結び

作者:七凪臣

●悲しみと怒り
 日々高くなる空に、いつも通りの茜色が差し込む時間。
 大きな窓の向こうに夕焼けを眺めながら、硝子の匣の中で銀色の楽師が奏でる音色に耳を傾けていた少女は、突然の来訪者と、その者たちがとった暴挙に、紅鳶色のフローリングに膝から崩れ落ちた。
「……なんて、こと……」
 少女の手から奪い取られ、床に叩きつけられた硝子匣――オルゴールは、繊細な絡繰りごと無残な姿と化している。
 衝撃に零れ落ちた涙が、竪琴を失った楽師の足元にポタリと落ちて。それを指で拭った少女の瞳に、怒りが燃える。
「これは、ママがシェリにくれたオルゴールなの! ママが、シェリの為だけに作ってくれたものなの! ママとシェリを繋ぐ、大事なものなの!! なのに、なのに! なんて、ことをっ!!」
 金の巻き毛を振り乱し、血を吐くような声で少女は来訪者に掴みかかった。
 その、時。
「っ、え……?」
 吊り上がっていたアイスブルーの瞳が、新たな驚嘆に瞠られる。何故なら、巨大な鍵が自分の心臓を貫いたのだ。
「どう、いう……」
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと、」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 問いを完成し終える事なく、意識を失った少女は知らない。
 自分が何をされたのか。
 それを成した無頼の輩二人が、魔女であり。彼女らによって、等身大の硝子の匣のようなバケモノと、自分と同じほどの背丈の銀色の楽師のバケモノがこの世に生まれ落ちたことを。

●新たな魔女
 新たなパッチワークの魔女が二体、動き出した。
 一人は怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデス。もう一人は悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテ。
 この二体は、とても大切なものを持つ一般人を襲い、その大切なものを破壊して、それによって生じた『怒り』と『哀しみ』の心を奪い、ドリームイーターを生み出す。
「生じるドリームイーターも二体になります。それらは連携して周囲の人々を襲い、グラビティ・チェインを得ようとするのです」
 まだ口に馴染まぬ『敵』について、リザベッタ・オーバーロード(ヘリオライダー・en0064)は慎重に語る。
 悲しみから生まれたドリームイーターは、大切なものを壊された悲しみを語り、その悲しみが理解されねば、『怒り』が今度は前面に出てくるということ。
 つまり戦いになると、怒りのドリームイーターが前衛を、悲しみのドリームイーターが後衛をそれぞれ務め、機能的に動くということ。
「皆さんにはこの二体のドリームイーターが周囲に害を及ぼす前に、撃破をお願いします」
 怒りと悲しみのドリームイーターは、自らの元となった少女が暮らすマンションの一室を出て、面した通りで人々を襲おうとしている。
 時間は夕暮れ時。
 学校帰りの学生や、少し早い家路についた会社員などが少なくない――が。
「避難誘導の手筈はこちらで整えます。皆さんは戦いに集中して頂いて大丈夫です」
 巨大なガラス匣じみた一体が、怒りのドリームイーター。ぱかぱかと動く蓋を口代わりに、喰らい付いて来たり、突進をしかけたり、ジャンプして圧し潰そうとしてくるようだとリザベッタは言い、続く言葉で悲しみのドリームイーターの方は奏でる音楽での支援が得意のようです、とまとめた。
「悲しみのドリームイーターの方は言語を発しますが、ただ悲しみを繰り返すだけなので、会話は成立しません。……ただ、怒りと悲しみを表現するだけの怪物ですから」
 そう。
 繰り返しになるが、元は怒りと悲しみ。大切なものを失った人の、心の叫び。
「壊されたオルゴールはシェリさんとお母様を繋ぐお品であったようです。皆さんも……そういう『結ぶ』ものを壊されたら、悲しいし辛いですよね……?」
 ですから、どうかお願いします。
 シェリの痛みを感じたよう深々と頭を垂れた後、リザベッタはケルベロス達をヘリオンへと誘う。


参加者
エレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)
キース・クレイノア(送り屋・e01393)
ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)
連城・最中(隠逸花・e01567)
八上・真介(夜光・e09128)
藍染・夜(蒼風聲・e20064)
折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)
アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)

■リプレイ

 繋がりとは、本来に目には見えないものだ。
 見えないからこそ、人は見える証を欲しがる。例えば、愛を誓う指輪のように。
 とても、とても。大事なもの。だから、失くしたり、壊したりすることを恐れる。形がなくなれば、繋がりも消えると言わんばかりに。
「……まァ、誰もが通る道だけに痛ましい気分よな」
 徐々に人の輪郭が曖昧になってゆく時間帯、突然の変事に慌てふためく人波を逆行しながら、ダレン・カーティス(自堕落系刀剣士・e01435)は緩く前髪をかき上げた。
 広がる視界の先には、銀の楽師と硝子の匣。
「形ある物はいつか壊れるからとて、理不尽に踏み躙られる謂れはあるまい」
 疾く渡る夕方の風になって藍染・夜(蒼風聲・e20064)は『敵』を目指す。
 擦れ違いによって離れても、手放せぬ母子の絆は絶たせる訳にはゆかぬもの。
「早々に終わらせよう」
 そして、呼ぼう。
 少女の目覚めを。
 結ぶ糸の先を――。

●遭
 掻き分けた人垣の先で邂逅したデウスエクスに、ケルベロス達は遠慮なく襲い掛かる。先に殲滅対象に択んだのは、標的コントロールを行って来る楽師の方。敵のお株を奪う形で、キース・クレイノア(送り屋・e01393)が銀の裡に怒りを根差す。
 交わされ征く攻手は全て悲しみを奏でる相手へ。そんな中、折平・茜(モノクロームと葡萄の境界・e25654)は硝子箱の牽制を一手に担う。
 最初に見舞った虹が尾を引く蹴りは、怒りのドリームイーターの意識を茜へほぼ釘づけた。それに元より怒りの性質。自分に抗う者が許せなかったのかもしれない。
 中空からの蹴撃には、同じく中空からの一撃を。橙色に染まる街を透かして飛来した巨大匣を、茜は少女の身で受け止める。
 ずぅんという鈍い衝撃に、白い髪から覗く羊角まで痺れた。
(「両親とわたしを繋ぐもの……」)
 自分など丸ごと喰らってしまいそうな相手を旋風の足技で跳ね返し、茜は刹那の思考に落ちる。
 デウスエクスのせいで亡くなってしまった両親。繋ぐもので思い浮かぶのは、父譲りの緑の瞳と、母譲の髪と角くらい。しかし、それ自体を茜は悲しまない。
(「物は残ってなくても、貰ったものは沢山あるから――でも」)
 だからと言って、他の誰かの大切な品が失われていいとは思えない。
 それに。
(「絆を大切にしたい気持ちを、悲劇の材料にはさせません」)

『ママが最後にくれたものなの。ママがシェリの為だけに作ってくれたの。ママとシェリを結ぶ、大切なものだったの!』
 少女から奪った悲しみを銀の竪琴に乗せて繰り返し、つま弾く旋律の変化で悲しみを、呪いを、絶望を形にする。
(「……親と自分を結ぶもの、か……」)
 キースを狙って発せられた呪いの余波に身を焼きつつ、八上・真介(夜光・e09128)は黒いアンダーリムの眼鏡の縁に触れた。
 それは、父が遺したもの。これが壊れたら、悲しいし、かなり辛い。想像するだけで、シェリという少女の苦しみが真介には痛いほど分かる。
 その時、茜へ見舞われる突進の圧が真介らを巻き込んだ。最前線に立つ者として、仕方ないこと。それにダメージは連城・最中(隠逸花・e01567)がいの一番で授けてくれた盾の加護が効果を発揮し、最低限に抑えられている。お陰で癒しの要であるエレ・ニーレンベルギア(追憶のソール・e01027)も、支援付与に心置きなく徹する事が出来た。
 瞬きの間に、真介は被った衝撃の余韻を払い捨て、悲しみを謳う楽師を見る。
(「自分の本心を伝えられないことは寂しいけれど」)
 ――自分か、相手か。どちらかが死なない限りは、まだ取り返しがつくと思いたい。
「永遠に咲く花などないだろう。お前はここで散っていけ」
 夢喰い達が放つ悲しみ、怒り。それら負の感情を魔力として練り上げ、象った矢を真介は楽師へと放った。ぶつかり弾ける力に、銀の塵が花のように舞う。
 その様は、斜陽の寂寥に在って更に美しい。しかし、
「考えるよりも感じた儘に、ってな!」
 漂う倦怠感にダレンが身を染めたのは僅か。がらり表情を変えた男は、けらり磊落に笑ってトリガーを引いた。目にも留まらぬ正確無比な早撃ちは、ダレンのみが持ち得たグラビティ。リボルバー銃本来のスペックを超えた弾速で飛んだ弾丸は、楽師の心臓とも言える竪琴に無数の亀裂を走らせる。準備運動がてら、初手で自分の位置取りを確認した甲斐あって、威力は絶大だった。
 眼前で散る攻防の火花に、キースはこくりと喉を鳴らす。傍らではシャーマンズゴーストの魚さんも、エレのフォローをすべく懸命に祈りを捧げ続けている。ならば、自分は。
「――」
「お願いします」
 エレから茜へ。視線で結んだ線で己が思惑を伝えたキースは、エレの託す応えに両手へ意識を集中した。
 包帯の下に隠した魔術回路の両足を通じ、命の母たる大地と繋がり。心を補う炎を掌中に灯す。
「……寒くない」
 視界に入った、片腕に結ばれた赤いリボン。そしてちりんと鳴った鈴音に、キースは青い炎から生んだ魚を茜へと泳がせる。すいと空を渡ったそれらは、茜の痛みの熱を奪い鎮めた。
(「……新しい魔女の出現……。まさか、手を組んでくるとは思いませんでしたね……」)
 キースが茜を癒すのを見止め、エレもまた己がグラビティを繰る。
(「……大切なものを守ることが出来ないのは心苦しいですが、せめて……」)
 事が既に始まってしまっているなら、これ以上の悲しみを増やさぬ為に。
「自然の恵みよ、癒しの力を持ちて、降りそそげ!」
 様々な緑の香りが混ざる爽やかな雨が、エレを含めた自陣最後尾を濡らす。齎された打破力を底上げする加護の感触を、アルト・ヒートヘイズ(写し陽炎の戒焔機人・e29330)は拳で確かめると、如意棒を構えた。
「流石に、人のものを壊して感情を得ようとするって、やり方が可笑しいよなァ?」
 胡乱な口振り通り、男の顔つきは剣呑そのもの。けれど性根までは歪んでいないアルトは、鋭く楽師へ踏み込む。
「どんな形でも大事なモンだったろーに。その唯一品を容赦なく、なぁ……」
 抱く哀れに任せ、アルトは竪琴を叩き割り。黒髪のビハインド、戒斗もアルトに続く。

 硝子箱を茜に任せ楽師に注力した成果は、程なく実を結んだ。
「向かう先を違えるな。黄泉時は此処だよ」
 夜が放った竜の咆哮に、楽師は逃げる足さえ覚束ない。
 誰もが、想いを口に敵を穿つ。それは期せずして、ケルベロスとデウスエクスを繋ぐものにも成る。
(「交わした言葉も思い出も。全て己と誰かを――」)
 縁と呼ぶ結びに、最中の心がざわめく。
 繋がっている、結ばれている。けれど、離れ難いと手繰り寄せた先、途切れてしまっていたら。離れてしまっていたら。
「最中」
「、っ」
 呼ぶ夜の声に最中は現へ意識を引き戻し、戦いの時にのみ晒す裸眼で魔を見据える。
 少女が似る想いでいたなら、きっと証であるソレは心の拠り所であったろう。夢喰い達が放つ攻撃の数々が、その証。
「大切だと叫ぶ、その悲しみも怒りも。全ては彼女のものだ――返してもらいますよ」
 僅かに顔を歪めた男は、意識の集中で起こした爆発で銀の楽師を木っ端微塵に砕き果たした。

●決
 盾の加護も、回復の支援も貰ってはいた。けれど一人で相対し続けるのは容易い事ではなく。茜は今にも頽れそうな膝を叱咤して、声を上げる。
「――焼け付く痛みを負うことを拒絶したい……」
 わたしは、倒れない。確たる意思が、茜の貌に笑みを刻む。だって、戦い続けるうちに、嬉しくなってしまったのだ。これは誰かを好きという感情の裏返し。
 その想いを、悲劇の材料になんかしない!
「倒れぬ盾となって在りましょう……!」
 血に眠るアルマジロ因子を活性化させ、茜は土色の甲殻で肌を覆うと命を満たす。
 その直後。
「茜、お待たせだぜ」
 少女の笑顔に引き寄せられたように、飄々と笑うダレンが硝子箱殲滅戦線に滑り込む。
「それじゃあ、本気出して行こうかね」
 けらり嘯いた男は、怒りの夢喰い目掛け神速の弾丸を撃ち放つ。

『壊した、壊された、大事なモノ、掛替えのないモノ。結ぶモノ』
 自分達で破壊しておきながら、硝子箱は少女の怒りを代弁し続ける。
『許せない、許せない!』
 怒りは熾烈で苛烈。だが、悲しみは解せど、怒りを己が抽斗に持たないキースは、困惑に瞳を揺らす。
 そんな時、彷徨う視線が腕のリボンを捕らえた。
 約束を見届ける時に大切な人が結んでくれたもの。キースにとっての糧。
(「いってらっしゃい、いってきます。ただいま、おかえり……」)
 理解できないものは理解できない。されど知らぬ間に溢れた繋がりの記憶が、キースの背を押す。
「……行こう」
 夕暮れの街に、キースが一条の光の矢となる。追って駆けた魚さんも、物質化を解いた爪で硝子箱の根源を斬り裂いた。
『壊、壊、壊、壊!』
 瀟洒な姿に少なくない欠けを生じさせた硝子箱が、怒りに任せて茜に喰らい付く。中途半端に閉じた蓋に挟まれ、茜の全身が軋みを上げる。
 その状況に最中はエレと短く見交わすと、茜の守りを固める力を更に練り上げ。一拍おいたエレは、ウィッチドクターとしての役目を果たす。
(「これ以上は、何も壊させはしません。人も、心も」)
 誓いを瞳に輝かせ緊急手術を展開するエレの肩。いつもの定位置で、ふわりとした毛並のラズリも、懸命に清らかな翼を羽ばたかせた。

 夢喰いが、喰らった怒りを無尽に吐く。こちらまで憤怒に染めようとするかの如き嵐に、しかし真介は泰然と抗う。
「その怒りも悲しみも、今すぐ癒すことは出来ないだろう。だから――俺たちが持って行く」
 語り掛ける相手は、眼前の敵を通して視る少女へ。失えぬものを大事に抱えた青年は、疲労も覚悟で大技を放つ。
 真介が射出した高威力の矢に、硝子箱の一部が砕け細かな破片が幾らも散った。その一つ、足元に転げた一枚に自分の姿を映した夜は、敵本体へ目線を移す。
 そこには薄く笑う片割れのかんばせがあった。
(「私と同じ、顔。唯一の血縁。血の絆という結び」)
 内側で声が回る。
(「それは柵であり、呪い」)
「白鷹天惺、厳駆け散華」
 抜いて返す、神の領域に至る刃。夜空を翔ける星の奇跡を思わせる剣技で、夜は躊躇なく残影ごと硝子箱を斬り薙いだ。刹那、笑んだように見えたのは、ただの幻か、それとも夜自身を映したせいか。
 得も言われぬ気迫に、奇妙な静寂が漂う。しかしダレンはそれさえも呵呵と笑い。
「だから。考えるよりも感じた儘に、ってな!」
 今日幾度目かの秘技にて、ついに硝子箱の蝶番を砕くに至った。

 黒い髪に、高校生くらいの青年姿。
 自らに従う戒斗の姿にアルトは何をか思い、また心を切り替える。
「怒りも、悲しみも。それを吐き出すだけじゃ、本当に、理解してはもらえないんだよ……分かんねぇよな?」
 説いてはみたものの、デウスエクスが解そう筈もない事を知る元ダモクレスの男は、赤い闘志を身に纏う。
 敵はもう死に体だった。
「戒めるは焔気、刻むは遺恨の傷、滅ぼすは怨敵!『戒焔剣:焔讐』、斬り刻めェ!!」
 風前の灯へ、アルトは盛る炎を叩き込む。練り上げた焔気の刃は赤々と燃え、アルトの手を離れてなお硝子箱を追い、薙ぎ、砕き、溶かし、滅し。
「これで、お終いです」
 茜が繰り出した拳により、砂塵と化した硝子箱は、そのままさらさらと命を散らした。

「おい、大丈夫かぁ?」
 迎えた終わりに最中が眼鏡を掛け直すのを横目に、ダレンはどうにもうすら寒く感じた夜を呼ぶ。
「――大丈夫だ」
 瞼を落としたのは僅かだけ。振り返った時には、夜はいつもの顔で笑っていた。

●結
 気の利いた事が言える性質ではない。我ながらダサいと憂い顔を見せたダレンは、けれどすぐに口元を緩めた。
「今は泣いたっていいし。落ち込みまくって塞ぎ込んでもいい。でも、キミがホントに大事に思っていたのは繋がりの証なのか。それとも繋がりそのものなのかい?」
 隠しきれないバツの悪さはそのままに男は、目覚め、混乱の侭に自分について語った少女へ問う。
 祖国に仲の悪い父と弟が健在な仲間同士。教わった剣と体術らは、身に染みつた確かな――憎たらしくもある繋がり。
(「まっ、俺の強さは俺のモンですけどね!」)
 ダレンが23歳児の反抗期に胸を逸らした時、シェリは夕焼けの向こうに故郷を探すよう視線を馳せた。
「お母様には、まだ会えるのでしょう? 会わないままでいたら、今以上の喪失を、感じると思うんです」
 オルゴールのことは残念だったけれど、と前置いてエレは少女の心を震わす。
「……言葉を交わす事が出来るなら……やり直せるんですよ?」
「何物にも代えられない、大事なモノがあるから。誰かと強い繋がりがあるんだって、認識出来るんだよな……」
 エレの優しさを、ガラは悪く見えるが真摯なアルトの声が継ぐ。俺はいい意味で「そういうもの」に狂わされたからさ――そんな体験談に、シェリは金の巻き毛をゆらしてケルベロス達を振り返った。
「壊れたものは元通りには出来ずとも、途切れた糸は結び直せます。……いいえ、本当は途切れてすらいないのかもしれません」
 確かめるには、勇気が要る。
 最中にまっすぐ見つめられ、薄青の瞳が揺らいだ。その裡には、母への思慕があった。
「このままで良いと思わないなら、会いにいくことです」
 オルゴールを護ってあげられなかった後ろめたさを越えて、茜がここに居る全ての思いを代弁する。
 シェリはオルゴールを壊され、思い知った筈だ。それを如何に自分が大切にしてきたか。そこに何を映して来たのか。
「見えない結び目はきっとどこかにある。簡単に解けたりしない。俺は、そう信じてる」
 リボンが結われた腕をさすり乍ら、キースは祈った。元に戻れたら良い、と。その為に必要なのは――。

 ケルベロスのヒールは必要ないと言ったシェリを思い返し、茜は笑む。
 シェリは、母に逢いに行くと言った。一からオルゴールを作り直してみたいとも言った。
 きっと彼女は、本当に大切な事は何か気付いていたのだろう。
『望む明日へと結ばれる為に、今日を確かに歩いていこう』
 そんな夜の励ましに、大切と思える絆を持つ少女はゆっくりと頷いた。その変遷は、夜の持ち得ぬ心そのもの。
(「私は――」)
 触れた温もりに、夜は何を想い、感じるのか。
(「俺がケルベロスになって……あんたらが死んじまって丸二年以上経ったけど」)
 やり直し、結び直しを択んだ少女宅からの帰り道、都会の空に見つけた星を真介は仰ぐ。
 義務を果たして、寝食もとり。誰にも迷惑をかけずに、やっているつもり――自分では。
 願った通りの結末に、喪い、己も間際から蘇った青年は思う。ちゃんとやれているかは、まだ不安だけれど。
(「……友達もいる、大丈夫」)

 想い、記憶、時間。結びの形は様々に。
 大丈夫。
 信じていれば、必ず。

作者:七凪臣 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月11日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 1/感動した 0/素敵だった 6/キャラが大事にされていた 3
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