歪みの村の剣騎士

作者:木乃

●可能性のひとつ
(「あんな惨い手口、早く止めないと……!」)
 エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)は増え続ける屍隷兵の根を断つべく一人、山梨県忍野村へ調査しに来た。高冷地でひと気も少ない、この地ならば身を隠しやすいはず――しかし、そこで目にしたのは予想だにしなかった光景。
「こ、これは!?」
 閑静な山村を覆うモザイク。噂に聞いていたが余りの異様さに、エリオットも思わず固唾を呑んでしまう。
 モザイクの影響で内部の様子を確認できず、やむを得ずモザイクの中へ踏み込む。
 絵の具を雑に練ったような土地や建物が混ぜ合わさった風景。粘性の液体に満たされているものの、呼吸に支障はなく発声も出来そうだ。
 周囲を警戒しながら進んでいくエリオットを『カシャン』と金属の鳴る音が引き留める。
「――ぼ、く?」
「このワイルドスペースを発見したか、この姿に因縁がある者かな?」
 振り返った先には鏡写しのごとき相貌。その身に纏うは白銀の甲冑。驚愕するエリオットにドリームイーターは酷薄な笑みを浮かべる。
 数度、両手の刃で宙を斬ってドリームイーターが腰を落とす。
「この村に何をしたのです!?」
「お前が知る必要はないよ、ワイルドスペースの秘密を漏らすわけにはいかないのでね」
 直後、ドリームイーターは弾かれたようにエリオットへ襲い掛かる――。

「エリオットが山梨県忍野村でドリームイーターの襲撃を受けたようだ。ドリームイーターは自らを『ワイルドハント』と名乗り、忍野村をモザイクで覆って、内部で何かの作戦を行っているらしい」
 兜で表情の隠れるザイフリート王子(エインヘリアルのヘリオライダー)だが心配していることは雰囲気で伝わってきた。
「万一に備えてお前達が動けるよう準備していた。救援に向かう用意は既に出来ている、このままだとエリオットの命が危険だ」
 エリオットの救援に加え、ドリームイーターを撃破して欲しいとザイフリートは言い渡す。
「件の忍野村は粘性の液体と、建物や元の土地がモザイクのように混ざった特殊空間になっている。だが戦闘行動には支障ない」
 普段通り全力で戦ってくれ、と言ってザイフリートは話題をドリームイーターに移す。
「現れたドリームイーターはエリオットと瓜二つの顔だが、全身鎧を纏っているから見間違えることは有り得ないだろう。武器の両手の長剣は、見た目はゾディアックソード寄りだが、性能は日本刀に近い。二刀流グラビティを使用する可能性も高く、堅牢な鎧は守りも強化出来るようだ。見た目は模造しているがエリオットとは全く違う存在だ、充分気を付けて欲しい」
 ザイフリートすら予知できなかった事件を、エリオットが発見したのもなにか因果関係があるのだろうか。
「全く予想がつかないが、敵の姿とも関連があるのかもしれない。いずれにしろ調査してみなければ解らないが……敵をどうにかしなければ調査どころではない」
 相手の目的も不明である以上、油断しないようにとザイフリートは締めくくる。


参加者
八代・社(ヴァンガード・e00037)
マイ・カスタム(ロボのフレンズ・e00399)
シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)
峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)
イアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)
レオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)
エリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)
御忌・禊(憂月・e33872)

■リプレイ

●夢、幻の如く
 混濁した世界でエリオット・アガートラム(若枝の騎士・e22850)は剣を振るう。
 焦燥するエリオットに対して、全く同じ顔を持つワイルドハントは、冷酷な笑みを刀身に映す。
「いかに僕の姿を真似ようと、この胸に宿る騎士の魂は決して砕けない!」
「お前はそういう『人間』なのか――だが俺は、そんなものは持ち合わせていない」
 ワイルドハントは断言した。お前とは全く別の存在なのだと。
 半月を描く波動に片腕を斬りつけられ、エリオットはすぐさま開いた傷口を接ぐ。
「いつまで強がりが言えるか、試してみるか」
「僕は絶対に負けない!」
 受け止めた光弾の勢いに負けて、強かに背を打ちつけられてもエリオットは立ち上がる。
 仲間の到来を信じ、ひたすら防戦に徹していた。

「真意が見えないのが不気味だな」
 ケルベロスを模倣するドリームイーターに、マイ・カスタム(ロボのフレンズ・e00399)はある種の不快さを感じていた。
 狙いが解らない現状、いつも以上に警戒するしかない。
 忍野村を覆うモザイクに近づくほど、圧倒的な異物感に不安が込み上げてくる。
 こんなものを用意して、いったい何を企んでいるのだろうか?
「この村についても色々気になるけど、まずは人命救助だ!」
 未知の領域へ峰岸・雅也(ご近所ヒーロー・e13147)が躊躇いなく踏み込み、続々とモザイクの泡に飛び込んでいく。
 目の前に広がるのは不安定な心情を映したような抽象的な世界。
「おお、マジで建物も何もかもちぐはぐなんだな」
 そんな事を言っている場合ではない、と解っているがイアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)は興味深そうに見渡した。
 警戒していた八代・社(ヴァンガード・e00037)は、自分達以外の息遣いを一切感じられないことに気付く。
(「……人の気配が、ない? まさか隠れている人間も居ないのか?」)
 交戦中なら剣を交える音が聞こえるはず――目深く被った帽子を押し上げレオン・ヴァーミリオン(リッパーリーパー・e19411)が周囲を注視し、音に意識を集中していた御忌・禊(憂月・e33872)の双眸がスッと開いた。
「……あちらから、音が……すぐに、参りましょう……」
「エリオット、私達が行く迄耐えてくれ……!」
 シャイン・ルーヴェン(月虹の欠片・e07123)達は禊の指し示すほうへ走りだす。

 ぐにゃりと歪む景色の中、駆けつけた先にふたつの影。
 純白の礼服と白銀の甲冑――事前に指摘されてしまえば、見間違えようがない。
「GM01、起動――行くぜッ!!」
 割り込もうと社が突出する。不意打ちに対しワイルドハントが飛び退いた隙に、レオン達が立ち塞がった。
 壁を作るマイ達にワイルドハントは「ほう?」と片眉を器用に吊り上げ、すぐに攻撃を再開する。
「氷漬けにしてやる!!」
「それも面白い、乗らせてもらうぜ!」
 剣筋に氷雪の軌跡を描く雅也と、豪快な凍気の杭打ちでイアニスが攻め込む間にシャインが負傷するエリオットに治療を施す。
「無事か?よく耐えたな」
「いえ、時間稼ぎが精一杯で――ですが、ここから巻き返します」
 ワイルドハントは反転する黒光の波動で、旋回していた光の盾を消し飛ばす。
 驚異的な威力とは言い難いものの、強化を打ち消す効果は厄介なものだ。
「御忌さん、手が回らなかったら教えてくれ!」
 堅牢な守りと強化解除を得意とする相手に、支援役が一人では心許なさは否めない。マイが牽制の氷結弾を放ちながら禊に目配せし、迫りくる光の弾丸から身を翻す。
「さてさて。これで『二人目』……君たちにとって別に取る姿は誰でも構わない。必要なのは『肉食獣』だ、絶望から生まれるね」
 人を食ったような物言いでレオンは挑発する。適当な内容でも反応が得られれば重畳。なくても苛立たせれば御の字といったところ。
「だからまあ、秘密を守りたいのは分からんでもないけど御気の毒様。『絶望』をまとったままじゃ、ケルベロスからは逃げられない」
 身勝手な願望を閉じ込めた影の鎖がワイルドハントを捉え、外装を叩き壊そうと振るわれた鎖を二刀で薙ぎ払う。
「よく喋る男だ、知っているのはそれだけかな?」
 レオンはハッと息を呑んだ。ハッタリをかけたつもりが、自身もまた『どこまで知っているか』を教えたようなものだ。
 ワイルドハントは双刃を交差させる。冷え切る肉体を包む鎧が、城塞のように変化していく。
 防壁を崩そうとエリオットが剣を掲げ、天上に至る古の騎士団を招来させる。
「いざ行け、ここに集いし勇士達よ。――勝利は、我らと共にあり!」
 凱歌と共に響き渡る鬨の声。天光を纏いし勇猛なる者達の加護を受け、レオン達の手に破剣の力が宿る。
 それを後押ししようと禊が神舞・魂振を垂らす。意志をもったように描かれる陣は、完成と同時に鮮やかな炎を浮かび上がらせる。
「……皆様……地獄を、お渡しします……どうぞ、御心のままにお使いくださいませ……」
 獄焔陣から溢れた鬼火は社達の得物に灯り、バトンのように手繰る武装を社が構え直す。
「上等上等、ハリボテで持ちこたえられると思うなよ!」
 ワイルドハントに一点集中させた魔力が爆ぜる。吹き飛ぶ装甲は散り散りとなるが、土煙の中から放たれた一閃によって、社の纏う獄炎が打ち消されていく。
「守りの固さは懸念していたが、補助を逐一消されるのは面倒だな」
「難しく考えないで、こっちも鎧ごとブッ壊しちまおうぜ!」
 斬りこむ雅也とワイルドハントの刃がぶつかり合う。エリオットの凱歌を受け、再び破剣を付与されたシャインが火花の散り合う最前線に躍り出る。
「私と共に踊れ!」
 しなやかな脚先から可憐な花が舞う。研ぎ澄まされた鋭利な刃が閃く。優雅にして苛烈な乱舞は花の嵐となり、怒涛の勢いに巻き込んでいく。
 霧散するモザイクの城壁をワイルドハントが再構築した直後にレオンが肩部の装甲を削ぎ落し、イアニスが隙間めがけて突き穿つ。
「アンタ、ギュバラの呪文とか、十二の魔女が今どうなってるか知ってるのか!?」
 斬り結びながら問い質すイアニスを、モザイクを溢れさせるワイルドハントは口許に半ニタァと嗤った。
「滑稽だ、実に滑稽だ。ならばお前達はどうやってここを知り得た? どうして辿り着けたのだ?」
 反論じみた問いかけにイグニスは口を噤むしかなかった。『予知』という強力な切り札こそ、対デウスエクス戦略の中核。喋る訳がない。
 ――ワイルドハントへの問いも同義。敵に秘密を語る意味が全くないのだ。
 言葉に詰まる様子をワイルドハントはこれでもかと顔を歪めて嘲笑った。
「雛鳥のように口を開けて、何も知らぬと声高に叫んで……獲物に自らの居場所を伝えているようなものだ」
 誠実な騎士と同じ顔で、見下しきった極悪な笑みが浮かべる。
 自らの持ち得る『武器』を不用意に振りかざせば、思わぬ事態を引き起こしかねない。
(「人里離れた場所を選んだり、こっちの状況を理解しようとしたり……相手も考えて行動していると思わないと危険だ」)
 敵はただの獣ではない、『嵐の王』を名乗るデウスエクスなのだと。マイは改めて気を引き締めると支援用デバイスを展開させる。

 城堡が築かれるたびに斬り崩し、獄炎と騎士が招来するたびに消失させられる。
 互いの強化を削りながらの攻防を繰り広げていくうちに、ワイルドハントの鎧は次第に荘厳な意匠を崩し始めていた。
 黒い靄のように漏れ出るモザイクを散らしながら、光の連斬を禊に放つ。狙いに気付いたシャインが叫んだ。
「禊、避けろ!!」
「……っ!?」
 四方から飛来する閃光は吸い込まれるように刻み込まれ、禊はゴフと血反吐をこぼす。
 直撃に対してエリオットが裂傷を繋ぎ止める間に、社と雅也が挟撃にかかる。
「偽物っつったら、戦隊ものじゃあ定番だよな……蝕まれな!」
 友より譲り受けたこの一撃、直撃こそ阻まれたが鎧の奥に届いた。気の流れを絶つ一振りが防壁で流れる脈動を梗塞する。
 鋭角な軌道を走る光の波をイアニスが積極的に受け止め、社が合間から的確な一打で増えていく装甲を叩き落とす。
「鎧の修繕速度がだいぶ落ちてきたな。貴様が口を割れば……手加減してやってもいいぞ?」
「脅しというやつか?……いや、心ある故に慢心するのか」
 体から噴き出す黒い霧の中で、端正な眼差しは憐憫が込めているように感じられる。返答は言うまでもなく人斬りの光。
 マイが割り込んで斬撃を止めると、螺旋渦巻く掌打で内部に強烈な衝撃を与える。
「あなたは僕ではない! 『僕』は、ここにいる!!」
 体勢が揺らいだ一瞬、バチバチと弾ける音を立てる雷球をエリオットが放つ。
 抽象的な空間でも鋭く輝く雷光がワイルドハントを包み、踏込みと同時にさらなる一撃を見舞い鎧の傷を増やす。
 空を斬る衝撃ごと叩きつけるシャインの周囲ごと押し潰そうと、光剣の雨が降り注ぐ。
「ケホッ、ケホ……もう少し、でしょうか……」
 口許を拭った禊の掌に満月のようなエネルギー球が生じる。狂おしいほどの光輝をまとう疑似の月は、社に向けてふわりと飛び立つ。光は細かな傷を癒し、同時に湧き上がる凶暴性が力を与える。
「ICSモード……支援を開始する」
 雅也への攻撃を凌いだマイもクイックターンを織り交ぜながら戦場を立体的に駆け抜ける、撒菱型の支援ユニットを戦場内に展開させてイアニス達のグラビティ・チェインの出力を向上させる。
 場を整えていくマイ達の支援を打ち消そうとワイルドハントが長剣を翼のように振りかぶる。
「いい感じに手札揃ってるんだよ、邪魔されんのは面白くねぇな!」
 確実に動きを止めようとイアニスがゲシュタルトグレイブの穂先を向ける。地表スレスレまで身を落とした一撃が突き上げるように鎧のヒビを刺し貫いた。
 突き上げる雷電を受け、ワイルドハントの背からモザイクが噴き出す。人であれば真っ赤な血と臓腑が周囲を穢していただろう。
「こいつで締めにさせて貰うぜ。あとの予定が支えてるんでな」
 力が溢れてくる感覚を制御しようと、社が拳に意識を集中――内側から煮え滾るような奔流を極限まで拳に押し留める。麻痺して動きが鈍ったワイルドハントはいい的だった。
 地を蹴り疾駆する社、弓の弦を引き絞るように振り上げた右ストレートが限界以上に高めた魔力を解放する。
「M .I.C、フルドライブ!!」
 ――残りの装甲ごと破砕する衝撃の魔術が爆発的な威力をみせた。腹部を撃ち抜く一撃は曖昧な世界を護る、空想の騎士を消失させた。

●泡沫の夢
 異空間の主が消えた以上、この空間は幾ばくもなく消え失せるだろう。
 その場で見つけられるものがないか、雅也達は急ぎ調査に乗り出した。
「しかし、解らないことばかりでなにを調査すればよいものか……」
 周囲を見渡しながらシャインはポツリと呟く。
 単純に『調査する』と言っても不明瞭な情報が多すぎる。その場で考えるより、一度戻ってから目的を定めてから調査したほうが良いだろう。
「んー……ぶらり再発見も上手く機能してないな、これ」
「鏡にも色男が一人映ってるだけか」
 面白スポットを直感的に見つける『ぶらり再発見』をイアニスも試すが、ピンとくる気配が感じられない。
 レオンも用意してきた手鏡を見るが、少し疲れた自分の顔が映っているだけだ。
 周囲に誰かいないか、探してきた社のほうは案の定といった様子だった。
「生存者がいないか探したが、俺達以外に誰もいなかった」
「……ここは忍野村に出現した異空間、ですが……正確には、忍野村でもない……ということでしょうか……?」
 禊も疑問を呈するが、それを答えられる者はここにはいない。
 マイと雅也は周囲に満ちる粘性の液体を採取できないか、容器に移そうと試みていた。
 そのとき――『パチンッ!!』
 シャボン玉が割れるように、異空間は突如その姿を消した。
 辺りを見渡せば、藁ぶき屋根がチラホラと顔を出す長閑な風景が広がっている。
「……例の粘液も消えたな」
「これだと持って帰るのも無理そうだなぁ」
 残念そうに頭を掻き毟る雅也だが、ある意味ではそれも結果と言える。
「やはり一度戻って、改めて調査に乗り出したほうが良いか……エリオットも疲労がたまっているだろうからな」
 シャインの言葉にエリオットも「お気遣いありがとうございます」と笑みを返す。
 疲れた体では考えもまとまらない、ひとまず休息をとろうとレオン達は村を後にした。
 暗躍する嵐の王の目的は、いまだ謎に満ちている――。

作者:木乃 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年10月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 8/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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