北海道大雪山系。
「……そろそろ、山を降りねばならんかな」
あちこち擦り切れた拳法着を身にまとった髭面の男が、天を仰いで呟く。すると、その背後から挑発するような声がかかった。
「お前の、最高の『武術』を見せてみな!」
「むっ?」
振り返った男は、そこに立っていた大きな鍵を持つ少女に、身を投げ出しての下段蹴りを放つ。いわゆる酔拳……泥酔者に似た動作で、地面に倒れながら相手の足を払う、中国拳法の一種だ。しかし少女は、渾身の下段蹴りを受けてもびくともしない。
「効かぬ、だと? ならば、最後の手段!」
何かに憑かれたような表情で叫ぶと、男は傍らに置いてあった赤い水筒の中身を口に含み、吹き出しながらライターで火をつける。パフォーマンスなどで行われる「火吹き」だが、炎をまともに浴びせられても、やはり少女はびくともしない。
「あはははは! 僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ!」
言い放つと、少女……ドリームイーター幻武極は、手にした鍵で男の心臓を貫く。
「ぐっ……」
一撃で、男は意識を失い崩れ倒れるが、貫かれたはずの胸に傷はない。そして男の傍らに、彼とそっくりな風貌をして、腰に赤い瓢箪をぶら下げた新たなドリームイーターが出現する。
「酔えば酔うほど強くなる……ウィヒック!」
明らかに酔っぱらった声で嘯くと、新たなドリームイーターは瓢箪の中身をぐびぐびと飲み、男が放った火吹きの炎など比べものにもならない強烈な業火を噴き出す。
その様子を見た幻武極は、にやりと笑って告げる。
「さあ、お前の武術を見せ付けてきなよ」
「おう、よ」
酔った声で応じると、ドリームイーターは千鳥足でふらふらと歩きだす。
既に、幻武極の姿はどこにもなかった。
「北海道の大雪山系で山籠もり修行をしていた男性が、武術家を襲うドリームイーター『幻武極』に襲われ、新たなドリームイーターが出現してしまう、という予知が得られました」
ヘリオライダーの高御倉・康が、緊張した表情で告げる。
「男性が修行していたのは我流の酔拳で、しかも奥の手がアルコールを吹いての火吹きという、まあ、なんというか、武術というにはかなり変則なものですが、出現したドリームイーターは、彼の技をグラビティとして高威力で使うので、かなり手強い相手になりそうです。こんなものが一般人に遭遇したら一大事ですが、幸い、彼が修行していた場所は人里から遠く、更にドリームイーターは千鳥足でふらふら歩いているので、人里に出る前に捕捉することができるでしょう」
そう言って、康はプロジェクターに地図と画像を出す。
「ドリームイーターは単体で、見た目は元になった人物と変わりません。ただ、常に泥酔しているような状態で、技を出す前には腰につけている瓢箪から何かを飲みます。中身がお酒なのかどうかは知りませんが、いくら飲んでも尽きることはないようです。使うグラビティは、倒れこみながら相手の足を払う酔拳、強力な火噴き、自己回復の三種のようです。特に火噴きは、多数を相手に大きなダメージと炎の追加エフェクトを与えるようなので、用心してください」
そして、康は一同を見回す。
「このドリームイーターは、誰かと遭遇すると相手かまわず攻撃を仕掛けてくるようです。一般人が巻き込まれる状況になる前に、きっちり倒していただければと思います。どうか、よろしくお願いします」
そう言って、康は深々と頭を下げた。
参加者 | |
---|---|
日柳・蒼眞(落ちる男・e00793) |
モモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721) |
武田・克己(雷凰・e02613) |
ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995) |
エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672) |
樒・レン(夜鳴鶯・e05621) |
鈴木・犬太郎(超人・e05685) |
澤渡・和香(押しかけ事務員補佐心得・e13556) |
●いざ、闘いに臨まん
「……あれか?」
北海道大雪山系の一角。ケルベロスたち降下した場所からおおむね尾根一つ隔てたあたりから、轟音とともに天に高々と噴き上がる炎を見やって、日柳・蒼眞(落ちる男・e00793)が呆れ顔で呟く。
「うーむ、武術を志す人間本人がやってるんじゃなくて、理想というか妄想願望が具現化したドリームイーターの仕業ってのはわかっちゃいるけど……やっぱり、武術で火を噴くってのは変だよなぁ」
「ですねぇ~。私も正統派じゃないですけど~、さすがに火を噴くのはなんか変だと思います~」
通信空手の使い手、澤渡・和香(押しかけ事務員補佐心得・e13556)が同意するが、いかにも忍者という覆面姿の樒・レン(夜鳴鶯・e05621)は、少々納得しがたいような口調で応じる。
「左様か……忍術であれば火を使うのはごく尋常なことゆえ、それほど奇異とも思えぬが」
「いずれにしても、強敵であることに違いはない」
武田・克己(雷凰・e02613)が、無雑作な中にも強い意志を感じさせる口調で言い放ち、にやりと笑う。
「自分から居場所を誇示してくれるとは、ありがたい敵だ。一般人を巻き込む懸念もなし、ここは存分に闘わせてもらおう」
「そうだな。一般人に迷惑かかりづらいのは何よりだ」
火炎が噴き上がった方向へ歩き出しながら、エリシエル・モノファイユ(銀閃華・e03672)が冷静な口調で応じる。
「しかし、火噴きはともかくとして酔拳かあ……実は初見殺しの意表の突き方で、割と参考にしてるんだよね。……まあ、ボクのは体術だけでも他に太極拳に詠春拳、柔術合気カポエイラその他諸々節操なくブッ込んだコンパチ我流もいいとこだけど」
「何かの流派がある奴はいいよなぁ、俺みたいにケンカの延長線とは違うし」
鈴木・犬太郎(超人・e05685)が、ぼそりと呟く。
「武を極めようとするドリームイーターか。俺の知る奴によく似ている……が、違うな」
「そうだね。少なくとも元凶の幻武極とやらは、自分の武を極めるというより、武を極めようとする者を襲って欠落を埋めようとしている……にしても、一体何のモザイクを晴らそうとしてるんだろ?」
武芸者ばっか狙うってことは「闘争心」とかそういうのなのかなあ、と、エリシエルは首をかしげる。
するとモモ・ライジング(鎧竜騎兵・e01721)が、軽い口調で言い放つ。
「まあ、元凶とやらの尻尾は、今回は掴めそうにないみたいだし。とりあえず、酔拳使いのドリームイーターをやっつければいいんでしょ?」
飲酒しながらの運動は身体に悪いけどデウスエクスだから関係ないよね、とモモは笑い、ロベリア・アゲラータム(向日葵畑の騎士・e02995)が真面目な顔で訊ねる。
「酔拳は変則的な動きが特徴だと話には聞きますが、実際泥酔状態で戦えるものなのでしょうか?」
「えーと、少なくとも人間が使う酔拳は、本当に酔って闘うわけじゃなくて、酔っ払いみたいな動きをして闘うものなんだ」
映画の影響なんだろうけど、誤解がまかり通ってるなぁ、と、苦笑しながらエリシエルが説明する。
「具体的には、敵の攻撃が当たる前に自分から仰向けに倒れて、地面に背をつけた状態で相手の足を刈るのが、基本的な動きだね。もっとも、ドリームイーターが人間の使う酔拳をそのまま使うのかどうかは、何とも言えないけど」
「な、なるほど」
本当に酔うのではなく酔ったふりの拳法なのですか、と、ロベリアは感心した表情になる。
すると、その時。
「おや? 向こうさんから近づいてきたのか?」
蒼眞が、眉を寄せて目を凝らしながら呟く。先刻、炎が噴き上がった尾根から、一人の男が半ば転がるようにして斜面を駆け降りてくる。
と、見る間に、男は完全に転んで転倒、斜面をごろごろと転がり落ちてくる。
常人なら死ぬか重傷必至の状況を見て、ロベリアが思わず叫ぶ。
「あ、危ない!」
「危なくない! あれはデウスエクスだ!」
むしろ、俺たちの方が危ない、と言い捨て、克己が猛然と斜面を駆け上がる。ケルベロス全員がその後に続くが、間合を詰め切れないうちに、髭面の男……酔拳使いのドリームイーターは、斜面を転がり落ちながら腰の瓢箪を取ってぐびぐびと何かを飲み、そして凄まじい火炎を噴きつけてくる!
「うわっ!」
「危ないっ!」
ディフェンダーのモモが克己を、ロベリアが蒼眞を庇い、庇われた方は無傷で済むが、庇った方は二倍のダメージを負う。ポジション効果のダメージ半減で元々になるとはいえ、炎に巻かれた姿は痛々しい。
「やってくれるじゃないか!」
猛々しい、しかしどこか歓喜の入った咆哮とともに、克己が地面を転がる敵に容赦なく雷撃の突きを見舞う。
続くモモも、自分が炎に巻かれていることなど気にも留めない様子で、愛銃『竜の爪牙』を至近距離から相手の急所に突きつけ発射する。
「何も『武術』だからと言って、銃を使ってはならないって事は無いよね?」
返答など期待せずにモモは言い放ったが、銃弾を受けたドリームイーターは呵々大笑して言い返す。
「当たり前だ! これは試合じゃねえ、本気の死合いだ! 銃でもミサイルでも何でも来い! 何人がかりでも構わねえ! 酔拳の神髄、思う存分見せてやるぜぇ!」
「……たいしたものだね。まあ、闘志を具現化したドリームイーターなら、さもありなんだけど」
呟きながら、エリシエルが踏みつけるような重力蹴りを容赦なく叩き込む。更に転げ落ちていく敵を追撃するような形で、蒼眞が雷撃の突きを打ち込む。
(「極端に低い体勢の敵は、斬ろうとせずにまっすぐ突け。基本だぜ」)
声には出さずに、蒼眞は呟く。いくら変則な拳法でも、変則で来るとわかっていれば、対応の仕様はあるものだ。
しかしロベリアは、ダメージを受けたせいか、あるいは酔拳をよく知らずに有効な対策を練っていなかったのか、対応が遅れて転がる敵に追いつけず、やむなくオリジナルグラビティ『応急処置(オウキュウショチ)』でモモの炎を消し、治癒を行う。
「今はこれで頑張ってください」
「ありがと!」
爽やかな笑顔で、モモが応じる。ま、それもいいでしょう、と、呟くロベリアに、レンが魔法の木の葉を放って炎を消し、ダメージを癒す。
そして犬太郎が鉄塊剣『ヒーロースレイヤー』に地獄の炎をまとわせ、斬るというよりは叩き潰すような勢いで、敵にぶつける。
「どおりゃっ!」
「ぐあっ!」
そこまで、ケルベロスの強烈な攻撃を喰らっても、転がったまま特に反応しなかったり、笑って言い返したりしていたドリームイーターが、犬太郎のブレイズクラッシュには呻き声をあげて跳ね起きる。
「やってくれるじゃねえか……」
意図してのことか、克己に言われた言葉を鸚鵡返しして、ドリームイーターは再び瓢箪を口につけ、ぐびぐびと飲む。
すると、ドリームイーターの全身がうっすらと光り、まとわりついていた炎が消える。
「ウイック……酔拳百薬之長……効くねぇ……」
(「やっぱり、キュアしちゃうんですね~」)
これは長期戦になりますかね~、と、声には出さずに呟きながら、和香はお気に入りのフェアリーブーツから花びらの治癒オーラを放つ舞を行い、前衛を癒した。
●激闘の果て
(「確かにしぶとい……だが、負けるような相手ではない」)
緩やかな弧を描く斬撃でドリームイーターの脇腰あたりを斬り裂きながら、エリシエルが声にはせずに呟く。
(「まあ、何しろ八対一だ。ドラゴンの重鎮でも相手にしているならともかく、生まれたばかりのドリームイーターに不覚を取ったら、とんだ恥さらしではあるな」)
むしろ、相手がよく闘っていると見るべきか、と、エリシエルはわずかに肩をすくめる。
すると蒼眞が持久戦に業を煮やしたか、それとも何か契機があったのか、本人言うところの新必殺技、オリジナルグラビティ『巨大うにうに召喚(ギガントウニウニコーリング)』をいきなりぶちかます。
「うにうにっ!」
「うわっ!?」
動くプリンのような謎の存在『うにうに』、その中でも巨大なものを相手の頭上へ召喚。その圧倒的な巨体と質量で相手を押し潰す……はずだったが、ドリームイーターは間一髪、落下してくる巨大うにうにを躱した。
「あっちゃー、外れたか……」
「ど、どうすんのよ、この謎物体!?」
叫ぶモモに、蒼眞は神妙な表情で応じる。
「大丈夫。これ、消えないけど、食えるから」
「はぁ?」
確かにプリンみたいだけど、と、モモは勇敢にもというか無謀にもというか、うにうに動く謎物体を惨殺ナイフ『「白影」レイの手甲』で削ぎ取って口に入れる。
「……あら、美味しい。まったりとコクのある、でも嫌味のない甘さだわ!」
もともと甘いもの好きのモモは、自分の攻撃手番が終わったばかりということもあり、にこにこ顔になってうにうにを賞味しはじめる。
「あ、あのー……」
さすがにじと目になって、ロベリアが何か言いかかったが、そこへあろうことが、敵であるドリームイーターが口を入れる。
「いーじゃねーか! 俺は酒を飲み、おめーらは謎プリンを喰う! それで何か技が出るなら、それはそれで面白れぇ!」
「た、闘いというのは、面白がってするようなものじゃありません!」
憤然としてロベリアはバトルガントレット『日輪の手甲』を唸らせドリームイーターに殴りかかるが、トリッキーな動きで躱され敢え無く空振りに終わる。
するとレンが、脱線気味になった展開を引き締めるかのように、重々しい口調で言い放つ。
「夢を持つ者の心は、目指すべき己の姿を秘めている。それは決して、鍵で引き出された別な存在として在るわけではない。努力や修練の果てに一歩ずつ近づいて、己が為るものだ」
そしてレンは、ドリームイーターにびしっと指を突きつける。
「他者の夢の模倣として生み出されたという宿生は、お前の罪でも責任でもない。しかし哀れなる闘士よ、お前の居場所はどこにもないのだ。今、涅槃へ送り届けてやる。覚悟!」
「応! やれるもんなら、やってみろ!」
咆哮するドリームイーターに、レンは満を持してオリジナルグラビティ『森花分霊撃(シンカブンレイゲキ)』を放つ。
「この世を照らす光あらば、この世を斬る影もあると知れ」
竜胆の葉と花弁よ、力を借りるぞ、と呟いて、レンは螺旋の力を分散、無数の分身を生み出す。
「ぬ、ぬおっ!?」
全方位から迫る無数の忍者に、ドリームイーターは転倒して身構え、忍者の一人の足を払うが、それは分身、竜胆の花と変じる。
「デウスエクス、成敗!」
「ぐおっ!」
全身に刃を突き立てられ、ドリームイーターは、ごほっと血を吐く。
そこへすかさず、犬太郎がオリジナルグラビティ『神風正拳ストレート(ジンプウセイケンストレート)』を叩き込む。
「一撃だ、俺のたった一撃を全力で完璧にお前にブチ込む」
「ぐわっ!」
獄炎と降魔力を纏った犬太郎の拳が、問答無用でドリームイーターの胸部を打ち抜く。胸郭がへしゃげ、口から大量の鮮血が噴き出る。
「ぐ……ぐぐ……」
「チャンス~!」
ここぞとばかりに、和香がオリジナルグラビティ『乙女の徹し(オトメノトオシ)』を放とうとする。定命の者には治癒回復、デウスエクスにはダメージをもたらす原理不明の掌底打なのだが、これは敢え無く躱された。
「な……舐めるな……酔拳の神髄を極めた俺が……たとえ力尽きる寸前とはいえ、そんなひょろひょろ拳に、打たれるものか……」
「なるほど。ならば風雅流千年、神名雷鳳が放つ秘剣の前に屈するがいい。不足はなかろう?」
血を吐きながら呻くドリームイーターの前に、克己が進み出る。
「神すら斬る一太刀だ! 心して受けろ!!」
「ぐはあっ!」
龍玉と自身の闘気を直刀に込め、上空に飛び上がり、落下速度と闘気に覆われ、強度と威力を増した乾坤一擲の一撃で唐竹から真っ二つに両断する。克己のオリジナルグラビティ『神斬(シンザン)』を受け、ドリームイーターは真っ二つ……かと思いきや、寸前でわずかに身を躱し、片腕を飛ばされるだけで済ませた。
「見事だ……躱しこそが酔拳の神髄か」
「いや……誤った。もう、ダメだ……」
ドリームイーターは力なく呻く。斬り飛ばされた腕には、彼の力の根源とも言える瓢箪が掴まれている。ドリームイーターとしては、反対側に躱して即座に瓢箪をあおり回復するつもりだったのだろうが、克己の凄まじい剣速は、それを許さなかった。
そして、甘いものをたっぷり食べて、少し優し気な表情になったモモが、うなだれるドリームイーターの前に立つ。
「じゃあ、終わりにしましょう。あなたに敬意を表して、私の最大奥義で送ってあげる」
天の神様からの授かりものよ。その命、まっすぐに天国の扉へ送ってあげるわ、と、囁くと、モモはオリジナルグラビティ『天和・純正九蓮宝燈(テンホー・ジュンセイチューレンポートン)』を発動させる。
「天和!」
「おうっ!」
「純正!」
「おおうっ!」
「九蓮!」
「ああっ!」
「宝燈!」
「うあったーっ!」
相手の周囲を回って超高速で打ち込まれるグラビティ・チェインを籠めた掌底、計65発。ドリームイーターの全身が崩壊し、斬られた片腕と瓢箪ともども、無数のモザイクと化して宙に舞い、消える。
そしてレンが、瞑目して片合掌しながら告げる。
「他者の夢の模倣として生み出された哀れなる闘士よ。その魂の安らぎと重力の祝福を願う。そして……よき戦いぶりだった。安らかに」
作者:秋津透 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月27日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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