手を団扇代わりに扇ぎながら秋野・ハジメ(沈む茜・en0252)は町を歩いていた。
昔ながらの町の掲示板の前を通り過ぎようとして、何かに気付いたように足を止めた。
一歩、二歩と後ろに下がり、掲示板をまじまじと眺める。
「ふーん、いいねぇ……」
懐からスマートフォンを取り出し、張り紙をパシャリ。
スマホをポケットに収めると、ハジメは再び歩き出すのであった。
「お祭り?」
「そう、お祭り。って言っても、売れ残った風鈴の大放出も兼ねてるみたいだけどね」
首を傾げた河内・山河(唐傘のヘリオライダー・en0106)。
スマホで張り紙を撮影しておいたハジメは、山河にもその画像を見せながら説明していく。
基本的には普通の夏祭りと同じように屋台が出ていて、林檎飴や綿菓子にベビーカステラ、射的に輪投げなどが楽しめるものらしい。
ただそれだけではなく、会場のいたるところに風鈴販売の屋台があり、風鈴を買えるになっているのだ。
「っていうわけで、皆もお祭りに行こうよ。これからの季節だと屋台でわいわいって感じのお祭りも減ってくるしさ」
それに女の子の浴衣姿を見られるだけで誕生日が幸せになるとかどうとか。
そんなことを付け加えながら、ハジメはへらりと笑うのであった。
●夏の終わり
日が落ちて月が昇り夜となる。
淡い月光だけならば頼りない視界も、屋台の照明が活気ある世界へ変えてくれる。
賑やかな祭囃子の中、二人で歩くリュイェン・パラダイスロストとシフ・アリウスはぎこちない。
初めてのデートなのだ。緊張して当然というもの。
赤地に桜の浴衣と黄色の帯のリュイェンと、青地に波と椛柄の浴衣に白い帯のシフ。
「実は日本の縁日に来るのは初めてなんです」
「そうなんだ? じゃあ、いっぱい見て回らないとね!」
並んだ二人の手は重ならない。
自身に理由があるからこそシフは少々残念に思う。普段とはまた違う魅力が見える浴衣姿だから、なおさら。
そんな横顔を眺めるリュイェンは、いつもよりもシフの『異性』を感じていた。
並んで歩くからこそ、頭一つ分以上の身長差がよく解る。下から見上げるシフの顔は、普段据わって見合うよりも男性の色っぽさがあるようで。
「リュイェンさん?」
「あ、ごめん、なんだっけ?」
「あの丸くて棒の付いたものは──」
「あんず飴。美味しいんだ」
言って、リュイェンとシフはあんず飴を一つずつ買い求めた。懐かしい甘さが口内に広がり、頬が緩む。
ふと、魔が差した。
「はい、シフ。あーん♪」
シフは条件反射で口を開き、あんず飴を受け入れてから、気付いた。
間接キスだということに。
途端、気恥ずかしくなったがそれを誤魔化すように、シフは残るあんず飴を頬張った。
それをリュイェンは嬉しそうに眺める。
「これから秋かあ。秋も、冬も、一緒にいたいね」
「はい、いつまでもずっと!」
その苛烈さに反して、過ぎ去る夏の残滓は儚い。
その儚さを笑みに乗せたリュイェンと、シフは改めて歩幅を合わせる。
同じ道を同じ歩幅で歩いて行けるようにと、願いを込めて。
「みてみて! たくさん屋台が並んでます!」
頬を紅潮させたロゼ・アウランジェは【L.R】の仲間を振り返った。和傘に隠れていた、星空に浮かぶ月下美人の浴衣が姿を見せる。
「ロゼさん、大はしゃぎね!」
そういうベルカナ・ブラギドゥンも祭りの熱気にあてられている。
はしゃぐ友人達を見ながら、ソロ・ドレンテが思い出すのは幼い頃。よく家族──妹と一緒にいったものだ。
「浴衣なんて普段はあまり着ないから新鮮でうきうきするな」
「ワクワクしちゃいますね」
ベルカナは水色に金魚柄。ソロは青と白がベースの、花柄の浴衣。
カラリコロリ、軽やかに下駄を転がしながら三人で歩く。
屋台をあれこれ見ているうちに聞こえてきたのは涼やかな音色。
呼ばれたかのようにベルカナが足を止めた。つられて、ソロとロゼも。
屋台に立ち寄れば、さまざまな風鈴が三人を出迎える。
ベルカナは目を閉じて、心地よい音色に浸ることにした。
その隣では、ロゼが目を輝かせ風鈴を一つ一つ覗いていく。
そして姉のように二人を見守るソロ。
「青くすんだ……蝶柄のはソロさんに似合いそう! ベルカナさんなら、この緑と白い花の可愛い風鈴、かな?」
並ぶ風鈴に友人の面影を映し、ロゼが無邪気に笑った。
思わずベルカナは目を開け、緑と白の風鈴を眺める。
「私っぽい……風鈴?」
憧れの大好きな人が選んでくれたのだと、ベルカナの胸が暖かくなる。ベルカナは宝石を扱うように、丁寧な手つきで風鈴を手に取った。
「緑とデザインから伝わる柔らかい雰囲気がベルカナを思わせるな」
そう言って微笑んだソロは、今度は自分にと勧められた風鈴を眺める。
「ロゼが選んでくれた風鈴、蝶柄がとても可愛いし気にいっちゃった。私、それにするっ!」
大好きな友人に選んでもらい、ご満悦のソロも風鈴を手に取る。
「ソロさんのも、まるで心を映したみたい」
ロゼも風鈴を一つ、手に取って。
風鈴の音に乗せ、三人は笑みを零した。
涼し気な音色は幸福感と優しさに包まれ、祭会場から飛び立っていった。
●祭囃子
祭りと言えば屋台。
屋台と言えば──いろいろある。
8人で訪れた【特科】の面々は屋台を眺めながら歩く。
「浴衣と、それは仁兵衛というのですか? いつもと違って見えますね」
ジェミ・ニアは仲間の服装を感心した様子で眺め。
「みんなで騒げるってのは嬉しいよな!」
祭りの喧騒に差深月・紫音のテンションは、赤い着流しの色のようにあがる一方。
友人達と、ふらふら一人歩いていた秋野・ハジメと共に撮った写真を確認していた七星・さくらは野々口・晩の姿が無いことに気づく。
「あれ、晩くんは?」
きょろきょろとさくらが周囲を窺うたびに、蜻蛉柄の浴衣が揺れる。
「うわっ、ぼくはここです! みなさん待ってぇー!」
ほおずきの髪飾りをしゃらりしゃらり鳴らしながら追いかけて来る晩。
紺色の甚兵衛に身を包んだ朧・遊鬼はいつ買ったのやら、リンゴ飴を食べつつ。
祭囃子に負けず劣らず賑やかだ。
そうこうしている間に辿り着いたのは射的屋台の前。
「ね、折角みんなで来たんだし、射的で勝負してみない? 負けた人は、屋台で何かご馳走するってことでっ」
藍地に百合の浴衣、髪をかんざしで纏めたシル・ウィンディアの提案に反対する者は一人もいない。
「ほぉ? その誘い、喜んで受けよう」
乗り気の遊鬼とさくら、紫音、ジェミ。
早速、射的銃を構えたエルナ・マイゼンブーグにいたっては自信に満ち溢れている。浴衣に描かれた黒猫は今にも鳴きだしそうだ。
「自信があるようですね」
「これでも鎧装騎兵だから射撃には自信があるよ!」
ただし自称。
そういうジェミはどうなのかとエルナが聞き返せば──。
「自信? ある訳ないでしょう」
刀剣士なので銃は専門外だと言うジェミ。自信があるように見えるのは、臆する必要も身構える必要もないからだろう。
仲間が次々に撃っていき、そして真田・結城の番。流れるように渡された射的銃を矯めつ眇めつ。
「父がやってるとこ見てただけでやったことないから、出来るかどうか」
「えー、えっと、どう扱うんです?」
きょとんとした顔の晩に、確認がてら扱い方を教える結城。
皆、思い思いに狙いをつけているのだが、難敵もとい難的がいる。
大きな猫のぬいぐるみである。
猫は撃てないと崩れ落ちる結城に、可愛いにゃんぐるみをお迎えするべく神頼みをしてまで狙うジェミ。見よう見まねで、流されるままに猫を狙う黒獅子もとい晩。大物狙いの遊鬼も苦戦中。
「うぅ、小さいの当てにくい~……あ! よし、あたったっ!」
猫ぐるみに燃える面々を尻目に小さな猫グッズに狙いを定めるシル。
「折角の祭りで寂しい顔は無しだろ?」
シルと狙いは同じだが、ひょいひょいと猫グッズを獲得していく紫音は結城やジェミなどの猫好きに景品を流す。
そしてさらに、猫に憑りつかれた面々が狙わないペンギンの抱き枕を狙うさくら。
アニマルフェスティバルか。
誰かが景品をゲットするたびに、エルナはおめでとー! とハイタッチしにいく。
そして結果は──。
「えっと、風鈴に……なんでしたっけ?」
財布を見ながら苦笑いする結城の負けである。猫がね、うん。猫。猫だから仕方ない。
「祭りと言やぁ粉もんだろ」
「そうだな、たこ焼きがいい」
さっさと決めた紫音と遊鬼につられ、残る面々も希望を上げていく。
それぞれの要求に応じるべく、結城は皆と共に屋台をぐるぐる。
屋台での順番待ちの最中、シルは友人達に笑いかけた。
「勝っても負けても、みんなでこうやって遊ぶって、やっぱり楽しいねっ♪」
「へぇーっ、コイツは凄いな!」
草火部・あぽろは会場にいくつもある風鈴屋台を見て、喜色を浮かべた。
涼し気な音があちこちから聞こえる。
夏が終わる前に一度は祭に行くべきだという持論に従って正解だった。
ハイビス柄の浴衣を着たあぽろは、風鈴の音に合わせ籠巾着をゆらゆら。
風鈴屋台の一つ、若い娘たちの声で賑わう風鈴屋台で足を止める。
そこで目に付いた風鈴に手を伸ばした。
「お、夕陽みたいな橙色。綺麗な風鈴だな……」
りりん。
夏の終わりを予感させる寂し気な音色。けれど、友人達と共に過ごした夏は楽しかった。
過ぎる夏の寂しさを紛らわせるように、橙色の風鈴がりりんと鳴った。
●秋の始め
鴇色の地に小菊と蝶の柄が描かれた浴衣を着た千手・明子がカラカラと元気よく下駄を鳴らし、【書院】の仲間の先頭を歩く。
そのすぐ後ろ。御影・有理が鉄・冬真と手を繋いで。
影守・吾連は有理のボクスドラゴン『リム』とタコ焼きを食べながら。
こげ茶の帯でしめた青海波の浴衣を着たアジサイ・フォルドレイズは、下駄を鳴らしながら彼らの少し後ろをついて歩く。微笑ましく思いながら。
一行が足を止めたのは風鈴屋台。
楽し気な声で明るくさざめく皆の声。それに負けないくらい明るく歌う風鈴の音色が和音を奏でている。
「驚いた。いろいろな形状の風鈴があるんだな」
屋根に合わせ、長身を屈めてアジサイは吊るされた風鈴を覗き込む。
様々な形状があるのに、どれも綺麗に鳴っている。これが職人の技かと感心する。
そこへ焼きそばを買いに行っていた鉄・千が合流。
「千もいっしょ見る!」
「ほらほらお千ちゃん」
明子がそんな千を手招いた。
「見てみて! この風鈴、くまさんのお耳付き!」
「おお、クマさん可愛いな!」
楽しく風鈴を眺める友人達の注目を集めるべく、冬真がゆったりと挙手をした。
「今日の思い出に、ひとつ何か買って帰ろうか」
その提案に誰もが賛同を示す。
「有理、部屋に飾るならどんな風鈴がいいかな?」
「……どの子も素敵で迷ってしまうな」
賑やかさを増し、それぞれが熱心に風鈴を見つめる。
千は吾連のタコ焼きと、自分の焼きそばを交換して満足げ。
吾連は物欲しげに見上げてきたリムにもタコ焼きをまた一つあげ、閃いた。
「タコの風鈴って無いかな?」
「ふむ? タコ風鈴、新しいな! 千もいっしょ探すぞ!」
早速乗り気を見せた千。対して明子はと言うと。
「なぁにそれ」
拳をぷるぷると震わせる明子。
しかし、渋っているわけではなく──。
「そんなのそんなの、わたくしもほしい!!」
わいわいがやがや、タコ捜索が始まる。
そんな友人達を微笑ましく眺めながらも、有理と冬真も捜索に少しばかり手助けしながら自分達の風鈴を探す。
「……ね、冬真。『家族』って聴いて何を思い浮かべる?」
皆と一緒に過ごす温かい場所を想える、そんなモチーフが良いと有理は言う。
冬真は少しばかり考え込んだ末に、この中で選ぶならとスイカの風鈴を手に取った。
「夏の風物詩であり家族や友人で分け合って食べるものだから」
見る度に楽しい夏の記憶が蘇るだろうから、と。
そんなやり取りの間に見つかったタコ風鈴。ほくほく顔の吾連。
拍手で称えた千は、その隣に並んでいたクラゲ風鈴をゲット。友人への土産にするのだ。
一方で、明子はまだタコを捜索中。
「……あきらなぁ。影守の二番煎じでどうするよ」
そう言うアジサイの手には金魚と沼エビの風鈴。
「なんとしてもウケが取れるタコ風鈴が欲しいのよ!!」
明子は猛然と言い返す。
仲睦まじい有理と冬真の後ろ姿を見て思ったのだ。
自分にとっての家族とは、皆でニコニコ笑い合える友達のこと。
だからタコ風鈴がいいのだ。
「さあ手伝ってアジサイ! 吾連君はもう良いのを見つけてるわよ!」
「お、これなんかどうだ。タコ焼き型だぞ」
アジサイがひょいと指さした変わり種風鈴に、皆の笑いと視線が集まる。
ただ……食べ物として物欲しげな視線も混ざっていて。慌てて皆で止める事態となったのはご愛敬。
家族というものをよく知らないアジサイでも、わかる。
それはとても温かいものだということを。
今、自分達を取り巻く温かさがそうなのだということを──。
浴衣を着た五木・輝と盆原・陽美。
「似合ってるよ」
輝に言われて、恥ずかしくてそっぽを向いてしまう陽美。
そんな様子が可愛らしくて、輝の頬は自然と緩む。
二人で向かった風鈴屋台。
眺めているうちに、冷たさが混じる風が一筋駆け抜けていった。
途端、リリリリリとたくさんの風鈴達が軽やかに音を鳴らす。
祭を彩る照明に照らされ、硝子がキラキラと光る。
「綺麗……」
陽美はそんな風鈴に見入っている。
風鈴から目を逸らせずにいる陽美に気付かれぬよう、輝はこっそりと風鈴を一つ買い求めた。
透き通った橙色の、金木犀柄の風鈴。
綺麗なオレンジは陽美の髪と同じ色で、よく似合うから。
ちりん、金木犀の風鈴が音を立てたことで陽美は我に返った。
陽美はいつの間にやら風鈴を手にしている輝に驚くものの、輝はその風鈴をそっと差し出した。
「もう夏も終わりだけれど、貰ってくれるかな?」
素直に陽美は風鈴を受け取った。先ほどは照れてしまって言えなかった言葉が、笑顔と共に零れる。
「ありがとう……」
陽美のはにかんだ笑顔に輝の心が安らいでいく。
たまにはこういう日も悪くない。
そんな気持ちに応じるように、金木犀がちりんと音を奏でたのであった。
作者:こーや |
重傷:なし 死亡:なし 暴走:なし |
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種類:
公開:2017年9月17日
難度:易しい
参加:22人
結果:成功!
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得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 2/キャラが大事にされていた 5
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