共に振り抜かれる霊気の刃。
 それぞれの持つ強い想いが、戦況を切り開く。決着は、近い。


「おのれ、しぶとい連中め……大人しく倒れてしまえば楽になるものを!」
「ルルドさんは何度も一緒に戦ってる仲間だもん、絶対助けるよ!」
 忌々しげに牙を剥くワイルドハントに、ルリナたちは何度も立ち塞がる。
 だが、既にケルベロス達の消耗はかなり激しく、あまり戦いが長引けば、戦線を保てなくなるのも時間の問題だろう。
「さて、追い詰められているのはどちらかのう?」
 しかし、うつほの言葉もまた単なる強がりではない。ワイルドハントもまた、限界に近い筈だ。
「ここは一気に攻めましょう。援護します」
「あぁ、頼むよ。ピートは2人のヒールをお願い」
 畳み掛けるように攻撃を重ねていくノアに、フロレアルは電気ショックによる力の増幅を試みる。
「足を止める、トドメは任せるぜ!」
 蹴撃と共に圧し掛かる重力に、地面を踏み締めた足をルルドの斬撃が追い込む――が。
 崩れかけた態勢を押し戻す様にして、ワイルドハントの牙が懐に潜り込んでいたルルドを襲った。
「この姿見に因縁ある貴様の血肉、このまま我が糧にしてくれる!」
 肉を突き破り、深く食い込む痛みと、命が抜かれていく寒気が全身を襲う。
「ぐッ……ったく、焦んなよ……言った筈だぜ、トドメは任せるってよ」
 薄れかけた意識を何とか繋ぎ、送った視線の先には……。
「おいおい? 折角助けたのに、死にかけてんじゃねぇヨ!」
「よくもルルドを! 絶対許さんのじゃ!」
 心強い仲間の姿があった。
 ローゼリアの一撃でルルドが牙から逃れた瞬間を見計らい、早苗がワイルドハントの頭部を掴む。
 逃れようにも、積み重なったダメージに動きを殺され、それは最早叶わない。
「早苗さん!! 思いっ切りやっちゃって!!」
「任せるのじゃ! 御業抜刀術……一点集中!」
 マリアからの強化魔術を受け、限界まで高まった御業の力が掌より大狼を穿つ。
 その爆発的な威力は、肉体ごと魂を打ち砕き、激戦に終止符を打つのだった。
 大狼と共に消滅していくモザイクの空間。それは、ワイルドハントの死を意味していた……。


「ルルド、大丈夫か! どこも痛くないか! へいきか!」
 ワイルドハントにトドメを刺すやいなや、早苗は文字通り飛ぶような速度でルルドに駆け寄る。
 鋭い牙による一撃はその肩口に痛々しく刻まれてはいるが、辛うじて大事には至らなかったようだ。
「あぁ、大丈夫、とは言い辛いが……ありがとな、早苗」
「ん……ルルド、好きだ……」
 優しく頭に添えられた手の温もりを感じながら、早苗は自然とその言葉を紡ぐ。
 改めて言う言葉だが、一歩間違えていれば、二度と伝える事も叶わなくなっていたかもしれない。それを思えば、込められた想いはより強く、純粋だ。
「――さて、これで、ひとまず安静かな」
「いってて……みんなも、ありがとうよ、本当助かったぜ」
 一段落して、ノアから手当てを受けたルルドは、近くの瓦礫に腰を下ろし、改めて仲間達に頭を下げる。
 現状でこの怪我なのだから、実際のところ彼らの救援が無ければ、間違いなく自分は殺されていただろう。
「……偽物とは言え、難敵だったね」
 間近でその傷痕と、ワイルドハントの倒れた場所を眺めてノアは、無意識に眉根を寄せていた。
 未だ謎の多いワイルドスペースの存在は、ここだけでなく様々な場所で発見されており、そしてその数だけケルベロスの暴走状態を模したワイルドハントと呼ばれるドリームイーターが見つかっている。
 ノアだけではなく、誰もが思うだろう。明日は自分かもしれない、と。
「ルルドさんの方は、僕が看ています。何かあれば報せてください」
「私がいるじゃない!! ヒールだったら任せて!!」
 ひとまずはルルドの治療をフロレアルとマリアに任せて、数名はモザイクの晴れた周囲を見て回る。
「ううーん、元には戻ってるみたいだけど……まだちょっと変な感じ? くらくらしちゃうかも……」
 とは言え、既に現場から得られる情報が無いのも、他の件と同様なようだ。
 先程まで奇怪に混じり合っていた空間も、モザイクの消滅によって概ね元通りにはなっている。
「ま、言うだけあって『秘密』ってのをバラす気は無いみたいだなァ? ……帰るかァ」
 目まぐるしく変わる景色にふらつくルリナを軽く支えて、ローゼリアは軽いため息を零した。
「……そうじゃのう」
 帰り際、うつほは仲間に支えられて歩くルルドの背を見て、思う。
 自分にも、限界を超えてでも護りたい、そんな者はできるのだろうか。そして、そのための力が眠っているのだろうか。
 全ては自分の中に。だが、今はまだ、答えが返ってくる事は無いのだった……。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 10
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