●小雨と嫌悪と夢喰いと
傘を差していても、軒下を歩いていても、服も髪も湿っていく小雨の日。中学生の少女は瞳をうるませながら家路をたどっていた。
水滴が滴るたび、小さな悲鳴を上げ体を硬直させていく。水滴だったと確認するたびに安堵の息を吐き出して、一刺し指で涙を拭った。
「……あいつらのせいだ。なんで私がこんな……」
口をついて出るのは夏休み前のお昼休み。
男子たちが遊んでいた、スライムのこと。
手違いで制服と背中の隙間に入り込んできたスライムのこと。
「あんなもの学校に持ってきて……そのせいで……」
体を小刻みに震わせながら首を横に振っていく。
早く帰れば問題ないと顔を上げ……。
「……?」
目の前に一人の女性が立っていた。
少女が首を傾げる中、女性は歩み寄り――。
「え……」
――少女の胸を鍵で貫いた。
瞳が見開かれていく中、女性は静かに告げていく。
「あはは、私のモザイクは晴れないけど、あなたの嫌悪する気持ちもわからなくはないな」
笑いながら鍵を引き抜けば、少女はゆっくりと倒れ込む。
入れ替わるようにして、少女の傍らに出現した。
大きさは小型の乗用車ほど。
雨を受けるたびにフルフルと震える、中心がモザイクに覆われている緑色のスライム……ドリームイーターだ。
ドリームイーターは周囲を伺う様子を見せた後、ずりずりと住宅地へ向かっていく……。
●ドリームイーター討伐作戦
「……そうですか……」
「はい、なので……っと」
荊・綺華(エウカリスティカ・e19440)と会話していた黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)は、足を運んできたケルベロスたちと挨拶を交わしていく。
メンバーが揃ったことを確認し、説明を開始した。
「皆さんは苦手なものはあるっすか。虫を中心に、人によって様々な嫌いなものがあるとは思うっすけど」
そして、綺華の予想を元に、この苦手なものへの嫌悪を奪い、事件を起こそうとしているドリームイーターを察知した。
今回の被害者は中学生の少女。
嫌悪の内容は、スライム。
「洗濯のりなどを用いて作るタイプのスライムっすね。彼女は少し前に、男子たちの遊びに巻き込まれて背中にスライムが入ってしまったみたいで……」
その時の嫌悪を、ドリームイーターに狙われたのだ。
「嫌悪を奪ったドリームイーターは既に姿を消しているみたいっす。でも、奪われた嫌悪を元にして現実化した怪物型ドリームイーターが事件を起こそうとしているっす」
怪物型ドリームイーターによる被害が出る前に撃破するのが、今回の目的となる。
このドリームイーターを倒すことができれば、嫌悪を奪われてしまった少女も目をさましてくれることだろう。
「それでは、今回のドリームイーター討伐に必要なことの説明に入るっすよ」
発生場所は住宅地の寂れた通り。小雨が降っており、人はまばら。人払いは最小限のものでも大丈夫だろう。
そんな道をドリームイーターは進み、住宅地を目指しているようだ。
「だから、この……住宅地のこの公園辺りで待ち構えていれば、迎え撃つことができるはずっす」
姿は、小型の乗用車くらいのサイズを持つ、透明度の低い緑色のスライム。真ん中と思しき辺りがモザイクに覆われている。
戦闘方針は、相手に嫌がらせのような攻撃を仕掛けじわじわと追い込む形。
グラビティは三種。
体の一部を飛ばして相手の服などの隙間に入り込ませ、嫌悪を呼び起こして麻痺させる。
相手を捕まえてスライムの中へと引きずり込み、拘束する。
相手に覆いかぶさり、加護ごと押しつぶす。
「以上で説明を終了するっす」
ダンテは資料をまとめ、締めくくった。
「生理的に嫌なもの、皆さんにもあると思うっす。でも、それを奪ってドリームイーターにするなんて許せないっす。だからどうか、全力で撃破してきて欲しいっすよ」
嫌悪を奪われてしまった少女のためにも……。
参加者 | |
---|---|
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103) |
カルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084) |
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918) |
東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771) |
荊・綺華(エウカリスティカ・e19440) |
鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756) |
ヴァージニア・ハピネス(バイオレンスダウナー・e25173) |
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364) |
●小雨と街とスライムと
しとしとと、雨が花びらのように舞い積もる小雨の日。仲間たちと共に、東雲・苺(ドワーフの自宅警備員・e03771)は街の中を練り歩く。
「スライムってどんな形してるのかな―? べとべとするのってどうやって歩いてくるんだろ?」
「アルも遊んだことあるけど、確かにちょっと想像つかないわね」
アルナー・アルマス(ドラゴニアンの巫術士・e33364)も小首を傾げ、仲間たちへと視線を向けた。
視線のあったカルディア・スタウロス(炎鎖の天蠍・e01084)はしばし考える素振りを見せた後、腕を抱く仕草を見せていく。
「あー、ヤメヤメ! 想像したら背中がゾクってきました!」
「苦手なものって誰にでもあるし、ちょっと不気味そうだしね……」
山之内・涼子(おにぎり拳士・e02918)も瞳を伏せ、小さなため息。
同様に、苺もまた静かな息を吐いていく。
「たしかに、わたしもあまり触りたくないかなっ。でも、そんな気持ちを利用するドリームイーターが出たとしたら放ってはおけないよね」
「ええ、嫌悪というのは誰にもある感情ですが……それがこういう形で目に見えるのは、正直良い気分ではありませんし……」
ヴァージニア・ハピネス(バイオレンスダウナー・e25173)が頷き、正面へと向き直る。
人払いをしておいたためか、誰もいない。
つもりゆく雨が静かに路肩へと流れていく音色が世界を飾っていて……。
「べとべと……なんだか嫌な予感がするです……します……っ」
荊・綺華(エウカリスティカ・e19440)が唇を歪めると共に立ち止まる。
横断歩道のない丁字路の中心で、小型の乗用車ほどのサイズを持つ緑色のスライムがフルフルと震えていた。
中心を飾るモザイクが、嫌悪の感情を元に作られたドリームイーターである証……!
「はぅ……やっぱりちょっと気持ち悪いですね……」
赤堀・いちご(ないしょのお嬢様・e00103)が体を震わせる。
苺は拳をギュッと握りしめた。
「みんな不快だろうし、攻撃されたらなるべく早めに回復するからねー」
嫌悪の感情を取り戻すため、さあ、ドリームイーターとの戦いへ……!
●スライムの形をした嫌悪の夢
仲間を守るため、鵜飼・海咲(粉砕アンカーガール・e21756)はウイングキャットのアドミラルと共に前に出る。
フルフルと震えていたドリームイーターはモザイクを海咲へと向けてきた。
「っ……」
身構え、動きを注視する。
激しく体を揺さぶり始めたドリームイーターの体から数多の欠片が飛んできた。
群青の装甲を傘代わりに降り注ぐ欠片を受け止める。
軽やかなステップに蹴りを交え向かい来る欠片を蹴り砕く。
「ひゃっ!?」
足を引いた瞬間に飛び込んできた欠片が背中に入り込んできた。
下へ、下へとずり落ちていく感触に唇を歪ませながらも、毅然とした瞳でドリームイーターを睨みつけていく。
「この程度、どうってことありません!」
最前線を護るため踏み込み、蹴りを放つ。
ドリームイーターが一歩後ずさった。
さなかに後を追いかけてきたアドミラルが彼女の治療を始める中、ドリームイーターの頭上に影が差す。
カルディアだ。
カルディアが蹴りを放ち、モザイクを大きくへこませた!
「ちょっとつらい戦いになるかもしれませんが、頑張りましょう!」
「うん。わたしもみんなを守るから、がんばって!」
頷き、苺が海咲の治療を始めていく。
治療が終わるまでの間、ボクスドラゴンのマカロンが海咲の護衛に立った。
そんな彼女たちにずり寄ろうとしたドリームイーターを数多の弾丸が押さえつけていく。
「動きはこちらで可能な限り制限します。前衛は任せましたよ」
担い手たるヴァージニアはリロードをはさみながら、一発、二発と打ち込む弾丸の数を増やしていった。
たまらなくなったのか、ドリームイーターは少しずつ後ろへと下がり始めていく。
開いた隙間にはいちごがボクスドラゴンのアリカと共に割り込んだ。
――仲間たちを守るために、今、ここに立っている。見ているだけでも気持ち悪い、なるべく近づきたくはないけれど……。
「……少しくらいなら、ブラックスライムと同じと思えばっ……!」
嫌悪感を押し殺し、歌声を雨空高く響かせる。
戦場を飾る激しい歌声はドリームイーターの気を引いたか、モザイクはいちごのみへと向けられた。
少しずつ近づいていくさまを見てか、アリカが間に割り込んでくる。
構わず進軍してきたドリームイーターは見た目以上に柔軟な体でアリカを右側へと押しのけ、いちごに迫ってきた。
「同じスライムなんですけどね……? なぜでしょう?」
疑問を語りながら、ちらりと背後を伺っていく。
治療を終えた海咲たちはもう、いない。
「っ!」
意を決して飛び退けば、今まで自分がいた場所をドリームイーターが押しつぶしていく。
安堵の息を吐きながら、いちごは再度仕掛ける機会を伺っていく……。
アルナーの放つ砲弾が、ドリームイーターをブロック塀へとふっ飛ばした。
地面にずり落ちていくドリームイーターは、心なしか面積を減らしているようにも思えて……。
「順調に削れてきてるね」
「はい……この調子、です……」
頷いた時、ドリームイーターが涼子へと迫る速度を上げてきた。
すかさず綺華が割り込んで、前方にオウガ粒子を展開していく。
ならばとばかりにドリームイーターがのしかかってくる。
「っ……あ……」
オウガ粒子に力を込めるも、隙間に入り込んできた粘液にも似たスライムの体が綺華の体へと降り注ぐ。
「っ……」
瞳と唇を硬く結ぶ中、完全にオウガ粒子を潜り抜け綺華を包み込んでいくドリームイーター。完全に取り込まんというのか袖口、襟元、裾……聖職服の様々な隙間へと入っていく。
肌を直接潜り抜けていく感触に綺華は身を震わせた。
何とか抜け出そうともがくけど、そのたびにベトベトな感触は強くなっていく。
そんな彼女を救わんと、ウイングキャットのばすてとさまが翼をはためかせている。
涼子は懐へと入り込み、拳を硬く握りしめた。
「いい加減に……っ!」
モザイクめがけて拳を放つ。
深く深く入り込み、力そのものを殴った感触を得た上で難なく腕を――。
「っ!?」
――引いた時、ドリームイーターの上部が破裂した。
破片は涼子へと降り注ぎ……。
「あ、やだ、ちょっと!」
襟元から中へと入り込まれ、体中を震わせていく。
動きも止まった。
ドリームイーターがのしかかってきた。
「あ……」
身を固めたまま動くことができず、涼子もドリームイーターの体内へ。
せめてもと唇と瞳を硬く閉ざし、もがきながらも必死に体中を満たす感触に耐えていく。
2人を取り込み気を良くしたか、ドリームイーターはさらなる勢いでケルベロスたちへと迫っていった……。
●嫌悪も大切なものだから
「ちょっ、隙間に入ってこないで!」
程なくして、服の隙間への侵入も許したカルディアものしかかられた。
「んぶっ、口にまでっ、息が……だらっしゃああ!」
口まで塞がれた所で力任せに三又の双剣を振るい、ドリームイーターを切り裂き脱出する。
「このネバネバも倒せば消えんのか!? ちくしょうが!」
消えない感触に瞳を釣り上げながらも、剣をしまい涼子と綺華を救い出した。
息はある。
気も確か。
「まずはお二人を……」
いちごが駆け寄り、前線を守る涼子と綺華の治療を始めていく。
代わりにアリカが前線へと向かう中、ドリームイーターはヴァージニアめがけて欠片を飛ばしていた。
「……」
すぅ……っと瞳を細め、ヴァージニアは次々と飛んでくる破片を撃ち落とした。
全ての破片を撃ち落とした後、硝煙を漂わせたまま新たな弾丸を詰め込んでいく。
「あ゛ー、もういいやぁ……足止めとか面倒くせぇ。さっさと終わらせんぞ!」
苛立ちとともに踏み込み、ドリームイーターの中心を蹴りつけた。
体を激しく震わせていくさまを見つめながらリボルバーを突き付け、乱射。
飲み込まれていく弾丸は地面に突き刺さっていくけれど、ドリームイーターの身体の体積もどんどんどんどん減っていく。
今のうちに畳みかけていくと、治療を受けていた涼子が拳に力を込めた。
「これは……さっきのお返し!」
「マカロン、行こう!」
苺もマカロンと共に間合いの内側へと踏み込んだ。
涼子のストレートに合わせてマカロンが突撃する中、苺は足に炎を宿す。
左右からの攻撃に回避もままならなかったドリームイーターの中心を捉え、その体を炎上させた。
化学物質が焼ける嫌な臭いを漂わせながらバイクサイズまで縮んでいくドリームイーターの背後には、同様に治療を受け終えた綺華が回り込んでいく。
「そこっ」
腰元のホルスターに手をかけた瞬間、乾いた音が響き渡る。
目にも留まらぬ速さで抜き放たれた銃からは硝煙が漂い、ドリームイーターの中心には塞がることのない穴が空いていた。
その穴に、アルナーの御業が入り込む。
「おどうぐばこ、お願い!」
御業がドリームイーターを掴む中、ミミックのおどうぐばこが具現化したハサミを振り下ろした。
斜めに切り裂かれたドリームイーターから、更にスライムの破片がこぼれていく。
それでもドリームイーターは動けない。
御業に硬く握られたまま。
抜け出すこともできない様を見据えながら、カルディアは胸部の地獄と双剣を共鳴させていく。
「切り裂いてやるぞ、ズタズタにぃぃ!! ル・クール・デュ・スコルピヨン!!」
位置跳躍で踏み込み、怒涛の連斬。
風切音が響くたび、ドリームイーターの破片が落ちていく。
御業に握られたまま、三輪車にも近しいほどに小さくなっていく。
「後は任せる!」
「ああ!」
ヴァージニアが再びドリームイーターを蹴りつけた。
御業の手を離れても動かないドリームイーターに、数多の弾丸を撃ち込んでいく。
弾丸の雨が止む頃にはもう、手のひらサイズ。
されど動く様子を見せたから、アルナーはドラゴニックハンマーを硬く、硬く握りしめる。
「これで……」
小雨を雪に変えるほどの冷気を放ちながら、ドリームイーターめがけて思いっきり振り下ろした。
硬質な音色が響いた時、ドラゴニックハンマーは地面を砕く。
冷気が収まるとともに腕を戻せば、もう、そこには何もいない。
涼子たちに張り付いていたべとべとと共に光の粒子へと代わり、飛び去っていった……。
少しずつ、戦いの熱が冷え始めていく戦場と化していた丁字路。
仲間たちに簡単な治療を施した後、海咲は光の粒子が飛んでいった方向へと向き直る。
「この雨です。彼女が心配ですし、行きましょう」
同じことを考えていた者がいる。
異論を唱える者もいない。
ケルベロスたちは少女を安心させるため、海咲を先頭に歩き出す。
きっと、まだまだ嫌悪が消えることはないだろう。
それでも、ケルベロスたちの活躍を聞いたなら……倒したという報告を聞いたなら、少しは気持ちも和らいでくれるはずだから……!
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月25日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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