鎌倉ハロウィンパーティー~夢追人のキュルビス

作者:月夜野サクラ

「はぁ……」
 ガラス張りの出窓に頬杖をついて、少女は重苦しい溜息をついた。吐く息に薄らと硝子の曇る十月の終わり、道を覗き込めば色取り取りの衣装に身を包んだ同年代の子供達が、じゃれ合いながら駆けて行く。
「ハロウィン、かあ」
 ぽつりと寂しげに呟いて、少女は長い睫毛を伏せた。どうにもならないことと、分かってはいるのだ――彼女の身体が弱いのも、それゆえ外へ出ることが出来ないのも、別に誰かが悪いわけではない。体のことを思えば表ではしゃぐことは出来ないし、無用の外出を禁じた両親が好きでやっているのではないことも分かっている。けれどそれでも未練は断ち切れず、憂鬱な気分は時が経つに連れ強まるばかりだ。
 皆と同じように仮装をして、甘いお菓子とお茶の並んだテーブルを囲めたらどんなに良いことだろう?
 道行くあの子が提げた籠には、どんなに素敵なものが詰まっているのだろう?
 とりとめもない羨望がひたひたと胸に満ち、重ねた腕に顔を埋める――とすりと、奇妙な違和感が胸を突いたのはその時だった。
「……え?」
 何が起きたのかを確かめる暇もなく、少女は糸が切れたようにその場に膝をつく。いつから其処に存在していたのかは分からない。けれど少女の背後には確かに、もう一人の娘の姿があった。
「ハロウィンパーティーに参加したい……ですか」
 倒れ行く背中から抜け落ちた鍵先をゆっくりと引き上げて、赤い頭巾の娘は微笑う。すると倒れた少女の身体から、一塊の混沌が頭をもたげた。
 それは南瓜頭に箒を持ち、空っぽの籠を携えた魔女の姿――しかしその首から下、服に覆われていない部分は全てが紫色のモザイクに覆われている。
「世界で一番楽しいパーティーに参加して、その心の欠損を埋めるのです」
 優しく背中を押す言葉に、表音し難い歓喜の声が室内を充たしてゆく。そして小さな魔女は閉ざされた窓を開け放ち、外の世界へと飛び出した。
●The Sweetest Nightmare
「急にお呼び立てしてしまって、申し訳ありません」
 集まったケルベロス達を見渡して、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)は嘆息した。また事件かと誰かが問えば、静かに頷いて少女は続ける。それはケルベロスが一人、藤咲・うるる(サニーガール・e00086)の調査に基づく予知であった。
「ご存知の通り、十月末にはハロウィンがあります。このお祭りに乗じて、各地でドリームイーターが暗躍しているようなのです」
 人の夢から生まれ、その夢を喰らう風変わりなデウスエクス――ドリームイーター。日頃から大望を抱く人々の心に付け入っては事件を起こしている彼等だが、今回はどうやら少し毛色が違うらしい。と、いうのもだ。
「ハロウィンパーティーに参加したい、でも出来ない。今度のドリームイーターは、そういった人達の心から生み出されたもののようなんです」
 狙われたのは、都内在住の小学生五年生の女の子。裕福な家庭に産まれながらも病気がちな彼女は、生まれてこの方パーティーというものに参加したことがない。友人のお誕生日会、雛祭りにクリスマス、そして勿論ハロウィンと、同年代の子供達が楽しそうにパーティー会場へ駆けて行くのを、彼女は自室の窓から眺めることしかできなかった。そんな娘を心配してか、彼女の両親は今年、娘には内緒でハロウィンパーティーの準備を進めていたのだが――皮肉にもその報せを受けるより早く、少女はドリームイーターの手に掛かってしまうのだ。
「生み出されたドリームイーターの目的はただ一つ、世界で最も盛大なハロウィン・パーティー……即ちこの鎌倉のハロウィンを満喫すること。ですから本当のパーティーが始まる前に、いかにもパーティーが始まったかのように振舞えば、事前に敵を誘い出すことができるでしょう」
 逆に言うと、敵を誘き出して撃破する事が叶わなければパーティーの開催自体が危うくなる。日本中、否、世界中の人々が楽しみにしているパーティーが滅茶苦茶になってしまうとしたら、それこそドリームイーターの思うツボだ。
「被害者の彼女は夢を奪われ、深い昏睡状態にあります。ですが皆さんがドリームイーターを撃破さえすれば、すぐに意識を取り戻すでしょう」
 そして願わくは目覚めた夢の出所が、本当のハロウィンを楽しむことができるように。
 どうぞよろしくと一礼して、セリカはヘリオンの扉を開く。罪なき夢を守る為、ケルベロス達は一路、鎌倉への道を急ぐのであった。


参加者
ゼレフ・スティガル(雲・e00179)
ミズーリ・エンドウィーク(終末狂奏娘・e00360)
雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)
ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)
タルパ・カルディア(土竜・e01991)
如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)
池・千里子(総州十角流・e08609)
李・琳霞(紅華・e13686)

■リプレイ

●Sweet Pumpkin & Cheese
 十月三十一日、ハロウィン。
 漸う目覚め行く街の中で、鎌倉郊外に位置する公園は一足早い秋の祭を謳歌していた。紅に黄に、色づく木々の枝を飾るのは温かな茶系の秋色リボンとガーランド、切り株やベンチの上に積まれた小ぶりなジャック・オ・ランタンの群れ。暗い眼窩の見詰める先では、巨大な鉄鍋が朝冷えの空気を温めている。
「準備はいいかい? よーし、んじゃ、かんぱーい!」
 意気揚々と声を上げ、タルパ・カルディア(土竜・e01991)は杯を掲げた。次々と倣う仲間達の手の中で色取り取りのジュースが揺れて、芝生にカラフルな影を落とす。
 それはまるで御伽の世界に迷い込んだかのような、陽気で楽しいハロウィン・パーティー。華やかな騎士装に身を包み、ジゼル・フェニーチェ(時計屋・e01081)は早速、玩具のレイピアを振り翳した。
「トリック・オア・トリート!」
「お菓子をくれなきゃ、いたずらするぞー」
 付けヒゲをもごもごさせながら、雨月・シエラ(ファントムペイン・e00749)も追従する。絢爛豪華な羽根飾りをつば付き帽子の上で揺らす、その姿は凛々しき近衛銃士。待ってましたと頬を緩めて、タルパは持参の買い物袋を引っ繰り返した。
「お菓子いっぱい買ってきたから、未成年ズだけと言わずみんなどーぞ!」
 山積みの飴にマシュマロ、チョコレートは、さながら宝石の山のよう。では、と言葉少なににじりよって、池・千里子(総州十角流・e08609)は宝の山から一握りの菓子を掴み取る。仮面に黒ずくめの魔女装束は生来クールな千里子の気質には合っていた。賑やかに振舞うのは得意ではないが、何しろ今日はハロウィーン――こんな口数少なく不気味な魔女が、一人くらい居たって良いだろう。
 各自で持ち寄ったお菓子を筆頭に、南瓜のスープにパンプキンパイ。白いクロスを掛けたテーブルの上には、秋の味覚が目白押しだ。
「あぁ~騎士様がた、今宵は特別な夜でございますのに~」
 朽ち葉のフードと付け髭で森の老人に扮したゼレフ・スティガル(雲・e00179)が、よぼよぼと腰を折って大鍋を覗き込む。うっかり触れてしまったのか、熱っと上げた素の悲鳴はご愛嬌。ハーフサイズの南瓜に似せた石鍋の中では、白っぽいチーズがふつふつと煮えていた。この熱々のチーズフォンデュこそ今日の主役だ。
「ふふ、みんな様になってるわ」
 テーブルに頬杖をついて長い足を組み、李・琳霞(紅華・e13686)は微笑った。蝙蝠翼と尖った尻尾は、今日という日にはお誂え向きのアクセサリー。作り物の南瓜を刺したトライデントを携えた姿は、南瓜の悪魔と言った所だろうか。満足げに杯を傾けていると、鍵を模るギターを提げて、ミズーリ・エンドウィーク(終末狂奏娘・e00360)が駆けて来る。
「トリック・オア・トリートっ!」
 菫色の瞳をきらきらと輝かせ、竜の娘は合わせた両手で器を作り差し出した。あら、と微笑ましげに口元を緩めて、琳霞は紅い唇をなぞる。
「可愛い子からの悪戯も気になるけれど、私は甘やかすスタイルなの」
 大きく開いたチャイナドレスの胸元から取り出した飴を掌に落としてやると、少女の顔が紅潮する。満面の笑みで礼を述べて、ミズーリは言った。
「赤頭巾のドリームイーターも、鎌倉の何処かで見てるのかな?」
 何気ない呟きに、空気が僅かに緊張した。それもそのはず、一見すれば何の変哲も無いハロウィン・パーティーに見える集まりだが、これはあくまで仮初の宴。彼等の真の目的は、この賑わいに引き寄せられてやって来る者を討ち果たすことなのだ――即ち人の夢から生まれた、人ならざる者を。
 事実広い公園には、彼等八人以外には人っ子一人の気配もなかった。ケルベロス達が事前に周辺住民に避難を喚起し、立ち入り禁止のテープで外周を囲むことで公園を街から隔離したからだ。
「大事なハロウィン、ドリームイーターに奪われるわけにはいかんな」
 つ、とグラスを傾けて、如月・シノブ(蒼の稲妻・e02809)が口にした――その時だった。
 風に揺れる木々のざわめき。眠りから覚めた街並から、遠く聞こゆる人々の営み。そのいずれとも違うものが、ひたひたと一行の背に忍び寄る。
「どうやら、お出ましのようだ」
 黒く艶やかなマスケット・ハットのつばを押し下げて、シノブは僅かに口角を上げた。今日の演目は特別篇――因縁の敵たる伯爵と、銃士達との共闘だ。出て来いと鋭く呼びかければ、紅葉の梢を二つに割って、招かれざる客がやって来る。

●魔女の喜遊曲
「来たな、カボチャの魔女!」
 じゃらんとギターの弦を鳴らし、ミズーリは悪戯っ子のように笑った。陽気でどこか不可解なメロディで、迎えたのは子供の身体に如何にも重たげな南瓜頭を乗せた魔女。それは軽やかなステップを踏みながら、表音し難い声でケルベロス達に笑い掛ける――まるで一緒に遊ぼうと、誘い掛けるかのように。
「あんたがそのままだと、女の子が凄く困るんだ。悪いけど、退治されて貰うぞっ!」
 声高に宣言してやるも状況が飲み込めないのか、魔女は南瓜頭をごてんと傾げた。罪無き夢から生まれたそれは、ある意味とても無垢に見えなくもない。しかし忘れてならないのは、彼女が存在している限り、決して目覚めることのない命が在るということだ。
「うん、正直ちょっと恥ずかしかった」
 ぺりぺりと付け髭を外して、シエラは僅かに頬を染める。そして表情を凛と引き締めると、具合を確かめるようにエアシューズの爪先を鳴らした――遊戯の時間は、これまでだ。木の葉のマントを勢いよく脱ぎ捨てて、ゼレフは挑戦的な笑みを向ける。
「実は僕らも待ってたんすよね」
 ゆったりとした所作から一転、ダンと力強い踏み込みで、男は跳躍した。厚い諸刃の剣を大きく振り被ると、南瓜頭を目掛けて渾身の力で振り下ろす。しかし魔女は慌てふためきつつも刃をかわし、やじろべえのように揺れながらケタケタと笑って見せた。
「なるほど?」
 子供のような見かけで判断するのは、尚早と言うわけだ――思ったよりも手応えのありそうな相手だと、ゼレフは銀の瞳に喜色を滲ませる。
 空っぽの籠から撃ち出される『鍵』を長い尾の一振りで打ち落として、タルパはその背に翼を広げた。
「竜の里にはこういう華やかなお祭りは無かったから、ちょっと憧れてたんだよね」
 優しげに細めた瞳に想うのは、顔も名前も知らぬ少女の今。それなりの紆余曲折を経て生きてきた、自分でさえもそうなのだ――皆と共にハロウィンを楽しみたい、その想いは、小さな女の子なら尚更に強いはず。
「その夢、返してもらうからな」
 ソル、と短く名を呼ぶと、騎士装にめかしこんだ火竜がクアッと鳴いた。燃え上がる焔のオーラを身に纏えば、夕焼け色の瞳が殊更に紅く燃え盛る。
 準備は万端、整った――敵の射線を遮るように最前線へ割り入って、シノブは右手を胸の前に突き出した。
「こいつらもお菓子が欲しいとさ」
 掌に集めたグラビティ・チェインが、禍しき蛇へと姿を変えて行く。牙を剥き躍り掛かった蛇は紫のモザイクを食い破り、そのまま宙へと溶けて行った。
 配下こそ連れてはいなかったが、その分敵はすばしっこく、また頑丈だった。千里子の指弾が頭の中心を捉えても、ジゼルの鎧装が砲門を揃え斉射しても、南瓜頭はのらりくらりと砕けない。それどころか返す手で、トリッキーな攻撃を仕掛けてくるのだ。
 胸に纏わりついた紫紺のモザイクを払い落として、琳霞は冷えた声音で告げた。
「これから起こる幸せな時間を、あなたのような無粋な輩に邪魔させたくないの。悪夢はさっさとご退場願うわ」
 望むならば、与えよう――最高のアンハッピー・ハロウィンを。
 秋風に揺れる木々の間で、ケルベロス達の攻防は続いて行く。

●甘き夢の終わり
「レッツパーティ、ってね」
 瞳の奥でにたりと笑って、ゼレフは長剣の柄に手を掛けた。その表情はもはや、老爺に扮した男のそれではない。戦場にこそ命の輝きを見出す、生粋の戦士の顔だ。
 抜き放つと同時に仕掛ける斬撃を魔女は紙一重の差でかわしたが、続く剣風までは避け切れない。衝撃に近い風圧を真正面から受けて、小柄な身体が宙を舞った。その軌跡を見定めて、シノブはガトリングガンの銃口を定める。
「お前の好きにはさせねえよ」
 解き放たれた弾丸の雨が、魔女のモザイクを削って行く。冷たく告げる声音の裏で、青年は僅かに眉をひそめた。彼もまた、親の仕事が多忙であるがゆえに、同年代の友人達が遊びに出掛けるのを見送る側の子供だったのだ――籠の鳥になった少女の気持ちは、分からないわけではない。しかし、だからこそ。
「あの少女に相応しいものは、空っぽの籠ではない。……本物の夢だ 」
 悪しき夢は、還れ。
 落ちて来る身体を正面に捉えて、千里子は力強く地を蹴った。瞬天の踏み込みに乗せるスピードは、少女の拳を鉄に変える。叩きつけた拳は南瓜の側頭を砕き、溢れたモザイクがぼたりと芝に落ちた。機運はこちらに向いている――後は、畳み掛けるのみだ。
「もう一息だよ!」
 頑張ろうと呼び掛けて、ミズーリはギターの弦を掻き鳴らす。奏でるのは、緋色の音階。生きることの罪を咎めぬ旋律は、前線に立つ仲間達の腕に力を取り戻させて行く。重ねたジゼルのヴェールを背に受けて、タルパは剣を握る手に力を込めた。
「夢から覚めたら、ほんとのパーティが待ってる」
 だからもう、暴れる必要はどこにもない。眠る少女にも、その夢にも、行き着く先があるのだから。
 渾身の力で薙いだ刃が、モザイクの胸を切り裂いた。しかし歪に形を崩しながらも、魔女はヨタヨタと向かってくる。ほんの僅かに憐れむような眼差しを向けて、シエラは言った。
「キミに言って届くものではないのかもだけど――夢から醒めたなら、きっと良いことあるはずだよ」
 だから安心して、お帰り。
 優しい微笑みから一転、瞳には静かな闘志と覚悟が宿る。黒く燻る右腕を添え、迷いなく振り切った刃は再び魔女の身体を舞い上げた。
 既に受け身を取るだけの余力もなく、僅かにもがいて堕ちてゆく影。大きく息を吸い込んで、琳霞は静かに両腕を広げる。そして立ち昇る御業は一分の狂いもなく、魔女の身体を焔の弾で撃ち抜いた。
「君にも楽しんでもらえたかな?」
 慣れた仕種で武器を収めて、ゼレフは微笑う。南瓜の魔女は既に、モザイクの欠片も残さず消えていた。きゅう、と鳴った奇妙な音に目を向けると、ジゼルがふいと視線を逸らせる。
「……お腹が空いた」
 染めた頬に誰からとなく笑み零して、ケルベロス達は武器を置いた。
 この国のどこかで眠る少女の元に、とびきり幸せな目覚めが訪れますように――ささやかな祈りを受け止めて、空は澄みやかに晴れ渡っている。

●The Happiest Halloween For You!
 淡い光のヴェールに包まれて、木々達の傷が癒えて行く。千切れた装飾も壊れたテーブルも、ケルベロス達に掛かれば現状復帰はお手の物だ。終わった終わったと肩を鳴らして、シノブは木箱の椅子に腰を下ろした。
「さーて、何から行くとすっかな」
 此処から先は正真正銘、混じり気のないハロウィン・パーティーだ。手近なパンプキンパイを一切れ取って齧ってみると、疲れた体に南瓜の優しい甘さが染み渡る。
「ふふ、ハロウィンなんて私も初めてだ」
 はにかむように笑って隣の席に位置を取り、シエラはうきうきと足を遊ばせる。まだ本番は始まってもいないというのに、今さえこんなに楽しいのだ――今日はきっと、素敵な一日になるに違いない。抑え切れずに笑みを零せば、髪を飾った白い花びらが小刻みに揺れる。
「今度はチーズフォンデュ、ゆっくり味わわせて貰おうかな 」
「待ってね、ちょっと冷めちゃったみたい」
 固まりかけたチーズをかき回しながら、琳霞は一口サイズの野菜やパンを手際よく金串に刺して行く。そして再び溶け出したチーズにさっと串をくぐらせると、悪戯っぽい微笑みと共に騎士装の仲間達へと差し出した。
「昨日の敵は今日の友、というでしょ?」
 正義の騎士と悪魔の君を、隔てる壁も今日はなし。いかが、と艶やかに片目を瞑ると、とろけたチーズの香りにジゼルの頬が殊更に弛んだ。
「チーズフォンデュって、おいしい……」
 必要なのは素材とチーズだけ、そういうシンプルな味わいだからこそ、どんな色にも染まるのだろう。普段は無愛想に結んだ唇も、鼻先をくすぐる湯気には耐えられない。落ちそうな頬に手を添えて、娘はその香りを胸に刻み込む。
(「一杯楽しんで、一杯覚えておく」)
 並ぶお菓子の色も甘さも、チーズフォンデュの温かさも、そしてこの笑顔と歓声も。それが叶わぬ人の分まで持って行きたいと、そんな風に思うのだ。
 それにしても、と千里子持参のフライドチキンを齧りつつ、ミズーリが言った。
「ドリームイーター達の心の欠損も、こういう祭で埋まったらいいのにな」
「……心の欠損か」
 無意識に呟いて、千里子は辺りを見渡した。普段の彼女ならきっと、はしゃぎ合う仲間達を遠巻きに見詰めていたことだろう。けれど彼女は今現に、その輪の内側に入っている。
「不思議なものだな」
 命のやり取りの中でしか、生きる意味を見出せないと思っていた。そんな自分がこんな風に、滑稽に振る舞えるだなんて。
 それは祭の熱ゆえか、それとも魔女の仮面の為せる技か。だがいずれにしても、悪くはない――見えない仮面の裏側で、千里子は満足げに睫毛を伏せる。すると次の瞬間、傍らであっと裏返った声が上がった。
「俺配ってばっかでお菓子貰うの忘れてた!」
 俺にもちょうだいと、タルパは至って真剣に両手を差し出す。再び木の葉のマントを身に纏い、喜んでとゼレフは応じた。陽光に透けた紅葉が風に揺られてさざめけば、銀糸の髪は仄かな紅を帯びる。
「夜になったら、花火でも上がるといいんすけどね」
 紫や橙のハロウィン・カラーで染めた夜空は、家の中からでもきっと見られるだろうから。
 ね、と誰かに囁きかけるように、男は笑って右目の琥珀に触れる。今日は一日、暖かい日になりそうだと、何とはなしにそう思った。
 世界で一番の夢と魔法が集う場所――鎌倉のハロウィン・パーティーは悪夢の終りを経て、輝かしいその幕を開けようとしていた。

作者:月夜野サクラ 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2015年10月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 7/キャラが大事にされていた 0
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