肉塊に埋もれた理由

作者:夏雨


 夕飯時のとある一家。
「ねえ今、玄関の開く音しなかった?」
「あら? 誰かしら?」
 1つのテーブルを囲み、7人家族全員で夕飯を味わいながら会話を楽しんでいた。そんな中、人の気配を感じて玄関に赴いた母親は、首だけになって食卓へとゴロゴロ転がってきた。
 噴出する絶望と絶叫、血の臭いと色。家族が最後に見た光景の中には、黒づくめの男の姿があった。男は手慣れた作業のように、祖父、祖母、母親、父親、長女、長男、次女――家族を1人残らず解体し、パーツとして寸断された家族の山に、不気味な肉塊を更に加えていく。

「どうし、て……」
 一家合わせて7人の四肢を歪な形につなぎ合わせられ、血の臭いが充満するダイニングに1体の屍隷兵が現れた。3メートルほどの巨体は天井に頭をこすられながら外へと歩き出す。頭の部分はフランケンシュタインのように皮を継ぎ接ぎされ、かつての面影は微塵もない。
 人間の意志はすでにないものの、時折「どうして」という声が家族の残滓のようにもれ聞こえる。
 足元には屍隷兵の出来損ないのような存在が5体うごめいている。余った部分を寄せ集められた体は足や目がまともに機能しておらず、不気味な肉袋の化物が芋虫同然に這いずり回る。
 幸せな生活を送るはずだった家族の庭先で、屍隷兵の不気味な産声が響き渡った。


「螺旋忍軍の1人に動きがあった。敵はより強力な屍隷兵を生み出そうとしている、神野・雅(玲瓏たる雪華・e24167)の予想通りとなった訳だ」
 ザイフリート王子(エインへリアルのヘリオライダー)は、屍隷兵が利用される事態を危惧していた雅の予想が的中したことを告げた。
 傀儡使い・空蝉は螺旋忍軍の研究データを元にある結論に至った。より強力な屍隷兵を作るためには、『屍隷兵の材料同士の相性が重要である』と。それを理由に仲のいい一家を殺害し、その死体からより強化された屍隷兵を作ることを目的としている。
「実際、空蝉の考えは間違っていないようだ。生み出されてしまった屍隷兵はある程度手強いぞ。しかし、お前達は空蝉の行動自体を正したいと考えるのだろうな」
 『違うか?』とエインへリアルは聞き返すが、空蝉と接触することは時期尚早だと答えた。
「お前達は今できることに専念しろ。屍隷兵が近隣住民を襲いだす前に現場に駆けつけ、これ以上の血を流す未来を断つことだ」
 屍隷兵が屋内から庭に出たところを襲撃することができる。
 屍隷兵はその巨体を駆使した攻撃でケルベロスたちに襲いかかるだろう。言葉を解することはできず、化物として完成された本能はグラビティ・チェインを奪うことにのみ執着している。また、芋虫のように地面を這いずる屍隷兵5体を迎え撃たなければならないが、雑魚兵と呼ぶに値するだけの戦力である。
 戦闘域となる庭は軽自動車3台分ほどの広さで、向かいには住宅同士に挟まれた道路がある。人通りは少ない時間帯だが、念を入れた人払いは不可欠だろう。
 淡々と予測から得た情報を説明していたザイフリートだが、最後は家族の気持ちを推し量るように、
「襲われた一家は、近隣住民からも評判の理想的な家族だったようだ。そんな家族が酷な結末を迎えることなど、想像もできないことだろうな……」


参加者
樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)
浅川・恭介(ジザニオン・e01367)
紫藤・大輔(機甲武術師範代・e03653)
コール・タール(マホウ使い・e10649)
天野・司(たぶんおそらくきっとプリン味・e11511)
志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)
ハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)

■リプレイ


 夜の静けさと暗闇に包まれる家々。灯りも楽しげな家族の声も失せた民家の奥には、何かがうごめく気配があった。
 民家の前まで駆けつけたケルベロスたち。その1人であるコール・タール(マホウ使い・e10649)が発動した『殺界形成』は周囲に幕を下ろし、辺りは一般人を寄せつけない殺気で満たされる。
 浅川・恭介(ジザニオン・e01367)とリューディガー・ヴァルトラウテ(猛き銀狼・e18197)は庭の周辺に『キープアウトテープ』を張り巡らし、他の近隣住民から確実に戦闘域を隔てた。
 道路脇の街路灯の光が庭先にも注ぎ、待ち構えるケルベロスたちの横顔を照らした。
 真っ暗な玄関の奥から、その気配は確実に近づいてくる。玄関口まで這いずり、落ちるように転がり落ちた存在。その輪郭を玄関先に取り付けられた屋外灯がくっきりと照らした。異形と化してしまった家族の一部が、目を背けたくなるような化物となって次々と庭先へと這いずり出てくる。
 一層濃くなる血の臭いに恭介は息を止めるが、テレビウムの安田さんは「かかってきな!」と言いたげに鉄パイプを構えて恭介の前に1歩踏み出す。
 血の臭いをまとい、出来損ないの屍隷兵の親玉のように悠々と庭へと降りる巨大な屍隷兵。つなぎ合わされたように両腕の長さはちぐはぐで、あちこち雑に縫合されたらしい皮膚の間からは赤黒い組織が覗いている。
 屋内から庭まで真っ赤な足跡を作る屍隷兵の姿を見て、ここで無惨に殺されたという事実を痛感する。
「畜生、確かな未来があったはずなのに――!」
 思わず感情を吐露した天野・司(たぶんおそらくきっとプリン味・e11511)に、魚のようにビチビチとはねる雑魚兵は襲いかかった。
 司が相手をかわすと、コールは攻撃へと転じる。牡牛の姿に輝くオーラを放ち、雑魚兵の群れをけん制する。
「あれはもうただの肉塊だ。加減の必要はない」
 コールは冷徹に他の者へ攻撃を促した。
 ケルベロスたちは次々と攻撃を放ち、這いずり回る雑魚兵たちを一掃しようとする。
 共に縛霊手を操る司と志穂崎・藍(蒼穹の巫女・e11953)は、雑魚兵に向けて巨大な光弾を放つ。雑魚兵らはえぐられる地面と共に庭の隅へと追いやられていく。その間にも複数の治療用の小型無人機や霊力を帯びた紙兵が飛び交い、樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)たちは支援を抜かりなく行き届かせる。
 ライオットシールド型の武器を構えるハインツ・エクハルト(光を背負う者・e12606)は、味方の守りに徹底的に目を配り、
「辛いだろうけど、これができるのはオレ達だけなんだ!」
 仲間と自身の戦意も奮い立たせるように声を上げた。
 オルトロスのチビ助は退魔神器からおどろおどろしい瘴気を開放し、庭の隅でもがく雑魚兵らへと送り込む。瘴気の中に包まれる雑魚兵らはけいれんするようにビクビクと動くが、やがて3体は動きを停めた。


 とどめの一撃を刺す紫藤・大輔(機甲武術師範代・e03653)の動きに合わせて、氷の魔法を操るコールは吹雪の中に雑魚兵を押し止めた。
 攻撃をさばく隙を狙っていたように、ゆらゆらと前屈みに構えていた屍隷兵は長い腕を瞬時に大輔へと伸ばす。
 大輔を突き飛ばそうとした屍隷兵の一撃は、目の前に飛び出したハインツが受け止めようと構える。掲げたシールドへと直撃した衝撃は、持ち手をつかむハインツの手にみしりと重圧を加えた。更にシールドごと突き飛ばされるハインツは、庭の植木を折りながらブロック塀へと激突した。
 自身をかばって負傷したハインツに報いようと、続け様に飛び出した大輔は鋭い蹴りを放つ。びくともしない巨体は大輔につかみかかろうとするが、
「おいでボクのしもべたち!」
 藍の声と共に猫の姿をなす光の群れが屍隷兵の注意をそらす。まとわりつく光を振り払いながらも、屍隷兵は大輔の方へと向かっていく。大輔が注意を引きつけて立ち回る間、獲物を狙う屍隷兵の濁った目は大輔を見つめ続け、「どう、し、て……どうシてェェ」とうわ言のように繰り返される言葉が耳を離れない。
 大輔は今はいない元凶に対し、「どうしても……許せねぇ……」と、怒りと悲しみが渦巻く一言をつぶやいた。
 他の者が屍隷兵をグラビティでけん制する合間に、リューディガーと共に小型無人機を操る正彦は、大輔の様子を見て言った。
「⼼を揺らすな、⼀分⼀秒でも早く解体しろ」
 『どうして』という死者の残滓に返す言葉はない。その一言は自分自身にも言い聞かせるように。
 単純に目の前の屍隷兵をただの敵とは捉え切れない思いはあるが、
「ああ……今は、せめて安らかに……」
 大輔はその一言と共に歯を食いしばり、押し殺す。
 いくつもの無人機を叩き落とされ、攻撃の機会をうかがうリューディガー。「どうして」という嘆きにも聞こえる囁きをおのずと耳に入れてしまう。反芻される響きを持つ言葉にも、リューディガーは揺るがない眼光と精神で応えた。
「この場で誓おう。奴の凶行は必ず止めると!」
 相手を圧倒するほどの気迫の込もった一言と共に、リューディガーのマインドリングから放たれる光弾は、暴れ出した屍隷兵の動きを封じる。
 司は重厚な両脚の武装からパワーを開放し、噴出する勢いのままに突撃する。長い腕で四つん這いに近い状態で体を支える屍隷兵は、司から腰の辺りに蹴り込まれた衝撃でわずかによろめいた。そこから反撃に転じる動きは恐ろしくすばやく、反射的に飛び退いた司の前髪がわずかにはらりと地面に落ちる。
 屍隷兵の右手の親指の付け根部分からは、錐のように鋭く長い骨が突き出ている。司の細身の体を易々と貫いてしまいそうな勢いで、屍隷兵は続け様に攻撃を繰り出す。
 身軽な司に翻弄されて地面のみを突き続ける屍隷兵だが、藍は司に集中する攻撃をそらそうと動く。


 ごめんなさい、ごめんなさい……いっぱい謝ることがあるけれど。ボクたちにできることは、貴方達に安らかな眠りをあたえることだけだから。
 藍は許しを求める思いを胸中で唱えるが、
「視線より早く確実に貫く者なし。瞳よ覚醒せよ」
 呪われた瞳を開眼させる。蒼穹を映したように輝き始める目は視線の槍となり、屍隷兵は自然とその視線に吸い寄せられた。藍を視界に捉えようとした瞬間、屍隷兵の右腕の一部から肉片が弾け飛び、その傷口を中心に火ぶくれのようなものが広がっていく。
 屍隷兵は右腕を抑えながら後退し、藍の能力に苦しめられる状態から不気味な咆哮を響かせた。
 追撃を試みようとする藍だが、攻撃の手を伸ばす屍隷兵に身構える。
 コールはいち早く攻撃の構えを見せていた。自らの鹵獲術のすべてを結集させた、伝説の槍を再現し開放する魔法。コールの手の中にその巨大な槍は現れ、神々しい輝きを放ちながら瞬時に上空へと飛翔した。そして、まっすぐに屍隷兵の頭上へと迫る。槍を受けた屍隷兵はその場に前のめりにくずおれた。
 爆心地と化したような衝撃が屍隷兵から伝わり、ばらばらと派手に砕け散る地面。全員が退避行動を取る中、コールの視線は槍によって深く抉られた屍隷兵の左肩に向かう。
 致命傷は外れたと認めた瞬間、バネのように瞬時に上体を起こす屍隷兵。藍を捕らえようと伸ばされた腕は、線上に飛び出した正彦を力任せに弾こうとする。それでも剣を構えて踏み止まる正彦に対し、屍隷兵の鋭い骨が片腕の表面を鋭くなぞった。深く刻まれた線から血をにじませながらも、
「僕が君達を殺す」
 臆することなく刃を翻し、屍隷兵へと向かっていく。
「さて、早く眠らせてあげたいですけど、今⽇の僕の役⽬は皆を無事に帰すこと」
 そうつぶやく恭介は安田さんと共に戦局を見極め、皆のサポートに徹する。恭介が操るグラビティによって付与されたエネルギー体のシールドは、あらゆる攻撃に耐え得る力となる。戦場を勇ましく駆ける安田さんは、突き倒された仲間がいれば「起きやがれ!」とばかりに胸ぐらをつかみあげ、顔部分である液晶画面の動画を至近距離で見せつけ、相手を励ました。
 屍隷兵は苦しみ耐え抜きながらも本能のままに戦いをやめない。
 ハインツの手の平からあふれる黄金のオーラはツタ状に変化し、
「あと⼀歩頑張ってこうぜ! トイ、トイ、トイ!」
 仲間の傷を癒やすために地面を這わせ、故郷の魔除けの言葉を高らかに発した。


 チビ助は屍隷兵の足元を狙い、すばやい動きで屍隷兵の体に裂傷を刻む。
 リューディガーはチビ助に気を取られている屍隷兵に狙いを定めた。携行式の砲台を背負う大輔も反動に備えて体を支え、左右の砲身を傾ける。射出されたリューディガーの光弾は察知した屍隷兵の体をかすめたが、避けた先を大輔は追撃する。火を吹く砲身は屍隷兵に風穴を開け、極限状態まで追い込む結果となった。
「ど……、ゔ、しィ……ェェ」
 おぼつかない足取りで1歩踏み出した屍隷兵からは、しぼり出すようなくぐもった声。
 耳を塞ぎたくなるような嘆きにも正面から立ち向かうハインツは、とどめとなる一撃を振りかぶる。
 せめてその嘆き、全部受け⽌めさせてもらうな。
 心密かに思いを沈め、全力を傾けたハインツの一撃は屍隷兵の脳天を捉えた。砕き潰す勢いでシールドにより弾かれた屍隷兵の頭は傾き、その巨体は大きく揺れ動く。
 遂にただの死体へと戻り、そこに怪物はいなくなる。庭には継ぎ接ぎされたひとつの家族が横たわるだけとなった。

 空蝉によって冒とくの限りを尽くされた遺体には毛布がかけられ、端から覗く手を握る司は涙を流していた。
「皆、⾊んな奇跡があって産まれてきた、⼀⼈しかいない存在なのに……もう、この⼈達には、明⽇が来ない……」
 どう声をかけたものかと司の姿を眺める大輔はひとり頭をかく。
 感傷的になる司とは対象的に、コールは司の背中に語りかけた。
「救えないことなどわかっていただろう? どれだけ恨まれようが、俺たちは新たな犠牲を出さないために止める必要があった。そのためにここへ来たんだ」
 そう心を殺すように自分自身にも言い聞かせていた。
 そのやり取りを横目に、藍は巫術士なりに簡潔な弔いの儀礼を行う。
 戦いの跡が残る庭を修復するために飛び交う紙兵たちを、どこかぼんやりと眺めるハインツ。
 直視し切れないグロテスクな見た目という印象ながら、恭介は修復の合間にも屍隷兵について分析したことをつぶやく。
「屍隷兵……不完全な神造デウスエクス――」
 ハインツは恭介の一言を耳にして我に帰った。
「同じく神造デウスエクスだったウェアライダーも、初期は似たようなものだったのかなぁ」
「どうだろうな……屍隷兵の研究がどこまで進んでいるかはわからないけど」
 コールだけでなく、涙を流す司にリューディガーも声をかける。
「慰めになるとすれば、俺たちの手で空蝉を倒すことだ。諦めるわけにはいかない、例えどれだけの苦難が待っていようと」
 しゃがみ込んでいた司は決意を表すリューディガーを見上げ、袖で涙をぬぐいなから短く「ええ……」と答えた。
 目的を達成したところで晴れやかな気分になどなれはしない。それを誰よりも現した表情で、正彦はつぶやいた。
「王⼦は⾔った、時期尚早だと。つまりはまだ続くと⾔うことだ」
 ならば僕はその⾎の⼤河を渡ろう。それが……この図体の使い道だ。
 遠くからパトカーのサイレンの音が響き始めていた。

作者:夏雨 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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