●それは
夜の住宅街。その片隅にある、アパートの一室。
「ねぇねぇ、聞いてくれる?」
女が語りかける相手は――親でも子でも兄弟でもなく、そもそも人でなく。
灰毛の猫と白黒茶トライカラーの犬をデフォルメした、二つのぬいぐるみ。
「……やっぱり『二人』とお話するのが一番落ち着くわ。私がまだランドセルも背負っていない頃からの付き合いだもんね。えーっと、にじゅ……うん、振り返るのはやめましょう」
そんな台詞でひとり語りを締めくくって、女は苦笑いを浮かべると、ぬいぐるみにブラシを掛け始める。上から下へ、右から左へ。毛並みに合わせて丁寧に。
――が、しかし。その動きは程なくして止まった。正しくは、止められた。
奇怪な二人組。第八の魔女・ディオメデスと、第九の魔女・ヒッポリュテによって。
「な、なによ、あんたたち……!」
闖入者に女が震え声を返したのも束の間、二人の魔女は大切な友人たちを取り上げて引き裂き、臓物代わりの綿までも散り散りにしてしまう。
「あぁ、あああっ! ラムジィ! ベラミィ!」
女は見るも無残な光景に叫び、腰砕けになりながら、渦巻く怒りを潤む瞳に込めた。
それこそ、まさしく魔女たちが求めているもの。
ディオメデスとヒッポリュテは、同時に鍵を突き出す。
心臓を貫かれた女が、死にはせずとも意識を失って、倒れ伏す。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
二人の魔女がそう言えば、先程破られたぬいぐるみと瓜二つの、それでいて人間ほどの大きさをもつドリームイーターが、女のそばから姿を現した。
●ヘリポートにて
「パッチワークの魔女が新たな動きを見せたわ……!」
ミィル・ケントニス(採録羊のヘリオライダー・en0134)は語気荒く言った。
「このところよく活動している二人、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテによる事件よ。彼女たちはとても大切な物をもつ人を襲って、その大切な物を壊す。それによって生じた、人の『怒り』と『悲しみ』の心を奪い、二体のドリームイーターを生み出すのよ」
生み出されたドリームイーターは連携して行動し、グラビティ・チェインを得ようと周囲の人間に襲いかかる。
どうやら悲しみのドリームイーターが『壊された悲しみ』を切々と語り、それを理解できなければ、『怒り』でもって殺害するらしい。
かといって、同意を示したところで『お前なんかにわかるものか!』と激高して襲われる。つまり、接触してしまったら一般人に助かる術はない。
「戦闘でも怒りのドリームイーターは前衛、悲しみのドリームイーターは後衛を担当するみたいよ。被害が出る前に、二体まとめて撃破してちょうだい」
戦場は夜の住宅街。二人の魔女に襲われた女性が住むアパートからほど近いところ。
「戦いに都合よさそうな大きさの公園があって、そこを通るはずだから待ち受けていればいいわ。近隣への通達はしてあるから、人払いの必要はないわよ」
敵は先述の通り、二体。悲しみのドリームイーターは猫、怒りのドリームイーターは犬のぬいぐるみをモチーフにした姿であり、大きさは人間大、二本の脚で立って動く。
「まるで遊園地のマスコットみたいだけれど、獣らしい素早さはあるみたい。それぞれ元になったぬいぐるみから、猫をラムジィ、犬をベラミィと呼称するわ」
ラムジィはさめざめと悲しみを語りながら、後衛より的確な攻撃を繰り出し。
ベラミィはごうごうと怒りを燃やしながら、前衛より強力な攻撃を打ち出す。
「悲しみも怒りも言葉で表現されるだろうけど、あくまで一方通行の鳴き声みたいなものだから会話はできないわ。姿にしても模倣されただけで、ぬいぐるみが化けて出てきたわけじゃなし。ささっと叩いて黙らせてやりなさいな」
「おっけー。……それにしても、大切にしている物を壊すだなんて。酷いことするよね」
同行準備するフィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が、バールを磨きながら「第八と第九の魔女ーずをぶっ叩いて、黙らせてやれないのが残念だね」と言った。
参加者 | |
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アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468) |
神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014) |
ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652) |
水無月・一華(華冽・e11665) |
ヘル・ウォー(ディストラクター・e14296) |
カッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121) |
アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762) |
霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973) |
●待ち伏せ
方々で鳴く虫の音から秋を感じられる夜。
公園の茂みに、息を潜める九つの人影があった。
(「さて、そろそろ来るはずなんだけど」)
いつも通りの笑みを浮かべつつ、見据える先には未だ何の気配も感じ取れず。アンノ・クラウンフェイス(ちっぽけな謎・e00468)は用意したライトを身につけながら、誰に向けるでもなく言う。
「それにしてもさぁ、壊されたのがぬいぐるみで幸いだったよね。もし人間だったら、直すこともできないもん」
あっけらかんとした様子で語るアンノの言い分は、もっともである。
もっともであるが――と、水無月・一華(華冽・e11665)は胸を押さえて俯いた。
目の前で『たいせつなともだち』が引き裂かれた瞬間。被害者の女性を襲った悲しみと怒りは、ドリームイーターなどに代弁させずとも想像がつく。
「戦いは一刻も早く終わらせて……彼女のたいせつなともだちの傷も、診てさしあげなければ」
決意を噛みしめるように呟く一華。その様子を顔色一つ変えずに見ていた神宮時・あお(壊レタ世界ノ詩・e04014)は、視線を茂みの向こうに戻して思う。
(「……ともだち、が、どのような、ものか、わかりませんが……」)
それは一華の言葉通りに大切なもので、ドリームイーターの行いは咎められるべきなのだろう。ならば、あおやケルベロスたちにできることは一つ。なんとしても敵を倒し、件の女性を助けるだけ。
「全く悪逆無道にもほどがある。大事なぬいぐるみをぐちゃぐちゃにするなんて……そんなことをした魔女とやらを直接殴れないのが、残念でならないよ」
物言わぬあおに代わって、アンセルム・ビドー(蔦に鎖す・e34762)が不満を口にした。
その腕には愛らしい人形が抱えられている。そこにはそれなりの理由が存在するものの、此処においてはただの人形愛好家と見えなくもない。
また彼の顔つきには言葉通りの無念さなど伺えず。むしろ、ある種の期待じみたものが滲んでいた。それは一期一会の冒険仲間たちでは察するのも難しい程度だったが、互いに親友と思う仲の霧山・和希(碧眼の渡鴉・e34973)からは一目瞭然。
かと言って、和希は茶化すような質でもない。アンセルムの横顔に一瞥くれただけで何も語らず、冷ややかな表情には忌々しい魔女への憤りを伏せて、静かに敵の出現を待つばかり。
一方。此方は純粋に、戦いの時を待ちわびる者。
「犬と猫ってよくある組み合わせだけどさぁ、うちの子たちと被るんだよねー」
はやる気持ちを抑えて言ったカッツェ・スフィル(黒猫忍者いもうとー死竜ー・e19121)は、愛用の大鎌に目を移す。
番犬と黒猫。それぞれ斬ることと壊すことに特化した蒼黒二振りの刃は、カッツェと共に数多の戦場を駆け、幾多の敵を屠ってきた。まさしく『たいせつなともだち』と同等の存在であろう。
「まぁ、この子たちの方がドリームイーターなんかよりずっと魅力的だけど?」
「うんうん。分かる分かる。分かるんだけどここ狭いから柄がボクの脇腹に当たってあいたたたた」
フィオナ・シェリオール(地球人の鎧装騎兵・en0203)が頷きながら小さく呻いたのを、カッツェは素知らぬ顔で聞き流す。
からかっているわけでは――ないこともなかったが、大鎌を持つ手に力が入った理由は他のところにあった。
「……どうやら、来たみたいですね」
白毛のウイングキャット・リルを抱きながら、ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)が囁く。
それきり口を噤むケルベロスたち。やがて聞こえてきたのは、じゃりじゃりと公園の砂を踏みしめる音。そして――。
「しくしく、ひどいにゃ」
「ばうばう! ひどい! ……わん!」
恨みがましい、とは言い難い。ともすれば愛嬌を感じさせる声。
(「わぁ……」)
ルペッタは思わず感嘆を示す。次第に見えてきた姿は、やはり大きなぬいぐるみとしか言いようがなかった。
何なら握手して写真を撮って、お土産に風船でもくれそうな気さえする。
(「もしも、リルちゃんがあのくらいまで大きくなったら……」)
きっとふわふわで、ふかふかで、もこもこで温かくて――と、思わず夢の世界に飛びかけた彼女は理性を錨として、既のところで地上に意識を繋ぎ止めた。
それから頭を振って、思考を切り替える。大きなぬいぐるみにはちょっぴり憧れるけれど、いくら可愛らしくとも、あれは倒すべき敵なのだ。
「……行くよ」
押し黙っていたヘル・ウォー(ディストラクター・e14296)が、いち早くランタンを灯して茂みを抜け出す。
仲間たちは様々な照明器具をつけたり転がしたりしながら、それに続いていく。
●接敵
サーチライトで照らし出される脱走犯のごとく、四方からの光に浮かび上がる二体のドリームイーター。
ヘルは双方を睨めつけて一息に迫る。その手には、胸より噴き出す青い炎を十重二十重と纏わせた如意棒が一つ。
「しくしく、ひどいにゃ。ずたぼろにされたのにゃ」
「っ……!」
これ見よがしに両目代わりのボタンを拭い、嘆く猫――ラムジィの言動に、ヘルは唇を噛んだ。
目の前のそれはあくまで、ぬいぐるみを模したドリームイーター。形が似ているだけで、女性が愛でていたものとは違う。
だとしても。元の『たいせつなともだち』と自らの半生を対比してしまったとき、際立つ明暗は妬ましさを生んで心を揺さぶってくる。
「しくしく、ひどいにゃ。かなしいにゃ」
「なにをっ……今までずっと、大事にされて来たくせに!」
「ばう! おまえになにがわかるわん!」
「うるさいっ! そっちこそ一緒にするな!」
吠える犬のベラミィにも負けじと言い返して、ヘルは振り上げた如意棒を叩きつける。炎は激情を焼べられてより苛烈に燃え盛り、敵の体表に乗り移っていく。
それを堪えて唸り、牙を剥くベラミィ。
しかし反撃を試みるより先に、ケルベロスたちが攻めてくる。まずは和希が夜空に一直線の軌跡を残して降り、魔術強化の施されたブーツで犬の側頭を蹴り飛ばした。
変わらず口を真一文字に結んだ彼の瞳には仄かな狂気が滲みつつあったが、犬にそれを確かめる暇はない。飛び蹴りを受けて僅かに踏みとどまった瞬間、矢のように飛び込んできた一華から雷の霊力を帯びた鎌で突かれて後ずさる。
そこへ、今度はあおが一気に詰め寄った。此方も感情を表に出すことのないまま、打ち放たれた蹴りは少女らしいしなやかさで犬の懐を薙ぎ、苦悶を引きずり出す。
「ばうぅ……おまえたち、許さない……わん」
「うーん。そう言われてもねぇ」
唐突に聞こえた声は背後からのもので、ベラミィは矢庭に振り返る。
「養殖物の感情じゃ、ちっとも心に響かないよ」
笑みを絶やさず語るアンノが、手にした黒鎖を振るう機を窺いながら、逃げ道を塞ぐようにじりじりと距離を詰めていた。
ベラミィは下がる道をなくして――突破口を作るべく、感情をぶつけてきたヘルに向かって大地を蹴る。
見た目に相応しくない獣らしさ満点の動きは、間に立つケルベロスたちの頭上を軽々と越えて、その身を獲物のもとへと届かせた。これまた不釣り合いな牙が光を跳ね返し、ぎりぎりのところで避けようとするヘルを追っていく。
だが、狩りとも呼べる一連の動きは、すぐさま一人の少女に遮られた。
「そんな風に暴れては……彼女が悲しむばかりじゃないですか」
ルペッタは呟き、一人一匹に割り込んで槍を構える。
それだけで犬も止まりはしない。邪魔者を退けようとするベラミィと幾度かの応酬を経て、ルペッタの肩には見るのも痛々しい噛み跡がついた。
しかし代償に、犬も稲妻の如き刺突を受ける。腸代わりの綿が溢れずとも追撃する余力はなく、犬はヘルを噛み殺すことを諦めて一度間合いを取った。
それを見て、リルは主の元に飛び寄ると、翼を懸命にはためかせて治療に励む。アンノも包囲を空けないようにしつつ、鎖を地に這わせて陣を作り、ルペッタの傷を癒やす。
「……ごめんね。友達が心配なのはわかるけど、そっちには行かせられないんだよ」
犬と仲間の様子を横目で窺いながら、アンセルムは言った。
片腕に携えるバスターライフルの先には、悲痛さを醸しながら爪研ぐ猫のラムジィ。
「ひどい、ひどいにゃ」
まごまごと胸元で手を動かす姿は、なんだか困っているようにも見える。
猫をデフォルメした大きなぬいぐるみがそんな仕草をしているのだから……控えめに言って、可愛い。いっそこのまま大人しくしてくれまいかとすら思うほど。
けれど虚しいことに、目の前の可愛いからは猛烈な敵意も伝わっている。故にアンセルムも気を緩めず、銃口を向け続けている。
そして引き金を引くときは、程なくやってきた。
ラムジィが姿勢を低くして突撃を仕掛けてくる。撃てばどんな姿を――また違った可愛らしさを見せてくれるのだろうか。少しばかりの想像を理性で鎮めて、アンセルムは攻性植物を絡ませたライフルからグラビティ中和弾を放った。
その狙いは正確で、弾は猫の眉間にぶち当たって盛大な炸裂音を響かせる。吹き飛ばされたラムジィはもんどり打って転がり――両足を地につけて踏ん張ると、バネのように勢いよく跳ねた。
次弾の照準を合わせる間もなく、猫の身体がアンセルムの脇を抜けていく。
鋭く伸びた爪で狙う先は犬と同じ。急激に迫る敵の姿に、反応は少しばかり遅れた。
一撃喰らうのはやむなしと、ヘルは身構える。
……が、またしても。その前に立ちはだかる者。
「遊んであげたいのはやまやまなんだけど……おまえは後回し!」
身体に食い込んだ爪を、深傷になる前に漆黒の大鎌・黒猫で押し返して、カッツェが吼える。
「大丈夫、すぐ同じ場所に送ってやるよ! そこの犬と同じところに!」
言いながら持ち替えた蒼色の鎌を振れば、刃に宿っていた氷結の螺旋は空中を疾走ってベラミィを捉えた。
「チャンス!」
ここぞとばかりに釘の生えたバールを振りかぶり、フィオナが凍りついた犬の頭を全力で叩く。ガシャンと盛大に割れる音が聞こえて――ベラミィはその場に立ち尽くしたまま、怒りに震える頭をぐるりと回す。
「っ! フィオナ退いて!」
踏んだ場数の差か。狙われた当人が動くよりも先に、カッツェが身体をぶつけて無理やり庇いに入った。
直後、遠吠えが夜闇を劈く。
ドラゴニアンの少女は大鎌を握ったまま、彼方にまで吹き飛ばされていく。
●継戦
牙や爪に対する備えも、魔法じみた遠吠えの前には為す術がない。
手痛い一撃だ。だからこそ、鎌の柄をついて立ち上がったカッツェは、気を高ぶらせて笑う。
「ベラミィ……だっけ? うちの子が、もっと遊んでほしいってさ!」
螺旋に代わって虚の力を託すは、蒼鎌・番犬。その銘を身に宿したように猛烈な勢いで間合いを詰めて、思い切りよく振れば与えた傷から敵の力が零れ落ち、カッツェの生命として吸い上げられていく。
とはいえ、それだけでは埋められるはずがないほど、受けたダメージは大きい。退いて膝を折るカッツェ。すぐさまアンノが光の盾を纏わせて、リルも引き続き癒やしの風を送る。
その様子は当然、猫の視界にも入った。アンセルムが撃ち出すドラゴンの幻影を浴びながらも、ラムジィは戦場を一直線に進んでいく。
一歩、二歩と、啜り泣きながらも足取りは強く。シンプルな円筒形の腕が、大鎌で身を支える少女を叩き潰さんと振り上げられる。
しかし、そこまで。猫の攻撃はカッツェも、その周囲に揺蕩う光の盾も砕けない。
腕を果敢にも真っ向から受け止めたのは、槍から刀に持ち替えたルペッタだ。武器さえ持たなければ戦いとは縁遠そうに見える可憐なドワーフの少女は、その小さな身体から想像もできないほど大きな盾として、ドリームイーターたちの前に立ちはだかる。
そうして盾が堪えている間に、仲間たちが反撃に出る。和希の構えたライフルから細く鋭く伸びる凍結光線。一華の瞳に宿る苛烈さをそのまま取り出したような炎弾。ヘルの手元から、真っ直ぐに伸びる如意棒。それら全てが、怒る犬のベラミィに集中する。
最後にあおが、手のひらから竜を象る炎を撃ち放てば、犬のぬいぐるみは大きな炎の塊となって悶え、のたうち回り、文字通り灰と化して風にさらわれていった。
「あぁ。ひどいにゃ、ひどいにゃ……」
より一層の悲しみを含んだラムジィの声が響く。
けれども、ケルベロスたちが絆されて攻勢を弱めることはない。
防御から一転して、ルペッタが刀を閃かせる。緩やかな剣筋は月のような軌跡を描いて猫を裂き、自由を奪う。
僅かでも鈍れば格好の的。庇う仲間もいない猫には四方からグラビティが浴びせられ、あっという間に追い詰められる。
そんなボロボロになった姿も、また可愛いと。アンセルムは思うばかりで口にせず、代わりに唱えた。
「其は、凍気纏いし儚き楔。刹那たる汝に不滅を与えよう」
途端、無数の氷槍が猫の身体を貫いて磔にする。
そこから逃れるどころか、もはや悲しみを表すだけの力もなく。
ぐったりと項垂れる敵に、和希はライフルを向けたまま煌々と両眼を輝かせる。二者の合間には、溢れ出る狂気から形作られたように幾つもの魔法陣が展開されていた。
「……ッ!」
無言のまま引き金を引く。放たれた力が魔法陣を通る度に膨れ上がり、おびただしい数の弾丸に分かれていく。
その暴力的な光景に、ケルベロスたちは終わりを悟った。
●ところ変わって
「これ、は……」
倒れ伏したままの女性と周囲に散乱する残骸を見て、一華は言葉を失う。
戦いを終えた後、ケルベロスたちは二人の魔女に襲われた被害者と、彼女の『たいせつなともだち』を案じて、その住まいに足を運んでいた。
ただし、そこには二人ほどの姿が足りない。
――みんなで押しかけたら迷惑だと思うから、後は任せるよ。そう言ったカッツェは、おもむろにフィオナの首根っこを掴むと「反省会でもしようね」と宣いながら夜更けの街に消えていた。引き摺られていく方も「ぬいぐるみのことは頼んだよー」など言いつつ平然としていたので、別に放っておいて問題ないだろう。
「それはそれとして、だね」
アンセルムが残骸の一つを拾い上げる。
両断、なんて生易しいものではない。そこにあったのは千切れた布と、綿と、糸とボタン。
何も知らなければ、元がぬいぐるみであったことを想像するのも難しいかもしれない。
「う……んん……」
「! だ、大丈夫ですか!?」
ルペッタが駆け寄って、女性を抱き起こす。
程なく目を覚ました彼女は多少の混乱を見せたものの、惨たらしい光景にすっかり力を失くして、またへたり込んでしまった。
「うぅ、ベラミィ、ラムジィ……」
「……私たちでも、治せないことはないのですが」
一華は用意していた糸と包帯をしまい込むと、代わりに折れたペンを取り出して、あおから気力を注いでもらう。
小さな筆記具は程なく、あるべき形を取り戻した。しかし当然ながら、それは『元通り』ではない。書くことができる形になっただけで、姿そのものは本来と異なっている。
「この様に少し、変わってしまうのです」
一華の言を受け、あおも手近なメモ紙に「それでも、なおしますか?」と書き連ねて見せた。
暫し間を置いて、返ってきた答えは、否。
「いや、そう言うだろうとは思っていたよ」
申し訳無さそうな女性に、アンセルムは微笑みを向ける。
反応は十分に予想できたものだ。色や柄の変わってしまったぬいぐるみは、どう取り繕っても『たいせつなともだち』では無くなってしまう。それでは彼女の傷ついた心を、本当の意味で癒やすことなどできない。
「では、専門の方に治してもらいましょう! ぬいぐるみの病院だってあるくらいですから、きっと大丈夫ですよ!」
ルペッタが努めて明るく言いながら、まずは飛び散ったままの残骸を拾い始めた。
それからケルベロスたちはぬいぐるみ修理の専門業者を探し、修繕に役立ちそうなものがないか考え、一通りの目処がつくまで力を尽くした。
最後に一華がケルベロスカードを手渡せば、もうさすがにできることもない。後はプロに任せて、ともだちの完治を祈るくらいだろう。
とはいえ、たかがぬいぐるみだとあしらわずに助力を惜しまなかったケルベロスたちのおかげで、女性もだいぶ生気を取り戻している。
「デウスエクスに襲われて命が助かったのは幸運だよ。『二人』が、キミを守ってくれたのかもしれないね」
「これからも大事にしてあげてね」
変わらず笑顔のアンノと、優しい声音で言ったヘルに、女性は神妙な顔で頷いて返した。
作者:天枷由良 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月4日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 10
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