●つるりとからっぽはノーセンキュー
服飾専門学校の裏門前で、一糸纏わぬマネキンを抱えた学生達が、楽しげな様子で向かいの建物へ入っていく。
彼らが交わす会話から『一仕事終えたマネキン達を片付けている』と予測出来るものだったが、その光景を前にしたサラリーマン風の男はサッと顔を青くした。慌ててUターンし、早足で別の道へ向かう。
「うう、あの専門学校近くのアパート借りた事が悔やまれる……しかもマネキン大移動にかち合うとか、最悪だッ!」
男は涙で目を潤ませ、わけわかんないよと呻いて速度を上げる。
「マネキンとかムリ、本当ムリ……リアルな偽物じゃん……」
つるりとした外側。人に似せて作られた曲線。
柔らかそうで、だが決してそうではない硬い体。
顔は凹凸だけで作られていたり、描かれていたり。それが妙にリアルかと思えば、明らかにフェイクなタイプもいる上に、人のものではない『髪』も作り物感を醸し出しているから、ムリったらムリだ――と男は繰り返す。
「うううう気持ちわっる! は、早く返って子ぬこ動画で上書きしないと……!」
男は両腕をさすりながら角を曲がるが、そこでピタッと止まった。
理由は簡単。心臓を貫かれ、『奪われた』から。
「私のモザイクは晴れないけど、あなたの『嫌悪』する気持ちもわからなくはないな」
曲がってすぐの所にいた少女――第六の魔女・ステュムパロスの突き出した『鍵』が心臓から引き抜かれた瞬間、男は糸の切れた人形のように倒れる。
ステュムパロスは男から生み出した存在を確認すると、愉しげに目を細め――あはは、と笑って消えた。
●マネキン・ナイトメア
苦手なものへの『嫌悪』を奪い、事件を起こすドリームイーターがいる。
そう告げたラシード・ファルカ(赫月のヘリオライダー・en0118)は、今回奪われたのがマネキンへの『嫌悪』なのだと添えた。
第六の魔女・ステュムパロスに襲われたサラリーマンは、人気の無い路地で気絶したまま。現実化したドリームイーターはというと、サラリーマンから離れ、近くの寺へ侵入しようとしている為、放っておけば被害が出るのは明白だ。
「敵がお寺へ侵入したその背後を襲うか、侵入前に接触して戦闘へ持ち込むかは、みんなに任せるよ」
敵の見た目は被害者の抱いていた『嫌悪』そのもの。
つまりマネキンだが、実物と比べてモンスター度が増している。
肌色をした表面は肉屋にぶら下がる生ハムのようだが、それは見た目だけで、触れて感じるのは無機質特有の硬さのみ。
左半分は女性、右半分は男性という胴体の上にある『頭』は、のっぺらぼう、リアル、頭髪有りだがノーメイクの3種。
腕は『数えるのは後にしよう』というくらいあるが、脚は人体と同じ2本。
滑らかに動きながらも、ギコギコ、ギィギィ音を立てる体から繰り出す攻撃は、R指定の映画に登場しそうな外見に相応しいものらしい。
「モザイクの塊を飛ばす時、それぞれ違う方を向いていた顔が一斉にこっちを見るし、てんでバラバラに動いた腕から、腕型モザイクを降らせてきたりもする」
気味が悪かったり、背筋がぞっとしたり、『ひっ』と感じる事が――ひとによって、あるかもしれない。動きそのものには何の効果も無い為、そこだけは恐らく安心だ。
「それじゃあ、後は頼んだよ。被害者が意識を取り戻せるように。それから、彼がたまたま『そう』感じた事が、これ以上利用されない為にもね」
マネキンを嫌がる事そのものは、罪でも何でもないだろう?
男は笑ってそう言うと、ヘリオンの扉を開いた。
参加者 | |
---|---|
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027) |
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435) |
アイリス・フィリス(音響兵器・e02148) |
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992) |
リヒト・セレーネ(玉兎・e07921) |
篠田・葛葉(狂走白狐・e14494) |
モニカ・カーソン(木漏れ日に佇む天使・e17843) |
八神・鎮紅(紫閃月華・e22875) |
●クリーピー・クリーチャー
「人に寄せた作りモンを気味悪がるのはまァ分からんでもないよな。半端に本物に寄せてると尚更っつーか……」
コレが不気味の谷現象ってヤツ?
そう言ったダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)の声が、どこにでもある、町の風景にとけていく。
マネキンへの『嫌悪』を奪われたサラリーマンが気絶している所から、敵が向かったという寺。その間に身を潜めたケルベロス達だが、今の所、不気味と形容された姿は見えていない。
「ドリームイーターも本当にいろいろですね」
そう言ったモニカ・カーソン(木漏れ日に佇む天使・e17843)の横で、アイリス・フィリス(音響兵器・e02148)は顔を顰めていた。何故なら――。
「……! 音が、」
息を殺して、暫し。ぎい、ぎい、と歪な音をさせるモノは、身を潜めたケルベロス達に気付かないまま、音とは不釣り合いな動きで通り過ぎていった。後に残ったのは、予想以上にホラーな姿に対する各々の声と、反応で。
「本当に、手が何本も……」
「えぇー……いやマジ予想以上なんですケド、えぇー……」
アイリスは『うへぇ』と更に顔を顰め、ホラー耐性があるダレンも若干ヒいていた。アレを年頃のお子様が見たら軽くトラウマ案件だ、間違いない。
「のっぺらぼうなマネキンだとまだ我慢も出来るんだけどな。あれはもう新種の阿修羅像なんじゃないだろうか」
瀬戸口・灰(忘れじの・e04992)の頭に乗っている翼猫・夜朱も衝撃を受けたのか、毛が逆立っている。エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)は『わかります』とひっそり頷いた。アレは、何というかもう、『すっごい姿』だ。
(「これ、マネキンが苦手じゃない人もトラウマになるのでは……」)
そこに響いた鋼の音。見れば篠田・葛葉(狂走白狐・e14494)がどこか暗い表情でガトリングガンを手にしている。案じて声を掛ければ、大丈夫ですと落ち着いた声が返ってきた。
「戦っている間は気持ち悪いなんて感じませんから、適材適所なんでしょうね」
自分は暴力としてしか振る舞えない。ならば、せめて人を助ける為の兵器でありたい――だから、トリガーに指を掛けるのはもう少し後だ。
「追いましょう」
静かな声を切欠にケルベロス達は駆けた。
人気が少ないというのは確かで、寺までの道中、注意していた灰の目に人の姿は映らぬまま。唯一映った人影は、3つある頭部をあちこちへ傾け、境内の様子を伺っている風に見えた。
人と形容するにはあまりにもバランスが酷く、不気味だが、リヒト・セレーネ(玉兎・e07921)は湧き上がる厭な感覚を抑え、目に映し続ける。
「……被害者にはあれくらい気持ち悪く見えてるってことだよね」
マネキンがどういうカタチをしているのかなんて、意識した事が無かった。あのサラリーマンは、今、自分が見ている以上のモノを見て、感じていたのだろうか。
少年とは違う角度で『嫌悪の具現』を見た八神・鎮紅(紫閃月華・e22875)は、これが、と納得する。
「人には得手不得手が有って当然。其れを利用する等、極めて性質が悪いものです。兎も角、早々に討ちましょう。こんな場所で長々と騒ぐのは、申し訳ないですからね」
「そうですね。誰かに見られる前に倒しちゃいましょうか」
エレは敵が何故寺に向かったのかが気になるが、答えは出ないだろうと首を振る。
それに――敵の中に在るのは『誰かを殺す事』、それだけだろうから。
●スケアリー・ドール
ぐきん、と90度に曲がった顔にふさふさとした髪が踊るのを見て、ダレンは目を丸くして笑った。此方を見ても、もう遅い。自分はもう、脚に流星を纏っている。
「これも作戦の内ってね。悪く思うなよな」
それに、いつまでもテンションを下げてはいられない。切り替えが早いのもチャラ男のイイトコロ。ただし、リアル顔と目が合うのは激しく勘弁願いたいオトコゴコロ。
溢れる重力と共に蹴撃が降る。骨の軋むような音がした直後、灰は夜朱の羽ばたきに不可視の斬撃を重ね――。
「人気は無いとはいえ神社でこんなの壊して罰当たらないよな?」
神と人が繋がる神聖な場所で、一応、人の形を取っているものを討つ。それは。
「……人形供養と思っておこう」
「……あ、成る程。供養、供養ですね」
こくこく頷いたリヒトの蹴りが、敵の動きを縛る2つ目の流星になる。刺さるような鋭い一撃が敵にどう見えたのかわからない。わからないが。
(「色んな顔と目が合う……! 何か音がする……!」)
3つの顔、6つの目。金具や骨や丸太が軋むような、耳障りな音。敵を構成する全てで、ずるりと背骨を撫でられてしまったようなそれに叫びたくなるのを、唇をきつく結んで堪える。
その眼前で、敵の胴に鋼の塊が吸い付いた。ぎい、と音立てた敵がガトリングガンを見下ろすのを、葛葉は熱狂の色を浮かべた笑みで見る。
一瞬の静寂の後、銃声と衝撃が波となって響いた。敵が全身をガクガク踊らせ後退り、すかさず前に出た鎮紅は両手に光刃を形成し、即、花弁のような剣閃を見舞う。
深紅の煌めきが削いだ所から覗くのは、モザイクの断面。
ぎいい、ぎいい。
音と同時、無数の腕が何かを求めるように伸びた。1つ1つが誰かのもののような、そんな動きが天を指した直後、『腕』の群れが前衛に降り注ぐ。
「やらせない……やらせません!」
アイリスはそれを見た瞬間、思わず出していた竜尾で地面をパシンッ、と叩いた。飛来する『腕』達から夜朱を護ってすぐに紅と翠の炎を広げ、喚び出した浮遊砲台から勇ましい音を響かせる。
癒しの砲撃音の次は、敵を貫く鋭い電撃と、前衛を支えようとする翼猫ラズリの羽ばたき。羽ばたきは力や武器に染みついたものを祓い――。
「……本当に、肉屋にぶら下がる、生ハム……」
エレの零した感想通りの見目をした夢喰いは、表面が焦げたからか、より生ハム感が増していた。
そんな敵を捉えたまま、モニカは前衛へ向け癒しの黒鎖を駆け巡らせる。アレが人々にもたらすのは、嫌悪と恐怖と、痛みだけ。
「そらよ、っと!」
ダレンの振るった刀は、皆が刻んだ傷にぴたりと重なり、紛い物の肉体を勢い良く裂いた。激しく散ったモザイクに葛葉は笑い声を上げ、アスファルトを蹴る。
「さあ、もう一度だよ!」
笑いながらも、自分と仲間――特に盾役の立ち位置は意識に留めていた。そこに敵の動きや狙いを重ねて見て――死角を行く。
「脚は人体と同じなら壊せば鈍くなるかな?」
『スタビングバースト』。名前通りの攻撃が火を噴けば、夢喰いが激しく身を捩って縮こまった。
全身を使った動きはまるで、いたい、と叫ぶよう。しかしその不気味さ、そして傷口を覆っていくモザイクを見ると、同情が湧く事は無い。
アイリスの投射した殺神ウイルスが、3つある頭に『触れ』ようとする。その瞬間を捉えた敵の『目』が、余裕の動きで避けようとし――僅かに遅れた。
エレの放った矢はその動きすらしっかり追い、ラズリの羽ばたきが後衛の間を吹き抜ける中、ざくりと射抜いて穴を開ける。
「しかし、嫌な感覚だな」
灰は薄く笑って妖精靴の踵を鳴らした。
無表情で立っている人形と視線が合った時の、あの感じ。目を反らしても、見られているのではと思うような、謎の空気。命も温もりも無い、人の形を取っているだけのマネキン――それへの嫌悪が元の、この夢喰い。
「戦っているのに肝が冷えっぱなしだ」
蹴り込んだ星の煌めきが、肉めいた表面を裂く。
夜朱の羽ばたきで髪を踊らせた鎮紅が、技量の粋を込めた一撃を見舞った。迷い無い動きにリヒトは静かに呼吸を整える。被害者や、街の人を助ける為――怖れを消そう。
「逃さないよ、絶対に」
神殺しの力を秘めたウイルスが夢喰いの体、その内側を侵していく。
「マネキンに罪はないけど、君はどう見たって悪者だから――ここで、さようなら」
モニカさん。
少年の声と敵の様子に、モニカは大樹への祈りではなく御業を現した。朧気だが敵に迫る『手』は確かで、夢喰いが耳をつんざくような音を響かせ暴れても、解く事は叶わない。
「そんじゃァ、そろそろ決めますか。季節外れのホラーショーは終いにしようや!」
ダレンの声は明るく、雰囲気を吹き飛ばすようなのは刃に奔る電撃も同じ。迸った剣閃は紫電となって夢喰いを両断し――頭と腕と、胴と脚は一瞬でバラけ、ぼとぼとと地に落ちた。
●エンド・オブ・ナイトメア
敵が完全なモザイクになってすぐ、エレの肩にふわふわとしたものが勢い良く飛び込んでくる。もふっとした温もり――震える翼猫を、エレはそっと撫でた。
「……あー、怖かったんですね、ラズリ……」
しっかりものの女の子でも弱点はあるし、甘えたい時だってある。
ダレンもやれやれと息をついた。
「夏も終わったってのに、思いの外ホラーになっちまったな」
「これ以上ドリームイーターが出なければいいのですが、そうはいかないでしょうね」
モニカの憂いは当然だ。夢喰い以外のデウスエクスも、その動きを見せ続けている。しかし、1つ1つ対処していけば、それは平穏へと繋がる筈。
リヒトは不気味過ぎる敵の撃破が完了した、その事にほっと胸をなで下ろし――。
(「……夢に出てきませんように」)
願いは狛犬達の向こうにいる『神』に、届いたかもしれない。
灰はというと、ぬらぬら、うぞうぞと蠢いていた腕の塊が忘れられそうになく、声を上げてじたばたする夜朱をもふもふもふもふして、上書きしていた。
「いつも人の事振り回してるんだから今日くらいは役に立ってもらうぞ」
「にゃー!?」
それぞれの形で一息ついた後、アイリスや葛葉、鎮紅も戦場となっていた道路をヒールグラビティで整え、気絶から覚めるだろう被害者の元へ向かった。丁度目が覚めた所だったのか、ぼんやりとしていたサラリーマンが、ええと、と呟き――ハッとする。
「ひっ、マ、マネキン! ……あっウイングキャットちゃん!?」
灰が精神安定に役立つかと思い、ほら、と見せた夜朱は効果覿面だった。サラリーマンの目がキラッと輝く。可愛い、可愛い、と拝み始めたのは予想外で、リヒトはくすりと笑みを零してから、あの、と声を掛けた。
「マネキンは、顔だけ見ちゃうと怖いけど、綺麗な服とか着てる全身を見たら、美術品みたいなものじゃないかなぁ、って」
そう、思うんですが。
少年からのアドバイスに、サラリーマンは思い当たる何かがあったらしい。そういえば、と呟き、彼方を見る眼差しを浮かべた。
「学校や美術館にある彫像に、鳥肌立った事がない、ような」
人の形をしているもの全てが嫌という訳ではない。そこにはきっと可能性がある。
そして。
「あの。ぼくにも癒やされる動画教えてくれませんか?」
「あ、坊や、もしかして猫好き? いいよいいよ。今のオススメはこの動画でねぇ! あとあと、国内外の猫動画紹介してるブログサイトもあるから是非……」
何というかもうすっかり元気になっている。ケルベロス達があの夢喰いを撃破しなければ、こんな風にはしゃぐサラリーマンは見られなかったろう。
マネキンはまだマシで、寧ろ中身が見えてる人体模型の方がよっぽど――と思うのは個人差かもしれない為、灰はその考えをそっと胸の内にしまいながら、夜朱をぽすっと頭に乗せた。
「マネキンにも最近はペット用のがあるそうだし、少しずつ慣らしてみるといいんじゃないかな」
「ペット用かぁ……」
サラリーマンの目は、男の頭に乗っかり尾を揺らす夜朱から、別の方角へ。
向こうにあるのは確か、とケルベロス達は考え、彼が避けた専門学校だと気付く。サラリーマンの目には若干の迷いが見えていたが、専門学校がある方角をじっと見続ける姿には変化があった。
「……そう、だね。想像するとまだ『うっ、きもっ』って来るけど、少しずつでも、挑戦してみる。しんどくなったら猫動画を見て。あと」
――ケルベロスに救われた今日の事を、思い出すよ。
そう言ったサラリーマンがマネキンを克服する日は、『すぐ』とも『いつ』ともいえない。しかし、彼の顔には、『いつかきっと』といえる、そんな笑顔が浮かんでいた。
作者:東間 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
|
種類:
公開:2017年9月30日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
|
||
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 2
|
||
あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
|
||
シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|