オンザウェイホーム

作者:森下映

 最後に一目会いたかったと男は思った。
 車が突っ込んできたことをぼんやりと思い出す。
 身体は酷く痛んで動かせない。腹の下がべとついていてる。霞のかかった視界には妙な方向に折れ曲がった自分の血塗れの手足が映っている。
(「ああ、俺は轢かれたのか……」)
 いつもは車など通らない道、人通りも少ない。運転手は戻ってくる気配はない。
 遠のきかける意識。しかし男の脳裏には、家で自分を待っているであろう娘の顔が浮かんだ。
 母親を病気で亡くしてから、男手1つで育ててきた。大きくなるにつれ、家のことを手伝ってくれるようにもなった。反抗期もあったけれど、根は変わらず素直な、良い子、で、
「だ、誰か……」
 引き攣れるような声を漏らしながら男は這った。そして暫く血を引きずった後、動かなくなった。
 その男の死体に、何者かが手を触れた。鱗のある身体、赤い瞳。死神エピリア。側には深海魚の様なものが2体浮遊している。エピリアは男の背中に歪な肉の塊を埋め込むと、
「あなたが今、1番会いたい人の場所に向かいなさい」
 異形と変化しながら立ち上がった屍隷兵に言った。
「会いたい人をバラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう。そうすればケルベロスが2人を分かつまで、一緒にいることができるでしょう」
「ウ……ウウ……」
 屍隷兵に男性の面影はなく、知性も記憶もほとんど残っていない。だがわずかな記憶から娘への思いをかき集め、屍隷兵は動き出した。深海魚型の死神もひれを動かし泳ぎ、後をついていく――。

「親父帰りおっせーな」
 とあるアパートの一室。高校生位の女の子が、テーブルにずらりと並べたごちそうを前に頬杖をついていた。
「昇進決定っていうから今日は豪華にしてやったのに……」
 文句をいいながらも、父の喜ぶ顔を想像すれば顔もほころぶ。
 男は確かに家へ向かっていた。
 もうすぐ、もうすぐ着く。2人の家に。

「死神『エピリア』が、死者を屍隷兵に変化させて事件を起こしているようです」
 セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)の説明によると、エピリアは死者を屍隷兵にした上で、その屍隷兵の愛するものを殺すように命じているらしい。
「屍隷兵は知性を殆ど失っていますが、エピリアの言葉に騙さ、愛する人と共にいる為に、愛する人をバラバラに引き裂こうと移動しています」
 このままでは屍隷兵は愛する人を殺し、その殺された者もエピリアによって屍隷兵とされてしまうことだろう。
「屍隷兵となった者を元に戻すことはできません。ですがせめて、彼が愛する娘を殺すような悲劇が起こる前に、撃破して下さい」

 屍隷兵は深海魚型の死神2体を連れて歩いている。迎撃のタイミングは、屍隷兵が歩き出してしばらく後。夜の人気のない道路での戦闘となる。
 戦闘時には屍隷兵は殴る蹴るといった身体を使った攻撃の他、叫び声とともに血の様な毒液をはいたり、爪の様なものを伸ばしての引き裂きといった技を使用したりする。ポジションはクラッシャー。
 深海魚型死神は2体とも食いついてきたり、空気を水面の様にゆらめかせる幻影を見せてきたりする。ポジションはスナイパー。

「この屍隷兵も螺旋忍軍の集めたデータを元にして作られたものと思われます。悲劇の連鎖が起こる前に屍隷兵に止めを刺してあげて下さい。よろしくお願いします」


参加者
ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)
藤守・つかさ(闇視者・e00546)
吉柳・泰明(青嵐・e01433)
レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
鬼島・大介(百鬼衆の首魁・e22433)
ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)

■リプレイ


「存在を歪められようとも会いたいと願う――心だけは変わらず、貫くか」
 それ程迄に強い想いだったのだろうと吉柳・泰明(青嵐・e01433)は思う。
(「されど其を叶える訳には、此処を譲る訳には、いかぬ」)
 出来る事は唯一つ、家路ではなく死出の旅路へと送り出すのみ。刀剣士らしい古風な風貌に狼の耳、仄かに青みがかる灰空の瞳を閉じ、泰明は気配に集中する。
「誰かを思う心を利用するなんてどこまでもクズ……」
 鈴を転がす様な声は唇の隙間から自動で漏れ出でた様に。伏せずともかぶさる程に長い睫毛が縁取る瞳の色と同じ黄金の花々を白く長い髪に咲かせる。繊細な体も滑らかな肌、非の打ち所ない造型はビスクドールの様。ミケ・ドール(深灰を照らす月の華・e00283)。
(「よく思いつくなぁ、とも思うけどね……」)
 正直な気持ち。だが家族を利用する敵に嫌悪を感じてもいるのは、大好きな義兄達のいる『ファミリー』に育てられた彼女にしてみれば、自然な事かもしれない。
(「胸糞悪い事この上ないな。事故そのものが仕組まれたものだとしたら、尚の事」)
 自身も知らない内に家族を奪われいた過去がある。『全て』が終わるまで脱ぐつもりのない漆黒の服は影を闇に溶かし、かつ黒い瞳を際立たせ、手首に覗く銀光る丸編みの黒革、対になる誓い。藤守・つかさ(闇視者・e00546)。
「俺的には……空蝉よりはマシなレベルだな。結果を見りゃあ空蝉と変わらんのだが」
 スーツはノータイ、ノージャケット、サングラスにかかる金髪をかきあげながら、鬼島・大介(百鬼衆の首魁・e22433)が言う。
(「過程が違うだけでこうまで気持ちも変わるとはな」)
 空蝉の一家を殺した挙句の所業よりは、大介の忌避感は薄い。
「全ては始まり、終わる。生きて、死ぬ。死神がそのサイクルを乱してなんとする」
 警句を刻んだ服の上漆黒の外套に身を包み、灰色の仮面をつけたドワーフの少年は、その年らしからぬ言葉を淡々と吐く。ドゥマ・ゲヘナ(獄卒・e33669)。
(「俺は獄卒、死を忘れたモノに思い出させる地獄の追っ手」)
 尊き命の安息を乱すものを許しはしない。その為に自分は創られたと彼は云う。
 突如ガトリングの掃射音が闇をつんざいた。眼鏡型の高性能スコープを装備して待ち構え、レイ・ジョーカー(魔弾魔狼・e05510)はライドキャリバーのファントムとともに飛び出す。纏う青白いオーラが狼を重ねた様に夜空に浮かんだ。
「他人の命を弄び、その大切なものを踏み躙る死神ども……俺はぜってぇ許さねぇ!」
 オーラとだぶるレイ自身の銀狼の耳と尻尾。普段は軽い態度も口調も崩さない。が戦いとなれば別。過去に体験した悲劇は死者を冒涜する者への感情を露わにさせる。
 ライドキャリバー達のライトと街灯が敵を映し出した。魔狼か冥淵かレイの銃から撃ち込まれた銃弾に、死神の1体がぐやんと歪む。
「死者を利用し、大切な人を殺させようなんて……!」
 絶対に許さない。気持ちが図らずも重なり奇襲の動線も交差した。レイが着地したと同時、それまで気配を消していたリーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)はエルフの尖り耳覗く白い髪を靡かせ、纏った影を被せる様に死神へ襲いかかり、飛び抜ける。残された死神の身体は激しく斬り裂かれ、垂れる液体が地面に溜まっていた。
「貴方に、大切な人を傷つけさせるわけにはいかない。大切な人は、わたし達が守ってみせる……!」
 屍隷兵へ伝えまた影へと消える。暗殺者として生きてきた。敵は元一般人、仲間に手を汚させたくはなく、罪を背負うのは自分だけで十分とリーナは思う。彼女の唯一の家族である義兄の友人、レイは黙って見守り、見送り、リボルバーを握り直した。
 瞬間、番犬達の前に雷の壁が出現する。まだ火花残る避雷針Seiriosを下げたのは、仄かに薄桃滲む白の髪持つ真白き鳥の様な少女。アウレリア・ドレヴァンツ(瑞花・e26848)。
「……ごめんね。あなたを、おうちに還してあげることは、できない、の」
 物憂げな夜明け色の瞳は伏せがちに、あくまでも穏やかに、
(「できることは――解放してあげること、だけ」)
「そんな姿で娘に逢ってどうするつもりだ」
 握った鉄パイプを肩の上ではずませながら大介が言った。
「お前がやろうとしてんのは愛する娘を不幸にする行為だぞ? 娘の幸せを願ってんなら今すぐ止まれ!」
 そこへ死神達が回り込む。
「魚モドキが……邪魔だ!」
 飛沫を散らしながら歯を剝き出す死神の真上に大介が飛び上がった。
「『鬼に金棒ってヤツだ。当たればタダじゃ済まねぇぞ!』 潰れてすり身になっちまいな!」
 落下の重力をのせ振り下ろされた鉄パイプから大量の鋲が突き出で、死神を叩き潰す。漂う様に鋲から逃れた死神はひれを数度動かした。目の眩むような波動。耐性纏うファントムとラハブが反射的に壁になる。
 と、もう1体の死神が回転しながら波の間を泳ぎ抜いた。到着点はミケの白い手首の上、だがバクリと食いつかれても彼女の表情は変わることはなく、自分もくるり1回転、片足を伸ばし背を反らして後ろへ。金薔薇咲き誇り黒い茨に護られ姫とも死神ともつかぬ姿、魚を食いつかせたまま両手を翼の様に広げ、一足先に円を描く白い髪の軌跡を追う様に宙返りながら、ミケの逆の手、指輪の嵌められた細い指先がもう1体へカプセルを投射した。翼に垂れる銀の薔薇達が踊り、ふわりと脚が地面に着くと同時、手首から歯の外れた魚を一瞬観察するように小首を傾げ、かと思えば月の光奪った白の刀を払い遠ざける。
(「かわいそうに、せめて痛くないように終わらせようね」)
 視線の先には腕を振りかぶる屍隷兵。庇いに入った泰明は刀ではなく両腕で組み合った。
(「嘗て目前で逃した、彼の忍が撒いた火種――尚、燃え広がろうというのか」)
 自分の骨が軋む音をききながら泰明は歯を食いしばる。
「斯様にその身と心を利用される前に阻めず、すまない」
 詫びても悔いても過去は変わらない。それでも、
「せめて未来は変えてみせよう」
 泰明がひとつ俯いた。押し勝ったと感じたか屍隷兵は片腕を外し、さらに打ちのめそうとする。だが、
「『我が手に来たれ、黒き雷光』」
 纏うオーラも透けぬ程に黒く、結わえた髪の先は閃光に散り、鳴る雷は自身を支配させた様に、彼が支配する様に。つかさが身体を沈め、屍隷兵の背をめがけ、直接黒雷を叩き込んだ。屍隷兵は叫び天を仰ぐ。泰明は刀に手をかける。しかしそれは解き放たれたのはそれではなく、
「「ぎシャアアアアアア!!!」」
 天空に召喚された数多の刀剣が死神達へ降り注いだ。炎纏うラハブが屍隷兵へ突撃。陽炎に黒い姿が揺らぐ。
「死神よ、死を思い出せ」
 ドゥマが円錐型の巨大なハンマーを振るった。撃ち出された地獄の塊は凶器となり、藻掻き泳ぐ死神を追いかけ、叩き落とし、消滅させた。


 機動力が成せる完全なる死角から飛び出し、飛び込み、リーナが華麗に星型のオーラを死神へ蹴り込む。その白い髪の先がくるり敵の後ろへ消えるとほぼ同時、フェンリル 【The Second】とアビスを牽制に向けたレイが遠目の間合いから魔装脚スレイプニルに纏った炎を蹴り放った。怯み、避けようとするも射撃手の命中力がそれを許さず、死神の全身が燃え上がる。
 さらにその上、切ない程に美しい碧のリボンと金の飾りが揺れ、ミケが宙でVivere perlaが切り払えば、一角の時が凍りついた。
 終始優勢、しかし敵の戦闘力の低さに救われた感は否めない。想いはあれど仲間との協力感は薄く連携は度々途切れる。
「チッ」
 思いきり伸ばした鉄パイプを泳ぎ避けられ、大介が眉を顰めた。が、後ろから襲いかかったきた屍隷兵の爪は、手製のポールアックス、非常識武器【改造道路標識】で間一髪食い止める。鋭い爪はそれでも大介の背中をシャツを通りこし皮膚まで届き、血を滲ませた。
 アウレリアはつかさと泰明と目線で合図を送り合い、命中の付呪を選ぶ。連携が機能しない中、避雷針を優雅に扱い、彩られた夢の様なオーラと薬液を落ち着いて使い分けるアウレリアを中心に、回復は良く回っていた。
「『――零れる月の雫よ、ひかりとなり揺らめき巡れ』」
 狙い撃つ、猛き力を月に願う。宵藍に耀く月灯りは夢か現か、アウレリアの謳うようなまじないの聲を愛しみ、煌めく月が零した泪の様な雫を落とす。あたたかな白銀のそれは月の様に彼女自身の様に淡く、静かに仲間達を包んだ。
 揺らぎを起こそうとする死神、屍隷兵へ向かうラハブ。泰明が一刀を抜く。逃さずドゥマがブーツに翼でもあるかの様にひらり飛び込み、死神へハンマーを叩きつけた。半透明の身体がぐしゃり地面に落ちた瞬間、
「『奔れ』」
 忠実な獣、唸りは刹那の合図。闇を斬る様な泰明の一閃と猛る黒狼の影。斬撃は其処に在る獲物をめがけ猛然と走り、紫電なる牙を刺し、息を止める。
 残された屍隷兵が哭く。毒の液が降り注ぎ、間髪いれずアウレリアはSeiriosを掲げ、つかさは夜を跳んだ。
(「こういう世界だから、で割り切れる筈がない。いつだって世界は無慈悲で、俺達は無力だ」)
 つかさが空中で回し蹴った足元から伸ばした手から、藤色の花弁が降り注ぐ。灯りを補う為にドゥマがつけたランプとアウレリアの作り出した雷の壁が、その姿を照らした。
(「優しい記憶を、想いを、良いように利用させて堪るかよ」)
 死に分かれても、残され続いていく物が必ずあるはずだから。


「ぐアアアアアアアアア!!」
 アイスルモノのタメニ。それなりに残る体力で加える猛攻、思い拳、爪の斬撃、蝕む毒から皆を庇いきってラハブとファントムが消滅する。
「!」
 今はただ1人の盾、庇いに入った泰明の頬から胸を爪が抉り、血が滴り落ちた。屍隷兵が泰明の首へ手を伸ばす。瞬間、煌めきと重圧が降った。全身で振るわれたドゥマのハンマーが屍隷兵を殴り飛ばし、泰明はその隙二刀を抜く。
「悲劇に至る道は、此処で断たせて貰う」
 交差した中段からの衝撃波。屍隷兵の目の様に開いた穴からどろり黒い液が漏れた。
「アンタの無念は俺が祓ってやる!」
 大介は横殴りに鉄パイプを叩きつけ、
(「わたしの力の全てで、彼を眠らせるよ……!」)
「『集え力……わたしの全てを以て討ち滅ぼす……!』」
 リーナの手元には黒く輝くが刃が形成されていく。しかしそれが完成する前に、屍隷兵が地を蹴った。
「くっ!」
 レイが対角に回る。身体を張る事はできずとも、
「『確実に仕留めるッ……撃ち貫け! ブリューナク!!!』」
 神をも殺すともいう、使い手の命をも喰らうという。二丁の拳銃から発射された光線が5つに分裂、屍隷兵の身体中を一度に撃ち抜いた。
「『討ち滅ぼせ……黒滅の刃!!』」
 ラスト・エクリプスの名の通り。一撃のみ、全ての限界を超えて叩き込まれたリーナの魔力刃は屍隷兵の半身を切り裂く。
 周囲には黒雷が鳴った。迸る様につかさのライフルから撃ち込まれた雷に全身を撃ち震わせ、会いたいと叫び這いずる屍隷兵はそこにいても娘の名前さえ叫ぶことはできず、
「キミはここで終わらせるけど」
 無くなった身の側にミケが立つ。片腕には大きな黄薔薇を腹に納めた巨大な肋骨と牙の縛霊手。
「キミが家族を殺さずに済むことだけは救いになりますように」
 蹴りかかった屍隷兵を跳躍で避け、頭からrosa/riumで叩き潰した。
「もっと見ていたかったよね、あなたの、大切な娘さんのこと」
 こんな形で命が終わるだなんて思ってもいなかっただろう貴方へとアウレリアが語りかける。
 ごめんね、助けてあげられなくて。 ごめんね、帰してあげられなくて。
(「娘さんは、赦してくれる、かな。最期に、逢いたかったかな」)
「安寧を、あなたに贈るよ」
 ――おやすみなさい。星が葬る様な一突き。貫かれ、バラバラと崩れ、肉塊が落ちた。
「どうかあなたの生命が巡る輪廻の輪へ、光となり還れますように」
「Buona notte――安らかに」
 消えていく屍隷兵にミケが言う。
「助けられなくて……ごめんなさい……!」
 リーナは慟哭を抑えつけ、レイは片膝を折ると、
「間に合わなくて、すまねぇ……この仇は、絶対に取る……!」
 怒りは死神にも轢き逃げにもある。必ず手がかりを探すと心に誓う。
「安心して眠りな。逃げたヤツにはキッチリ落とし前つけさせて、一生後悔させてやる」
(「ヤクザ者から簡単に逃げられると思うなよ、轢き逃げ犯」)
 大介は煙草を咥え、訳ありがちに携帯を取り出す。
「『お前の願い、聞き届けよう』」
 ドゥマの声に大地から沢山の黒い手が滲み出で、割れた地面を修復し始めた。だが死者の声は無く、
「私たちは残るね……」
 かける言葉はみつからないとミケとアウレリア。
「『来やれ、来やれよ、深海より、深き深き母なる海より――癒しの光を届け給へ』」
 ミケの掌の上に大きな黄薔薇が現れる。屍隷兵が消えた場所は今、海を思わせる黄金の奔流に覆われて。薔薇は時折泪の様に雫を落としながら優しく、優しく。
 泰明は花と黙祷を捧げた後警察へ連絡をいれる。そしてつかさ、リーナ、ドゥマと共に娘の元へ向かった。


 初め、少女はドアを開けようとはしなかった。番犬達が本物かもわからず、不用心な事はできないという気持ちが強かったのだろう。だが警察から連絡が入り、さらに警官も到着した事から、入室が叶う。
 テーブルには昇進祝いの食事がのったまま。まずは警官から父親は轢き逃げ後番犬達によれば『亡くなった』ようだと伝えられた。呆然とする少女の様子に、泰明は今はそっとしておこう思う。が、リーナがありのままを話し始めた。恨まれるのは承知の上で。
 少女はみるみるうちに表情を無くしていった。同席の警官が止めようとした程に。
 少女は恨み言は言わなかった。ただ冷えた夕食の前、テーブルの上で両の拳を握り、肩を震わせ、顔を上げようとしなかった。
 つかさは戸口で黙って見ていた。胸は痛まない訳はなく、けれど自分は彼女ではなく。痛みも同じではないと強く思う。
 話し終わり、警官にここはと促され、番犬達は部屋を出る。
「……強く、生きて……」
 去り際にリーナが言った。それが彼女の願い。
「貴女は、お父さんの愛した宝物だから……」
 その時、ふと少女が顔を上げた。差し出されたカードに気がついたのだ。
「あの、」
「必要があれば使うと良い。別段使わなくても良い」
 口を開こうとした彼女を止める様にドゥマが続ける。
「父親の安心の、安息のために、持っておけ」
 少女はテーブルの上に置かれたケルベロスカードを見つめていた。ドゥマは黒衣翻し、仲間の後に続く。
(「必ず……必ず、片を付けねば」)
 泰明は改めて決意する。空も見上げず、地に視線を落とすこともなく。

作者:森下映 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月21日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 5/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 1
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