怒りと悲しみの二重奏

作者:澤見夜行

●奪うモノ
 天気が崩れだしそうな昼過ぎの事。
 その日、多々良真由は休日を満喫していた。
 大好きな球体関節人形の植毛された髪を梳かす。真由は恋人に接するような態度で人形に語りかける。
 それが真由にとっての、いつもの休日だった。
 だが、そんな平和な休日は突然終わる。
「大好きなのね、その人形……」
「ソレを壊したら、ドンナ感情をミセル!?」
 現れた二人は『パッチワーク』の魔女だ。
 名は第八の魔女・ディオメデスと、第九の魔女・ヒッポリュテ。
 魔女は真由から人形を奪いとると、躊躇なくバラバラに、コナゴナに、破壊した。
「あああああっ――!!」
 真由から悲愴な声があがる。
 塵芥となった人形へと駆け寄ると、溢れ出る涙を落とした。
 嗚咽を漏らし続ける真由を、愉快そうに笑う魔女。
 その愉悦はやがて真由の中の一線を越えた。
「な、なんて……ことを……なんてことをするのよぉ!!」
 相手が誰であろうが関係ないと言わんばかりに怒声をあげる真由。
 その様は、愛する者を殺された憎しみに染め上げられていた。
 だが、魔女達の愉悦は止まらない。その時を待っていたかのように、腕を振り抜いた。
「あっ……」
 魔女達が手にした二本の鍵が真由の心臓を穿つ。
 事切れたように意識を失う真由。魔女達は真由を見下ろしながら満足そうに頷いた。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 魔女がそう言うと、真由の傍に二体の人形が現れる。
 いや人形ではない。
 黒赤のジャンパースカートと淡い青のワンピースドレスを着た、金髪碧眼のソレは胸元がモザイクに覆われている――ドリームイーターだ。
 生み出されたドリームイーターを満足そうに見ると、魔女達は消える。
 残されたドリームイーターは独りでに動き出し、部屋の窓から躍り出る。
 自身の『悲しみ』と『怒り』を晴らすために――。


「お疲れ様です。皆さんにお集まり頂いたのは他でもありません、パッチワークの魔女がまた動き出したようなのです」
 ヘリオン内部のミッションルームに集まったケルベロス達を確認すると、セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)が口を開いた。
「今回動いたのは、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテの二体です。この二体の魔女は、人形をとても大切にしていた多々良真由さんを襲い、その大切な人形を破壊し、それによって生じた『怒り』と『悲しみ』の心を奪って、ドリームイーターを生み出すようなのです」
 モニターに多々良真由の姿と、球体関節人形が映し出される。
「生み出された人形ドリームイーターは、二体連携して行動し、周囲の人間を襲ってグラビティ・チェインを得ようとするようです。悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語り、その悲しみを理解できなければ、『怒り』でもって殺害する、ということのようです」
 遭遇した一般人が、たとえ悲しみを理解したと言っても、「理解できるはずがない」と決めつけ殺害してしまうため、このドリームイーターに遭遇した一般人は逃げる術がない、とセリカは付け加える。
「二体の人形ドリームイーターが周囲の人間を襲って被害を出す前に、このドリームイーター達を撃破してください」
 ケルベロス達が頷くと、セリカは続けて敵戦力の情報を伝える。
「敵の人形ドリームイーターは二体で、それ以外の配下などは存在しません。魔女達も姿を消しているので、今回相手にすることはないでしょう」
 モニターに表示される二体のドリームイーター。リボンが多く赤と黒を基調としたジャンパースカートと、フリルの多い淡い青のワンピースドレスを身に纏っている。
「このドリームイーター、言葉を喋れるようですが自分の悲しみを語る事と、怒りを表現する事以外はできないようです。オウムや九官鳥みたいなもの、と考えてください」
 セリカの説明から、会話は成立しないだろうということがわかる。
「戦闘では、赤服――怒りのドリームイーターが前衛で、青服――悲しみのドリームイーターが後衛で連携して戦闘を行うようです。赤が攻撃役で、青が回復役といった所でしょうか」
 赤服のドリームイーターは手にした櫛を鎌のように扱い、ドレインスラッシュに似た技を使ってくるらしい。またリボンを伸ばし締め上げてくる攻撃もあるようだ。
 青服のドリームイーターは武器こそ持たないが、スターサンクチュアリに似た技を使い回復を行ってくるだろう。また悲しみを乗せた叫声は、毒に似た効果を及ぼす。放置していると、手痛いダメージを貰うことになるのは明白だろう。
「戦闘地域は、多々良真由さんの住むアパートそばとなります。住宅街ではありますが、避難の手筈はこちらで整えておきますので、皆さんは戦闘に集中してもらって大丈夫です」
 資料を閉じると、セリカはケルベロス達へその思いを伝える。
「大切な物を目の前で破壊されたら……悲しいですし、怒りを覚えても当然だと思います。
 その怒りと悲しみからドリームイーターを生み出すなんて許せません。
 被害が広がる前に、どうか皆さんの手でこのドリームイーターを撃破してください」
 一礼するセリカは祈りを籠めてケルベロス達に願うのだった。


参加者
アリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)
ロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)
相馬・竜人(掟守・e01889)
黒木・市邨(蔓に歯車・e13181)
クローディア・ワイトマリア(ムネノコドウ・e19278)
アンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)
葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)
櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)

■リプレイ

●その問いかけは
 曇天の下、ケルベロス達は予知された現場、被害者多々良真由のアパート前へと到着する。
「夏も終わったのに随分ホラーめいた事件だなぁ、オイ」
「……怒りに悲しみか。悪趣味っつーか……捻りがねえな、おい」
 今にも雨が降り出しそうな空を睨み付けながら、相馬・竜人(掟守・e01889)とアンナ・シドー(ストレイドッグス・e20379)が声を揃えて言った。
 現場付近は昼過ぎであるというのに暗い。パッチワークの魔女に襲われ、大切な物を壊された被害者の心情も、同じように暗く、重々しいのではないかとロナ・レグニス(微睡む宝石姫・e00513)は感じると同時に思う。
(「たいせつにしてたもの……こわされちゃ、やっぱり、つらいよね……。なんとか、できるといいんだけど……」)
 ロナの横ではクローディア・ワイトマリア(ムネノコドウ・e19278)が同様に今回の事件に憤りを覚えていた。
(「人の大切なものを踏みにじる精神とか、ちょっと良く理解できないわねぇ……、そう言う子はしっかりお仕置きしないといけないわね」)
 二人の想いはアリス・ティアラハート(ケルベロスの国のアリス・e00426)にも通じる。アリスもまた(「その方の大切なものを無惨に壊して……その怒りと悲しいお気持ちを利用しようとするなんて……」)と、強い怒りを覚えていた。
 ケルベロス達がアパートへと近づくと、不意に電柱の陰から躍り出る影があった。
「嗚呼、なぜ、どうして……」
「許せない、絶対に、許せない」
 薄青のワンピースドレスを揺らしながら、さめざめと悲哀の声をあげるのは、大人の膝下くらいの大きさの人形だ。手を繋いでいる赤黒のジャンパースカートを着るもう一体の人形は、変わらない表情のまま憤怒の声をあげていた。
「見つけました、お人形ドリームイーターさんです」
「キヒヒ、仲良くお手々繋いで、可愛いねぇ。でもぉ、これ以上被害を出させるわけにはいかないよぉ……」
 アリスが指をさし、敵であるドリームイーターを確認すると、葛之葉・咲耶(野に咲く藤の花のように・e32485)が口端を歪め奇妙に笑う。
「嗚呼、アナタにわかる? 長年共に過ごしたモノを奪われる悲しみが。ワタシの注ぎ込んだ愛がバラバラにされてしまった、その気持ちが。ネェ……アナタにわかる?」
 泣きはらしたような声で、ケルベロス達に問いかける青服の人形。返答を待つこと無く悲しみの言葉を重ね、積み上げていく。
 その哀哭に耳を傾けながら、黒木・市邨(蔓に歯車・e13181)は思う。大切にものへの想いを踏みにじり悲憤を抱かせる。なんと悪趣味なことか。
(「大切な人形が血に染まる前に、倒してやるのがしてやれる唯一」)
「さあ、往こうか。――蔓、出番だよ」
 呼びかけとともに市邨の左腕に絡みつく白い勿忘草を咲かせた攻性植物。
 それを合図にケルベロス達が各々武器を構える。
(「モノはいずれ朽ちゆくが、無理に壊すのはいただけない。かの魔女たちはいずれ追い詰める。これ以上、面倒を起こされる前に排除するのみ」)
 櫻田・悠雅(報復するは我にあり・e36625)が胸中で覚悟を決めると、一歩前へと出て、いまだ悲しみを語り続ける人形へとその一言を告げた。
「くだらん。壊れたのであれば次の物を用意すればよいだけだろ?」
 悲しみへの理解を示さないその一言は、人形の語りをピタリと止めた。そしてカクカクと首を動かし、ゆっくりと繋いだ手を離していく。そして――。
「許さない、許さない――許さない許さない許さない許さないぃぃぃぃぃ!!」
 赤黒の人形の髪の毛が逆立ち絶叫をあげる。そして、その背に隠した櫛を取り出すと、瞬間、爆発的に殺気が広がった。
 怒りと悲しみを奏でながら、くるくると回る青と赤の人形。
 ポツリ、ポツリと降り出す雨の中、二体の人形――ドリームイーターとの戦いが始まった。

●想いは流され消え果てて
 事前に組み上げた作戦は、無事に機能しているといってよかった。
 悲しみの言葉に同意をしなかった悠雅は、怒りの人形の攻撃目標となり、その容赦のない攻撃を一身に受ける。
 赤と黒のリボンが乱れ伸び、手足を縛り動きを封じてくる。そこに櫛を刃へと変えた人形が襲いかかる。その一撃は致命打とは言いがたいが、確実に身体を切り刻んだ。
「ほら、食え」
 役割上一番ダメージを受ける悠雅だが、そんな傷だらけの悠雅に、アンナが無愛想に金平糖を手渡した。
 手にした金平糖を口に放り込む悠雅。『気』が身体を駆け巡り傷が癒やされていく。
「感謝する」
 悠雅の返答もぶっきらぼうに聞き流し、戦列へ復帰するアンナ。
 攻撃対象である人形は、小さく攻撃が命中しづらい。ケルベロス達は命中率の高いグラビティを選択していくものの、素早く踊るように動く人形に手を焼いていた。
 一人を除いては。
「覚悟しな、俺は外さないよ」
 市邨は目を細め、感情を欠け落としたかのように、機械的に攻撃を命中させていった。
 放たれた竜砲弾が的確に、回復役に徹する青い人形の足を止めていく。
「わかる、よ……わたしだって、たいせつなもの……たくさんなくした。……つらいよ、くるしいよ……わからないわけ、ない……」
「昔バイクのタイヤに穴開けられたことがあってよ。ありゃ確かに腹立ったわ……けどなぁ!」
 悲しみの人形の語りに同意をしながら、ロナと竜人が攻撃を重ねる。
 魔法の木の葉を纏い放たれるロナの影の弾丸が、球体関節を掠め、素体を浸食し犯す。続けて竜人が投射したウイルスカプセルが、人形の頭部に当たると同時に砕けそのヒール能力を弱体させていった。
「イヤァァァァァァ――ッ!!」
 青い人形の悲愴な叫声が、仲間達の後ろから攻撃を重ねる市邨とクローディアを襲う。
「大丈夫ですか……!? 今、お怪我を『殴り飛ばし』ます……!」
 アリスが神衣を纏い、市邨とクローディアを『殴り飛ばす』ことで、人形によってもたらされた傷が癒やされていった。
 人形達の攻撃は一層激しさを増していく。
 悠雅にダメージが蓄積されたのを見計らって、アンナが割り込み攻撃を肩代わりする。その隙に悠雅の傷を治療していった。
「チッ……!」
 腕を斬り裂かれ、アンナが舌打ちする。小さい上に動きが素早く、カウンターもうまくきまらない。厄介なことこの上なかった。
 手にした天印を使い、士気を高める爆風を広げるアンナ。
「狙い穿つ、氷の一撃」
 爆風に乗り、悠雅が加速し左手からフロストレーザーを放つ。
 青い人形を狙った一撃は、赤い人形がその行く手を阻み狙いが逸らされる。一糸乱れぬそのコンビネーションに舌を巻く。
「このぉ……!」
 クローディアが半透明の「御業」を生み出し、ひらひらと舞う青い人形を掴み捕縛する。そのチャンスを逃さず咲耶が竜砲弾を浴びせ足止めを重ねていく。
「私も、お人形さんは好きです……持ち主さんが愛情を注いだお人形さんを壊すなんて……!」
 怒りと悲しみの眼差しを向けるアリスが呟く。アリスは次々と傷つく味方を治癒し、耐性付与を忘れない。戦線を支えるのは一人回復役として活躍するアリスのおかげだ。
 一進一退の攻防が続く。
 その低身長と素早さを活かし、ケルベロス達を翻弄する人形達に対し、一撃を的確に積み重ねていくケルベロス達。
 だが、拮抗していた戦況は、次第に傾きを帯びてきた。
 くるくると踊り舞う人形達。しかし、ケルベロス達の行動阻害が重なりはじめ、その動きにキレが無くなってくる。
 特に攻撃を集中された青い人形は、足を止める頻度が高くなっていた。当然ながらケルベロス達はその生まれた隙を逃すことはない。
 赤い人形が青い人形を庇うように動くが、多勢に無勢な上にバッドステータスを重ねられては庇える物も庇えないだろう。
 シトシトと涙を落とし、グラビティによる回復を図る青い人形。しかしその回復は焼け石に水だ。回復された所を、ケルベロス達全員が的確に足止めを行い、ダメージを蓄積させていった。
「愛着を持っていた物を壊されるなんて、胸が張り裂けそうな気持ちになるよねぇ。ほんとう、酷いことをするんだからぁ……!」
 涙ぐみながら咲耶が、氷結の槍騎兵を呼び出す。的確とは言いがたい指示を受けながらも槍騎兵がその氷付けの槍で青い人形を串刺しにする。
「あらぁ? そろそろおねんねの時間かしら? ゆっくりお休みなさい」
 手にしたガトリングを連射し、追撃に追撃を重ねるクローディア。そして、トドメと言わんばかりに気咬弾を放つ。
「ナンデ、どうして、ナ……ンデ――」
 哀嘆を繰り返す悲しみの人形は、逃げることも叶わずオーラの弾丸に食らいつかれ、四肢を散華させると、その動きを止めた。
「なんて、なんてことおぉォォォォ!!」
 赤い人形を憤激する。
 服のリボンを出鱈目に放ちながら、手当たり次第にケルベロス達目がけてその櫛の鎌を振り回す。
 その顔は無表情ながら、般若の面のように怒気を帯びたもので、ケルベロス達に畏怖の念を持たせるものだった。
「煉獄の鎖、かの者を切り刻め」
 悠雅の繰り出す深緑色の鎖が、赤い人形を締め上げる。そして瞬時に引き抜かれた鎖が、その素体を深く傷つけていく。だが、人形は止まらない。
 髪を振り乱し、傷だらけのスカートを舞わせながら人形が踊り狂う。次々と繰り出される攻撃に、然しものケルベロスも回復が後手に回る。
 一方で人形は、返り血を浴びるたびにその動きにキレを取り戻し、さらに狂乱するのだった。
 乱舞する人形が、足を止めた咲耶を狙う。必中と思われたその攻撃は、しかし割って入ったアンナとサーヴァントのビハインドによって止められる。
「ありがとうぉ」
「っ……行け」
 アンナに庇われ体勢を取り戻した咲耶が、御札に封じられた呪を解き放つ。咲耶のグラビティ『失楽無明呪(シツラクムメイジュ)』だ。強烈な光が放たれ、人形の目が焼かれる。
 視覚を失い右往左往する赤い人形。いまだ怨嗟の声は止まることを知らず、ケルベロス達の耳を通し訴えかけてくる。
「そうだね、大切な物が壊れたら哀しいね、痛いね――だから、もうお終い」
 市邨が、櫛を振り回し駆ける人形を視界に捕らえた。
「――さようなら、在るべき場所へお還り」
 瞬間、足許から伸びた蔓が、人形の身体を締め上げ逃がさない。
 捕らえた蔓から伸びる棘が、葉刃が人形を切り刻む。一層強まる怒声があたりを支配する。
「もう一度、ぶっ壊してやるよ。テメエらは俺の仕業だと指さしながら壊されて行け! 分かったらさっさと死んどけや、なぁッッ!!」
 動きの止まった人形に、竜人が肉薄し、黒竜の両腕で左右から叩く。竜人の渾身の一撃に、ひしゃげた球体関節の素体がギリギリと悲鳴をあげた。
「払い清めよ、射干玉の闇に幾億の煌きを。貫け。打ち鳴らせ。鳴弦『桃果仙』」
 ロナの指にはめられた指輪を媒介に、その一撃は放たれた。『神』をも射抜く一矢。その一撃は人形を逃すことはなかった。
「許さない……ゆる……サナ……イ」
 切り刻まれ、押し曲げられ、射抜かれて。たたみ込まれたグラビティの応酬を持って、ついに人形はその動きを止めた。
 ケルベロス達の耳に雨音が戻ってくる。多少の苦戦をしたものの、人形ドリームイーターを撃破することに成功したのだ。
 二体の人形が並ぶように雨水に濡れていく。その瞳から静かに水玉が流れ落ちるのだった。

●もう一度
 戦いが終わり、周囲の後片付けを終えたケルベロス達は、多々良真由の部屋へと足を運んだ。
 しばらくの後、目を覚ました真由は、目の前に広がるバラバラになった人形――シンシアを見て、また涙を零す。
「お人形さんのこと、残念だったねぇ……元通りに直せるならアタイ、なんでも手伝うから! だから元気だして、ねぇ?」
 咲耶が声をかけ、クローディアが「違う風になってしまうかもしれないけれど……」と修復できることを伝えると、真由は藁にも縋る思いで修復を願うのだった。
「貴女の大切なシンシアちゃん……元通りにはいかないかもしれませんけど、綺麗なお姿に直しますから……」
「だいじに、してるって……つたわって、きたよ」
 咲耶とアリス、ロナにクローディアが、砕かれた破片を集め、ヒールを行う。見る間に人形の形を取り戻していく。
 しかし、修復されたシンシアは、幻想的なまでに鮮やかなグラデーションをかかった髪色をもち、背からは白い翼が生えていた。
「……だいじょぶ、かな……おかお、かわってない……?」
 ロナが訊ねる。しかし、フルフルと顔を横に振る真由。確かに顔はシンシアだが、復元されたそれはもうシンシアとは呼べるものではなかった。肩を落とすケルベロス達。けれど――。
「……ありがとうございます。私、もう一度シンシアを一から取り戻してみせます! 皆さんに治してもらったこの子と一緒に、もう一度……!」
 人形を抱きしめ、真由は溜めた涙を振り払うように、強く頷き誓うのだった。
 いつの日か二体の人形が手を取り合える日を夢見て。
 部屋に笑顔が戻るのと同時、晴れ間を覗かせ始めた空から光がこぼれる。
 女性陣は真由と共に人形談義に花を咲かせている。入り口からその様子を見ていた竜人はやれやれ、と肩をすくめた。
「大事にされすぎんのも考えもんだな。壊されなくても夜勝手に動き出しそうな気がするぜ」
「まぁそういうな。万事解決、事もなし」
 悠雅が竜人の肩をたたく。二人揃って部屋から離れていく。その後を一人人形談義に混ざっていなかったアンナが追いかけていった。
(「シンシア、君を大切にしてくれた主を穹から見護ってあげて」)
 晴れ間覗く空を仰ぎ見ながら、市邨は静かに思うのだった。
 怒りと悲しみは洗い流されて、慈愛の夢が描かれる。
 人形の碧眼が、いつか来るその日を待ち望んでいた。

作者:澤見夜行 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 1/素敵だった 1/キャラが大事にされていた 2
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