とある地方の山間にある地域にて。
日中の汗ばむ陽気が和らいでいく夕刻の頃。一組の家族がお彼岸のお墓参りから戻ってきた時だった。
「お墓参りも済ませたし、後はお夕飯の準備をしないと。荷物の方は下ろしといてね」
「ああ、そっちは任せとけ。ご飯も待ってることだしな」
母親が赤子を宿したお腹を擦りつつ、促すように声を掛ければ。父親は車に積んだ荷物を下げながら、ニヤリと笑って玄関へと向かう。
家の周囲を見回せば、彼岸花があぜ道に咲き乱れ、すっかり秋の気配に包まれていた。
「ああー、やっとゆっくりできるよー。ずっと退屈でつまんなかったしな」
「ご先祖さまはちゃんとうやまわないといけないんだよ。お兄ちゃんはゲームのことしか頭にないんだから」
携帯ゲーム機ですぐに遊ぼうとする少年に、妹である少女は窘めるように小言を言う。
「お参りだけでもすれば、ご先祖様も喜ぶじゃろうて。後は好きに遊べばええ」
「そうさのう。あんたらが元気でいてくれさえすれば、儂等はそれで十分じゃ」
久しぶりに会った孫達の元気な様子に、歳を重ねた祖父母の目尻が下がり、二人は互いに見つめて皺を刻んだ顔を緩ませる。
仲睦まじく団欒のひとときを過ごす家族であったが、突然一つの不気味な影が顕れて――次の瞬間、ゴトリと鈍い音を立て、地面に転がり落ちたのは――先程まで笑顔でいた父親の首だった。
「い……いやああああああああっっっ!!」
自分達の身に一体何が起きたのか、彼等はそれを理解すらできず、黒装束の男の手により瞬く間に首を刎ねられる。
恐怖に怯えて身動きできず、されるが侭に殺されていく家族達。だがそうした中で母親だけは、身を屈めてお腹の中の赤子を必死に守ろうとする。
しかし運命は余りにも無情で、その命が救われることはなく。男の手刀が母の背中を刺し貫いて、母子の命を一瞬にして奪い取る。
――こうしてあらん限りの殺戮を終え、血溜りの中に横たわる六つの肉塊。黒装束の男はそれらを一瞥すると、用意してきた肉塊と繋ぎ合わせて新たな命を造り上げていく。
やがて産み堕とされた骸の怪物は、虚ろな空の彼方に向けて慟哭を響かせる。
押し寄せる哀しみをぶつけるかのように、或いは奪われた何かを求めるかのように――。
ヘリポートで玖堂・シュリ(紅鉄のヘリオライダー・en0079)の口から伝えられる事件。それはケルベロス達にとって、顔を背けたくなるような内容だった。
平和に過ごす一家が惨殺されて、その血肉で屍隷兵が造り出されるという凶事。螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉は、お彼岸のお墓参りに出掛けた家族を狙い、凶行に及んだようである。
「お彼岸で家族が揃ったという時に限って、こんな事件に巻き込まれるなんて……。幾ら何でも酷過ぎます……」
話に耳を傾けていた翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)は、嫌な予感が当たってしまったと、険しい表情を浮かべながら声を震わせる。
家族に降りかかった惨劇を食い止めるのは、もはや手遅れだ。しかし屍隷兵が引き起こそうとする更なる虐殺は、今から駆け付ければ防ぐことができる。
現場となるのは祖父母の家で、両親と子供達は離れて暮らしているが、お墓参りに行く為に泊りがけで訪れていたようだ。
家の周囲は田畑ばかりしかなくて、近隣の家までは距離があるので、一般人の対応は考えなくて良いだろう。
そして敵が近隣の家を襲おうと、家族の家を出てあぜ道へ向かうところで迎撃するのが、今回の作戦となる。
「造り出された屍隷兵は計三体。一体は母親が元になっていて、お腹の辺りが薄ら透けて、胎児が脈打つように蠢いているんだ」
母親の大きさは3m程度。足元は家族の屍肉によって、植物の根を連想させる姿になっている。
彼女は禍々しく変貌した巨大な腕を振るい、相手を掴んで握り潰そうとする。そしてお腹の胎児は耳を劈くような泣き声を上げ、発する怪音は付与した力を掻き消す程だ。
後は父親と子供達、祖父母同士でそれぞれ造られた、二体の人間サイズの人型屍隷兵。
これらは母親程の強さはなくて、力任せに叩いてきたり、全身から瘴気を発して浴びた者の動きを麻痺させる。
敵の戦闘能力は、屍隷兵の中では高い部類に入るだろう。だが他のデウスエクスと比べれば、そこまで強敵というわけではない。
十分に対策を練って戦いに臨みさえすれば、ケルベロス達の敵ではないとシュリは言う。
「……失われた命は、もう二度と帰ってこない。でも、ここで負の連鎖を止めないと、余計に取り返しのつかないことになるからね」
だから過ちを犯すその前に、どうか最後は、人としての安らかな死を――。
シュリは全てを伝え終え、この悲劇の物語の結末を、ケルベロス達に託すのだった。
参加者 | |
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アジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470) |
千手・明子(火焔の天稟・e02471) |
ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143) |
蓮水・志苑(六出花・e14436) |
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525) |
鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756) |
安海・藤子(道化と嗤う・e36211) |
簾森・夜江(残月・e37211) |
●
稜線に陽光傾くこの日の空は、いつもより鮮やかな赤が広がっていた。
昼と夜とが入り混じる、移ろう狭間の刻は現世と常世の境界線のようであり。
橙色の夕陽が映す光と影の幻想的なグラデーション。そこでは全てが朧気な存在でしかなくて。時の歪みから迷い出てきた死の世界の住人が、生者を引き摺り込もうと忍び寄る。
だがそうはさせじと、生死を隔てる逢魔が時に立ちはだかるは八人のケルベロス達。彼等が視線の先に見据えるものは――先程まで人であったモノの成れの果て。
「こんなおぞましい姿が、人の最期であっていいはずがない……。もう救えないのなら、せめてこれ以上の悲劇を生む前に……!」
隣家を襲撃しようと畦道を進む屍隷兵達を前にして。ルーチェ・プロキオン(魔法少女ぷりずむルーチェ・e04143)が怒りで身体を震わせながら、敵の行く手を遮るべく身構える。
「酷く痛ましいことを……。無関係な家族を一瞬で、無残に産まれる前の命まで……」
一つの家族の笑顔を奪い、屍の尖兵として生まれ変わらせ利用する。敵の残忍非道なやり方に、蓮水・志苑(六出花・e14436)は憤りを隠せない。人の命や身体を玩具のように弄ぶのは、志苑にとって何よりも許すことのできない愚行であるからだ。
「これから生まれる命もあった、幸せな家庭をこのような目に遭わせるなんて……。悔しいですが、せめてこれ以上の犠牲者が出ないように……全力を尽くします」
翡翠・風音(森と水を謳う者・e15525)の、この日の空と同じ夕焼け色の瞳に映るのは、胎内に我が子を宿した母親の屍隷兵。腹部で胎児が脈打つように蠢くが、その命がこの世で芽吹くことはもう二度とない。
「失われた命が蘇ることはなく。私達は、彼等を斃すことしかできない……」
武器を握り締める手に力を込めながら、鹿坂・エミリ(雷光迅る夜に・e35756)は自らの心に言い聞かせるように呟きを漏らす。
屍隷兵とされてしまった家族を救うことはもうできない。ケルベロス達にできるのは、怪物と化した家族を討ち取り、無念を晴らすことだけだ。
「殺すことでしか止められない。ですが、このままで良いとも思えません……決して」
殺された家族を救う為に手を掛けるという矛盾、それが果たして本当に救いとなるのか。簾森・夜江(残月・e37211)は苦悩しつつも武器を手に取り、胸に燻る迷いを払拭せんと立ち向かう。
安海・藤子(道化と嗤う・e36211)は仮面越しに屍隷兵達を一瞥するが、彼女が意識を向けるのは、その裏で糸を引く元凶たる首謀者の影である。
「死者蘇生のようなものだけど、そうじゃないのよね。どっちにしてもこの禁術は封印案件……早く大元をとっちめないと、ね」
できれば自分もその知識に触れてみたい、などといった探究心を押し殺し。今は戦いのみに集中すべく、藤子は面を外して素顔を晒し、湧き立つ闘争心を高揚させる。
デウスエクスがクラビティを求めて侵略するのと同様に、ケルベロスや地球に住む人間達もまた、命を喰らって糧とする。
違うのはそれぞれの立場や価値観のみでしかないと、理解しつつも認めようとせず、抗い続けるのがケルベロスだとアジサイ・フォルドレイズ(絶望請負人・e02470)は考える。
だが大義すらなく死者を冒涜するような、空蝉の蛮行だけは相容れ難く、はらわたが煮え繰り返るような怒りしか湧いてこない。
「――この家族に、せめてもの安らぎを」
静かに発した言葉に怒気を孕ませて、アジサイが先手を奪って疾駆する。使い込まれた鋭利な太刀を翻し、振るう刃の軌跡が弧を描き、屍人の継ぎ接ぎだらけの身体を斬り抉る。
「ガアアァァッ!? ナ、ナゼ……儂等ガ、コンナ目ニッ……!!」
脇腹に斬撃を受け、苦痛に顔を歪めて喚く祖父母の屍隷兵。理不尽に命を断たれたことへの怨みが瘴気となって噴出し、酷く澱んだ怨嗟の念でケルベロス達を締め付けようとする。
「そうはさせませんわよ!」
そこへ千手・明子(火焔の天稟・e02471)が間に割り込み、漆黒の鎖を回転させて屍人の瘴気を消し祓う。明子はそのまま地面に黒鎖を展開させて、魔法陣から溢れる光が仲間に加護を齎していく。
斯くして戦いに身を投じるケルベロス達。
その先に待っているものが、例え報われない結末だと分かっていても――。
●
「どんなに泣き叫んでも、決して攻撃の手は止めません……決して!」
何よりも人間らしさを愛するルーチェにとって、屍隷兵はそのことを徹底的に冒涜せしめる存在だ。悍ましく変わり果てた彼等の姿に胸が張り裂けそうになりつつも、ルーチェは気丈に振る舞いながら闘志を呼び起こす。
思いの丈を込めるように脚に力を溜めて跳躍し、祖父母の屍兵に狙いを定め、落下の加速に重力を乗せて威力を増した蹴りを見舞わせる。
着地と同時に、彼岸花の花弁が宙に舞う。夕陽に照らされ映える緋色の花と、流れ滴る真紅の雫。この戦場に彩りを添えるのは、全てが赤に染められた世界――。
其れは流れ出る血液の色であり。其れは燃え盛る闘争の色であり。
だがエミリの心を覆う思いは、その何れもが表面的なものでしかなくて。
彼女の胸の奥にじわりと滲む、形容し難い感情が溢れてくるのを押し留め。今は己が役目に専念するのみと、エミリの全身から放出された光の粒子が、仲間の戦意を研ぎ澄ます。
「どうか貴方達に安らかな死を……私達は、ここで負けるわけにはいかないのです!」
風音の凛とした声から紡がれる歌。哀しみに囚われず前に進む勇気を詠う力強い旋律は、屍隷兵達を怯ませ攻撃の手を鈍らせる。
「ほらほら、避けきれるなら――避けてみな」
藤子が気配を消して敵の背後に回り込み、影の刃で傷を重ねるように斬り裂いて。刃を通して伝わる手応えに、藤子は薄ら頬を緩ませ愉悦に浸る。
「――我が刃、雷の如く」
屍隷兵が弱ってきたのを見逃さず、夜江が斬霊刀を手にして攻勢を掛ける。魔術を付与した刀身が、蒼い光を帯びて輝いて。振るう刃は紫電の如く、迸る雷が屍肉を断ち斬り、蒼い光の欠片が割れた硝子のように飛散する。
夜江の一太刀を浴びた祖父母の屍兵が、堪え切れずに膝を突く。そこへ志苑が、これ以上苦しまぬようひと思いにと、刃に霊力を込めて振り下ろす。
「舞うは命の花、訪れるは静謐――白空に抱かれ終焉へお連れいたします」
清浄なる氷の霊気を纏いし刃が、六花の如く降り頻る。繰り出される無数の斬撃は、散り逝く命に捧げる献花。
一振りする度氷の華が咲き乱れ、斬り刻む刃の花弁は屍隷兵の魂をも凍て付かせ――志苑が刀を納めた瞬間、全身氷と化した敵の身体が砕け散り、まず一体を撃破する。
「ヒドイヨォ……ドウシテ、コンナコトスルノ!」
その直後、もう一体の人型が、痛ましい子供の声で叫びながら攻めてくる。腕を力任せに振り回してくるが、夜江が咄嗟に盾となり、全身に闘気を纏ってこの攻撃を撥ね返す。
「守るべき命はもう奪われてしまっています……。今目の前にいるモノ達は、その抜け殻を使った、ただの『化け物』です……!」
敵の言葉に揺らぎそうになる心。しかしその戯言に惑わされてはいけないと、自らを奮い立たせるようにルーチェが吼える。
漲るオーラを一つに集め、降魔の力を腕に纏い。屍人の腹部目掛けて拳を捻じ込み、空蝉によって植え付けられた偽りの生命を啜り喰らう。
ルーチェの言うように、この屍隷兵達は家族の死肉によって造られた、ただの操り人形でしかない怪物だ。その姿はなんと醜悪で、凄愴で、冒涜的な肉の塊であろう。
「だからその穢れし器から解放させてあげるのが、せめてもの弔い……」
表情なく淡々と語るエミリの心は、ここに在らずといった様子だが。それでも必死に思いを繋ぎ止め、強く念じる心が御業を召喚し、人型の屍を包み掴んで抑え込む。
「もうこんな悲劇は終わらせましょう……。私達の手で、全てを断ち切ります」
彼等家族を助けられないことがとても悔しくて。風音の悲痛な思いに応えるように、指に嵌めたリングが眩しく光って剣の形を成していく。風音は具現化された光の剣を振り翳し、怒りをぶつけるように子供の骸を斬り付ける。
「禁術使って周りを不幸にするなんて、お門違いも甚だしい。そろそろここいらで、正しい眠りへ導いてやろう」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべつつ、藤子が杖に魔力を注いで突き出すと。杖は子犬の姿に変身し、威嚇するよう吠え立てながら勇猛果敢に飛び掛かる。
「これ以上苦しまなくて済むように――わたくしがあなたを、よいところへお連れします」
明子が腰に構える二尺三寸の日本刀。匂口締まる直刃、銘は『白鷺』とあり。親指で鯉口を切って踏み込み、瞬時に抜刀する鋭い一閃。
刃は正確無比に敵を裂き、咲いた花は散り、散った花弁が音も無く地に落ちる――彼岸花咲く畦道に転がり落ちたのは、父親だったモノの首だった。
だが屍隷兵は首を斬り落とされても尚、息絶えてはいない。残された子供達の怨念がそうさせるのか、首を失くした骸は明子を狙って迫り来る。
「あきらは決してやらせない。魂破一刀――討ち込む!」
押し退けるように明子と入れ替わり、覇気を滾らせ突撃するアジサイ。刃を大きく振り被り、ただ一点に力だけを注ぎ込み、豪快な一撃を叩き込む。
渾身の力で放ったアジサイの太刀、その衝撃の程は凄まじく。直撃を浴びた屍隷兵の血も肉も、跡形残らず消し飛んでしまい、こうして残すは後一体のみとなる。
●
肉塊同士が複雑に絡み合い、まるで植物を思わせる異質な姿の屍隷兵。生前は母親だった異形の屍は、不気味に膨れ上がった腕を伸ばして、ケルベロス達に掴み掛かってくる。
――嗚呼、愛シイ可愛イ私ノ子。モウ……離サナイ。
それは我が子を想う母親としての執念か。だが伸ばされたその手は指一本たりとも触れさせまいと、夜江が斬霊刀で受け流して事なきを得る。
「この身は、刃――我が力は、人を護る為にございます」
刀身に空の霊力纏わせて、夜江は返す刀で一心不乱に太刀を振るう。唇を強く噛み締めながら、蝕む心の痛みを堪えるかのように――。
「……そのような姿にされて、本当に辛かったでしょう。こうなる前に貴女達を救えずに……ごめんなさい」
志苑が悔しさを滲ませながら、悔やみ切れない無念を口にする。
彼女の脳裏を過ぎるのは、戦火で亡くした肉親の影だった。故に死者に対する尊厳すらなく弄ぶ、そんな心のない輩と解り合える日は訪れないと。
せめてその身が傷付かないように。志苑は縛霊手から霊糸の網を張り巡らせて、母体の四肢に絡ませ捕縛する。
そこへルーチェが駆け寄り間合いを詰めて、全ての力を拳に込めて一撃に賭ける。
「打ち抜け、太陽のビート! サンライト……インパルス!!」
打ち込まれた拳は特殊な波長を発して捩れを生じさせ、敵の身体機能を麻痺させる。
ケルベロス達は一気に決着を図るべく、動きを封じた屍隷兵に波状攻撃で畳み掛けようとする。しかし危機に瀕した母を護ろうと、お腹の赤子が泣き声を上げて番犬達を竦ませる。
耳を塞いでも、脳に直接響いてくる嘆きの慟哭に、明子は顔を歪めながらも辛うじて踏み止まっている。これも背中を任せられる最愛の人が傍にいてくれるから、だから身を挺して庇っているうちに――明子の想いを受けたアジサイが、すかさず動いて刃を走らせる。
「もうこれ以上、誰かが傷付くのは見たくないからな。こいつで終わらせる」
鞘に納めた刀を素早く振り抜く神速の太刀。風をも断ち斬る剣撃は、敵を仕留めるまでは至らなかったが、かなりの深手を負わせて追い詰める。
「初めて紐解いた唄……守護者を称え、困難を切り開くものを祝福する――そんな唄だ」
藤子の透き通るような歌声が、戦場中に木霊する。遠い異国の言葉で綴られた、どこか懐かしさを感じさせる響きがケルベロス達に勇気を与え、赤子の呪縛を打ち消していく。
「灼き切って差し上げます――あなたの、すべて」
瞳に昏く冷たい光を灯し、エミリが手を差し出して屍隷兵に近付ける。それは迷える母子の魂を、屍肉の枷から解き放つ救いの手。身体に触れた指先から火花が弾け、稲妻を敵の体内へと流し込み、『彼女』を繋ぎ合わせる中枢回路を破壊する。
全ては赫き闇の中へと熔け込むように――もはや力を維持できなくなった骸の集合体の肉体は、制御を失うように崩れ落ちていく。
「――響け、我が歌声。彼の者へと届くまで」
力尽きて朽ち果てようとする生命。それが例え仮初めの魂だとしても、風音はそこに数多の想いを乗せて歌にして、優しい音色を響かせる。
周りに咲く緋色の花に捧ぐ願い。家族の御霊が転生し、来世で縁あるように導いてほしい――そうした花言葉の意味を込め、緑の小竜シャティレの力も借りながら、奏でる歌は相手の心を愛おしそうに包み込む。
やがて風音の祈りが通じたか――死に絶えようとする異形の身体が光を帯びて、黄昏色の空に召されるように淡く儚く消えていく。
しんと静まり返った空間に、風がふわりと舞って緋色の花が幽かに揺れる。それは家族が最期の別れを告げているのだと――風音は静かに瞼を閉じて、死を悼むのだった。
敵の死体はこの世に残ることなく全て消滅し、ケルベロス達は犠牲となった家族を偲んで弔った。
戦いを終えた安堵感からか、ルーチェはいよいよ我慢できなくなって涙してしまう。頬を伝う雫が熱いのは、彼女が人の心を持っているという証。
その一方で、夜江は悲しみを堪えるように拳を強く握り締めていた。
どれ程苦しく辛くとも、耐え忍ぶのが剣士だと。今回だって今までと同じ筈、なのにこんなに心が痛いのは、一体何故だろう――。
「……彼岸でご先祖様がきっと、暖かく迎えて下さるわ」
誰かに聞いてもらうでもなく、明子がぽつりと呟いた。所詮は気休め程度でしかないが、それでも何かを言わずにおれなくて。
疲労も限界近い彼女に対し、アジサイは肩にそっと手を掛け宥めるように寄り添い合う。
――ありがとう。そう一言お礼を言った後、明子は風音と志苑の顔を見て、一緒に帰りましょうと呼び掛ける。
自分一人では、悲し過ぎて心細いから。などとはとても言えるわけはなく。
それぞれが帰路に着こうとする傍らで、エミリは暫しの間その場に佇んで、夕陽が沈み行くのを見届けていた。
今日という日のこの色は――心を掻き乱す、悲哀に満ちた暗い赤。
エミリは瞳に重なる今の景色の残光を、忘れないよう目に焼き付ける。
最後まで、笑顔に戻ることはないままに――。
作者:朱乃天 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月26日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 8
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