●絵で繋がる家族
家族が一堂に会した居間には、暖かな笑い声が絶えない。
「ほら! 僕のが上手!」
「ちがうもん、ぼくのほうがうまいもん!」
「あのね、あのね、じゃあね……みなちゃんのは?」
「「みなちゃんがいちばんじょうず!」」
兄二人が競い合い、しかし末の妹の事となると手を取り合って甘やかす様式美。幼い仲良し三兄妹のじゃれ合いに、大人達はどっと笑った。
「まぁま、カズシくんもコウジくんも良いお兄ちゃんっぷりねぇ」
「ええ、本当に。三人とも上手よ~。完成したらみんなに見せてちょうだいね?」
祖母と母は嫁姑の確執もなく朗らかに笑い合う。
「……こりゃまた額縁買ってきて飾らんとな」
「ははは、壁の方がなくなっちまうな。一枚ずつファイリングできるように、今から準備しとくわ」
口数少ないながらに孫馬鹿を隠さない祖父と、今後の子供らの成長にわくわくと算段をつける父親。
お絵かき大好きな三兄妹を中心に、一家の絆は強く結びついていた。
「――なかなかに相性が良さそうな素材だ」
聞き知らぬ誰かの呟きが居間に響く。
次の瞬間、四つの首が刎ねられた。
宙を跳び、居間の床に転がった生首は、整然と横一列に並んで、子供達に虚ろな眼差しを向けた。
父、母、祖父、祖母。さっきまで歓談していた大人達。
その後ろに、卑しい笑みを浮かべる、黒づくめの男の姿。
兄二人は言葉にならない悲鳴を上げて、クレヨンと絵を放り出して立ち上がった。状況を理解できずにぼけっとしている妹を、必死に背に庇いながら。
「くっ、来るな……! 来るな来るなくるなぁッ!」
「お、おとーさん、おかーさん……っ! だれかたすけ――」
それきり、兄達の声は聞こえなくなった。
生暖かい液体が頭のてっぺんから注がれるのを感じながら、ミナは放り出された三枚の絵が真っ赤に染まっていくのを、無垢な瞳で見つめていた。
……血にまみれた居間で、黒づくめの男は肉塊を繋ぎ合わせていく。
死体の腕と足をまとめて束ねて出鱈目に縫い合わされた手足。皮膚を持たず、有象無象の筋肉も臓物も剥き出しになった胴部。
無秩序かつ無造作なその構造物は、子供が黒や赤のクレヨンを塗りたくって乱暴に描いた、大男のよう。
その両肩にはそれぞれ、子供の頭が埋め込まれ、首の上には不釣り合いに小さな、幼い少女の頭部が括りつけられていた。
「ミナちゃん、は、僕が、ま、まも……」
「いだぁいよぅ……こんなの、やだよぅ……」
「クレヨン、どっかいっちゃった……どこぉぉぉ……」
悲しな屍隷兵の咆哮が、夕焼け色に染まった居間に満ちた。
●空蝉の強化屍隷兵
「……ありがとう。状況は、よくわかったよ」
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)は、危惧が的中してしまった事へのやるせなさと、凄惨な予知を披露せねばならなかったヘリオライダーへの労わりを込めて、吐息をついた。
戸賀・鬼灯(ドラゴニアンのヘリオライダー・en0096)は神妙に目礼を返すと、その場に集まったケルベロス達に向けて、語るべきを語り始めた。
「屍隷兵の研究を行う勢力の出現は、神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)様のご慧眼により、以前より予見されておりました。こたびはその一勢力、螺旋忍軍は傀儡使い・空蝉の所業にございます」
傀儡使い・空蝉は螺旋忍軍の研究データを利用し、仲の良い家族を惨殺、その死体を繋ぎ合わせて屍隷兵を強化しようとしているらしい。
生み出された屍隷兵は、近隣住民を惨殺してグラビティ・チェインを奪う事件を起こしてしまうだろう。
「……空蝉の凶行を阻止する事は叶いませぬ。ですが、一家の屍隷兵が事件を起こすより前には、現場に駆け付ける事が可能でございます」
仲が良く、近所の人々にも評判の良かった一家。
さらなる悲劇を阻止し、彼等を加害者にさせぬ為にも、現場への急行、早急な撃破が、ケルベロス達に求められている。
ケルベロスが屍隷兵と接触する事になるのは、一家が惨殺された郊外の一軒屋の、広々とした居間。時刻は夕方に差し掛かった頃になるだろう。
「敵は一家から合成された屍隷兵1体のみ。空蝉は、当然ながら姿をくらまし、現場には現れませぬ」
嘆き声で精神を侵す、手から漏れ出る血液を塗りたくるような打撃、腹部から血を噴き出してばら撒く、といった攻撃を行ってくる。
屍隷兵の戦闘力はデウスエクスほど高くはないが、この個体は屍隷兵の中では手強い相手になるだろう。
「仲睦まじき一家を引き裂く、残虐なる男……決して許せはできませぬ」
鬼灯は重い瞼を持ち上げ、屹然と、ケルベロス達を見つめる。
「惨殺され、変貌を強いられた人々を救う事は叶いませぬ。しかしこれ以上の悲劇は、是が非でも阻止せねばなりますまい。……犠牲となった彼等の為にも、屍隷兵の確実な撃破を、よろしくお願い致します」
参加者 | |
---|---|
メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026) |
神崎・晟(熱烈峻厳・e02896) |
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510) |
高辻・玲(狂咲・e13363) |
レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723) |
守部・海晴(空我・e30383) |
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471) |
津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874) |
●歪
夕焼け色に染まり始めた二世帯住宅は、一般家庭のそれにしては広々として立派なものだった。それはこの先を大家族として皆で生きていく決意を思わせた。
……その志も、一家を襲った悲劇を思えば、あまりにもやりきれない。
(「でも……いかなくちゃ。それが俺達ケルベロスの仕事だ」)
死者の魂を導くヴァルキュリアとしても放っておけない。意を決し、レスター・ストレイン(終止符の散弾・e28723)は敷居をまたぎ、仲間達と共に居間を目指した。
ケルベロス達は静かに奥へと進んでいく。かしこに配された家具や調度品から伝わる、活き活きとした生活感。非常に良好な家庭環境が、全員一致の努力によって保たれていただろう事は想像に難くなかった。
――その結末が、確定してしまった悲劇として、ケルベロスの眼前にある。
「……また間に合わなかった。傀儡師め、こんな悪辣な真似をいつまで続けるつもりだ!?」
居間を占拠する巨体を見上げ、守部・海晴(空我・e30383)は悔恨と怒りをないまぜにして吐き捨てた。
そこにあるのは、子供のクレヨンが造形したような、歪な人型の背中。焦点を絞れば、各々のパーツは複数の人間の人体を括りつけ継ぎ合わせたものであると、嫌でも判別できた。
「許せねぇよな……。平和に暮らしてた家族を……こんなにしやがって……! 空蝉……ヤツだけは絶対に許さねぇ……!」
純粋な怒りを発露するレイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)。同様の事件に関わるのは既に二度目だ。
「……嘗て彼の忍を逃したが為に起きた悲劇」
どことなく自罰的に呟く高辻・玲(狂咲・e13363)。
「家族の希望一つ護れず、御免ね」
その謝罪に反応したように、人型が鈍い動作でようよう振り返る。
「だれ……だ? ミナちゃんに、さ、さわらなななない、で……」
「だれかいるのぉ……? だれでもいいがらだすけでぇ……」
「どーしてこんなにまっかなのぉ……? クレヨンみつからないよぉ……」
両肩と首に据えられた三兄妹が、三者三様に嘆く。各々の顔は青白く、視線はてんでバラバラ、目前にいるケルベロスの存在をも、正確には把握できていないように見える。
「……犠牲者の、生前の声真似をさせて、敵の……俺達の戦意を殺ぐつもりでいるんだったら、全く当てが外れているぞ傀儡師……」
海晴はいっそう高まる戦意を自覚しながら、きつく奥歯を噛みしめる。この子らはもう、自我を持たぬ傀儡に過ぎないと、己に言い聞かせながら。
「禍福は糾える縄の如し、なんていうけれど、だからといってこんな悪趣味な凶行を許すわけにはいかない」
ペストマスクの下に感情を隠して、メイザース・リドルテイカー(夢紡ぎの騙り部・e01026)は平静に呟く。
「せめてここで終わりにしてあげよう。……行こうか」
「……救えないのであれば致し方ない。これ以上苦しませないよう。手早く済まそう」
呼応し、堅強な肉体で構えを取る神崎・晟(熱烈峻厳・e02896)。
「俺達にできることは少しでも早く終わらせること。手遅れになった悲劇に、終止符の散弾を撃ちこむんだ」
空蝉への怒り、犠牲への哀悼。全てを込めて、レスターの銃口が哀れな屍隷兵へと突きつけられる。
(「……助けられないのは、わかってる……それでも、助けたかったと思うのは、私のエゴだとしても……」)
津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)は物悲しげに目を伏せる。しとやかに結い垂らした三つ編みの、編み目に挿した薊の花は、全部で二十三輪。
その花言葉は、『復讐』。
「これ以上の悲劇は、阻止する……何度繰り返すことになっても……私は、ただ、背負うだけ……だから…」
背負う罪の数を身に着けて、しらべは静かに、子供らのこうべを戴く異形を見上げた。
●嘆き
――ころす時は一瞬で。
気づかれてもなるべく早めに、ムダなく。
(「だから死んだ人間の顔なんて、あまり見なかったけれど」)
フィーラ・ヘドルンド(四番目・e32471)は表情を変えずに、見つめ続ける。幼い子供らの嘆きを。死に顔を。
(「フィーラが今までころしたひとたちも、こういう表情だったのだろうか。こういう風になげいていたのだろうか。なげくヒマを、与えはしなかったけれど。自分のこと、棚上げするつもり、ないけれど。それにしても、これは、」)
「……ひとのすること、なんだろうか」
そもそも『ひと』の定義とはなんだろうか。そんなふうにぼんやりと、とりとめなく流れていく思考を置いてけぼりに、現実は目まぐるしく動き始めている。
晟のメタリックバーストを得た玲が、海晴が、レスターが、メイザースが、精度を増した攻撃を次々仕掛けていく。レイの、フィーラの遠距離からの攻撃は、より精密に敵を突き刺す。しらべは紙兵を散らして耐性を固め、近衛木・ヒダリギ(森の人・en0090)もまたそれを手伝わんと黄金の果実を実らせる。
攻撃が命中するそのたびに、三人の嘆きは高まり、悲痛さを増していく。
「ミナちゃん、コウくん!? くそっ、みんなに手をだしたら僕がゆ、ゆるさななない、から、な……っ!」
カズシが焦点を結ばぬ瞳で、ケルベロスのいない虚空を睨み付ける。
「やぁだっ、やだぁっ! みんなをたたがないで……!」
コウジがいやいやと首を振り乱す。
「おにーちゃんたち、いたいの……? おえかき、おえかきして、いたいの、どっかとばさなきゃ……」
ミナは悲しそうに、何かを探してふらふらと瞳を彷徨わせるばかり。
子供らは、誰が攻撃してきているのか、誰が攻撃されているのか、正確に把握できていない。ただ、自身の痛みを家族の痛みだと、そう信じている。互いを想い合っている。
その嘆きは、フィーラの心を抉った。唐突に脳裏をかすめたのは、見知らぬ三つの人影。胸にチクリと走った痛みは、トラウマとして顕現する。痛みの意味は、曖昧な記憶の彼方にぼやけたままに。
胸がざわつく。目が離せない。
グラビティの影響を受けずとも、子供らの嘆きは痛ましい。理性的に対処しようと振る舞う晟も、悲鳴が聞こえるたびに、苦虫を噛み潰したように顔を歪めてしまう。
「……私も鍛錬が足りんな」
自嘲と共に、仲間達にも悟られぬほどのほんのわずかな躊躇いを握りつぶし、旋焔を吹きつける。炎に焼かれる新たな悲鳴に、また顔が歪む。
レイは傍目にも明らかに激していた。漲る殺意は、ここにはいない空蝉に向けて放たれている。
「ここで止める……これ以上、苦しませない為に……」
自分自身に言い聞かせるような、それでいて赫怒を秘めた呟き。二丁拳銃を下ろし、格闘体勢へ。激しい摩擦を起こしながらのグラインドファイアが、さらなる炎を重ねていく。
続けざまに、メイザースのストラグルヴァインが屍隷兵へと伸び迫る。そこに飄々たる英国紳士の姿はない。マスクの下にあらゆる感情を抑制し、嫌悪も、怒りも、誰に悟られることもなく、子供らを苦痛から解放する為の最速を選び取る。
玲は淡々と敵の様子を観察しながら剣を振るう。雷刃突、月光斬、絶空斬――剣戟こそが我が生き甲斐とばかりの、己の傷も気に留めぬ、常と変わらぬ涼しい顔と迷いない太刀筋。
しかしその心中は複雑だった。
(「身の痛みは苦ではない。そしてこの胸の苦々しさも、踏み躙られた家族を思えば――」)
懊悩は決して表に現れない。現実を、彼らの嘆きや悲しみを、全て受け止めよう……目には見えぬ覚悟が、玲の太刀筋をより鋭く研ぎ澄ませていく。
苦しみが、悲鳴が、幾度となく散発する。屍隷兵は鈍重に、それでも必死に、ケルベロス達を拒絶する。武骨な手を必死に振るって、漏れ出る血液を塗りたくるように。傷ついた腹部からさらなる血を噴き出して、絵の具代わりに画用紙を塗り替えていくように。
人を傷つける事に慣れていないとわかる攻撃。それでも必死だ。特に二人の兄は、妹を傷つけさせまいと、一段と強い拒絶を突きつけてくる。
(「俺もああやって弟を守ろうとした……けれども守りきれなかった」)
レスターの脳裏に兄弟支え合って暮らしていた過去の記憶が甦る。
「キミたちはすごいよ。よく頑張った」
切なく囁きかけながら、重い指で引き金を引く。
続けて、無手にて躍り出たのは海晴。
「せめて空蝉の呪縛を断ち、在るべき場所へと解き放とう」
一撃で葬る気概を込めて、不可視の炎を帯びた回し蹴りが、屍隷兵の横腹を深々と抉った。
●死の先の、次の死
デウスエクスに劣る屍隷兵とはいえ、強化されたその力は決して侮れない。特に防御に特化した能力と立ち回りは、戦いを否応なく長引かせてしまう。
幾重ものグラビティ、幾重もの悲鳴。戦いは激化していく。子供らの嘆きは、ダメージとは別の痛みで、ケルベロス達の胸を抉っていく。
(「前だけを見て、全部見届ける、眼をそらさない。全て受け止めて耐えるだけ、泣かない」)
そう心に覚悟を決めながら、それでもしらべの心は嘆き声にかき乱される。庇おうとしてくれる仲間達の背中が、大切な人との死別の瞬間に重なる。
「むりしないで」
仲間をフォローするばかりで自身を顧みぬしらべを、同じ癒し手であるヒダリギのステルスリーフが癒してトラウマを祓う。
しらべははっとして、小さく目礼を返した。
(「……心乱されては駄目。役立たずな少女じゃない、守られるだけの存在じゃないから」)
必死に精神を落ち着かせながら、九十九式・煉獄楽土を癒しの旋律鳴り響く天上となして、しらべはなおも仲間達の為に治癒を振り撒いていく。
敵の頭部を破壊してしまえば、胸を締め付ける痛みから解放される可能性を、考えぬ者はいなかった。けれど、それを実行しようとする者もいなかった。皆、頭部への攻撃だけは、頑なに避け続けた。
ケルベロス達は言葉少なに、辛抱強く、堅い装甲を弱体化させ、動きを封じ、炎や氷を仕込み、増殖させていく。護りにばかり重きを置く屍隷兵は、徐々に打つ手を失い、追い詰められていく……。
「くるな」
「いだぁい」
「クレヨン」
「やめて」
「だすげで」
「どこぉ」
傷つくたびに上がる幼い悲鳴。
それは悲愴さを増しながら、屍隷兵の消耗が深まるほどに、細切れの端的なものへと変じていくようだった。
(「これは、いけない」)
フィーラは、強く思う。
(「これは、ありえてはいけない。これは、ゆるしては、いけない」)
足音を立てずに踏み込みながら、『わからないことだらけ』を自覚するフィーラは、けれど戦いが深まるにつれて確信を強くしていく。
一刻も早く、終わらせなければ。なるべく一瞬で、なるべく痛みもないよう全力に、確実に。
(「こうも、ころさなくてはとおもったのは、はじめて」)
展開したブラックスライムが敵を呑み込む。その感触に、終わりが近い事を知り、フィーラは安堵する。
もう、大丈夫。痛みとはさよならだ。
「キョウダイなかよく、おやすみ」
黒い物質に囚われた屍隷兵に、海晴が静かに歩み寄る。
「痛いか、辛いか、苦しいか、悲しいか? ……もう煩う事はない、ゆっくりお休み……」
ただただ優しく撫でるように触れる、その左手に纏う炎は、正体不明、不可視の、高熱を伴わぬ炎。痛みも苦しみもない甘き死を与える送り火。
レスターは特殊な呪文が刻まれた魔弾を撃ち、自由自在に魔弾を操る為の結界を張り巡らせた。
「これが俺の弔いだ」
終止路の死十字。こみ上げる悲哀を堪え、顔の右半分に紋章の刺青を浮かび上がらせながら、最後の弾丸を撃ち込む。
「これ以上苦しまない様、眠らせてやる……!」
ライドキャリバーのファントムと共に、敵の懐へと飛び込むレイ。
「……全てを撃ち抜け、グングニル……っ!!!」
銃口から放たれた高密度エネルギーは光の矢となり、光速で駆け抜け、屍隷兵の腹部を貫く。
「君達の無念、しかと受け取った。……終わりにしよう」
クールに、真摯に呟き、晟は雷を纏った。全身全霊をこめた力と速度任せの突きが敵を貫き、ボクスドラゴンのラグナルのタックルが追い討ちをかける。
「悔いも詫びも尽きないけれど、最早過ぎた事は変わらない。今出来るのは、この先の悲劇を変える事」
優しく語りかける玲の眼差しには、紛れもない慈悲が宿っている。
「お休み……辛かったね」
紫電。それは一瞬の出来事。全てを賭して、全てを断つ一撃。
メイザースは魔力を練り上げ光球を創り出す。そうして、戦闘に突入してから初めて、言葉を紡いだ。
「さあ、悪い夢は『さようなら』の時間だよ」
掲げられたそれは、悪夢を終わらせる目覚めの太陽。終言葉「空亡」。夜と闇の幕引きを託された「太陽」は、屍隷兵を眩く照らし出す。
明々と輝く光球を見上げる三つの頭部。その身を焼き尽くされ、輝きに輪郭を失っていくその表情は、不思議と、安堵のような色を帯びて見えた……。
●ここではないどこかでおえかきの続きを
血塗られた居間は速やかに片づけられ、凄惨な痕跡は出来うる限り拭い去られた。
家族の遺体を丁重に集め、ケルベロス達は各々に哀悼を捧げる。
「弔うにしても親類に連絡はしなければな。我々だけでどうこうできる話ではないしな……」
かき集めてきた絵とクレヨンにヒールをかけてやりながら、晟は気が重そうに溜息をついた。
「探しているのは、このクレヨンじゃあないだろうが」
ヒール作業の合間に、陣内はあらかじめ用意しておいた新しいクレヨンと画用紙を、横たわる遺体の横に差し出した。そして、子供らの絵の中で奇跡的に汚れを免れた一枚を取り上げ、じっと見入る。暖かな色使いの仲良し兄妹を描いた絵に、事件の悲愴さはうかがえない。
「向こうでまた、皆で沢山お絵かきするといい」
すっかり綺麗になったクレヨンと画用紙を、子供らの頭部の傍に供え、柔らかく声をかけるメイザース。
「……他に僕が出来るのは、禍根断つ為、動き続ける事。君達の無念は、忘れない。必ず、終わらせると誓うよ」
精一杯の手向けとして、お菓子や花も併せて供え、玲は静かに黙祷を捧げる。
「静かに眠って……さようなら……あなた達の想いは、私が背負うから……」
祈りを捧げると、しらべはそっとその場を離れた。廊下に出て、皆には見えない位置まで引き返すと、暖かな安堵がどっと胸に広がっていく。
「……みんな、無事……でよかった……私は、強くなれた……」
海晴は横たわる遺体を前に、神妙に手を合わせた。
「……」
(「奴はどこかで俺達の取り乱す様を見て悦に浸っているのだろうか? 今は怒りを鎮めて、時を待とう……」)
長い長い合掌の最中にも、空蝉の影が脳裏にちらついてしまう。
(「……犠牲者の尊厳を踏みにじるような事にならなければ良いが……」)
ひとしきりの黙祷ののち、メイザースは断末魔の瞳を起動する。
「天国で、また兄妹仲良く絵を描いてくれ……な」
持参した真新しいクレヨンを供えると、レイも同じく断末魔の瞳を展開した。
被害者の……ミナ達の視点で映し出される、忌まわしき殺戮。それはヘリオライダーから語られたものと同じ情景であり、それ以上でも以下でもない。ただ、二人の脳裏にははっきりと、傀儡使い・空蝉の顔が焼き付けられたことだろう。
「絶対に忘れねぇ……報いを受けさせるまでは……! 俺の全てに掛けて撃ち抜いてやる……!」
本当の敵を追い詰められるかどうか。それは今後のケルベロス達の行動にかかっている。
持参の絵本とクレヨンを供え、レスターは一枚の絵を手に取った。きっとミナが描いたものであろう、拙くも愛らしい、家族七人仲良しの絵。
「キミたちを救えなくてすまない」
天国では家族仲良くおえかきできますように……。
遺されたやさしい絵を抱いて、ただ、願った。
作者:そらばる |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 5/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
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