裏路地の闇から

作者:八幡

 肌にまとわりつくような暑さが煩わしい夏の夜。
 街灯もあまり届かぬ裏路地から、複数の怒声と打撲音が聞こえる。
 その裏路地の薄暗闇に目を向ければ、怒声の主たちの姿を捉えることが出来た。
「おいおい、もう終わりかオラァ!」
 上半身裸の男が、荷物のように担ぎ上げた男を放り投げながら吼える。
 怒声の主たちは、2グループで争っているようだ。と言っても、形勢は一目瞭然、半裸の男のグループが圧倒的に優勢で、ほぼ一方的に相手方を痛めつけているような状況だ。
「うっ……こうなったら! やってくれよ、タカシくん!」
 先ほど半裸の男に投げ捨てられた荷物……男が痛みに顔を歪めながら、裏路地のより深い闇の方へ声をかける。
 よくよく目を凝らせば、その場所にはもう一人、影のように男が立っていた。今まで味方のグループがやられていたのを黙って見ていただけでも不気味なのだが、それ以上にこのタカシという者には何か関わってはいけないような違和感を感じる。
「いまさら一人増えたところでよ――」
 そんな違和感、恐怖を払いのけるように一歩前に出た半裸の男の頭が、タカシの手によってもぎ取られる。
 ハエトリグサのように変化した自分の手の中に納まる球体を暫く眺めていたタカシは、物言わぬ肉塊と化した半裸の男へそれを返すと、凍りついたように仲間の成れの果てを見つめる敵グループへ微笑んだ。

「近年急激に発展した若者の街、茨木県かすみがうら市。この街では、最近、若者のグループ同士の抗争事件が多発しているようです」
 ヘリオライダーのセリカ・リュミエールは語る。
 急速に発展した場所であるなら、治安が追いついていないこともあるだろう。だが、それだけならばケルベロスたる自分たちが関わる事ではない。
「ただの抗争事件ならば、ケルベロスが関わる必要は無いのですが、その中に、デウスエクスである、攻性植物の果実を体内に受け入れて異形化したものがいるのならば、話は別です」
 つまりこの話がセリカの口から出てきた時点で、ケルベロスの宿敵たるデウスエクスが関与しているという事だ。
「皆さんに対応していただきたい、デウスエクスはタカシと呼ばれる攻性植物です」
 タカシのグループは始めタカシを抜きにして、敵対するグループと争うのだが、形勢が悪くなるとタカシの力を借りるようだ。
 デウスエクスであるタカシが介入すれば、どれだけ屈強な男だろうが普通の人間では戦いにならない。すなわち、後にあるのは一方的な虐殺だ。
「タカシと呼ばれる攻性植物は争っている2グループの奥に居ます。見た目は、黒い手の先まで隠れるようなコートを羽織り、口元をマスクで隠していますので一目で判ると思います」
 この暑いさなかにそんな格好をしていれば確かに見間違えることはなさそうだ。
「タカシ以外の男たちは、ただの人間ですので全く驚異にはなりません。彼らは攻性植物とケルベロスが戦い始めれば、勝手に逃げていくでしょう」
 そして、セリカは攻性植物以外は気にかける必要が無いことを述べると、
「この攻性植物は、右手がハエトリグサのように変化していて、敵の肉体を引き契ります。左手はツルクサのように長く伸びて絡み付いてきます。また、口が花のつぼみのように変化していて、そこに光を集めて光線を撃ってきます」
 続けて、攻性植物の能力を説明した。
 一連の説明を聞いていた、近衛・翔真は手のひらに己が拳を叩きつけ、
「デウスエクスに俺たちの力を、見せ付けてやろう!」
 ケルベロスたちに犬歯を見せて笑った。


参加者
立花・恵(カゼの如く・e01060)
松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)
武器・商人(闇之雲・e04806)
ロココ・ミストルティア(戦場の郵便配達員・e05632)
ルルティア・ビリジアナ(マイペースバーサーカー・e05659)
ロイ・ディック(デラシネニート・e05729)
八重樫・悠莉(小学五年生の鎧装騎兵・e08242)
祟・イミナ(滲み出る怨毒・e10083)

■リプレイ

●闇夜の中
 始まりの前の静けさの中、左の掌を見つめる。
 経験のない領域へ足を踏み入れるとき、人の体は想定外の事態に対処するため緊張状態になるという。
 だから、これは正常な体の反応なのだと言い聞かせるように、八重樫・悠莉(小学五年生の鎧装騎兵・e08242)は大きく息を吸う。
 それから気を紛らわすために掌へ向けていた視線を周囲へ向ければ、思い思いの方法で徐々に神経を尖らせて行く仲間たちの中、普段と変わらずに遠くを見つめる少女が居た。
「ルルティア、危なくなったら私の元へ来るようにね?」
 普段と変わらずに……つまりは悠莉が普段の姿を知っている相手、ルルティア・ビリジアナ(マイペースバーサーカー・e05659)の横へ移動すると、気遣うように声をかけた。
 そんな悠莉へどこかへ向けていた焦点を合わせると、ルルティアは小さく頷き、
「早く帰って……。ユーリのご飯が食べたいです」
 これから戦いが始まるとか、これが初陣であるとか、自分の力がどこまで通じるのかとか、そう言ったもの全てを置き去りにしてルルティアは言った。彼女の中では勝利は確定し、気にするべきことは帰った後のご飯のことのようだ。
「無事に家に帰ったらね」
 多少の緊張など吹き飛ばしてくれるほどに、いつもどおりなルルティアに悠莉が目を細めたところで、
「降下地点に着いたようだぞ!」
 立花・恵(カゼの如く・e01060)が目的地に着いたことを告げた。

 ヘリオンから降りた一行はルルティアを先頭に現場を探す……と、すぐに街灯もあまり届かぬ裏路地から聞こえる、複数の怒声と打撲音に気づいた。
 ヘリオライダーの話では、この後に最初の犠牲者が出るはずであるが、その直前まで待つのが今回の作戦だ。
 恵は目で仲間たちに合図を送ると、いつでも飛び出せるように建物の影に身を潜める。
「こんな場所や若者も『守るべき場所(地球)』なんですよね」
 ロイ・ディック(デラシネニート・e05729)は自分たちに気づく様子もなく暴れている、2グループの若者たちに嘆息する。
「不良同士の諍いには興味ないけど、それでも人命が損なわれるのは気分わりぃしな」
 ああ、でもああやって自分の居場所を手に入れようとしているんですかね? 俺なんて帰る場所も無いのに……などと、ぼそぼそと卑屈なことを呟くロイのどこか頼りない背中を見ながら、松葉瀬・丈志(紅塵の疾風・e01374)は肩をすくめた。
 不良同士の諍い自体は、それこそ勝手にやっていればよいのだが、そこにデウスエクスが絡むとなれば放置する手は無いのだ。丈志は全力で行くぜと、自身に気合を入れる。
「……こんな抗争してる連中など一人残らず祟りたいが仕方ない」
 なぜか手に藁人形を持ちながら、祟・イミナ(滲み出る怨毒・e10083)は薄暗い赤色の瞳を若者たちへと向ける。
 祟りたいと言う台詞に全く抑揚が無いあたりイミナの本気具合を感じられるが、その藁人形で何をする気なのかは突かない方がよいだろう。
「半裸の男が出てきましたね」
 薄暗い闇の中にあってなお黒い何かを発するイミナから目を逸らすように、ロココ・ミストルティア(戦場の郵便配達員・e05632)は若者たちへと目を向ければ、そこには丁度上半身半裸の男が、敵対する男を持ち上げている姿があった。

●介入
「うっ……こうなったら! やってくれよ、タカシくん!」
 半裸の男に投げ捨てられた男が痛みに顔を歪めながら、裏路地のより深い闇の方へ声をかける。
 よくよく目を凝らせば、その場所にはもう一人、影のように男が立っていた。今まで味方のグループがやられていたのを黙って見ていただけでも不気味なのだが、それ以上にこのタカシという者には何か関わってはいけないような違和感を感じる。
「いまさら一人増えたところでよ――」
 そんな違和感、恐怖を払いのけるように一歩前に出た半裸の男が、盛大に前のめりに倒れた。
「ってぇな! なにすんだ……」
 唐突な出来事に抗議の声を上げようとした半裸の男は、自分の頭が在った場所をもぎ取るようにあるハエトリグサのようなものを見て息を呑む。
「ヒヒヒ……頭がもげないだけマシだと思いなよぉ」
「あんたらは下がってな、喰われたくなかったらな」
 それから、半裸の男の尻を蹴飛ばしたままの姿勢で居る、武器・商人(闇之雲・e04806)と丈志の言葉で状況を理解した。
 もしもあのまま突っ立っていたら商人の言うように、頭がもげていただろう。半裸の男は自分に降りかかった事態に青ざめ、グループの仲間たちは我先にと裏路地から逃げてゆく。
「俺達はケルベロスだ! タカシ、デウスエクスになっちまったお前を……倒す!」
 逃げ出した若者たちを押し分けるように歩いてきた恵がタカシの前に立つと声高に宣言し、
「負けそうだからって……。絶対に負けない方法を使うのは……ずるいです……」
 ルルティアが金色の瞳でタカシたちを見つめる。
「た、タカシくん! 俺たちも逃げるけど、後は頼むよ!」
 ルルティアの瞳から彼女の心境を察することは出来ないが、ケルベロスが介入してきた以上、自分たちの悪行は全て筒抜けであると見たほうがよいだろう。タカシを呼び込んだ男は巻き込まれないようにと逃げ出し、それの後を彼のグループの者たちが続く。
「身勝手な人たちですね」
 蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった若者たちの背中を見ながら、ロココが殺界形成を張る。
「ねぇ、タカシお兄ちゃん。みんなお兄ちゃんを置いて逃げちゃったね?」
 独り取り残されたタカシにバスターライフルを向けながら、悠莉は子供のような口調で問いかける。無邪気に聞こえる言葉は辛辣なものだ、もしタカシに自我があるなら何らかの反応を示すだろう。
「ハハ……後で、全員オシオキしなきゃね。でも、邪魔をしたお嬢ちゃんたちの方が先かな?」
 悠莉の言葉に、タカシはぞっとするほど優しい笑みを返した。悠莉の意図を理解した上で、言葉を選んだ……このタカシには自我も知性も残っている。
 そして笑みを崩さないまま、手元にハエトリグサを戻すと、悠莉へ向かって一歩踏み込む。
「さて、キミはこちらに来てはいけないよ。お下がり」
 だが、商人がオラトリオの証である光翼を展開し、光弾を飛ばすことでタカシの目を眩ませつつ牽制する。
「完全に寄生されちまったんだなぁ……悪いな。本当は同じ人間なのに、俺はお前を……殺す!」
 それとほぼ同時に、精神を極限まで集中させた恵が言い放つと、攻性植物そのものと化したタカシの手元が爆発し、商人の光弾がはじけてタカシの足を怯ませる。
「何だい、かわいいお姉さんが先に相手をしてくれるのかな」
「誰が女だって? よく見ろ!」
 光弾から目を庇う様に腕を上げつつ叩いたタカシの軽口に、恵は思わず胸を張りながら女ではないことを主張するが、
「ヒヒヒ……見えてないと思うよぉ」
 商人が言うように目元を隠しているタカシの目には、残念ながら男であることを主張する恵は映っていなかった。

●攻性植物
 二重の意味で悔しそうな恵だが、あれはあれでタカシの注意を引くには丁度良いだろう。
 ロイはタカシの注意が恵に向いている間に、商人に蹴られて地面に転がったままの半裸の男を起き上がらせる。
「ほら、急いで逃げて」
 そして、背中を押して戦場の外に向かって走らせた後に、タカシに向き直るや否や背筋を伸ばし、
「目標確認、情報収集開始」
 先ほどまでとは人が変わったように抑揚の無い声で告げるとともに、バスターライフルから魔法光線を発射した。
 しかし、ロイの魔法光線は蔦のようなタカシの手によって弾かれ――弾いたその手が唐突に爆発した。
「その手、この爆撃にも耐えられるか?」
「ッ!」
 丈志が精神を極限まで高めて爆発を起こしたのだ。予想外の爆発と激痛にタカシは思わず声を上げて飛びのく。
「……お前が何故異形と化して紛れ込んだのかも興味は無い。危険物は祟る、それだけ」
 自分たちと距離をとろうとするタカシの思い通りにはさせないと言わんばかりに、イミナはその後を追って翔ける。
「……忌まわしく喰らう」
 そして、タカシの足が地面へ着くか着かぬかのところで体にまとったブラックスライムを捕食モードに変形させ、タカシの体を丸呑みにさせた。
 一瞬、タカシの全身がブラックスライムに呑まれ、真っ黒に染まる……だが、次の瞬間ブラックスライムの一点が仄かに光り、
 徐々に確かなものとなったその光はブラックスライムの吹き飛ばし、一条の光線となってイミナの右腕を貫いた。
「なかなかやるね、お姉さんたち」
 光線を放ったためであろうか、植物のつぼみのように形状を変化させた口を器用に動かしタカシは軽口を叩く。
 だが、その軽口の割りには、先ほどまでの微笑みは消え、余裕が見えない。
 貫かれた右手を押さえ、よろめくように一歩下がったイミナの頭上を越え、ルルティアは高速で体を回転させながらタカシへ飛び掛る。
 とっさに蔓の手でルルティアの斧を受け止めたタカシだが、そこへ悠莉がバスターライフルから放った凍結光線が直撃し……凍った蔓の手はガラスのように崩れ落ちた。
「ァ!?」
 信じられないものを見るように自分の崩れた蔓の手を掲げるタカシを観察しながら、ロココは魔法の木の葉を纏ってジャマー能力を高め。
 オルトロスのココロにタカシを燃え上がらせ、近衛・翔真(ウェアライダーの螺旋忍者・en0011)は、獣化した手足に重力を集中した一撃を放った。

「こんなバカな!」
 イミナに伸ばしたハエトリグサの手は、彼女のチェーンソー剣によってあっさり弾かれ、
「……草刈だ。呪わしい傷をその身に負え」
 弾いた返しでイミナはチェーンソー剣をタカシの体に突き立て、それと同時に蝕影鬼が金縛りでタカシの体をしびれさせる。
「グガガ!」
「目標は自己評価に不備あり」
 強烈な振動と痛みに叫び声が震えるタカシの足元から、ロイが呼び出した溶岩が噴出す。
 もしタカシが正しく自分の能力を理解していたのなら、ここまで追い詰められる前に逃げる選択肢もあっただろう。だが、彼はそれをしなかった。
 それは力を得た者のおごりか、あるいはロイたちに対する戦力評価のあやまちか……どちらにしても致命的な認識の違いであり、最大の付け入る隙である。
「一気呵成に仕留めることを提案します」
 ロイは呼び出した溶岩を避けるように、イミナがタカシを蹴って飛び退いたのを確認して進言する。
「あなたの罪、その身をもって償いなさい」
 ロイの言葉に小さく頷き、ロココは灰色の小瓶を一振りして粉末をばら撒くと、魔法の吐息にのせてタカシの周囲へ展開させる。
 展開された粉末から逃れる術もなく、タカシは灰色の粉末を吸い込み……唐突に苦しみだすと、喉をかきむしるような仕草を見せる。
 だが攻性植物と化した手ではそれすら叶わず、ただただ徐々に体を石に変えながら苦しみもだえるばかりだ。
「星のように……舞えっ!」
 人でなくなった者の哀れさに恵は少しだけ首を横にふり、銃弾に闘気を込め、刃のような衝撃波を纏った弾丸を一斉射撃した。
 恵が放った弾丸はタカシを斬りつけながら縦横無尽に飛びまわり、
「チク……シ……」
 タカシが吐き捨てるように小さく呟いた瞬間、その胸元に全弾突き刺さる。
「力の振るい方がなっちゃいねぇよ、隙だらけだったぜ」
 そして、丈志は荒く息をするだけで動かなくなったタカシの頭に銃口を突きつけると――その引き金を引いた。

●罰せられたもの
 恵は完全に動かなくなったタカシに背を向け、戦いの終わりを告げるようにくるくるとリボルバーを回してホルスターに収める。
「ヒヒヒ……被害がなくて何よりでしたねぇ」
 被害がなくてよかったという商人だが、前髪で目元を隠していて、三日月型に笑む口だけが見えるその様では、本当にそう思っているのかと疑わしくなる。
「そうだな、皆無事でよかったぜ」
 そんな商人の本心は計りかねるが、実際のところ若者にも自分たちにも大きな被害はなかったのだ。喜ぶべきことだと、丈志は大きく頷く。
「それにしても、見事な逃げっぷりだったねぇ」
 周囲を見回しても人影すら見えない、若者たちは見事に逃げ切ったのだろう。その逃走っぷりを思い出しつつ、ロイは嘆息する。
 少し背中を丸めて息を吐く姿は、再び戦闘前のようにどことなく卑屈な感じに戻っている……丈志が興味深そうにロイの背中を見ていると、
「……祟りたい」
 真横でイミナが物騒なことを呟いていた。あの若者たちの言動を見れば、祟りたいという気持ちも解らなくは無い。イミナのそれは口癖の部類だろうけれど。
「ところで、植物も料理方法次第では美味しいんですよね……」
 イミナの呟きとは別の意味で、ルルティアも物騒なことを口走っていた。
「消えてしまいましたね」
 もっとも、ロココの言うようにルルティアの視線の先にあった攻性植物は風に溶けるようにその姿が消え始めていたけれど。

 そして、タカシで在ったものが完全に消えるのを見送り、オシオキされたのはタカシお兄ちゃんの方だったねと、悠莉は小さく吐息を漏らす。
 悠莉の様子から本当に戦いが終わったのだと、実感したロココは肩からかけた大き目のカバンを確認するようにかけなおす。
 それから、ふと町のほうへ視線を向ければ、町の明かりを背景に恵が一人で格好良く去ろうとしていて……、
「私たちも帰りましょう」
 ロココは仲間たちへ声をかけると、恵の後ろを追って駆け出したのだった。

作者:八幡 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年9月7日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 3/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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