●悪魔の瞳
美術室の一角には或る女性の肖像画があった。
赤い髪の不思議な女性はとても美しい。その絵は卒業生が学校に寄贈したという話だが、誰を描いた絵なのか、どんな人が描いた物なのか誰も知らない。
「それでね、その肖像画はね……」
放課後の裏門にて、女生徒達は学校の怪談について噂をしていた。その中の一人が謎の美女の絵に纏わる怪談を話そうとしていたとき――。
「ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
フードを被った不思議な少女が彼女達に声をかけ、肖像画の噂を語り始めた。
美術準備室の奥に飾られたその女性が美しいと感じるのは、その絵が悪魔そのものだかららしい。絵の悪魔は自ら動くことは出来ないが、絵を見つめる者を魔眼で捕えようとする。
魔眼の誘惑に負けた者は操られて殺人を犯し、その血を絵に塗り込める。
そして絵は更に色濃くなり、生々しいほどの美しさを保つという。不思議な少女が語った怪談を聞いた少女達は「私が知っている話と違う」「悪魔が学校にいるなんてヤバくない?」と口々に不平を言う。
「気になるなら確かめてみて。準備室の鍵はあげるから」
「え?」
鍵を渡された女生徒がきょとんとしている間に謎の少女は何処かへ消えてしまう。不気味さを感じた生徒達だったが、その鍵は好奇心と興味を抱かせるには十分な材料になった。
「じゃあ明日の放課後だね」
「うん、皆の部活が終わった夕方頃に準備室前でね」
「怖くなって逃げるのは無しだからね!」
そんな約束を交わした少女達はまだ知らない。普段は使われることのない美術準備室には魔眼の悪魔ではなく、ホラーメイカーの手先である屍隷兵が潜んでいることに――。
●肖像画の怪
「視線を交わせば囚われる、美しい女性の肖像画か……」
ヘリオライダーによって予知された事件の概要を思い返し、皆守・信吾(激つ丹・e29021)は少しばかり考え込む。しかし、すぐに顔をあげた信吾はその場に集ったケルベロス達に気付いて軽く手を振った。
「よく集まってくれた。もしかしたら起こるかもしれない、と思った事件が本当に予知されてね。猫の手でも借りたくて、協力をお願いしたい次第」
そう説明した信吾は猫よりもかなり頼もしいけれど、と仲間達を見渡す。眼鏡の奥で快く細められた双眸には皆への信頼が見て取れた。
そして、信吾は今回の事件について説明をはじめる。
事件の首謀者は巷を騒がせているドラグナー、ホラーメイカー。
彼女は自分で作った怪談話を生徒に語って聞かせ、まずは興味を抱かせる。そして指定した場所に潜ませておいた屍隷兵に標的を襲わせるという手法をとっている。
「現場はある中学校の美術準備室。とはいっても美術に関係する道具や過去の作品が雑多に置かれている部屋ようだね」
その部屋の奥に飾られた赤髪の女性の肖像画が噂のものだ。
肖像画自体は本当に或る卒業生の力作らしい。問題は絵の傍に積まれているイーゼルや画材の山の中に隠れている屍隷兵の方になる。
「美術準備室は校舎の一番端にあって普段から鍵がかかっているから近付く生徒は少ない。多分、それがホラーメイカーに利用される仇になったのかな」
予知によると夕方頃、部活を終えた女生徒三人が美術準備室に来るらしい。
鍵は彼女達が持っているのでこのままでは扉が明けられてしまい大参事が起こってしまう。その前に準備室前に向かって三人と接触し、説得や事情説明を行わなければならない。そして鍵を貰った後、彼女達を部屋から遠ざける必要がある。
「女生徒達に納得して貰ったら後は部屋の奥に隠れている敵と戦うだけだ」
屍隷兵は女性型。件の肖像画に近付くと物陰から現れ、赤く染めた髪を振り乱して襲い掛かってくるだろう。屍隷兵自体はあまり強くないが魔眼による催眠や痺れ、心的外傷などを付与してくるので戦う際は注意が必要になる。
信吾は皆ならば心配はしないと告げ、必ず敵を倒したいと宣言した。
「確かに不思議な絵のようだから妙な噂が立つのも分かるんだが。ホラーメイカーが語ったような事実はないんだ。絵にかけられた汚名くらいは返上したいな」
きっと絵が美しいと感じるのは描き手が魂を込めた作品であるからに違いない。そう考えた信吾は決意を込めて拳を握った。
だが、ふと何かに気付いた彼は首を傾げる。
「そういや、女生徒が知ってた本当の噂ってのはどんなものなんだろうな……?」
上手くやればそれを解き明かすことも出来るかもしれない。行こうぜ、と仲間を誘った信吾は仲間達に穏やかな笑みを向けた。
参加者 | |
---|---|
福富・ユタカ(殉花・e00109) |
鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632) |
藍染・夜(蒼風聲・e20064) |
保村・綾(真宵仔・e26916) |
皆守・信吾(激つ丹・e29021) |
月井・未明(彼誰時・e30287) |
御花崎・ねむる(微睡む瑠璃・e36858) |
イヴァン・プランバーゴ(フラマ・e39948) |
●噂話
放課後、校舎の一番端。
まだ日が出ている時刻だというのに教室前の廊下は妙に薄暗い。普段から使われず、誰も近寄らない場所だからだろうか。
「不思議な肖像画、ね。綺麗なものって怖い噂が付き物だよね」
御花崎・ねむる(微睡む瑠璃・e36858)は美術準備室前と書かれたプレートを見上げる。この教室に纏わる怖い噂。それがただの噂話ならよかったんだけど、とねむるが呟くと鬼屋敷・ハクア(雪やこんこ・e00632)がこくこくと頷く。
「学校には不思議な話がいっぱいだね。赤髪の女性の肖像画……ミステリー?」
首を傾げるハクアの腕の中にはしっかりと匣竜のドラゴンくんが抱かれていた。その様子をとても羨ましく感じた保村・綾(真宵仔・e26916)は自分もウイングキャットのかかさまこと文をきゅっと抱き締める。
月井・未明(彼誰時・e30287)は隣に座っている翼猫、梅太郎にちらりと視線を向けたが、二人のように抱きあげるのはやめておいた。
三者三様の行動に微笑ましさを覚え、福富・ユタカ(殉花・e00109)は小さく笑む。
そのとき、廊下の向こうから女生徒達の声が聞こえた。
彼女達が未来視された被害者だと察知し、イヴァン・プランバーゴ(フラマ・e39948)と皆守・信吾(激つ丹・e29021)は頷きあい、声をかける。
「やあ、ちょっといいかな?」
「悪いな、この先には行かせられないんだ」
「きゃっ……びっくりした。お兄さん達、誰?」
女生徒達は驚いたが、信吾の隣人力が上手く働いているようだ。イヴァンと藍染・夜(蒼風聲・e20064)は笑みを向け、自分達がケルベロスであることを説明した。
「怪談話がお好きなのかな。しかし、誰彼時はよくないものが出る」
怖い目に遭う前に帰ると良い、と告げた未明の言葉に続いてハクアが危険であることをしっかりと話していく。
「いのちに関わることだからね。絵のことは屍隷兵を倒してからでも調べられるし。ね?」
「――というわけだ、君達が預かった鍵を貸して貰える?」
夜の申し出に女生徒達は顔を見合わせたが、そう言う理由ならば、とイヴァン達に鍵を差し出す。ユタカは笑顔で礼を伝え、ぐっと掌を握った。
「鍵のお礼に、噂の真相を確かめることをお約束しよう。ところで……噂ってどんな内容なのでござー? 是非とも教えて下され!」
「ねえ、ねえ、ホントのウワサのお話! 聞かせてほしいのじゃ!」
ユタカと綾は其々に女生徒達に問う。去る前に聞かせて欲しいと願ったのは本来この学校に伝わっていた噂話についてだ。
ねむるも聞きたいと興味を示し、信吾も良ければ、と少女達に視線を向ける。
「どんな話なの……?」
「聞かせてくれるかな」
ケルベロス達の問いかけに対し、ひとりの女生徒が神妙な表情で口を開いた。
「この教室に纏わる話、それはね――」
●夕刻
噂話を伝え、その場を去った生徒達を見送った後。
「では参ろうか」
夜は鍵を開けて扉に手をかける。ハクアが形成した殺界の力もあるので邪魔は入らないだろう。扉はひらかれ、雑多な物置と化した教室の全貌が目に入る。
予知通り、奥の壁には肖像画が飾ってあった。
「其処に居るんだろ。分かってるぜ」
仲間と共に踏み込んだイヴァンは物陰に呼び掛ける。すると、その声に反応したらしき屍隷兵が赤い髪を振り乱しながら飛び出してきた。
「おでましなのじゃ!」
「来た……っ!」
綾とねむるがびくりとして身構える前方、落ち着いて、と宥めるように未明が告げる。はっとして、首を縦に振ったねむるに薄い笑みを向け、未明は敵の前に飛び出した。
敵の眼差しは今、中衛の綾とハクアに向けられている。
未明は綾を、そして同時に前に出た信吾がハクアを庇って一撃を肩代わりした。
途端に二人の身体に痺れが巡る。
「まだ、まだ……これくらい!」
「問題ない。屍隷兵は屍隷兵だから、別段怖くもない」
痛みを抑え、精神を極限まで集中させた信吾が反撃に入る中、未明は薬液の雨を降らせた。仲間に頼もしさを覚えたユタカは強く踏み出し、攻勢に入っていく。
「女子生徒の好奇心や興味を悪用するとは……なんと卑劣でござ!」
相手が魔眼を使うならば此方も対抗するまで。
刹那、ユタカの鋭い眼光が鋭利な魔力となって放たれる。敵と仲間の視線が真の意味で交差したような気がしてハクアは思わず身体を震わせた。
「貴女の赤は……血の色みたい……」
異形の姿に息を呑んだハクアだったが、すぐに身構え直す。彼女を励ますように灰の尾を振ったドラゴンくんは自らの属性を仲間に宿していく。そして、ハクア自身も黄金の果実をみのらせて援護にまわった。
そして、イヴァンは古代語魔法を紡ぐ。
敵の標的にならぬよう、そして攻撃を的確に当てる為に身を翻したイヴァン。その姿はまるで風のように自由気儘に映る。
イヴァンが放つ石化の魔力が迸る中、夜も打って出た。
振り上げた竜槌で以て敵の可能性を奪えば、敵が見る間に凍結していく。苦しむ屍隷兵は焔を思わせる赤い髪。それを氷の棺に閉じ込めたようだと夜は感じた。
「彼岸花の標本めいた様相だ」
自然に浮かぶ笑みはそのままに、夜は更なる一撃に備えて構える。梅太郎も尻尾の輪を舞い飛ばして相手の力を削る。
次の瞬間、屍隷兵が甲高い叫び声をあげた。その声はまるで奥の肖像画から発せられたようで、綾は思わず耳を塞いでしまう。しかし、叫鳴を受けた仲間を癒す為に綾は奮い立った。その際、ふと見つめたのは件の絵。
「とっても美人な絵なのじゃな。どんな気持ちで絵描きさんは描いたのじゃろうか」
魔眼の誘惑だなんて、変な噂ではかわいそう。
そう感じた綾は猫の王を呼び出し、痛みを受けた夜に癒しの力を施した。文も清浄なる翼を広げて加護を宿していく。
綾の思いを聞き、信吾も肖像画を見遣った。
「精魂込めた作品なら、オカルトよりロマンが詰まっていてほしいよな」
好きな人を描いた絵に渡せなかった恋文が塗り込められているとか、と信吾は想像を巡らせる。そんな浪漫があるというのに、実際に広められたのは妙な噂だ。
「肖像画への興味を抱く、人の心理を巧みに利用したイヤな罠でござるな。全力で阻止させて頂きまする!」
ユタカは事件を仕組んだホラーメイカーへの憤りを胸に、駆動剣を振り下ろした。
だが、屍隷兵も容赦のない一撃を放ってきた。
攻撃は信吾や未明、ドラゴンくんが肩代わりしてくれている。しかし、それはすごく痛いはず。ねむるは懸命に雷壁を張り巡らせ、皆を癒していく。
「わたしが頑張らないと……」
雷杖を強く握ったねむるは決意を胸に秘め、癒しを続けることを誓った。皆の足を引っ張らぬよう、緊張と共に宿す思いは真剣そのもの。
そんなねむるの思いを感じ取り、ハクアも戦いへの気概を強く抱く。窓の外には色濃い夕陽の色が見えた。
「黄昏時の学校はちょっと怖い……けれど、」
頑張ろう、と光の粒子を放ったハクア。ふと思い浮かべたのは昔に読んだ七不思議の話。共に戦うドラゴンくんも絵に興味津々らしく、翼をぱたぱたと忙しなく揺らしている。
噂の真相を調べる為にも負けるわけにはいかない。
何より、誰かが犠牲になる未来は起こさせてはならない。ねむるとハクア達はしっかりと前を向き、赤き髪と瞳をした屍隷兵を見据えた。
●葬送
学校の怪談は他愛ない噂であってこそ。
ありふれた日々のスパイスとなるだけで良いと語り、夜は葬月の刃を振り下ろす。達人めいた一閃で敵を薙ぎ、夜は仲間に合図を送る。
「後方に来るようだ。気を付けて」
「分かった、助かるぜ!」
逸早くイヴァンが狙われていると気付いた夜の呼び掛けに信吾が応えた。そして放たれた赤い誘惑が飛び出した信吾に命中する。
「これ、は――」
瞬刻、信吾の裡に抗えぬ催眠が巡っていった。衝動に衝き動かされた信吾は螺旋を込めた掌で己の胸を貫く。
「だいじょうぶだ。すぐに祓うよ」
だが、即座に未明が溜めた気力を解放する。すると途端に靄が晴れたような心地が信吾に巡る。更にハクアが自身の魔力をひとひらの雪に封じ込め、癒しを齎した。
「痛みは真白で隠してあげる」
きらり、反射する結晶花が静かな加護を仲間に宿す。すまない、と皆に詫びた信吾だったが、イヴァンは横に首を振った。
「やるべきことをやっただけだろ」
暗に頼りにしている、という旨を仲間に伝えたイヴァンはロッドを構え、ファミリアを解放した。其処へユタカが続き、駆動剣を構えなおす。
「一気に攻め込むでござる」
「赤い髪のあねさま、貴女のウワサはしてないの、だから眠ってほしいの」
同様に綾と文も攻撃に入った。鋭い刃が敵を穿った次の瞬間、遠隔からの爆破と鋭い爪撃が次々と見舞われる。
その痛みによって屍隷兵が悲鳴をあげた。
ぴっと一瞬だけ未明の耳が動いたが、決して驚いたわけではない。
「否、別に怖くはない。怖くないからな」
怖くないつってんだろ、と自分に言い聞かせるような言葉を呟いた後、未明は梅太郎を呼ぶ。そして、其処から放たれるのは主と翼猫の連撃。
その中でねむるは一生懸命に癒しの力を揮い続けている。何とかペースを掴んできたと感じたねむるは敵をそっと見つめた。
「魔眼、っていうくらいだし綺麗な目をしてるのかな……」
そんな予想に反して、敵の瞳は悲しみや苦しみが入り混じったような色を宿していた。きっとこの敵もまた、被害者の一人なのかもしれない。
「何はともあれ、俺達の役目はこいつを倒すことだ」
ねむるが肩を落とす最中、信吾は高く跳躍した。天井付近で体を回転させた彼はそのまま壁を蹴り、電光石火の一閃を落とす。
その瞬間、敵が大きく傾いだ。
イヴァンは戦いの終幕が近付いていると察し、指先を差し向ける。その瞳は燃える炎のように、情熱的な程に敵を映し出している。
「終わらせてやるぜ」
凍結弾が瞬時に敵を穿ち、冷たい衝撃で覆った。
夜はその背後に素早く回り込み、乱れた赤い髪を見つめる。彼女の嘗ての装いは分からない。だが、女性なら尚のこと異形の姿のまま果てるのは悲しかろう。
「――せめて炎の華となりて、美しく散り逝け」
静かな言の葉と共に切り払われた剣。その軌跡は天を統べ空を翔ける鷹が慈悲無く獲物を狙うが如く、屍隷兵を切り刻んだ。
更に其処へユタカと綾、文が追撃に走る。
「美しい物には呪いや曰く付きが多いものでござー。それだけ、人を引き寄せる魅力があるのでござろう」
「かかさま、わらわ達もいくのじゃ!」
ユタカの瞳が橙の光を宿して敵を貫く中、猫然とした綾達の素早い一撃が続く。
敵も反撃として魔眼を放つが、狙われた信吾はそれをすぐさま躱した。今だ、という彼からの合図を受け、ねむると未明は頷きあう。
最期の一撃を、と願ったねむるの禁縛呪に合わせて烟るのは薄月の香。
「さよなら……」
「死んだものは、ただそれだけのもの。安らかに眠ると良い」
其々に紡がれた別れの言葉が響き、そして――屍隷兵は地に伏した。
●赤い眸
敵は消え去り、これで危機は去った。
仲間達が労いの言葉を交わしあう中に教室の窓から橙色の光が射し込み、イヴァンは悪くない夕焼けだと目を眇めた。
ユタカも夕陽を眺めた後、わくわくした様子で向き直る。
「噂の真相を調べるべく、肖像画をチェックでござっ!」
本来の噂は既に女生徒から聞いてはいるが、ねむると未明も期待と不安が入り混じる様相で肖像画を見遣る。
「綺麗な女の人の絵、だと思うけど……?」
「怖いけれど、この人はとっても綺麗」
気になるのはわたしの持つ白と青の色と正反対だからかも、とハクアが口にする中、未明は遠巻きに絵を見つめた。だが、そのとき異変が起こる。
「――め、目が……」
突然、絵の瞳が妖しく光った。ぴゃっと未明の耳が跳ね、驚いた綾も文に抱きつく。
「光ったのじゃ! 聞いたウワサと同じなのじゃ!!」
この教室に纏わる話、それは――『肖像画の瞳が光る』という噂。
戦いの前に聞いた話が脳裏に過ぎり、未明は驚いた格好のまま動けずにいた。だが、信吾と夜は冷静に肖像画を調べてゆく。
「そういうことか」
「分かったぜ。この絵、瞳にだけ違う塗料が使われているんだ」
納得した様子の夜に続き、信吾も真相を語った。生徒の誰かが偶然に反射した肖像画の眸を見てしまったのだろう。
元々目を引く鮮やかな絵であることが災いして噂になってしまったに違いない。
「つまりは、夕陽に反射して目が光っているように見えるわけだ」
夜は改めて画を眺め、触れる直前まで指先を伸ばした。其処に籠められた魂を感じてみたいと願う彼はそっと俯き、瞳を閉じて内観する。
「原因が判れば怖くはない。こわくないからな」
未明は何度も頷き、内心で安堵していた。余程怖かったのだと察してしまったハクアだが、くすりと微笑むだけに留める。
「良い肖像画だね。夕陽の色と混ざるともっと綺麗」
「この女の人は作者にとって特別な人だったってことだよね。どんな関係だったのかな。家族? 恋人? それとも……」
ハクアの隣、ねむるは絵が描かれた背景に想像を巡らせた。
綾もきらりと光る瞳を見上げ、見れば見るほどに引き込まれると感じる。
「新しいウワサ、流していいじゃろうか? 綾は思うのじゃ。このステキな絵を誰かに伝えたいって、見てほしいって!」
「それはいい考えでありまする。生徒達にも真相を伝えると約束したのでござー」
ユタカも同意して満面の笑みを浮かべる。
そうして和やかな時間が流れ、やがて辺りは宵闇に包まれ始めた。絵を鑑賞し終え、夕陽も沈んだ今、教室に用はない。
「暗くなったことだしそろそろ帰ろうか」
夜が皆を誘うと、はーい、という彩やハクア達の元気な声が響く。
仲間達が扉を潜り、最後に教室を出た信吾とイヴァンは元あったように鍵を閉めようとした。その瞬間、暗い教室の奥に赤い光が見えた。
「なぁ、今の……」
「見間違いじゃなかったか」
顔を見合わせたイヴァンと信吾は疑問を抱く。外は闇。反射する物も光もなかったのに、どうして絵の目が光ったのだろうか。二人が少しの間考え込んでいると、先に廊下を歩いていたユタカの呼び声が聞こえた。
「何しているんでござー? いきまするよー!」
「ああ、今行く」
「……不思議なこともあるものだ、ということでひとつ」
イヴァンは軽く手を振り返し、信吾は軽く肩を竦めてから悪戯っぽく双眸を細めた。
この話は仲間にはしないでおこう。嫌な感じはしなかったし、原因不明のことを伝えてしまうと少女達が怯えるかもしれない。未明などは特に、と二人の間に暗黙の了解を含んだ視線が交わされた。
そうして、噂の教室の錠が下ろされる。
噂と形は違えど、自分達は暫し絵の美しさに魅了された。もしかしたら魔眼の誘惑は或る意味で本当だったのかもしれない。何故だか、そう思えた。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月28日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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