変幻自在の老女武者

作者:猫目みなも

「……ふむ」
 今となっては住職も参拝者もいない山中の廃寺。その境内でひとり黙想に耽っていた老女が、静かに息をついて瞼を開けた。
 老女と形容しはしたが、彼女の瞳に曇りの色はなく、その背筋もまた銀灰色の髪に見合わぬほどに凛と伸ばされている。
 老いてなお現役の武道家。そんな風体の彼女が、正面に置いていた樫製の薙刀を手に取り、中段に構えたそのときだった。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 いつの間にか境内に現れていた気の強そうな少女が、老女にそんなことを言い放つ。
 その言葉を受けた老女は一瞬眉根を寄せたが、すぐに構えた薙刀を少女に向けて繰り出した。どこか何かに操られるようにして繰り出される斬撃を、或いは石突による突きを、そして長柄での払い技を、少女は余裕の表情を浮かべたままその身で受ける。
 ややあって、ふぅん、と少女は鼻を鳴らし、手にしていた鍵を老女の胸元に向けた。
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 からん、と老女の手から落ちた得物が乾いた音を立てる。鍵に貫かれ、倒れ伏した老女の胸元から、けれど血が流れ出ることはない。ただ彼女の傍らに、銀色に輝く大薙刀を携えた女武者が立っていた。
 己の技量を確かめるように、女武者はモザイク化した手足で二、三の構えを取り、武器を振るう。その様子を満足そうに眺めて、少女は山麓を指差した。
「お前の武術を見せ付けてきなよ」
 示された方向、つまりは町の方に目を向け、女武者のドリームイーターは無言で頷いた。

「武術家を襲うドリームイーター・幻武極の話は、もうお聞き及びでしょうか。彼女が、またドリームイーターを生み出しているようです」
 そう、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は説明を切り出した。
「今回襲撃が発生するのは、熊本県の山中。そこで薙刀の修行を積んでいる女性の方が襲われるようです」
 幸いにして、ドリームイーターが山を下り、人里を襲撃し始めるよりも早く、ケルベロス達は現地に到着することができる。
 廃寺から山麓の町に至るまでのエリアには老女以外の一般人もいないため、周囲の被害は気にせずに戦ってほしいとセリカは告げた。
「生み出されたドリームイーターも、女性と同じく薙刀の使い手です。その長柄を活かした攻撃は、まさに変幻自在。特殊な呼吸法によって気を鎮め、傷と異常を癒す力もあるようですので……皆さんにとっても、ある程度の強敵と言っていいでしょう」
 とは言え、その刃が前衛や中衛を抜き去って直接後衛に届くことはない。
 相手の回復に気を払いつつ、それぞれの隊列についたケルベロスが協力して戦闘に当たれば、撃破は十分に可能な相手だ。そう、セリカは敵の戦闘力をまとめた。
「老いてなお修行に励み続けているような武道家の方を襲撃し、生み出したドリームイーターに人々を蹂躙させるなど、見過ごせる所業ではありません。皆さん、この敵の撃破を、どうぞよろしくお願いします」


参加者
ギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)
白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)
橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)
ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)
志藤・巌(壊し屋・e10136)
安藤・優(名も無き誰かの代表者・e13674)
伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)

■リプレイ

●邂逅
 少しずつ秋の匂いが立ち始めた山道に、土を踏む音が微かに響いていた。足音の主たるケルベロスたち以外に、その道を行く者の気配はまだない。
「こんな山奥で修行するほどです。連盟形とは違った刃味の使い手と期待していますよ」
 フェアリーブーツの調子を確かめるように一度強く足元を踏みしめて、白羽・佐楡葉(紅棘シャーデンフロイデ・e00912)は涼やかな笑みを浮かべる。どこか期待するようなその呟きに、橘・芍薬(アイアンメイデン・e01125)も指で顎を擦って。
「剣道三倍段だっけ? 薙刀も似たようなもんだろうからきっと凄く強いんでしょうね」
 一説には徒手の武芸者が長物使いと相対する場合、相手の三倍の段位をもってようやく互角なのだという。その長物のひとつ、薙刀の修行を積んできた老女から生まれたドリームイーターが相手とあっては、戦いに身を置く者として興味を引かれたケルベロスは多いようだ。
「強さ、強さねェ……」
 ゆら、と伽藍堂・いなせ(不機嫌な騎士・e35000)の咥えた煙草が燻る。武術を修め、さらにそこから極めていくという感覚は、一体どのようなものなのだろうか。無事にことを解決できたら、かの老女に話を聞いてみたい。そう、いなせは考える。
 ふと、その前を行く木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)が足を止めた。何事かとその横顔に目をやる安藤・優(名も無き誰かの代表者・e13674)に、彼は一言答える。
「足音だ」
 ほんの短いその言葉に、瞬間全員の表情が引き締まった。今、この場所で足音を立てる者など、ケルベロスたちを除いてはひとりしかいない。幸いこの辺りは開けており、戦闘に何ら支障はなさそうだ。誘導は考えずに構えておいて構わないだろうと、芍薬は自らと共にある攻性植物に一度だけ触れた。
「一般人を避難させる必要もないみてェだし、あとは戦闘に集中すりゃよさそうか。ラッキーと言えばラッキーだな」
 煙草を踏み消しながらそう呟いて、いなせもまた音の方向を見据える。少しずつ、それは確かにこちらへと近付いていた。
 やがて草を踏み分けて現れたのは、手足にモザイクを纏う銀髪の女武者だった。その歩調を見ただけで、ソラネ・ハクアサウロ(暴竜突撃・e03737)は確信する。
「なるほど。その構えと体捌き、貴方の元になった老人は相当な使い手なのですね」
 女武者――ドリームイーターは答えない。ただ目の前に立つ若者たちの力量を測るかのように、猛禽のような目をじっと光らせている。正面からその双眸を見つめ返して、志藤・巌(壊し屋・e10136)が唇の端を片方だけ静かに上げた。
 彼女に対して思うところはない。実力を見せ付けたいというその意思も、確かに理解できる。だから、と一対の篭手で武装した両腕を構えてみせる彼に、最初に頷いたのはギルボーク・ジユーシア(十ー聖天使姫守護騎士ー十・e00474)だった。
「その技、見事乗り越えて見せましょう!」
「――」
 不足なし、と皺の寄った口元が呟いたようにも見えた。大薙刀を中段に構え、そのまま真っ直ぐに振り上げた敵を前に、八人のケルベロスたちは戦闘態勢に移っていく。

●刃交わる
 縦一文字の切り込みを起点に放たれる連撃が、前衛のケルベロスたちにすかさず襲い掛かった。自在に間合を離し、また詰めては繰り出される攻撃を構えた刀で凌ぎながら、ギルボークは刃越しに敵を見据える。
(「距離をとっても懐に飛び込んでも刀では不利、か。しかし」)
 それはあくまで、グラビティを用いぬ仕合の話。ならば決して破れぬ壁ではないと、彼は敢えて竜爪やブレスといった技ではなく、剣士としての技量で相対しようと身を翻す。その傍らに、黒い虹がひと筋伸びた。仲間たちの陰から勢いよく飛び出した佐楡葉の蹴りが、瞬間ドリームイーターの目を引き付ける。ほぼ時を同じくして、巌がその懐にまで間合を詰めていた。
「喜べよ。俺が……俺達が! 全力で相手してやんだからなァ!」
 踏みつけた足から莫大な気が流れ、敵の足を縫い止める。僅か一瞬向けられた視線の意味を、ギルボークは正しく理解していた。
「――天旋巡りて、調を穿つ!」
 回避力の鈍った相手に向け、放つは無音の抜刀術。振るい抜いた一閃は、見事老女武者の手元を捉えて。
 芍薬の放つ捕縛の蔦に続いて掌にオーラの弾丸を輝かせながら、ソラネもまた、真っ直ぐに相手に向かって言い放つ。
「一人の武人に対して多人数で相対するこのご無礼を、お許し下さい。我らケルベロス、推して参ります」
 声と同時に打ち込んだ気咬弾は、敵の肩口を掠めるに留まった。だが、そこへ間髪入れずにいなせが叩き込んだ七色の尾を引く一撃が、ドリームイーターの意識を後衛へとさらに強く引き付ける。
 ウタが、指先でバイオレンスギターの弦に触れた。そして、想いを乗せた歌声が燃えるように紡ぎ出される。その旋律の名は、『世界を紡ぐ歌』。希望の灯を燈すようにどこまでも力強く奏でられる音楽は、確かに前衛の仲間たちへと癒しをもたらして。
 そして、その声が与えるのは体力的な癒しだけではない。同じくメディックの位置に立つ優もまた、勇気付けられたように視線を上げた。確かめるように、彼は軽く拳を握る。――大丈夫、ひとりじゃない。
 ライトニングロッドを迷いなくソラネへと向けて、優は攻撃手の腕に更なる賦活を施していく。雷電が指先までを温めていく感覚に、ソラネも微かに頷いた。
 ひゅ、と樫が空気を切り裂く音。繰り出された柄払いは、ソラネのボクスドラゴン――ギルティラが身を挺して受け止めた。瞬間、流れ雲が太陽を覆い隠す。急速に薄暗くなった山中で、葉擦れの音がやけにざわついた。
「――気付きませんか? もう刻んでます」
 いつからそこに滑り込んでいたのか――ドリームイーターの死角から、佐楡葉が仕込み小太刀を深々と突き立てる。敵の脛に蹴りを打ち込み、その反動でずるりと抜いた刃に、不恰好なモザイクが映り込んだ。
「当たりはするが、……固いな」
「ディフェンダーと見て間違いなさそうね」
 巌と芍薬が、攻撃の手は緩めないまま互いに視線を交わして確かめ合う。ならば、とギルボークの繰り出した神速の突きが武芸者の防御を崩したところに、ソラネの腕が鋭く伸ばされた。たおやかなそれは一瞬で渦を描く無慈悲な機構と化し、ドリームイーターの脇腹を貫き穿つ!
「ビタ」
 黒い相棒の名を短く呼んで、いなせがバスターライフルを構える。主の指示と、そして凍結をもたらす射撃に合わせて、ウイングキャットもまた尻尾の輪を振るって攻勢に転じてみせた。彼らの連携に続き、ウタもその腕に地獄を燃え上がらせて。
「消し飛べ!」
 夢を持つ者が目指す『己の姿』とは、努力と修練の果てに得られるもの。決して鍵によって引き出されるものではないのだ。故に、この敵はここで打ち倒す。決意と共に加速した拳が、一層赤く熱く煌いた。
「……それなら」
 ヒールよりも、今は手数を。仲間たちの動きを懸命に見て、優が『御業』の砲身から炎弾を解き放つ。老女武者の腕を覆うモザイクの表面を、新たな炎が舐めるように走った。
 鬱陶しげに顔をしかめ、得物を構え直して、ドリームイーターは呼吸を整える。
 ――ここからだ。そう呟いたのは、ドリームイーターかケルベロスか。
 風が吹き抜け、漂う血の匂いを僅かながら吹き払った。

●不動心
 ふ、と鋭い呼気。微かに唇を尖らせたまま、佐楡葉が薙刀の刃を踏みつけたのだ。そのままパイルバンカーを遠慮もなにもなく叩き付け、跳び退る。あれから数合の刃を合わせた相手は、既に彼女ら前衛からは殆ど意識を逸らされているように見えた。怒りの矛先までには、前衛、そして中衛に立ちはだかるケルベロスたちとサーヴァントの壁がある。はっきりと苛立ちの気配を見せる敵に、鋼の輝きを纏う巌が鋭い目を向けた。
「目の前が留守だぜ、薙刀使い」
 噛み付くように繰り出した無骨な拳が、敵の腹部に吸い込まれるように入る。彼女を生み出した元凶のことを考えかけて、脳裏に浮かぶ幻影を振り払うように、巌はひとつ舌打ちを零した。
 異常を払う呼吸をもってしても、ドリームイーターは衣服を舐める炎を、制御のきかない怒りを、肌に刺さる氷を、全て取り払えてはいない。そうした端から――或いはそうする前に、ケルベロスによって新たな異常が付与されているのだ。ならばいっそ攻めに徹した方が早いと判じても、燃え上がる怒りが時にそれを阻む。もどかしげに構えを変える敵を前に、ウタが再び声を上げた。
「イイ夢見ようぜ!」
 デウスエクスを討ち果たし、そしていつかは地球の皆が笑顔となる、そんな未来の夢を。鼓舞の言葉と同時に振るわれた九尾扇から溢れ出したまぼろしが、芍薬の負った傷を塞ぐと同時にジャマー能力を引き上げる。ええ、と頷いた彼女を励ますように、テレビウムの九十九も画面いっぱいに応援動画を流してみせた。
「戦いは苦手だけど……」
 敵の攻撃は、より前方に立つ頼もしい仲間たちのおかげで後衛の位置までは届かない。ならば自分もできることに集中しようと、優が何度でもライトニングロッドを振るって前衛に更なる力を与えていく。
 前衛全てを巻き込まんとする斬撃を、そこに立つケルベロスたちはまるで舞踏にでも誘われたかのように軽やかな体捌きでいなし、ダメージを致命的でないものにまで抑え込む。佐楡葉もまた、襲い来る刃の勢いを殺すように、とん、とひとつ大きく軸足を引いた。二歩、三歩、瞬きの間に大きく離した距離から、彼女は掌を敵へと向けて。
「生憎、あんまり正々堂々とかとは無縁の人種でありましてね」
 はじめからその言葉を鍵にしていたかのように、解き放たれた焔の竜が空中を疾走する。何をも等しく焼き捨てる竜語魔法の火に喰らい付かれ、なおもあがくように背筋を伸ばすドリームイーターの姿に、ふぅん、と巌が微かに鼻を鳴らした。
 自らの負ってきた傷も厭わず、彼は再び深々と敵のもとまで文字通り『踏み込む』。がん、と踵から叩きつけるように打ち込んだ爆震脚は、本来彼が『タイマン用』と位置づける技。けれど、今この一瞬においては。
「そら、速さは削いだ! ……行け!」
 荒っぽく投げかけられた声に、ギルティラの鋭い鳴き声が重なる。その両方に小さく頷いて、ソラネはいっそ緩やかなほどの所作で得物の柄を掴んだ。
「王には冠を、剣には牙を、この王剣に――迷いなし」
 時が止まる。
 そう錯覚させるほどの、静謐な一撃だった。竜の牙を思わせる鋭角の軌道を描いて放たれた刃はドリームイーターの手にした長柄を跳ね上げ、ガラ空きになった胴をそのまま両断する。
「――、」
 断末魔も上げられぬまま、敵の肉体は末端から光と崩れて消滅していく。
 けれど溶けるように全てが消え去る間際、彼女の瞳がどこか満足げな色を浮かべてこちらを見ていたのは――気のせいだったのだろうか。
 銃口を下ろし、寄り添うウイングキャットを片手だけで労いながら、いなせはふとそんな印象を抱いていた。

●誰が為に、何ゆえに
「……終わっ、た?」
 確かめるように瞬く優に、ウタが力強く頷きながら親指を立てる。
「ああ、敵も強かったが、俺たちの勝利だ!」
 戦いの熱気が残る山中に、その声はどこまでも明るく響く。すっかり雲の払われた空から注ぐ陽光もまた、眩しい。
「武術とは何のために使うのかが重要。見せつけるものではないと、ドリームイーターは分かっていなかったようですね……」
 刀を収め、頬に散る血を拭いながら、ギルボークが誰に言うでもなく呟いた。風に長い髪を遊ばせたまま、佐楡葉がやはりこちらも呟きの形で言葉を返す。
「ドリームイーターとは、そういうものなのかも知れません」
 零れ落ちるようなやり取りを聞きながら、ふといなせは巌の背中に目をやる。そこから散っている砂のような煌きは、間違いなくオウガ粒子によるヒールグラビティだ。
「……荒れっぱなしってなると、婆さんが不便するかもしれねェしよ」
 視線に気付いてぶっきらぼうに言い捨てる彼に、ソラネが相棒を撫でながら柔らかく微笑む。
「これから私たちも通る道ですし、ね」
「……何よ、結局皆お婆さんに会いに行くつもりだったのね」
 苦笑ともとれる形に目を細める芍薬の声も、どこか優しい。彼女の足元では、九十九が早く廃寺を目指そうとばかりに手にした武器で山頂の方角を示していた。
 そして、再び八つの足音が山中に重なる。頼もしいその背中を見送るように、未だ鮮やかな緑色の葉をつけた木々の枝が風に揺れていた。

作者:猫目みなも 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月29日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 7/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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