ビターファーストラブ

■リプレイ

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「屍隷兵、およそ一年弱ぶりでござるな」
　深夜1時を数分後に控え、現場に急行するラプチャー・デナイザ（真実の愛を求道する者・e04713）は天を仰いだ。脳裏に蘇るのは、とある一人の女生徒と、異形の群れ。
「今回ばかりは、拙者も笑ってはいられないでござる」
「……そうだよね。人をまるでおもちゃのように……」
　ネタに走る余裕もなく、真剣な表情を浮かべるラプチャーに、志穂崎・藍（蒼穹の巫女・e11953）も同意する。要を救うことが、同時にナツキへの餞別に、救いになる事を信じて。
「……死神ってのは、どうして揃いも揃って悪趣味なんだか」
「……ナツキさんに、好きだった人を殺させようとしているんですものね」
　塩谷・翔子（放浪ドクター・e25598）の顔が、苦々しく歪む。一人の大人として、そして母として、思う所があるのだろう。南條・夢姫（朱雀炎舞・e11831）も、同年代のナツキが犠牲者だけに、心に迫るものがあるようだ。
「同情で敵は討てんし人も守れんぞ？　気持ちを切り替えろ、出来んのなら自分を押し殺せ」
「……分かっている、そんな事は百も承知だ」
　沈痛な表情を浮かべる仲間に、一岡・茉鯉（ドラゴニアンの降魔拳士・e39061）が一喝すると、猫屋敷・沙織（蝶を守る者・e22890）が深い吐息を零す。
「ナツキは死んだ。屍隷兵は、ゾンビの模造品みたいなもんだ。だから……」
　――何も迷う必要は無い。アギト・ディアブロッサ（終極因子・e00269）が言った。そして、その事はこの場にいるケルベロスならば、言われるまでもなく理解している事。
「糞ったれが」
　ゆえに、神野・雅（玲瓏たる雪華・e24167）は心のモヤを晴らすために、皆の心情を代弁する。
「……終わらせるぞ。これ以上の犠牲は出さん」
　その時、時計の秒針が深夜一時を示す。ケルベロス達は、その視界の先に、未来が別たれた恋人達の姿を捉えた。

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　ナツキの遺体は酷いものだった。変質の影響か、身体の皮膚の至る所が爛れ、捻れている。特に顔は見るも無惨で、ナツキの面影はどこにもなく、醜く歪み、純真な瞳は殺意に濡れていた。
「……か……な…………めぇ……か……なめ……」
　譫言のように、ナツキ――いや、屍隷兵は、要の名を何度となく呼ぶ。そして、屍隷兵は人ならざる視力を持って、薄らと人のシルエットが浮かぶ程度の距離から、正確に要の姿を捉えていた。
「…………かなめ、いこ？　……いっしょ……ずっと……」
　屍隷兵は、エピリアの望むまま、要に殺意の炎弾を向けようとする。
「そうはさせないよ！　ここからは、弔いの時間……。先へは行かせないニャ」
　だが、炎弾が放たれるよりも一拍早く、藍の縛霊手から閃光が放たれる。その光線はナツキの背後で回遊する死神一体を確実に穿ち、アギトと翔子が炎弾から要を庇える間を生み出す。
「南條殿、要殿は任せたぞ！」
「要さんは、私が責任を持って安全な場所へ避難させてみせます！」
　――彼女は既に亡くなっている。終わらせる事に躊躇するな、神野・雅！　全ての激情を抑圧するため、亡き友の仮面を被った雅。
「さぁ、吼えろ……九罪！」
　変形させた竜骨槌・九罪から、砲弾を射出する。要を助けるために疾駆する夢姫の背後で、その砲弾は藍が狙い撃った敵と同じ死神に着弾した。
「今の状態を見られたい女性は居ないでござろうな」
　男であるラプチャーですら、そう思えるナツキの姿。どうか要に見えてくれるなと、ラプチャーは己が背でできうる限りナツキの姿を隠しながら、電光石火の蹴りを。その一連の強襲で、まずは死神を一体屠れれば良かったのだが――。
「ディフェンダーか！」
　茉鯉が言った。死神を、屍隷兵が庇っていたのだ。さらに3体の死神が、自己回復に、屍隷兵のヒールにと、蘇りの力を発揮する。
「……厄介だねェ」
「というよりも、面倒だろ」
　敵の挙動から、3体の死神はメディックであると推察される。翔子のオウガ粒子に加え、シロと夢姫の残したプリンの補助を受け、火傷を癒やした翔子とアギト。
「俺が言いたいことは一つだ。『死体』が動くな、生者を騙るな」
　特に、要に愛を向けるその目が気に入らんと、アギトが爆発的な勢いを有する蹴りで応戦する。
（……アギトの言うように、キミはもう『死体』なのだな）
　言葉はもう届かない。沙織はそう自分に言い聞かせると、
「私には、せめて解放させてやることしかできない！」
　槍に形状変形させたブラックスライムで、強かに死神を貫いた。
「……どこ、いく……の？　……か……な、め……」
　遠ざかっていく要の背中。そこに向け、屍隷兵が手を伸ばす。掻き抱くような仕草を見せる屍隷兵に反応し、優雅に回遊する死神が黒く澱み、呪いを顕現させる。
「紺青！」
　沙織の声に反応し、紺青が呪いに身を晒す。この距離ならば安全圏だと思うが、油断は禁物だ。
「これでも喰らっとけ！」
　茉鯉の放つ巨大光線が、まずは一体死神を仕留めた。
「頼んだぞ、南條」
　要に万が一があれば、ケルベロス達の願いも、ナツキへの手向けも水の泡。次の一撃に備えながら、茉鯉の声は夜の闇に溶けていく。

「要さん、こっちです！」
「はぁ……はぁ！」
　夢姫に手を引かれ、魅了された要は必死に走っていた。そうして、屍隷兵の姿も、戦闘音も聞こえなくなった所で、ようやく夢姫は要の手を離す。
「い、一体何が……っ」
　咳き込みながら、要は状況を把握しようと努めるが、
「……それは……」
　夢姫は、説明する言葉を持たなかった。真実を知れば、要は現場に戻ってしまうかもしれない。
（要さんに、私達の素性くらいは説明した方が良かったでしょうか？）
　そう思いつつも、ともかく夢姫は要の身が危険だと伝え、仲間の元へと急ぐのだった。

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「また……デート……したいな……。ナツキ……コンビニ？　……どこぉ？」
　ジワリジワリと、屍隷兵が要の駆けだした先を目指して進軍を続けている。
「貴様は違う……ナツキのフリをするんじゃないっ！」
　茉鯉が放った炎を纏う蹴りが、死神に吸い込まれていく。
「同感だ。最も、死体まで真っ当でない扱いを受けるハメになったことに関しては、同情するがね」
　同時に、ケルベロスの中で最も消耗の激しい茉鯉に対し、アギトはオーラを溜めて回復させる。その際、目線をこちらに寄越して感謝する茉鯉に、アギトは気にするなと首を振った。
「……かなめ……か……な、め………か……な……めぇ……だい……すき……だよ」
「ッ！」
　屍隷兵が時折呟く、意味の分かる言葉。無事合流した夢姫がそれを聞いた時、脳裏に浮かんだのは、ヘリオライダーから伝えられた、死の直前にナツキが送ったというメールの内容。
（ナツキさんは、そんな事を望んではいないはずですっ！）
　だが、屍隷兵が要を求める意味は、在りし日とは180度異なっている。歯を噛みしめた夢姫は、仲間を鼓舞するように唄を歌う。
「……ゴメンよ。アンタがどれだけ望もうとも、今のアンタを要に会わせる訳にはいかないんだ」
　肉を切り裂こうと惨殺ナイフが振り下ろされ、翔子のコートが血に染まる。その表情が歪むのは、きっと苦痛だけが理由ではないのだろう。
（……ゴメンよ）
　翔子は心中でもう一度呟くと、身を苛むナイフを金針で振り払い、ほとばしる雷を死神に向けた。
「2体目の死神も、もう一息でござるな！」
「なら、早い内に倒してしまうニャ！」
　ラプチャーと藍が言葉を交わす。
　ケルベロス達にとって幸運だったのは、死神の戦闘力が低く、厄介な呪いやブレイクを受けづらいという事。だが、放っておくと死神が蘇りを繰り返し、戦闘時間が無駄に伸びてしまうため、数分前にアギトが言ったように、単純に面倒な相手ではあった。そして、警戒のためにプリンが羽ばたきで耐性を整えることで、手数も若干ながら減ってしまう。
（合流した夢姫殿に聞いた話では、要殿はアレがナツキ殿であると気付いていなかったらしいでござるが……）
　悲しくも、それは所詮問題の先送りに過ぎない。
「幸せな未来も、幸福な時間も何もない……のでござるな」
　ラプチャーが、フランベルジュを投擲しながら大人びた溜息を零す。
「ボクに任せて！」
　ラプチャーに深く傷つけられた死神がよろめいた。その隙を見逃さず、藍の瞳が蒼穹に色づく。
「視線より早く確実に貫く者なし。瞳よ覚醒せよ」
　藍の視線は、槍となって魔を貫く。邪眼に囚われた死神が、浸食され無に帰った。
　さて、残る死神は一体。藍に続き、シロがブレスを放つ。だが、そのブレスは間に入った屍隷兵によって防がれてしまう。すかさず残った死神がヒールを試みるが、一体では回復量もたかが知れている。
「ナツキ殿……そろそろ歪みを正す時が近づいていると見える。死者は、決して蘇らないのだ！」
　仮に蘇れば、どれだけいいか。仇を忘れ、友と共にある自身を、雅を数えきれぬほど夢想した。だが、現実は覆らないと、その度に思い知らされるのだ。せめて、要の憎悪をここで断ち切るために。
「喰らえ――朧銀龍」
　手を翳した雅の視線の先で、死神の足元から出現した朧銀龍が、死神を丸呑みにしてしまう。
（一体誰のために戦っているのか、分からなくなってくる）
　ディフェンダーに位置する屍隷兵は、すでに複数回の攻撃を受け、傷も多い。
　沙織が戦うのは、ナツキのため。だが、そのナツキは醜い姿で呻き、今も苦しんでいる。沙織は、唇を噛みしめた。滲むのは、鉄の味。身を苛む火傷よりも、遥かに苦いその味を沙織は忘れないだろう。
「ナツキ。今こそキミを、安らかな眠りへと導こう」
　告げる沙織の手にある漆黒の槍は、すでに最後の死神を地面に縫い付け、息の根を止めてあった。
（……まぁ、壊す側の言い分に過ぎないがね）
　アギトは屍隷兵と対峙し、乾ききった目を細めた。この戦闘の先に、ナツキの安息があるのかは、彼には分からない。だが、ケルベロス達には、そうであってくれと、信じるしか術がないのも、また事実であった。

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「キミを解放する。私達で導いてみせるから。だから……」
「か……ナ…………メ……」
　――あと少し、ほんの少しだけ我慢して欲しい。『染まれ』祈るように、言い聞かせるように、清流の如き動きを披露した沙織の斬撃が、屍隷兵を断つ。
　対する屍隷兵は、傷を気にせず要のいる場所を目指して手を伸ばした。だが、反応する死神はすでにいない。変わりに、屍隷兵の惨殺ナイフを振るう手管は、より洗練されたものに。血を求めるナイフが、防備の薄いラプチャーを狙って襲い来る。
「下がれ、ラプチャー！」
「かたじけないでござる！」
　だが、これ以上の回復は御免だと、アギトが前に出る。運良く、屍隷兵の回復量を大幅に減らすことに成功した。アギトの返り血を浴びる屍隷兵に、
「貴様の魂……喰らってやるッ！」
　茉鯉の降魔の一撃が迫るが――！
「……チッ、やはり死神とは勝手が違うか」
　先にその場を飛び退いた屍隷兵に攻撃を躱され、茉鯉が舌打ちをする。
「そうでもないよ、茉鯉。屍隷兵の攻撃を中断させる事はできた訳だしね」
　少なくとも、茉鯉の一撃は牽制の役割は果たした。そう告げる翔子が、屍隷兵へ轟竜砲で追撃をかける。
「アギトさん、すぐにヒールをしますから！」
　夢姫がアギトに緊急手術を施す隙を、ラプチャーが積極的に前に出て、軽快な蹴りを繰り出す事でカバーした。
「こんなことで満足できると思わないけど、彼氏だけは救ってみせるにゃ」
「ああ、それがナツキ殿の弔いになるかは……分からんが」
　藍に宿る気持ちは、自己満足でしかないのかもしれない。だが、本来の『死』とは、自己満足を成す暇もない程、残酷で容赦のないものなのだ。その事は、藍のみならず雅も身に染みて知っている。
「ボクの炎はただの炎じゃないにゃ、敵を浄化する迦楼羅炎にゃ、炎よ浄化せよ」
　藍の最大火力によって、屍隷兵が炎に包まれる。
「……あ、つ……い……かな、め……たすけ――」
　夜空に、悲痛な屍隷兵の悲鳴が響く。こんな時ばかり、何故意味の分かる悲鳴を上げるのか。ジクジクとした心の痛みを、
（我が心は凍てつき、孤高の身に何人たりとも触れる事は赦さぬ。拒絶せよ、拒絶せよ。全てを！）
　雅は冷たく凍らせる。絶対零度、英雄の力を持ってして、氷壁は屍隷兵を拒絶する。
「――――――――」
　最早、悲鳴も届かぬ、孤独な氷の世界。その世界にあって、アギトの心は凪いでいた。マフラーを巻き直し、彼は告げる。
「てめぇの終わり、見せてもらうぞ」
　言うが早いか、電光石火の蹴りが屍隷兵を貫く。
「悪く思うな、私は貴様を打ち砕く」
　何故なら、茉鯉は眼前のソレをナツキとは認めていない。ナツキにしろ、それが自分だとは思われたくないはずだ。茉鯉の瞳が、スーと細まると……。
　数度のオウガ粒子を纏い、精度が増した跳び蹴りが、屍隷兵の崩壊を加速させた。
「これで終わりだ」
　翔子の声は、優しかった。
　ハンマーが、変形する。
　砲口が、屍隷兵を捉える。
「だから、今度こそ、お休み」
　あるべき所へ。放たれた砲弾は、屍隷兵を穿ち、ナツキを皆の思い出の中へ送るのだった。
「愛とは、なんでござろうな」
　硝煙が晴れ、静寂が戻った夜闇の中、ラプチャーは思わず呟いた。その問いに答えはなく、自分で辿り着かねば意味のないものなのだろう。

「……まだ、終わりじゃない……か」
　翔子が咥えた煙草から、紫煙がくゆる。その顔に達成感はどこにもなく、むしろ重責を背負った物特有の倦怠感を纏っていた。
「縁も所縁もないが、放ってはおけんな」
　それは、ナツキが消滅した場所に黙祷を捧げるアギトも同じだ。――次は良い人生を。彼は最後にそう告げると、目を開く。
「ラプチャーらしくないよ？」
「なら、夢姫殿の胸で慰めて欲しいでござる」
　軽口を叩くラプチャーも、制裁を加える夢姫にしても、精細を欠いていた。

「ナツキはな、病死後に屍隷兵に飲み込まれてしまった――」
　もう隠してはおけない。ケルベロス達を心配し、現場に戻るかどうか迷っていた要を見つけた茉鯉が、事情を説明する。無論、ナツキが要を殺そうとしていたことは伏せて……だ。事情を聞き終わった後、
「……嘘、だ」
　要は、膝から崩れ落ちた。
「……要さん」
　絶望が、辺りを満たす。藍が要の背中を撫でた。
「ナツキはキミの彼女として、幸せなまま亡くなったのだ」
　努めて平坦な声色で、沙織が告げる。
「……ッ」
　要を見ていられず、仲間から離れた雅は、コンクリートブロックを殴りつけた。
（ナツキ、空から要を守ってやってくれ。これ以上の悲劇に、巻き込まれないよう……）
　そして、祈る。要を救えるのは、ナツキだけだと知っていたから……。
「あ、ああ、俺も好きだって……大好きだって、言っておけば……どうして俺は、あああっ！」
　慟哭は、いつまでも、いつまでも……。

作者：ハル	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年9月12日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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