ルーチェの誕生日~過ぎし夏の日の水中華

作者:朱乃天

「もう少しで夏も終わりだね。ところでさ、今度一緒に花火を見に行かない?」
 ヘリポートで仲間と会話を楽しんでいた猫宮・ルーチェ(にゃんこ魔拳士・en0012)が、不意に思いついたように呼び掛ける。
 去年のこの時期は、皆と花火大会に出掛けたことを思い出し、今年もまた行ってみようと考えたのだ。
「そこで今年はね、海で開催される花火大会を見ようと思っているんだよ。屋台で美味しい海の幸もいっぱい食べられるしね♪」
 獲れたての新鮮な魚介類がすぐにその場で味わえるのも、海辺の祭りの大きな楽しみだ。ルーチェの心は既に屋台に飛んでいて、彼女にとってはそっちの方がお目当てなのだろう。
 とは言えやはり一番魅力的なのは、海上で打ち上げられる華麗な花火の競演だ。その中でも最大の見所は、水面で大きく開く扇状の水中花火だろう。
 美味なる海の幸に舌鼓を打ちながら、夜空と海に咲き乱れる焔の華に酔い痴れる。
 当日の光景を思い描いて期待に胸膨らませ、ルーチェが笑顔で告げるその日は――彼女が誕生日を迎える日であった。

 水平線の彼方に夕陽が沈み、赤く染まった空に夜の帳が降りてきて。
 空を閉ざすように深藍色の紗幕が包み込み、宵闇に花を咲かせる舞台を整えていく。
 会場が静まり返ったその瞬間、音が爆ぜると同時に大きな花が夜空に描かれて。
 打ち上げられた焔の花が鮮やかに咲き誇る度、人々の心は活気に溢れて熱気を帯びる。
 夜空を彩るだけでなく、合わせ鏡のように水面に映る花火の光はとても綺麗で幻想的で。
 海に蒔かれた火種が扇を開いたように花を咲かせるその様は、宴を楽しむ全ての者の心を魅了する。
 過ぎ去る夏の終わりに馳せる想いは、花火と共に夜の中へと溶け込んで。
 晩夏に響いて舞い散る刹那の花の美しさを目に焼き付けて。
 時の流れは移ろい変わり、耳を澄ませば秋の足音が近付いてくる。
 この日限りのひと夏の思い出を、しっかり心に残しておきたいから――。
 ルーチェは仲間達の顔をじっと見て、当日はいっぱい楽しもうねと笑顔を浮かべて誘うのだった。


■リプレイ


 花咲く音が夜空に響き、ラウルとシズネは心弾ませながら屋台巡りを堪能していた。
 香ばしい海の幸の匂いが鼻を擽り、屋台に並ぶ串焼きに、二人は誘われる侭に手を伸ばす。
 バター薫る帆立に笑顔を見せるラウルだが、他の屋台にも心移りした瞬間。シズネが不意に彼の手を引き、帆立をぱくりと平らげる。
「ま、まだ一口も食べてないのに……!」
 ぷくりと頬を膨らませ、そっぽを向くラウル。彼に嫌われてしまうのは、美味しい物を食べられなくなるよりも死活問題だ。
「ほ、ほら、オレの串焼きをやるから機嫌なおしてくれよお? な?」
 焦るシズネの姿に、ラウルは思わず吹き出しそうになり。幸せが零れないようにと、二人は互いの手を繋ぐ。それは仲直りを誓うおまじない――。

 浴衣姿に羽織を纏って、晩夏のお祭り気分を満喫する雪斗とヴィ。
 屋台に並ぶ食べ物達に目移りしつつ、どれも美味しそうだと目に付く物から手に取って。
 子供のように燥ぐヴィを、雪斗は愛おしそうに見つめて彼の頭に手を添える。
「ん、これ美味しい! 一口食べる?」
 そう言いながらヴィが差し出したのは林檎飴。雪斗は嬉しそうに笑顔を浮かべて一口齧り付き、代わりにどうぞと、たこ焼きを爪楊枝に刺してヴィの口元へと運ぶ。
「熱いから火傷せんようにね?」
 ――来年も、その先もずっとこうして、一緒に夏を迎えられますように。
 夜空に打ち上げられる華を背景に。二人は同じ気持ちで、過ぎ行く夏に思いを馳せる。

「お祭りだし、今日はずっと手、繋いでてくれる……? はぐれちゃうかも、だし……」
 普段と異なる口調で、はにかみながら話し掛ける早苗。それは特別な彼と二人きりでいる時だけに見せる顔。
 彼女の隣にいるのは、浴衣姿で来たルルド。はぐれると面倒だからなと、返す言葉は素気無いが。重なり合った掌が、解けないようにと指を強めに絡ませる。
 手を取る二人は、屋台を回ってゲームに興じる。今度は射的をしようと、せがむ早苗に、ルルドは自信がないとぶっきらぼうに対応するばかり。
 しかし銃を構えた目付きは真剣で、狙い澄まして撃ち落とした物は――狐の絵入りの丸型クッションだ。
「この前ダメになっちまったしな、遅くなっちまったが、ほら」
 彼から手渡されたクッションを、早苗は大事そうに抱き締めた。

 綿飴を食べながら、次は何をしようと一人で屋台を物色する優命。
 だが余所見をしていたせいか、一人の女性に気付かずぶつかってしまう。
 自分の不注意に、優命は気落ちしながら彼女に謝るが。
「……私は、だいじょーぶ、だけど……お父さんと、お母さんは……?」
 自分も気を付けていなかったから。リィナは少年のことを気遣って、二人はいつしか意気投合して語り合っていた。
 私も一人だからと、困ったように笑うリィナに対し。優命は男らしいところを見せようと、励ますように彼女を誘う。
「じゃあ僕と一緒にいこうよ、そうすれば寂しくないよっ!」
 その一言が何だかとても嬉しくて。二人は手を繋ぎ、一緒に祭りの続きを楽しんだ。

 『武神祭』を終え、仲間達と集って宴に興じることができる、今年の夏の最後の機会。
 【流星】の面々は、労をねぎらう親睦会の意味を込め、祭りの空気を満喫していた。
 白青地に紫紅葉の綿絽浴衣が、ハンナの澄んだ天色の髪とよく似合う。
 片や、琥珀はラフなワンピース姿で、屋台中を駆け回っている。どうやら彼女は食べることに余念がないようだ。
 そんな琥珀がお薦めするのは、じゃがバター。ハンナの方はケバブ串を買ってご満悦のようである。
 その一方で、黒地の浴衣もどこか可愛らしいヨハネだが、勢いで食べ物を買い過ぎてしまい、どうしたものかと考えるのも束の間で。亜麻色髪の少女に目が行くと、迷わず彼女に呼び掛ける。
「あっ、琥珀! 食べたかったら俺のもやるからな!」
「ヨハネさんほんとう!? ちょうだい、ちょうだい!」
「琥珀はあんまし食い過ぎんなよ? っておい、俺に焼きそば押し付けんな」
 ヨハネのお裾分けは刃鉄にも飛び火して、やれやれと呆れ加減に受け取るも。沢山食べて大きくなれと、身長のことを揶揄されて。その一言が余計だと、刃鉄は語気を荒げて溜め息を吐く。
「身長か……。花火を高いところから見たいなら翼で飛んで……いや、他の客もいるから止めておこう」
 晟が敷かれたシートに並んだ食べ物類を摘まみつつ、身長を見比べるもののすぐに言葉を濁して目を逸らす。
 夜空を見れば、花火が綺麗に開いて、夏の最後の宴に彩を塗る。
 花火に夏の終わりを感じつつ、ガロンドは感傷的な気分に入り浸っていた。
 思い返せば刹那の間でしかなかったが、二度と同じものは得られないだろう。この夏は、ガロンドにとってそう思わせる特別な『夏』だった。
 花火の光に照らされて、ロゼの星空灯る月下美人の浴衣がよく映える。
 彼女は悩んだ末に選んだたこ焼きを、ハンナのケバブと分け合いながら、美味しそうに舌鼓を打っていた。
 海に視線を移せば、水面に映った花火が、円を描いて一輪の花となる。
「すごい……きらきら、流れ星が、踊ってるみたい」
 ハンナの口から感嘆の声が漏れ、気が付けば涙の服を強く掴んでいた。
 爆ぜる大きな音に驚きながら、咲く花の一瞬の美しさと華々しさに目を奪われて。
「夏ももう、終わり……武神祭もあっという間でしたね」
 夏の終わりは秋の始まりでもあると、吹き抜ける風が新たな季節を運んでくれて。ロゼはこれから巡る楽しみに、笑顔を添えて待ち望むのだった。


「誕生日おめでとう、ルーチェ! 夏の潮風を感じながら食べる海の幸って最高だよな!」
 アラタが元気に声を掛け、ルーチェの誕生日のお祝いをする。
 そんな彼女が持っているのは、ハーフの海鮮丼と香ばしい匂いが漂うイカ焼きだ。
 溢れそうな程具が盛られている海鮮丼は、正に『海!』という感じが相応しい。
 こっちは奢りだと、アラタはにっこり笑ってルーチェに海鮮丼を差し出した。

「猫宮さん、お誕生日おめでとうございます」
 静葉はルーチェに祝いの言葉を述べながら、一緒に食べましょうとイカ焼きを渡す。
 若草色の浴衣を身に纏い、三日月柄の扇子を仰いで花火鑑賞をする静葉。
 海の香と、花火を楽しむ人々の賑やかな声を堪能しつつ。今この瞳に映る情景や、感じる空気をこれからもずっと護り続けていきたいと。炎の華が彩る夜空を見上げ、心の中で密やかに誓った。

「ルーチェおねーさん、お祝いのブツを準備させて頂いたっす!」
 五六七が勢いよく取り出したのは、陶製の招き猫……と思いきや。誤って羽猫のマネギを手渡してしまう。
「これはマネギちゃんのぬいぐるみ? ありがとー♪」
 そうとは知らずルーチェはもふもふ感に癒されて、マネギをぎゅっと抱き締める。そこで漸く間違いに気付いた五六七は、慌てて招き猫の置物にすり替えるのだった。

 リシアは友人の鈴と煉を誘って、花火大会の会場に訪れていた。ルーチェの誕生日のお祝いも兼ねて。
「おめでとうございますです。プレゼントと言っては何ですが、シオンの花飾りです」
 どうか気に入ってもらえたら……そう言葉を添えて贈り物を手渡すと、ルーチェはリシアの顔を見て、笑顔を浮かべて喜んだ。
「ルーチェちゃんと会うのは初めてですけど、折角の機会ですしケーキを作ってきました」
 鈴は花火を見ながら食べられるようにと、夏の果物を乗せたカップケーキを持ってきた。
「ルーチェは誕生日おめでとだ。16ってこたぁ、俺とタメか」
 煉はルーチェが同い年と聞き、これも何かの縁だと、屋台でマグロ串を買ってお裾分けをする。
 それから三人は、水上に咲く花火の舞いに酔い痴れた。
 海面上で扇の形に開く花火はとても幻想的で、どういう仕組みか不思議に思いながらも、我を忘れて見入ってしまう。
 夏の最後の思い出を、しっかりその目に焼き付けて――。

「さて、ルーチェ殿。射的勝負といこうではないかっ!」
 今度は祇音がルーチェを誘って、屋台巡りに連れ出した。
「金魚掬いやヨーヨー釣りも、楽しいですよ」
 そこへルティエも一緒に加わって、遊戯系の屋台を遊び回ってお祭り気分を盛り上げようとする――全ては計画に気付かれないように。
 祇音とルティエは、やがてルーチェを奥の方へと連れて行く。そして到着したところで待っていたのは、屋台を設置していたクレーエだった。
「ここはルーチェさんの為だけのお店だよ。誕生日おめでとー♪」
 その計画とはつまり、紫揚羽師団の仲間達からのサプライズプレゼントだったのだ。台に並んでいるのは、師団メンバーからの贈り物である。
「わわっ、ありがとー! んと、これを引けばいいのかな?」
 台に置かれた籤を早速引くルーチェ。そこに書かれていた文字は――。
「どうやら『全部』のようじゃな。おめでとうなのじゃ」
「ふふ、おめでとうございます。また一年、良い年になりますように」
 仲間達からの祝福に、ルーチェは満面笑顔で嬉しそうにお礼の言葉を口にした。


 大人びた藍染の浴衣を着こなす遼とは対照的に、コンスタンツァは金魚柄の浴衣で可愛らしく着飾ってきた。
 二人は持参してきた扇子と団扇で仰ぎつつ、会場を漫ろ歩きしながら会話に夢中になっていた。
 遼は頼れる姉御肌的存在で、コンスタンツァはそんな彼女に憧れていた。だからこそ、恋愛事情についても気になるようで。
「遼は気になる人とかいるっスか? アタシはカレシと絶賛ラブラブ中っス」
 さり気なく惚気話を交えつつ、恋の話に花を咲かせれば。遼は軽く微笑みながら頷いて。よく一緒に戦場を駆け巡ったと、無意識の中で指先が触れたのは、胸元に掲げられたペンダントであった。
 去り行く夏を惜しむよう、咲き誇る花に想いを馳せる傍らで。無邪気に燥ぐ少女の声に、心和ませるのだった。

 一緒に花火に行こうといった約束が、夏の終わりになって漸く果たされる。
 ずっと楽しみにしてたんだよと、カノンが照れ臭そうにはにかんで。ジャスティンと二人でそわそわしながら、今や遅しと花火を待ち侘びる。
 その直後、夜空に打ち上げられた光が大きく花開き。暗闇を彩る光の華に、お決まりの掛け声が響き渡った。
 派手に轟く花火の音に合わせるように、ジャスティンがカノンの後ろから抱き付いて。竜の少女の、ふわふわした白い翼に身体を埋め、このまま抱き締めていたいと、離すことなくそのままに。
「わああ……! 光が海に反射してとっても綺麗……!」
「ふふー、素直に驚いたり喜ぶカノンちゃんかーわいい」
 水面に映る幻想的な光に二人は胸躍らせて。
 来年も、その先も一緒に見ようと約束を交わすのだった。

 花火を見に行く道すがら、夜空に開いた炎の華に、ダリアはすっかり見惚れていたが。隣で突然上がる大声に、何事かと思って振り向けば。たこ焼きの熱さに悶えるリィンハルトがそこにいた。
 女子と見紛う容姿の少年は、彼女と目が合うと、にこりと笑って空を見る。
 音が響くと同時に花火が爆ぜて、咲いて散り行く刹那の華に、思わず漏れる感嘆の声。
 夜空に描かれ儚く消える光の尾。その真下に映る水面の花火は、空に向かっていくかのように重なり合う。
 どうせなら、飛んで空から見たいけど……羽根が邪魔になるだろうから。
「だったら……苧環に肩車してもらおっか」
 ダリアが自身の従者に目を向けながら、述べた言葉に対してリィンハルトが目を輝かす。
「えっ、いいの? それじゃお言葉に甘えて、よろしくね♪」

 屋台巡りに勤しむ郁の傍らで、ひなみくは幸せそうに林檎飴を頬張っていた。
 口元に付いた飴の欠片を、舌でぺろりと拭い取り。夜空の花火に目を輝かせていると、ふと一つの案が閃いた。
「一緒に、お空から花火見てみようよ!」
 しかし郁は一瞬考えて、空を飛ぶことへの緊張感と、彼女に抱えられる恥ずかしさから、仄かに顔を赤らめながら口篭る。
 それでも彼女の願いであるならと、大きく頷きながら手を取って、二人は人気の少ない離れた場所へ移動した。
 ひなみくは彼の腰へと手を回し、四枚の翼をふわりと広げ、ゆっくり地上を離れて飛行する。
「俺が飛べたら、お姫様抱っこできたのになあ……」
 冗談交じりに呟きながら、花火を眺めていると。耳元で、甘く囁く声がする。
 ――降りたら、お姫様抱っこしてね。

 黎夜にとってシルヴェリオは初恋の相手であった。それが片想いでも、こうして一緒に過ごせるだけで幸せだった。
 シルヴェリオはその彼を、まだ幼い少年だと思っていたのだが。ふと見た綺麗な横顔に、もう大人なのだと気付かされ。彼の想いにどう応えるか、花火をぼんやり見ながら頭を巡らせる。
 黎夜は視線が気になったのか、横目で隣の彼を覗き見て。身体を近付け寄り添えば、自然と互いの手が触れ合う。
 シルヴェリオの視線は花火に向いたまま、されど高鳴る鼓動に流されて、その手を包むように握り締めていた。
「水中花火ってのも、綺麗なもんだな……」
 花火は美しく花開いて散っていく。でも彼との関係は、そんな儚いもので終わらないようにと黎夜は願う。
「……また、来年も来ましょうね。こんな風に……」

 エルトベーレはドミニクとのデートに胸ときめかせ、甘えるように寄り添えば。ドミニクは共に過ごす時間に喜び感じて、彼女の肩を抱き寄せる。
 身を寄せ合って見つめる花火の競演は、去年とはまた違った趣があり。天に水にと花が咲く度、感嘆の息が漏れ、互いに顔を見合わせ幸せそうに笑い合う。
「……お花といえば、うちのお店の前に秋の花が咲き始めたんですよ」
 だから是非、ニコラスさんに見に来てほしい――心の中でどれだけ思っても、口に出そうとすれば躊躇ってしまう。
 言葉が途切れ、俯くエルトベーレの気持ちを察したか。ドミニクは彼女の心を包み込むように、言葉の続きを紡ぎ出す。
「……今度見に行っても良ェ?」
 彼女の育てた花が、二人の想いを育んで、いつか大きな花を咲かせることだろう。

 エフレムはレミリアの普段見慣れぬ浴衣姿に見惚れながらも、燥ぎ回る彼女に苦笑いして優しく窘めれば。
 買い物を終えたレミリアは、食べ物を抱えながら海辺を指さし、あそこで花火を見ようとエフレムを誘う。
 砂浜に腰を下ろして見上げる夜空に、色鮮やかな炎の華が大きく咲くと。レミリアは愛しい彼に身体を寄せて、祭りの夜が醸し出す、恋の空気に酔い痴れる。
 柳のような花火が好きと、楽しそうに話す彼女が微笑ましくて。エフレムは寄り添う彼女の肩に手を回し、ぽつりと呟く言葉は、花火の音と共に。
「――また、来年も」
 その一言は、花火が轟く音に掻き消されなかったか。少し気にしながら目を合わせると、少女は顔を綻ばせ、唇から続きの言葉が添えられる。
「ええ、来年も。そのまた次もずっと――」

「うさにゃー、その浴衣とても似合ってますね」
 綺葉の浴衣姿は黄色と緑の縦縞に、白い花柄模様が華やかで。克至と並んで花火を眺めていた時に、不意に誉められたのが恥ずかしくも嬉しくて。
「ありがと。今日の克至もカッコいいよ」
 照れ気味に返したお礼の言葉に、控え目な青年の心が浮き立ち、喜びが顔に滲み出る。
 付き合い始めたばかりの二人の距離が次第に近付き、寄り添う身体が触れ合うと。
 間近に感じる肌の温もりが心地良く、祭りの熱気に絆されたのか、高鳴る衝動を堪え切れなくて。
 雰囲気に流される侭、気が付けば綺葉の掌が、克至の手の上に添えられていた。
 そして二人は互いの手を握り締め、去り行く夏の思い出を、忘れないようその手の中に閉じ込める。
 繋いだ想いはいつまでもずっと、そのままで――。

 レトロ調の黄色い浴姿で花火デートと洒落込む冬は、お相手のティーザの黒地に黄色い紫陽花柄の浴衣姿に、惚れ惚れしながら夢中になっていた。
 日本酒片手にほろ酔い気分で花火鑑賞する冬を、ティーザは微笑ましく見つめていたが。冬に突然寄りかかられて、どうしたのかと問いかける。
「こうやって見てみたいのじゃよ」
 愛しい彼女の横顔越しに眺める花火は、また格別で。二つの華を一度に愛でられ、冬にとってはこの上ない贅沢だ。
 火照った顔を近付け、『綺麗じゃよ』と耳元で囁く冬の言葉に。恋の熱に浮つくのも良かろうと、ティーザは濡れた瞳で目を合わせ。
「しょうがない奴だな……今日だけだぞ」
 二人は静かに瞳を閉じながら、そっと優しい口付けを――。

 今日という日は大切な彼の誕生日でもあった。
 そんな日に一緒に花火を観に行けるとあって、アリアはずっと気持ちが昂ぶっていた。
 彼女に誕生日の話を振られた恭平は、修行に明け暮れて忘れていたことに、一瞬自己嫌悪に陥ってしまう。
 それでも覚えてくれていたことが嬉しくて、そっと彼女に寄り添いながら、その温もりを噛み締める。
「誕生日だし、もっとこう、何かして欲しいこと、ある……?」
 祭りの空気が、自分を強気にさせるのか。彼が望むものなら何でもしようと、アリアが意を決して言い出せば。
「……では、アリアさんから一つ大切なものをもらおうかな」
 恭平は緊張で強張る身体を解そうと、悪戯っぽく笑みを作って勇気を振り絞り――花火が上がったその瞬間、二人の唇が重なり合う。
 夜空に咲いた炎の華は、まるで二人を祝福するように。夏の終わりの想い出が、赤く色付く少女の心に刻まれた。

作者:朱乃天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月15日
難度:易しい
参加:45人
結果:成功!
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