●蹴り、掴み、投げる
森の中。
上に放った球に向けて男は跳び、さらに球を蹴り上げた。
落ちてくる球を裸足の足指でつかみ、後ろ蹴りの要領でそばの木に叩きつける。
そのまま身をよじって球を投げようとして……男の足からそれは落ちた。
「やはり、ここが俺の限界か」
地面に落ちた球。やや楕円形の、革でできた練習用の球を見つめながら男はつぶやいた。
まるで手の如く足を自在に使いこなす猿になれ。
それが男が修練を重ねている『猿足拳』の終着点だった。
「足で果実をつかみ運べるほどになれ、と伝えられてはいるが……やはり俺は身体が硬い。猿足拳に過剰な筋力はいらない。俺がもっとしなやかで柔軟な身体で生まれていたならな」
嘆いて練習球を拾おうとした男。その前に謎の影が現れた。
「お前の最高の『武術』を見せてみな!」
その声を聞くやいなや、男は対人技を繰り出し始めた。
蹴り、掴み、投げる……知っているだけの技を幻武極に叩き込む。
しばらくのち、男が全ての技を出し切ったとみるや、
「僕のモザイクは晴れなかったけど、お前の武術はそれはそれで素晴らしかったよ」
幻武極は巨大な鍵で男の胸を刺した。
意識を失い倒れた男の横には、茶色い拳法服に身を包んだ裸足の女。
現れた女はそばの木をまるで駆け上がるように登った。
そして、足指で茂る葉を綿のようにちぎりつつ枝を一本へし折り、樹上より飛び降りる。大地を貫くかのように、足で持った枝を下に向けて蹴る。
落下の勢いと蹴り足の力が合わさり、枝は固い地面に深く挿され埋まっていた。
「お前の力、町のやつらに見せつけてきな」
幻武極に促され、女はビル街へと向かう……。
「武術家を襲ってドリームイーターが生み出される事件が予知されたっす」
黒瀬・ダンテ(オラトリオのヘリオライダー・en0004)が説明を始めた。
敵の名は幻武極と言い、そいつは自分に欠損している『武術』を奪ってモザイクを晴らそうとしているらしい。
なお、今回襲撃した武術家の持つ武術では奴のモザイクは晴れないようだが、代わりに男が理想とする武術家の姿をしたドリームイーターを生み出してひと暴れさせようとしているという。
「幸い、ドリームイーターは生まれた場所で迎撃できるっすし、周囲の被害は気にしなくていいっす。それに襲われた男性もドリームイーター撃破後に目覚めるっす」
問題は敵のほうっすね、とダンテは続ける。
「生み出されたドリームイーターは、被害者の男性が習得していた『猿足拳』と呼ばれる技を使ってくるみたいっすけど、こいつはその武術家が理想とする姿をしているらしくてかなり手強いんす。加えて、現れる場所も『猿足拳』がやりやすい森の中っすし……単独の相手とはいえ、油断はなしでお願いするっす」
そう言うと、胸の前に出した手をわきわきさせて、
「なんか、足の指でいろいろつかんできたりするらしいっすよ? 手みたいに」
器用っすよねえ、とダンテはつぶやく。
「自分の技を見せつけたいって思ってるヤツなんで、ちょっと挑発すれば向かってきてくれると思うっす。武術家が思う理想の姿を相手にするのは大変っすが、皆さんなら絶対勝てるって信じてるっすよ!」
参加者 | |
---|---|
ディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121) |
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989) |
ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185) |
月枷・澄佳(天舞月華・e01311) |
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879) |
ミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815) |
フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511) |
十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149) |
●理想の姿
小鳥のさざめき。草葉のすれる音。天より漏れ差す日の光。
「武術家の姿をしたドリームイーターですか。武の道を歩く身としては純粋に手合わせ願いたいものですね」
「滅多に見る機会が無い一般人が極めた武術……不謹慎だけど、ボクもケルベロスとして力比べできるのが楽しみだ!」
風峰・恵(地球人の刀剣士・e00989)が思いをこぼすと、それを受けてミリム・ウィアテスト(リベレーショントルーパー・e07815)は獣耳をぴこぴこ揺らしつつ、うれしそうに言葉を返した。
「まあ、戦う場所を選ぶ時点であまり強そうではないよね?」
「ああ。脚を使った武術なんて大したことないだろ」
気配を読み取れるよう意識を集中させつつ、フリードリッヒ・ミュンヒハウゼン(ほら吹き男爵・e15511)と十六夜・刃鉄(一匹竜・e33149)が挑発を行った。しかし、耳を澄ませても草葉が風で擦れる音がするのみ。さらに奥へと歩みを進めようとする一行。そこに、
「待て!」
木霊・ウタ(地獄が歌うは希望・e02879)の声が飛んだ。ミュージックファイターという職能が故に他の仲間よりも鍛えられた聴覚。それがかすかな異変を捉えていた。まるで何かを恐れ息を潜めているかのように生き物の立てる音がなくなっていたのだ。
●木、枝、葉、石、砂、人
身構えるが早いか牙が届くのが早いか、樹上より躍り出たドリームイーターの攻撃が迫る。
まず狙われたのは刃鉄。ほぼ直上より投擲された木片、次いで蹴り。眉間を狙った連撃を避けきることはできなかったものの、とっさに上体を引いて衝撃を逃がす。
「疾きこと風の如しってな!」
一歩下げた足に力をこめ、刃鉄はマインドソードによる反撃を叩き込む。十六夜天流、ニの型。牽制、次に繋げる一手。間合いの外から振るう一閃。その剣撃は風をまとい、触れた者の動き、すなわち未来を殺す一撃。
「……うおっ!?」
が。その刃先を届かせるよりも先に身体は横へ振られていた。力みなく放たれた武術家ドリームイーターの蹴り足が刃鉄の服をつかみ、そのまま回し蹴りの要領で大きくなぎ払われたのだ。飛ばされた先、彼が幹にぶつかる前に、気心の知れた戦友であるディディエ・ジケル(緋の誓約・e00121)が間一髪回り込み、刃鉄を受け止める。
「……中々に、血が逸る」
刃鉄を押しのけんが勢いで手をかざし、ディディエは無数の時空凍結弾を放った。触れれば身を凍らせる弾幕が森の木々や葉もろともドリームイーターを穿つ。
「理想の武術ですか? ……その技、存分に見させて頂きます」
ディディエの展開した弾幕を上からすり抜けるように月枷・澄佳(天舞月華・e01311)が飛び越えた。その勢いを乗せたままスターゲイザーで敵を狙う。しかし、とっさに太い樹木の陰に隠れられたため、どちらの攻撃も少々の損害しか与えられなかった。
「私は私のコトバで語る。憎い(好きよ)殺す(愛す)わ。獣と姫は貴方の命をご所望よ。甘く苦い愛憎の溶熱で、貴方を美味しく頂くわ!」
間髪入れず、ジークリンデ・エーヴェルヴァイン(幻肢愛のオヒメサマ・e01185)が襲いかかった。敵の隠れた木ごと焼き払い飲み込まんとする地獄の炎の瀑布。それは一瞬にして対象の木のみならず、横の、後ろの木々までも一直線に削り取った。食いちぎられた切り口は一瞬で炭化し、赤黒い炎がちらちらと木の縁を舐めるように並ぶのみ。
「あらあら……拍子抜けねえ?」
自身の技の成果を眺め、目を細めるジークリンデ。その心はすでに削り取った森をどう効率良く修復するかに移っていた。幸い今回はヒールの得意そうな仲間も多い。すぐに済むだろうと考えた瞬間。
「がっ!?」
頭頂部に謎の衝撃が走り、思わずつんのめった。背後から喧噪。バランスを取って振り向いた先には、ウタに襲いかかっているドリームイーターが見えた。樹上に逃げたあいつに踏み台にされた、と理解すると同時に頭に血が昇った。目眩すら覚える激情とともに、鉄塊剣を振りかぶり敵へと駆ける。
「叩き……潰してやるっ!!!」
ウタの鳩尾を蹴り抜き、飛び退いたドリームイーター。その背といい頭といい、どれも一撃必殺の勢いでジークリンデは剣を打ち付けた。袈裟懸け、逆袈裟、唐竹割り、突き……彼女の鬼気迫る攻勢の前には木々など何の障害にもならず、豆腐のように切られ折られていく。その暴風を地に両手をつき、さながら獣のような姿勢にて避け、捌き、いなすドリームイーター。傍目にはどちらも華奢な少女である彼女らの織りなす剣と脚の応酬は、さながら妖精のダンスのようにも見える。
「その動き、封じさせて頂きます」
二人の激戦により障害物が払われ、十分なエリアが確保できたとみるや、澄佳は巫術を開始する。
「我が身に宿すは、天眼統べる電子の乙女」
魔人降臨、天翔眼。過去に喰らったダモクレスの魂を制御し、己に憑依させる、彼女ならではの技術。蒼髪翠眼の魔人と化した澄佳は、無数の武装ドローンを自在に操って、未だ回避を続けるドリームイーターへと全方位攻撃を仕掛けた。計算しつくされたその射線は猿足拳使いの余裕を瞬く間に奪い取る。
「おおおおおお!!」
斜め下からカチ上げるように放たれたジークリンデの鉄塊剣を受け止めつつ、ドリームイーターははるか上方へ飛ばされた。重い一撃を受け止めた代償として左腕を切り裂かれたが、その脚は未だ健在で、まるで木肌を足でつかんでいるかのごとくスルスルと樹上へ逃げた。
●そしてうばいとる
「今度はボクとやろうよ!」
高々度の草葉に隠れ、息を整えようとしているドリームイーターのさらに上、その地点よりミリムは誘いを投げた。
「『猿足拳』ね。それはこんな戦い方だろう?」
頭上を見上げんとしたドリームイーターめがけ、フリードリッヒの放ったドラゴニックミラージュ……蹴り足より撃ち出された、さながら猿足拳使いが使っていた『猿果』を模倣した一発が降り注いだ。たまらず葉の海を抜け出し、樹上の二人の元へと昇るドリームイーター。そこには木と木に張り巡らせた数本のワイヤーによる足場ができており、ゾディアックソードをくるくると手元で回すミリムと、あえて蹴り抜いた姿勢で止まり見せつけることでさらなる挑発を仕掛けんとするフリードリッヒがいた。
地面での仲間たちの奮闘により得られた時間で、十分に準備を済ませたミリムが軽やかに飛びかかる。
「裂き咲き散れ!」
大ぶりなゾディアックソードを精緻に振るい、猿足拳使いに迫った。その剣は緋色の闘気を纏い、牡丹の文様を描く無数の斬撃として眼前の敵を追い詰める。正確な太刀筋に体表を刻一刻と切り刻まれて、たまらずドリームイーターは後ずさる。そして、いったん下がってできた空間の余裕を使い、回し蹴りのかたちでミリムへと蹴りを放った。親指を固く握り込んだ特殊な蹴り足の先がミリムの胸を打ち抜き、はじき飛ばす。
「まるで降魔拳士の相手をしてるみたいだ。手強いね」
一発もらったものの、骨のある相手と一戦を交える高揚感に酔いしれて、笑顔を浮かべつつ再度構え直す少女。表情こそないが猿足拳使いも同じ気持ちのようで、静かに仕切り直し、再度の攻防を待つ。
そこに畳みかけるかのようにフリードリッヒが入りこみ、星の力を煌めかせた鋭い跳び蹴りを刺さんとする。初撃は避けられたものの、その流れのまま蹴りの連打を行い、じわじわとドリームイーターを追い詰めていく。自身が張った足場であるが故に、この場の誰よりもワイヤーの上で安定して動き、幻惑的な攻撃を次々と繰り出した。猿足拳使いも応戦するものの、慣れぬ足場に気を取られて防御がおぼつかない。
「――覚えておきたまえ夢盗人、人が夢見たことは必ず実現するものさ」
言いつつ、顔面を狙った『握脚』を模した蹴りを放つフリードリッヒ。それをなんとか捌いたドリームイーターの振り切った脚、そして軸足の両方を鋼糸が捉えた。とっさに身体をよじり、宙へと身を踊らせることで回避しようとしたドリームイーターだが、フリードリッヒの操作は一点の淀みもなく、締まる極細の刃によってその両足はズタズタに引き裂かれた。
血の雨を降らしつつ墜ちる猿足拳使い。受け身を取って立ち上がったものの、その脚はもはや十全とは言えなかった。
「さっきの借り、返させてもらうぜ!」
十六夜天流、ニの型、再び。刃鉄が吠え、光り輝く剣とともに迫る。今度の一撃はあやまたずドリームイーターの脇腹を裂き、さらなる出血と硬直を強いた。
「……嘆けよ嘆け、メリザンド。運命と、お前の愛した男とその子らを」
その隙を逃さず、ディディエの詠唱が完成する。現れ出でた魔法生物鋭い爪と強靭な尾による連撃で猿足拳使いを打ち倒した。尾で飛ばされ、木々に叩きつけられた猿足拳使いはそれでも反転し、ケルベロスたちに向かっていく。ジークリンデと恵が連携して相対するものの、死にものぐるいの勢いは強く、反撃によって浅くないダメージが刻まれていった。
「あんたにも聴こえるだろ? 地球の歌が。メロディが」
ウタの奏でる音色、声色が戦場に満ち、仲間の受けた傷を癒やす。青き地球を讃える勇気の歌がケルベロスたちの心を震わせ、その手に力を取り戻させた。
「反撃は覚悟の上です……!」
ドリームイーターの蹴りを受けることも厭わず、それが逆に攻撃のチャンスであるかのように勇敢に、恵は前へと踏み出した。
「斬り―――――――刻む!!」
得物に光の霊力をまとわせて、ドリームイーターの脇をすり抜けざまに神速の連撃を見舞う。刹那五月雨討ち。途方もない手数の斬撃があがき続けるドリームイーターの動きを止めた。
その刹那を逃さず、ジークリンデが満を持して放った爆炎の濁流が襲いかかる。愛憎相半ばする激情をはらんだ地獄炎は武術家が夢見た理想の姿を飲み込み、その腹へと余さず平らげた。熱風に煽られて発散した汗と鉄の匂いはなかなか収まらず、跡形なく消えた武術家ドリームイーターの残滓のように周囲に残された。
●戦い終わって
「勝つためだったとはいえ、少し心苦しいね」
フリードリッヒがつぶやきつつ、傷ついた木々にヒールをかける。
他の仲間たちも自然の修復作業へと従事していた。元通りとはいかなくとも、ケルベロスたちのヒールは木々を立ち直らせるには十分なものだった。長い時間を経て、必ずや森は元に戻るだろう。
「よかった。目が覚めたようですね。痛いところはありませんか?」
武術家の男性に対してドローンを用いて介抱を行っていた澄佳は、ほっと胸をなで下ろした。事後処理を終え、目を覚ました男性のもとに集まり出すケルベロスたち。事件を起こしてしまった後悔、そして、けしてたどり着けぬ理想像を改めて意識したことで現状に情けなさを感じてうなだれている彼を前にして、番犬たちは言葉に詰まる。
そんな中、ウタが口火を切った。
「昔の剣術家は修練した流派を元に自分自身の流派を起こしているって聞くぜ。あんたの体形や能力にあった、あんた自身の猿足拳を目指せばいいんじゃないか?」
俺は武術の事はよく判んないから、的外れだったら悪ぃけど、と付け加えつつウタは男に笑いかけた。それを引き継ぐように刃鉄が口を開いて、
「理想ってのが生まれ変わらなきゃなんないぐらいのものなら、弟子とかとるのも良いんじゃねえ?」
と、未来に向けた提案を投げる。ふと、横目にぴこぴこ揺れる獣耳と尻尾を見つけ、目配せで彼女にも発言を促す。
「ボクも……出来たら猿足拳の武術、ちょっと学んでみたいのだ……!」
ミリムはうなだれた男の目を覗き込むようにして言葉を紡いだ。少女のキラキラと期待に震える無垢な瞳の奥。その火花のような熱気が武術家にも伝染したようで。彼の顔色はそれまでよりもほんの少しだけ、前向きなものとなっていた。
作者:南天 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年10月5日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 0
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