武を取り戻せ

作者:小茄


「ほあたぁっ! あたぁっ!」
 山中に響く怪鳥音。
 その声の主は、上半身裸の青年。
 声に合わせて拳を突き出したり、脚を蹴り上げたりしているものの、その動きは今ひとつぎこちない。
 身体も鍛え上げられた武術家の肉体……には程遠く、もやしっ子などと揶揄されそうなやせっぽち。
 やや滑稽にさえ思えるが、当人の顔は至って真剣だ。
「ダメだ、こんなんじゃ……俺の目指す『武』には遠い! アイツらを見返す事なんて……!」
「それ、興味あるな」
「なっ?! ……き、キミは?」
 人里を遠く離れた山ごもりの修行、よもや他者に声を掛けられるとは思っておらず、慌てて振り返る青年。
 そこには、あどけなさの残る少女。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
 彼女の挑発的な口調に操られるかの様に、男は構えを取る。
「おあたぁっ! あたたたたたたたたぁーっ!!」
 そしてあろう事か、少女に対し情け容赦ない苛烈な連打を見舞ったではないか。
「……僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
 それらの攻撃を全て受けながら、そよ風に吹かれた程度にも動じない少女。
 お返しとばかりに、鍵の形をした何かで男を一突きに貫く。
「うっ?!」
 血を流すでも痛がるでもなく、彼は意識を失ってその場に崩れ落ちる。
 その代わりとでも言うのだろうか、傍らに突如出現したのは身長2m近くはあろうかと言う、精悍な顔立ちの男。鍛え上げられた肉体は、銃弾すら弾かんばかりの迫力だ。
「アタァッ! ホァッタァッ!!」
 虚空目掛けて繰り出されたのは、目にも留まらぬ突きと蹴り。
「お前の武術を見せ付けてきなよ」
 そそのかす様な少女の言葉に、彼は無言でその場を去る。
 メキメキと音を立てて大木が倒れたのは、彼の背が草木の彼方へ消えた後の事だった。


「武術を極める為に、山ごもりの修行をしていた男性がドリームイーターに襲われました」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)によれば、襲撃者の名は幻武極。
 自分に欠けている「武術」を奪う事でモザイクを晴らそうとしている様だ。
「今回の襲撃によってモザイクが晴れることはありませんでしたが、武術家のドリームイーターが出現し、暴れようとしています」
 これは、襲撃された男性が思い描く、理想の……或いは究極の武術家の姿。かなり強力な技を使いこなす手強い敵となるだろう。
「幸い、今のタイミングであればこの武術家ドリームイーターが人里に辿り着く前に、阻止する事が可能なはずです」
 セリカは地図の一点を指差し、その場所で待ち伏せすれば一般人の邪魔が入る事なく、また視界や足場も良好な条件で戦う事が出来るだろうと説明した。

「武術家ドリームイーターは1体のみで、配下は存在しません。ただし、青年の理想像だけあって、戦闘力は高いと言えます」
 加えて武術家という性質上、こちらから戦いを挑む限りそれを避けたり、戦闘中に逃走すると言った予想外の行動も取らない様だ。
 そう言った点では戦いに集中出来る、やりやすい相手とも言えるだろう。
「また、このドリームイーターを倒せば、青年も意識を取り戻します。そちらは特に気にしなくても、自力で下山するなり修行を続けるなりする物と思われます」

「ドリームイーターが人里を襲えば、被害は避けられません。そうなる前に、必ず阻止して下さい!」
 セリカはそんな言葉で、状況の説明を締めくくるのだった。


参加者
旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)
ウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736)
宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)
穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)
リティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)
クラリス・レミントン(奇々快々・e35454)
レオン・アドモア(紅蓮の拳闘士・e39583)

■リプレイ


 静かな里山の外れ。秋の気配も大分濃くなった山へと続く道に、静かに展開するケルベロス。
 情報通りならば、ここは間もなく戦場となる。
「理想、究極の武術家、ですか……しかも強敵と伺っております……♪」
 と、令嬢然とした礼儀正しい振る舞いと外見に反し、燃え上がる闘争心を隠さない旋堂・竜華(竜蛇の姫・e12108)。
「ふふふっ……とても楽しみですね……♪ 今から相見えるのが待ち遠しいです……♪」
 楽しげに微笑みながら、足下の具合を確かめるなどして戦いに備えている。
(「幻武極、いつの日か刃を交えてみたいものだが……今は……酷く魅力的な強者が此処にいる……」)
 一方、微動だにせず標的の到着を待つのは、ウォリア・トゥバーン(獄界の流浪者・e12736)。
 身体も心も全てを獄炎に包まれる彼にとって、戦いは愛すべきもの。表情一つ変えずとも、彼もまた強敵の存在に心を躍らせているに違いない。
「それにしても……怪鳥音でマッチョ。よもや胸に七つの傷がついてたりしないでしょうねえ」
 ヘリオライダーの話を思い出しつつ、呟くのは宇原場・日出武(偽りの天才・e18180)。
「前に映画で観た。黄色に黒い線が入った、ジャージみたいな服を着て……」
「えぇ、大元のそっちかも知れませんねえ」
 情報通り、周囲に人の気配が無い事を確認したリティ・ニクソン(沈黙の魔女・e29710)の言葉に、日出武は頷く。
「その子の強くなりたいって理想を形にしてるんでしょう? だったら可能性はどっちも有り得るわね」
 穂村・華乃子(お誕生日席の貴腐人・e20475)は、凝視していた山道から一瞬、今回の被害者でありドリームイーターの生みの親ともなった青年に思いを巡らせる。
 今は意識不明の状態で山中に倒れているはずだが、何らかのコンプレックスを払拭する目的で身体を鍛えていた彼が、自分の理想を投影するのは、やはり銀幕や劇画の中で格好良く無双する格闘家である可能性が高い。
(「幻武極……人の鍛えた武術を集めて、一体何をしようというの?」)
 顔の半分をマスクで覆い隠したクラリス・レミントン(奇々快々・e35454)は、やはり表情に現わす事無く心中で呟く。
(「すごく強そうに見えたから狙った、とかいうわけでもなさそうだし……」)
 今回に関しては武道を極めた達人ではなく、強くなる事を夢見るごく普通の(或いは普通未満の)一般人が狙われたのも事実。
 ドリームイーターとしては現実的な強さ以上に、強くなりたいと言う想いを嗅ぎ付けての事かも知れない。
「……っと、ようやく来やがったか」
 レオン・アドモア(紅蓮の拳闘士・e39583)の視線の先、これから里山を襲撃するとは思えない様な、悠然たる足取りで山道を降りてくる男が一人。
「最初から理想の姿なんて、これほどつまらねぇものはねえな……!」
 彼もまた戦いを好む生粋の戦士であるレオンは、威圧感さえ感じさせる巨躯の男を見遣って言い放つ。
 修練や経験を踏まずに辿り着いた究極の武など、彼にとっては到底認められる物では無いのだろう。常軌を逸した修行の末、ついにケルベロスとなるに至った彼には。
「さて、村長先生の拳法を近くで拝見出来る事なんてなかなか無いからな。期待してんぜ?」
 相手の事も気になる所だが、ギルフォード・アドレウス(咎人・e21730)は、戦いを前に同じ旅団に所属する日出武にそんな一言。
 バトルジャンキーを自認する彼だが、団の長でもある相手の戦い振りにも興味が尽きない様だ。
「なに、全員で囲んでボコにするのみですよ」
 謙遜する様に言う日出武だが、事実相手は一人。しかも戦いが始まれば逃亡する事も無いと言う。
 数の利を活かして圧倒する事も可能だろうか。
「何だ、お前達は」
 先に口を開いたのは敵。黒っぽいレザージャケットとパンツを纏った男は、一定距離で立ち止まると、眼光も鋭くこちらを見据えて問う。
 相手が殺気を強めるのに合わせてケルベロスも臨戦態勢に入り、戦いの幕は静かに上がった。


「ごきげんよう……♪ さぁ、この一時の逢瀬、楽しむと致しましょう……♪」
 スカートの裾を摘まんで、恭しく一礼する竜華。
「敵ながら見事な肉体美ね……」
 対照的に、意味深な笑みを浮かべて相手の身体を眺めつつバトルガントレットを調整する華乃子。
「ここから先は通さないわよ」
「……まぁ、誰だろうとお前達が死ぬ事に変わりは無い」
 年齢も性別もバラバラの、しかしいずれもただ者では無い闘気を放つケルベロスを見て、敵はゴキリ、ゴキリと指を鳴らす。
 このドリームイーターは元より標的を選ぶ事は無い。手当たり次第に暴れる事を目的として放たれたのだ。
「さってとお手並み拝見と行こうか」
「敵戦力確認……データベース照合……火器管制システム、アップデート完了。最新パッチ、配信します」
 ギルフォードがオウガ粒子を散布して後衛の覚醒を促すと同時、リティも無数のスカウトドローンを放ち、あらゆる角度から敵の情報を収集し前衛とリンクさせる。
「……皆、全力で行こう。私も全力で皆を支える。後ろは、任せて」
 控えめなトーンに、確かな信念を滲ませながら皆を鼓舞するクラリス。
「悪魔の仕業に対し、突然のたぶらかしに対し、悪しき者共の呪詛に対し」
 古い、ふるい魔法の言葉によって前衛の耐性を高める。
「貴方様の武……私の炎で彩って差し上げましょう……♪」
 仲間達の支援を受け、炎を纏うケルベロスチェイン――竜縛鎖・百華大蛇を放つ竜華。
「むうっ?!」
 先ほどまでの優雅な振る舞いからは一変、縛鎖によって敵の動きを封じる。
「武術、か。心意気は買うが所詮は殺しの道具よ」
 体躯に似合わぬ俊敏な動きで、宙へと舞うウォリア。
 そのまま流星の如き鋭い蹴撃を繰り出す。
「……ぐはっ!」
 跳び蹴りは敵の胸板を掠めるが、刃物で切り裂かれた様に噴き出す血。
 微かにドリームイーターの身体が揺らぐ。
「バカめ! 凡人がこのわたしに勝てるか! わたしは天才だ~!!」
「ぐううっ……!」
 この機を逃さず、ルーンの力を発動させた斧を肩口へ振り下ろす日出武。肩パッドを破壊しそのままダメージを与える事に成功するが、もはやどちらが悪役だか解らない。
「貴様等は長く生きすぎた……!」
 連続攻撃を受けながらも、さすがに究極の武を体現するドリームイーター。眼光も一層鋭さを増してこちらを睨み付ける。
「またしても次のネタに丁度良いわ……」
 威圧感に怯えるどころか、一層笑みを深くしつつスルリと間合いへ滑り込む華乃子。
「私の愛を受け止めてね」
 その細腕に似合わぬ、渾身の(萌えの)力を篭めた拳を敵の鳩尾へと連続的に叩き込む。
「ごふっ……!」
 反動に数歩後ずさりながら、血を噴く敵。
 究極を具現化した武闘家と言えども、数と連携で勝るケルベロスの前には一溜まりも無いのか、戦いは一方的な様相を呈し始める。
「技量が上がれば理想も自ずと上がって来るもんよ」
 一般人が描く理想など、真の極みには程遠い。レオンは畳みかける様に武装爪「火喰い」の刃を突き立てる。
「駆け出しの夢なんぞに負けてはやれねえな」
「ぐぶっ!」
 またも血飛沫が舞い、満身創痍となったドリームイーターはその場に崩れ落ちる。
「やった……?」
「強さと見た目は関係無かった……」
「それにしても、見かけ倒しだな」
 肩すかしの展開に思わず顔を見合わせる一同。
「新しい秘孔の究明だ」
 と、倒れた敵の背を指で突く日出武。
「わたしの求める拳法の為、木偶になるがいい!」
 トドメを兼ねて、実験台にしようと言うのだろうか。いずれにせよ、勝負は決した……かと思われた次の瞬間。
「……おい、村長先生!」
「んっ?」
 ギルフォードが注意を促すが早いか、ドリームイーターの身体に力が戻り、筋肉がパンプアップしてゆく。
「怒りは肉体を鋼へと変える……貴様等には地獄すら生ぬるい!」
 血にまみれながら、身体を起こし、僅かに破れ残ったジャケットを自ら破り捨てる敵。体力を回復する秘孔を突いたのか、傷も相当回復して居る。
「面白ぇ、そう来なくちゃな」
 戦いを渇望してこの場に参じた者達は、待ってましたとばかりに再び戦闘モードへ。


「アタタタタタタタァッ!!」
「えひゃい!」
 目にも留まらぬ勢いで繰り出される拳。フラグを回収するかの様に、直撃を受けて吹き飛ぶ日出武。
「108ある秘孔のうちの一つ、天縛を突いた。おまえはもう」
「そうはさせない」
 ドリームイーターの言葉を遮り、癒やしのバトルオーラを日出武へ放つクラリス。
「究極の武術なんだろ? サクッと一蹴することも出来ねぇか?」
「何?!」
 立て直しを援護する様に、刀をジャグリングしながら死角を突くギルフォード。
「穿つ……打ち抜けっ!」
「ぬぐうっ!?」
 硬質の糸を伸ばし、ドリームイーターの脇腹を抉る一撃。電撃を帯びた螺糸忍具は、更にその動きを鈍らせる。
「究極の拳に敗北は……ない……!」
 が、敵もまた相当なタフネスを誇るらしく、これ程のダメージの蓄積にもまだ構えを崩さない。
「愉しい一刻……とはいえ、そろそろ幕引きと参りましょうか。穂村様」
「OK、お姉さんが援護するわ」
 一層激しい真紅の炎を纏った鎖を展開させる竜華に呼応し、再びインファイトで注意を惹き付ける華乃子。
「今度は脚よ」
「炎の華と散りなさい!」
 滑走の摩擦熱で炎を帯びた蹴りが腹部に命中すると同時、8本もの鎖が次々にドリームイーターの身体を戒め、灼いてゆく。
 火の粉を花の如く舞い散らす中、竜華の振り下ろす鉄塊剣が敵の背を深々と切り裂く。
「がはぁっ……ま、まだ……!」
「それもさせない」
 再び体力を回復する気配を見せた敵にリティが打ち込むのは、殺神ウイルス。再びの回復を封じる。
「馬鹿な……究極拳の伝承者である俺が……敗れるはずは」
 夥しい量の血を滴らせつつ、再びよろめくドリームイーター。
「天に輝く星を見よ……オマエに死を告げる赫赫たる星……」
「はっ?!」
 ウォリアが指差すのは、次第に夜の気配が近まる秋空。ドリームイーターの頭上には、一際強く輝く星があった。
「生まれる時を違えた強者よ、地獄に堕ちる覚悟はできているな?」
「ぬううっ! この俺が、恐怖していると言うのか……拳を極めたこの俺が!?」
「武に究極なんざねぇ。一度は極めたと思っていた俺様の前に、倒すべき不死の神が現れたようによ……」
「……さぁ、オレ/我がオマエを此処で殺す……終焉の時は、来たれり」
 足を戦慄かせるドリームイーターへ告げつつ、レオンとウォリアはトドメの一撃を叩き込まんとする。
「俺様の拳で、引導を渡してやるぜ!」
「……来たれ星の思念、我が意、異界より呼び寄せられし竜の影法師よ………神魔霊獣、聖邪主眷!!! 総て纏めて……いざ尽く絶滅するが好いッ!」
 籠手「炎星王」に魔の力を降ろし、叩きつけるレオン。ウォリアは自らの分身を召喚し、四方からの集中攻撃を叩き込む。
「かぐあ~!!」
 間断無いケルベロスの波状攻撃の前に傷つき、治癒の手段も封じられたドリームイーターは、吹き飛んだまま倒れ伏し、今度は2度と立ち上がる事は無かった。


「さらばだ。お前もまさしく、強敵だった」
 既に跡形も無く消え去ったドリームイーターの名残を背に、小さく告げるウォリア。
「しかしお前さんの一撃、すげえな。今度手合わせしようぜぇ」
「……フム」
 一方、レオンは興奮冷めやらぬ様子でそんな提案。
「まぁ究極の武術、なんてのがそう簡単に見つかる訳はないな」
 ポンポンと服の砂埃を払いつつ、ギルフォード。
「わたしの求める拳法はまだ遠い! ……と言う事でしょうねえ」
 これに頷くのは、柔和な表情と口調に戻りつつ、どこか遠い目の日出武。
「考えるな感じるんだ……っていうのかな」
 戦闘の余波で折れた木々などをヒールしつつ、小首を傾げて呟くリティ。それは武の神髄に至る為の言葉として知られている。
 さしずめ、今回のドリームイーターも被害者の青年が頭の中だけで考えて創り出したもの。究極の武に届かないのも当然と言う所だろうか。
「お待たせー、こっちも大丈夫だったわ。……多分」
 手を振りつつ山道を降りてくる華乃子達。例の一般人の青年を伴っている。
「強くなろうとするのも、身体を鍛えるのも、悪いことじゃないから。力ばかりに囚われてしまわない程度に、頑張って」
「はい、俺……頑張ります! ……へっくしゅん!」
 クラリスの言葉に深く頷く青年。上半身裸でしばらく気絶していたせいか、クシャミを連発している。
「暗くなる前に、参りましょうか」
 戦に火照った身体を秋風で冷まし終えたのか、たおやかな口調で言う竜華。

 かくてドリームイーターの討伐を完遂した一行は、静寂を取り戻した里山を後にするのだった。

作者:小茄 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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