月海のセレナータ

作者:柚烏

 ――月の綺麗な、夜だった。
 ひとしきり波と戯れた後で、少女はゆっくりと浜辺を目指して泳いでいく。無造作に結った髪から雫を零しながら、サーフボードを小脇に抱えて砂に足をつけた時――不意に、ずきんと鋭い痛みが胸を襲った。
「……っ、はっ……!」
 忽ち息が出来なくなって、少女は胸を抑えながら苦しげに唇を動かすことしか出来ない。まるで陸に上がった魚のようだと、こんな時だと言うのに自分の様子が酷くおかしかった。
「っ……ううっ……」
 ――自分らしいって、彼なら笑うだろうか。薄れゆく意識の中、彼女が思い浮かべたのは幼馴染の姿で。鮮やかに波に乗る姿を彼に見せたかったと、いや、ただ彼の顔を見たいなあと――とりとめもなくそんなことを思いながら、少女はどさりと砂浜に突っ伏した。

 やがて、誰にも知られること無く命を落とした少女の元へ、怪魚を引き連れて死神がやって来る。人魚のような死神――エピリアは、歪な肉の塊を少女の死体に埋め込むと、にぃっと笑みを張りつけた相貌のまま囁いた。
「あなたが今、一番会いたい人の場所に向かいなさい」
 ――会いたい人をバラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう。そのうたうような声に、異形の屍隷兵と化した少女は、意味を成さない呻き声をあげて応えたようだった。
「そうすれば、ケルベロスが2人を分かつまで、一緒にいることができるでしょう……」
 その言葉を最後に、死神は冥府の海へと帰っていく。そうして、残された屍隷兵は微かな記憶を頼りに、会いたい人への想いをかき集めて歩き出すのだ。
 ゆらゆら漂う怪魚たちを供に、歌とは呼べぬ聲を響かせて――まるで水底へと生者を誘うように。
『いい波が来そうだから、ちょっと海に行ってくる!』
 ――最後に送ったメールを見た幼馴染が、まるで人魚みたいな奴だと笑っていたことも、知らぬままに。

 死神の事件だね、と物憂げな顔でエリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は言う。
 死神『エピリア』が、死者を屍隷兵に変化させる事件――その犠牲となったのは、海辺の街に住む少女だ。夜の海でサーフィンの練習をしていた際、彼女は急な発作に襲われて命を落とした。けれど――。
「エピリアは、死者を屍隷兵にした上で……その屍隷兵の愛するものを殺すように命じているらしいんだ」
 そのエリオットの言葉に、弾かれたように顔を上げたのはミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)。務めて平静を装っている彼の瞳は、喪失の果てにある悲劇を想い、哀しみで微かに揺らいでいるようだった。
「夜の海岸……水底へ誘おうとする人魚の歌声、か。随分と邪悪な人魚もいたものだけど」
「そう、だね……。生み出された屍隷兵は、知性を殆ど失っていてね。エピリアの言葉に騙されて、愛する人と共にいたいが為に、彼をバラバラに引き裂こうとしているんだ……」
 ――このままだと屍隷兵は愛する人を殺し、その相手もまたエピリアによって、新たな屍隷兵とされてしまうだろう。そんなことを許す訳にはいかないし、それより何より、愛する者を殺すような悲劇を起こさせる訳にはいかない。
「この屍隷兵は、幼馴染の少年を殺そうと彼の家へ向かっている。そこで、海岸を移動している所を迎撃する形で戦って貰いたいんだよ」
 屍隷兵と化した少女は、生前の面影は全く無い異形と化し――幼馴染を呼ぶように、歪な呻き声を上げ続けているのだと言う。更に深海魚型の死神を3体引き連れ、自分の行く手を阻むものを排除しようと襲い掛かって来るだろう。
「戦闘力自体はそう高くないんだけど……辛い戦いになる、と思う」
 少女は既に亡くなっており、屍隷兵と化したものを元に戻すことも出来ない。けれど、少女が会いたいと願った幼馴染が、変わり果てたその姿を目にする前に――冷たい水底へ誘われる前に、終わらせることは出来る。
「……人魚みたいな、女の子か。そうだね、せめて海の泡となって消えていくみたいに、苦しまずに送ってあげられたら……と思う」
 ――大切なひとを、奪われる哀しみは計り知れないものだと、ミルラは知っていた。それは容易く、臆病な心をともす勇気の灯を掻き消してしまうけれど。
「それでも、僕は二度と悲劇を繰り返さないと誓ったから」
 地獄の炎が燃え盛る胸元にそっと手を当てて、彼は人魚の歌声を止めることを誓ったのだった。


参加者
レクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)
樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)
神乃・息吹(虹雪・e02070)
リコリス・セレスティア(凍月花・e03248)
アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)
ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)
六連・コノエ(黄昏・e36779)
ヴィンセント・アーチボルト(ウルトラビートダウン・e38384)

■リプレイ

●月の海
 潮の香りを運んでくる風は、もうすっかり冷ややかな秋の気配を帯びていた。薄着では既に心許無くなった夜の浜辺を、ヴィンセント・アーチボルト(ウルトラビートダウン・e38384)は無言のまま歩く。
 ――よく見れば彼の足取りや指先が、微かなリズムを刻んでいることに気付いたものも居たかもしれない。月明りに照らされた純白の髪が靡く様は、寄せては返す波の切れ端のようだった。
「何を思えば、この様な酷い行いが出来るのか……」
 と、漂う沈黙の重さを和らげるように、唇を開いたのはレクシア・クーン(咲き誇る姫紫君子蘭・e00448)。常ならば微笑んでいる相貌にも、今は辛く陰が落ちているようで――その髪を彩るトリテレイアの花も、心なしか普段より寂しげに見える。
「エピリアの事件……聞いてるだけでツライのよ」
「うん、大好きな人に一目会うことも許してあげられない。変わり果てる前に、助けてあげられなかった」
 夜の海に浮かび上がるように、白く儚げな佇まいをした神乃・息吹(虹雪・e02070)の呟きへ、アウィス・ノクテ(ルスキニア・e03311)が澄んだ声で応じた。
「……本当に、会いたかっただろうな」
 不慮の死を遂げた少女を、屍隷兵に変えた死神――エピリア。彼女は、大切な人を自らの手で殺せば、ふたりはずっと一緒に居られると甘言を囁き、その愛しい想いを利用し弄んでいる。
(「こうなる前に、助けたいと思うことは傲慢だろうか」)
 犠牲となった少女もまた、幼馴染に会いたいと最期に望み――その想いをかき集めて、彼と居たいが故に彼を殺そうとしているのだ。やるせない想いにアウィスが吐息を零す中、それでも息吹は毅然とした様子で顔を上げた。
「でも、大切な人を殺してしまうなんて、もっと哀しいもの。せめて、幼馴染さんを殺してしまう前に……終わらせましょう」
 彼女の手に灯されたランプは、大切な人からの贈り物で。硝子細工の林檎の形をしたそれをそっと撫でる息吹を、ミルラ・コンミフォラ(翠の魔女・e03579)は温かなまなざしで見守っているようだ。
「そうだね。……その手が汚れることのないまま、終われるように。その命の終わりが避けようのないものだとしても、弄んで良い理由など何処にもないから」
 だから、僕は僕に出来ることを――と、ミルラは呪医として、否、ひととして命の終わりに立ち会うことを決める。これから血生臭い戦いが待ち受けていると言うのに、月明りに照らされた海辺は余りに静かでうつくしく、まるで御伽噺の一場面のようだった。
「人魚姫は愛する王子の命を奪えずに、海の泡となる事を選んだ……悲しい、恋の結末ですね」
 悲哀のいろを湛えた瞳で、物語を諳んじるのはリコリス・セレスティア(凍月花・e03248)。彼女の儚げな姿こそ、悲劇の姫君のようであったが――うたうような声音は、紛れもなくリコリスが此処に居るのだと告げている。
「物語の人魚姫が幸せだったどうかは、本人にしか分からないことだろうけれど――」
 一方の、六連・コノエ(黄昏・e36779)は何処か飄々と、言葉遊びを楽しむようにして砂浜を歩いていた。けれどその日暮れ色の瞳には、深い感情の一端が静かに煌めいている。
「その、大切だと想う相手への気持ちを、利用されるというのは哀しいことだね」
「……そうですね。彼女の命を救えなくてもせめて、想いだけでも守れたら」
 ――哀しい思い出、想うはあなた一人。リコリスの髪に咲く白の彼岸花を見たコノエは、そんな花言葉を思い出した。せめて自分たちが止めることが、僅かでも屍隷兵と化した少女の救いになるようにと、祈らずにはいられない。
(「ああ……」)
 ずる、ずると――其処で、何かを引きずるような音を立てて近づくものの姿を見て取った、レクシアの睫毛が切なげに震えた。
 彼女の双眸に映っていたのは、異形と化した四肢を操り、這う様にして此方へ向かってくる屍隷兵の姿だ。それはまるで陸へとあがり、ひとになりそこなった魚のようで――そんな中、樫木・正彦(牡羊座のシャドウチェイサー・e00916)は自分に視線が行くように立ちはだかりつつ、煙草にそっと火を点けていた。
「あれこれ考えてみた。何が一番幸せか。でも浮かばなかった」
 ゆらゆらと紫煙が夜空にたなびくのを見つめながら、正彦は淡々と独白を行う。いつも陽気に笑っている表情も今は、目深に被った帽子の所為で良く分からなかったが――彼はただ静かに無骨な剣を構えて、その切っ先を突き付けた。
「けど、ここは通せない」
 ――そんな彼らを、排除しようと決めたのだろう。死神怪魚を伴った屍隷兵は、くぐもった呻き声をあげて襲い掛かり、その昂ぶりに合わせるようにヴィンセントが手にしたギターをかき鳴らす。
「存分に歌え人魚姫、あんたの大切なヤツにも届くようによ……彩りは、オレが添えてやる」

●魚たちは夜を泳ぐ
 有志の準備した照明がぽつぽつと、死者を弔う篝火の如く浜辺を照らす。万が一、敵が突破を優先して幼馴染の元へ向かわないよう、行く手を塞いで包囲を固める布陣で挑むことにしたのだが――幸い、敵は目の前に居る此方へ狙いを定めたようだ。
「海があるから、無理に広げる必要は無いぞ」
 相手の数もそれなりだからと正彦が檄を飛ばし、最初の標的を怪魚の一体に定める中、リコリスの翳す星剣の切っ先は守護星座を描いて仲間たちに加護をもたらす。
「こんばんは、人魚姫様。良い夜ね。貴女の歌を、聞かせてくださる?」
 そうして間髪入れずに息吹が動き、真白の角を天に突きつけて魔力の咆哮を響かせた。此方もたっぷりと、貴女たちに呪縛を贈ってあげると微笑むように――そんな友人を気に掛けつつ、一方のミルラは確実に一撃を当てていこうと、流星の如く宙を舞って怪魚に蹴りを叩き込む。
(「彼女自身はもう亡くなっている。過剰に悼む必要もないのかもしれない。けど、まだ割り切れるほど大人じゃない」)
 ――背伸びをしがちな態度の裏には、未だ成長の途中である臆病な心が隠れていて。一度は勇気を打ち砕かれても、ミルラは地獄の炎を灯すことでそれを補った。
(「……だから俺は、目を逸らさず見届けるよ」)
 左胸で揺らめく劫火に手を当てるミルラへ頷くと、レクシアは地獄と化した翼を羽ばたかせて、軽やかに砂浜を滑走していく。蒼い光の尾を引く翼の軌跡に導かれるようにして、彼女の指先からは次々と時空凍結の弾丸が生み出され――それは放射状の波と化して一気に、目の前の敵群へと襲い掛かった。
「私はせめて、せめて大切な人を自分の手で傷つけさせる事のないよう、彼女を止めて見せます」
 それが、亡くなった彼女にしてあげられる数少ない事の一つの筈だからと――喪失を乗り越えたレクシアは、穏やかな微笑みを浮かべてはっきりと告げる。
「……戦線は支えます、安心して下さい」
 飛び掛かる怪魚の牙から仲間を庇うレクシアに、コノエのミミック――ラグランジュも加勢しているようだ。夜色のティーポットの形をした彼は、何処か優雅な紳士を思わせる仕草で、武装を具現化させて怪魚に立ち向かっていた。
「ランジュ、そのまま敵を引き付けていてくれ」
 ――そんな相棒の声には、ちょっぴり偉そうだけど保護者のように頷いて。其処へ背後からコノエが、光の粒子と化して一気に突撃を行い、怪魚の一体を塵へと変える。
(「ヘリオライダーが、とても頑張ってるって知ってる。でも、それでも自分が無力だなって思う時もある」)
 一方のアウィスは、胸を締め付ける痛みに堪えながら、溢れそうになる涙を必死に堪えていた。彼らの予知とて万能では無く、介入出来るタイミングは限られている――それは勿論、アウィスだって分かっているけれど。
(「それでも、救えたら良かったのに。おとぎ話みたいに」)
 ――やっぱり、世界は優しくなんかないのだろうか。ねえ、とそれでも彼女は素朴な旋律を繰り返し歌う。おいていかないで、どこまでも追いかけるから――追蹤のカヴァティーナが怪魚たちを捕まえて、その弱った一体を正彦の刃が複雑に斬り刻んだ。
「こっちだ」
 更に言葉少なに敵を誘うが、亡者の抱擁を受けた彼は過去の悪夢に苛まれているようだ。それは間に合わなかった事の後悔が、形を取ったものであり――今回の件や以前の依頼、そして始まりの時の出来事が、繰り返し正彦を責め立てる。
「――ぐぁ、っ!」
 そうして、水底へ誘うように屍隷兵の腕が薙ぎ払われると、正彦の流す血が次々に砂浜へと吸い込まれていった。拙いか、と彼が思ったその時、辺りに力強いギターの旋律が響き渡る。
(「聴かせたい、ただそれだけだ」)
 哀愁と激情が入り混じった、心の奥に染み渡るようなメロディはヴィンセントのもの。其処に歌は無く、彼は己の想いの全てをギターに託していた。
(「……理屈じゃねェ」)
 高速のギターリフを技巧たっぷりに披露しながら、奏でる音色は絡み付く不和を打ち払い――其処へリコリスも、極光のヴェールを織り上げて治癒に加わっていく。
「あなたの本当の、最期の願いは……出来る限り叶えます」
 届かないと分かっていても声をあげたリコリスは、尚も足掻く屍隷兵に呼びかけていた。だから――と、彼女の意を汲んだレクシアがその身を翻し、屍隷兵を庇う怪魚を聖なる光で撃ち抜く。
「だから、貴女を行かせるわけにはいきませんし、その攻撃も通せません」
 機動力を活かして仲間たちの前に立ち塞がった彼女は、厳かにそう宣言した。

●泡沫の聲
 死神怪魚たちは既に亡く、残る屍隷兵へ其々が立ち向かう。そう、水底に還るのは死神だけでいい筈だとアウィスは己に言い聞かせ、その手を緩めずに大鎌を回転させた。
「会いたかったよね。ごめんね。でも行かせてあげられない」
 ――きっとかつての少女は、冷たい水底に大好きな人を連れていきたいとは思っていなかっただろうから。せめて苦しくないようにとアウィスは祈り、刃を閃かせて――息吹も記憶の奥底に閉じ込めた悪夢を呼び覚まそうと、甘い香りを漂わせる紫林檎を贈る。
「心を失くして、声は届かなくとも……どうか、貴女の王子様を思い出して」
 ツライかもしれないけどと呟きひとつ零して、息吹は禁忌の罰がもたらす甘き味に思いを馳せた。あと少しで、この悲劇も終わるだろう――相手が逃げる素振りを見せないことに安堵しつつコノエは、地獄の炎を操って屍肉を焼き払い、レクシアやリコリスも単体に狙いを定めた攻撃で加勢している。
(「大丈夫、このまま行けます……!」)
 ――回復は、ヴィンセントに任せて安心だろう。彼はひたすらに己の感情をギターに乗せ、音の波に乗って何処までも泳いでいくようだ。
「あぁ、本当に、良い波だな……心地良い漣で、ゆっくり眠れ」
 一方で、泥臭いまでの戦いを繰り広げているのは正彦だった。過去の痛みを振り払い、血反吐を吐いて――無様に咳き込んでも、彼の瞳に宿る光が消えることは無い。そのまま変わり果てた屍隷兵を睨みつけ、正彦はがむしゃらに剣を振り回して叫んでいた。
「ここで負けたら、誰も幸せになれない」
 ――その言葉に、ミルラが弾かれたように顔を上げる。ひたむきな、いつか叶ったかもしれない想い。もしそれが叶うなら、どれだけ良かっただろうと。
(「その場に自身がいて、死なせずに済んだならどれ程――」)
 相手も苦しかったろうに、寂しかったろうに――正彦はそう思っていたが、決して戦いの手を止めることは無かった。何故なら、これも――。
「……戦争なんだ、だから。ケルベロスの名において、君を殺す」
 敢えてそれを言葉にしたのは、自分にとっての戦う理由を作る為。そうすることに自己嫌悪を抱きながらも、正彦は次々に星辰の剣を操り――最後に牡羊座の重力を宿した剣撃を叩きつけた。
「人魚姫はね、王子様の幸せを願って、泡と消えるのよ。だから、貴女も……もう、眠って頂戴な」
 囁くような息吹の声は、屍隷兵と化した少女の命が戻らないのだと分かった上で発せられたもの。大切な人を想う気持ちを利用して、人を殺させるなんて酷いこと――だからこそ、そんなことは絶対にさせないのだと。
「許してなんて言わない、言えない。だけど僕は、――俺は、もう一度君を終わらせる」
 切なげな聲をあげて苦しむ屍隷兵の元へ、砂を蹴ってミルラが迫っていく。目を逸らさずに見届けるのだと――翠の炎が燃え上がり、ひとひらの勇気は綻ぶ花へと変じた。やがて舞い散る翠炎の花弁は嵐となって、触れたもの全てを灼き焦がしていくのだ。
「どうか、今度こそ穏やかに眠れる様に。月の光よ、導いておくれ」
 ――劫火に包まれ息絶えていく屍隷兵へ、そっと重ねられた祈りの声はリコリスのものだった。
「どうか、安らかに眠れますように……」

●あなたに捧げる小夜曲
 こうして人知れず戦いは幕を閉じて、一行は何か遺留品がないかと浜辺を見て回っていた。冷静に対処をしなければ、胸が張り裂けてしまいそうで――やがてレクシアは、波打ち際に置かれていたサーフボードを見つける。
「……これは、私の自己満足なのだと思いますけれど。恐らく彼女は海よりも、幼馴染の彼やご家族の元に帰りたいのではないかと、思って」
 そんなレクシアの背に声をかけたのはリコリスで、彼女は葬送曲代わりの小夜曲を歌いながら、静かに夜空の月を見上げていた。それは、人魚姫のように純粋な想いを抱いたまま泡となった、少女に捧げるもので。
(「……もしも、あの人が、なんて」)
 一瞬、大切なひとの姿を思い浮かべた自分に自嘲するリコリスへ、レクシアは遺品を抱きしめながら穏やかに微笑んでいた。
(「ええ、諸々が済んだら、誰も見ていなければ……ゆっくり泣くのは、後からでも間に合いますよね」)
 ――やがて誰からともなく、少女の死を悼むように音楽が奏でられる。夜の海に響く、哀愁を帯びたギターの音色はヴィンセントのもの。哀悼であり、鎮魂であり――祈りであるそれへ、細やかなコノエの演奏が重なっていった。
(「海は生まれ来る場所、還る場所。地球の生まれではない僕でも、何となくはそう思えるから」)
 海が好きだっただろう少女が、迷わず帰れるようにと彼が願う中、アウィスも静かに歌をうたって安息を祈っている。
(「彼女の心は自由に海を泳いでいるかな。それとも大好きな人の傍に行ったのかな」)
 ――彼方にたなびく紫煙は、正彦のものか。海を眺めていた息吹は、其処でふと隣にいたミルラに微笑んだ。
「……気のせいかしら。今、感謝を篭めた人魚の歌声が聞こえたような気がしたのよ」

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月20日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 2/素敵だった 5/キャラが大事にされていた 1
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