個数限定レアアイテムにかける情熱

作者:質種剰

●壊された至福
「ふんふんふ~ん♪」
 部屋の中から鼻歌が聞こえる。
 青年が、桐箱の中からコレクションを取り出して眺めているのだ。
 ゲームソフトの初回特典であるストラップ。
 CDの限定盤についてくるプラモデル。
 無くなり次第頒布終了と謳われたブックレット。
 それらを眺め眇めてにやにや満足そうにしていた青年だが、ふと何かを思い出したのかスマホを取り出す。
「そうだ、攻略本、特典貰う為に予約しておかないと」
 すると、突如、第八の魔女・ディオメデスと第九の魔女・ヒッポリュテが現れた。
「あっ!?」
 止める間もなく、桐箱の中身をズタズタに破壊し尽くす魔女達。
「何すんだよ俺の宝物を!!」
 青年が激昂しようがまるで動じず、ただ2人とも手にした鍵で同時に彼を貫くだけだ。
 鍵は青年の心臓を穿つも、倒れ伏した青年に怪我はない。
「私達のモザイクは晴れなかったねえ。けれどあなたの怒りと」
「オマエの悲しみ、悪くナカッタ!」
 ディオメデスとヒッポリュテは高らかに笑うと、鍵を振るって新たなドリームイーターを2体生み出した。
 そのドリームイーターは、キラキラ輝く巨大コインと透明なプラモデルのロボットらしき姿をしていた。

「パッチワークの魔女がまた動き出したようであります……」
 小檻・かけら(清霜ヘリオライダー・en0031)が説明を始める。
 今回動いたのは、怒りの心を奪う第八の魔女・ディオメデスと、悲しみの心を奪う第九の魔女・ヒッポリュテの2体。
「この2体の魔女は、とても大切な物を持つ一般人を襲ってその大切な物を破壊、これによって生じた『怒り』と『悲しみ』の心を奪って、ドリームイーターを生み出すのであります」
 生み出されたドリームイーターは2体連携して行動し、グラビティ・チェインを得ようと周囲の人々を襲い出すという。
「悲しみのドリームイーターが『物品を壊された悲しみ』を語り、その悲しみを理解できなければ、怒りのドリームイーターが理不尽な『怒り』を露わにして殺害するのであります……」
 戦闘では、怒りのドリームイーターが前衛、悲しみのドリームイーターが後衛となって連携するようだ。
「皆さんには、2体のドリームイーターが周囲の人々を襲って犠牲者を出す前に、確実な撃破をお願いしたいであります」
 かけらは頭を下げた。
「皆さんに倒して欲しいドリームイーターは、悲しみの巨大コインドリームイーターと、怒りのクリアロボットドリームイーターであります」
 コインドリームイーターは、レリーフの横顔から涙を溢れさせて攻撃してくる。
 バレットストームと射程も追加効果も同じグラビティだ。
 また、巨体で威圧感たっぷりに転がり回り、敵単体を轢き潰そうともする。
 こちらはグラインドファイアによく似た攻撃である。
「ロボットドリームイーターは、全身に搭載した銃火器で一斉射撃を行ってきます」
 フォートレスキャノンにそっくりなグラビティだが、複数人にダメージを与えるので注意。
 他にも、手にした透明なプラスチックのサーベルを振るって、ズタズタラッシュと同等の攻撃もしてくるそうな。
「戦場は、被害者——魔女達に夢を奪われて昏倒させられた一般男性のお宅になるでありましょうが、彼は独り暮らしな上に在宅中という事で鍵はかかってませんから、侵入は容易でありましょう」
 家の中で戦うのが忍びない場合は、家の周囲に張り付いて、ドリームイーターが玄関や窓から出てきたところを迎え撃てば良いだろう。
 そう説明を締め括って、かけらは皆を激励した。
「大切な物を目の前で破壊されたら、悲しいですし、怒りを覚えても当然でありますよね。どうかドリームイーター達を倒して、被害者の男性も助けて差し上げてくださいましね」


参加者
陶・流石(撃鉄歯・e00001)
水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)
アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・e01880)
小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)
四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)
スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)
ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)
モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)

■リプレイ


 住宅街。
 ケルベロス達8人は被害者宅を取り囲んで、どこから悲しみと怒りのドリームイーターが出てきても判るように警戒した。
「他人から見たらどんなに下らねぇモンだろうと当人にとっちゃ二つとねぇ品物。それをぶっ壊してまで感情が欲しいっつうなら余程の理由があんのかねぇ」
 まずは陶・流石(撃鉄歯・e00001)が、家の正面の道路の両端に立入禁止テープを張って、一般人を戦場へ入らせない為の対策を進める。
 焦げ茶のロングヘアと赤い瞳を持ち、丸眼鏡がクールで知的な印象を与えるドラゴニアンの女性。
 そんな見た目に違わず、男っぽい口調かつガサツなところもあるものの、芯は曲がった事が嫌いで竹を割ったような性格。
 趣味は読書で、食事しながら読む程時代小説が好きらしい。
「しっかし悲しみと怒り、コンビ組んでんのは単なる利点だけか、それとも元々何かしらの関係でもあんのかねぇ」
 魔女達が2人一緒に動いているなどついぞ無かった事だと不思議がりつつ、流石は被害者宅の窓から室内が見えないかどうか目を凝らした。
「何というか、頑張って予約したり事前情報集めたり——それに予約店舗によっても特典変わってくるし! 沢山労力使って手に入れた物を壊しちゃうってのは許せないよね」
 流石と同様に家の裏手の道路西端へキープアウトテープを貼りつつ、ぷんすか憤慨するのは水守・蒼月(四ツ辻ノ黒猫・e00393)。
 柔らかそうな黒髪に青いキャスケットがよく似合う、アンダーリムの眼鏡をかけた黒猫のウェアライダーだ。
 元々螺旋忍軍だったが、任務遂行中に仲間から置き去りにされたという過去を持つ。
 今は見る物すべてが面白く、好奇心旺盛に色々な物事へ突っ込んでは巻き込まれ、ケルベロス生活を満喫してるのだとか。
「相手は女性だけど、顔面にグーパンか、猫爪でバリバリひっかいてやりたい気分だよ!」
 故にコレクターの努力や情熱を深く理解している蒼月は、被害者の代わりに魔女達へ報復してやりたいと激しい怒りに燃えていた。
「大変申し訳ありマセン」
 モヱ・スラッシュシップ(機腐人・e36624)も、家の裏手の道路東端へ立入禁止テープを張る傍ら、近くにいた一般人へ声をかける。
「今からデウスエクスの駆除を行いマスノデ、速やかな避難をお願い致シマス。ご心配なく、簡単な駆除デス」
 ピンクのボブヘアーと青い眼が鮮やかで、豪奢ながら動きやすそうなドレスに身を包んだウィッチドクターの女性。
 元々は破壊と略奪の為に動くダモクレスであったが所謂薄い本の中身を見た衝撃によって開眼、未知の倒錯が息づく文化を絶やすべからず——と固い決意に目覚めて、レプリカントとなったそうな。
「ワタシもコレクションを愉しむ趣味があるのデスガ、少し趣向が異なる様デスネ」
 その為か、収集癖へ共感を示すモヱの様子は、片言っぽい口調と裏腹にとても人間らしいものだった。
「あー、ちょっといいか? 急でわりーけど、直にデウスエクスが来るからなるべく離れた所へ避難して欲しいんだ」
 スピノザ・リンハート(忠誠と復讐を弾丸に秘め・e21678)は、立入禁止テープの近くを通りすがった一般人へ声をかけ、逃げるよう促していた。
「あ、はい」
「解りました。すぐ移動しますので」
 彼の凜とした堂々たる態度が、自然と一般人達の背筋も伸ばし、礼儀正しくさせる。
 実を言うとスピノザ自身は軽薄な振る舞いが目立ち、本人はクールを気取っているつもりでも、根が単純で感情的な性格。
 また、何かにつけてコインを投げては物事を判断する、根っからのギャンブル好きでもある。
「やれやれ、今度の魔女も随分と悪質な奴らみてーだな」
 視界に入る一般人達をあらかた避難させて、両腕を突き上げ伸びをするスピノザ。
 一方。
「新たな魔女が活動を開始したね……今まで動いていなかったのか……それとも予知されていなかっただけなのか……」
 四方・千里(妖刀憑きの少女・e11129)が、物静かな佇まいながら膨大な殺気と剣気を解放。
 周囲の一般人を無気力にして、スピノザによる避難誘導へも簡単に従う状態にしてみせた。
 雪白の肌と緑の黒髪を有し、まるで日本人形のように和装が似合う、刀剣士の千里。
 故郷をデウスエクスに滅ぼされ、その際に妖刀”千鬼”を岩から引き抜いてケルベロスに覚醒したという過去を持つ。
 その為か、何よりデウスエクスを殺し続ける事に心血を注いでいるようだ。
「ああ、なんだろうな。目的が目的とは言え、いじめっ子みたいな真似する魔女達の絵面……まるで子供だ」
 ペル・ディティオ(破滅へ歩む・e29224)は、魔女達の所業を客観的な視点で鋭く批難した。
「クク、まぁ個性的で面白いが」
 それでいて、素直な感想を皮肉めいた物言いで吐露したりもする。
 かように掴み所の無いペルは、ピンクの纏め髪と悪戯っぽい瞳が魅力的だが、それらを白い外套ですっぽり覆い隠しているサキュバスの鹵獲術士。
 楽しい事や刺激的な事を好み退屈を嫌うも、そこにサキュバスらしさは皆無で、種族特徴どころか素肌すら他人に晒したがらない。
「物品で済む分、屍隷兵生み出す連中よりはマシだな」
 とかく用心深い上、歳より大人びたミステリアスな美少女である。
 他方。
「なんともひどいやつらやな。ま、ひとますドリームイーターでてきたらなんとかするか」
 小山内・真奈(おばちゃんドワーフ・e02080)は、呆れて溜め息をつくも後はさっぱりした顔で、慌てず騒がず心乱さず何ともどっしり構えていた。
 姫カットの黒髪と大きな瞳が可愛らしい小さな女の子——に見えるが、そこはドワーフ。
 既に四十路の坂を越した真奈の性格はまるっきり関西のおばちゃんで、エセ関西弁なる武器を使いこなしてぺちゃくちゃ喋りまくる。
「飴ちゃんいるか?」
 と、ポッケから飴を出してガイバーン・テンペスト(洒脱・en0014)へあげるのも忘れない。
 思春期の頃は周りに比べて成長しない体質を悩んでいたが、今では吹っ切れて子どもらしい可愛い服装を好んで着るようだ。


 悲しみの巨大コインドリームイーターと、怒りのクリアロボットドリームイーターが家の外へ現れたのは、ほぼ同時だった。
 コインは閉まった窓から転がり落ちるように宙空へ出現、ロボットはまさしく怒りに任せて玄関の扉をバーンと開け放ったのだ。
「新たな魔女か……奴らの最終的な狙いが今一つ解らない状態だが、一件ずつでも事件を潰していくしかないか……」
 アルディマ・アルシャーヴィン(リェーズヴィエ・e01880)が、ドリームイーター達の姿を捉えてすかさず、ケルベロスチェインを構える。
 紫のツノと瞳、灰色の表皮が高貴な雰囲気を醸し出している、ドラゴニアンの青年。
 内面はロマン主義者で月が好き、また、母に教わった貴族の誇りを胸に秘めている。
 勇者の血筋である祖先に恥じぬよう、日頃から研鑽を積んでいて、学んだ様々な技術を戦闘に応用するという。
「あぁ、壊れた、壊れてしまった……」
 ぽろぽろぽろ。
 はらはらはらはら。
「何十周年記念の特典も、コンビニで買えるくじ引きの景品も、みんなみんななけなしの給料を注ぎ込んでやっと手に入れたのに、もう戻らない……」
 巨大コインのドリームイーターは、横顔のレリーフからほろほろと涙を零して言い募る。
「何より大切な宝物が壊れる、これより辛い事なんて無いわ!」
 涙の奔流は滝のように太さを増して、臨戦態勢を取ったケルベロス達に襲いかかった。
「いやはや傍迷惑な涙デスネ」
 真奈を背中に庇ったモヱが、全身水浸しになりながら嘆息する。
「……なるほど、確かに思い入れのある物を理不尽に奪われれば、そう感じるのも理解できる、か」
 敢えて巨大コインの悲しみに共感の姿勢を取る事で、自分が奴らの攻撃対象にならないよう仕向けるアルディマ。
 同時に、ケルベロスチェインを精神で操ってクリアロボットの胴体に巻きつけ、ギチギチと力一杯締め上げた。
「なんというか、もはやロボット見ても驚かないおばちゃんがいるわ」
 と、クリアロボットの巨大プラモデルを前にしても、平静たる心境なのは真奈。
「そこまでや、逃がさへんで」
 すぐに威勢良く啖呵を切って、手にしたエクスカリバールを振りかぶる。
 思いきり振り抜いた撲殺釘打法が見事クリアロボットの腰に命中、草摺を幾つも吹っ飛ばしてダメージを与えた。
「おう、目ぇ逸らしてんじゃねぇよ」
 流石は、クリアロボットを鋼の如く冷たく冴えた視線で見据える。
 その瞳に宿った鋭い眼光がクリアロボットへ恐れを抱かせ、心身に並々ならぬ動揺を齎して憔悴させた。
「うむ、分かるぞ。例え代替が利くものであっても壊れたもの自体は戻らないからな。残念どころではあるまい」
 ペルもアルディマ同様に巨大コインの語る悲しみへ寄り添って、自身が狙われないよう対策してから、
「さて、次は我々が生み出されたお前たちを壊す番だ……」
 身軽に空中へ跳び上がるや、光の尾を引き重力宿した飛び蹴りを、クリアロボットの胸部へぶちかました。
「だよなぁ。宝物を壊されたらすげー腹立つよな。怒り狂ったって仕方ねーと思うぜ」
 スピノザもまた、巨大コインの悲しみにしみじみと共感して頷く。
「おっと、これ以上は進ませねーぜ?」
 そうして自分を攻撃対象から外させると共に、クリアロボットの侵攻を止めるべく鎖鎌『鮫』を閃かせ、奴の足元目掛けて重力に作用する一撃を放った。
(「ってか、壊された原因はあの魔女だよね! 何で普通に語ってるの?!」)
 蒼月は、幾ら被害者の夢から生まれたとは言え、ドリームイーター達の言動は魔女に良いように操られていると感じて、内心憤りを覚える。
「わかるわかる! 僕だって大事な物を壊されたら物凄く悔しいもん!!」
 しかし、巨大コインの悲しみに対しては、心から感情移入する事で、やはり奴らの狙いを己から逸らしてみせた。
(「トラウマまみれになればいいと思うんだ、人の物を壊したんだからね」)
 勿論、禍々しい形のナイフにクリアロボットが忘れたいと思うトラウマを映して、具現化してけしかけるのも忘れない。
「物なんて壊れても別にヒールすればまた使えるし……どれでも同じようなものでしょ……限定だなんだと……面倒くさい限りだね……」
 千里は、ドリームイーター達の意識を自分へ引きつけるべく、わざと悲しみを否定してのけてクールに挑発。
 その上で天空高く跳躍すると、美麗な虹纏いし急降下蹴りをクリアロボットの頭部へ浴びせた。
「貴様……物がどれも同じだと!? 違う違う違う! 努力して手に入れた宝は唯一無二! 個数限定のプレミア以上の、何物にも代え難い価値があるんだッ!!」
 すると、クリアロボットが——自分を物理的に責め立てるトラウマに辟易しつつも——皆の目論見通りに千里へ強い怒りをぶつけんと最接近。
 透明なプラスチック製に見えるサーベルから、防具をも斬り破る力の籠る斬撃を繰り出した。
「壊れたから何だと言うのデスカ?」
 魔術切開とショック打撃を伴う強引な緊急手術を施して、千里の刀傷を塞ぐモヱ。
「物は壊れるのが普通デス。壊れる事を恐れた実用品など要りマセン」
 その上で、自分もディフェンダーとしてドリームイーター達の攻撃を引き受ける為に、わざと巨大コインの悲しみをすげなく全否定するのだった。
 傍らではミミックの収納ケースが、主の意志に忠実に偽の財宝を景気良くばら撒いては、宝物だろうと躊躇いなく攻撃に使っている。


 戦いは続く。
「異常を確認。複製モードに入りマス」
 Duplicate CodeⅠなるシステムを起動させて、『正常ならざるもの』を検知したのはモヱ。
 クリアロボットと巨大コインそれぞれへコードを魔術的に注入させる事で、奴等の不具合——千里に煽られた怒りや蒼月が顕現させたトラウマなどの異常——を増幅し、大きな打撃を与えた。
 収納ケースもロボットの細い脚へ鋭く歯を立て、ガブリと噛みついている。
「おまえの体も限定品だったり……? これは悪いね……傷だらけにしてしまった……」
 千里は、見る者を惹きつける魅力に溢れた舞を踊りながら、ますますクリアロボットの怒りを煽り立てる。
「片腕が飛んだら……限定でなくてももはや価値なしだね……まあデウスエクスにもとから価値なんてないけど……」
 しなやかで気まぐれな舞の旋律に乗せてオウガ粒子を悪戯に振り撒き、クリアロボットの神経を過剰に逆撫でした。
「クク、そろそろ終わりにするか」
 酷薄な笑みを浮かべて、己が拳に白き魔力より生まれし白雷を宿すのはペル。
「そら、刺激が足りない。砕けろ」
 そのまま眩い雷光に包まれた拳をクリアロボットの胸へぶつければ、
 バキャッ!
 ついに胴体を砕いて頭と両腕、下半身をも分断、誰の目にも疑いようのない死に至らしめた。
「簡単に壊れないのもまた一興だがな。長く壊す過程を愉しめる」
 そう呟いて、確かにプラモデルのロボットよりも見た目の頑強そうな巨大コインドリームイーターを見やるペルの戦意は熱い。
「後は君だけだね!」
 蒼月も勢いづいて、惨殺ナイフを手に巨大コインへ肉薄。
 ズバッとコインのレリーフを無残に斬り裂いて、そこから返り血みたいに噴き出した鉛のモザイクを浴び、自らの怪我を癒した。
「ああ、また壊れてしまった」
 さめざめと泣く巨大コインは、洪水の合間にも身体を転がして体当たりしてくる。
「そんなに泣いてばっかで疲れんか」
 真奈は呆れた風に溜め息を吐いてから、
「ようやってくれたやないか。お返しや」
 今しも突進で喰らったグラビティを炎に変え、コインへぶつけ返してやった。
「その程度で、私が止まるか!」
 アルディマも、自分が喰らった怪我など気にするのも惜しいとばかりに攻めの姿勢を崩さない。
「生憎と、貴様らの都合に合わせる義理は無いな!」
 竜の力を最大限に高めて吐き出したドラゴンブレスを魔法陣で収束、巨大コインを焼き尽くす勢いで放射した。
「壊れたんならまた探せばいいだろ。悲しんでも元にゃ戻らねぇんだ」
 溜まった鬱憤を晴らすかのように、全身全霊をかけた拳をクリアロボットの腹へ打ち込む流石。
 魂を喰らう降魔の力が巨大コインの精気を奪い取り、流石は拳から活力が漲ってくるのを感じた。
「『物品を壊された悲しみ』だと? それを一番感じてるのは被害者なんだよ」
 スピノザは、鎖鎌『鮫』の湾曲した刃をすらりと閃かせ、『虚』の力を刀身全体に纏わせる。
「宝物を壊された怒りと悲しみ、そっくりそのまま返してやるぜ」
 その刃を振るって巨大コインを激しく斬りつけ、抉れた傷口から生命力を簒奪、見事トドメを刺したのだった。


 ケルベロス達は被害者宅の中へ入って、かの青年の様子を確かめようと部屋に急いだ。
「…………」
 青年は目を覚ましていたが、起き上がる気力がないのか寝転んだまま部屋の惨状を見渡している。
「あんた大丈夫か。しっかりしい」
 すぐに真奈が駆け寄って、彼を抱き起こした。
「……どちら様で?」
「おばちゃんらか? おばちゃんらはケルベロスや! 兄ちゃんを助けに来たんや」
 おばちゃんならではの押しの強さを活かして、手短に真奈が事情を説明すれば、青年の顔色が見る見るうちに悪くなった。
「……そうだった……初回特典、景品、懸賞……全部メタメタに壊されて……」
 20代半ばの青年が、他人の前でプライドや体裁を気にした様子もなく、堪えきれずに涙を流すのだ。
 余程大切な物だったのだろう。
「あの、ちょっとファンタジー化しちゃうけど、僕は直したい壊された物を~! ダメかな?」
 皆がかける言葉に迷う中、最初に口を開いたのは蒼月だった。
「ええやん。ちゃちゃっとやってまおーや」
 真奈も頷いて、魔女達に壊されたコレクションのヒールを開始。
 その間、千里やスピノザ、モヱも、宝物を破壊したグラビティの余波を受けて荒れた部屋の修復に励んだ。
「ちょっと変わってもうたけど、これもこれでレアやろ?」
 真奈が、立派な石造りの貨幣と化したコイン——例のドリームイーターを生む程、意識に根づいていた宝物——を掲げて、明るく笑った。
「……はい……」
 すっかり茫然自失の態である青年を見て、スピノザが穏やかに声をかける。
「俺もな、宝物を全部燃やされたことがあるんだ。だからあんたの気持ち、わかるぜ」
「全部燃やされた……!? なんて酷い事を……」
 悲愴な顔になる青年。
「その時は……新しい物に思いを馳せることで気持ちを切り替えたんだ。まだ見ぬレア物が俺を待ってるってな」
 そんな彼を心から励まそうと、スピノザは自らの立ち直り方を説いて、青年の肩を軽く叩く。
「コレクションとは、手に入れる感覚こそ至高ナノデス……!」
 モヱも協力を言い出て、早速アイズフォンを使って検索し始めた。
「ワタシもお手伝いシマスカラ、同じ物をオークション等で探してみまショウ」
 ディフェンダーとして皆の壁になる為、ずっとコインの語る悲しみを否定し続けてきたモヱだが、本当は青年の心の痛みを理解しているのだ。
「そうですね。モノさえ帰ってくれば良いという事でもなくて手に入れた経緯も大事だと思いますから、まずは思い出話をお聞きしたいですね」
 モヱの所属旅団の団長である右院も頷く。
「めげずに次なるコレクションを狙いに行くか、中古取扱いのあるホビーショップやネットオークションで同一アイテムを再入手するか、どちらでも最大限協力致しますよ」
 そう綿密に入手計画を立てる様はとても頼もしい。
「ああ……オークション、その手がありましたか」
 青年の瞳に微かな輝きが宿る。
「もし、プレミアがついて高騰し過ぎてたら、コレを使うといいぜ」
 と、さり気なくケルベロスカードを渡すのは流石だ。
「……皆さん、ほんとに有難うございます」
 ケルベロス達に励まされて、ようやく腹を括ったらしい青年が顔を上げる。
「俺、また最初から集め直します……それに、皆さんがヒールして下さった物も、仰る通りレアですよね、大切に大切に保管します!」
 今まで長い時間かけて集めたコレクションは失ったが、ケルベロス達の優しさのお陰で、リアルレアハンターの心意気だけは無くさずに済んだ青年だった。

作者:質種剰 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月9日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 0/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 6
 あなたが購入した「複数ピンナップ(複数バトルピンナップ)」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 シナリオの通常参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。