みんないつまでもいっしょ

作者:森下映

 郊外の一軒家。涼しい風が吹き抜ける古風な縁側に、30代くらいの女性とその両親だろうか、60才前後の夫婦が座っている。
 視線の先には、元気に遊ぶ、3人の子どもたち。全員が男の子だ。
「1人で育てるって言い出した時はどうしようかと思ったけれど」
 母親が口を開く。父親も、孫達が遊ぶ様子を眺めながら、
「こうやって兄弟3人、立派に育っているのを見ると、ナツミがどれだけ頑張ったかわかるなあ」
「お父さんとお母さんのおかげよ」
 ナツミは思い出した様に父母の方を向き、
「本当に、いつもありがとうございます」
「やあねえ、突然改まって!」
 急に頭を下げた娘に、母親はやめてちょうだいなどといいながらも目の端をそっと拭う。
 休日の和やかなひととき。しかし、
「お母さん」
 一番年長の子どもが駆け寄ってきた。
「何か変な人がいるんだ」
「え?」
「ほら」
 長男が庭の角を指差す。確かにそこには黒装束の不気味な男が立っていた。
 だが、ナツミの視線が釘付けになったのはその手前。そこには幼い弟達が血溜りの中に倒れており、首は胴体から離れた場所に転がっていたのだ。
 ナツミは咄嗟にハルトを引き寄せ、弟達の惨状を見せないようにすると、
「お父さん、お母さん、ハルトをお願い! 玄関から逃げて!」
「な、ナツミ、お前も、」
「私はあの子たちを連れてくる!」
 あのままにしてはおけない。触れなければ信じられない。きっと、きっとまだ生きて、
「何とも美しい家族愛」
 男の呟きが聞こえた。瞬間ナツミは背中にびしゃりと生ぬるいものがかかるのを感じる。恐る恐る振り返れば、ハルトと両親が、弟達と同じ様な酷い姿で倒れていた。
 叫ぶ暇は与えられなかった。すぐにナツミも折り重なって倒れる。
 空蝉は庭に倒れていた子どもたちの死体も引き摺ってくると、全員を無造作に積み重ねた。そして暫く考えた後、取り出した肉の塊を家族の死体と混ぜ合わせ、おぞましくも粘土細工の様な行程を経て、屍隷兵を作り出す。
 空蝉が姿を消した後に残されたのは、祖父母の顔が腹に浮かび上がり、ナツミの頭を持つ巨大な人型の屍隷兵と、子どもたちの顔に直接手足のついた小型の屍隷兵達。
「アノコタチ……ツレテイク……タスケル……ミンナ……ワタシ、がマモルカラ……!」
 ナツミの顔が悲しげに呻いた。

「また空蝉か」
 小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)の表情は晴れない。調査の甲斐あって、作られた屍隷兵達がグラビティ・チェインを求め、近隣住民を襲い出す前に現場に駆けつける事はできる。しかしもう、家族を救うことはできないのだ。
「母子家庭と支える両親、近隣の方々にも仲が良い家族だと評判で、近所づきあいも良好だったようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が言う。
 尚更のこと、彼らに住民の虐殺などさせるわけにはいかない。

 屍隷兵は身長3メートルほどの人型が1体と、ナツミの子どもたちであるハルト、カイト、ミナトそれぞれの頭に直接複数の手足がつけられた小型が3体。戦闘時には人型がディフェンダー、小型がクラッシャーとなる。
「以前出向いた事件では、人型の戦闘力が強め、ってことだったケド」
 里桜がたずねる。セリカは頷き、
「はい。今回も同じです。対して小型は弱いと考えて頂いて問題ありません」

 家族の惨殺に思うところはある。傷跡にも地獄にも染み付いている。
 だが、今やることは1つ。
「必ず……必ず屍隷兵を撃破しよう」
 里桜の赤い瞳に、決意が燃える。


参加者
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
アルマニア・シングリッド(世界を跨ぐ爆走天然ロリっ子・e00783)
小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)
戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)
西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)
レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)
イアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)
尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)

■リプレイ


「救えないならせめて……終わらせないとね」
 小早川・里桜(焔獄桜鬼・e02138)が言った。半月程前の同じ様な事件。それを『解決』した事は里桜に変化を齎していた。
(「灼いたのは」)
 家族だけじゃなかったんだ。
 頬の傷、右の瞳を通る傷とが作る十字。引き換え家族と――あの日以前の記憶の大半を失った事を思い出したのだ。
「元は人間、なんだよな。ケルベロスが守るべきものだったんだよな」
 ぶつぶつと呟くイアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)。彼を圧迫するのは人々を利用するデウスエクスへの強い憤り、そして恐らくは家族が関わる事件である事。
 幼い頃、故郷と体の一部を失った。色黒の肌、長い橙の髪。姿は相応の印象を与えるが彼の性質は相反する。地獄は見られる事を恐れ覆い隠し、身につけた金細工の懐中時計は常よりゆっくりと時を刻む。
「……うん」
 名前の通りの蒼く大きな瞳。水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)が小さく頷く。
「だからこそさっさと倒そう。長引かせる方が辛いと思うから」
 ――死者にとっても、僕等にとっても。
「ああ、胸糞悪い。まじで最悪だ」
 癖を描きながら長く落ちる髪にモノクル、重厚な術士服は非常に魔術師らしく、口の悪さも彼の一部に違いなく。レグルス・ノーデント(黒賢の魔術師・e14273)。
「こうなっちまったら、俺らにできる事は一つしかねぇってな」
 空蝉に、苦しみ歪む犠牲者に、疾風の如く心を満たし荒れ狂う感情を、控えた戦いに託して耐える。
「何が厄介って知識でしょコレ。一体どこまで拡散するやら」
 くたびれたスーツにメガネをかけた姿は『以前』と変わらず、けれど今は紛れもないケルベロスの印であるコートを羽織り身体の内には地獄を抱える。西村・正夫(週刊中年凡夫・e05577)。
(「で拡散の原因。ハクロウキを逃がした人間の罪は大きいって話で……」)
 その時自分はそこに居た。正夫はごく軽量のガントレットを装備した拳を自嘲気味に握った。
(「だから、自分の間抜けで人が死ぬって現実を見に来たんですよ」)
 己のあの時の迂闊さと甘さ、間違えなければ死なずに済んだ命。思い苦しめ思い知れと。どこまでも係わり続けろと。弄ばれた命を終わりにするのは自分だろうと。
(「それが道理ってものでしょう」)
 そして、今は純白のキャスケットとマント付きのボレロを身に着けたアルマニア・シングリッド(世界を跨ぐ爆走天然ロリっ子・e00783)は、空想を属性とし水晶の様な翼を持つボクスドラゴンのフリツェルとともに気配を探る。
(「時すでに遅しというのなら、せめて、夢で終わらせられるように」)
 ラピスラズリの腕輪は、アルマニアに幸運を、そして正しい方向への前身を促してくれる。
「行こう、フリツェル。空想召喚師としての、お仕事の時間だ」
 フリツェルがクリーム色の身体に水晶の盾を装備したフォルムへと、アルマニアの白い服は虹を抱き紫がかった色へと変化した。
 アルマニアがOratioのブレードを滑らせ走り出すと同時、戯・久遠(紫唐揚羽師団のヤブ医者・e02253)も度の入っていない眼鏡を外すと、白衣の裾を翻し地面を蹴る。アルマニアとは知り合い、フリツェルと非常に仲が良い久遠だが、戦いの最中は普段の飄々とした彼は消える。
 どこまでも無慈悲に、あくまでも無感情に。装着したアームレットが高まる久遠の気に反応、守護の装甲を作り出していく。
 屍隷兵達が近づいてきていた。散歩中の親子の様に。
(「壊してやるよ。俺はそれしか能が無えからな」)
 子どもは好きだ。レプリカント化した理由も関わっているのかもしれない。
 感情も表情も未熟、怒りも悲しみもまだ理解していない。表情はぎこちない笑顔しか作れない。だが子どもの顔持つ屍隷兵が青い瞳に映った瞬間、尾方・広喜(量産型イロハ式ヲ型・e36130)の心は確かに乱れ、地獄の炎が激しく燃えた。
(「それしか、出来ねえ」)
 広喜の顔から手足へと青い回路状のエネルギーが走る。グローブを握り込めば氷のような装甲が現れ、ブーツのシルバーラインも闘志に呼応し青く輝き始めた。
「……惑わされず、為すべき事を為すとしよう」
 レグルスが避雷針を取り出す。その前を桜舞う突風の様に里桜が駆け抜けた。投げ上げられた呪符、手首に揺れるは桜模る煉獄の炎、降ろされた御業は吼え嗤う鬼。その口から吐き出された炎弾の前、人型が立ちはだかった。
「アアア、ア、ニゲェエエエーーナサーーイイイーー」
「サーーヨーーコォォォォォーー」
「「「オカアーーーサァァアンン」」」
 炎に焼かれ人型が叫び、祖父母が泣き、子ども達の顔が歪んだかと思うと、小型が一斉に『母親』の前に飛び出してくる。
(「手遅れな現実が続こうとも、たとえ終わりが見えなくとも」)
 里桜と対角に回りこみ、逃走経路を塞いだ正夫が黒太陽を具現化、
(「屍隷兵も、係わる敵も、いつか必ず根絶やしにします」)
 黒光が刺す様に屍隷兵達に降り注いだ。イアニスはその隙間を縫う様に駆け、槍を構えて飛び上がる。
(「自分の快楽のためにこんなものを作るなんて許すものか」)
 救うなんて言葉は使えない。だが、
「今ここで楽にする」
「ギヤアアアアーーーーッ!!」
 紫電走る槍が小型の顔面を貫いた。が、
「カーーーいいぃいトーーー」
「オニイぃぃイチャァァアアンーーー」
 人型と弟らしい小型の叫び声にイアニスの動きも一瞬止まる。傍目にわかる程に青ざめ、屍隷兵達が再び攻撃体勢に入ってもうまく動かない脚を無理やり踏み出した。
「百重千重と重なりて走れよ稲妻、全てのものを拒絶し、我らを守りたまえ」
 レグルスが掲げた避雷針を媒介、雷の壁が出現し、
「いいぜ、俺を壊してみろよ」
 広喜は小型の動線に割り込みさらに自分から距離を詰め、片腕を与えて食いつかせると、変わらぬ笑みのまま逆の手の腕部換装パーツ壱式を展開、紙兵を撒く。
 イアニスは槍を回転、弾き飛ばして応戦。小型はしつこく噛みつきにかかるが仲間へは通さず。アルマニアへ突撃してきた1体はフリツェルが体当たりで止めた。
「ありがとう!」
 フリツェルは大人の余裕を持って主人に頷く。
「マモーールーーノーーーーミン、ナ、ミンナァァァア」
 人型の巨大な腕が里桜を殴りつけた。
「……ヤッパリ、似てるかもしれないね」
 白い前髪の隙間から見上げれば悲しげな顔。
「そう、全部ぶつけてきなよ、こうやって」
 殴る為折り曲げられた腹へ、今度は里桜が膝蹴りを食らわせる。顔達が一斉に呻いた。
「目の前で家族を喪った悲しさとか、苦しいのとか!」
 爪を立て腕を掴み、里桜は言う。
「アンタの八つ当たり、好きなだけ付き合ってあげるからさァ!」
「ニゲエエぇぇエエエエーーーーーーー」
 人型が叫んだ。久遠が広喜に噛み付いていた小型を手刀で叩き落とす。
「オカァーーーサぁああああンーーー」
 長男の顔をした小型は凍りつきながら地面に落ち、
「死人の声は聞く気ないよ、僕は生者の味方だからね」
 蒼月は腕に巻き付く攻性植物の花を咲かせ花弁を落とし、果実を結ばせた。
「……泣いても叫んでも、恨み辛み吐かれても何も出来ないんだよ。出来なかったんだよ」
 黄金の光が降り注ぎ、仲間を加護と包み込む。里桜へはフリツェルが回復を重ね、アルマニアはパチンと指を鳴らした。痛みも苦しみも夢だと錯覚する様に。
「少しでも安らかに、逝って」
 四肢の氷に動きを鈍らせ泣きそうな顔の小型を、アルマニアが虹に星を振らせ重力をのせ、真上から踏み潰そうとする。だが、
「マーーモォォォーールゥゥノーーーーワタ、ワタシ、ワタシウアアアアアア!!!!」
 里桜を突き飛ばし猛然と駆けてきた人型が小型に覆いかぶさり、アルマニアの蹴りはその背中を抉り抜いた。
「イヤアアアアアアアーーーー!!」
 『ナツミ』が叫んだ。


「『こんなのもありますよ』」
 ゆるりと立つ姿からの踏み込み、同時突き出された正夫の掌底に空間が千切れ飛ぶ様に破裂。屍隷兵達の傷を強烈に抉り、小型達の手足の何本かが吹き飛んだ。
 人型の庇いの為、小型の体力にしては撃破に手間取ったが、その分人型の体力も削れている。また耐性により『怒り』に囚われなかった事は連携の不備を補い、戦いは進んでいた。
「『虚空を開け水霊の門――今新たなる契りによる氷雪の力束ねん』」
 レグルスの掌の上に浮かび開かれた書は深淵世界の秘密を記せし異端の書。詠唱に従い氷の結晶がレグルスの髪を散らし光を反射し始めた。レグルスはモノクルの端に突進してくる別の小型を確認するが、一撃は覚悟、詠唱を続ける。と、
「『陽を巡らせ陰を正す……万象流転』」
 死角から姿を現した久遠が体内で高めた陽の気を撃ち込みながら小型を蹴り飛ばした。宙を飛ばされた小型の身体は内部から破壊され、頭部が欠ける。
「『――心冷たき王妃よ、天すら凍てつかさんとする裁きの力にて』」
 レグルスが指差した小型の真上、幾多もの氷の槍が顕現、
「「我が敵を蹂躙せよ!!』」
「ウウアアーーアアーーーオカァアアアサーーーーー」
 鋭利な氷の嵐、刺さる氷は屍隷兵の身体を蝕み、氷の塊へと変化させ、霧散させた。
「アアアアアアーーーーーー!!!」
「「オニイイイーーーチャアアアーーーーンーーーー」」
 人型は咆哮し、小型達は猛スピードで襲いかかる。
「っ!」
 蒼月はしなやかに尻尾を揺らすと黒猫の身軽さで跳び、小型を回避。同時空中でオーラを溜め、もう1体の動線に入り壁となった広喜へ着地と同時癒しを送った。叫びに傷を負った仲間はフリツェルが回復、アルマニアはマント翻し、掲げた指を鳴らす。
 詠唱は現実ではなく空想の中で。空想召喚! ――サモン・イマジネーション。何を想う何を喚ぶ。何れにしてもそれは『現実世界』に顕現し、屍隷兵達は一斉に体の一部を失った。
 人型の庇いは続く。が、小型達の手足はもげ顔は崩れていくばかり。
 歯をむき出した小型の前、イアニスが飛び込む。母を兄を呼ぶ声に背筋は冷たく目の前を暗く、それでも。
 イアニスは全身を包むオーラへ地獄の焔を纏わせると、口へ拳を突きこむように小型を撃ち抜いた。砕け散った小型の破片がそれぞれに燃え尽きる。
 絶叫する『ナツミ』と『祖父母』。里桜は戦えば戦う程溢れそうになる何かを込めてバールを投げる。止まりそうな脚は付呪が、そ蒼月の軽やかで温かなオーラが解いてくれる。
「ギャアアアアーー!」
 バールに頭を割られ目のないまま動き回る『ミナト』。突撃してくるそれを出迎える様に笑顔で広喜が待ち構え、急速に回転する肘下が小型を貫いた。
 腕のモーター音より大きく聞こえる、酷いノイズ。学習していないはずの感情、破損していないはずの箇所が痛み、
(「またか」)
 見下ろせば粉々になった肉塊が消えていく。
「……今日は、不具合が酷えなあ」


「憤怒の叫びを轟かせ、この大地を駆け抜ける煉獄の使いよ」
 レグルスの竜語の詠唱。光り帯びた掌が屍隷兵へ向けられ、
「立ちはだかる者、その痕跡すらも焼き尽くせ!」
 ドラゴンの幻影が放たれた。肉塊の脚を大きく踏み出し回避を試みる屍隷兵。しかし一筋の影の様な蹴りが切り込む。久遠の高い飛び蹴りが屍隷兵の背中へ炸裂し、指の音が重なった。鳴った場所は既にゼロ距離、アルマニアが大きな白い羽根のついた『羽ペン』を夢の様に動かし、屍隷兵の腹を抉り切ったところをドラゴンが飲み込み、屍隷兵だけを焼き捨てる。
 炎に包まれながらも屍隷兵が拳を振るった。だがその前、毅然とフリツェルが飛びこむ。
「!」
 相性の悪い攻撃、グラビティでは治癒しきれない傷の蓄積に、フリツェルが消滅。が、屍隷兵も妙な態勢のまま動きを止める。後側から屍隷兵の脚へ、気脈を断つ一撃を正夫の拳が叩き込んでいた。
 拳を通じて感じる屍の感触。時折直に接する攻撃を織り交ぜてきたのは自分への戒め。死んでなお苦しむ者を殴る事しかできない自分の無能を思い知れ。拳を奮う程に苦しめ、
(「そういう話ですよ」)
 続きイアニスが脚の間を抜け、空の霊力を宿した槍で屍隷兵を貫く。
 元より回復手段のない敵、番犬達は着々と追い詰める。
「! 今回復するね!」
 屍隷兵に肩を蹴り壊された広喜に蒼月が言った。だが、
「いや、大丈夫だ! その代わり攻撃を頼む! ――『まだ、壊れんなよ』」
 広喜の掌から青い回路状の光が広がり、自分の破損箇所をスキャン。地獄が修復していく。
「わかった!」
 頷き、蒼月は片手を軽く胸に当てると、
「『いいよ、出てきて一緒に遊ぼうよ』」
 それは『狩猟解禁』の合図。蒼月の足元、影から大小様々な猫が這い出でては、屍隷兵へ向かってまっしぐらに駆けていく。噛みつき、引っ搔き、獲物は絶対に逃さない。猫達が再び蒼月の元に戻り、肩に手に足に擦り寄り影へと消えた時には、屍隷兵は半壊していた。
 呪符を揃え、里桜は屍隷兵と向き合う。不条理への嘆き、痛ましき現実への哀しみ。それでも戦華の禱りは囁く。己が築く緒に傅け、目覚めの時は訪れる。
「『浄焔……闇を祓え、清め弔え』」
 顕現した桜鬼が涙を零す。首元に足首に揺れる桜と呪符と里桜が舞い、涙は焔の花弁となって屍隷兵へ降り注ぐ。せめて迷わず逝けるように。
「アーーアアアアーーーーーー」
 焼け朽ちる屍隷兵を、里桜は瞬きもせず見ていた。


「すまない……その魂が安寧の地へ辿り着かん事を」
(「必ず空蝉にこの報いを受けさせてやる」)
 レグルスは心中で誓う。久遠は暫く黙祷を捧げたかと思うと姿を消し、アルマニアは断末魔の瞳を使おうとしたが、
(「ここは殺された場所ではない、よね」)
 もし殺された場所で使用したとしても予知の内容と変わらないだろう。
「地道に調査するしかないかな……ってあだーっ?!」
 復活したフリツェルが元気にアルマニアの頭に噛み付いていた。アルマニアは、
「……Good night、Sweet dreams」
 空想召喚で鎮魂歌を奏で始め、フリツェルも目を閉じる。
「『痛みさえも、糧にしてやる』」
 一方イアニスは地獄の炎を使いひたすらヒールを行っていた。屍隷兵の叫びに呼び起こされた自責の念を振り払おうと。弔いへの躊躇いもある。
(「謝罪はしません。むしろ私には資格がない」)
 正夫は事実、現実、その無残な形、無残な重さを心に刻む。
(「私の謝罪なんて謝って楽になりたいだけの綺麗事、ですよ」)
「燃えて無くなっちまえばそれにこしたこたねえよ」
「僕も、もし残ったなら、お家に帰してあげたいなって思っただけだから」
 立ち尽くしていた里桜に、広喜と蒼月が声をかけた。
「うん。アリガト」
 自分は今日、何を灼いたのだろう。過去に、何かまだ灼いたのだろうか。そして、
(「これからも、どれだけ」)
 いつまで。
 それでも、止まるわけにはいかないのだ。

作者:森下映 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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