歌い手をさがして

作者:遠藤にんし


 放課後の音楽室に残った二人の女子生徒は、ホラーメイカーと出会う。
「怪談話は好きかしら?」
 一人――歌織は目を輝かせてうなずき、もう一人・奏はおどおどと目を伏せる――ホラーメイカーは喉の奥で笑うと、こう続ける。
「旧校舎の音楽室のピアノを叩く女は、自分の伴奏に合わせて歌う人を探しているわ。美しい歌声の人間が訪れたら、その人はピアノの中に閉じ込められてしまうの」
 締め切っているはずなのに冷たい風を感じて、二人は首を縮こまらせる……気づけば、ホラーメイカーの姿は見当たらない。
「……今の、確かめに行きましょう! 私達合唱部だし、絶対出るわよ!」
「え、う、うん……でも、後片付けが……」
「そんなの後でいいわよ。ほら、急いで!」
 歌織に引っ張られるようにして、二人は旧校舎へと駆け出した。


 ドラグナー・ホラーメイカーの動きについて冴は告げる。
「作成した屍隷兵を学校に潜伏させ、そこへ自ら行くよう差し向けているようだ」
 ケルベロスたちのやることは二つ。
 ホラーメイカーに遭遇した二人が屍隷兵と遭遇しないようにすることと、屍隷兵の撃破だ。
「今から向かえば、ホラーメイカーと遭遇した彼女らが旧校舎に入ったところには間に合うと思う」
 旧校舎は電球が切れたものも多く薄暗いため、一階の突き当りにある音楽室へ行くのにも十分程度の時間がかかる。
 廊下をゆっくり歩いている二人に追いつき、どうにかして追い払うことは難しくないだろう。
「屍隷兵は2体、ピアノを弾いている……というより、叩いている者が一体と、指揮者風のが一体、潜んでいるようだ」
 いずれもバトルオーラのグラビティと似た方法で戦うようだ。
「屍隷兵による被害が出る前に、片付けてしまいたいね」
 言うと、レンカ・ブライトナー(黒き森のウェネーフィカ・e09465)もうなずく。
「きたねーFlügelの音は止めてやろうぜ」


参加者
ルリナ・アルファーン(銀髪クール系・e00350)
ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)
リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)
クリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)
近藤・美琴(ソヌスエクスマキナ・e18027)
グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)
イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)
琴城・雪白(黒妖の閃花・e39471)

■リプレイ


 キープアウトテープと殺界形成で人払いを終えてから、ケルベロスたちは旧校舎内の二人に背後から近づいた。
「うわっ、出た!?」
 背後からの声かけに一人が驚いたように声を上げ、もう一人はその声に驚いて肩を縮こまらせる。
「旧校舎のピアニストを探してるの? あれ、まだ出るには時間早いよ」
 近藤・美琴(ソヌスエクスマキナ・e18027)が口を開き、リナリア・リーヴィス(クラウンウィッチ・e01958)も続ける。
「ちょっと調査しないといけないから今晩は帰ってもらえないかな?」
「あ、はい……あの……」
「やっぱり怪談って本当なんですね!?」
『怪談』という言葉がケルベロスから出たことに目を輝かせる歌織。
 ケルベロスたちの言葉は届いているようだが、興味の気持ちがまだ強すぎるようだ……ミズーリ・エンドウィーク(ソフィアノイズ・e00360)は「そーいえば」と彼らに聞こえるように独り言をこぼす。
「来る途中に音楽室が片付いてないってセンセーが怒ってたよーな……」
「怪談話も良いけど、それ以上に怖い目にあるかもしれないねぇ」
 グレイシア・ヴァーミリオン(夜闇の音色・e24932)の言葉に二人は身を震わせ、ヤバい、と顔を見合わせる。
「今のうちに後片付けしといた方が良いと思うな」
 美琴が言い、琴城・雪白(黒妖の閃花・e39471)はパンと手を叩いて彼女らに言う。
「あんたたち、噂を確かめに行くより音楽室の掃除が先じゃないかしら? それにその怪談は危険よ、はやくまっすぐ家に帰りなさい、後は私達ケルベロスに任せて」
 促せば、それ以上逆らう気もないらしい。二人はスカートを翻し、旧校舎の出口へと走って行く。
「……行って、くれましたね」
 柱の陰に隠れていたルリナ・アルファーン(銀髪クール系・e00350)はひょこりと顔を出す。
 彼女たちが出て行くことを渋るようなら血糊をつけた骸骨のお面で脅かそうと思っていたが、それはせずに済んだ。
「これで無用な犠牲は避けれたでござるな」
 殺界形成を展開するクリュティア・ドロウエント(シュヴァルツヴァルト・e02036)の手には日本刀・緋桜一文字が握られている。
 ヘリオライダーの予知によれば、ホラーメイカーに出会った二人の他に一般人はいないはず。
 音楽室で待つ屍隷兵を思って、イズナ・シュペルリング(黄金の林檎の管理人・e25083)は唇を開く。
「この屍隷兵は音楽が好きだった人を元にしたのかな?」
 だとしたら、ちょっと可哀想だ――解決への意志を固めつつ、イズナは廊下を歩む。
 ――長い一本の廊下の果てにある部屋、掲げられたプレートは黄ばんで汚れていたが『音楽室』の文字は見えた。
「入るわよ」
 雪白は勢いよくドアを開け、一歩踏み出した――その瞬間、待ち構えていた屍隷兵が目の前に飛び出してきた。


 禍々しいオーラを纏う屍隷兵の拳をリナリアとミミックの椅子がそれぞれ受け止め、その隙にグレイシアは虚空へ手を差し伸べる。
「大気に満ちる空気よ、凍れ、氷の刃となりて、切り刻め……」
 凍てついた空気は氷の針に変わり、指揮者風の屍隷兵の背中に突き立てられる。
「凍れ、凍れ、白い闇に包まれ、凍えて眠れ」
 リナリアは冷気を重ね、暴風を巻き起こす。
 椅子のばら撒く黄金すら白に埋め尽くされ、視界を奪われたことに屍隷兵は一瞬だが動きを止めてしまった。
「ドーモ。初めまして。屍隷兵=サン。クリュティア・ドロウエントにござる。早速でござるがお主等はリターントゥアノヨしていただくでござる」
 魔法の木の葉を浮き上がらせ、クリュティアは自らの力を高める。
「ニンポ・木葉隠れジツにござる」
 視界の悪い中で動いているせいで、屍隷兵の体がピアノに激突し、叩かれた鍵盤が音を立てる。
 長らく調律もされていないピアノの音は鈍い。ルリナは表情を変えることなく屍隷兵に肉薄し、呟く。
「とんだ雑音ですね。こんな演奏で歌い手を求めるとか、身の程を知らな過ぎです」
 言葉と共に放たれた蹴りは鋭利で、吹き飛んだ屍隷兵は壁に激突してずるずると崩れ落ちた。
 舞い踊る星々の中を、美琴は流星のように駆ける。
「とりあえず音楽で人殺ししないでくれませんかね」
 ミュージックファイターとして、歌を利用されることは我慢ならない――そんな気持ちを刃に込めて、美琴は一閃。
 確かな手応えと共に屍隷兵の体が引き裂かれ、ミズーリは傷痕めがけて惨殺ナイフを投げつける。
 唯一の出入り口であるドアの前に翼を広げたミズーリが陣取っているから、屍隷兵たちはこの部屋から出ることは出来ない。
 退路のない部屋でケルベロスたちに追い詰められた屍隷兵の元へと、緋色の光が届く。
「――緋の花開く。光の蝶」
 イズナの掌から生まれる羽ばたきは緋蝶。
 音楽室いっぱいに広がる輝きの中、雪白はマインドリングから光の盾を作りだした。
 ケルベロスたちを取り囲むマインドシールド――癒しと守りをその身に、ケルベロスたちは屍隷兵と相対する。


 オーラの弾丸はケルベロスたちと鍵盤の元へと降り注ぎ、力強く音を奏でる。
 奏でられたそれは音楽と呼ぶには荒々しく、美しいものではない……美琴は目を細めると、ピアノの幻影を作りだし。
「おーおー、貴方の音に合わせて即興連弾、出来るかなー」
 美琴が叩く音は初めは少なく、緩やかで。
「ぱらり、ぱらり。身も心も凍えそうね」
 音が増えるにつれて音の密度も増し、冷ややかな音色につられたように氷の雨が降り注ぐ。
 注がれたのは雪白によるオラトリオの力もだが、これはケルベロス達へと宛てて。
「果てるまで、倒れないわ」
 広がる癒しの力励まされるようにして包囲を固めるケルベロス達。
 一方で屍隷兵は氷の雨を全身に受けて悶えるように身をよじり、掌を鍵盤に叩きつける。
「ピアノは叩くものじゃないよ。ちゃんと丁寧に扱ってあげなきゃっ……っても……そんなん知ったこっちゃないのかね……」
 急激に温度の下がった室内に白い息を吐いて、グレイシアはケルベロスチェイン『AQUA』を屍隷兵に向ける。
 全身を締め上げられたのは指揮者風の屍隷兵――締め上げられて宙に浮いたところを、イズナが螺旋を込めた掌で触れる。
 強い静電気でも走ったような激しい音と一瞬の閃光。
 イズナ自身も閃光にぎゅっと目をつぶり、背後からの気配にしゃがみ込む。
「ありがとな!」
 背後から迫ったのは敵ではなくミズーリ。
 三枚の翼を広げるミズーリが至近から弾丸を撃ち込むと、屍隷兵の体は力なく揺れる。
 瀕死の状態の敵を、リナリアは眼鏡越しに見つめ。
「音楽家気取りも終わりだよ」
 酒瓶が屍隷兵の脳天に叩きつけられた――刻まれたルーンが薄く光を纏ったかと思えば消え、同時に指揮者の屍隷兵も霧散した。
 ほどけるグレイシアのケルベロスチェインの横、椅子はエクトプラズムを鎖状にして戦場を巡り、残された屍隷兵へと肉薄する。
 肩に噛みつけば動きが鈍る。床を、壁を、天井を蹴って迫るクリュティアの手には大量のクナイがあった。
「イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
 マシンガンの掃射さながらの投擲――四方八方から襲い来るクナイの軍団を回避することも出来ず、屍隷兵は翻弄される。
 綺麗に着地を決めるクリュティア――結いあげた髪と豊かな胸が、名残りのように揺れた。
 ルリナは如意棒『フォルトゥーナ・タクト』で迫撃。
 オーラを弾き、逃げ場を奪うケルベロス達は、確かに屍隷兵を追い詰めていた。


 宙を裂き、イズナのゲシュタルトグレイブは屍隷兵の腹を貫く。
 屍隷兵の瞳は洞のようだったが、そこに何か怒りのようなものが覗いた気がした――拳はまっすぐにイズナの顔面を狙っていたが。
「こっちだぞ!」
 床すれすれを飛行するミズーリが足元を捕え、後ろに引き倒すことでそれは虚空を切る。
 引き倒した屍隷兵を最上の特等席に据え、ミズーリが奏でるのはソロギター。
「歌い手が欲しいんだって? 弾き語り付きでお見舞いしてやるぞっ!」
 ニッと笑って一拍置いて、歌が始まる。
「アンタにも愛はあるのかい?」
 愛の結末を語る声に添えられたギターはどこか物悲しい。
 耳を塞いでも追いすがるような歌声に屍隷兵が気を取られている隙をついて、ルリナは屍隷兵に近付いている。
 気配を察した屍隷兵がミズーリの戒めから逃れた時にはもう遅く。
「行きます」
 感情の薄いルリナの声と共に発射されたエネルギー光線が、屍隷兵の全身を包む――瞬く間に高温に焼かれ、屍隷兵は床を転がった。
「屍隷兵の奏でる音楽より、椅子にオルゴール仕込んだ方がよほど有意義だと思うな」
 独りごちながらリナリアはやる気を牙に変えて屍隷兵に突き立てる。
 椅子も黄金を撒くことで屍隷兵の行動精度を下げ、それによってケルベロスたちを守る。
「ヒールはいらないわね?」
 戦場を見渡した雪白の言葉に、ケルベロスたちは大きくうなずく。
 回復手として動いたのは雪白一人だったが、妨害を重ね、動きを鈍らせたこともあって、戦いが進むほどにケルベロスたちの受けるダメージは減っていった。
「私以外誰も認めない。私以外誰もこの前に立つことは許されない」
 ――頭に咲く紫の花の美しさは、圧倒的で。
「我儘な私は、あんたにトラウマを与えて滅ぼす。それだけよ」
 その花を模したかのようなものが屍隷兵の喉笛に咲く――かと思えば、付け根の辺りから、じわりと紫の毒が滲み出る。
「ムーンライト斬にござる」
 クリュティアが逆手に持った緋色の刃が屍隷兵を引き裂けば、毒の混ざった血が辺りに散らばる。
 美琴は白のアンクルブーツで床を蹴り、弾みをつけて敵に肉薄。
 向けたのは輝ける刀身――マインドリングから生まれた光は熱と共に屍隷兵を溶断、その眩さに目を細めながら美琴は呟く。
「……成仏なさって下さい」
 声と共に身を翻し、敵の正面を譲る。
 譲り受けたのはグレイシアだ。
 屍隷兵に纏わりつくケルベロスチェインを見て唇を歪めるグレイシア――金の双眸も三日月のように形を変えて。
 一瞬の後に最大威力で締め上げれば、屍隷兵の体は床に叩きつけられる。
 力を失った腕が鍵盤にぶつかると、一音だけ、澄んだ音が響いた。

 ――そして戦いは終わる。
 奏でる者を失った旧校舎には、今度こそ静寂が訪れた。

作者:遠藤にんし 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。