俺の中の俺

作者:林雪

●ワイルドスペース発見
「こんなところに……」
 鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)がこの場所を発見したのは、全くの第六感によるものだった。日頃は足を踏み入れない山奥の道が妙に気になり、その予感を頼りにたどり着いたのは寂れたキャンプ場。使われなくなった炊事場やアスレチックなどの施設の奥に、巨大なモザイクのドームはあった。
「これじゃ埒があかねえな……行くか、アカ」
 しばらく息を潜めて見ていたが、中の様子が何も伺えない事に業を煮やし、肩に乗せたファミリアのアカにそう声をかけるとヒノトはモザイクの中へと足を進めた。
「うおっ?」
 接触した瞬間、ゼリーにでも包まれたような何とも不気味な感触に思わず声を上げる。しかし息苦しいと思ったのは一瞬。それよりは、その光景に目を奪われる。モザイクの内側はまるでミキサーのように、周囲の風景をかき混ぜた不可思議な空間になっていたのだ。驚きに目を見張るヒノトだったが、次の瞬間、殺気を感じて身を翻す。
「?!」
『ガァ!』
 凶暴な拳を間一髪でかわしたヒノトは、襲ってきた敵の姿に再度目を見張った。
「え……俺?!」
『その姿……どうやら因縁浅からぬ様子だが、このワイルドスペースを知ったからには生きて返しはしねえ!』
「何だと!」
 ニヤリ。ヒノトの姿にそっくりな敵は笑う。その目は狂気にも似た光を宿し、青黒い炎を巻き上げた拳でヒノトに襲いかかった……。

●俺の中の俺?
「またワイルドハントにケルベロスが襲われた! 調査中だったヒノトくんと連絡が取れないんだ」
 ヘリオライダーの安齋・光弦の顔には焦りの色が浮かぶ。
 ワイルドハントの出現は各地で頻発しているが、今はまだその正体がドリームイーターであること、出現したのはワイルドスペースという、モザイクで覆われた謎の空間であることしかわかっていない。調査の手を広げていたため、フォローの準備は出来ていたのが不幸中の幸いである。
「急がないとヒノトくんが危険だ。一刻も早くワイルドスペースへ向かおう!」
 ワイルドスペースはかなり特殊な空間で、その実態はまだ掴めていない。粘着質な水の中に入っていくような雰囲気であるが呼吸は出来、通常の戦闘に差し障りはないということまではわかっているが、油断は出来ない。
「敵の巣の中、みたいなものだろうからね。くれぐれも気をつけて欲しい。敵は、ヒノトくんそっくりだけど、理性を失った凶暴な姿になってるはずだ。野生的に力で押してくると思うから、うまく対策して撃破して欲しい」
 ヒノトを救い、敵を倒す。これが今回の任務である。
「にしても即襲ってくるなんて荒っぽい……ワイルドの力の秘密をそんなに探られたくないのかな? 全容はまだ見えない。くれぐれも気をつけてね!」


参加者
鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)
真柴・勲(空蝉・e00162)
御門・心(オリエンタリス・e00849)
落内・眠堂(指括り・e01178)
一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)
ティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)
杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)
織原・蜜(ハニードロップ・e21056)

■リプレイ

●相対
「お前は……一体」
 ワイルドスペースの中でひとり、鉋原・ヒノト(駆炎陣・e00023)は明らかに動揺していた。ヒノトそっくりの姿をしたワイルドハントは狂気を宿した目をギラつかせ、腕に纏った青黒い炎を見せ付けるように、一歩また一歩とヒノトに近付いてくる。
『俺は……俺だよ。わかるだろう?』
「……!」
 青い炎を見ていると、頭の奥がひどく痛んだ。何かを思い出せそうで思い出せない……ヒノトはその嫌な頭痛を無理矢理追い出そうと頭を振った。無意識に、相棒であるファミリアのアカに手を伸ばす。万が一の時には何とかアカだけでも……と思うも、当の相棒は目の前の敵に向かって牙をむき出している。まったくもって頼もしい、ふとヒノトの口元に笑みが浮かぶ。
「……諦めるのはまだ早い、よな」
 とは言え、今この一撃を受けきれるのか。
『ガァ!』
 敵が高く飛び上がり、野卑なる拳がヒノトを狙って放たれた、その時。
「そこまでだな! お前の思惑通りにはさせないぞ!」
 牽制の声を張ったのはティノ・ベネデッタ(ビコロール・e11985)。
「っしゃ、間に合った、な」
 間に飛び込んだのは真柴・勲(空蝉・e00162)、そして敵の体の下に身を滑り込ませるようにしてがっちり敵をホールドしたのは一条・雄太(一条ノックダウン・e02180)だった。
「待たせたな、ヒノト!」
「雄太! 勲さん!」
 絶妙のタイミングで登場、からの大技!
「初っ端から見せていい技じゃねーんだぞ!」
 雄太がそう叫んで暗闇脳天落としを炸裂させると同時、御門・心(オリエンタリス・e00849)が素早く味方の布陣を見て取り、前へ出る者の守りを固めすぐに攻撃に打って出られるよう矢倉囲いの陣形を完成させる。
「にせものさん……」
 ヒノトにそっくりな敵の姿に心が思わず呟く。獣じみてはいても同じ顔、ほんの少し倒すのに気が引けるのだ。だが、それに対する返答は。
『グオォオオッ!』
 雄太に地面に叩きつけられたワイルドハントは、狂気の咆哮をあげて腹筋を使って立ち上がる。そのすさまじい声に、ヒノトが戸惑いを見せる。すかさず前に出た落内・眠堂(指括り・e01178)が口を開いた。
「それは、ヒノトの中に眠らせておくべき力だ」
 その声は静かに凪いでいるが、底には確実に大切な友の為の怒りが沈んでいた。
「……お前が模っていいモノじゃない」
『……!』
「おまえを伝う、ひとひらと成れ」
 眠堂の撒いた護符が舞い上がり、燃え散る。その間を縫うようにして勲のケルベロスチェインが防御の陣を敷いた。
 仲間たちの救援に礼を言おうとした瞬間こめかみにまたズキンと痛みが走り、ヒノトは表情を歪める。脳裏に浮かぶのは、青黒い炎に包まれる建物、そして……。
「さぁさ皆、ヒノトちゃんは任されたわよ、全力で行っちゃって!」
 織原・蜜(ハニードロップ・e21056)の明るい声で名を呼ばれ、はたとヒノトは我に返る。
「ヒノトちゃんはまずは手術のお・時・間ね」
 襟を引かれ、蜜の元で傷を癒すヒノトと入れ替わりに前に出たのはティノと、彼が呼び出したドローン群だった。
「たとえ姿形だけでも、無断で借りると違法なんだぞ。礼節というものを教えてやる!」
 そして引いた位置からは杜乃院・藤(狼纏イノ羊・e20564)が走りこみ、高く飛び上がった。
「ヒノトは絶対に渡さないし……奪おうとするの赦さないよ」
 張り詰めた弓から放たれた矢を思わせる苛烈な蹴りが、敵に命中する。着地し振り返りざま、目が合ったヒノトに藤は告げる。
「ヒノトは一人じゃないよ」
「藤……」
 ひとりひとりの名を呼び返し、感極まってこみ上げるものがありながらも、ヒノトは極力明るく言った。
「……信じてた。へへ。ありがと! 頼もしい仲間がいるんだ、もう偽者なんかに負ける気がしないぜ!」
「ったく、ヒノトと同じ格好で同じ顔だとややこしいな。――ヒノト、これつけとけ」
「え、ええ!? 何だこれ……?」
 雄太がどうやら持参したらしいマフラーを、ひょいとヒノトの首に巻いた。目印、というよりは雄太なりに『この世に本物のヒノトはお前だけ』という意思表示をしたらしい。
 戦いの中で、こんなにも胸が熱くなる。まずは目の前の敵を倒すのが先だとヒノトは構えを取る。
「……俺の姿でよくも皆に……! その身をもって償ってもらうぞ! 覚悟しろ、ワイルドハント!」

●偽者撲滅!
「猛ろ! 灼灼たる朱き炎!」
 暴走姿を盗られた怒りにも勝って、自分を気遣ってくれる大切な仲間たちの為にこそ、ヒノトの拳は力を帯びた。アカがロッド姿に戻り、灼熱の炎玉を発生させ、左右から敵を挟みこむ。
「いい感じだぜ、ヒノト!」
 なら正面は自分がと雄太の拳はその速度の故に氷気を纏う。命中させた拳をくるりと軽く返して、素早くハイタッチを交わすふたり。
 戦場の空気は一気にケルベロス側へ勢いづいた。
「……さあ、私の元へ」
 綻びた傷口に向かって、心が地獄化させた羽を飛ばす。抉り取るその痛みが、敵に悲鳴を上げさせると同時に憎悪もまた生み出す。自らを囮にすることも、心は畏れはしない。
『ギィア!』
「無理はすんなよ心の嬢ちゃん、途中から俺が代わるからな?」
 チェインを操り防御に徹しつつも、思わず勲がそう声をかけた。心もコクンと小さく頷きを返すが、視線は真っ直ぐ敵を見据えている。ワイルドハントの拳が唸り、その青い炎を纏った拳が狙った先は……心、ではなく。
『まずはお前だァ!』
 ヒノトはその拳から目が逸らせずにいた。青い、黒い炎に包まれているのは……そして傍らに佇むふたつの人影は、あれは。痛い。頭が、痛い。
「……!」
 一瞬呼吸を忘れたヒノトの前に、金色の翼が立ちはだかった。翡翠の目が敵を見据え、炎もろとも拳を叩き力を逸らした。
「守り手の僕がいる限り、仲間に手出しはさせない」
 ティノの凛とした声に、蜜のテンションが上がる。勿論、素早く治療に取り掛かりつつ。
「助け合える仲間同士っていいわぁ……私もサポートサポート、頑張っちゃうわよ」
「背中はこっちで預かるぞ」
 眼前で燃え尽きた護符が残した小さな星の紋様を、眠堂が足を撓らせて敵に蹴り込んだ。
 一方的にヒノトをいたぶっていた戦闘から、一気に劣勢へと転じた事を感じているのかいないのか、ワイルドハントは態度を変えない。
『フン、この程度!』
「お前……」
 戦いに、血に飢えた野獣そのもの姿を浅ましいとヒノトは思う。
「僕たちの闇を知るお前は『誰』なんだ?!」
 お前は誰だ、とのティノの問いに、もう知っているだろうと言わんばかりの笑みを返すワイルドハント。
「答えない、か……いいだろう。お前の蒼い炎と僕の白の舟、どちらが勝るか勝負だ」
 言うやオーラを纏わせた片手を敵に向けてティノは構える。
「降り頻る雨となれ、世界を航る白の舟」
 標的を指先に合わせ、放たれるのは光輝く奔流のエネルギー、それは滝のように襲い掛かり、青黒い炎を飲み込む!
(「おれにとって、いつものヒノトがヒノトで、少なくとも、姿を借りてるだけの偽物と間違えるほど、おれは莫迦じゃないし」)
 常のとろりと眠たげな様子は鳴りを潜め、今の藤は親友を弄られた事への怒りで研ぎ澄まされている。一瞬の接敵、腹に叩き込む螺旋の力。
 そうした皆の気持ちが痛いほどに伝わって、ヒノトは顔を上げる。
 怖がるんじゃねえ。俺の力は、あんな奴のとは違う!
「ウラァ!」
 朱の炎を纏った拳が、ワイルドハントの頬を横殴りに殴った。青い拳が一瞬遅れたカウンターを狙うのを、雄太が小爆発を起こして阻止する。お顔はヒノトさんだから、ちょっと痛そうで申し訳ない……と思いつつも心もそのまま超硬度の拳を放った。ギロリと、敵が心を睨み、片手にエネルギー球を発生させ始める。ハッと心が身を引き、壁役の勲が駆け込んだが、ワイルドハントはその球を、自らの腹に叩き込む。
『……足りねぇなあ……?』
 クックッと低い笑い声を上げながら、ノーガードの姿勢で歩み寄ってくるワイルドハントの周囲を取り巻くように、ボボボッと眠堂の護符が燃えた。
「心配するなよ。まだまだここからだ」
 敵の拳の炎が若干、小さくなったように見える。そこへ勲が、敵を煽るように蹴り込んだ。
「かかってこいよ紛い物。手前ェ相手に負かされるほど耄碌しちゃいねえぞ?」
 不敵に告げる勲には、斃れられない理由がある。純粋に、一途に自分を慕ってくれる小さな友人に、みっともねえところは見せられねえ。
 力でこちらを抑え込もうとしてくる敵に対し、ケルベロスたちは十分な布陣と装備を整えていた。ティノ、勲の二枚盾は十分に仕事をしつつ蜜を援護して、攻撃を担うヒノトを雄太に体力を温存させた。前線組が暴れたお陰で眠堂、藤は余裕を持って確実に攻撃を仕掛ける事が出来、心は攻守を臨機応変に切り替え、状況に応じた作戦を提案し続けた。
 徐々にワイルドハントの動きは重くなる。炎を纏った拳の速度も目に見えて遅くなっていた。
 対して、ケルベロス側は。
「オラオラ! こんなもんじゃないでしょ!」
 回復役の蜜がちょいちょい魔力による活性化をはかったおかげで打撃力が増し、大技がよく当たった。
『グアォオオ!』
 余裕がなくなり、怒りに任せて心へ放つ拳は紙一重で回避される。一撃を外すと、後の隙が大きいのだ。ティノのアックスの一撃が、致命傷まであと一歩、というところまで決定的に体力を奪っていた。
「というかもう詰んでるよね。挑む相手間違ってるよ。莫迦なの?」
 藤が酷薄なまでの毒舌を展開し、敵の頭を掴んでそう言い放った。もはや偽者は偽者、徐々に体のそちこちから、モザイクが零れ始めている。
『オアァア……』
「なに? 怯えてるの。偽者のくせに」
 明らかに、今の姿を保てなくなってきたらしいドリームイーターの本性が垣間見える。
「あと一息だ、いけアカ!」
 ファミリアから元の姿に戻ったアカが敵に向かって飛ぶ。しかし崩れかけた体はもう一歩と近付いてくる。
「しぶとい奴だな!」
 雄太が拳で打ち込んだのとほぼ同時に、再度その身を回復させるワイルドハント。命ギリギリのところで落ちない敵だったが、その歩みは心のアカイイトによって阻まれる。
「やっちゃって、下さい」
 心の一言を受けて、とどめを放ったのは眠堂。一際激しく護符が燃え、真っ直ぐに星の紋様が、もはやヒノトとは似ても似つかぬ様相となっていた額を貫いた。
『……!』
 断末魔の声すら上げず、その体はモザイク片となり……一帯を覆っていたドームもまた砕け散った。
 開かれた空を一度見遣り、勲が軽口を叩く。
「もう一発、俺が擲ってやりたいとこだったんだがな」
「憂さ晴らしは余所でやれ」
 眠堂がおっとり笑って答え、大人同士、小さな友人を護れた事を秘かに喜び合うのだった。

●記憶
「ワイルドスペース……痕跡らしきものはなし、か」
 眠堂が短く息を吐く。戦闘後、モザイクはすっかり晴れ、そこには寂れたキャンプ場が広がっていた。
 かつては多くの家族連れで賑わったであろうその場に佇んでいると、藤にはヒノトの気持ちが思いやられて、いやに切ない気分になってしまう。
「無事で何より、勿論アカもな」
「わ、う……うん」
 勲に頭をくしゃくしゃに撫で回されて、ヒノトが照れくさげに笑う。もうダメかと諦めかけた瞬間に、自分の前に現れた勲の背中をヒノトは忘れない。自分もそんな風に誰かの窮地に駆けつけられる存在になりたいと強く願う。
 頭痛は消えた。ただ。
(「あいつの姿こそ、俺……俺の中の俺なのか? それに、あの人影は……」)
 見せつけられた己の姿を思い出すとつい考え込んでしまう。そんな空気を察したヒノトの背を、蜜が両手でトンと押して陽気に言った。
「とにもかくにも終わり! ヒノトちゃんの無事な笑顔が見られて安心したわ!」
(「……よかった」)
 仲間達に囲まれるヒノトの姿を少しだけ遠巻きに眺めながら、心もまた誇らしいような照れくさいような笑顔を浮かべる。目を合わせてヒノトも笑った。
「さ、帰ろ」
「うん」
 藤に頷き返してから、駆けつけてくれた仲間の顔をひとりひとり見て、ヒノトはぺこりと頭を下げた。
「みんな……本当にありがとう、俺……」
 言いたいことは沢山あったが、
「いつでも頼ってくれていい。我々は仲間だ」
 ティノが真顔できっぱりと告げた言葉は、ケルベロス達皆の思いだった。窮地の者があればすかさず駆けつける。それが大切な友であるなら、尚更急いで。
「おし、じゃヒノトの奢りで飯な!」
 雄太があっけらかんと言い放った言葉にヒノトが目を剥いた。
「えーっ、何でだよ! 俺の無事を祝って雄太の奢りだろ、それか勲さん」
「俺?! いや眠堂のが……」
「ご馳走様ー」
「何ィ?!」
 笑いあいながら戦場を後に出来る幸せは、哀しい予感を払拭してくれる。いつか本当に、あの姿に成り果てて独り戦場を去らなくてはならない日が来ても、きっと皆が来てくれる。その時まで、朱い炎を纏って戦い続けると静かに誓うヒノトだった。

作者:林雪 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 4/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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