世界で一つだけの絵

作者:白鳥美鳥

●世界で一つだけの絵
「……よし、出来た」
 雪はキャンバスから筆を置く。彼女の近くには美しく咲いたピンクと白の花を咲かせたコスモスが飾られた花瓶がある。雪のキャンバスに描かれた絵は、このコスモスを描いたようだ。
「うん、自分で言うのもなんだけど……最近に無い出来かも」
 顔を綻ばす雪。そんな彼女の前に第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテが現れた。そして、魔女たちは雪の目の前で完成させたばかりの絵をキャンバスを突き破り、ずたずたにしてしまう。
「ああ! やっと完成した絵が……! 珍しく上手くいったのに……同じものなんて描けないのに……!!」
 同じ絵は描けない。どれも全てが一品もの。それも、珍しく満足が出来た絵だったのにと、雪は魔女たちに涙を流しながら、悲しみと怒りを露わに叫んだ。それを見て、魔女たちは口角を上げながら、雪に持っている鍵で同時に心臓を貫く。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 崩れ落ちていく雪。そして、彼女の傍からコスモスの花を大きくした様なものが2つ現れたのだった。

●ヘリオライダーより
「絵を描く事が好きな人って多いんじゃないかな。絵画とかイラストとか」
 そう言いながら、デュアル・サーペント(陽だまり猫のヘリオライダー・en0190)は、事件の概要の説明を始めた。
「パッチワークの魔女がまた動き出したみたいなんだ。今回動いたのは、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテの2体。魔女たちは、とても大切な物を持つ一般人を襲って、その人の大切な物を壊して、それによって生じた『怒り』と『悲しみ』の心を奪い、ドリームイーターを生み出すようなんだ。生み出されたドリームイーターは、2体連携して行動、周囲の人間を襲いグラビティ・チェインを得ようとしている。悲しみのドリームイーターが『物を壊された悲しみ』を語り、その悲しみを理解出来なければ『怒り』でもって殺害してしまうみたいなんだ。戦闘では怒りのドリームイーターが前衛、悲しみのドリームイーターが後衛で連携して戦うみたい。このドリームイーター達が人間を襲って被害を出す前に倒して欲しいんだ」
 デュアルは状況の説明をする。
「場所は古いアパートの一室。雪さんって人がアトリエ代わりに使っている所なんだ。だから、アパートの人や管理人さんにも話を事前に通した方が良いんじゃないかな? ドリームイーターは大きなコスモスの花の形をしていて、白い花は自身の悲しみを語り、赤い花は怒りを露わにするんだ。残念ながら、このドリームイーターは悲しみを語る事と、怒りを表すことしか出来ない。会話が成立する事は残念ながら無いんだ。でも、無事に倒せたら、被害者の雪さんは目を覚ましてくれる。だから、頑張って欲しいんだ」
 デュアルはケルベロス達を見渡しながら訴える。
「ねえ、絵画って同じものを描くことは出来ないんだ。同じものを見て描いても、違う物になってしまう。それは本当に世界で一つしかないもの。そんな大切なものを奪われたんだ。だから、みんなには頑張って欲しい。良い結果が出る事を、ここで祈っているよ」


参加者
カタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
アルケミア・シェロウ(トリックギャング・e02488)
ルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)
フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)
ウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)
アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)

■リプレイ

●世界で一つだけの絵
 事件現場は古いアパートの一室。被害者の雪がアトリエ代わりに使っている部屋である。
 アパートという事で、管理人に連絡を入れてから、手分けしてアパートの住人を避難させていく。管理人とかけあったカタリーナ・ラーズグリーズ(偽りの機械人形・e00366)は、部屋の鍵も一緒に預かる事も出来た。これで、現場にスムーズに入る事も出来るし、上手くいけば彼女の作品も守れる数も増やす事が出来るだろう。
 最後の仕上げに、グレイン・シュリーフェン(森狼・e02868)がキープアウトテープを貼って、誰も入って来れないように施した。
「みんな、開けるよ?」
 皆に確認してから、カタリーナは借りてきた鍵を使って扉を開ける。
 部屋の中の光景は、余りにも不可思議なものだった。
「私の絵が壊れてしまったの……壊れてしまったの……。凄く素敵に描けたのに……それを無残に壊されてしまったの……」
 まるで、枯れ行く花の様に俯いた1メートルの丈はある白いコスモス。
「何故だ、何故、壊すのだ!」
 白いコスモスの隣りでは、同じ大きさをした赤いコスモスが、背を反らしながら耐えきれない怒りを露わにしている。
 傍に雪が倒れている事に気が付き、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)が駆け寄り、フェリシティ・エンデ(シュフティ・e20342)のボクスドラゴン、そば粉も飛んで行って雪を攻撃が当たらないような場所に連れて行き、それからそば粉が雪を守る為に傍についた。
 続き、ルビークは、白いコスモスが嘆き続けているのを確認してから、立てかけられているキャンバスをいくつか持ち、こちらも被害が出ないように持ち出していく。アレックス・アストライア(煌剣の爽騎士・e25497)も、なるべく他の絵に被害が出ないようにと移動した。今回、彼は主に作品達を守る為に立ち回るつもりなのだ。
 アルケミア・シェロウ(トリックギャング・e02488)は、絵を描いていたと思われる筆も拾っておく。
「私の白い花びら……ただ真っ白なだけじゃないのよ? 綺麗な陰影に、ぱっと見では分からない色。……ほら、とっても素敵でしょう? なのに……なのに、その苦労が全て泡となって消えたの……美しいものが破壊されて消えていったの……」
 悲しみに浸る白いコスモスのドリームイーター。黙って聞いていると、まだ動きそうに無く、ルビークとアレックスの動きを見てから、ケルベロス達は攻撃に備えて構える。
 今回、大切な事はドリームイーターを倒す事だけでは無い。アトリエとして使っていたくらいなので、作品数も多い。キャンバスも大きなものから小さなものまで。この作品達をなるべく壊さないように戦う。大切な物を破壊された彼女が更に悲しみにくれない様に、と。

●赤と白のコスモス型ドリームイーター
 まず、最初に攻撃に入るのはウェイン・デッカード(鋼鉄殲機・e22756)。
(「絵は、自分の思いを込める物。僕はそう教わったから」)
 かつて教えて貰った気持ち心に秘めながら、赤いコスモスのドリームイーターに向かって、竜の姿をした炎を放つ。
「……お前達に絵の素晴らしさは分かるまい! キャンバスに込められた思いは分かるまい! お前達なぞ、私の怒りと共に葬ってくれる!」
 攻撃を受けた赤いコスモスは、自らを輝かせ始める。そこに広がるのは赤の世界。花弁だけでなく怒りの色を乗せていた。そして、スケッチノートによく花を描くルペッタ・ルーネル(花さがし・e11652)の心を捕らえていった。
 ある程度、絵を避難させたルビークも戦闘に加わる。バスターライフルを構えると、赤いコスモスに向かって光線を放った。
「止めて、止めて……。もうこれ以上、壊さないで……壊さないで……」
 泣き声のような声で白いコスモスは優しく淡い光で、赤いコスモスを癒していく。それを見て、狐の面を付けたアルケミアは回復を防ごうとしたが、間に合わず、代わりに紙兵をフェリシティ達に放ち護りを固めた。続き、アレックスも爆風を使って攻撃力を高めていく。アレックスのウイングキャット、ディケーは心奪われているルペッタに清らかなる風を送りこんで、彼女を現実に引き戻した。フェリシティはルビーク達にも紙兵を放って護りを固める。そば粉は、意識を失っている雪を護る様に動きながら、属性インストールによって彼女の護りも高めていった。
 一方、カタリーナは白光の鎗を使って、容赦なく赤いコスモスの弱点を貫く。続きグレインが螺旋の力を乗せて手裏剣を放った。
 意識を取り戻したルペッタは、自らにマインドリングによって創られた盾で守りの力を上げ、自らに癒しを与える。続き、彼女のウイングキャット、リルはカタリーナ達に清らかなる風を送り、更に護りを高めていった。
「許せない許せない許せない! お前達も壊していくのか! 許せない許せない!!」
 赤いコスモスが激昂する。当たり前なのだけれど、どんなに気を付けても、雪の作品全てを無傷にする事は叶わない。それが、余計に赤いコスモスの怒りを掻き立てているのだろう。赤いコスモスは燃える様な沢山の赤い花びらを生み出していく。同様に、白いコスモスは悲哀の色を浮かべた白き花弁を生み出した。それを攻撃主体の一人であるウェインに向かって放つ。だが、それをアレックスが庇った。
「大丈夫か? しかし、アトリエで戦うと、確かにあの美しくないドリームイーターの言い分を全て否定は出来ないな。……今の攻撃で守り切れてるか?」
「僕も出来る限り気を付けるよ」
 何だか作品を守るついでという感じだが、知らない仲では無い二人なので、そんな事が言える所もある。そして、ウェインはアレックスにそう言うと、海竜の頸椎という名のドラゴニックハンマーで、赤いコスモスを叩き潰した。
「その怒りも悲しみも全て彼女のもの。返してもらう」
 ルビークは精神を集中させると、赤いコスモスに爆破攻撃を与える。続けてアルケミアの輝きを放つ重い蹴りが叩き込まれた。
「そば粉、雪さんをしっかり守ってね!」
 フェリシティの言葉に、そば粉は答える様に、きゅーきゅーと鳴いて返事をし、雪の傍で守りにつく。それを見てから、フェリシティは炎を纏わせた蹴りを赤いコスモスに喰らわせた。
「さて、静かに眠らせてあげよう」
 カタリーナの白い輝きを放つ白光の鎗は、美しき刹那の軌跡を紡ぎだし赤いコスモスのドリームイーターを薙ぎ払う。その一撃を喰らい、赤きコスモスは燃える様な花弁を散らしながら消えていった。
「あああああ……赤い花が消えてしまった……。どうして、どうして、皆、壊していくの? 大切なものを壊していくの?」
 赤いコスモスが消えると同時に、白いコスモスの嘆き声が高く上がる。嘆き悲しむその姿は、雪の悲しみを深く表しているかの様にも見えた。
 白いコスモスは、白く光っていく。その花弁から白い光が溢れ、何もかも真っ白な世界がそこに広がった。
 怒りも悲しみも、色彩の一部。そう考えるアルケミアは、その悲しみに溢れた白に魅かれてしまいそうになる。
「アルケミア、しっかりして!」
 聞こえてきたのはフェリシティの声。
「ありがとう」
(「……悲しみと怒りの色だけじゃ良い絵にはならないよね」)
 フェリシティにお礼を伝えながら、アルケミアは、その想いを反芻する。あれは絵に対する心を踏みにじった憎き相手だ。
「後、一体!」
 グレインは声を上げる。絵を描くわけではないから、真に理解はしてやれないかもしれないが、大切なもの失う悲しみや怒りはわかるからそれを守りたい。その気持ちがとても強い。この一体を早急に倒せば、被害は最小限に抑えられる。グレインは白いコスモスのドリームイーターに向かい魂を喰らう一撃を浴びせた。
 ルペッタはフェリシティにマインドリングで盾を作り上げて、傷を癒し、意識を取り戻させていく。リルも彼女達に重ねるように清らかなる風を送っていった。
「悲しい、悲しいの……。どうして、どうして、酷い事ばかりするの? 大切な物をもうこれ以上、壊したりしないで……!」
 嘆きの白きコスモスは、再び白い花びらを舞い上げる。それは白い刃のように代わり、赤いコスモスを倒したカタリーナに向かって襲い掛かかった。それをグレインが庇う。白の刃をなんとか受け止め、カタリーナと絵を守る事に成功する。
「よし、何とか大丈夫みたいだ」
「ありがとう。わたしだけじゃなく、絵も……」
「ああ、良かった」
 安堵の声を漏らすグレイン。それにカタリーナはお礼を伝え、グレインも笑みを返した。
 残り一体のドリームイーターに向かい、ルビークは地獄の炎を纏わせ激しく叩きつける。そこに合わせてウェインが炎の竜を放った。アルケミアもオウガメタルを纏わせて拳で撃ち抜く。更にアレックスの重力を乗せた斬撃が加わり、フェリシティは輝く蹴りを放った。そして、カタリーナの弱点を狙った強烈な一撃が貫かれる。
 ルペッタはグレインに光の盾による回復を行い、ディケーとリルはアレックス達の回復に回った。そして、そば粉は、雪の守りを崩さない。
 白いコスモスは嘆くのも辛い様で言葉にならない何かをすすり泣く様に言いながら光に包まれていく。
 しかし、今更、体力を癒してみた所で焼け石に水。ルビークがバスターライフルから光線を放つ。そして、最後にウェインの巨大なハンマーが白いコスモスのドリームイーターを押し潰し、白の花弁が辺りに舞い散って行ったのだった。

●絵画への思い
 なるべく気を付けていたものの、相手のドリームイーターが二体居た為、床や壁が壊れたり、キャンバス等の絵も一部、破損の酷いものなどがあった。
 作品の方はどうしようも無いけれど、壊れた部屋の方はヒールをかけて直していく。
 そば粉が守っていた雪も目をさまし、ルペッタのヒールで少し元気を取り戻してくれた。だが、アトリエはヒールであらかた直したとはいえ、守りきれなかった作品もそれなりにあるのを見て、雪は思わず目を伏せてしまった。
「すまねえな」
「全部守れなくすまない」
 グレインとルビークの言葉に、雪は首を横に振る。
「いいえ。綺麗なままの絵もあります。いくつかは、移動させて下さったのでしょう? そのお心遣い、感謝しています」
 雪のその言葉に、ルビークは次の言葉が見つからず、これだけ伝える。
「応援させてくれ」
「……ありがとうございます」
 彼の言葉に、雪は少しだけ微笑む。まだ、気持ちの整理はついていないけれど、ルビークの気持ちは伝わったようだ。
 アルケミアは、拾っておいた筆を雪に渡す。
「ただの一枚も同じものは描けない。だからこそあなたは描き続けるべきだよ。最高の出来なんて有りはしない。描き続けてほしいんだ、いつまでも。きっと、明日はより良いものが描けるはずだからね!」
「そうですね……中々満足できなくて……最高の出来なんて来ないかもしれませんね。ありがとうございます。私、描き続けてみます」
 筆を受け取りながら、雪はそう決意に近い言葉を発した。
 ルペッタは、自分のスケッチノートを雪に見せる。そこには、色々な花々が描かれていた。
「お花が大好きで、その絵を描くのも好きなんです。雪さんの絵は、もっと素敵だったんだろうなって、他の絵を見れば分かります。雪さんの絵を見て、私も今より素敵に描けるようになりたいって思いました!」
「……褒めて貰って嬉しいわ。でも、あなたの絵もとても素敵よ? 心から花が好きだって伝わってくる。絵は心で描くものだもの。あなたはあなたの素敵な絵を描いて?」
「……はい!」
 雪の言葉にルペッタは微笑む。同じ花や絵を愛する者同士、伝わる心が嬉しかった。
「ところでここの絵って買えるのかな……? せっかくだから素敵な絵の一枚を買わせてもらいたいかもなんだけど」
 カタリーナの言葉に、雪は驚く。
「確かに……私は絵の販売もしていますけれど……皆さんがいらっしゃらなかったら、私はどうなっていたか分かりません。お好きなものがありましたら差し上げたいですし、ご希望なら、新しい絵を……描かせていただけますか?」
 少しずつ、雪が前向きになって行ってくれていう事がケルベロス達には嬉しい。また、絵を描きたいと言ってくれたのだから。
「無事だった画材、集めて来たよ!」
 そば粉と一緒に、フェリシティが集めてきた画材を雪に渡す。画材の方は、それ程大きな損害を受けなかったようだ。これなら、新しい絵にも早くチャレンジする事が出来るだろう。
「……いつか、もし、皆さんにお時間が空いている時が有ったら、お姿を描かせて戴けませんか?」
 少し照れたように雪がそう言う。
「そうだね、その日を楽しみにしているよ」
 アレックスが笑顔で応え、ウェインも頷く。
 雪の作品は壊れてしまったものもあるけれど、彼女はもっと素敵な絵を生み出してくれるだろう。そう思うと、心が温まるケルベロス達なのだった。

作者:白鳥美鳥 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月19日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 0
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