決戦因縁を喰らうネクロム~恩讐遊戯

作者:つじ

●戦いの痕
 かつて激戦の繰り広げられたその場所に、シスター服姿の女が現れる。慈愛に満ちた笑みと、背中の白い翼。一見すれば天使か何かのようだが。
「この場所で、ケルベロスとデウスエクスが戦いという縁を結んでいたのね。ここで倒された彼等は、ケルベロスに殺される瞬間、何を思っていたのかしら」
 興味深そうに目を細めて、彼女は従えていた者達……宙を泳ぐ深海魚のような生物を、そちらへと進ませる。空中を泳ぐその三匹はどれも死神であり、シスター服の彼女もまた、『因縁を喰らうネクロム』と呼ばれた死神である。
「折角だから、あなたたち、彼を回収してくださらない? 何だか素敵なことになりそうですもの」
 その命を受け、怪魚達がその場をゆっくりと巡り始めた。青白く光る軌跡は、やがて魔法陣を描き出す。
 恐らく、サルベージ対象として選ばれたのは、ケルベロス等と縁深い者なのだろう。
 因縁、そして恩讐。それらを格別に好むこの死神は、その後の展開を期待し、うっとりと微笑んだ。

●結ばれた縁
「や、やりましたよ皆さん! 例の死神の動向が掴めました!!」
 ぐぐぐ、と拳を握って、白鳥沢・慧斗(オラトリオのヘリオライダー・en0250)がケルベロス達にそう告げる。興奮によるものか、いつにも増して声が大きい。
「落ち着きなって、予想はできてた事じゃないか。ねえ?」
「そ、そうですかね……!」
 苦笑交じりの塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)の言葉に我に返り、慧斗は一つ深呼吸。気を取り直し、状況の説明を開始する。
「えーっと、『因縁を喰らうネクロム』、という名の死神については、皆さんご存知だと思います」
 アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)の宿敵である、『因縁を喰らうネクロム』。この死神は、ケルベロスの倒したデウスエクスの残滓を集め、死神の力で変異強化した上でサルベージし、戦力に加えるという行動を繰り返してきた。
「一度倒したデウスエクスを復活させられ、苦い思いをした方も多いのではないでしょうか?
 翔子さんの調査協力もあって、今回この死神が五稜郭に現れる事が分かりました!」
 五稜郭と言えば、螺旋忍法帖を巡って螺旋忍軍と大規模な迎撃戦を行った場所だ。確かにそこなら、サルベージ候補も多数居るだろうが……。
「今なら、デウスエクスをサルベージされる前に叩けるってことだね?」
「そういうことです!」
 ここで『因縁を喰らうネクロム』を倒す事ができれば、この死神が引き起こしている事件を終息させることが可能となるだろう。
「敵戦力は『因縁を喰らうネクロム』、そして怪魚型の死神が3体です。後衛に位置するネクロムを守るように展開してくるようですね」
 今まで表に出てくることが無かったため、ネクロム自身の戦い方の詳細は掴めていない。だが予知の情報から、周囲の怨念を集めてブラックスライムのように扱う事が分かっている。
「それと、今回の遭遇は死神にとって予想外のはずです。逃走を図る事も十分考えられますので、その点も注意してください!」
 逃がさないよう畳み掛ける、敵の興味を引くなど、何かしら手が必要になるだろうか。
「今まで多くの事件を起こしてきた死神です。ここで仕留められれば大きな成果となるでしょう。是非とも、この作戦を成功させてください!」
「……まあ、あのやり口は前から気に入らなかったしねぇ」
 慧斗の言葉に、翔子が頷く。タバコを灰皿に押し付け、立ち上がった彼女を先頭に、ケルベロス達は戦いに向けて歩み始めた。


参加者
アギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)
双星・吹雪(氷炎虹刻・e00532)
松永・桃李(紅孔雀・e04056)
植原・八千代(淫魔拳士・e05846)
鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)
塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)
服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)

■リプレイ

●因縁の結び目
 空を泳ぐ深海魚。怪しく光るその軌跡が、魔法陣を描き出す。
 この行いは何度目か。死神の魔手はその中の怨念の一つを選び、摘み上げ、現世へと引き戻す。そうして死神は自らの手駒を増やし、『因縁を喰らうネクロム』はその怨念の行く末を愉しむのだ。
 過去に大きな戦いがあったここ、五稜郭には幾つもの宿縁が眠っている。選び取る対象はいくらでも居る。だがしかし、この日はいつものようには終わらなかった。
「此処は大事な仲間が、やっとの思いで因縁を断った地。そこまでにしてもらおうかしら?」
「まったく、そういう種族とはいえ眠った奴を起こすんじゃあないよ」
 気配を察してサルベージを中断した死神に、松永・桃李(紅孔雀・e04056)と双星・吹雪(氷炎虹刻・e00532)が声をかける。
「ようやく対面できたわね、悪趣味な死神さん」
「やっと尻尾を掴んだんだ、絶対に逃がさないよ」
 鏡・胡蝶(夢幻泡影・e17699)と塩谷・翔子(放浪ドクター・e25598)もその後に続く。そう、この場にネクロムが現れる事を察知したケルベロス達が、ついにその背に追いついたのだ。
「一連の事件は気になっていたよ。だがそれもこれで終わり――」
「決着の時が来たってわけね」
 敵の逃走経路を断つように、アンゼリカ・アーベントロート(黄金騎使・e09974)と植原・八千代(淫魔拳士・e05846)がそれぞれの方向に展開する。
「貴様の悪行黄泉路も此処で終い、もはや往くも戻るも叶わぬと心得い!!」
 そして正面に立った服部・無明丸(オラトリオの鹵獲術士・e30027)が、高らかに宣言した。
「さぁ! いざ尋常に勝負いたせ!!」
 空に魔法陣を描いていた怪魚がそれに応じ、威嚇するように牙を剥く。一方で、ネクロムは素早く辺りに視線を送っていた。
「……困ったわね」
 穏やかに微笑む表情はそのままに、小さく呟く。その目はやがて、立ち塞がる番犬の中にアギト・ディアブロッサ(終極因子・e00269)の姿を捉えた。
 微かに開かれた瞳に、一瞬の揺らぎが生じる。
「――行きなさい」
 それを自ら掻き消す様に、ネクロムは従えた怪魚達に戦闘開始を命じた。

●糸戯
 怪魚型死神の一体が牙を剥いて先行し、その後から残り二体が黒い弾丸……怨霊弾をばらまく。
 前へと踏み出し、それを受け止めたのは翔子と胡蝶、そしてボクスドラゴンのシロだ。雨の如く降り注ぐ黒弾が、白衣を貫き、毒となって彼女等を蝕む。
「はーっはっはァ! 邪魔をするでない!!」
 襲い来る怪魚に対し、無明丸が威勢の良い声を上げる。広げた両腕からは凍気が生じ、怪魚三体を包み込んだ。
「生きが良いわね、大人しくしていて欲しいのだけど」
 さらに、刀を手に踏み込んだ桃李が桜吹雪を纏って一群を薙ぎ払う。牽制の意味合いの強いその斬撃に、怪魚等は一旦距離を置くようにして対応した。
「そのまま、遊んでいると良いわ」
 そんな中、踵を返そうとしていたネクロムの前に、八千代が回り込む。
「そうはいかないわよ」
 魔の力を目覚めさせ、その身に呪紋を浮かび上がらせた彼女は、立ちはだかるようにして構えた。
「言ったでしょ? 逃がさないって」
 とは言え、この開けた場所ではそれも限度があるだろう。
 ならば、と飛ぶのは十字の火砲。アンゼリカの手で束ねられた弓から巨大な矢が飛び、別方向からは胡蝶の魔眼が向けられる。
「……危ないわね」
 ゆら、と浮かび上がった怪魚達がその射線を塞ぎ、身代わりに。ネクロムに届く前に、それらの攻撃を押し留める。
「自分だけが盤見で楽しむ時間は御終いよ?」
「折角直接の因縁が結ばれたというのに、放って逃げる気?」
 胡蝶、そして桃李が次の動きに備えながら口を開く。挑発の言葉には、勿論敵の気を引く意図が込められていた。
「そう……そうね、これも何かの縁、かしら」
 それを知ってか知らずか、ネクロムは言葉に反応を示す。
 怪魚達の放つ怨霊弾、それと同質の闇を、ネクロムが手繰り寄せる。手先に纏わりつくそれを弄び、彼女は無明丸へとその指を向けた。
「ここで戦った事があるのね。……この子達、あなたと遊びたがっているわよ?」
 揺らいだ怨念が瞬時に形を変え、槍となって襲い掛かる。
「っ……やっぱり、趣味が悪いねぇ」
 その前に身を晒した翔子が、その槍の湛えた威力に歯噛みする。柔らかな見た目に反して、敵の実力は相当のものだ。仲間に警句を飛ばしつつ、彼女は気合を入れ直した。
「奴の動きには俺が対応する。そっちは全体を見て動いてくれ」
「ああ、了解だ」
 アギトの言葉に吹雪が頷く。二人が担うのは味方のカバー役。ネクロムの高威力の攻撃に合わせてアギトが九尾扇を振るい、全体の負傷度合から吹雪が回復対象を選ぶ構えだ。
 そんな中、戦場を舞い、フェアリーブーツから花びらを舞い散らせつつ、吹雪は敵の動きを吟味する。
「前衛で殴り合うのとは勝手が違うか。……ところで、魚のつまみ食いくらいは許されるよな?」
「物事には順番ってものがある。まずは役割を果たせ」
 敵の火力を見るに、現状その余裕は無い。吹雪もアギトの回答を半ば予期していたのだろう、軽い返事でそれに了解の意を告げた。
「まぁ、俺は今回はこれでいいけどよ。アギトはどうなんだ?」
「……」
 ケルベロスとして勝利を収めるため。最善を尽くす選択。けれど、サングラスの奥の瞳には、抑えた感情が揺らめいていた。

 翼を打ち振るい、急上昇したアンゼリカが降下に転じ、怪魚の一体に靴底を叩き込む。氷の影響下にあるその個体は、ダメージに対応しきれず体を軋ませていた。
「まずは、あれから」
「ええ、引き剥がしていきましょ」
 アンゼリカの声に桃李が応え、稲妻の如き刺突でその個体を穿つ。ケルベロス側の攻撃陣は、しっかりと連携の鎖を結んでこの戦いに挑んでいる。弱っている敵から確実に、共有された標的に、攻撃が次々と向けられていく。
 とはいえ、その全てが上手くいくわけではない。轟竜砲を撃ち鳴らした胡蝶に続いて接敵した八千代の前に、別の怪魚が割り込んでくる。
「そこ、退いてくれる?」
 両腕に纏わせた聖邪のオーラを、仕方なくそちらへ。その間に、当初の標的だった個体はゆらゆらと舞い、傷を癒してしまう。
「残念だったわね?」
 畳みかけ損ねた彼女に、ネクロムのからかうような声が届く。それと同時に、のたうつ大蛇のように伸びた怨念が、大口を上げて八千代に喰らい付いた。
「このっ、絡み付かないでよ!」
「抜けられたか、シロ!」
 翔子の呼びかけに応じ、白蛇が傷付いた八千代に応急処置を施す。
「妙な使い方を……!」
 アンゼリカが仲間に警戒を促す傍ら、アギト達が負傷者をカバー。再度攻勢に転じたケルベロス達と、怨霊弾を放つ怪魚達がぶつかり合う中で、ネクロムが両の手を広げた。
「ここには怨念がたくさん眠っているのよ。分かるでしょう?」
 かつてここで起きた戦いは、大規模なものだった。そしてここで果てた者達は、大抵はケルベロスにとどめを刺されている。
 微かな怨嗟の声が、幾つも重なり、地鳴りのように響き出す。
「皆、あなた達を引き裂きたいそうよ」
 その言葉を証明するように、雲霞の如く地から湧いた黒霧が、一斉にケルベロス達へと牙を剥いた。

 引き裂き、蝕む闇が前衛として踏み込んだ者達を襲う。だが、それで屈する彼等ではない。
「わはははははっ! 良かろう、どちらが強いか、いざ勝負!!」
 無明丸が振りかぶった右腕を打ち下ろす。シャイニングレイ。闇を引き裂く光が道を拓き、怪魚達を貫いた。
「強引ねぇ。……でも、それくらいが丁度良いのかもしれないわ」
 負傷を押してその後を追い、桃李が斬霊刀を振りかざす。狙いとは別の怪魚が割り込むが、桃李は構うことなくそれを振り下ろした。
 闇と光の行き交う中で、血風が舞う。返り血を振り払う桃李の後ろで、両断された怪魚が地へと落ちた。
 庇い合う姿勢を取っていた怪魚型の一体が消え、その壁としての力は大きく削れる。決壊の時はすぐそこだった。
 波状攻撃の中、八千代の指天殺に続き、大きく踏み込んだ胡蝶が煙管を振り抜く。
「そろそろ、良いかしら?」
 引きずり出してあげる。ネクロムに向けたそんな言葉と共に、頭の爆ぜた怪魚が力無く横たわった。

●縺れ合う縁
 ネクロムが再び沸かせた闇の中で、一点、眩い光が生まれる。呼応するように輝き出した翼の僅か前方、アンゼリカの手の内に、光が収束していく。
「この光の中に……、消え去れ!」
 終の光。放たれた一瞬の閃きは、翔子の轟竜砲に足止めされた最後の怪魚を焼き尽くした。
「縁は其々が抱えるものだ……お前などが弄んでいいものじゃない」
 残った敵を鋭く見据えたアンゼリカの言葉に、ネクロムは小首を傾げて答える。
「困ったわね。弄んでいるつもりはないのよ?」
 慈悲深く、善良な。そんな笑みと裏腹に、漆黒の槍が放たれた。庇いに入ったシロがそれに貫かれ、ついに力尽き、倒れる。
「……よくやったよシロ。後でうまい酒を奢ってやるからね」
 サーヴァントの働きと、その結果に翔子が歯噛みする。その様子に、死神は笑みを深めた。
「でも、見たでしょう彼女の顔を。入り混じった思いの色彩を。私は『それ』を、もっと見たいの」
 うっとりと。言葉と共に、微笑みが怪しげな気配の漂うものへと変じていく。サングラスの下の目を細め、アギトが口を開きかけたそこで。
「わはははははは! まあどうでも良いな! わしはおぬしをぶっ飛ばせればそれで良い!!」
「同感ね。黒幕ぶった面倒な相手を殴り倒せるのは気分が良いわ」
 無明丸と八千代が突撃をかけた。
「それじゃ、つまらないでしょう?」
 恐らく、この両者が解り合う事は永遠にないだろう。
「ぬぁああああああああああーーーーーッ!!!」
 素早く近づいてぶん殴るというシンプル極まりない一撃。眩く輝く無明丸の拳と、怨念を固めたネクロムの槍が激突した。
 壁となる配下を失ったものの、ネクロムの攻撃が緩む様子は一向にない。
 繰り返される重い一撃に、『催眠魔眼―鏡に映る幻像―』を駆使して攻撃を呼び込んでいた胡蝶が限界を迎える。
 が、意識を手放しかけた彼女に、桜の花弁が舞うように、慈愛の雨が降り注いだ。
「散ったらまた咲けばいいさ。立てるだろう?」
「……手厳しいわね」
 同じ女医なのに。いや同じ女医だからか? 苦笑交じりに、胡蝶はもう一度立ち上がった。
「このっ……バックアップも一苦労だな」
 そんな彼女に気合溜めをかけて背を押し、吹雪が呟く。当初の見込みと違い、合間に手を出すどころか一歩手を抜けば戦線が瓦解しかねない状態が続いている。
「そこが私達の生命線だ。堪えてくれ」
 隣に立ったアンゼリカがそう声をかけ、幻影の竜を召喚。ネクロムへと炎を向けた。

 セイクリッドダークネス。光と闇をその手に宿し、八千代がネクロムを捕まえる。二色のオーラが爆ぜ、敵に甚大なダメージを与えた。
「イイわ! もっと熱くイキましょう!」
「ごめんなさい、あなたに付き合うつもりはないの」
 だが表情を歪めながらも、ネクロムが反撃に動く。再度牙を剥いた怨念達が、前衛ごと八千代を呑み込んだ。
 倒れた仲間を戦闘圏外へ逃がしながらも、戦闘は続く。次にネクロムの放った黒槍は、ここまで耐えてきた翔子に決定的な一撃を加えていた。
 苦痛に呻きながらも、彼女はその槍を捕まえ、視線で敵を捉える。ケルベロスと縁深い者を蘇らせる、『因縁を喰らうネクロム』。翔子もまた、一度倒したデウスエクスをこの死神に復活させられた一人である。
 ゆえに彼女の眼には、決然とした光が宿っていた。
「そうやって、これまで他人の縁をつまみ食いしてたみたいだがね。今度はアンタが因縁に喰われる番だよ」
 そう告げて、膝を折る。
「何を――」
「そう。火遊びじゃ、済まないわよ」
 言葉の続きを引き取るように、アンゼリカの放った竜に合わせ、桃李が詠唱を形に変える。
 緋龍。地獄の炎を纏った龍が生じ、アンゼリカが放った炎の中を突き進む。
「……ッ!?」
 燃え盛る龍は、ネクロムに喰い付き、絡み、炎の中に拘束した。
「全ての原因たる悪縁に、今日こそ決着を」
「絶対に逃がさない。ここでお前の大好きな『因縁』に喰われろ」
 逃げ道を探す様に視線を巡らせたネクロムに、回り込んだ吹雪が旋刃脚を見舞う。積み重なった効果が実を結び、練り上げられた怨念の闇が、その形を崩した。

 ついに、終わりの時が来る。申し合わせたように足を止めた味方の間を抜け、アギトが前へと進み出た。
「……追いつかれてしまったわね」
「そうだな、漸くだ」
 何度も戦った相手。そして、亡くした恩人。その足跡を追い続け、彼はこの場所に辿り着いた。この時を待ち望んでいたかどうかは、きっと彼にしかわからないだろう。
「言いたい事がありそうね?」
「ああ……少なくとも、シスターは真っ直ぐ歪んだ人間だったぞ。病魔で死ぬと判れば桑の実よこすわ、断ればならせめて心の傷を残したいからさぁ殺せ、だとか」
「私にも、そう言って欲しいのかしら?」
 シスターの顔で、それは笑った。望みの物を見つけたとばかりに。
 それに対し、アギトは小さく首を横に振った。
「俺は、桑の実は受け取れなかった。それは、今も変わらない」
 招き誘う異界禁書。アギトの詠唱に応え、生じたエネルギー体が巨大な本の形を成す。
 開かれたページを前にして、ネクロムはその先、アギトの瞳を見つめていた。そこに浮かぶ色を慈しむように、見惚れるように。
「code breaking. 『agoraphobia』……一欠けらも余さず、さようならだ」
 そうして、光が彼女を完全に呑み込んで、書は静かに閉じられた。

●別れのための花言葉
「任務、完了」
「――力となれて、よかった」
 消え去った敵の前で、吹雪が十字を切り、アンゼリカが安堵の息を吐く。
(「最期の瞬間、貴方は何を思ったのかしらね」)
 自分の因縁に対しても、同じように愉しんでいたのだろうか、そんな思索に耽る桃李の後ろで、無明丸が声を上げた。
「わははははっ! この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ!!」
「……ああ、アンタあれだね。空気読めないタイプの」
「何、勝利は勝利じゃろう、鬨を上げい!」
 翔子の呆れた様子にも、怯む様子は無さそうだ。
 気遣うような様子を見せた胡蝶に、アギトは問題無いというように頷いて返す。敵を倒した。長い戦いに決着を付けた。それは確かな事実でもある。

 そしてアギトは、骸のあったそこに、花を手向けていた。
 『ともに眠る』ことを、彼は拒んだ。だから、その代わりに。旧友へ。仇敵へ。そして、愛した者へ。
「……本当に永過ぎる後日譚だったよ、桜華」
 翔子の吹かしたタバコの煙がたなびく。
 戦場跡に吹いた涼やかな風に、手向けられた桑の花が小さく揺れた。

作者:つじ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月30日
難度:やや難
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 10/感動した 0/素敵だった 3/キャラが大事にされていた 3
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