結んだ想い

作者:深淵どっと


「や、やめてっ! やめて……お願い……!」
 その日、森川家の平穏な日常はあまりにもあっさりと幕を下ろした。
 家族の賑わいの団欒は阿鼻叫喚に、温かみのある夕飯の優しい匂いは血溜まりに沈み、消えてしまう。
 その惨劇の中心に立つのは、黒衣を纏った怪しげな男だった。
「結希は……お姉ちゃんは……殺さないで!」
 最後に残ったのは、次女である森川・望結。迫り来る男を庇うように、長女である結希に覆い被さる。
 心臓を一突きにされ、もうぴくりとも動かない姉。しかし、それでも、望結はその場を動こうとしなかった。
「お姉ちゃん……お姉ちゃん……今度は、あたしが、守るか――」
 懇願するような少女の声は、無慈悲にも途絶える。
 それは、あまりにも悲しい惨劇の幕開けに過ぎなかった……。


「最悪の事態になっちまったな……」
「……これは……酷いな。いや、しかし、慶くんの調査が無ければ、被害が広まっていたのは間違いないだろう」
 フレデリック・ロックス(蒼森のヘリオライダー・en0057)の言葉に、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)は何とも言えない表情を返す。
 事件の内容が内容だ。察知できたとは言え手放しに喜ぶことはできないだろう。
「とにかく、気持ちを切り替えよう。諸君、螺旋忍軍の傀儡使い・空蝉の手によって作り出された屍隷兵による事件が発生する、キミたちにはこれを食い止めてもらいたい」
 空蝉は仲の良い家族の死体こそ、強力な屍隷兵を作るために適した材料だと考え、家族の死体を繋ぎ合わせた屍隷兵を作っているようだ。
 今回、狙われたのは森川一家。祖父、祖母、父、母、そして女の子の双子、計6人で1体の強力な屍隷兵を、更に余った素材で2体の屍隷兵を作り出しているようだ。
「空蝉が屍隷兵を作る前には止められないのか?」
 慶の言葉にフレデリックはゆっくりと首を横に振る。
「残念だが、ヤツは既に姿を晦ました後だ、この場で痕跡を探すのも難しいだろうな。しかし、屍隷兵が近隣住民を襲う前に、止めることはできる。彼らの手で惨劇を引き起こしてしまう前に、止めるしかない」
 屍隷兵は先程も言ったように、森川一家を使って作り出された大型屍隷兵が1体。余った素材で作られたものが2体。
 この2体の戦力はそれほどではないが、麻痺毒による攻撃は放置しておくには些か危険かもしれない。
 大型屍隷兵も普段のデウスエクスに比べれば脅威ではないが、それでも一撃の威力は侮れない。どの順番で倒していくかは、しっかり統一しておくと良いだろう。
「彼らを元の姿に戻す事はもうできない……心苦しいとは思うが、その魂を救うためにも、終わらせてやってくれ」


参加者
星宮・莉央(夢飼・e01286)
マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)
鷹野・慶(蝙蝠・e08354)
ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)
アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)
ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)
八尋・豊水(忍を以て忍を狩る・e28305)
津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)

■リプレイ


 その日は、そよぐ風が心地よい静かな夕暮れだった。
 陽は沈みかかっているが外はまだ明るく、家から出てきた『それ』の姿も鮮明であった。
 蓄積された習慣が残っているのだろうか、律儀に玄関の扉を力任せに押し開けて出てきた『それ』はゆっくりと生者の臭いに引き寄せられる。
「……止まれ」
 その前に、8人のケルベロスが立ち塞がった。
 静かに言い放ち、鷹野・慶(蝙蝠・e08354)は自分たちが対峙する存在を真っ直ぐ見据える。
 それは、人間の臓腑と骨肉を繋ぎ合わせて作った、出来の悪い人形のようであった。随所に埋め込まれた頭部は、見る人が見れば、その材料が何なのかすぐにわかるだろう。
 近隣住民の避難は桐山・優人(リッパー・en0171)が中心となって行っている。万一に備えたキープアウトテープも万全、後は……倒すだけ、だが。
「……やり難い相手だな、どうにも」
 仲良く眠るように並ぶ、よく似た少女の顔は、場違いな程に穏やかな表情を浮かべていた。
 その光景に慶は表情を曇らせ、計6人分の肉の塊となった無惨な家族の姿を前に、星宮・莉央(夢飼・e01286)は絞り出すように言葉を零す。
「家族の絆が屍隷兵を強くする? ……こんなの、間違ってる」
「屍隷兵の技術流出……ここまで厄介になっているとはな……」
 ただでさえ生命への冒涜であるその技術を、最悪な存在が手にしてしまった結果が、これだ。アスカロン・シュミット(竜爪の護り刀・e24977)も、思わず眉根を寄せて呟く。
「でも……これ以上、辛いことが起こる前に……倒さないと」
「あぁ、涙や情けだけじゃ救えねえモンがある……せめて、地獄へ行くのだけは止めてやる!」
 まるで自身に言い聞かせるように、ルビー・グレイディ(曇り空・e27831)は深く息を落とす。
 救えるならば――そんな事は、もう十分過ぎる程には悔やみ、ここにいる。
 ランドルフ・シュマイザー(白銀のスマイルキーパー・e14490)もまた、そんな覚悟を胸に、武器を構える。ここで彼らを止められなければ、空蝉の思うままに悲劇は広がり続けるのだ。それだけは、止めなくてはならない。
「せめて弔ってやろう。彼らの、平穏のためにも」
 砕け散ってしまったものは、もう二度と戻らない。
 滲み出る悲しみも、溢れる怒りも今は胸にしまって、マサムネ・ディケンズ(乙女座ラプソディ・e02729)も戦闘態勢に入る。
 そんなケルベロスたちに対し、屍隷兵はただ微かに肉塊で出来た腕を蠢かせた。
 それに呼応するように、団欒の消えた屋内から現れたのは2体の屍隷兵。一回り小さく、歪な身体を弱々しく引きずる姿は、とても戦力になるようには見えない。
 いや、恐らくは元より戦力として作ったのではないのだ。……これは、ただの『実験の結果』だ。
「許せない……いくよ、李々。螺旋忍軍の凶行は何度だって止めてやろう……絶対に!」
 こちらを行く手を阻む敵と認識したのだろう。ゆっくりと距離を詰める屍隷兵。
 八尋・豊水(忍を以て忍を狩る・e28305)はビハインドの李々に合図を出し、口元をスカーフで覆った。
 こうでもしなければ、溢れてしまう。強く渦巻く悲しみも、怒りも。
 そして、この凄惨な戦いの背後に潜む、空蝉の存在に思いを馳せているのは津雲・しらべ(薊と嗤う・e35874)も同じであった。
「あなた達の想い……全部、背負うから……この悲劇は、ここで終わらせてみせる」


「地獄へ送るが仕業なれど、行かせぬも又俺達番犬! すぐにその苦しみから解放してやるからな……!」
 こうなってしまっては、葬り去る事こそが唯一の救いでしかないだろう。歯がゆい思いを噛み潰すようにランドルフは奥歯を噛み締め、硝子細工のように繊細な刃にグラビティ・チェインを乗せていく。
 2体の屍隷兵は動きも鈍く、感じ取れる力も弱い。今のケルベロスたちの実力なら数発で、その悪夢を終わらせる事ができるだろう。
 だが、肉塊と化したその身に刻まれている敵意は、飽くまでも牙を剥く。
「李々、お願い!」
 蠢く肉片がばっくりと裂け、そこから弾ける毒の飛沫がランドルフを襲う。
 それを遮ったのは、ビハインドの李々。そして続くもう1体の攻撃をマサムネのウイングキャット、ネコキャットが防ぐ。
「断ち切れえッ!」
 サーヴァントたちが拓いた戦線を、ランドルフの放った銀閃の刃が斬り裂く。
 大きく揺れる屍隷兵。だが、流石に一撃とはいかない。
 サーヴァントが浴びた毒は、致死性こそないが神経性の強力なもののようだ。莉央はステップから溢れる花弁のオーラで、その毒素を分解していく。
「こんなの、戦いですらない……終わらせないと」
「あぁ……それができるのは、俺達だけだ。……戦線を支えるぞ! ヘカトンケイレス!」
 そして、それに続いてアスカロンは紙兵の守護を仲間たちに施していく。
 呪具より舞い出る紙兵たちに力を添えるのは、かつて戦った屍隷兵。その散っていった命の残滓。
「よし、これで――」
 仲間たちのグラビティで戦闘態勢を整え、マサムネが戦線に踏み込もうとした瞬間だった。
 今までの緩慢な動きが嘘のように、大型屍隷兵の影が頭上に落ちる。
「危ない!」
 無理矢理繋ぎ合わされ、肥大化した筋肉が繰り出す強大な暴力。
 そこへ咄嗟にルビーが割り込み、ゾディアックソードの刀身とそれを支える細腕で受け止める。
「ごめんね、もう少しだけ待ってて……!」
 刀身で受けて尚、凄まじい衝撃。それを、煌めく星座の加護で和らげていく。
 威力は油断ならないが、こちらも十分な防衛を敷いている。よほど長期戦にならない限りは押し切られる程でもないだろう。
 そして、攻防は続き……屍隷兵の1体をウイングキャットのユキが切り裂く。
「……怖かったよな、きっと。でも、もう――」
 次の瞬間、よろめいた屍隷兵を慶のブラックスライムが貫いた。
 不自然に肉塊から突き出た腕が、天を仰ぐように震え、ぐらりと崩れ落ちる。
「もう、これで終わりだから」
 胸に過るのは、戦いへの高揚でも、勝利への会心でも無い。ただやり切れない思いを抱いて、それでも戦いは続く。
 今にも崩れそうな肉体を酷使して暴れる、屍隷兵の攻撃を受けるのは主にサーヴァント達。その疲弊は、決して少なくない。
「この中の一人だって、手がけさせてなるものか!」
 深手を負った李々を癒やすのは、アスカロンが呪具に込められた陰陽の気を用いて生み出された龍脈の力。
「大丈夫、李々? そんな顔しないで……私は、大丈夫よ」
 一度主の元まで戻った李々は、鉢金に隠れた悲しげな視線を豊水に向ける。
 戦況は、ケルベロスの圧倒的優勢だ。憂う事は、何一つ無い。なのに……。
「お願い……動き回らないで……」
 1体が倒れた事で、残りの屍隷兵の動きはやや消極的になっていた。
 距離を取ろうとするその1体を、突撃によって地面に押さえ込むのは、しらべの縛霊手による一撃。
「……さようなら」
 地面に叩き付けられた屍隷兵は、しらべが離れた直後にマサムネの飛び蹴りが生み出す重力に押し潰される。
 着地したマサムネは、もう動かない肉塊と、最後の1体となった屍隷兵、それぞれに視線を向けた。
「ごめんね、痛かったよね。家族を二度も殺されて、痛くないわけないよね。……これから、もっと痛くすると思う……ごめんね。早く、終わらせるから」


 残るは一家の肉体が最も多く使われている、大型の屍隷兵。マサムネは敵が動き出す前に、戦いの中で仕込んだ爆弾のスイッチを入れる。
 屍隷兵の足元で炸裂する爆炎。このまま、できるだけ早く片を着けようとケルベロスたちが動き出した、その瞬間であった。
「ァ゛……ぅ、や、め、て」
「え……」
 潰れた喉から絞り出すような、懇願。それは、上部に並んだ少女の片方から零れ落ちたものだった。
「おねえ、ちゃん……お゛ねえちゃ、ん……おねえちゃん……おねえちゃん」
「ッ……まさか、意識が残っているのか? いや、これは……」
 薄っすら開いた虚ろな瞳は、死者のそれに違いない。
 悲痛な声は、屍隷兵としての防衛本能とでも言うのか。いずれにせよ、死して尚利用される姉妹の絆に、アスカロンは表情を歪ませる。
 わかっている。倒さなければ、彼らに取ってもより悲惨な結果が待っている事は。『あれ』は飽くまで、屍隷兵として利用された姿だと言う事も。
「どうして、こんな事ができるんだ……こんな実験、馬鹿げてる……」
 それでも、わかっていたとしても、莉央は即座に割り切れなかった。
 爆炎から遠ざけるように、姉の頭部を腕部で覆う姿、その想い、言葉。それは、生前の彼女たちと何が違うと言うのか。
「いじめ゛な゛い、で……おねえちゃん……望結が、まも゛、る――、が、ら」
 その身体に、豊水の放った矢が突き刺さる。
「……空蝉、よくも……っ」
 視線に滲み出る、黒幕への怒り。スカーフの内側へ吐き捨てた呟きに感情を押し込め、戦いは続く。
 その結末さえも悲劇でしかないと知りながら、ケルベロス達は退くわけにはいかない。
「優曇華よ! 終わらせてくれえッ! この惨劇をッ!」
 一刻も早く終わらせる事、それが唯一の救いであると信じ、ランドルフは今一度刃に覚悟を宿し、振るう。
 屍隷兵の抵抗も、徐々に弱まっている。終わりは近い。
「この一撃で、止めるよ!」
 振り下ろされた巨腕に喰らい付くミミックのダンボールちゃん。小さな見た目からは想像も付かない力で、屍隷兵の動きを抑える。
 そこに叩き付けられる、大地を砕くルビーの一撃。
「終わらせるぞ、こんな戦い!」
「……えぇ……この攻撃は外さない」
 ルビーたちの攻撃により出来た隙を狙い、慶としらべは最後の攻撃を仕掛ける。
 一気に肉薄するしらべを援護するのは、慶が織り上げた魔力の帯。
 その巨体を帯が締め付けると同時に、しらべは少女の頭部に優しく手を添える。
「……その恨みも、悲しみも、憎しみも、怒りも、全部、うちらが引き受けたる。もう眠りんしゃい」
 優しい抱擁からの静かな一閃。転がり落ちる少女の首と共に巨体が沈む。ほんのりと赤く染まった瞳は、その命が尽きる最期の瞬間を、じっと見届けていた……。


「……終わったか」
「えぇ、そっちは大丈夫だったかしら?」
 戦いが終わり、ただ残るのは物悲しい寂寞。そんな中、戻ってきた優人たちに豊水が尋ねる。
 優人の報告によれば、サポートを含めたケルベロスたちの迅速な行動により、この戦いでの被害は最小限に抑えられたようだ。
「そう……それは、良かったわ」
 豊水はスカーフを解き、唯一の被害者へと視線を向ける。
 稼働に必要なグラビティ・チェインを全て失い、屍隷兵の肉体は少しずつ崩れ、消えかかっていた。
「駄目か!? せめて、形だけでも……!」
 守れなかった笑顔、人としての尊厳、希望ある筈の未来。零れていく物をかき集めるような思いで、ランドルフを始めとした何人かは遺体にヒールを試みていく。
「くそっ、すまねぇ……!」
 しかし、その努力も虚しく、残ったのは僅かな量の骨と灰だけであった。
 握りしめた拳を向ける相手は、ここにはいない。今はただ、心に冷たい風が吹く一方だ。
「彼らに取って、俺たちは空蝉と同じ家族に危害を加える存在だったのかな……」
「……許してはもらえないかもな。だが、だからこそ……ここで手を止めるわけにはいかない」
 莉央とアスカロンの脳裏に過ぎる、少女の悲痛な声。助けられない定めだった、そんな単純な言葉で拭えれば、どんなに楽だろうか。
 だが、空蝉が屍隷兵を作り出す度に、どこかであの声が悲劇を生む。ここで心を折れば、その彼らの死さえ、無駄になってしまう。
「これで、みんながお空の上でまた会えるといいね?」
 辛い気持ちを押し殺し、ルビーは壊れてしまった彼らの家を星の煌めきでヒールしていく。
 庭には並んだ盆栽や小さな花壇、家族の暮らしが残っていた。
「……そうね……きっと……」
 その一角に、僅かに残った彼らの遺体をしらべは埋葬する。
「どうか……安らかに眠ってください……あなた達の想いは……私が……」
 立ち上がった拍子に、風に揺れる三つ編み。そこに差した薊の花が、彼女の背負うものを物語っていた。
 壊れた家屋や道路のヒールも全て終わったのは、夕日が地平の向こうへと姿を消した頃。
 悲しい戦いはひとまずの終わりを迎えた。やがて、事件の恐怖が薄れると共に、人々は森川一家の事も忘れていくのだろうか。
「ねぇシャルフィン、命の火が消えるのってとっても悲しいね」
 込み上げる感情が溢れ、霞む視界。それを隠すようにマサムネは胸元は恋人の胸元に顔を埋める。
「あぁ、そうだな……悲しい事だと思う」
 その言葉に込められた重みは、誰にでも理解できるものではない。だけど、せめて分かち合う事は、できる筈だ。シャルフィン・レヴェルスはそっとその頭を抱きしめ、手を添える。
 今ここで出来る事、その全てが終わり、慶はもう一度無人の家を見上げた。
 自分が今まで示してきた強さは、確かに少なからず人々を救い、賞賛を浴びてきた筈だ。だが、こんなにも虚しい勝利が今まであっただろうか。
「……慶、帰ろうぜ」
「あれ、敬重、来てたのか。……あぁ、帰るよ」
 避難の支援だけして、そのまま黙って帰ろうかと思っていた木村・敬重だが、佇む背中に一言だけ、声をかける。
 思う所が多いのは、他のケルベロスも同じだろう。それは、すぐに晴れる事は無いかもしれない。
 屍隷兵が崩れ散る直前、グラビティ・チェインを介して一家の最期を見たランドルフの瞳にも、一つの強い決意が浮かんでいた。
(空蝉……てめえを倒す! 『覚悟』と……『絆』で!)
 惨劇の景色に佇む黒衣の男の姿を、ランドルフは決して忘れないだろう。
 その手には『覚悟』の刃から分離顕現した、『絆』を宿す、紅色の刃が握られていたのだった……。

作者:深淵どっと 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月16日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 4/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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