紅き瞳の竜人

作者:林雪

●孤島の館にて
「……やっぱり、何かあると思ったら」
 中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)が妙な感覚に引き寄せれて訪れていたのは、とある離れ小島に建てられた洋館の門前だった。正確に言うなら、洋館そのものは見えない。立派な門より内側は、モザイクに覆われてしまっているのだ。
「……」
 怪しいとは思うが、入らなければ何もわからない。竜矢は意を決してモザイクの中へと足を踏み入れた。
「ここは……?!」
 その空間が異様であることはすぐにわかった。視界に広がるのは立派な建物や階段、置かれていただろう彫刻などがそれこそモザイクの如くバラバラになり、混ぜ合わされた風景。何より、身に纏わりつく不快感。透明な泥の中にいるような感覚だが、どうやら呼吸は問題ない。
『貴様、何故このワイルドスペースにいる。この姿に因縁ある者、ということか』
 冷たく、機械的な声に竜矢が振り返る。
「あ、あなたは?!」
 驚くのも無理はない。そこに立っていたのは自分そっくりの青い角、青い翼の竜人。ただし、その瞳は血に濡れたように紅い。
『生きて出すわけにはいかない。死んでもらう』
「……!」
 あくまで無機質な声でそう言うと、紅い目の竜人は、竜矢に襲いかかっていった……。

●ワイルドハント
「大変だ! ワイルドハントの調査に行ってる竜矢さんが襲われたみたい! 急いで助けに行って欲しい!」
 ヘリオライダーの安齋・光弦が説明を始めた。
「こんな事態も想定してはいたんだけど、とにかく色々と概要が掴めてないから万が一ってこともある。竜矢さんを襲ったのは、自らワイルドハントを名乗るドリームイーターだ。竜矢さんが調査に行ったのは、離れ小島にある、もう空き家になってた古い洋館なんだけど、敵はそこをモザイクで覆い隠して、その中でなんか怪しい作戦やってるっぽい」
 どうやら事態は一刻を争う。
「このままじゃ竜矢さんの身が危ない。救出に向かおう!」
 竜矢を救出し、戦闘を行なうには、そのモザイク空間の中へ突入せねばならない。中はかなり特殊な空間ではあるが、今のところ戦闘に不利が生じる、という情報はない。
「変なとこだけど、いつも通りに戦ってくれたらいいってこと。敵は竜矢さんにそっくりな姿をしているけど、中身は全然違う。ワイルドハントは姿を奪っただけの紛い物だ。遠慮なく撃破してきて」
 ワイルドハントの正体も気になるところだが、まずは仲間の危機を救うのが第一だ。
「竜矢さんを助け出して、敵を撃破するんだ。頼んだよ、ケルベロス」


参加者
フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)
空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)
悪路・儘鉄(我道闊歩の怪獣王・e04904)
水無月・一華(華冽・e11665)
城間星・橙乃(雅客のうぬぼれ・e16302)
ウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)
中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)

■リプレイ

●竜矢救出作戦
「暴走姿の模倣……いや、向こうも『誰の』姿なのかは知らねぇのか」
 モザイクのドーム、通称『ワイルドスペース』を目前に臨み、空飛・空牙(空望む流浪人・e03810)が独り言のようにそう言った。実際、ワイルドハントは謎の多い事件である。
 同じく考え込んでいた水無月・一華(華冽・e11665)も疑問がある。暴走経験がない者であっても、暴走する姿を写されてしまう……一体どこから情報を? 考えだせば尽きない。
「色々気になるところですが、全ては救助が終わってからですね」
 一華の言葉にウルトレス・クレイドルキーパー(虚無の慟哭・e29591)が短く頷いて応じる。暴走時の姿とはケルベロスにとって守られるべきプライバシーの最たるものである、と考えているウルトレスとしては早く竜矢を救出し、ワイルドハントを撃ち破りたいところである。城間星・橙乃(雅客のうぬぼれ・e16302)もちょうど同じように、己の暴走した姿を目の当たりにした挙句その者に襲われるという不運に見舞われた竜矢を思いやっていたところだったが、表情に出ないので周囲には伝わりづらい。
 持参した小さな焼酎の小瓶からグイッと一口あおり、悪路・儘鉄(我道闊歩の怪獣王・e04904)はずいと一歩前へ出た。
「っしゃ、景気づけも済んだところで、行くか!」
「……早く見つけないと……!」
 アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)は何時もの通り少女人形を連れて戦場へ赴くが、未知の空間への不安以上に、その空間の中で一人戦う事を余儀なくされた竜矢を案じる思いが強い。
 フィスト・フィズム(白銀のドラゴンメイド・e02308)はウイングキャットのテラの首に発光する首輪を付けてやってから館の方だろう方角へ向き直り、いざモザイクの中、未知なるワイルドスペースへと声を放つ。
「竜矢、待っていろ!」
 突入した瞬間、全員の体を違和感が包んだ。目には見えない液体が体内に入ってくるような、その液体の中を泳いでいるような。とは言え、普通の人間ならばいざ知らず、ケルベロスの強靭な肉体の前には問題にならない。
「……あとでこの空間そのものも、調べてみる必要がありそうですね」
 一華は用心深く周囲を見回し、その異様さに目を見張る。アンセルムも警戒しつつ写真撮影が出来ぬものかと視線を走らせる。皆、共通認識として単独行動は避け、この空間の謎を解く為に、何より竜矢を助け出す為に五感を研ぎ澄まして奥へ進んでいく。
「中条さん! 返事が出来れば答えて下さい!」
 橙乃が声を張ってそう呼びかけてみる。声はよく通るものの、室内に響く、という感じはない。皆、注意深く行動しつつ、元の屋敷の調度らしき品の断片や、壁に見えるものに触れてみる。元の材質からは明らかに変質し、脆くなっているような手触りだ。
 照明は明るいとも暗いとも何とも言い難く、ケルベロス達が持参したライトは視界を確保するという以上に、頼れる確かな光、という意味で彼らを勇気付けた。皆で声をあげて竜矢を呼び、進んでいく。
「ん……?」
 ウルトレスが顔を上げる。奥の部屋、元の屋敷の構造からはかけ離れたものとなってはいるが恐らく食堂のあっただろう方角からの戦闘音に全員が一斉に反応する。
「そっち!」
「竜矢!」
「そこかァ!」
 儘鉄が胴間声を上げながらL-1000ライトを向けた先には。
「……ッ」
 単独での戦闘の疲労と手傷に片膝をつく中条・竜矢(蒼き悠久の幻影竜・e32186)の姿が照らされた。竜矢の傍らではボクスドラゴンのストリアが、主の負った傷を癒そうと必死に飛び回っていた。そして、その正面に立ちはだかっているのは。
『……仲間が増えたか。厄介だが、全員殺すまでのこと』
 無機質な声でそう言い放ったのは、竜矢に酷似した、紅い目の竜人だった。否、彼らは既にしてこの竜人の正体を知っている。ドリームイーター・ワイルドハント。

●暴走という現象
「中条さん、退いて下さい!」
 ウルトレスがそう声をあげたと同時に離れた位置からレーザーを射出する。察した竜矢が射線から横っ飛びで身をかわし、開いた距離を詰めようと追いすがるワイルドハントに、アンセルムが空いた片手で構えたバスターライフルを向け、躊躇なく発射した。
『……手数で来るとは、鬱陶しい』
「本当にそっくりさんだ……」
 驚きに目を丸くするアンセルム。だが敵は竜矢よりもどこか機械的な、心のなさを感じさせる。その敵は、両肩に装備した竜矢のものと良く似たビームポッドを、ただしそれは怒れる竜の口を模っているものを、ケルベロスたちに向けて構える。魔力が集約しながら、声は無機質に響く。
『纏めて葬ってやろう』
「そうはいきません」
 その無機質さを突き刺すような静かな声。そして声と同じく静かな足裁きで、だが電光石火の速さで前に飛び出した一華が敵の胸を激しく突き、ひらりと退いた。よろめく隙に戦闘配置を整えるケルベロスたち。救出組としては傷を負った竜矢を後ろに下げさせるつもりでいたが、竜矢は首を横に振って猛然と敵に突っ込んだ。
「大丈夫、ですっ、まだやれる……来い!」
 双肩の竜の口から強力な冷凍光線がケルベロスたちに向けて発射された。身を投げ出してそれを受け止めた竜矢の瞳は、敵のそれと同じく紅く染まっているではないか。散らばる光弾が降り注ぐが、攻撃陣は怯まない。
「無茶をする……テラ、彼を頼む!」
 その身を案じてフィストは思わず眉根を寄せるが、今は目の前の敵を一刻も早く倒す事が最優先、といきなりの大技の詠唱へと移る。
「左に紅葉姫、右に雪姫、共に螺旋の流れに連なる姉妹鯉……!」
 開いたフィストの両の手のひらから、雪色の白鯉と緋鯉が現れる。グラビティの滝を泳ぐが如く接敵した紅葉姫と雪姫が、ワイルドハントを切り刻む。
『チッ……!』
 激しい斬撃が敵の動きを止めている間に、竜矢は傷口を押さえる。
「皆……来てくれたんですね。ありがとう……」
「縁も所縁もねぇが助け来たぜー、っと」
 首に下げていた愛用のヘッドホンを頭に装着し、飄々と軽い口調でそう告げてから空牙がハンマーを砲撃形態に変え、号砲一発、敵を牽制した。その間に、治療担当の橙乃が駆け寄る。
「皆、心配していたの。傷を見せて」
『一思いに楽になれば良いものを……愚かな』
 ワイルドハントの低い声音に、ウルトレスがギロリと睨みを利かせる。
「それはこちらのセリフだな、悪趣味モザイク野郎」
「そんじゃ……その存在狩らせてもらうぜ? 悪いが悪く思うなよそっくりさん!」
 なかなか無茶な言い草で敵を煽りつつ、空牙も次の攻撃準備へ移る。そこへ地獄化した豪腕を振るいながら前へ出たのは儘鉄。
「んじゃァ、オッサンはとりあえず……、ん? どっち殴ればいいンだ? マフラーの色が違ったり、目が妙につり上がってたり、体がメカメカしいのがニセモノだろ……?」
 どこまで本気だ! とフィストが慌ててフォローを入れ、アンセルムが更にそのフォローを入れた。
「悪路! 赤目だ! 赤い目の方を……いや待て竜矢も紅いが!」
「良く見るんだ悪路、穏やかで好青年な方が中条だよ!」
「おう! つまり乱暴でクソッタレな方がドリームイーターってかぁ!」
 言うや儘鉄が、丸太の如き片腕を伸ばして敵の喉元を掴んでその体を持ち上げ、そのまま殴る、と見せて気脈を狙い親指を突きたてる! 大振りながら当たると大きい技だ。
「おらァ!」
 低く呻いたワイルドハントの動きが鈍った瞬間を逃さず、竜矢が攻性植物の蔓を投げて更にその動きを封じにかかる。しかし妙に追い詰められた表情で、呼吸も苦しげな竜矢の様子に気づいたアンセルムが案じる視線を投げた。
「……」
 暴走、という現象は、ケルベロスであれば誰しもに起こりうる。危険な戦場に身を置くならそれは尚更、だがそれは本当に『最後の手段』である。己自身を投げ出してでも守りたいものの為に墜ちる地獄のようなものだ。
(「似非とはいえ、その姿を見せ付けられるのはいい気はしないはずだ」)
 皆、竜矢が心乱す理由はわかっている。自分も、と主張するかの如く、ストリアが静かに前に出た。
 決着は早い方がいい、とウルトレスもその心情を理解してか壁役を務めつつ積極的に前に出て行く。竜矢に似た姿の化けの皮を、とばかりに装甲を拳で剥ぎとりにかかる。
「さっきやって下さった分は、返して頂きましょうね」
 静かな口調、だが一華の灰の目には隠し切れない苛烈が宿る。燃え立つ程に冴え渡る一華の所作はあくまで美麗、しかしその鎌が描く弧強烈な一撃となり、確実に敵の生命力を削り取っていた。
 しかし敵は感情のぶれる様子を見せず、苦痛を露わにするでもなく、先と同じく両肩に魔力を集約し、今度は業火として放つ!
『……燃え尽きるがいい』
 先は庇われたが今度は、とその炎をくぐり抜けて飛び出したフィストが一喝する。
「これしきの炎、熱くもない!」
 ナイフを構え、目にも止まらぬ速さで敵の傷を深く抉る。ケルベロスたちは着実な攻撃を重ねていく。じわりじわりと削る一方、橙乃が炎の燻る床の上に紙兵をばら撒いて防御も固める。儘鉄はパワーを生かしての攻撃、と連携は上々である。
(「ここで倒れたりしたら……これ以上皆に迷惑はかけられない!」)
「はぁあッ!」
 気合いの叫びと共に立ち上がり、敵を睨みつける。
 ウルトレスがバスターライフルをギターよろしく構え、狙い撃ってはまた素早く背負って戦場を駆ける。
「竜矢……、うん」
 アンセルムもまた、吹っ切ったかのように攻撃に集中し始める。
「其は、凍気纏いし儚き楔。刹那たる汝に不滅を与えよう……」
 詠唱と共に、アンセルムの周囲がキラキラと輝く。呼び出された氷槍は、雨あられと敵に降り注ぐ。攻める好機と見た一華が静かに刃を構えた。
「其は、ひらく」
 まるで無人の園の中に響くような声を落とし、一華は文字通り花弁と化す。舞いに似た所作からは思いもかけぬ、鋭利なその威力。
『グォ……ッ、』
 遂にワイルドハントが苦しげな声を上げ始めたと同時、僅かにモザイク空間が揺れた。
「……っぷ」
 視界の端々でモザイクが砕け、元より歪んでいた空間が更に揺れるその光景に、実は少々乗り物酔いの様な感覚を覚えるも、そんな様子はおくびにも出さない儘鉄である。
『カァアアアアッ!』
 突如、ワイルドハントが吼えた。その大きく開いた口の中が真っ赤に燃え上がる! 放たれた巨大な光弾は竜矢の横をすり抜け、回復役の橙乃を目がけて飛ぶ……と見えたが。
「……全然使えてないな。もっと腰を入れろ」
 長い腕を伸ばし、その光弾を弾いたのはウルトレス。その立ち姿はステージ上で姿を鼓舞するミュージシャンそのものだ。橙乃は無言のまま己の務めを果たすべく、即ウルトレスにオペレーションを施した。
「あと一息、攻めきるぞ!」
 フィストが繰り出した激しい突き、その背後で空牙が分身を始める。フィストの攻撃がクリーンヒットし、彼女が退いたその瞬間。
「ほら、死角ができてんぜ?」
 ニヤリと不敵に笑った空牙の、真正面からの不意討ち。螺旋の力を籠めて空牙が敵の額を異装旋棍・斬刹でかち割った。
 ケルベロス達の正確な狙いに晒され、全身に氷片と炎を纏ったワイルドハント。これでもかとばかりに儘鉄が太い尻尾で打撃を与え、大声で叫んだ。
「よおおぉし竜矢! 今だ!」
「ああああっ!」
 竜の咆哮が重なり、これが本物の力だとばかりに両肩のポッドの砲門が開き、冷凍弾が命中し、とどめの光弾が敵を打ち砕いた!
『ア、ア、ア……ァ』
 最期は竜と似ても似つかぬ情けない声を上げて、ワイルドハントの姿はボロボロと崩れたモザイクと化して消え去ったのだった。

●ワイルドスペース
「皆さん、危ないところを本当にありがとうございました」
 戦闘を終え、改めて竜矢が律儀に頭を下げた。ここは、館の外である。ワイルドハントを撃破したと同時、あの歪んだモザイク空間は綺麗に消えうせ、ケルベロスたちは孤島の古びた館に取り残されていたのだ。
「お前って奴ぁ、律儀だなァ! なんせ無事で良かったぜ」
 バシバシとその背を叩きながら儘鉄が豪快に笑う。
「それにしても、災難でしたね中条さん」
 表情や態度にこそ出にくいが、橙乃は橙乃なりに竜矢の身を気遣っている。
「……いえ、私は大丈夫です」
 もう一度頭を下げた竜矢のその瞳の色は、既に平素の穏やかな黒に戻っていた。
「悪路がちゃんと敵味方の区別をつけてくれて良かったよ」
 アンセルムが茶化してそう言うと、儘鉄は更に一声笑う。
「オッサンは年々老眼鏡がおいでおいでしてるんだ。察せよオイ」
「老眼で仲間と敵を間違える奴があるか……」
 テラの首輪を外してやりつつフィストが呆れた風に言うも、戦いを無事に終え仲間を救い出せた安心感から浮かぶ微笑は柔和だった。
「でも……敵の消滅とほぼ同時にモザイクも消え去ってしまうなんて。調査が進まなかったのは残念でしたね」
 かなり詳細に周辺調査を試みたものの成果は得られず、一華が溜息とともに館を眺めた。同じくヒールなどを試みたがそれはただの建物以上の何物でもない、という結論に至ったウルトレスが抑揚なく言った。
「ただの古い館だな。もはやここに敵の痕跡はなさそうだ」
「戻ってまた調査し直しか……面倒だがしゃーねぇなあ」
 空牙もやれやれと肩を竦める。ワイルドスペース。この怪現象は、一体いつまで続くのだろうか。
 ふと、ストリアの様子が気になり竜矢は視線を投げた。いつになく竜矢に背を向けて翼を広げるその様子がどこか普段と違うのは否めない。己もまだ興奮状態にあるのだろうとは思う。ワイルドハントと対峙した時の、あの何とも言えない感覚。体の内側から熱いものがこみ上げて来る一方、手足はひどく冷たく重たかった。
 いつか、本当にあの姿になる日が。
 来るのかも知れない、という恐怖を今は一旦胸の奥に仕舞いこんで、竜矢は窮地を救ってくれた仲間達と共に島を後にするのだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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