イン・ア・クローズド・ウェアハウス

作者:鹿崎シーカー

 放課後。がらんとした体育館に、小さく火の点く音が鳴る。広いステージに腰かけるのはフードを被った一人の少女だ。黒いブレザーにグレーのスカートを身につけ、首には十字架のペンダント。少女は制服姿の男女数名を前に、手にした緑色の本を開いて読み聞かせめいて語り始めた。
「あなた達は知ってるかしら。この学校で過去に起こった、とある悲劇を」
「ひ、悲劇……?」
 黒ぶち眼鏡の少女に返され、フードの少女は意味深に笑ってうなずく。
「今から……そうね。どれくらいだった前かしら? ……昔、イジメられてた子の話」
 黙って固唾を飲む学生達に、少女はとつとつと語る。
「その子は良い子。優しくて、でも人一倍気が弱かった。でも人間というのは愚かで時に残酷なもの。気の弱い彼に、いじめっ子達が群がった。暴力、恐喝、金銭被害。顔は常に腫れていて、腕や足は生傷だらけ。それはひどい有様だったそう。気の弱い彼は誰にも相談できず無抵抗。周りはいつも見て見ぬふり。興が乗ったイジメっ子達は、彼を体育館倉庫に閉じ込めた。何日も何日も、ね」
「ま、待った待った!」
 男子生徒が話を遮る。微笑のまま首を傾げる少女に、男子はまくし立てた。
「そんなイジメの話なんて聞いたことがない! それに、何日も経ったなら親とか誰か警察に……」
「言ったでしょう? 人間は愚かで時に残酷なもの。誰も体育館倉庫に人がいるだなんて思わないし、いじめっ子達も面白がって黙ってた。気づいた人がいたって、平気で黙殺するわ」
 男子が少女の笑みに気圧され、たじろぐ。暗い微笑みを浮かべた彼女は、再度本に目を落とす。
「……そうして、誰にも発見されないまま何日か経った夜のこと。いじめっ子達が彼の様子を見ようと体育館にやってきた。彼の様子を見るために。倉庫の扉に耳を当て、物音がしないのを確かめて、そして扉を開いたいじめっ子達は……」
 そこで、少女は言葉を切った。
「そういえば……この学校、最近行方不明の人が増えてるみたいね?」
「そ、それが何か?」
 ガリッ。ステージ脇から嫌な音。少年達は壊れかけの玩具めいた動きで首を巡らせ、音が鳴った方を見る。ステージ横にはまった木製のドア。貼られたプレートには、体育館倉庫の文字。
「彼なら知ってるかもしれないわ? 暗い倉庫に独りは怖い。みんな一緒の方がいい。たとえそれが、自分をいじめたいじめっ子でも。ふふふふふふ……」
 クスクス笑いに振り向くと、少女の姿が消えていた。残された学生達は、その場で唖然と立ち尽くす。
「き、消えた……」
「会長……」
 女子生徒に呼ばれ、生徒会長は蒼白になった顔を滝のような汗で濡らした。ハンカチを額に押し当て、小さくつぶやく。
「で、でたらめだ。全部嘘に決まってる。論理的におかしいし。……けど……」
 ハンカチをポケットに押し込み、足早に体育館倉庫へ歩きだす。一拍遅れて他の学生が制止を飛ばした。
「ちょ、ちょっと会長!?」
「た、確かめればいいことだ! 学校の問題なら、なんとか解決を……!」
 背後の声に叫ぶように言い返す。数秒で意を決した彼はドアを思い切り引き開けた。


「倉庫に閉じ込められた屍隷兵、か……」
「またタチの悪い怪談出たよねぇ。やれやれ」
 苦い表情のエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)に、跳鹿・穫は重く嘆息した。
 某所高校にて、ホラーメイカーが屍隷兵を仕込んだとの予知が入った。
 製造した屍隷兵を元にした怪談を学生に教え、真偽を確かめようとした彼らを殺す。そうした手段を用いるホラーメイカーが今回用意したのは、体育館倉庫に閉じ込められて死んだ少年の逸話だ。
 要約すると、いじめの一環として体育館倉庫に監禁されて死亡した少年が、死後孤独を紛らわすために倉庫に近寄る者を無差別に引きずり込んでいる、というもの。この怪談は既に複数の学生達に伝えられ、そのことごとくが姿を消してしまっている。
 これ以上の犠牲が出る前に、皆にはホラーメイカーの屍隷兵の討伐を依頼したいのだ。
 続いて戦場についてだが、ホラーメイカーが屍隷兵を隠したのは体育館内部にある倉庫の中。倉庫はステージの脇にある扉から入れる、おおよそ六畳程度の空間なのだが……現在壁・床・天井を屍隷兵の肉によって隙間なく覆われており、肉の部屋とでも言うべき状態になっている。不用意に立ち入るのは危険だろう。
 攻撃手段は部屋内部から伸びた無数の腕。伸縮自在で、広い攻撃範囲を持つ反面、力は一般人程度しかない。これらを潜り、倉庫最奥の本体、少年型屍隷兵を倒せば部屋を覆う肉や腕は全て死滅し、撃破完了となる。
 ちなみに、腕にポテンシャルを全て割いているためか、少年型の戦闘力はほぼ皆無。部屋の肉に埋まっているため動くことは決してない。腕をいかにしてかわし、本体に攻撃するかが勝負の鍵だ。
「また嫌な敵が出てきたな。早く、楽にしてやろう」
「複雑だろうけど、被害はもう沢山出てるし、ここで止めなきゃもっと出る。撃破、お願いね?」


参加者
アマルティア・ゾーリンゲン(フラットライン・e00119)
ヴォル・シュヴァルツ(黒狗・e00428)
エリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)
月隠・三日月(紅染・e03347)
ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)
御船・瑠架(紫雨・e16186)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)
クラリス・レミントン(奇々快々・e35454)

■リプレイ

「いやっ、いやあああああああっ!」
 ばたつく足が床を離れる。全身をつかむ無数の腕が少女を持ち上げ、暴れる足をも捕まえ口をふさいだ。必死で首を振りながら、少女は涙のにじむ目で辺りを見回す。
 少女真後ろの扉から伸びた大量の腕が展開し、体育館のそこかしこで学生達を拘束している。くぐもった声で涙を流す少女の耳朶を、声が打った。
「だいじょうぶだよ……」
 声は頬の辺りから。口元をわしづかみにされたまま目線を動かし、少女は目を見開いた。自分の口をふさぐ手の、手首からやや下の付近。ぱっくりと割れた口がたどたどしくしゃべり出す。
「みんないるから……こわくないから……」
「…………ッッ!?」
 倉庫入り口から長く伸びた無数の腕の至る所が裂けて口になる。恐慌に陥り激しく暴れる学生達を離さないまま、腕は倉庫内部へ素早く引っ込み始めた。
『みんな……おいでよ……』
「―――――――ッ!」
 少女が声にならない悲鳴を上げる。腕が倉庫内へ戻り、生徒達が引きずり込まれかけたその寸前、体育館の天井が爆砕された!
「ぬぅあああああああああああああッ!」
 夜空に浮かぶ八つの人影の先頭、拳を振り切った服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)が咆哮。その隣、閉じる倉庫の扉を目の当たりにしたエリオット・シャルトリュー(イカロス・e01740)は焦燥した目で真上を見返る。
「ヴォルッ!」
「ああ、見えてるぜ……」
 低く言いながらヴォル・シュヴァルツ(黒狗・e00428)が両手を空に突き上げた。腕を走る赤褐色の粒子が彼の頭上で竜巻になり、腕とともに振り下ろされる!
「行ッて、来いッ!」
 赤褐色の嵐が吹き荒れ真下の仲間達の背を叩く。追い風を受けて急加速した御船・瑠架(紫雨・e16186)が先に着地。瑠架は閉じられた倉庫へ走り、刀を一閃して扉を蹴破る。壁・床・天井を白い肉に覆われた体育館倉庫。そこから伸びる無数の手が生徒達を飲みこんでいく。エリオットと共にアマルティア・ゾーリンゲン(フラットライン・e00119)が瑠架の耳元でささやいた。
「彼らを連れ出す。援護を頼むぞ」
「ええ、任せてください」
 言うが早いか瑠架は血の紋が描かれた札をまき散らす。漆黒に染まった刀でそれらを斬り捨てると同時、倉庫の最奥でうずくまる少年が顔を上げた。
「だれ……いっしょにいてくれるひと……?」
 少年の前で斬られた札が黒ずみ、無数の黒刀へ姿を変える。倉庫中に切っ先を向ける黒刀の群れ。同時に真っ白な腕の軍勢が倉庫中から現れる!
「いっしょに、いてよ……」
 瑠架が無言で剣を振り、大量の黒刀が一斉射出! 駆けだしたアマルティアとエリオットは生徒を捕らえた腕を燃える刀と槍で斬り捨て生徒達を引きはがす。黒刀の雨から逃れた追撃の手を割り込んだ月隠・三日月(紅染・e03347)が鎖を振るって打ち払った!
「エリオット殿、ゾーリンゲン殿! 彼らを早く外へ!」
「悪い!」
 すぐさま振り返り入り口へ走り出す二人へ無数の腕が飛び出した! 腕の軍勢が外へ出かけた二人に迫った瞬間、それらの白い肌を金色の光が照らして阻む。ジャン・クロード(神の祝福を騙る者・e10340)は輝くトランプを掲げ、室内へ飛び込む!
「今だ! ここで止めるッ!」
「応よッ!」
 翼を広げた無明丸が拳を握り、押し止められた腕の軍勢へ肉迫。吹雪をまとった拳を振りかぶり、視界を覆う手の平たちに打ちつける!
「ふんぬぅああああああああああああッ!」
 直撃と同時に腕の群れが全て凍結! 追撃のブローでそれらを粉砕した無明丸を数本の腕が捕まえ脇を何本かが突破する。肩越しに見たアマルティアは相棒を呼ぶ。
「パフ!」
 飛翔した象牙色の子竜が火炎弾を吐き出し腕を迎撃。部屋から転がり出、抱えた学生を下ろす二人にヴォルが赤褐色の粒子を振りかけ、ピンクの翼を持った子猫がそよ風を浴びせる。
 伸びてくる腕を即座に銃撃して吹き飛ばし、クラリス・レミントン(奇々快々・e35454)は倉庫外に投げ出された生徒を見やった。
「早く逃げて。こいつは体育館の外には出ない」
「でっ、でも、まだ生徒会長が……!」
 食い下がる生徒にクラリスの瞳が向けられる。放たれる濃密な殺気!
「ひっ……」
「行って。生徒会長は私達が助け出すから」
 ガスマスク越しの宣告に生徒はうなずき、蜘蛛の子を散らすように走り去る。屍隷兵の少年が床をわずかに引っかいた。
「まって……」
 壁や天井、床が泡立ち新たな腕の軍勢が誕生し出口めがけて押し寄せる! クラリスの銃撃で指が吹き飛び風穴が開いたそれらに、腕を無理矢理引っぺがした無明丸が光る拳でラッシュを敢行。拳を撃ち出す彼女の足や腹に床の腕が噛みついた。無明丸は不敵に笑い殴打を速める!
「ほお! これはまた聞きしに勝るけったいな有り様じゃのう!」
「全くだよ。だけど定員オーバーだ」
 背中合わせに輝く光線を放つジャンがトランプ五枚を高く掲げた。軽く跳んで足を狙う腕を回避し、最奥の少年を鋭く見据える。トランプと共に、その全身が眩く光を放ち始めた。
「高貴に、公明正大に。そして煌びやかにッ!」
 一際強く発光したジャンから光線が一条少年めがける! 軌道上の腕を引き千切りながら飛翔した光は地面から柵の如く飛び出した腕の壁に阻まれ爆発。飛び散る肉片の向こう、無傷の少年がうつむきがちにジャンを見つめる。
「一筋縄では行かないか……!」
 顔を歪めるジャンの足と腕がそれぞれ腕に捕まった。続々と殺到する腕の群れを足からジェット噴射して突撃したエリオットが槍でまとめて斬り飛ばす!
「クラリス! 援護してくれ!」
 槍の斬撃で開いたスペースにクラリスが跳躍。ピンクの瞳で部屋中を素早く見回し二丁拳銃の引き金を引く! 全方位に弾き出された銃弾が片っ端から腕を撃ち抜き強制的に動きを止める。直後、倉庫の一角に黒い竜巻が噴き上げ床を押さえた腕を飛ばした。竜巻に乗って跳ね起きた瑠架は黒い花嵐をまとった刃を一閃。吹き荒れた嵐が腕を刻み細かな肉片に変えていく。地面に手を置き、ヴォルは戦場をにらむ。
「早いとこ探せ。時間はねェぞ」
 わずかな独り言を聞き流し、アマルティアとエリオットは腕を伐採しながら目を走らせる。星屑めいた光を灯す鳥籠型のランプを放り、影を暴くエリオットの耳に少年の小さな声が入り込んだ。
「いっしょに……いてくれないの?」
「っ……」
 すがりつくような表情に顔をしかめ、エリオットは迫る腕を斬り払う。横合いと背後から伸びた腕がそれぞれ脇腹とうなじに白魚めいた指をうずめた。三六〇度全方位に開いた白い手の平。その外側で引っかかれ、捕まれるケルベロス達を涙目で見つめる少年へ三日月は鎖を投げた。投げ出した彼の足近くから伸びた腕が心臓を狙う鎖の先端をキャッチ。鎖を引き戻そうとする三日月を、背後から伸びた手の群れが羽交い絞めにする。
「ぐッ!」
 ギチギチときつく締め上げる腕の拘束。潰され、その都度蘇る腕と格闘するケルベロス達を暗い目で眺め、少年は蚊の鳴くような声でささやいた。
「ここはさびしい……ひとりはこわい……ねえ、いっしょにいようよ。そうしたらこわくないから……ね?」
 瑠架は黒刀を縦横に走らせる! 黒い陽炎じみた軌跡が群がる腕を解体、新たに飛んでくる軍勢は開いた和傘で防御。腕の隙間を見つけたジャンが投げつけた光のトランプは少年の周囲、海藻めいて揺れる手がひとつ残らず絡めとった。
「ひとりじゃない……ひとりじゃないんだ……みんなきてくれる……まえとちがって……」
「フンッ!」
 無明丸の氷の拳が群がる腕をまとめて砕いた。頬から垂れた血をぬぐい、遠くの少年を真っ直ぐ見据える。
「往くも戻るも無く自縛するものか。まさしく使い捨てのコマじゃのう。じゃが! 戦う意思があるならばッ!」
 翼を広げた無明丸は一瞬で加速! 阻む腕を全て殴り飛ばしながら猛スピードで距離を詰め、一息に突っ込んでいく。
「いざ尋常に勝負いたせぇぇッ!」
 数歩まで迫った次の瞬間、二人の間の床が膨らみ破裂。現れた腕の束が無明丸を真っ向から押さえつけ、肉の床に押し倒した。
「おいおい……ハル!」
 ヴォルの肩から子猫が飛び立つ。羽ばたき、一直線に飛行する猫を天井から伸びた腕がわしづかみにし、すぐさま引っ込む。抜け出そうと激しく暴れる猫を見つめ、少年はうわごとじみてつぶやく。
「みんなもね……ひとりじゃない……ひとりじゃないんだ……」
 少年が泣き笑いじみた微笑みを浮かべると同時、倉庫を覆う白い肉が大きく膨らみ、風船じみて爆発した。中から飛び出した大量の腕が怒涛めいて押し寄せる! 室内を圧迫する手の群れを見据え、アマルティアは刀を構えて腰を落とした。
「そうか。それは大変だったな」
 彼女の肩から腕へ炎が伝い、柄から刀へ流れ込む。目を見開き、居合いの要領で炎刀を一閃!
「だが、それとこれとは話が別だ!」
 炎の斬撃が腕の大群を真っ向から打ち焼き上げた! アマルティアが連続で剣を振るうたびに幾重もの炎が斬撃と共に腕に直撃、燃え上がる。そして少年の隣、唯一腕の生えていない肉壁めがけ、縦に振り抜き炎を飛ばした。床と腕を焼き切りながら飛翔した炎は狙った箇所に着弾、爆発! 中から気絶した眼鏡の学生を掘り出した。
「彼は、返してもらうぞ」
「……いやだ!」
 叫ぶ少年の周囲が腕を噴く。エリオットは足裏から炎を噴出。全身をつかむ腕を千切るように引きはがし、学生に向かって突っ込んだ。迎撃しにいく腕をクラリスが連続で撃ち抜き銃声を響かせる!
「私が守る。邪魔は、させない」
 少年周囲の壁や床に雨の如く鉛弾が叩き込まれた。泡じみて破裂する肉飛沫を見回した少年の両肩や胴に輝くトランプが突き刺さる。発光するカードから金色の光が流入し、少年は硬直したまま苦悶を漏らす。
「あ、くぁっ……」
「エリオット! 今だ!」
 ジャンの声を背にエリオットは眼鏡の学生に手を伸ばし、襟首をつかんで引き寄せる。バックジャンプで飛び退く彼を、光に縛られた少年の目が睨めつけた。彼へ降りかかる腕の群れを三日月が素早く斬り払う! ムチめいて振るった鎖で追撃を跳ねのけ、三日月はエリオットへ告げる。
「彼を外へ。無理はしてくれるなよ」
「だっ…………めっ…………っ!」
 苦しげにつぶやきながら、継ぎ接ぎだらけの指が床を搔く。ボコボコと泡立つ床にすかさず銃撃を浴びせつつ、クラリスは少年の目に視線を合わせる。
「貴方の寂しい気持ちは、よく分かる。でも貴方が本当にしたいのは、誰かとここに閉じ籠ることじゃない。ここから出て、自分の家に帰ること。……違う?」
 ガスマスク越しのくぐもった声に銃声が重なる。空薬莢が落ちた床が手を生やし、ブーツの足首をつかむ。
「その人は生きてる。だから、帰らなくちゃいけないの。……貴方も、ずっとここにいては駄目」
 床の腕が撃ち抜かれ、白い肉汁として四散。再生速度を落とした腕に光線を浴びせて蹴散らしたジャンは追加でトランプを投げつける。失速しながらも伸びた手にカードを受けさせ、少年は呻くように訴えた。
「かえ、せ……かえ、して……ひとり、は……いや……!」
 高速で入り口まで下がったエリオットが顔を歪める。学生を倉庫外に下ろした彼に赤褐色の粒子を浴びせた。
「……迷ッてンじゃねえぞ」
「わかってる。わかってる……!」
 きつく目を閉じ、蒼炎に包まれた足を引き絞るエリオット。目を開き、一気に地面を蹴りつける!
「青炎の獄鳥よ……我らが敵を、その地に縛れッ!」
 地を蹴った爪先から蒼炎のモズが飛翔! 倉庫を一瞬で駆けた炎の鳥は巨大な杭に姿を変じ少年の胴を貫いた。太い腕の束を押しのけて飛び出した無明丸が拳を握り杭へ突進!
「わはははははははははは! 一時は死ぬかと思うたが! さぁ、いざと覚悟し往生せいッ!」
 助走の勢いを乗せた右ストレートが炎の杭を強く打つ。光輝く左フック、右ブロウを追加でぶち込み、全力のハンマーパンチ!
「もう、いっぱぁぁぁぁつッ!」
 インパクトが杭を奥深くまで埋め込んだ。少年の口から白い粘液と言葉があふれる。
「なん、で……ど、して……」
 震えながら上がった顔と、涙に揺れる目。手を持ち上げ、床に爪を立てた彼の眉間に黒いかんざしが突き立った。伸ばした手に黒い煙を昇らせた瑠架は、
「大丈夫。もう苦しいことは何もありません。……だからどうか、安らかに」
 直後、のけ反る少年の体を花弁上の刃が突き破った。全身を貫かれ瞳を揺らす彼に三日月が近づき、剣を振る。皮一枚を残して断たれた首ががくりと垂れ落ち、少年は黒い花弁の山となってくずおれた。


「わははははっ! 勝ったぞぉおおおおおッ!」
 倉庫外、両手を突き上げ快哉を叫ぶ無明丸。高笑いする後ろ姿を見たクラリスはマスクの奥でつぶやいた。
「……元気だね」
 小さな声に、無明丸が振り返る。見せつけるように両手を繰り返し突き上げ、
「当然じゃろう! この戦い、わしらケルベロスの勝利! ほれ、鬨を上げい鬨を!」
「それはいいがな無明丸」
 アマルティアが目で倉庫の中を指し示す。肉が全て蒸発し、元に戻った室内の奥。少年がいた場所に、瑠架の華奢な背中が見える。肩に乗ったパフのあごをなでながら、アマルティアは薄く笑った。
「まだ瑠架が黙祷している。しばらくは静かにしてやれ」
「むぅ……」
 手を下げ黙る無明丸に苦笑しつつ、アマルティアは横目で倉庫を見返るクラリスを捉えた。動かない瑠架をじっと眺め、独り言を口にする。
「悪ふざけで何日も同じ場所に閉じ込められるだなんて……非道い。けど」
 悲しげに目を細め、シャツの胸元を握る。
「材料にされたあの子も、あの子に囚われた人たちも……これで帰れた、のかな」
「さて、な。だが、少なくとも二度と囚われることはない。それもまた、優しさだ」
 返答しながら、アマルティアは煙草をくわえて火を点けた。クラリスが立ち上る細い煙をじっと見つめる一方で、そこからやや離れた体育館の壁付近。三日月はふらつくエリオットを受けとめた。
「エリオット殿、大丈夫か? 顔真っ青だが……」
「っ、ああ……大丈夫だ。多分……」
 答える声が小刻みに震え、弱々しい笑顔に滝のような汗が流れる。エリオットは三日月の肩に震える手を置き、覚束ない足取りで立ち直った。
「……少し、外の空気を吸ってくる」
 数歩進んだエリオットが後ろにつんのめる。彼の首根っこを引っつかみ、猫めいて持ち上げたヴォルは、薄く開いた目で見上げるエリオットを見返した。
「飯、行くぞ。付き合え」
「僕も一緒にいいかな。ところでヴォル、君の奢りかい?」
 隣に立つジャンに鼻を鳴らし、ヴォルはエリオットを捕まえたまま歩きだす。シンと静まり返った体育館に、硬い靴音が反響していった。

作者:鹿崎シーカー 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 6/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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