●韋編三度絶つ
幼い頃から何度も何度も繰り返し読んだ大切な本。
頁の一部は擦り切れ、革の背表紙や表紙の題名にも読めなくなった箇所がある。
英語で記された文章の所々には書き込みもあり、世辞にも綺麗だとは言えない。けれどそれは亡き祖母が英語を教える為に贈ってくれた童話の本だ。
そのおかげで童話や文学が好きになった。
今では部屋いっぱいに好きな本が集められている。なかでも思い出の本はとても大事にしていた。頁の皺も、読めなくなった文字も、落書きすらも愛おしい。
内容も絵の場所もすっかり覚えてしまったけれど、今もときおり祖母と過ごした日々を思い返しながらページを捲る。本当に、本当に大切なものだった。
それなのに――。
「何で……本がこんなに破られて……貴方達、どうしてこんな事をしたんですか!?」
少女は涙を堪えながら目の前の魔女達を睨み付ける。
其処には荒らされた本棚、そして無残に破かれた本の残骸が散らばっていた。くすくすと笑った魔女は二人。彼女達は少女が一番大切にしていた童話の本を放り投げ、床に落ちたそれを踏みつけた。
やめて、と叫びながら駆け寄った少女に向け、魔女達は手にした鍵を突き付ける。
次の瞬間、少女の意識は奪われた。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
そうして夢を覗いた魔女達の隣に新たな存在が現れる。片方は悲劇の青い本を抱いた少女。もう片方は激情の赤い本を抱いた少女。
それは悲しみと怒りを宿した新たなドリームイーターが生み出された瞬間だった。
●憤怒と涙色の本
第八の魔女・ディオメデスと、第九の魔女・ヒッポリュテ。
二人の魔女はその場から去り、新たな二体の夢喰いが事件を起こす。
そのような未来がヘリオライダーによって予知されたのだと語り、ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)は軽く肩を竦めた。
「件の『怒り』と『悲しみ』を奪うドリームイーターの動向を予測してみた結果、本当に事件が予知されてしまいました」
夢喰いを生み出す負の感情の原因となったのは或る少女の大切な本。
大事な思い出が詰まった本を破り捨てられた彼女の思いはそれぞれ悲しみと怒りを宿す二体のドリームイーターとなって具現化した。それらは現在、少女の部屋を飛び出して自分達の感情をぶつける相手を探している。
「このままでは一般人が夢喰いと出会い、殺されてしまいます。そうなる前に阻止しに行きたいのですが協力をお願いできますか?」
集った仲間達に問いかけたベルノルトは同意を確認した後、詳細を語ってゆく。
標的は二体のみ。
青い表紙の本を抱いた悲しみのドリームイーターと赤い本を持った怒りのドリームイーターだ。二人とも夢主の少女に似た姿をしており、周囲を彷徨っている。
場所は閑静な住宅街付近。時刻は真夜中なので出歩いている一般人もほぼいないが、夢喰いを長時間放置してしまうといずれは被害が出るだろう。
敵はそれぞれに対応する感情に伴う言葉を呟きながら歩いているらしいので、声を頼りに周辺を探せば被害が出る前に遭遇できるはずだ。
「夢喰い達は感情を吐き出したいらしいので僕達が注意を引けば必ず向かってきます」
後はいつも通りに戦いを挑めばいい、とベルノルトは語る。
能力や布陣はどちらも同様らしく、二体は連携攻撃を行うことが多いと予測されている。それゆえに怒りと悲しみのどちらを先に倒すかを決めておいた方が戦いやすくなるだろう。
後は皆で協力しあえば勝てる戦いだと話し、ベルノルトは説明を締め括る。
だが、問題は夢主の心だ。
彼女は自宅で意識を失っているので事前保護の必要はないが、敵を倒しても床に散らばった書物は壊されたまま。ヒールを行えば棚などは使えるようにはなる。しかし、年季の入った思い出の本をヒールしてしまうとどうなるかはわからない。
件の本は傷や痛みが目立つ。
彼女にとっての大切な記憶の跡まで修復し、全く違う物に変えてしまう可能性が高い。
「大切な物を目の前で破壊されたら、悲しみや怒りを覚えても当然ですね。ですが……僕達にその感情を癒してあげることは出来ません」
壊されたものと同じものを用意してやることも、ましてや時を戻すことも不可能だ。
できるのは不当に呼び起こされた感情の化身、ドリームイーター達の暴走を止めることだけ。ベルノルトは僅かに俯き、暫し考える。
「どれほどのものなのでしょうね。……その怒りと悲しみは、」
何かを呟きかけたベルノルトだったが言葉の続きは紡がれなかった。そうして顔をあげた彼は仲間達を見つめ、行きましょう、と告げる。
手の届かぬものがあったとしても今は可能なことを行うのみ。戦うことこそが自分達、ケルベロスの使命なのだから――。
参加者 | |
---|---|
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032) |
シエル・アラモード(碧空に謳う・e00336) |
ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944) |
神乃・息吹(虹雪・e02070) |
カルロス・マクジョージ(煌麗の満月・e05674) |
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959) |
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969) |
サイファ・クロード(零・e06460) |
●大切な物
何度も繰り返し読んだ本は擦り切れて汚れた。
だが、葦編三絶とも云われるようにそれほどまでに熱心に読まれた本もまた、大切にされていると呼べるのだろう。
「物に宿る記憶と感情――、それは躰に在る心よりも深く根差していたのでしょう」
夜空の下、ベルノルト・アンカー(傾灰の器・e01944)は夢主を思って小さな呟きを零す。彼女の悲しみと怒りから具現化した夢喰いは今、付近を彷徨っているらしい。
メアリベル・マリス(グースハンプス・e05959)は周囲の様子をしかと見回しつつ、自分も本が大好きだと口にした。
「メアリが字が読めない頃はママやナニーが物語を読み聞かせてくれたわ」
だから本は宝物。メアリベルの言葉にシエル・アラモード(碧空に謳う・e00336)も頷き、少女の心情を慮る。
「大切なものを壊される怒りと悲しみ。想像するだけで胸が痛くなりますわ……」
「ああ、まったくだな」
柳橋・史仁(黒夜の仄光・e05969)は耳を澄ませ、夜目のきく瞳で辺りを見渡した。何処からか微かな音が聞こえた気がして、史仁は注意深く気配を探る。
カルロス・マクジョージ(煌麗の満月・e05674)もぴんと耳を立て、少しの音も聞き逃すまいと気を張る。
「大切なモノを狙うなんて、人道に外れてる……って、そもそも人じゃなかったか」
軽く肩を竦めたカルロスが溜息を吐いた、そのとき。
ベルノルトは神乃・息吹(虹雪・e02070)のトナカイ耳がぴくりと動いたことに気付き、口許に人差し指を当てて、静かに、と皆に示した。誰かの話声を捉えたらしき息吹はこくりと首を縦に振り、通りの向こう側を指す。
「あっちの方で二人分の声がしたわ」
「……! こっち、哀しみのドリームイーターの声が聞こえる!」
息吹とカルロスが同じ方向から音を感じたことで仲間達は敵の到来を確信する。シエルもはっとして自分の耳に届いた声を確かめた。
「ええ、あっちから声がします。ほら、何かに怒るような……」
「本当ですね。行きましょう!」
結城・レオナルド(弱虫ヘラクレス・e00032)が駆け出し、仲間もその後に続いてゆく。気配の下へ向かうレオナルドは静かな決意を抱き、通りの角を曲がる。
すると、前方に二人の少女のらしき人影が見えた。
サイファ・クロード(零・e06460)はあれこそが夢喰いだと察し、声をかける。
「こんな夜中に何してるの?」
「悲しくて胸が苦しいの……」
「許さない。絶対に許さない!」
悲しみと怒り。其々の感情を言葉にした少女達、もといドリームイーター達はケルベロスを睨み付けた。メアリベルや史仁が身構える中、サイファも戦闘態勢を整える。
「話ならちゃんと聞くから気がすんだら静かにしてくれる?」
そう告げるも、敵は此方の言うことなど聞いていない様子だ。サイファが軽く肩を落とす最中、レオナルドは刀を構える。
「自分達に出来るのはその悲しみも怒りもここで断ち斬ること。行くぞ!」
そして、鋭い叫び声と共に夢喰いとの戦いが始まりを迎えた。
●出来る事
二体の夢喰いが地面を蹴り、手にした本を振りあげる。
その狙いはシエルに向けられていたが、即座に駆け出したメアリベルと史仁が其々の夢喰いの前に立ち塞がる。
「悪いな、連撃は止めさせて貰う」
「ええ、させないわ」
悲しみの攻撃は史仁が、怒りからの攻撃はメアリベルが受け止めた。シエルは二人に礼を告げ、竜槌を構える。
「今度はこちらから参りますわ」
轟竜の砲撃を見舞い返したシエルはさっと身を引き、敵までの射線をひらいた。その動きに呼応する形でカルロスが指先を敵に向ける。
「基本女の子に手を出す気はないけど…宇宙外生命体は別だよっ!」
石化の光線が悲しみの少女に向けられ、鋭い痛みを齎した。その間にボクスドラゴンのアルバリドラが属性の癒しを放って史仁を癒す。その調子で頼んだよ、とカルロスが告げると匣竜が尾を振って応えた。
其処へ息吹が放った紙兵達が舞い、仲間の守護となって巡る。
「大切にしているものを壊す、なんて……趣味が悪いわね」
息吹はふと昔を思い出し、他人事とは思えないと零した。とても大事なものを奪われた記憶は未だ褪せていない。白銀の双眸が僅かに緩められたことに気付き、ベルノルトは彼女の抱く思いを慮った。
そして、ベルノルトは生命を賦活する雷光を息吹に施した。
「人は一冊の本であり、人から人へ、伝わり書き記し人を遺して行く――」
その際に口にしたのは彼なりの思い。
記憶が、経験が、そして感情は自分達の中で文字となり、その物語は続いてゆく。だからこそ、少女の心の本を護りたいのだとベルノルトはそっと誓う。
更にはビハインドのママによるポルターガイストが敵を襲い、その力を削った。
援護や攻撃が巡る中、サイファも攻勢に入る。
負の感情を得るために思い出の品を壊すなんて許される訳がない。
「こんなことしてモザイクが晴れたとしても嬉しいのか?」
雷撃を敵に打ち込みながら、サイファは思わず疑問の言葉を落とした。しかし、問いかけるべき相手――元凶である魔女達は此処には居ない。悲しみと怒りのドリームイーター達も、ぶつぶつと感情を口にするだけだ。
「悲しい……とても悲しいの」
「あの本がどんなに大事だったか……!」
二人の少女を見遣り、レオナルドはふるふると鬣を振った。そして、地獄の炎を纏ったレオナルドは一気に切り込む。
「大切なものを壊される悲しみ怒り、何だかやるせないですね」
たとえドリームイーターを倒したとしても破かれた本は元に戻らない。いっそ修復されるならばどれだけよかったか。レオナルドは怯えが出ぬようしかと敵を見据え、刃で悲しみの少女を斬り裂いた。
仲間達の狙いは悲しみの少女に集中している。
その間に史仁は怒りの少女の方に回り込み、竜語魔法を紡いでいった。
「お前の相手は俺がしてやろう」
わざと敵の気を引いた史仁は幻影竜を呼び起こし、激しい竜焔を浴びせかける。そっちはよろしくね、と史仁に呼び掛けたカルロスは少しでも早く悲しみを倒そうと狙った。
シエルも次手に移り、敵との距離を詰める。
「容赦など致しません。理不尽な悲しみなど消してさしあげますわ」
一瞬で影めいた斬撃が振るわれ、敵を揺らがせる。シエルが作った隙を見逃さず、メアリベルは星の力を悲しみに叩き込んだ。
「メアリも、ママがまだ生きてた頃は毎晩枕元で読み聞かせてもらったわ」
だからこそ大切な本を壊されて哀しむ女の子の気持ちが分かる。夢喰い達が大切そうに抱える本も思いの具現化なのだろうと感じ、メアリベルは掌をぎゅっと握った。
戦いは続き、敵の連携攻撃は次々と繰り出される。
されど怒りの少女からの攻撃はベルノルトや史仁が受け持ち、仲間への大打撃をしかと防いでいた。誰かが傷を受けてもすぐに息吹が癒すので戦線も万全だ。
「動きを封じてしまいましょうか」
ベルノルトは腰に携えた斬霊刀に手をかけ、狙いを定める。
刹那、血流の動線を全て断つ斬撃が敵の身を抉った。出血によって神経を麻痺させられた怒りの少女は身動きが取れなくなる。
その好機を狙い、サイファがエクスカリバールを強く握り締めた。
片方が動けぬうちに、と駆けたサイファは悲しみの少女をしっかりと見つめる。その嘆きの表情を見ると自分まで悲しくなる気がした。
「ずっと見てると、感情が引っ張られちゃいそうだ」
でも、そう簡単になびくつもりはないけどと付け加えたサイファは一気に殴打する。それによって悲しみが揺らぎ、カルロスは最大のチャンスを得た。
「何も感じずに消えると良いよ……『白』っ!!」
今こそ止めを刺す瞬間だと察したカルロス。彼は最高の魔法を紡ぐ為に掌を掲げる。すると其処に美しい光が集い、白の波動が繰り出された。
波動は悲しみの夢喰いを喰らい、その場に崩れ落ちるように倒れる。
これで一体目、と撃破を確認したメアリベルはママと共に怒りの方に向き直った。
「メアリが大事にしてた本もジャバウォックにお屋敷ごと燃やされちゃったもの。だからね、あの子の本は直してあげたいわ」
夢主を思いながら時空凍結弾を撃ち込んだメアリベルは誓う。
絶対にこの戦いに勝って見せる、と。
そう思うのはレオナルドや息吹も同じ。自分達の役目は敵を一刻も早く倒し、新たな悲しみや怒りが生まれるのを防ぐこと。
きっと、少女も泣いている。昔、息吹が大事なものを奪われたときのように。
昔と違ってケルベロスのチカラがある今ならば自分と同じような境遇の人を減らせると思っていた。けれど未然に防ぐことが出来ないと知った今はなんだか歯がゆい。
それでも、戦わなければならない。
レオナルドは胸に渦巻く思いを押し込め、腕に装着した杭打機に螺旋力を込める。
「元凶は絶てなくても、この一閃を未来に……!」
「ええ、今できることをやるしかないわ」
レオナルドの鋭い一撃が敵を穿つ中、息吹も仲間の援護に回り続けた。
負の感情を消し去る為に、全力を揮い続けると決めて――。
●憤怒と悲哀
「悔しいわ。苦しくて、悔しい……!」
怒りの少女は尚も憤怒を露わにして襲い掛かってくる。だが、その一撃を受け止め続ける史仁は笑っていた。
「あぁ、楽しいな! 嬉しいな! 最高の気分だ!」
反発するような感情を示した史仁は敵が放った拘束魔術を躱し、反撃に入る。其処から紡がれた屑星魔法が廻り、幾多の星形多面体が形成された。
瞬刻、浮かび上がった星が夢喰いに衝突する。
光を散らしてゆく史仁の魔法に続き、カルロスは構えを取った。
「アルバリドラ、一気に攻め込むよ!」
匣竜の名を呼んだカルロスは腕に重力を込め、敵の前に踏み込む。その瞬間、アルバリドラの吐息とカルロスの拳が敵を深く穿った。
「――妖精さん。どうか、わたくしに教えてくださいませ」
書に綴られた詩を読みあげれば、シエルの声に応えた妖精達が召喚された。囁く妖精達の示す軌道を狙ったシエル。其処へレオナルドが駆けてゆく。
「合わせて行きます!」
シエルの鋭い一閃に重ねる形で獣王無刃の斬撃が敵を斬り裂いた。畏れの炎から生まれた陽炎が戦場を揺らがせる。
メアリベルはママを呼び、自分達も打って出ようと決めた。
「ママ、きっとあと少しよ。頑張りましょう」
凶悪な斧を手にしたメアリベルに続き、ママが金縛りを放つ。鋭利な斬風が巻き起こり、赤黒く不吉な刃が怒りを断った。
おそらく数撃で敵は倒れる。そう感じたベルノルトは息吹に視線を送った。息吹も眼差しを返し、二人は同時に身構える。
「人が歩む路を物語とすれば、まだ壊されていない一冊は此処に」
「このチカラで守れるものもあるのも事実だから」
ね、ベルさん、と息吹が呼びかけた瞬間、禁忌の罰と解血刃が繰り出された。片や紫林檎が呼び起こす悪夢。片や血流を抉る刃。
二人の力が重なり、巡る光景を見据えたサイファは終わりを見出す。
「受け止めてあげるから、ここで終わりにしよう」
夢喰いの所業は許せないが感情自体に罪はない。だからこそ、と向けた瞳に魔力を込め、サイファは魔の眼差しで敵を惑わせた。
そして――負の感情を抱いた少女は消え去り、辺りに平穏が訪れた。
●一冊の本
これで夢喰いが起こす事件は阻止できた。
しかし、夢の主となった少女の感情までもが消えたわけではない。仲間達は少しでも力になりたいと考え、彼女の家に向かった。
魔女達に壊された棚のヒールは恙なく終えた。だが、肝心の少女は部屋の隅で破られた本を抱えて泣いている。
「破かれた本を見ると胸が痛みますわね……あの、良かったら」
「触らないで!」
シエルが手を伸ばすと、少女は本の残骸を抱きしめて反発した。とても本を貸して欲しいと言える状況ではないと感じたシエルは腕を引く。
「あ……ごめんなさい……」
はっとした少女は一転して悲しみに満ちた表情で謝った。無理もない、幾ら相手がケルベロスとはいえあんな襲撃があった後だ。誰かに大切な本を触られることを拒否しても仕方がない、とベルノルトは感じた。
息吹も頷き、ベルノルトの傍で少女を見守る。
そして、俯く少女を見つめたカルロスは己の経験を語ろうと試みた。
「とても悔しいのも、悲しいのも分かるよ。僕も大切なモノを亡くしたことがあるから」
妹が殺されたという彼の過去が語られたが、少女にその話はショックだったらしい。壮絶な話は逆効果だと気付いたカルロスは、ごめん、と告げてからクッキーを少女に渡し、口を噤む。史仁はそのフォローをしたいと思い、少女へと静かに語り掛けた。
「しかし、そこまで大事にされてたなんて、この本も祖母も嬉しいだろう」
「……お婆ちゃん」
少女の呟きを聞き逃さず、サイファも思いを語る。
「落ち着いたらでいいんだけど、今のキミの想いやばあちゃんへの想いを文字にしてみるってのはどうだろう」
感情の整理と可視化を勧めたサイファだが、大切な物を失ったばかりの少女には未だ早い励ましだったらしい。うん、とだけ答えた彼女があまり乗り気ではないことが分かったが、サイファは考えておいてね、と笑んだ。
レオナルドは負の感情を抱えたままの少女の傍に屈み込む。伝えるのはきっと、今この時点で何をするかについてが良い。
「まだ、本は失われていません。俺達には無理でも、破れてしまったこの本を直す方法はあります。思い出の本、きっと戻ってきますよ」
「……僕達に出来る事があれば助力は惜しみません」
今の貴方をひとりにする以外の事に限りますが、とベルノルトが告げると、メアリベルも一歩踏み出す。
「本のお医者さんはご存知?」
カタチあるモノはいつか朽ちる定めだけれど、思い出はだれにも壊せない。抱えられた本は少女自身が記憶を編んだ、世界にたった一冊の本。
きっと、本を破かれても本の思い出は頭の中にある限り脅かせないはず。
「思い出はね、アナタが覚えている限り絶対壊れない宝物よ」
「貴女に大切に想われてこの本は幸せですね」
メアリとシエルが優しく微笑むと、少女はやっと確りとケルベロス達を見上げた。
「貴女が望むなら、イブ達も一緒に本のお医者さんを探すわ」
大切な思い出が、悲しいだけの思い出にならないように。手伝いがしたいと申し出た息吹の微笑みと少女の縋るような視線が重なる。
其処に幽かな希望を見出したベルノルトは双眸を細め、本に纏わる思い出話を聞かせて欲しいと願う。
「――願わくば、思い出を少しだけわけては頂けませんか」
「うん……私も、聞いて欲しいことがあるの」
ベルノルトに頷きを返した少女はそのとき初めて微笑んだ。
きっと、本当に大切なのは其処に宿った思い。
いつか彼女が抱いた怒りと悲しみが別のものに昇華されればいい。そう願って已まぬ番犬達は、少女が語り始めた記憶の物語に耳を傾けた。
作者:犬塚ひなこ |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 7
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