●かすかな思慕も、いずれ……
緑あふるる山中の、深い場所を抜けた先。青空さえも眩く思える崖の下、リュックサックを背負った大男がうつ伏せに倒れていた。
体中から血が流れ、満足に指の先も動かせない。
呼吸は乱れ、弱まり……少しずつ、少しずつ、命の灯火をかげらせていくようだった。
本人も死期を悟っているのだろう。震える瞳でざわめく低木を見つめながら、空気に似た言葉を発し続けていく。
「危険……だ……聞いてた……けど、まさか……俺……が……な……」
口元が僅かに持ち上がったのは、自分をあざ笑っているからか。
「油断、大敵……たぁ、このこと……か……畜生、まだまだ……山……登りたい、いっぱい……」
もう、かなうことのない夢を語り、失われた未来に思いを馳せる。
「それに……ママ……バーの……何人……玉砕……でも、一度……」
動かぬ腕でつかもうとしていたものは、果たしてどのような光景だったのだろうか。
「思いを……告……駄目なら……仕方、ない……バーの、ママ……どうか、ゲンキ、に……」
木々がざわめく中、事切れた男の体に影が差す。
虚空を漂う複数の深海魚型死神と、それを引き連れてきたらしい灰色の体を持つ人魚のような死神・エピリアだ。
エピリアはほほ笑みを浮かべたまま、男の遺体に対してゆっくりと手を伸ばしていく。
血だらけの体に、歪な肉の塊を埋め込んだ。
1秒、10秒、1分、2分と時間をかけて、男の遺体だったものは立ち上がっていく。
表情を変えることなく、エピリアは……。
「あなたが今、一番会いたい人の場所に向かいなさい。会いたい人をバラバラにできたら、あなたと同じ屍隷兵に変えてあげましょう。そうすれば、ケルベロスが2人を分かつまで、一緒にいることができるでしょう」
告げ終わると共に、エピリアは深海魚型死神を残しいずこかへと去っていく。
残された男の遺体だったものは……屍隷兵は足元をふらつかせながら、深海魚型死神を引き連れ街の方角へと歩きはじめた。
「バー……ママ……俺……俺……」
あるいは、壊れた肉体に残された想いのままに……。
●屍隷兵討伐作戦
「死神エピリアが、死者を屍隷兵に変化させて事件を起こしているようです」
セリカ・リュミエール(シャドウエルフのヘリオライダー・en0002)はそう前置きし、説明を開始した。
「エピリアは死者を屍隷兵に変え、その屍隷兵の愛するものを殺すよう命じているみたいです」
屍隷兵は知性はほとんど失っているが、エピリアの言葉に騙されて愛する人と共にいるために、愛する人をバラバラに引き裂こうと移動している。
決して、そんなことを許すわけにはいかない。
「屍隷兵となった方を元に戻すことはできません。しかし、これからの悲劇を防ぐことはできます。ですのでどうか、その手が愛するものの血で汚れてしまわぬ内に……撃破してきてください」
瞳を伏せながら、セリカは資料を取り出し続けていく。
「今回、屍隷兵となったのは、ダイスケさんという名前の中年男性。死因は崖からの滑落。結婚はしておらず、両親を亡くしてからは身軽な体で数々の山を渡り歩いていた……いわゆる山男と言われる方だったみたいですね」
そんな彼が想いを寄せていたのは、とあるバーのママ。相手が仕事で話を聞いてくれていることを知っていて、また、互いに身軽な方が良いとも考え、ずっと想いを心の奥に隠していたようだ。
「……生前のダイスケさんの想いとは裏腹に、屍隷兵はママさんがマスターを務めているバーを目指して歩いています。バラバラに引き裂き、共にいるために」
幸い、ケルベロスたちは屍隷兵がママさんがマスターを務めているバーはもちろん、街にすらもたどり着いていない段階で屍隷兵を迎え撃つことができる。
「場所は……木々が多い一方で道路からは遠いこの辺りが良いと思います。この場所なら、一般の方々が迷い込んでくることもないでしょうから」
そのため、避難誘導などに多くの意識を割かず、戦いに集中することができるだろう。
今回の屍隷兵は、とにかく目の前の邪魔者をぶっ飛ばして排除する、あるいは叩きのめすことを目標に行動してくる。
トレッキングポールを得物とし、エクスカリバールのような性質のグラビティを使ってくる。
内訳は防具ごと相手を破壊するバリケードクラッシュ、破壊した防具を更に粉々にする撲殺釘打法、避けることを許さぬ投げバール。
「以上で説明は終了となります」
セリカは資料をまとめ、締めくくった。
「ダイスケさんに対して、色々な思いはあると思います。ですが、このままではさらなる悲劇が訪れてしまうのも事実……ですのでどうか、全力で……ダイスケさんの体を、眠らせてあげてください。どうか、よろしくお願いします」
参加者 | |
---|---|
リシティア・ローランド(異界図書館・e00054) |
ラビ・ジルベストリ(恩讐ここに無く・e00059) |
叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722) |
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287) |
サクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412) |
ノイア・ストアード(記憶の残滓・e04933) |
藤林・シェーラ(曖昧模糊として羊と知れず・e20440) |
リール・ヴァン(良物件求ム・e39275) |
●山は全てを抱いてくれるから
木々はざわめく。
太陽を空に閉じ込めたまま。
世界を優しい闇に満たしたまま。
人の手によって切り開かれた山道を除き、影色の静寂に抱かれている山の中。戦いに備え人払いを行っていたケルベロスたちのもとに、偵察へと赴いていた叢雲・宗嗣(夢謳う比翼・e01722)とリール・ヴァン(良物件求ム・e39275)が戻って来た。
目算では後1分もすれば、想いだけを暴走させられた男……ダイスケがやって来る。
彼をあるべき存在へと還すため、リールは他の仲間たちと同じく草むらの影に隠れていった。
脳裏に浮かぶのは、ダイスケへの思い。
死者を想い生きる自分と、聖者を想いながら死にゆくダイスケの、一体どこに違いがあるのだろうか……?
答えなど出ない、出せるはずもない。
ただ、時は刻一刻と近づいていく。
ダイスケに気取られぬよう一人、また一人と呼吸を潜めていく。
藤林・シェーラ(曖昧模糊として羊と知れず・e20440)もまた口を閉ざし、ゆっくりと首を横に振っていく。
死んでまで利用されてしまうなど、やるせない。あるいは、デウスエクスだと価値観が違う、コギトエルゴスムからの蘇生と同じように捉えているのかもしれない。
もっとも、考えていても仕方のないことなのだけど……。
……草むらが揺れる。
枝葉の擦れる音が響く。
ジン・シュオ(暗箭小娘・e03287)は駆ける。
音の在り処へ。
草むらの影から顔を覗かせた、虚ろな目をしたダイスケに狙いを定めて。
「……仕事の時間よ」
呟きが消える頃、ダイスケの瞳にもジンが映る。
即座にジンは姿勢を落としダイスケの瞳から姿を消した。
「苦痛与えるはない。すぐ眠るさせるよ」
地面に手を置き、全体重を預けていく。
勢いは全て足に乗せて振り抜いた!
ダイスケが転ぶ。
ジンは左側へと飛び退る。
今まで彼女がいた場所を、一匹の龍の幻影が駆け抜けた。
「死体同士が一緒になってもそれは元の二人ではない。どの道あんたは終わってるのよ。疾く、消えなさい」
担い手たるリシティア・ローランド(異界図書館・e00054)が視線を向ける先、龍の口に飲まれたダイスケの身体が炎上し始める。
さなかにもケルベロスたちは次々と奇襲をかけた。
付き添ってきたらしい深海魚型死神など最初からいなかったかのように蹴散らすことができたほどの勢いで。
にわかに殺気立ち始めた山の中、一つ目の邂逅を終えた宗嗣はゆっくりと漆黒の刀身を持つ刀を構え直し、炎に抱かれながらも立ち上がろうとしていくダイスケを見下ろしていく。
ふらつきながらも立ち上がったダイスケはケルベロスたちを見回した後、山の麓……生前に思慕していたというバーのママが経営している店の方角へと向き直った。
「ママ……バーの……ママ……」
歩き出す様子がないのはケルベロスたちがこの場を塞いでいるからか。
通してくれない事を知っているからか。
それでもなお願いを口にし続けるダイスケの喉元に、宗嗣は切っ先を突き付けていく。
「……君の夢は、もう叶わないけれど。それを台無しには、させないから……」
蜻蛉の翅の如き炎をちらつかせ、混じり合うことのない赤も瞳に映し。
深い息を吐くと共に、逆巻く炎を刀身へと収束させていく。
黒の中に収められた灼熱は細く、鋭く。
宗嗣が大地を蹴ると共にダイスケの左胸へと吸い込まれ……。
「……」
貫き、焼く。
されどダイスケは倒れない。
屍隷兵の証とでも言わんばかりに、体を焼かれたままケルベロスたちとの距離を詰め始める……。
●ただ、想いのままに
ちりちりと嫌な臭いが漂う中、ダイスケが荷物からトレッキングポールを引き抜いていく。
すかさずサクラ・チェリーフィールド(四季天の春・e04412)はボクスドラゴンのエクレールと共に正面へと踏み込んだ。
ツルハシのように振り上げられていくトレッキングポールを見上げながら、サクラはゾディアックソードを横に構えていく。
動きと共に呼吸を止めた。
見つめる先、トレッキングポールが振り下ろされる。
ゾディアックソードを振り抜き弾き返す。
構えを戻す暇もなく、姿勢を強引に引き戻したダイスケが再び振り下ろしてきた。
「っ!」
剣では間に合わない。
されどトレッキングポールは刺さらない。
間に祈りに導かれた守護が割り込んだから。
力任せに打ち破らんと震えるダイスケの腕を見て、サクラは静かな思いを巡らせていく。
もう一度会いたい、その気持ちはわかる。
こんなに歪められては可哀想。
だから……。
「……ここで終わらせて差し上げましょう」
できる限りの笑顔で送るため、体の中心めがけて炎弾を放つ。
焼かれながらも腕を引き退くダイスケの背後にはジンがいた。
低い姿勢のままももを裂く。
トレッキングポールを引き戻そうとしてバランスを崩したダイスケの体には影が差した。
リールが喉仏に蹴りを叩き込み、再び尻もちをつかせていく。
「その手が生者へ届くことはない……! 届いてはいけないんだ!」
戦いはケルベロスたち優位で推移している。
油断する訳にはいかないから、ラビ・ジルベストリ(恩讐ここに無く・e00059)は爆破スイッチを押し込んだ。
大きな音とともにカラフルな爆煙が立ち上り、前衛陣を抱き始めていく。
「……」
足りない部分は任せると、ノイア・ストアード(記憶の残滓・e04933)に視線を送る。
ノイアが頷きUSBメモリを取り出していくさまを見て、改めてダイスケへと向き直った。
山に登り、滑落し、命を落とし……想いを利用された。
それを愚かとは言わない。想いは本物なのだろうから。
「……故に此処で終わらせてやる。有難く思う必要はないぞ、善悪とは所詮相対的なものだからな」
再び爆破スイッチを握り込み、カラフルな爆煙にて最前線を飾っていく。
力と共にある煙に巻かれながら、ノイアのミミック・アランがダイスケに噛み付いていた。
トレッキングポールによる一撃は、時にひどく避けづらい。
サクラが、エクレールが、アランがその一撃を受け止めるたび、ノイアは新たなUSBメモリを取り出した。
「癒やしの音源ファイルをダウンロード……完了。回復を行います」
気力を注ぎ、耐えるための力を取り戻させる。
再び前線へと戻っていくさまを見送りながらアランにも視線を送った。
頷くような素振りを見せ、アランがダイスケに噛み付いてく。
炎に焼かれ、刃に牙に切り裂かれ、ダイスケの体からは命の赤がとめどなく流れ落ちていた。
動きが鈍ることはもう、ないのだけれど。
「……」
だからこそ、許せない。
人の心を利用して愛する者を殺すなど。
想いを託すために新たなUSBメモリを取り出し、爆破スイッチを押し込んだ。
カラフルな爆煙に背を押され、リシティアが彗星の名を関した魔杖でダイスケの体を突き上げていく。
「……」
抵抗せずに吹っ飛んでいくダイスケを見つめながらリシティアは再び距離を取った。
追いかけるかのように、ダイスケがトレッキングポールを投げてくる。
くるくると回転しながら迫るトレッキングポールの進路上にはサクラが割り込んだ。
「っ!」
横に構えた剣で弾き返し、肩越しにリシティアに視線を送っていく。
「大丈夫、守ります」
「そして、私たちが癒やします」
ノイアが治療を開始した。
ラビも手伝っていく様を横目に捉えながら、シェーラは慎重に狙いを定めていく。
細められた瞳の中、ゆらりゆらりと揺れながらも抵抗し続けているダイスケ。
時に右へとよろめいて、振り下ろされた斬撃をかわしていく。
時に尻もちをついたなら、その頭上を炎の弾が駆け抜けていった。
偶然か、本能からくる計算か。
いずれにせよ……。
「……あまり避けないでね。あなたも、早く終わらせたいでしょう?」
腰を落とし、得物を構えたまま大地を蹴る。
間合いの内側へ踏み込むと共に振り抜いた。
ダイスケの体に横一文字の傷跡が生まれていく。
にじみ出る血は新たな炎を招き、その熱量を倍増させた。
身体の一部が黒く変色し始める。
炭となってこぼれ落ちてしまう指もあった。
動きも、鈍く――。
「……執念は見事だ。けど、もう……」
――宗嗣が非物質化した刃で斜めに切り裂くも、ダイスケの戦意が失われることはない。
炎に抱かれたまま、呪縛に囚われたまま、それでもなおトレッキングポールを掲げていく。
「ママ……ママ……俺は……俺、は……」
止まることなく振り下ろされていくさまを前に、シェーラは静かなため息を吐き出し、金貨を……。
●雄大なる自然の中で
ノイアがアランを治療する。
「まだ、大丈夫ですね」
頷き、アランは元気に最前線へと戻っていく。
その口が大きく開かれた時、リールの撃ち出したワイヤーアンカーがダイスケの脇腹に突き刺さっていた。
「大切な想いがこれ以上傷つく前に……眠ってくれ……!」
アンカーに……ダイスケの身体にプラズマ砲を流し込み、100%の威力で炸裂させた。
脇腹が吹き飛ぶ。
ダイスケの体が大樹へと叩きつけられていく。
祈るように見つめるが、ダイスケは再び立ち上がった!
「っ……」
リールは瞳を細めながら腕に装着してあるガトリングを展開し、立ち上がらんとしていくダイスケに突き付けていく。
リロードが終わるまでの時間を埋めるかのように、リシティアが定められた言葉を紡いでいく。
回避もままならないだろうダイスケの傷跡を無機質な灰色へと変えていく。
「もう、眠りなさい。とうに限界は超えているのだから」
「手向けだ。食うといい、恵んでやる」
ラビが魔力を角砂糖に変換し、ダイスケの口の中へと放り込んだ。
溶けかけた角砂糖が爆発した時、何枚ものコインがダイスケの体を貫いていく。
「厄あるところに呪いあれ!」
担い手たるシェーラが放ち続ける中、リールもまたリロードを終えガトリングガンを乱射した。
全身を貫かれ、もはや流すものなど残っていない。
溢れるものがあるとするならば、想いだけ。
「ま……お……ま…………」
トレッキングポールを支えにしても立つことはできていない。
けれど倒れる気配もなく……。
「出なさい煉獄蝶。連れていくには丁度いい手合いよ」
リシティアが人と触媒を用い、煉獄に住まう黒鳳蝶を招聘。
真っ直ぐにダイスケを指し示せば、黒鳳蝶は飛んでいく。
ダイスケをあるべき姿へと還すため、残されていた全てを塗りつぶす。
静寂が訪れた。
木々の緑とともにある、優しい優しい静寂が。
涼しやかな風が奏でるざわめきだけが聞こえる、静寂が。
各々の治療や周囲の修復など、事後処理を終えたケルベロスたち。
ラビは物言わぬ躯に戻ったダイスケを見下ろし、ただ静かに目を細めていく。
哀れみは無粋かもしれない。
けれど、本懐を果たせなかった男というのはいつだって自分と紙一重。
「泣きはしないが覚えておいてやろう」
「ゆっくり眠ってください。もう貴方を無理やり動かすものたちはいません、大好きな山の中で、ずっと」
サクラも贈る、手向けの言葉を。
風に乗せ木々の向こう側へも届くように。
様々な形で時を過ごしていく仲間たちを見つめていた宗嗣は、音もなく街の方角へと踵を返した。
「それじゃ、戻ろうか」
手にはニチアサソウの押し花を。
ダイスケの愛したバーへと贈るため。
ジンが頷き、隣に並んでいく。
「……」
手の中には、何度も修理された跡がある腕時計。
奇跡的に残されていた腕時計。
もう、その針が時を刻むことはないのだけれど……。
作者:飛翔優 |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月13日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 0
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