流るる水の如く

■リプレイ

●邂逅
「やり口は気に入らぬが……面白い！　その腕前を試してくれようぞ！！」
　服部・無明丸（オラトリオの鹵獲術士・e30027）が誰もいない山林に向け、わははと笑う。
　ずんずんと突き進んでいく彼女を頼もしく思うか不安に思うか――黒いパンツスーツ、髪もシンプルに纏めた一之瀬・瑛華（ガンスリンガーレディ・e12053）は何も言わず、嫋やかな微笑みを浮かべるだけだ。
「水のように……截拳道のような感じでしょうか」
　訊いていた武術の特徴を思い返し、小首を傾げれば、型はそうかもなとラティクス・クレスト（槍牙・e02204）が応じる。
「叢雲流と似た部分もありそうだが、さてどんなもんか楽しみだ」
　にや、口の端を笑みで歪める。
　何せひとつの武を極めた理想の顕現らしい。強い武術家が相手なら、心が湧く――彼はそういう性質だった。
「如何なる流派問わず、水に象るは兵法の極意とは孫子の時代から語られることですな。しかし『静』のみが武術の神髄にあらず」
　尾神・秋津彦（迅狼・e18742）が淡々と受ける。
　――放っておくと彼らの論議は延々と続くのではないか？
　メィメ・ドルミル（夢路前より・e34276）は後ろから気怠げな視線を送っていた。
　――彼らが分け入った山林は閑散としていた。踏みしめた木の枝が折れる音が妙に響くような静寂。人気が無いとは訊かされていたが、鳥のさえずりひとつ聞こえない――元々静かなのか、危険を察し息を潜めているのか。
　これは相手にとって優位な状況であろうか――否、ケルベロス達にとっても、相手を引き寄せる好都合な環境であろう。
　相手は強い闘気を読む達人。声をあげずとも邂逅は叶う。
　茂みの向こう、極めて薄い気配を察した除・神月（猛拳・e16846）がにや、と嬉しそうに笑う。
　真っ先に声を張り上げたのは、無明丸。
「よくぞ参った！　だがここより先へは一歩たりとも進ませぬ！　一歩たりとも退かせもせぬ！　ここが終点と心得い！！」
　拓けた場所に堂々と仁王立ち、逃さぬよう、焚きつける。
「さぁ！　いざ尋常に勝負いたせ！！」
　加減をしない声が、木霊する。
　それに応えたか、ドリームイーター――如水がケルベロス達の前へと姿を現した。
「武術家ってんならまずはこっちの相手をしてもらおうか。叢雲流『槍牙』ラティクス・クレストだ。楽しませてくれよ！」
　雷神の名を冠した槍を軽く薙いで、ラティクスが名乗りを上げる。
　何処か親しみさえ込めた彼の一歩後ろ、瞑目していた秋津彦が静かに顔を上げる。
「我が流派は尾神一刀流――伊東一刀斎師直伝の刀法なり。貴殿の技がそれに劣らぬと思うなら、堂々と立ち合うべし！」
　嫩葉の瞳で相手を射貫き、柄を下げ、言い放つ。
　ギターの弦を試すようにひとつ爪弾き、イピナ・ウィンテール（眩き剣よ希望を照らせ・e03513）はその響きに頷き、
「デウスエクスとはいえ、武の神髄を極めんとするその意気は立派なものです。ここで潰える程度の儚い真髄ですが」
　良く通る声音で、挑発した。
　相手の顔はモザイクで隠れているため、彼らの言葉が如何に響いたのかは解らなかったが、周囲の空気はぴりりと強ばった。
　一触即発の気配を前に――当然ではあるのだが――姫宮・楓（異形抱えし裏表の少女・e14089）がぽつりと零す。
「……どうしよう……、私……場違いな場所にいる気がする……」
　そうでもないぜ、メィメは肩を竦める。
　仲間達の有り様を貶める気は無いが、真剣勝負も武術も『魔法使い』には関係の無い話だ。
「それじゃ、どうも、殴って言い聞かせあおうぜ。真剣勝負、好きなんだろ」
　……おれは嫌いだけどな、と零す彼の様子に、くすりと笑う気配があった。
「ふふ、そう邪険にしたものでもないですよ？」
　相手の挙動を冷静に見つめながら、瑛華も構えをとる。銃を構えるか、徒手か。いずれともつかぬ姿勢だ。
「じゃ、始めようゼ！」
　楽しげに笑う神月が先陣を切って、ドリームイーターへと躍り掛かった。

●相対
　破壊のルーンを無明丸がラティクスへと送り、同時、秋津彦が輝くオウガ粒子を放出する。
　降り注ぐ輝きを浴びながら、ラティクスは闘気を練り上げる。
「縛れ《魔眼》！叢雲流牙槍術、参式・睚眦！」
　圧縮された闘気によって作り出された無数の球が、如水へと放出される。
　相手は動かぬ。正面から放射状に追い込まれても、そのまま待つ。
　それらを撫でるよう如水は動いた――恐らくは払い落とす意図を持って。しかし、その球体は敵に触れるなり破裂し、粘性の物質としてべとりと貼り付く。
「叢雲流とは体内の氣を操り、強化や様々な現象・物質に錬成する武術――簡単には振りほどけないぜ」
　にやと笑った彼が身を翻すと、低い姿勢で銃を構えた瑛華が待つ。
「……捉えました」
　高らかな発砲音、タイミング的には不可避であろうその一撃に、如水は一歩前に動く事で応じた――脚を狙う弾丸に向かい、避けるのではなく芯を外してやり過ごす――ドリームイーターでなくば、痛みと恐怖で選べぬ行動であろう。
　感心している暇はない――間隙を許さず、背後から煌めく軌跡が斜めから振り下ろされる。
「おれの魔法の練度とあんたの武術……どっちが上か、見てもらおうじゃねえか。夢喰に食われたもんが最高の武術か？」
　挑発と同時、メィメの重力を乗せた一撃はそれの肩口を掠め、その身を僅かに削ったが。
　期待した手応えには遠い。しかし、漆黒の髪の間、メィメは橙色の瞳が淡々とそれの向こうを見やる。
　煌めきと交差するように、虹が、急下降する。
　メィメと挟撃するイピナの鋭い蹴撃も、腕で払うことで軸をずらされた。ひとたび彼女が距離を取ったのを追わず、如水は構えを改める。
　ゆっくりと気を全身に循環させるように呼気を整えている――やれ、形は堂に入ったものだと、幹を蹴り上げ、梢に陣した秋津彦は目を細めた。
　次の挙動、相手の動きを読み解くには、まだ情報が足りぬ。
（「さあ、ちょっとした耐久ライブ…とでもいきましょうか」）
　すっと息を吐き、歌い出しながら――見極めてやると、イピナは真摯な眼差しで、敵を見る。
　仲間達が目まぐるしく仕掛けるのを見送るだけであった楓は、祈るように手を組む。
「私の中の異形の魂……、お願い……！　私を……皆を……、助けてあげて……！」
　皆と戦うため、楓は内に眠るデウスエクスの力を解き放つ――金髪紅眼の女が不敵に笑う。好戦的な視線でもって相手を睨め、
「ハッ、清流で黒螺旋の激流が止められると思うてか」
　黒きオウガメタルを身に纏いながら、軽やかに地を蹴った。

●応酬
　単一対複数であれば、間違いなく後者が優位である――されど、単一同時がぶつかる瞬間は油断ならない。実際、敵の繰る掌打も気功破も、容易くケルベロスの守りを打ち砕く威力があった。
　常に如水の動きを注視し、その攻撃を受け止めるべく、ラティクスとイピナが仲間達の前に立つ。
　頭上の枝が揺れた、と思えば、秋津彦が稲妻を纏った刃で強襲し、制空する。無明丸のルーンで強化されたカエデの螺旋が空気を凍らせながら正面を捉える。
　双方の攻撃に合わせ、距離を詰めた瑛華が脚を払う。不思議な脚捌きでそれを躱すが、体勢は崩れる――踏み替え、振り上げるような回し蹴り――軌道を変えた電光石火の蹴撃は、狙い通り、モザイクの後頭部を捉える。
　ぐらりと相手が俯せに傾いた――ラティクスは、お、と奇妙な声をあげた。鋒が捉えていた相手を瞬間、見失ったのだ。
　――そう、気をつけねばならないのは、この敵の気配の薄さだ。常に視界に捉えるように心がけているにも関わらず、不意に存在が揺らいで、次の瞬間に距離を詰められている事がある。
　仲間へ視線を送った時。それが攻勢に転じようとした時、あらゆる瞬間にそれは起こる。
（「こちらの動きを的確に読んで、正確に隙をに突いてくる。集中力が切れたら、やられる……！」）
　イピナは歌に力を籠めながら、目を凝らす。相手は実際に消えたわけではない――既にそれは然るべき所へ仕掛けているのだ。
　転がるように前のめりに、如水は体勢を深く落としていた。
　メィメの縛霊手がその背を薙ぐ――網状の霊力の隙間を縫って、それは気功破を彼へと放つ。
　至近距離からの反撃を遮るように、脇から槍が差し込まれる。
「……なんてな」
　飄々とラティクスは槍を返し、メィメとの間に身体を入れる。
　縦に構えたそれで威力を殺しながらも、皮膚の表面が溶けるような熱量を感じる――だが、腕だけだ。弾いた気功破は木々を穿ち、天を覆う枝葉にぽっかり穴が空く。
「今回復してくれようぞ！　ぬぅあああッ！」
　空を拳で打つ音が響き、無明丸がすかさずルーンを放射する。
　助かる、短く告げてそのまま彼は構え直す。その間にも既に戦況は動いている。
　流転するように身を翻した如水へ、カエデが螺旋を纏った拳を振り下ろす。合わせて拳を繰ることで、威力を殺そうとしたのだろうが――。
　螺旋の力に引き裂かれるように、それの皮膚が裂けていった。ドリームイーターの肉体は人の物ではないのだろう、表面が細波のように揺らいだだけで、血は流れない。
　重ねた呪が効いている――だが、此処で気を緩めてはいけない――繰り出された掌打の前に、イピナは飛び込み受け止める。
　仲間を鼓舞し、守る歌を奏でながら、彼女は好機を報せるべく顔を上げた。
　真っ直ぐ駆け抜けた神月の降魔真拳、一度駆け抜け折り返しに幹を蹴った秋津彦が変則的な軌道をもって、胴を払う。空の霊力を纏わせた大太刀が広げた傷に向け、瑛華の放ったオーラの弾丸が正確に射貫く。
　更にメィメの気咬弾が追撃し、勢いを殺しきれなかったドリームイーターは膝を着いて身を守る姿勢のまま、数メートル吹き飛ばされた。
　倒れていないが、随分と輪郭がぼやけ始めている――。
　縛霊手を手招くように振り、メィメがさっさと立てと冷たく告げる。
「おれはさっさと帰って寝たい。なにせ魔法使いだからな」

●破砕
　神月が満月に似たエネルギーを解き放つ――蜜色のルナティックオーラを浴び、感覚が研ぎ澄まされていくのをイピナは感じながら、武器を握り直す。
　歌は止めない。だが、そろそろ最後の曲だ。
　その舞台に最高の一撃を送るべく、地を駆る。
「穿つ落涙、止まぬ切っ先。」
　春夏秋冬・夕立、謡ったように、名のように、途切れぬ刺突で攻め立てる。
　此処まで追い込まれてもなお、如水はその鋒を見極め、身を返すことで存える。首元に風を斬り裂く気配を感じ、それは唐突に腕を振り上げた。
「女の細腕・柔肌と油断するな、これは鉄も抉るぞ！」
　黒い螺旋を掌に、カエデが無駄だと嗤う。吐息が掛かるほどの距離から、叩き込む。
　既に形がかなり崩れた腕を螺旋は更に無惨に破壊した。それでも、まだ相手の身体の軸はぶれぬ――その様に、瑛華は艶美に微笑む。そうでなくては、武の心得のある一人として沸き上がった昂揚を宥めて立ち回る。
　彼女の長い銀髪が踊る――それは激しく乱れる動きではなく、優雅に舞うように。
　伸ばされた腕を軸に下に潜り込み、瑛華は更に前へと跳んだ。
　加速と全体重を乗せて繰り出した音速の掌打を、低い位置から顎へと叩き込む。
　如水は仰け反る――彼女の攻撃を受けたからでもあり、勢いを殺すため、でもある。
「だがその体勢では、これは躱せまい」
　淡々とした声は横からあった。
　ここで初めて披露するわけでもあらぬがと、秋津彦は鍔を指で押しながら、改めて唄う。
「この一太刀、霊峰より吹きし膺懲の風なり」
　尾神一刀流『筑波颪』太刀に真空の霊力を纏わせ、抜き打ちに斬りかかる。
　強烈な一閃は如水の体を逆袈裟に奔り――両断には至らぬが、深い傷がぱっくりと口を開いている。
　ぐらり、とそれは蹌踉めいて数歩後退った。気力を循環し、傷を埋めねば――そう思ったのか身を縮めこんだそれは、不意に、忘我へ落ちる。
　――眼前からケルベロス達が消えた。
　花々が舞い絶えぬ乱痴気騒ぎ、幸せそうに人々が微笑み、その不自然な輪の中に当然のように浸るそれ。
　ドリームイーターが夢を見るのかどうか。見たところで――その覚醒の虚無感を得るのか、それはメィメの知る限りではないが。
「良い夢だったろ、覚めれば終わる。」
　しかと届いたであろう、真夏の夜の夢――。
　刻み込まれた全身の傷から、ぽろぽろと硝子のように何かが零れている。内側から蝕まれ、崩壊が始まっているのだ。
　それでも、否、だからこそ――それは腰を落とすように身構えた。モザイクで見えぬ顔が、接近するラティクスの影を捉えていたのは間違いない。
　いい覚悟だ……至近距離から真っ直ぐに応える。演算ではそれが最良だと出た――駄目押しの槍撃は、完全に相手の鳩尾を貫いた。
　重なったのは、山林全体を揺らせるのではないかというほどの大声量。
「ぬぁああああああああああーーーーーッ！！！」
　気合いをそのまま腹の底から発し、無明丸が駆け抜けた。弾丸のように飛び出した彼女は、輝く拳を全力で叩きつける。
　無明神話、まさしく全身全霊の一撃が追い打ちをかける。
「貴様の武術、見切ったり！　貴様には複数の相手と戦う術がない！　それが敗因じゃ！！　さあ！いざと覚悟し往生せい！」
　豪快に笑いながら振り抜けば、ドリームイーターはその力量に耐えきれず、霧散したのだった。

●夢の果て
「わははははっ！　この戦い、わしらケルベロスの勝ちじゃ！　鬨を上げい！」
　拳を突き上げ、無明丸が笑う傍で、ラティクスは槍を抱えたまま、思い返して頷く。
「見えなくても、気を追ってオレを捉えていた、か……骨のある奴だったな」
「……よくやるよ、武術家」
　最後まで戦おうとしたドリームイーターの姿を思い出し、メィメは嘆息する。
　まさしく死ぬ瞬間まで戦おうとしていたそれ。ドリームイーターであるからではなく、それが生み出した者にとって理想の武術家像であるのだ――いや、まったく理解できない。彼はひとりごつ。
　傷付いた木々や大地を癒やそうと、動き始めている楓――すっかり元に戻っている――に手を貸しつつ、瑛華は拳を合わせた感覚を思い返す。
　イピナと秋津彦が既に介抱すべく向かっている、その武術家。さて、彼があの高みに辿り着けるは、いつのことだろうか。

　青年はすぐに意識を取り戻した。ドリームイーターと拳を交わしたあたりから記憶を失っているようだったが――イピナの見た限り、少し休めば問題なさそうであった。
「とんだ災難ではありましたが、これで修行を諦めたりはしないでくだされ」
　秋津彦は穏やかに声を掛ける。
「『静』を極めるとは、技術は元より明鏡止水の不動心も求められる厳しい修行かと存じます。いずれ成った暁には、手合わせいたしましょうぞ」
　一武人として、それは心からの願いであった。

作者：黒塚婁	重傷：なし 死亡：なし 暴走：なし
種類： 公開：2017年9月15日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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