鎌倉ハロウィンパーティー~苦い夢を隠す

作者:ヒサ

 ハロウィンが近付くその日。学生時代からの友人の名で送られてきたパーティーへの誘い文句を前に、彼女は断り文句を考えていた。
 ──こんな地味でつまらない私では、浮いてしまうだけだもの。
 明朗な友人は純粋な善意で招待状をくれたと解っている。だが、社交的な才女の友の一人として自分がふさわしいとは、どうしても思えなかった。
 このような思考を改めなくては、と思ったこともある。けれどその都度、立ちはだかる壁の大きさに打ちのめされて来たのだ。
 頭の中を巡る考えに苛まれ、返事を書き出せないでいる彼女の傍に、一つの影が現れた。
 彼女がそれに気付く前に、赤い頭巾を被ったその人影は手にした鍵で彼女の胸を貫いた。肉を傷つける代わりにそれは、彼女の望みを吸い上げる。
「あなたはパーティーに行きたいのですね。……その夢、叶えてあげましょう」
 モザイクを抱えた赤頭巾の少女が微笑んだ。貫かれた彼女は、胸から生える鍵を呆然と見つめ、やがてその目と意識を閉ざして行く。
 その代わりとばかり。部屋の床に倒れた彼女の傍らに、モザイクで出来た人のかたちが現れた。南瓜の実のような明るい橙色のドレスを纏い、黒い小さな魔女帽子を冠のように頭に載せたそのドリームイーターは、膝までをふんわり覆うドレスの端を、お辞儀をするようにつまんで見せて。
 世界で一番楽しいパーティーへと、弾むような足取りで出掛けて行った。

 藤咲・うるる(サニーガール・e00086)の調査によると、日本各地でドリームイーターが不穏な動きを見せているらしい。
「ハロウィンのお祭りを楽しめないでいる人達の心につけこんだドリームイーター達が、ハロウィンパーティーの日に暴れちゃうみたいなんです」
 笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)が、許せないと言うよう拳を握った。
 今年、世界で最も盛り上がるのは鎌倉のハロウィンパーティーだ。パーティーの開始より早く、問題のドリームイーターの一体を皆の手で倒して欲しいと少女は言った。
「このドリームイーターは、パーティーが始まると現れて、モザイクを使って周りの人を攻撃するみたいなんです。そうすると他の人達が危ない目に遭っちゃいますから、それより早い時間にみんなが、パーティーが始まったみたいに楽しくはしゃいでくれたらきっと、ドリームイーターをおびき出す事ができると思うんです!」
 お菓子とか衣装とか用意してくれたら完璧だと思います、とねむがにこにこ笑う。仮装してお菓子をねだる側に回るのがふさわしい年頃の彼女のことだ、パーティーを楽しみにしているのかもしれない。ドリームイーターが暴れる前に止めちゃって下さい! と皆へ期待の目を向けて来た。


参加者
御歌本・花奏(花びらの歌声・e00206)
泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)
星宮・莉央(夢飼・e01286)
コロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)
森光・緋織(薄明の星・e05336)
那谷屋・朗(地球人で自宅警備員・e07689)
ルチル・ガーフィールド(シャドウエルフの弓使い・e09177)
白・常葉(メイド式中年プロデューサー・e09563)

■リプレイ


 愛嬌溢れるお化けと南瓜が腹に抱えたLEDで光る。薄いプラスチックの色を映して辺りを賑やかに染めていた。
 周囲に張り巡らせたテープには魔女に黒猫、お化けと南瓜はこちらにも。色画用紙やアクリル板で作られたキャラクタが、同じ生まれの飴玉や星と一緒にぶら下がる。
「照明設置完了です」
「こっちも飾り、出来ました」
 泉賀・壬蔭(紅蓮の炎を纏いし者・e00386)と星宮・莉央(夢飼・e01286)が装飾の具合を確かめ皆の元へ戻る。南瓜ランタンを模したチャームを提げたクロスを広げた卓上には、埃避けを掛けた料理や食器、花籠や飴の瓶が並んでいた。奥には背の高い箱もある。
「これもお願い出来ますか?」
「ふむ……これでどうだろうか」
 脇のスタンドを見上げ、御歌本・花奏(花びらの歌声・e00206)が風船の束を差し出す。受け取ったコロッサス・ロードス(金剛神将・e01986)が高所にそれを括り付けると、舌を出したお化けが薄紫のハートにぶつかり一緒に揺れた。
「ありがとうございます、可愛らしく出来ました♪」
 共に様子を見ていたルチル・ガーフィールド(シャドウエルフの弓使い・e09177)が目を細めた。リボンも増やしましょうか、などと女性二人が華やいで笑う。
「あ、蝙蝠傾いてる……」
「こっちに寄せようか」
 端に留まる蝙蝠が落ちそうだと森光・緋織(薄明の星・e05336)が気付く。近くで絡む南瓜の蔓を手に取った那谷屋・朗(地球人で自宅警備員・e07689)が手伝いバランスを整えた。
「よっしゃ、こんなもんでええやろ」
 隅で作業していた白・常葉(メイド式中年プロデューサー・e09563)がペンを置いた。描きかけのカンバスを立て掛けて飾り付けに交ざりに行く。
「そろそろ食べ物も開けようと思うのだが、あれはどうしたら良いだろうか」
 卓上の大きな箱を示し、その提供主へコロッサスが問うた。
「あーアレな。俺やるわ、手伝うて貰てええ?」
「うむ」
 コロッサスに反対側を任せ、常葉が箱の根元を弄る。蓋が割れるように外れ、倒れ来るそれを二人手分けして支えた。見上げんばかりの中身が現れ、周囲から感嘆の声があがる。
「何これやばい、写真撮って良い?」
「ええよーバンバン撮り! 緋織ちゃんも一緒に映る?」
「や、ケーキ隠れるの勿体ないから……」
「旦那様、わたしを持ち上げて頂けますか?」
「ルチルさん、このカメラにもお願い出来ますか」
「勿論、お任せ下さいまし♪」
 フラッシュを浴びるそのケーキはなんと十段重ね、上から撮るには工夫が必須。打倒ウエディングケーキを志したというそれは勿論全段可食部で、南瓜の橙と栗の黄色が華やかだ。
「凄いよねこれ。白さんプロなの?」
「んにゃ、暇を持て余した大人の自信作なだけやよ」
 近くで眺める朗が感心する。応える常葉曰く、命名ハロウィンナイトカーニバル・イン・ゴーストキャッスル。名の示す通り、螺旋に飾ったクリームの黄色はお城の屋根のようで、橙色は中に灯る明かりのよう。
「もうパーティーしてるみたいです」
 花奏が楽しげに笑みを零す。その手は皆に配るグラスを並べていた。
「せやった、乾杯せんと。おおきにな、花奏ちゃん!」
 皆何飲む、と常葉が声を掛け。
「泉賀、これお酒?」
「いや、中身は替えてます。シャンパンラベルが炭酸で、ワインの方が葡萄ジュースで。雰囲気出るかなと思って」
「ああ、成程。じゃあこれも皆で飲めるね」
 莉央と壬蔭が並んだ飲み物を見繕い、依頼に応じ注ぎ分けて、皆にグラスが行き渡る。
「皆持ったなー? ほな、かんぱーい!」
「おう、カンパーイ」
「乾杯!」
「ハッピーハロウィーン!」
 常葉の明るい声に続き、各々グラスを掲げる。追って、緋織が持参したクラッカーが音を立て、カラフルな紙テープが皆の視界を華やかに染めた。

「その手、食器持てるんだ」
「意外と自由利くので食事も余裕」
 ナノナノを模した着ぐるみを纏い口から顔だけ出した朗が器用にグラスと皿を持っていた。決め顔で応え箸すら華麗に操る朗の羽型手を、中華風アンデッドに扮した緋織は額に貼ったお札を捲ってしげしげと観察していた。
「花奏さんの装いは、スカートが南瓜風なんですね。こちらは……狼に見えます?」
「ばっちりですよ。それ以上着けると飲食が辛くなりそうですよね」
 黄色のスカートを翻した、南瓜の姫か花の妖精かといった風の花奏と、狼の耳と尾を着けた壬蔭が言葉を交わす。仮装といえど比較的軽装の二人は、その上を行く皆の衣装に感嘆を交えつつ談笑していた。
 いつの間にかカンバスに完成していたポップなお化けがウインクする横では、ギターを鳴らしながら莉央が歌う。明るく連なる和音に、常葉がバイオリンで旋律を乗せた。二人視線を交わし、即興でそのまま一曲終えたところで聴き手達から送られる拍手の中、常葉はバイオリンを下ろす。
「え?」
 莉央が目を円くするのに常葉は、飽きた、と謝意を示してか片手を立てる。
「莉央ちゃんの歌聞いてる方がええわ。お兄さんは料理食べて来ます! 莉央ちゃんの分も取って来よか?」
「ああ、じゃあ何か適当にお願い出来ますか」
 子供のように素直に表現される感情に莉央はつい微笑んで、しかし相手は年上だと繕い、了解の意を示し頷いた。黒と橙で決めた上下に白骸骨をプリントした、舞台衣装に丁度なキラキラ服の常葉は、袖のロングフリンジをたなびかせながらテーブルへと向かって行った。
 続いた二曲目はリズムを取り易い旋律。それに莉央は異国語の歌詞を乗せた。
「お嬢さん、私と踊って頂こうか」
 赤い鎧に合わせて化粧を施し悪魔騎士に扮したコロッサスが曲に合わせ一礼すると。
「まあ、怖い」
 ワンピースを纏う異邦の少女に扮したルチルが口元に手を当てた。踊るようにくるりと身を翻し彼女は赤い悪魔の手から逃れる。
 ルチルが皆の隙間を軽やかにすり抜け、コロッサスが対照的にどたばたと彼女を追う。悪魔が足を縺れさせた隙に異邦の迷い子は、派手にリボンで飾った黒帽子を被るギター弾きの背に隠れた。
 譲った方が良いですか。いいやどうぞそのままで。男性二人が目を交わし、燕尾服の黒帽子はそのまま演奏を続け、娘と悪魔はその周りでくるくると追いかけっこ。喜劇に合わせ曲はテンポを上げる。
「お二人さん、そのうちバターになってまうよ?」
 莉央へと料理を盛った皿を運んで来た常葉が屈託なく笑っていた。

 二曲目を終えた黒帽子が休憩に入る。請われて南瓜ドレスの花姫が前へ出た。卓上では飴玉が転がり、南瓜の器の奥から小さな黒猫が顔を出す。甘いお菓子ばかりでは胸焼けすると、ロールサンドやキッシュ、異国の歌になぞらえたハーブを練り込んだクッキーが減って行く。各々が持ち寄った物だけで作り上げた宴はささやかなれど本格的で、皆のおかげだと朗が笑んだ。手近の飴玉を隣の者に勧めるべく顧みて──彼は素早く飛び退る。
 首を傾げるその相手の出で立ちは、橙のドレスに小さな魔女帽子。各々周囲には注意を払っていたというのに、一瞬前までその人型は誰の目にも映っていなかった。
「お出ましですか……」
 皆の目に気付いたか、優雅にお辞儀するモザイクの娘。ケルベロス達が武器を取る。前へ出るコロッサスの後ろにルチルが控え、皿を置いた緋織は手を握り、常葉の笑顔は目だけが温度を下げ、花奏と朗は眼鏡を掛ける。
「ようこそ、楽しいパーティーへ──でもそのモザイクはどうか晴らさぬままで」
 莉央は努めて冷静に告げ。
「……格好つけ過ぎたかな」
 うーんと唸り、明後日の方向に目を流した。皆の配慮ゆえだろう、この場に守るべき非戦闘員の姿はなく、思い切り戦えそうだ。
「悪いが、被害が出る前に止めさせて貰う」
 狼の尾を毟り取った壬蔭が敵を見据え、籠手を嵌めた拳を構えた。


 花奏の耳元から白い花と青い蝶の羽根が現れた。ヘッドホンから変形したそれはコードを伸ばし蔦に変じ主の腕に巻き付いた。彼女が手を伸べた先では蔦がうねり金色の光を溢れさせる。
 光の加護を受けた一人であるコロッサスが跳んだ。蹴り込む勢いで敵をテーブルから引き離す。態勢を立て直す敵をしかし、自由にはさせぬと彼は立ちはだかる。
「後ろは俺が」
「援護致します」
 莉央が花奏へ告げ、剣を操る。描かれたアリエスが瞬き、皆を守る力を放つ。静かな声で宣言したルチルが続き、花奏へ加護の術を使う。癒し手の二人共が動けない状況になっては拙いと、敵を警戒し備えた。
 無論、その間に攻め手も圧しに掛かる。緋織が手を握り込み爆発を起こして前を往く者達の背を押し、壬蔭が素早い蹴りを、朗が気を纏わせた拳を打ち込む。敵は身を震わせモザイクを広げ、獲物を喰らわんと牙を剥いたが、それが仲間へ向かうより早くコロッサスが押し留め、牙を受けつつ耐える。常葉が放った薬剤がモザイクの上で爆ぜて、堪らず敵は牙を外し、食んだ腕を解放した。
「元気ええやん。キミの為のパーティーや、楽しんで行ってな!」
 常葉が口角を上げる。されど目は敵の隙を探り戦況に注意を払い、忙しく動いていた。その目は加護の光を映し、動く仲間の姿を捉え、耳は勇ましい声を聞く。
「その姿は『彼女』が夢見た光なのだろう?」
 コロッサスが問いの形を投げた。輝かしい友人の傍らで劣等感の影を落としていた『彼女』。お洒落に着飾ったドリームイーターが小首を傾げる様も、初めにお辞儀をした姿も、愛嬌あるもので。変わりたいと願った憧れと、踏み出せぬままでいた怯えがそこには映されていて。ルチルは我が事のように、眉を寄せた。
「『彼女』の想いはこんな風に、乱暴に暴かれて良いものでは無い筈です……!」
「奪うな、返せ。夢が苦かろうが辛かろうが、それはその人だけのものだ」
「足りひん言うなら俺らが遊んだるから、な?」
 朗が厳しい声で告げる。彼が生み出した無数の火球は流星の如く敵へと降り注ぐ。炎の華が咲くそこへ、常葉が放った光が翠に爆ぜて、宙を泳ぐ魚が淡く瞬き敵を食む。
「ほら、こっちだ」
 敵が動く前にと、壬蔭が拳を叩き込む。彼は敵へと声を掛け、相手の注意が散ったその隙にコロッサスの攻撃が敵を穿ち、ルチルの矢が重く追撃を加えた。
 緋織は己の足が止まっている事に気付き、慌てて動く。彼の胸中には、戦う事への恐れが拭いきれずに未だ在る。初めの仲間への援護は、震えが表が出る前に為せた。しかし今、身を運ぶ足にはぎこちなさが残る。けれど、それでも。
「君に負けるわけには、いかないから」
 『彼女』の為に、皆の為に。それからきっと、自分の為にも。鎖を放ち敵を捕らえ、逃がしはしないと締め上げた。抗う敵のモザイクがちらつき形を変えるが、花奏と合図を交わした莉央が斬り込む。後方を引き受けた花奏は赤フチの眼鏡と白花のマイクの位置を調整して手を差し伸べ、歌う。
 その手に絡む蔦の先に清く花が咲く。前線の仲間へと開いたそれは指から伝う声を、篭めた力を、増幅するように震えた。
「声を力に、癒しの加護を。響き、届け!」
 彼女の背に翼が広がり、白く風を打つ。声を届ける追風が歌の加護を運び、コロッサスへと守護を与える。
「お菓子と云う名の癒しをどうぞ──なんて」
「有難く頂こう」
 翼をしまって彼女が片目を瞑る。歌を奏でた神聖さとは裏腹の、茶目っ気溢れる南瓜姫に姿を変えた。解したコロッサスが不敵さを交えた笑顔を見せる。

 光が爆ぜ、風が踊り、早過ぎる雪めいて氷の粒が舞い散る戦いは、それすら華やかに宴めいていた。敵は血を流す代わりにモザイクを瞬かせ、肩で息をする人のかたちを真似る。
 花奏が杖を掲げ、傍の仲間に雷の加護を与える。閃光が刹那、周囲の装飾を眩く照らした。幽鬼の為に開かれた偽りの宴はしかし、巡って生者の為のもの。ゆえに速やかにケルベロス達は仕上げに掛かる。
「我、神魂気魄の斬撃を以って──」
 敵の間近でコロッサスが剣を振りかぶる。音無く宙に跳んだルチルが敵の背後から影色の矢を撃った。妻の信頼を託され彼は剣を振り下ろす。魔を制する刃が重く敵を抉り、畳み掛けるよう常葉の銃弾がモザイクに穴を穿ち、朗の拳が冷気を纏い敵を打ち据える。
「動かないで」
 動きを鈍らせる敵へと更に。緋織の左目が濃色に輝き、赤い魅了が敵を縛す。
「……手を、伸ばしてみようよ」
 『彼女』の夢を映した姿へ、緋織は呼び掛けた。
 送られた手紙は『彼女』を待つ手だ。『彼女』は決して孤独では無く、信じて踏み出せばきっと受け止めて貰える筈。
「僕だって、最初は怖かったけど」
 届いたら良いと懸命に緋織は、モザイクの向こうの『彼女』を見つめる。
「俺だって地味だけど、こうしてパーティーを楽しめてる」
 莉央が微笑み、ちかり、小さく光を纏う。放たれた光は敵にぶつかり、淡く弾けた。
「考えてしまう前に飛び出してごらんよ。目を覚ましたあなたの勇気はきっと、正しく実を結ぶから」
「だから……」
 光の微睡みに囚われる敵へ、壬蔭が踏み出した。
「私達『番犬』の力で以て、歪んだ夢に終止符を」
 風を切る拳が朱色に燃える。熱は敵の身を包み、灼き尽くし──


 ──炎が消える頃、悪しき魔女は小さな人形へと姿を変えた。黒毛糸のお下げにフェルトの肌、顔にはそばかすめいた黄土色のステッチ。美人とは言い難いその顔にはしかし、柔らかな笑みがあった。野花が綻ぶようなそれは、澄まし顔の美人では持ち得ぬ魅力。人形を拾った緋織は微笑んで、卓上を飾る黒猫の隣にそれを座らせた。
 人形が纏うふわふわのドレスは『彼女』が夢見た橙色。帽子も併せれば夢そのものの再現のようで、覗き込んだ者達が、人形へと笑い返す。己を苛む鎖を断ち切る事が出来たなら、『彼女』はきっとこんな風に笑うのだろう。
 戦闘で荒れた周囲を治し、卓上の無事を改めて確認し、仕切り直そうと意見が出た。いつお客様が来ても迎えられるよう、無粋な立入禁止の印は外し、傾いた飾りを整えた。
 再度の乾杯をし、皆が一息吐いた後──異邦の娘はとうとう悪魔騎士に掴まった。
「観念して貰おうか」
 しかし、彼が恐ろしい悪魔で在ったのはそこまで。
「君が帰る場所は、俺の腕の中だ」
 低く柔らかな囁きをルチルの耳に落としながら、無骨な指で華奢な耳殻を撫でる。抱きとめる腕を離さぬと告げるよう一度、愛を伝える如く二度、囁きの意味をなぞるよう三度。腕の中の彼女がそっとコロッサスへ身を預けた。
「わたしでよろしければ、末永くお傍に置いて下さいませ……」
 逞しい胸に頬を寄せて彼女は幸福そうに微笑む。身を寄せ合ったまま踊る二人の姿に常葉は冷やかし交じりに祝福の言葉を投げ、初心な者達はあてられて頬を染めていた。
 本番が盛大に始まるまであと少し。『彼女』を始め踏み出せずにいる人々へ、届くものがあれば良いと朗は、顔を覆った着ぐるみの羽の陰で空を仰いだ。

作者:ヒサ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 1/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 5
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