救いを求める家族の壁

作者:ハル


「楓ちゃんも紅葉ちゃんも、手が本当に小さいなー!」
「顔もママに似て、美人さんになりそうだな」
 その家には、今日から天使が住むことになっていた。天使の名は、『楓』と『紅葉』。お産を無事に終え、一週間ぶりに実家に戻ってきた母――雪の腕に抱かれた、双子の赤ん坊である。
「楓ちゃん、紅葉ちゃん? 皆、貴女達の事が可愛いって言ってくれてるわよ!」
 雪が、楓と紅葉の小さな手を取って、軽く夫と実父に向けて振る。それだけで、普段はどちらかというと厳めしい二人の表情が、瞬く間に蕩けた。
 ――オギャア、オギャア!
 だが、そのあまりにも情けない二人の表情が気に入らないのか、楓と紅葉は泣き出してしまう。雪は、二人の姿を背中で隠すと、楓と紅葉をあやして泣き止まそうと奮闘する。
「あらあら、嫌われてしまったわね」
 赤ん坊の泣き声を聞き付けたのか、台所から雪の実母が手を拭いながら出てきた。微笑みながら何気なく告げられた『嫌われた』という単語に、夫と実父が絶望感も露わに涙目になる。
「アナタ、父さんも……何泣いてるのよ?」
 それがあまりにも可笑しくて、幸せで、なんとか落ち着かせた二人の子供を抱きながら、雪が笑う。
 今日から、新しい家族を迎えた、新しい生活のスタート! ……に、なるはずだったのに……。
「あっ、忘れていたわ。お風呂入れてこないと」
 ふと、用事を思い出した母が風呂場へ向かう。少しして、湯船を水が跳ねる音がし始める。だが、その時!
「ひっ!?」
 母の悲鳴じみた声色がリビングまで届き、雪達は騒然とした。
「どうしんだ?」
 心配そうな顔をした父が、風呂場に向かおうとする。そして、父がリビングから廊下に一歩踏み出した瞬間!
「い、いやあああ! と、父さん! 父さんってば!!」
 父の首が、180度回転して、濁った瞳が雪を見た。雪と夫は、物言わぬ父に縋り付きながら、同時にズリズリと、風呂場の方から何かを引き摺る音がする事に気付く。引き摺られていたのは、首を絞められて死んだ、恐怖に戦く表情を浮かべた母であった。
「……はっ?」
 あまりに現実味のない光景に、夫が一瞬ポカンとする。だが、雪達の存在を思い出したのか、必至の形相で何かを伝えまいと、雪と赤ん坊を見た。
「アナタ!?」
 しかし、夫ができたのも、そこまで。
「あ゛が!?」
 黒衣の男は薄笑いのまま、夫の腹部に腕を突き刺し、内蔵を引き摺り出す。ピチャリと、吹き出た血が雪と二人の幼子に飛び散った。
「安心するんだ、何も恐れることはない」
 血まみれの黒衣の男が、雪達に近づく。震える身体で、雪は必死に子供を守ろうとするが。
「幼子か……使えそうだな。とても愉快で、面白い絵面が見られそうだ」
「や、やめてええええええ!」
 黒衣の男が、雪から強引に事も無く幼子を奪い取ると、雪の目の前でバラバラにした!
「あ……あっ……ああっ……アアッ……アアアッ! アアアアアアアアアッ!!」
 絶望する雪の瞳から、涙が溢れ出す。生きる気力を失った雪は、黒衣の男によって肉塊に変えられるのであった……。


「神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)さんが危惧していた、螺旋忍軍が研究していたデータ……。それを利用した傀儡使い・空蝉の、新たな凶行が予知されました……」
 山栄・桔梗(シャドウエルフのヘリオライダー・en0233)の頰を、涙が伝う。
「空蝉の犯行は、いつもと変わらず、残忍で許されざるものです……。ご家族の死体を……繋ぎ合わせて……」
 桔梗が、口元を抑える。それだけ、醜悪なモノを見せつけられたのだろう。
 空蝉は、屍隷兵を強くするためには材料同士の相性が大事だと考えている。空蝉の考え通り、一定の効果が現れているらしいのが、腹立たしさを増長させる。
「このままでは、屍隷兵は近隣住民に危害を加え、グラビティ・チェインを奪う事件を起こしてしまいます」
「助ける方法はないのか?」
「……申し訳、ありません……っ」
 堪らず雅が問いかけた。だが、桔梗から返ってきたのは無情にも、否の言葉。ケルベロス達が、唇を噛みしめる。
「辛く、苦しくとも……近隣住民の方々を放っておく訳にはいきません。近隣の方々とは、時たま集まり、共にバーベキューをする仲だったと聞きます。それならば、なおさらご家族のためにも、防がなければなりません……!」
 桔梗が強い口調で言うと、覚悟を決めたケルベロス達も頷く。
「皆さんが現場に到着できるのは、ご家族……いえ、屍隷兵が、最も近い近隣宅を襲撃する数分前となっております。こちらでも避難警告を出しておきますが、後手に回っている事は否めないため、逃げ遅れた方がいないか注意してあげてください」
 戦闘場所は近隣宅前となるが、戦闘に支障はないので安心して欲しい。避難がきちんと終わっていれば、ケルベロスが敗北して道を突破されない限り、一般人に被害が出る事もない。
「敵となるのは、2体の屍隷兵です。一方は双子の女の子で、もう一方はそれ以外のご家族が大まかな元になっているそうです」
 説明しながら、桔梗の拳に力が入る。
「特に双子の女の子以外で構成された屍隷兵は、屍隷兵としては強力ですが、皆さんのお力なら……」
 撃破できます……そう告げる桔梗の声に、力はない。
「……どうしてこんな事になってしまったのか。空蝉には、怒りの感情して沸き起こりません。ですが、悲劇に終止符を討つためにも、どうか皆さんお願いします!」


参加者
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)
エイン・メア(ライトメア・e01402)
クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)
浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)
ハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)
神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)
ヴィクトリカ・ブランロワ(碧緑の竜姫・e32130)
レーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)

■リプレイ


「エライ事になっとるみたいやが……大丈夫かんね?」
「Non c’e problema……すぐに終わらせるとも」
 浦葉・響花(未完の歌姫・e03196)が準備した懐中電灯を手に、クローチェ・ドール(愛迷スコルピオーネ・e01590)は安心させるように告げながら、足元が不自由な老人を担ぎ、外に連れ出す。屍隷兵の襲来まで数分という事もあり、少し離れた場所で待機する警察に、クローチェは老人を引き渡した。
『僕だ』
 次いで、クローチェは状況確認のため、エイン・メア(ライトメア・e01402)に連絡を。
『はーぁい、こちらエインメアですーぅ♪  あっ、ちょーぉとお待ちくださいねーぇ?』
 電話に出たエインは、ちょうど避難が遅れた老人に、「冷静かつ迅速に指示にしたがってくださーぁい♪」と、普段と変わらぬ楽しげな様子で、カルベロスカードを掲げながら伝える最中であった。
『楽しそうだな』
 淡々と、クローチェが問いかける。
「んむんむ、それが私、エインメアですからーぁ♪」
 返ってきたのは、まったく予想通りの言葉で、クローチェはフゥーと、煙草の煙を大きく吐き出した。

「誰かいますか! ここは避難警報が出てるので早く非難して下さい」
「まだ避難していない人はいませんか!」
 感覚を研ぎ澄ませ、助けの声に耳を澄ませる響花とレーヴ・ミラー(ウラエウス・e32349)の声が響く。だが、反応を返す者はなし。
 そうしている内に、ケルベロス達は襲撃予定現場に到着した。
「そろそろ時間だな」
 煙草の火を消したハンナ・カレン(トランスポーター・e16754)が忠告すると、場の空気は一気に緊張感を増す。
 そして――。
「……なんと、惨い事をするのじゃ……。かような幼子にまで……っ!」
「これは、……あまりに……っ……」
 ヴィクトリカ・ブランロワ(碧緑の竜姫・e32130)は、視線の先に、2体の屍隷兵を見た。激昂するその隣で、レーヴも顔を歪ませる。
 また、衝撃は、視界だけに止まらなかった。
 ――オ゛ギャア、オ゛ギャア!
 そう戦慄く赤ん坊……だった存在の声が、聴覚からもケルベロス達の心を深く抉らんと鳴り響き出したのだ。
「……泣か……ない……でぇ。かわ……い……か……いい…………ちゃん……」
 そして、双子を取り巻くのは、まるで壁。壁に死霊の如く怨念に満ちた、家族の面影をほんの僅か残す顔が浮き出した、異様な壁だ。その口々から紡がれる途切れ途切れの単語。
「……糞」
 その意味を理解した神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)は、思わず罵倒を口に出してから思う。ああもう、これで何度目かと。だが、雅にはそれ以外の言葉は思い浮かばず、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべるだけで精一杯だ。
(……家族を、実験台にしたんだね)
 アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)の脳裏に、兄の面影が過ぎる。形見のリボルバー銃を、アイリは血管が浮き出る程強く握りしめた。
「我の自己満足に過ぎぬが……貴殿等の姿、我ら以外の何人にも見せぬと誓おう」
 夜を隠すように、ヴィクトリカのバイオガスが放散される。白煙に包まれる中、それを無駄だと切って捨てる仲間は、一人もいなかった。


「ここから先は進ません! 我ら地獄の番犬……民の剣、そして盾として!」
 戦闘は、避難誘導組が合流した後も、一進一退を繰り返していた。雅が治癒を阻害するウイルスを双子に仕込んだとはいえ、回復に専念すると腹を決めた敵は、厄介極まりない。ケルベロス達は、まずは壁となった家族――屍隷兵討伐を優先すると方針を定めたが、雅の空の霊力を帯びた斬撃が屍隷兵を傷つけた傍から、双子の泣き声が癒やしてしまう。
「癒やしねぇ……そんな風には聞こえねぇよ。むしろ、呪いだな」
 ――オ゛ギャア、オ゛ギャア!
 その双子の泣き声は、屍隷兵を死地へと駆り立てる。最早双子が自分達の子供であるという事実すら、屍隷兵にはほとんど残っていないはず。それでもなお、こうして頑なに守ろうとする光景は、愛情を越えて呪いといってもいい。
「アアアアアアア、アアアアあああああああッッ!」
 そう。こうして存在する限り、屍隷兵はいつまでも、喪失感から悲鳴を上げ、嘆き続ける。
 後衛を狙う列攻撃の前に、ハンナは身を躍らせ、時には地獄の炎弾で攻撃と回復を同時に行う。
(こんな気の乗らない仕事、さっさと終わらせたいものだ)
 クローチェの願いとは裏腹に、敵の陣容はそうはさせてはくれない。まるで、ケルベロス達に悪夢を少しでも長く見させようとするような布陣。内心の嫌悪感を噛み砕きながら、クローチェは手慰みで回していたナイフの柄を掴むと、グラビティ・チェインも乗せて一気に屍隷兵へと叩き付ける。
「あれは人に似た化け物なのよ! いずれ、必ず人を襲うわ!」
 だから、余計な事は考えず、戦いに集中を! ディフェンダーのハンナとレーヴを中心に、百戦百識陣を敷ながら、そう仲間に促す響花もまた、どこか自分に言い聞かせているよう。本来、彼女は心優しい女性なのだ。クールな仮面の裏には、誰よりも熱い怒りが宿っている。
「んむんむ、私も響花さんに同意しますーぅ! 悲しむのは、すべてを終わらせた後でも遅くはないですからねーぇ?」
 だからこそ、エインのガントレットで覆われた拳に一切の容赦は無く、勢いよく壁に浮かんだ祖父の顔を打ち抜いた。同時に、屍隷兵を覆っていたいくつかの加護……その一つが砕ける感触に、エインは満足げな笑みを浮かべる。
「分かってるよ。響花、エイン……今の私達に、殺す事でしかこの家族を救うことができないって事くらいはね」
 元より、アイリが研いだ刃は、殺害のためのもの。だが、その力を別の形でも使えると知ってしまった故、アイリの胸中により強い憎悪が生まれる。だが、アイリは宵桜の刀身と同等の刃を心に抱いている。その刃で迷いを断つと、雷纏う突きを屍隷兵に突き出す。
 ――その時だった!
「ウウウ……ああ、アアアッッ!」
 ダメージを受け、怯む屍隷兵。その屍隷兵に自分がいる事を忘れるなと、今まで以上の勢いで双子が啼く。
「……ちゃん……いるの? ……どこ……イル……いる……まけ……ない……」
 泣き声は、一際大きな力と存在感を持って、屍隷兵に力を与える。ギロッと、子を持つ親の血走った瞳がケルベロス達に向けられると、その壮絶なまでの憤怒がヴィクトリカを襲う!
「ぐっ!」
 襲い掛かる屍隷兵は、ヴィクトリカとハンナの付与した炎に包まれ、動く度に苦痛に苛まれているはず。ゆえにヴィクトリカは、その怒りを甘んじて受け入れた。
「ヴィクトリカ様! 今お助けいたします!」
 僅か、防御が遅れたレーヴが、ヴィクトリカに組み付く屍隷兵に、魔神の力が上乗せされた蹴りを放って牽制する。
「我は決して貴殿等から目を背けはせん! その怒り、悲しみ、すべて受け止めてみせようぞ!」
 敵の攻撃に対する耐性を備えており、大きな傷を免れたヴィクトリカは、覚悟と共に召喚したフロスト・ランスナイトの攻撃で、回復不能ダメージを着々と積み重ねていく。
「ヴィクトリカさん、すぐに回復するわ!」
 大きな傷ではないとはいえ、ヴィクトリカはタフな方ではない。響花がエネルギー光球を放ち、援護に回る。響花が序盤に付与して回った陣のおかげか、ケルベロス達の攻撃もそう弱体化はされていないはずだ。
(行くぞ、相棒。迷いを捨てろ、躊躇するな……刃を研ぎ澄ませ!)
 雅は、自分自身に、そして、竜切丸に強く念を送る。苦悩しているのは、自分だけではない。ならば、仲間達に自分だけ感情をさらけ出す訳にはいかない。英雄であるために、亡き友に相応しい神野・雅であるために、雅は意地でも冷静を装い、居合いを放つ。
「……くるな……やめ……こっちに……守らな……きゃ……ッッ!」
「ッ!」
 絶えず身を苛む嘆き。屍隷兵の反撃を受けながらも、レーブは堪え忍ぶ。その際、主人の危機を察したプラレチが、爪を伸ばし、苛烈に援護に入った。
「ちょーぉと大人しくしていましょうねーぇ♪ マッドプライズ「ザ・ドラゴン」~ぅ♪」
 さらに、加勢にエインがドラゴンの快楽エネルギーを解放すると、彼女の翼と腕にドラゴンの特徴が現れる。屍隷兵を容易く握りつぶせる程巨大化したエインの腕は、いとも容易く屍隷兵を薙ぎ払う。
「……悲しむだけが弔いではないでしょう。だから私も、怒り、悲しみに負けず――私達の流儀にて、私達にできることを」
 レーヴの声は静謐に。だが、断固とした響きにて、屍隷兵の耳朶を打つのであった。


(……辛いだろう、苦しいだろう)
 だが、ハンナにもヴィクトリカらに負けぬ覚悟がある。途中で投げ出すつもりは、欠片もなかった。
「……やるじゃねぇか、あんたらもよ」
 そして、迷いつつも攻撃の手を休めない仲間をハンナは頼もしく思い、口端をニッと歪めた。
「言われるまでもない。仕事に私情は挟まない主義でね。そういう君こそ、以外に情に厚いと見えるが?」
「はっ、冗談!」
 ハンナとクローチェは、軽口を叩き合う。
「行け!」
 ハンナが憤怒と共に襲い掛かる屍隷兵を受け止めながら言った。だが、そう声をかけた時には、すでにクローチェの姿は屍隷兵の背後に。
 Quando corpus morietur fac ut animae doneturparadisi gloria――クローチェが口ずさむその詠が宿す色は、悲しみ。それも、喪失の悲しみだ。ある意味この場に最も相応しい詠に同調するようにナイフは銀に輝き、屍隷兵の肉体を幾度も抉り、切り裂いた。
 次いで、ハンナのナイフも迫り、屍隷兵の炎と氷の影響をさらに強めていく。
「いッ……い゛い゛いい、イ゛イ゛イイイイイッッ! い……たい……あつっ……つめ……たいィィィッッ!」
 その時だった。屍隷兵が猛烈に身体を掻きむしるように暴れ出したのだ。漏れた絶叫は、オ゛ギャア、オ゛ギャアと未だ啼き続ける赤ん坊の声を、まるで掻き消さんとするばかりの大音声。
「……まずは、家族の方を楽にしてあげよう」
 終わりの時が近い事を悟ったアイリが、スッと目を細める。本来ならば空蝉に真っ先に向けるべき刃。それを何の落ち度もない家族に向ける事になった無力さを、アイリはまとめて影の如き斬撃として放つ。
「そなたらの無念、必ず我らケルベロスが晴らすからの……!」
 自分を守る力を持たない赤ん坊を、残して逝くという耐え難い想いを、きっと肉塊になりながらも心のどこかに抱えているだろう屍隷兵。その絶望、無念を、いつか晴らしてみせると、ヴィクトリカは誓って古代語を詠唱する。
(今日だけは最後まで、強がりじゃろうと貫くのじゃ!)
 視線は前を。ヴィーリではなく我! 強くあれと自らを叱咤し、ヴィクトリカは光線を放った。
「んむんむ、皆さんやりますねーぇ!」
 刻一刻と消耗していく屍隷兵を前に、やはりエインの相貌に浮かぶのは『喜』一色。それこそが、エインがエインたる所以。ただ、一つだけエインには気になる点があるのも事実。それは――。
「でもでも、屍隷兵を可哀想だなんて思っていたら、それこそ可哀想ですよーぉ♪ だって、あれは屍隷兵なんですからーぁ♪」
 エインの口が、三日月を形作る。正邪一体となったガントレットが光と闇を放ち、屍隷兵の浮かんだ顔を完膚なき撫でに破壊した。
「アナタ様方の恨み辛み……晴らす術は、空蝉を倒すことだけでございましょう? その想い、しかと私達が承りました」
 穢され、奪われたままで終わってなるものか。レーヴの無垢で落ち着いた瞳に、一瞬猛烈な熱と誓いが宿る。
「……そうでしょう、プラレチ?」
 レーヴの問いかけに、プラレチも勇ましく、キャットリングを放つことで応えた。続き、レーヴのチェーンソー剣が、屍隷兵を寸断していく。
「躊躇わず……討つ」
 超低温度と化した響花が、打撃を次々に屍隷兵へと打ち込んでいく。その瞬間、響花の触れた箇所が、一切の熱を奪われ青白く変色する。
「私が背負おう。その苦しみ、その無念を」
 そこに襲いかかるのは、銀龍の姿となった雅が放つ紅蓮の焔。
「……いや、こういう事は、男の仕事だ」
 凍傷と熱で覆われながらも、屍隷兵には僅か息があった。
「……あ……アァ……」
 クローチェは、最早指一本動かすことのできない屍隷兵に無表情のまま近づくと、ナイフを突き刺し、その命を完全に停止させた。
「Buona notte」
 その死が、救いとなることを願って……。


 ――オ゛ギャア、オ゛ギャア、ギャア、オ゛ギャア!!
 家族を失った双子が、いつまでも泣き続ける。
「……本当に、攻撃能力がないんだね……」
 だが、双子にできるのは、ただ泣くだけだ。「おいで」そうアイリが双子を抱きしめると、その身体は小さくて……そして悲しい程に冷たかった。
「……こんな形でしか泣き止ませてやれなくて、悪いな」
 流れ続ける涙を、ハンナが拭う。
「あたしがやろうか?」
 ハンナの告げた言葉の意味は、ケルベロス達全員理解していた。だが、アイリは首を横に振り、双子をぎゅっと抱きしめた。
「たぶん、私が一番苦しませずに……できると思うから」
 アイリの掌を、闇が包む。その闇は双子にも伝染して、やがて双子を覆い尽くした。
 ――……ギ……ャア……オ゛……ア……。
 次第に弱まっていく泣き声。双子は痛みも苦しみも感じないままに闇に溶け、慈悲深い死を迎えたのだ。
「苦しく無念じゃったろう……。せめて、家族皆で安らかに眠るがよい……」
 ヴィクトリカは静かに、目を瞑って黙祷を捧げた。

「んむんむーぅ? 痕跡に目新しい情報はないみたいですねーぇ?」
「ええ、そうみたいね。……遺体の復元も難しいわ」
 空蝉の情報が現場から読み取れず、エインと響花が僅かに落胆を見せている。
「それは残念でございます。……ですが、いずれ相応の報いを」
「…………チッ」
 黙祷を捧げながら、決意を新たにするレーヴ。その隣では、ハンナが紫煙をくゆらせ、舌打ちを一つ。
「子供にも、大人にも死は平等に訪れるものだ。残酷だが、彼らにはそれが必要だったんだろう」
 クローチェが言った。だが、その声色には、ほんの僅かな震え。未だ消えない、空蝉への嫌悪によるものだろう。
「ほら皆、いつまでも悲しいんでないでさっさと行くわよ」
 響花が、手をパンと叩いて皆の視線を集める。これ以上、ここにいてはいけない。それは、彼女の本能的なものだったのかもしれない。
(楓と紅葉。母親の雪……夫と祖父母……どうか来世があるなら、……今度こそは幸せに……)
 現場に背を向けた雅は、心の中で祈る。そして、祈りの中でしか、あの家族の幸せを取り戻せない事に雅は歯を噛みしめ、空蝉への怒りを燃やすのだった……。

作者:ハル 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 2
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