ミッション破壊作戦～その幻想が真実ならば

■リプレイ

●漁業の町に咆哮は響く
　静岡県焼津市。駿河湾と富士山を望むこの場所は、広い静岡県内でもほぼ中心寄りに位置する。鰹や鮪と言った水産業で有名なこの町の上空で、ヘリオンのローター音が木霊していた。
「さて、行きましょうか」
　降下ハッチを前に、ダリル・チェスロック（傍観者・e28788）が慇懃な口調で仲間を促す。飛び降りた彼に続く影は7人と2つ。ダリルを含めた8人のケルベロス達は何れも、その手に光り輝く剣――グラディウスを構え、虚空に身を躍らせていた。
　狙いは焼津市。正確に言うならばその地下に広がる空洞だ。
「この土地を返して貰うぞ、地底潜航竜！！」
　口火を切ったのはフィスト・フィズム（白銀のドラゴンメイド・e02308）だった。自身にとって真に倒すべきは一体のドラゴン。と言え、ドラゴンがこの地球を侵し続けるのであれば、その全てを切り捨てる。その手に握るは輝くグラディウスの他、小さなドッグタグだった。そこに込められた思いは、彼女以外判りようもない。
「この身が滅びようとも必ずっ！！　ここで滅びなさい、ドラゴン共っ……！！」
　ドラゴンへの憎しみをグラディウスに込めるのは、キーア・フラム（黒炎竜・e27514）も同様だ。逆巻く黒炎の翼が、その憎悪を物語るよう、色濃く静岡の空を染め上げている。
「触手だらけの竜に荒らされるとか、マジありえねえよ！」
　岡崎・真幸（脳みそ全部研究に費やす・e30330）は嫌悪感を露わに光剣を振るう。込められた想いはただ一つ。思い出の地である焼津神社があるこの町で、何をしてくれているんだ、と。
「そうだ。余計な事をしてくれたもんだ！」
「地震大国日本でよくも大それた事をしてくれましたわね！」
　真幸同様、ルーク・アルカード（白麗・e04248）とエニーケ・スコルーク（黒馬の騎婦人・e00486）もまた、焼津の町への想いを口にする。漁業盛んなこの町。ルークは魚好きの弟の事を、そしてエニーケは食卓に並ぶ魚介類を想い、咆哮した。
「ドラゴンこそわしの最大の獲物！　そして生き甲斐よ！　我が闘争の歴史となれぃ！」
　ドルフィン・ドットハック（蒼き狂竜・e00638）は戦いへの歓喜に身を震わせる。輝く光剣を手にし、ドラゴンの魔空回廊を狙う事、三度。此度も血肉沸き踊る戦いを想い、グラディウスにその喜びを込める。
「同胞の為ならば肉体の改造すら受け入れるその自己犠牲の精神！　十分に称賛に値する！」
　意外な事に、マッド・バベッジ（痴女痴女しいやつ・e24750）が紡いだのは、賞賛の言葉だった。だが、それはドラゴン達に媚びた訳ではない。これから倒すべき敵への、まぎれもない敬意であった。
　しかし、と繋げられた言葉。それこそが彼女の真意。
「その頭上は焼津の町。遥か昔から漁業を行い栄えてきた町だ。歴史ある町を地上侵出の為、破壊しようと言うのなら、君らを歴史を駆るんじる愚か者と断じる他ない！」
　愚か者は早急に立ち去れ、との彼女の言葉をダリルも頷き、追随する。
「なりふり構わず異形となってまで生き長らえようとしている貴様らにも、その理由はあるのだろう」
　死は恐ろしい物だ。不老不死のデウスエクスであれば、その事は猶更であろう。
「だが、それは私たちとて同じ。地震で生活の糧となる魚を奪い、この地に水害をも招きかねない所業。貴方達の行いは貴様らから無辜の人々を守り戦うと私たちに決意させる」
　故に、とダリルはグラディウスを振りかぶる。
「どちらの決意が上か、思い知らせてやる――！」
　決死となった侵略者、元より必死の思いで反撃の牙を得た被害者。どちらの想いが上か。それを叩き付けるべく、ダリルは、そしてケルベロス達は咆哮した。
　光は収束し、魔空回廊を穿つ。その反撃の狼煙は爆炎と轟雷を撒き散らし、魔空回廊を貫いた。
「――っ？！」
　一同は息を飲む。黒煙立ち上るその場所の中心に聳える魔空回廊は未だ、健在。
「カッカッカ。やはりドラゴンの魔空回廊。一筋縄にいかんのぅ」
　地面に降り立ったドルフィンの言葉は虚勢だったか否か。
　しかし、此度の攻撃で魔空回廊の破壊に至らなかったことは事実。攻略難易度高い場所とは理解していたが、それを突き付けられた気がし、一同から無念の溜め息が零れた。

●地底潜航竜
「まだ今からですわ。後に続く方々がやってくれますでしょうしね」
　撤退を促すエニーケの激が飛ぶ。
　言われるまでもなく、長居は無用とは、誰しもが共有していた。魔空回廊の破壊を成そうが失敗しようが、ここに巣食うデウスエクスたちが彼らを見過ごす道理は無い。
（「失敗、か」）
　真幸は嘆息と共に事実を噛み締める。一度の攻撃で破壊してやると決意し、その想いを込めた。だが、現実は無情だった。まるで見下すかの如く、魔空回廊は未だ、聳え立っている。
（「だが、収穫が無かったわけではない」）
　例えば想いの強さ。自分を含め、数人はこの地方に対する想いを込めた。想いに優劣などつけれる筈も無いが、その中で真幸の輝きが強かった事は事実だ。もしも想いに違いがあるとすれば、皆は漁港と言う漠然とした対象に対し、真幸はこの地方にしかない物――焼津神社の想いを込めていた。
（「仮に地方への想いをぶつけるならば、その地方独自のもの、か」）
　それはある意味正しく、そして正しくない事も知ってしまった。
　想いの強さとはそうではない。ドラゴン――デウスエクスに対する強い感情もまた、グラディウスを輝かせる一因である事は明白だった。それはフィストやキーアが証明してくれた。
　故に、地方への言及は一要素でしかないと断ずる。それが最適解ならばヘリオライダーがその事を助言しない理由はないのだ。
「なかなか厄介だな」
　想いの強さをグラディウスに載せて攻撃する。ヘリオライダーの口にした文言が正しく、そして全てなのだ。だから、例えその土地に対する想いを載せても、それが弱ければ意味がなく、想いそのものが強いのであれば土地に拘る理由はない。そこに込められる強さのみが意味を為すのだろう。
「――来たね」
　独白はマッドの声によって遮られる。
　地を割り、出現した巨竜は蠢く触手と、怒りの咆哮を纏ってケルベロス達の前に立ち塞がる。
「逃がす気はない、と言う事かな？」
　ルークは不遜な笑みを浮かべ、己が得物である惨殺ナイフを身構えた。

　無数の牙がケルベロス達を梳る。鼻につく臭気は地面を穿つための溶解液か。皮膚に走る火傷じみた痛みと共に、前衛を担うエニーケ、ドルフィン、ルーク、そしてマッドの4名が呻き声を上げた。
「チビくん。サポートを任せましたよ」
　真幸のサーヴァントに補助を頼みながら、ダリルは魔法陣を描く。淡い光が仲間達を包み込み、治癒と守護の力を与えて行った。
「そこを退きなさい！」
　エニーケの咆哮と、血に飢えた回転鋸のエンジンが咆哮は同時だった。擦過による焦げた臭いを残し、地底潜航竜の鱗と皮膚をずたずたに切り裂いていく。
「カッカッカッ！　これぞドラゴンアーツの真骨頂じゃ！」
　続くドルフィンの選択は、エニーケの切り裂いた傷口への追撃だった。自身がドラゴンオーラと呼ぶ闘気を纏った拳は回転鋸によって刻まれた傷口を抉り、ぐちゃぐちゃに押し潰し、広げていく。
「そこだ！」
　怒りの眼差しをドルフィンに向ける地底潜航竜はしかし、次の一撃に跪く結果となる。
　背後に回ったルークが強烈な一撃をその竜体に叩き込んだからだ。
「真実を知って耐えられるか？」
　真幸が紐解くは名状しがたき物について書かれた魔導書だった。正気を削り取る恐怖の産物を象る歌が地底潜航竜の脳を焼き、悲鳴の如き唸り声を零れさせた。
「圧してる、のか？」
「いや、まだだ！」
　マッドの悼みの歌とフィストの守護結界が重なる。歓喜の声は誰から零れた物か。しかし、今はまだ初手。ドラゴンはケルベロス達の攻撃を受け止めたに過ぎない。
　そう、まだ、戦いは始まったばかりなのだ。彼のドラゴンの消耗は僅かばかり。しかし、それはケルベロス達もまた、同じだ。
　己のサーヴァント、テラの投擲した戦輪の如きリングが触手を切り裂く様子を見送りながら、フィストは金銀の羽根の扇を構え、応戦の態勢を取る。戦いが未だ、始まったばかりならば、着実に地底潜航竜の体力を、そして加護を削る事が必要だ。
「キキョウ、オウガ、奴を滅ぼすわよ！」
　纏うオウガメタル、そして攻性植物に命じながら、キーアが憎悪を口にする。纏った鋼鉄の拳を振るう彼女の漆黒の瞳は、ぞっとする程の憎しみが彩っていた。
「短期決戦だっ。後ろは任せた！」
「任されました」
　ルークの叫びにダリルが応じる。
　まるでそれを掻き消すが如く、地底潜航竜もまた、咆哮を以って彼らに牙を剥いた。

●さよならは言わない
「ふん、地底モグラが！」
　槍の如き触手の乱突きからダリルを庇ったドルフィンの声は、いつもの如く喜色混じりに響く。だが、どことなくその声に焦りが滲むのは気のせいだろうか。
「モグラと言うよりミミズですわね」
　揶揄混じりの言葉と共に繰り出されたエニーケの両刃斧の一撃はしかし、ぬらぬらとした粘液まみれの体表に弾かれ、地面に突き刺さる結果となる。肩で息をする彼女の疲労もかなりの濃さを滲ませていた。
「――今、回復します」
　幾度となく治癒グラビティを紡いだだろうか。ダリルもまた、荒い息と共に仲間に治癒を施す。そこに浮かぶ焦燥は、自分達の劣勢を表していた。
（「これが格の違い、か」）
　触手群による攻撃は既に見切っている。防具の相性も誤っていない。その筈なのに、幾度となく繰り返される攻撃の全てを躱しきる事は出来ない。メディックの恩恵によってそれが孕む毒は打ち消したとしても、それが齎すダメージ全てを消し去る事は出来なかった。
　それを補佐する筈のサーヴァント、チビは既に消し飛んでいる。それは、地底潜航竜が狙いをダリル達後衛に絞った為だった。
「流石、なんて言いたくないけど」
　黒いワンピースごと白い肌を食い破られ、全身を血に染めたキーアが唇を噛む。被弾の幾らかはドルフィンやマッドによって逸らされ、防具によって防がれていたがそれでも全てを消しきる事は出来ていない。幾らかの触手は彼女の身体に突き立てられ、流し込まれた溶解液によって侵食されている。その都度、ダリルから回復が飛ぶが、当然、その間、前衛に対する治癒がおざなりになってしまっていた。
「貴方達を焼き尽くす為に生み出したこの業。私諸共でも構わない、塵も残さず燃え尽きろ……ッ！」
　詠唱と共に暴れる黒炎は地底潜航竜を焼き、辺りに焦げた臭いを充満させる。
　だが、それでも地底潜航竜は倒れない。自身を癒す体液を噴き出し、己の負傷を癒していく。
「いい加減、倒れろ！」
　舞うように切り裂くルークの斬撃を受けた地底潜航竜はしかし、応戦とばかりに彼に牙を突き立てる。肩口を切り裂かれ、苦痛に呻くルークを無造作に投げ捨てたドラゴンは再びケルベロス達に向き直ると、戦いの要であるダリル達を狙うべく、触手の鎌首を擡げる。
　それは何処か、槍兵が己の得物を構える様に似ていた。
「クソがっ」
　真幸が吠える。射出した凍結弾は地底潜航竜を捕らえ、無数の触手の内の一本を氷漬けにする。だが、そこまでだった。
　ドラゴンの咆哮は昏い喜びと共に告げられる。それは獲物を追い詰めた狩猟者が浮かべる物を思わせた。
　短期決戦を望んだ。この場から離脱する為にそれは当然の選択だった。だが、その為の布陣と策が成されていなければ、それは意味を為さなかった。
　例えば破壊の恩恵を纏う者がもう一人いれば。例えばスナイパーによる足止めが真幸一人で無ければ。フィストによる足止めは当たれば大きいが、そもそも、当たると言う前提があってこそ。その事実は否定できない。
「キャスター、か」
　命中と回避、その双方に恩恵を施すポジション効果を看過したフィストは、その名を口にする。
　おそらく目の前の地底潜航竜の目的はケルベロス達の撃破ではないのだろう。それは少しでも多くの拒絶と憎悪を得る事。ならば、持久戦こそが彼らの望み。それはケルベロス達の狙いと相容れない内容でもあった。
「そうであれば」
　してやられた、とマッドが驚愕を口にする。魔空回廊を覆う爆炎も、轟雷も、既にその音を小さくしていた。
　もはや、時間的猶予は残されていなかった。
「――仕方ないね」
　そして、マッドは己が腰に下げたグラディウスを手に取る。それを持ち上げた彼女は次の瞬間、彼の兵器を放り投げたのだ。
「何を？」
「頼んだよ。ダリル」
　いざとなったら彼にグラディウスを預ける。それは事前にケルベロス達が打ち合わせした事だった。
「みんなの暴走した姿を見たくないと言えば嘘になってしまうが……それよりももっと見たい未来もあるんでね。ここでキミ達に失踪されちゃ僕が困る」
　物騒な言葉とは裏腹に、マッドは笑う。それが彼女の覚悟だった。
「あ、おいっ！」
　真幸の制止の声は届かない。否、届いた上で、彼女はそれを振り払った。
「じゃ、頼んだよ」
　まるで少し買い物に行くだけだからと言わんばかりに足を踏み出したマッドは、ゲシュタルトグレイブを構えると、地底潜航竜に吶喊する。槍と共に彼の竜を貫く間際、聞こえた叫びは彼女の潜在意識が上げた最後の意志だったのだろうか。
　だが、その一撃を受けてもなお、地底潜航竜は健在だった。先程までと打って変わり、上げる咆哮は痛みを帯びていた。その為、彼のドラゴンもまた、瀕死まで追い詰められている事が判る。
「私も――」
　キーアの焦燥を帯びた叫びはしかし、実を結ばない。マッド同様、彼女も暴走の覚悟はあった。――あった筈だ。だが、最後の最後で浮かび上がった躊躇いが足を止めさせてしまう。
「――マッドの覚悟を無駄にしない！」
　誰もが動きを止めた中、最初に動いたのはルークだった。獣の如く跳躍した彼は牙の如く二本の惨殺ナイフを地底潜航竜の喉元に食い込ませる。逆鱗を切り裂き、デウスエクスの生命を断った彼から零れたのは狼を思わせる唸り声だった。
「振り向くな。走れ！」
　地底潜航竜の死を認めたダリルが叫ぶ。そこに慇懃な口調は残っていなかった。
　周囲には既に第二、第三の護衛たちが集まりつつある。躊躇いはマッドの意志を無駄にすr結果になる。その想いが彼を、そしてケルベロス達を突き動かす。

　やがて、焼津の町を覆う黒炎と轟雷は姿を消して行く。
　その様子を遥か彼方から見届けるのは、残された7人のケルベロスと、8本のグラディウスだけだった。

作者：秋月きり	重傷：なし 死亡：なし 暴走：マッド・バベッジ（神の弩・e24750）
種類： 公開：2017年9月11日 難度：普通 参加：8人 結果：成功！
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