秋実オーベルジュ

作者:七凪臣

●再び
 湖畔を駆け抜ける風が、そっと忍び入る暗い倉庫の中。
 壊れて久しいらしく、埃を被ったミキサーに近付く小さな影があった。
 蜘蛛のような脚を動かすそれは、コギトエルズムが変じた小型ダモクレス。
 ちきちきと、鳴き声のような、駆動音のような音色を暫し奏でたそれは、やがてするりとミキサーの中に忍び込む。
 外からは、様々な声が聞こえていた。
 はしゃぐ子供に、連れ立つ若人。穏やかな風情の中高年。
 秋の行楽シーズンの賑わいのすぐ傍らで、一度は終えた命に再び灯が点る。
 果たしてそれは、望んだものか、望まぬものか。何れであるかは、分からぬけれど。
 かくて、ペリドット色のボタンの鮮やかさが人目を引く、ミキサーに四肢が生えたようなダモクレスは、葡萄畑の横に建てられた倉庫で目覚めた。

●秋実オーベルジュ
 オーベルジュとは、宿泊設備を有すレストランのことである。
 とある湖畔に居を構えた『橄欖亭』は、その名の通りペリドット色の佇まいが目印のオーベルジュだ。
 山小屋風の建物は、外観も可愛らしく。また周囲の自然とも調和が取れている。
 ちなみに何故、ペリドット色かと言うと。鮮やかな翠色のマスカットを育てていた農家が、葡萄園のすぐ隣に店を出したから。
 自分たちの作った葡萄を、皆で仲良く美味しく味わって欲しい――そんな願いと希望を込めて。
「此方の橄欖亭さんが有する葡萄園に、壊れたミキサーから転じたダモクレスが出現するんです」
 悲劇の流れの大凡を語ったリザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は、『英桃さんの仰っていた通りですね』と微笑む。
 ――ペリドット色の葡萄実るオーベルジュにダモクレス襲来する。
 そう、これは。英桃・亮(竜却・e26826)が危惧していたからこそ、予知できた事件。
 幸い被害は未だ零。されど放置すれば多くの被害が出るのは必定。
「皆さんには至急現場に赴き、このダモクレスの撃破をお願いします」
 元がミキサーだっただけあり、ダモクレスの外形はミキサーに機械の四肢が生えたよう。
「台座部分に三つのペリドット色のボタンがついています。このボタンのどれを押すかで、攻撃が変化するようですね」
 右が押されれば、透明な器の口の部分からペリドット色の液体の奔流が滝のようにあふれ出し。
 中央が押されれば、器の中央から、同じくペリドット色の液体が槍のように吹き出し。
 左が押されれば……。
「蓋が飛んで来ると思われます」
「なんで、そこは! 最後まで、液体攻撃で来ないんだ――っは。すまない」
 思わずと言った体で話に割り込んでしまった六片・虹(三翼・en0063)は、リザベッタの『まだ終わってませんよ』の低い声に、身を引き「むぅ」と押し黙る。が、早く現場に行きたい風情で、頬を薄紅に染まっていた。
 だって事件を無事に解決できたら、橄欖亭特製の葡萄ジュースは勿論、宝石のように輝く葡萄が敷き詰められたタルトに、葡萄味のアイスクリームを使ったパフェを堪能できるのだ。或いは、葡萄狩りも。
 口以上に物を言う虹の瞳の輝きに気付いて、リザベッタも仕方なさげに肩を竦める。
「お楽しみは、ちゃんとダモクレスを倒した後ですよ? 被害をしっかり防げた時だけですよ? きちんとお仕事をこなせたご褒美ですからね」


参加者
メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)
泉本・メイ(待宵の花・e00954)
天矢・和(幸福蒐集家・e01780)
イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)
安曇野・真白(霞月・e03308)
トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)
斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)
英桃・亮(竜却・e26826)

■リプレイ

●幕間
「――ッた、蓋ばっか飛ばすなっ」
 ぶーんと飛んでばーんと落っこちて来る蓋を弾き返そうとして、べしっと潰された英桃・亮(竜却・e26826)は強かに打った後頭部を撫でさする。
「……あの蓋。キャッチしたらもう飛んで来ないのでしょうか」
「やめた方が良いんじゃないかな。あの遠心力は、ちょっと危ないと思うよ」
 元の位置へ戻りゆく蓋を眺めた斑鳩・朝樹(時つ鳥・e23026)の、試案という名のささやかな探求心を、冷静な大人目線の天矢・和(幸福蒐集家・e01780)はふふふと笑う。
 そんな中。
(「……蓋」)
 安曇野・真白(霞月・e03308)の胸の裡はホロリ涙。だって彼女らが立つ位置まで飛んで来るのはあの蓋だけ。
(「……後ろにも甘いとろりな攻撃が欲しかったなんて、そんなっ」)
 少女、葛藤す。いや、皆で葡萄を楽しむ為に回復役な自分は攻撃喰らってる場合ぢゃないのだけど。もっ!
 ケルベロス陣営、最後列。若干の愉快モードに突入してたりするが。
 取り敢えず、まずは時間を遡る。

●そんなわけで、開戦!
 本日の目的は何だ?
 倉庫からのっそりと姿を現すミキサー怪物を黒い瞳で捉え、トライリゥト・リヴィンズ(炎武帝の末裔・e20989)は自分の裡に問いかけた。
 答えは、簡単。
(「『橄欖亭』の平和をきっちりさっくり守って、特製スイーツとかを楽しむ事だ!」)
「さぁ、気合入れていこうぜ!」
 漲る元気とやる気に気勢を吐いて、トライリゥトは念じた意識をダモクレスの内部で爆ぜさせた。ぼふんとガラス容器の中が火花と煙で曇る。そこへトライリゥトのボクスドラゴン、セイが慣れたタイミングでブレスを吹き掛けた。
 ぐぎぎ?
 突如鈍った動きに、重そうな頭が傾げられる。
「こっちは任せといて」
 デウスエクスの出現を確認し、念の為にと葡萄園、そしてオーベルジュへ翔ける虹を亮は見送り、ふぅと呼吸を一つ整え銀の弓を構えた。
「――」
 すっと息を吸った直後、亮は束ねた二から神をも殺す矢を放つ。生まれた風に、紺の飾り紐が棚引いた。
「むこうは虹ちゃんにお任せで大丈夫ね」
 亮の矢に穿たれ、巨大ミキサーの意識が完全に『此方』に向いたのを確認し、メイア・ヤレアッハ(空色・e00218)は弾む毬のように駆け出す。気分は鬼ごっこ。さぁ、捕まえてごらんなさい!
 けれど素直に捕まるつもりのない少女は、空き地に滑り込むとくるり反転。
「まずはおいでませ、ライちゃん! 神鳴りの夜も、きらいじゃないの」
 箱竜のコハブがふさふさの尻尾をふりふりしながら敵を挑発しつつ、泉本・メイ(待宵の花・e00954)へ自浄の加護を授けるのに合わせ、メイアは暗雲の夜から雷鳴の獣を喚ぶ。ただし獣は視認を超え、轟きのみを残してミキサーの取っ手部分をガブゥ。
「よーし、私も頑張るねっ!」
 貰ったばかりの元気に顔を耀かせ、メイはメイアの傍らにありながらギリギリまで敵を引き寄せ、鍛錬に鍛錬を重ねた一撃をくすんだ白いボディに呉れてやる。
 ヴヴヴんン。
 息巻くが如くモーター音を大きくするダモクレスに、和はいつものふわふわ笑みを更に深めた。敵はすっかりケルベロスの虜。自分たちが倒れぬ限り、葡萄園への被害は余波の風くらいしか及ばぬ筈だ。
「出足はまずまず、だね。さぁ、僕らもいこう」
 誘いは純白のウェディングドレスに身を包み、緻密なレースのヴェールで顔を隠したビハインド――愛し君へのもの。男の声に麗しのビハインドは心霊現象を起こし、和も素早い所作でリボルーバー銃から弾丸を放ちダモクレスに武器を封じる縛めを与える。
 ぐぎぎ、ぐぎぎ。
 思ったように出ない調子に、巨大ミキサーがまた首を傾げ、えぇいままよな勢いでペリドット色のボタンに鋼の指を伸ばす。
 途端、はまった蓋を押し上げ鮮やかな緑色の液体が、とろーっととばーっとケルベロス陣最前列を呑む。
 いや、飲んだのはケルベロスの方。
「なるほど、本当に甘いんだ」
 白い髪を伝い、頬を滑って唇に忍んだ液体をこくりと味わい、イブ・アンナマリア(原罪のギフトリーベ・e02943)は口元を緩め、己が最善のポジションを探して漆黒の片翼を羽ばたかせ低く翔けた。定めた位置は敵の真横。正面とあまり変わらぬ横顔を見つつ、イブは歌うように想いを声にする。
「大切に使ってきたであろうものが壊れた後に、ダモクレスによってそんな扱われ方をされるのは店主さんも不本意だろうね」
 なれば、店主の為、お客さんの為、そして――。
「秋になって増した僕の食欲の為、ササッと片付けしてゆっくり葡萄を堪能させて貰おうか」
 前半は利他的、でも後半は利己的なイブの決意&意思表明に、朝樹も薄く笑って同意を示すと、デウスエクスへ手を差し伸べる。
「眠れるミキサーを揺り起こしてまで、とは。輝く宝石を目にして、ダモクレスも居ても立っても居られなくなったのでしょうか?」
 夜明け色の金瞳に興味と疑問を耀かせ、朝樹は伸べた掌よりさらり薄紅の霧を世界に溢れさす。
「平穏を守り、心行くまで秋果の実りを頂きましょう――」
 囁きに紅霧が鮮やかな花弁に変わる。檻を成すそれは、さながら一足早い紅葉の嵐にも似て。実る翠との対比が秋の美しさを加速させた。
 しかーし、そんな耽美な演出が繰り広げられいる頃。
(「わー……でっかいボタンです」)
 真白の心はふわっふわのそわっそわ。
(「すいっちおんしてみた……」)
「いえっ! 頑張って倒しませんと、ね!」
 腕に抱いた銀の箱竜、銀華の透明な一瞥に我に返った真白。慌ててカラフルな爆発を巻き起こし、盾や破壊を担う者の士気を高めた。

 巨大ミキサー、繰り出す液体攻撃はどれも爽やかな甘さを湛え。
 メイアとメイはふっと顔を見合わす。
「ミキサーさん、本当はもっとお店で働きたかったのかな……」
 一目惚れしそうな綺麗なお店を思い出し、メイはちょっぴり項垂れる。澄んだ空と元気な草木が一緒になったようなオーベルジュは、本当に魅力的で。
 でも、大事に大事に育てられた葡萄棚。上品に行儀よく並ぶマスカット達は巡る季節の集大成。
「絶対に被害なんて出させやしないんだからっ」
 意を固めるメイアに、イブもうんうん頷いてみたりして。そんな時。唐突に、蓋が飛んだ。
 自分たちの上空を越えてくそれを、トライリゥトも「あー」と見送り。顛末は冒頭に記した通り☆

●おやすみミキサー
 一言で表現すると。ケルベロス、ダモクレスを圧倒した。隙の無い戦略に、気付けば巨大ミキサーは外観からシャリシャリだったり燃え燃えだったり。何だったら攻撃も熱々ソース添えのシャーベットになりかけてる(ますます羨ましい真白さん、13歳)。
 決着の時は近い。
 そう確信したイブは、自らの唇に強力な毒を含ませる。相手の唇がどこだろう、なんて悩んだのは最初のうちだけ。それなりの数を仕掛けた今となっては、狙いも完璧。
「恋人よ、枯れ落ちろ」
 動きの鈍いダモクレスの真下までは軽やかに歩み。そこからとんっと跳んだイブは、三角になった注ぎ口に、そっと口付け白い髪を彩る白薔薇の毒で敵を侵す。
「ある意味、とっても分かりやすい敵でございました」
 回復はもう不要と、真白も攻勢に転じる。いちいち攻撃に応じてボタンを押す敵。次になにが来るか分かる敵。不意なのは蓋だけ(せつない)。
「きらきらひかる夜をつなぎ――」
 ついっと突き出した指先を巨大ミキサーへ向け、放つ流星の煌きで真白はダモクレスを穿つ。軌跡を辿った銀華も、タックルで巨体を揺るがした。
 何とも憎めないダモクレスに、トライリゥトも思わず顔を和ませる。しかし彼が欲するのは仕事の後の素敵なご褒美。いつも以上に頑張った仕上げも当然、手は抜かない。
「決めていこうぜ、セイ!」
 行動阻害因子を多数撒き続けたトライリゥトの真骨頂。セイと呼吸をぴたりと合わせ、空絶つ刃とブレスで、敵の縛めを更にとんでもなく強めた。
 したらば巨大ミキサーはもう移動さえ儘ならず。
「祈るには、」
 敵が辛うじて僅かに身を傾ける隙に、亮は地獄で補う心臓を燃やしている。
「もう遅い」
 唱え終われば、天鵞絨の長衣から覗く腕に黒紋様が絡みつき。呼ばれた白竜が牙を剥く。
 掲げた手から放たれたそれは、一直線に敵へと飛翔し喰らい付くさんばかりに猛威を振るう。
 蹂躙されるダモクレスの様子を、メイアは最後までじっと見た。正しくは、最初からずーっとよくよく見てた。理由は真白と同じ。ボタン以下略。けれどもうそのボタンを押す余力さえ、ミキサーには残されておらず。
「ごめんね、でもたくさん美味しく頂くから」
 あなたの分まで、とは音にせず、メイアは流星となってダモクレスを貫く。彼女と共に飛んだコハブもどーんと体当たり。
「大事な葡萄を荒らしちゃ駄目。皆も葡萄も悲しむよ――ミキサーさんだって、本当は哀しいよね……?」
 きっとミキサーだってこんな事は望んでいなかっただろうに。甘い攻撃で幸せをくれた敵をそう慮りながら、メイは指先に光を集める。
「おやすみなさい」
 別離を優しく告げて、メイは具現化した模型飛行機を風に乗せた。プロペラはメイの楽しい思い出を乗せて回り、巨大ミキサーをまた一歩静かな眠りに近付ける。
「久々のお勤め、満足なさいましたでしょうか?」
 メイが作った流れに身を任せ前へ出た朝樹も、生まれたばかりのダモクレスを労う。
 次代に移り変わる哀愁は、機械のさだめやもしれぬ。だが。
「先代の貴方が頑張り抜いたから、きっと今、橄欖亭が栄えているのです」
 ぴくり。ペリドット色のボタンが嬉し気に弾んだ気がした。
「お疲れ様、そしてお休みなさい」
 立つ鳥、跡を濁さず。声なき歓喜を瞳に焼き付け、朝樹は御業より猛火の炎弾を投じ、ミキサーの理不尽な悲運を焼き尽くす。
 そうすれば、残りは抜け殻。
「君もこのオーベルジュの一員だったんだね。長らく、お疲れ様」
 もう、おやすみ?
 子供の耳元で告げるよう和はそっと囁き、恋愛小説家天矢和の意欲作を諳んじる。
「その瞬間、僕は恋に落ちた事を知った。そして、この気持ちから……もう、逃れられない事も」
 一目惚れの瞬間を集めたそれは、どこまでも敵を追いかける魔法の弾丸と化し。愛し君と寄り添う和に見守られ、巨大ミキサーを在るべき姿――働き終えた鉄塊へと換えた。
 そして。
「っしゃー! お楽しみの本番だー!」
 トライリゥトの歓喜の声を、成れの果ての姿となったそれは、きっと嬉しく聞いたのだろう。

●秋実オーベルジュ
 葡萄の棚は存外高さはないもので。
「めーちゃんがあとちょっとで届かないものがあったら、僕が獲ってあげるからね」
 その差は4センチ弱。けれど背丈が勝っている事に変わりないクィルがふふふと笑って胸を逸らすと、メイアは負けじとニコリ笑う。
「お気遣いご無用よ、わたくしたち誤差だからっ」
 仲良し同士の張り合いは、コミュニケーションの一環。それにたっぷりとぶら下がるペリドット色の房を見上げると、心は攫われ手は伸びる。
 おススメは、黄色みが強くて粒数の少ないもの。
 一房捥ぎ、一粒摘まみ、口付けて。宝石を飲み込む瞬間は、至福の一時。
「甘ーい」
 メイアが自然と漏らした感嘆に、クィルも真似て食せば、口の中を満たす瑞々しい甘さに思わずうっとり瞼が落ちる。
 嗚呼、何て贅沢!
「くーちゃんのはどう?」
「すっごく甘いです」
 背丈勝負のように甘さ勝負で互いの房を交換しても、結果はきっと引き分け。ただただ二人の楽しく甘い時間。

「手は届いたか?」
「ちゃんと届いたよ!」
 滉に肩車してもらったメイなら、手どころか目前にキラキラ葡萄の房。いつもより高い視線は、いつもと違う世界をメイにくれるよう。
「メイもこれから背が伸びて、どんどん新しい世界が見えるようになるぞ」
 滉の言葉に一房、二房と葡萄を捥ぎ、メイは未来の楽しみに胸ときめかせ――思い至る。
「そういえば。草や木がどんどん空に向かって伸びていくのも、新しい世界が見たいから……?」
「成る程」
 子供らしいメイの発想に、半分大人な滉も得心。鳥だって成長したら高く飛ぶようになるのだ。
「将来は滉くんよりも背、高くなれるかな?」
 少女の高い願望に、流石にそれは負ける訳にはと笑った青年はふと思う。
 ずっと荒野にいた。でも今は、メイのお陰で様々な美しい世界に触れられる。
 次はどんな世界が見えるだろう?
 賑わう声に笑み漏らし、真白もせっせと葡萄狩りに精を出す。リザベッタや旅団の皆へ、お土産にしたいのだ。
 季節の美味。折角なら、お世話になっている大好きな人々と分かち合いたい!
「さぁ、張り切って葡萄ハントですのっ。銀華も手伝って下さいまし」

 彩、艶、粒の形。葡萄と一括りにしても、種類は様々。けれど美しく新鮮なのは皆同じ。
 はちきれんばかりの粒の連なりは、掌の上にあっても異国の楽器のようにしゃらり歌う。
「この宝石を裡に収めたら、僕も内側から輝いて見えるでしょうか?」
 食べ慣れた大粒のものだけでなく、小粒や種有り種無し。とりどり籠に収めた朝樹の問いに、共に葡萄狩りに勤しんでいた虹はくくっと喉を鳴らす。
「朝樹殿らは詩人だな。まぁ、美味との出逢いで顔を耀かせぬ者はいないと思うが」
 訊ねの意味を察して躱したのか、敢えて日常に置き換えたのか。不変の笑顔は少し喰えず。
「確かに、それは道理です」
 けれど喰えぬに負けぬ朝樹は、宝石を一粒食み。艶やかな微笑を一つ零し――新たな房へ手をかけようとした時、賑やかな同輩が輪に加わる。
「虹さん、葡萄が美味しすぎてもぐもぐが止まらないよ!」
「六片さまにもお疲れ様のお裾分けを持って参りました!」
 前者は滉に山ほどの葡萄を持って貰ったメイで、後者はメイの収穫量と同じくらいを背負った真白。
「おやまぁ、みんな大漁だな」
 つい先ごろまでは夏の気配。だのにあっと言う間に世界は秋に染まりゆく。
 春夏秋冬、それぞれが持つ美しさにメイは心を弾ませ、廻りがくれる出逢いに真白は感謝を重ねた。

 ちらちらと遠慮がちに投げられる周囲からの黄色い視線にイブは軽く応えて、向かい合い座るジゼルのパフェへ瞳を移す。
 お疲れ様の出迎えからのスイーツは最高のご褒美。自分の手元のタルトもサクサクと瑞々しさが甘さ控え目のアーモンドクリームと相俟り美味だったけれど。淡い翠に色付くアイスクリームも魅力的。
「コチラも一口、食べてみるかい?」
 イブの興味に気が付いたジゼルがスプーンで一掬い。すっと差し出すと、普段見せぬ満面の笑顔でイブはパクリ。あぁ、幸せ!
「僕のもどうぞ。はいあーん。なーんて」
「ありがたい」
 毒を含む者の気遣い。スプーンを換えての返礼は、『なんて』のつもりが、照れもなくパクリの構え。
 雄大な景色に秋を告げる湖畔の風。友と戯れ乍らジゼルは思い誓う。
 キミが教えてくれたように、いつか私もキミに教えたい。こんな眩しい時間がある事を。

 思い切り運動した後だから、食べたいだけオーダーするのが正義。そして父がスイーツ全種を並べるのに同意した息子は、ペリドット色の液体をグラスに揺らす様が絵になり。
「一度……オーベルジュに行ってみたいって言ってたっけ……」
 乾杯からの至福の時間。しかし和が何気なく漏らした言葉に恵は首を傾げる。
「親父、誰が行ってみたいと言ってたんだ?」
「ん? どうかした?」
 問いに対する応えは、自らの直前の呟きに気付いて貌。だから恵は、何でもないと引きかけて――。
「いつかまた……泊まりに来ようか。今度は家族みんなで……さ」
 静かな微笑に、恵の鼓動は静かに跳ねた。
「家族みんなで、か。親父、思い出したのか?」
 この瞬間の恵の心は知れない。けれど。
「え? 何でだろ……何となくそう思ったんだ……」
 狼狽えた父に、息子はそっと笑った。
「……さぁ、何だろうな」
 重なる問い。答は霧の向こう。

「おおっ……これだよこれ」
 セイを対面に、トライリゥトは運ばれてきたパフェに黒い瞳に星を散らした。
「うん、スーッと咽喉を癒すこの味!」
 戦いの余韻の熱を冷ます爽やかな甘さは、期待通り。
「男が甘いの好きだっていいじゃねぇか、なぁ?」
 流した汗の分を追加の葡萄ジュースで潤して、トライリゥトはニカリと笑ってセイへお裾分けを差し出す。
 銘々の秋の実りの堪能術。
 亮はオーベルジュを『妖精が棲んでいそう』と愛らしく評したアウレリア皿へ、ペリドット色の宝石が敷き詰められたタルトを半分運ぶ。
「わぁ、ありがとう。……ん~、幸せ」
 美味しさと半分この嬉しさにアウレリアの顔が溶ければ、亮も隣の腕を軽く引いてお強請り。
「アリア、ご褒美頂戴?」
「っ」
 クリームより甘い言葉に、少女は僅かに頬を染め。でも、断る謂れはこれっぽっちもないから。
「おつかれさま」
 はにかむ囁きと共に口元へ運ばれたアイス。無論、亮はパクリと一口。
「冷たくて、ちょっと甘い……」
「そうね。少しさっぱりするね」
 視線を交わし、ふふりと笑む。一人で食べる皿より、貰うお裾分けや、送って貰う一口は、きっと特別。
「倖せの味ね」
「ん、おんなじだ。温かくて、優しい」
 ほわり灯点る胸。いつまでも食べていたい気分。
 深まる秋のように、微笑を更に深め。二人は二人一緒の特別を心行くまで味わう。
 風もさえも皆を祝福するよう吹き渡っていった。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月18日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
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