アルカナは死を囁く

作者:柚烏

 ――それは、西の空が茜色に染まりゆく放課後のこと。
 長い影が落ちた教室には、少女たちの囁きが密やかにさざめいていた。恐らくは、とりとめもない噂話に花を咲かせているのだろうが――其処へそろりと、冷ややかな声が忍び寄る。
「……ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
 不意に現れた声の主――黒いフードを被った少女のただならぬ雰囲気に、女生徒たちは咄嗟に頷いてしまい、それを確認した彼女は妖しい笑みを浮かべて話を始めた。
「この学校にある、使われなくなった廃教会……。其処には、呪われたタロットカードが眠っているの……」
 いわくありげなタロット――それが自分の未来を占ってくれるとの噂を聞いた女生徒は、逢魔が時にそっと廃教会へ忍び込んだのだと言う。
「そうして祭壇に並べられたカードを捲った、彼女の目に飛び込んできたのは……『死神』の絵。哀れ女生徒は、その場で命を落としてしまったそうよ」
 そうして死に魅入られた彼女は、自分の仲間がやって来るのを、今も廃教会で待ち続けている――夕闇に溶けていくような声で囁かれる怪談に、少女たちは思わずぶるりと震えて悲鳴をあげた。
「ね、ねえ! それって本当の話……?」
 その中のひとりがフードの少女に尋ねようとしたが、既に彼女の姿は無く。奇妙な沈黙に支配された教室に立ち尽くす女生徒たちは、恐る恐ると言った様子で顔を突き合わせる。
「ああ、何だか妙な迫力があったねえ……」
「でもさ……確かに廃教会って、そんな話があってもおかしくないよね」
 ――どうする、ちょっと確かめてみよっか。そんなことを囁きながら帰り支度を始める少女たちの影が、放課後の校舎を不吉に彩っていった。

 ドラグナー『ホラーメイカー』が、屍隷兵を利用して事件を起こそうとしている――新たに活動が確認されたデウスエクスの存在に、エリオット・ワーズワース(白翠のヘリオライダー・en0051)は、ちょっぴり緊張した様子で予知を語り出した。
「ホラーメイカーは、先ず作成した屍隷兵を学校に潜伏させた後……怪談に興味のある中高生に、その屍隷兵を元にした学校の怪談を話して聞かせるんだ」
 ――そうして怪談に興味をもった中高生が、屍隷兵の居場所に自分からやってくるように仕向けているらしい。既に行方不明になった者も出ているとのことで、早急に解決する必要があるとエリオットは言う。
「今回の事件が起きるのは、ミッション系の女学校だね。その校内にある廃教会に、屍隷兵は居る」
 そんなホラーメイカーが広めた怪談はと言えば――エリオットの言葉に耳を傾けるハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)は、翠緑の瞳を切なげに伏せてぽつりと呟いた。
「……タロットカードに、纏わる怪談、ね」
「うん。中等部の女の子が狙われたんだけど、占いとかにも興味があると踏んだんだろうね」
 ――廃教会には、呪われたタロットカードが眠っている。けれど、未来を占おうと教会に忍び込んだ女生徒は『死神』のカードをひいて命を落としてしまった。
「そうして……呪いにより今も女生徒は、生ける死者となって犠牲者を待ち続けている、と」
 この怪談を確かめようと廃教会に向かえば、其処で屍隷兵に襲われるらしい。故に女生徒たちが事件現場に現れないように対策しつつ、怪談話に扮した屍隷兵の撃破をお願いしたい――エリオットはそう言ってゆっくりと一礼した。
「廃教会に居る屍隷兵は一体で、虚ろな表情をした屍の少女の姿をしているよ。不完全な神造デウスエクスではあるけれど、膂力に任せて強引に襲い掛かってくるから注意してね」
 時刻は薄暗くなった放課後なので、周囲にひと気は殆ど無い。怪談話に誘われた女生徒たちを現場に向かわせないようにすれば、後は戦いに専念出来るだろう。
「……『死神』のカードは、不吉な印象がある、けど。呪いをもたらすような、そんなものじゃない、わ」
 創られた怪談を思い返しながら、ハンナは静かにカードを手繰り寄せた。死神が暗示するのは、何かの終わりと新たな始まり――つまり変化だ。
(「わたし、も……過去を背にして、新しい自分に、なれるの……かしら」)
 ――それでも先ずは、この事件を終わらせなければ。悪しきものを絶ち新たな未来へ向かう為に、薔薇の乙女はその白き翼を広げる。
「行って、くるわね……ワーズワース卿」


参加者
ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)
アイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)
アマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)
ゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)
月原・煌介(泡沫夜話・e09504)
鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)
保村・綾(真宵仔・e26916)
ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)

■リプレイ

●黄昏怪談
 夕闇の世界に忍び寄る、不吉な影法師のように――ホラーメイカーの囁く怪談は生徒たちを惑わし、自ら災いの中へと飛び込んでいくように仕向けていく。
 ――それは、屍隷兵を用いた学校の怪談。今回その舞台となったのはミッション系の女学校であり、怪談の題材として選ばれたものはと言えば――。
「……タロットカード、か。こう言う占いとかって、女の子は結構好きだよね」
 私もちょっと興味あるかも、と呟くのはアイリ・ラピスティア(宵桜の刀剣士・e00717)。海を思わせる深い青の瞳を、好奇心で煌めかせる彼女であったが――その快活な表情には、微かな翳が滲んでいた。
「でも……そういう女の子の興味を利用して、殺そうとするのはちょっと気に入らないかな」
 アイリが零した吐息は、屍隷兵の元となった存在をも悼んでのものだったのかも知れない。そんな彼女へ、ハンナ・リヒテンベルク(聖寵のカタリナ・e00447)はそっと、祈りのうたを口ずさむようにして声をかけた。
「タロットは、未来へ背を押す為の、もの。……哀しみ、被害が出ないよう、努めなくちゃ」
「タロットカードは、不思議な占いのカード? 占いで見るのは未来の事……?」
 一方の保村・綾(真宵仔・e26916)は、タロットについて詳しくは知らないようだったが、未来を占えるとの言葉に猫の耳をぴくりと動かす。
(「未来が見えれば、綾はどんな風に歩くじゃろうか」)
 ふむぅ、とウイングキャットのかかさま――文と向き合って首を傾げる綾を、ラグナシセロ・リズ(レストインピース・e28503)が微笑ましく見守っていて。やはり女性は好きな方が多いのでしょうかと思案しつつも、彼もまたそれに魅力を感じているようだった。
「僕もよく知らないのですが、タロットって占いに使ったりするものですよね? 絵柄も綺麗ですし興味はあります!」
「……そう、なんだ。俺も、好きだよ。どのアルカナも欠けるは能わず、世界の大切な一部を成しているから……」
 と、其処でラグナシセロの声に、微睡むような囁きで応えたのは月原・煌介(泡沫夜話・e09504)だ。何処か超然とした雰囲気を湛え、夜を照らすように輝く瞳を持つふたりだが――ラグナシセロがひとびとを導く綺羅星ならば、煌介はそっと誰かの背に寄り添う月と言った所だろうか。
「わぁ、カード其々に深い意味があるんですねっ」
 是非、皆様に色々教えて頂きたいと微笑むラグナシセロに、煌介とハンナは後で簡単に占い方を教えるのも良いかも知れないと顔を見合わせている。
(「……俺は、この手の知識は全然だが」)
 そんな和やかな仲間たちの様子を見つめるゼノア・クロイツェル(死噛ミノ尻尾・e04597)は、楽しそうなハンナの姿を捉えて、鋭い眼光を微かに和らげた。
 彼女がタロットに興味を抱いていることは知っていたから、心置きなく取り組めるよう力になろう――密かにそう思っていたゼノアだったが、不意に響いてきた声に軽く脱力する。
「女学校、何と良い響きか! 俺もおねーさまと百合の誓いを交わして『タイが曲がっていてよ』とか言われたかった!」
 洋風の洒落た校舎を背に、迸る情熱を語っているアマルガム・ムーンハート(ムーンスパークル・e00993)――どうやら彼は、煌びやかな乙女の園を妄想して楽しんでいるようだったが、ゼノアにはどこら辺が良いのか今一つ分からなかった。
「取り敢えず、校庭の花壇に百合の花は無いようだが」
「或いは、姉になって『髪に花びらついていてよ』とか言って、アタマ撫でるのも可!」
 ゼノアの冷静なツッコミもスルーして、アマルガムは全力で百合世界の素晴らしさを説いている。そうしている内に、彼の熱弁に心打たれたラグナシセロは、女学校とはそういうものなのか――と偏った知識を蓄積していったようだった。
「成程……僕は女学校と言うものをよく知らないので、とても勉強になります」
 嗚呼、ヴァルキュリアの彼は、地球のことを学んでいる最中であり、まだまだ知らないものが多いのだ。故に何にでも興味を持ち、見たことを信じやすい傾向があるのだが――このままでは勢い良く突っ込んだ挙句、盛大に転んでしまうオチが待っているだろう。
「……と、流石に話を戻した方がいいっすよね?」
 そう、鯖寅・五六七(猫耳搭載型二足歩行兵器・e20270)の言う通り、自分たちはデウスエクスの暗躍を阻止する為にやって来たのだ。悩みなど無いような顔ではしゃいでいるのが常の五六七が、まさか常識人っぽく振る舞う事態になるとは――と言うのはさておいて。
「実体験系のこわい話は、確かに学校生活の華っす。でもデウスエクスのマッチポンプはいただけないっすから!」
「まっち、ぽんぷ……五六七あねさまは、難しい言葉を知っていてすごいのじゃ!」
 そう言って元気一杯に拳を突き上げる五六七へ、綾がきらきらとしたまなざしを向ける。あねさま、と年下の子から慕われる滅多にない経験に、ついドヤ顔でポーズを決めてしまう五六七であった。
「と、言うことで……」
 ――さて。とにもかくにも、先ずは現場に向かおうとする女生徒を引き留めなくては。女学校と言う特殊な場所で事件に対処する為、ハンナとアイリは無言で頷いて行動を開始した。

●花園の乙女たち
 現と幻のはざまを漂うような黄昏時に、ふたりの女生徒が廃教会へ続く道に佇んでいた。高等部の制服を着た乙女――アイリは、少し憧れだったと言うスカートを翻しながら、軽やかにくるりと一回転してみせる。
「どうかな、ハンナさん。似合ってる?」
「ええ、ラピスティア嬢。とても……素敵なお姉さま、よ」
 そんなアイリに上品に微笑むのはハンナであり、其処で彼女はふと、ちょっぴり背の高いアイリの胸元へと手を伸ばした。
「あら……タイが曲がっているわ」
 服装の乱れを整えてくれたハンナへ、ありがと――と照れたようにアイリが返す。そんな乙女たちの憧憬たっぷりの光景を、物陰から遠巻きに仲間たちが見守っていた。
「女同士のときめき。お姉様。綾は分かるか……? 俺は分からん」
 パーカーのフードの中に、猫になって隠れている綾へ淡々とゼノアが問うが――彼女も『わからない』と首を傾げているようだ。
「ときめき、か……難しいな」
 眉間をとんとんとゼノアが指でつつく一方で、隣のアマルガムのテンションは最高潮になっていた。おおおお――とシャーマンズゴーストの梟男爵を揺さぶりつつ、彼は女性陣の清廉な姿に憧れを募らせている。
「……ハンナとアイリ羨ましいな。俺が女装して行くべきだったか!? って、ゼノアは冷たい目で見ないで!?」
 ――と、そんなドタバタもあったが、ハンナ達の姿を目にした女生徒三人は『きゃあ』と歓声をあげて、憧れのお姉様そのもののふたりに釘付けになっていた。其処でハンナは、左手でスカートの裾を摘まんで優雅なカーテシーを行い、生徒たちを呼び止める。
「ごきげんよう……少しだけ、よろしいかしら」
「あのね、この先は危ないから、帰った方が良いよ」
 変に胡麻化さず、真摯な態度で接したのが良かったのだろう――これから自分たちが対処してくるから、とのアイリの申し出に、女生徒たちは頼もしさを感じてこくこく頷いていた。
「お姉さん達が危険を無くしてあげるから、ね?」
 そう言って優しく微笑むアイリは、年上であることを意識させるように、女生徒の顎に手を添えて――その顔をクイっと上げつつ見つめ合う。
(「こういうの、ときめくって聞いたけど本当かな?」)
 不意打ち気味の顎クイに、ぼぼぼっと少女の顔が赤くなるが、アイリ自身は無自覚なのが何とも罪深い。そんな感じで、煌びやかな乙女の園が展開されていく様子に、思わず見入ってしまう綾であった。
「……あねさまたちが、お花背負ってる……!」
 もしやこれが『ときめき』と言うものなのだろうか――こうして無事に、女生徒たちは廃教会へ向かうことを止めて帰っていき、ようやく五六七は大きく伸びをして茂みから顔を出す。
「ふー、ちっちゃい子おるやんとかバレずに済んだっすね」
「うん。他の一般人がやって来る事も無くて、何よりだった……」
 万が一に備えていた煌介も、ほっと吐息を零しつつ照明に灯をともし、一行は屍隷兵が潜む廃教会へと足を踏み入れた。
(「……恐怖に惹かれる心も素敵だけど、そろそろ」)
 怪談には『死神』のカードが出てきたが、死のアルカナには不死鳥が描かれることもある。変化や再生――此処はそう言う場なのだろうか、と煌介は古びた教会を見上げて思索に耽っていた。
(「俺が変わろうと思った戦いがあったのも、こんな場所だった……」)
 ――例え燃え盛る炎が、全てを灰にしようと。その中から蘇るものもあるのだと、彼は信じている。やがてラグナシセロがゆっくり扉を開くと、放置されたままの祭壇にうずくまるようにして、死人の少女の姿をした屍隷兵が居た。
「……哀しい事は止めないと」
 虚ろな瞳でゆっくり此方へ向かってくる屍隷兵を捉えつつ、アイリは形見の銃をそっと握りしめる。自分のような想いをするひとが、これ以上出ないように――夕陽に煌めく銀の髪が波打つと同時、暗殺を司る妖精族の殺界が、刃の如く辺りに張り巡らされた。
「大丈夫、その為の私だから」

●死神の象徴
 ゆらりと身体を傾げながらも、屍隷兵は鉤爪を力任せに振るって襲い掛かって来る。その生気の無い、感情の抜け落ちた相貌を目にしたアマルガムは、無意識の内に幼馴染の姿を重ねていた。
「なんか……笑わなくなってた頃のあいつと重なるな。最近はそうでもないけど、っと!」
 薙ぎ払いを受けつつも掌に竜の幻影を纏った彼は、お返しとばかりに劫火を叩きつける。梟男爵が祈りを捧げる中、仲間たちを支えようと聖歌を紡ぐのは――黒猫のサーヴァントを従えたハンナだった。
「アム……! ……無理、しないで」
 平和を愛する、穏やかな心が具現化したインヴィディアの羽ばたきと共に、白銀の鱗粉を散らして蝶が舞う。聖魔術の方陣がもたらすのは、この蒼き星を守る為の加護――その背を癒しで守ろうとする、ハンナの伸びやかな歌声に支えられて、ゼノアはしなやかな獣の如く礼拝堂を駆けた。
「……悪くない。待ってろ、直ぐに片付けてやる」
 ――自分は身体を動かすことしか能がないと呟き、黒猫の少年は炎の尾を引く蹴りを喰らわせる。屍の肉体が黒煙を上げる中、続くアイリが閃かせた刃は雷の霊力を帯び、神速の勢いで獲物を貫いていった。
(「直ぐ楽にしてあげたいけど……ごめんね」)
 苦しみを長引かせたくはないけれど、先ずは確実に攻撃を当てていく必要がある――そんな彼女の願いに呼応して、ラグナシセロが優雅な所作で宙を舞う。
「しかし、ホラーメイカーはなかなか巧妙な事をしますよね。人々が興味を抱きやすい話をばら撒いて、待ち伏せだなんて……」
 不覚にも自分も興味を惹かれてしまったと呟く彼は、普段の穏やかな態度を一転させ、容赦の無い一撃を屍隷兵に見舞っていた。流星の煌めきと、星の重力――それらが尾を引いて吸い込まれていく様は、思わず見惚れる程に鮮やかだ。
「死神は始まりの象徴。全ては変わりゆくもの……ならばその変化が、どうか幸せをもたらすものでありますように」
 そんな祈りを込めて戦うアマルガムは、此処に居る全てのものがそうであるようにと願っているようで――死をもたらす者であれと己に課していたゼノアは、蛇噛みの鎖を操りつつ、ふと想いに浸っていた。
(「だとしたら。俺も目的を果たしたら、新たな自分になるのだろうか……?」)
 ――そんな中、屍隷兵のまき散らす腐敗の毒が後衛を襲うが、耐性を持つ装備で対策をしていた煌介たちは、然程被害を受けずに済んでいるようだ。
「かかさま、一緒に頑張るのじゃ!」
 加えて、その身を蝕む毒素も素早く綾が浄化し――召喚された猫妖精の癒しと、文の清浄な羽ばたきが、辺りにふんわりと和やかな空気をもたらしていく。
「うおおー! 死神さんがなんぼのもんっすか!」
 一方で、前線にて果敢に奮闘しているのは五六七だ。小柄な体躯に見合わぬ力強さで、彼女は屍隷兵に竜砲弾を浴びせていた。そして相棒であるウイングキャットのマネギはと言えば、ふっくらボディの猫の王様を見て負けていられないと思ったらしく、きびきびと回復をしてくれている。
「親分に言われてきたっす。行動力、積極力、突進力、体力無限大――ちょっとやそっとじゃへこたれない! 差し詰めあちきは『戦車』っす!」
 びしっと見得を切る五六七曰く、タロットの種類によって『戦車』のカードは、エジプトの猫である所のスフィンクスを従えていたりもするらしい。
「猫連れ! つまりマネギ! ますますドンピシャっすね!」
 福々しいぽっちゃり猫と一緒の五六七を見て、つい煌介は相貌を緩ませてしまい――戦いの最中だと言うのに、愛おしい気持ちを隠し切れずにいた。
(「……やはり全てが愛おしく、俺はその虜だ」)
 ――彼の脳裏に過ぎるのは、古今東西のタロットの絵柄で。世界の真理をたった78枚に表そうとする人の性や、小さなカードに己と未来を託す瞬間の不安と高揚。そして、絵が伝える数多の心情や事象も――まるで愚者が世界を目指すように、煌介は想いの海を駆けていく。
「……好きだよ」
 切なげな微笑を浮かべたまま、疾き梟の如き蹴撃が屍隷兵を襲った。その美しき流星の煌めきに導かれ、ゼノアとアイリが立て続けに、息の合った連携で追い打ちをかける。
「……この場所に怪談などない。あったのは、貴様らの悪しき企みのみ。屍は土へ還れ」
「うん……今、楽にしてあげる」
 闇の中より刃が忍び寄り、屍者の肉体を斬り刻み――其処へ勢いよく放たれたのは、五六七特製のすごいトリモチ弾だ。超ベッタベタする戦術的効果を如何なく発揮したそれにより、遂に息絶えた屍隷兵を確認して、彼女はよっしゃあとばかりに構えたランチャーを高く掲げたのだった。

●未来へ向かって
 こうして廃教会の怪談は終演を迎え、ハンナは消えゆく存在の安寧を祈りながら、そっとタロットを一枚引いてみた。
 その意味は、彼女だけの胸の中へ――見れば戯れと祈りの狭間で、煌介もカードを一枚選んだようだ。
「俺はね、運命の輪が好き。良い事も悪い事も運んでくる円環。でもきっと進み続ける事だけが、未来を切り開くものだから――」
 やっぱりすき、と呟くアマルガムへ、元気一杯に頷いているのは綾。今、未来を知るより今日も明日も、懸命に生きたいと願う彼女へ、ハンナは柔らかな翠緑のまなざしを向けて微笑む。
「――帰りましょう。だいすきな、翡翠の君の許へ」
「その前に、女学生ナンパにいきますか!」
 ああ、冷たい目で見ないでと――やがてアマルガムの切なげな声が、夕闇に溶けていった。

作者:柚烏 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月14日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 4/キャラが大事にされていた 1
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