いつも上から見てるよ。

作者:南天

●狩られ首
 8月も半ばが過ぎたころ。昼。蝉の鳴き声。クーラーのない教室。
「なんで夏休みに学校来なきゃいけねえんだよ!!」
「赤点取ったからだろ」
「早く帰って涼しい部屋でガチャ回してえ」
 男子高校生が3人、蒸し器のような教室でぐんにょりとろけながら話している。
 補習授業と銘打たれたそれは、担当教師が暑さに耐えかねて職員室に戻ったところから自由時間となった。
「課題終わんねえと帰れねえし……暑くて頭働かねえし……どうすりゃいいんだよお……」
 せめてもの涼を求めてストローを吸うも、来る途中に買ったいちご牛乳は既にホットミルクになっていた。その熱と甘さに吸い口を離したそのとき、ふと蝉の声が止んだ気がして、
「ねえ、あなた達。怪談話は好きかしら?」
 眼前に黒いフードを被った女がいた。
「は、はい」
 3人のうち1人が声を上げると、残りも急いで頷いた。有無を言わせぬ迫力がその女にはあったのだ。返事を受けて、黒フードの女は語り始めた。
「あなた達が生まれるよりもずっと前、この町で連続猟奇殺人事件があったの。犯人はね、人の身体をのこぎりとのみでバラバラにしちゃうんだけど、頭だけは絶対に現場になかったんだって。それでね、とうとう警察は犯人を追い詰めて、家の中を探したんだけど、どこにも頭はないわけ。一体どこに隠してたんだと思う?」
 女は一拍置いて、窓際に歩を進める。
 そして、手招き。
 3人がそばまで来ると、いたずらそうに笑って外の建造物を指さした。
「体育館。天井。ほら、ボールが飛んでいって上に挟まったことってなぁい?」
 女はくすくす笑って続ける。
「犯人はロープだかなんだかで持ち上げてたみたいだけど……細かいトリックよりも、おもしろいのはその後ね。なんと挟まった頭が腐ってぽたぽた垂れ出すまで、誰も気付かなかったんだって。人の目ってすごいわよね。見たくないものは絶対に見ようとしないの」
 最後に女は、3人に顔を寄せてこうつぶやいた。
「深夜3時に体育館の天井を見上げるとね、ボールに混じって今でも『残り』が見つかるらしいわよ」
 1人が挟まる生首を想像してしまい、それは本当の話なのか女に問いただそうとした。しかし、その時には女の姿は消えていた。
「あとで……」
「……おう」
「夜に……確かめに……」
 好奇心に暑さを忘れた3人は、まるで後ろめたいことのようにひそひそと言葉を交わす。

「ドラグナーの『ホラーメイカー』が屍隷兵を利用して事件を起こそうとしています!」
 大変なの、と笹島・ねむ(ウェアライダーのヘリオライダー・en0003)は付け加えた。
 両手で頭頂を覆い、ぎゅっと縮こまった格好で。
「ホラーメイカーは作った屍隷兵を学校に隠して、そこの生徒さんたちに屍隷兵と関連づけた怪談を聞かせるんですって。それで、怪談に興味を持った生徒さんが自分から屍隷兵のところに行くようにするんです!」
 怖い話どころか罠まで張るなんてひどいですよね! とねむは続ける。
「怪談の内容の場所に行ってそこを探せば屍隷兵が出てくるから、みんなには生徒さんたちが現場に現れないように注意しつつ、敵をやっつけてほしいんです!」

 それでね、とねむはささやいて、
「それで今回出てくる屍隷兵の特徴なんですが、腐りかけた頭みたいなかたちなんです。それが8つ、ドーンドーン、ゴロゴロゴローって! ドカーってぶつかってきて、びちゃってなるんです!!」
 言い切った後に何かいやな光景を思い出したのか、ねむはまた縮こまりポジションに戻り、
「懐中電灯か何かで照らすと落ちてくるから……一個一個はそんなに強くないんだけど、ひとりでたくさん相手にすると大変だから気をつけてください!」

「それと、その頭って見る人によって違う顔に見えるらしいんです。帰ってきても、どんな顔だったか言わないでくださいね……」
 ねむはいよいよボールのように縮こまり、ぼそぼそと話を結んだ。


参加者
ペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)
四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)
大神・凛(ちねり剣客・e01645)
レイリス・スカーレット(紫電の空想科学魔導師・e03163)
熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)
イアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)
ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)
サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)

■リプレイ

●怪談の真偽を確かめに
 午前3時少し前。
「テープ、張ってきましたよー」
 人払いの仕掛けを担当していた熊谷・まりる(地獄の墓守・e04843)が戻り、小声で仲間たちへ報告した。
 そしてケルベロスたちは体育館へ入る。辺りはしんとしており、金属製の引き戸を押す音がよく響いた。内部には月明かりが入り込み、うっすらと空間を照らしていた。
「学校って普段来ないから只でさえ新鮮なのに、深夜の体育館って……こんな感じなんだー。ほぉ~」
「見えねえわけじゃねえが、やっぱある程度の光は必要だな」
 普段はけして足を運ばない時間に見る体育館に感嘆の思いを抱いたまりる。そして、イアニス・ユーグ(金鎖の番犬・e18749)がつぶやいたのに続き、各々が持参した光源を灯していく。
 慎重に下へ向けられた光によって床周辺だけが薄闇の中に浮かび上がり、いよいよ非日常感が感じられる趣きになってきた。
「学校ではよくありそうだけどいやーな怪談よねぇ」
「僕は通ってないから情緒とかわかんないな。怖いもの見たさってよく言うけど、腐った頭が落ちてくるのが見たいってほうが不思議だよ」
「どんな顔に見えるのかは気になるがな」
 靴を履かずにぺたぺた歩き回るペトラ・クライシュテルス(血染めのバーベナ・e00334)に、ノチユ・エテルニタ(夜に啼けども・e22615)が返す。レイリス・スカーレット(紫電の空想科学魔導師・e03163)も、装備のチェックをしつつ加わった。
 各々、準備をすませて。
「いいかい? ……それじゃあ、照らすよ」
 サロメ・シャノワーヌ(ラフェームイデアーレ・e23957)が天井、構造物にひっかかった影をライトで照らした。
 ほどなく落ちてきたそれは、ボールとは違い、跳ねることなく床に転がり……。

●その顔はよく知っている
「……レン!?」
 落ちてきたそれは、彼女が一緒に暮らしている幼馴染みの顔をしていた。
 灰の髪はくすんで乱れ、頬に空いた穴から蛆虫が吹き出し、深い海の色をした瞳が干し杏のように萎んだ、幼馴染みの顔をしていた。
 首が転がる。びちゃびちゃと粘性の音を立てて。
 切断面に見えた骨の白さに目を奪われる。
 大神・凛(ちねり剣客・e01645)は見えた姿に虚を突かれ、愛刀を手に固まっていた。
「陰陽道四乃森流、四乃森沙雪。参ります……祓い給い、清め給え、死天、剣戟、急急如律令!」
 叫び、召喚した無数の刀剣を転がる首に突き立てんとする四乃森・沙雪(陰陽師・e00645)。しかし、転がる首はその刃の雨を潜り抜けて凛へと迫る。
 サロメが横合いから飛び込んだ。当たる瞬間に身をひるがえし、厚いマントで首を弾き反らす。宙に打ち上げられて速度を失った首を縫い止めるようにレイリスの放った鉤爪アンカーが刺さり、チェーンが絡みついていった。すかさず、イアニスがパイルバンカーを撃ち込み、仕留める。できるだけ凛に見せぬように背を盾にして。
「本当に人によって見えるモン違うんだなあ」
 自分には見知らぬ者の顔に見えたそれを反芻しつつ、イアニスは少しだけ背筋を震わせた。

「大丈夫かい? もし、辛いようなら……」
「すまない。ちょっと見慣れた顔だったもんでな」
 ほのかに桃色に輝く二刀を構えて、次のを頼むと促す凛。
 その瞳は心を弄ばれた怒りに満ちていたが、息は整い、惑わされず敵を斬るという決意が全身からあふれていた。だが、日ごろの鍛錬の成果で平常心を取り戻した凛の後ろには、
「例え、幻の類であろうとも……その姿を私に見せた事は決して許さん」
 レイリスが愛用の杖を折れんばかりに握りしめ、
「これは、知らない。僕の知ってる顔ではない」
 星屑にように揺らめく漆黒の髪のその奥で、ノチユの瞳が震えていた。
 かたや妹、かたや懐かしき少女。
 取り戻せない過去や後悔、輝かしい憧憬を無惨なかたちで彩られ見せられたことで心をかき乱された者も少なくなかった。
「2、3体ずつまとめていったほうが効率的かもしれませんね」
 一度刃を交わして得られた敵の個体戦力と、仲間の動揺を省みて沙雪が提案した。
 まりるがうなづいて暗視ゴーグルで次の獲物を確認し、落とす役割を担ったディフェンダーたちが再度、天井の一点をライトで照らす。今度は3つの首が落下した。
「閃光作戦全十三機、第三カタパルトから発進。眼下の敵を照準せよ!」
 新たな首が地に着くよりも早く、レイリスは13機の特務戦闘機型使い魔に攻撃指示を出した。レーザー、電撃、ミサイル、ビット、粒子弾などの様々な誘導兵器による一斉射撃が行われ、腐り首らは一瞬で巻き上がった塵に包まれる。
 覆われた視界の中でもあやまたず、ケルベロスたちは攻撃を加えた。
「我、全てに破滅を与える者なり。――全部持って行きなさぁいッ!」
 ペトラの指先が触れた瞬間、首を中心にピンク色の魔法陣が大きく展開された。ほどなく大爆発。その身に溜め込んだ快楽エネルギーを魔力へと換えて注ぎ込み、対象内部で炸裂させる、サキュバスの鹵獲術士ならではの技が決まった。
「できれば直接触れたくないんですけどねー」
 また、別の首はまりるの放った音速を思わせる獣撃拳に打たれ、
「死天、剣戟、急急如律令!」
「お前の傷はまだ浅い。もうちょっとだけ広げるぞ」
 飛ばされて残りの首とまとまったところを沙雪、イアニス両名のコンビネーションによって削られる。猛烈な勢いと数にて反撃の芽ごと敵を貫く沙雪の死天剣戟陣。それに重ねて一撃の威力よりも、敵の傷を切り広げる精緻さを重視したイアニスの死天剣戟陣……天下剣戟斬という独自技術にまで昇華された猛攻を食らい、首らの動きはみるみる鈍っていった。
「死者は侮辱されてはいけない。そんなこと、許されない」
 腐り果てたその顔を見て一瞬は動揺したもののノチユは立ち直り、敵と認識したその顔を狙う。突き出された指先は対象の気脈を断ち、腐敗した姿かたちにふさわしい死を与えてゆく。
「ステイ、行くよ!」
 相棒の凶器攻撃に合わせて鋼の拳をサロメが打ち込んだ。少しでも早く、この悪趣味な怪談を終わらせようと力がこもる。さらに、凛の相棒であるライドキャリバーのライトも動き、内蔵ガトリング砲の掃射でさらなる損傷を腐った首に強いてゆく。
「もう、同じ手は通用しない!」
 そして凛が跳び、一族に伝わる素早い剣術により刃を煌めかせて残った首を真っ二つにした。それは先ほどと同じく幼馴染みの顔に見えていたが、まやかしをまやかしと認識し、敵は全て叩き斬ると決意した彼女には、もはや一片のためらいもなかった。

「もう一回やれば全部終わりそうねぇ。いけるぅ? レイリスちゃん?」
「先ほどはつい力が入り過ぎたが、もう落ち着いた。室内戦のコツも見えてきたし、首どもの動きも読めた。すぐ終わらせるさ」
 ペトラの問いに答えたその声色は未だ首に対する激しい憎悪を匂わせてはいたものの、その言葉は元のごとく冷静だった。
「壊れたところは後でヒールすればいいさ」
「そうだね。……こんな悪夢には夜のうちに消えてもらおう」
 イアニスの言葉を受け、サロメは拳を強く握った。
 敵の行いによって戦意をいや増したケルベロスたちが残る首たちを照らし落とす。
 ぼとりと落ちるそれの立てた耳障りな音を聞いても、慣れ親しんだ人や想像の中にしかない不気味な姿を借りたその顔を見ても、番犬たちの心が乱されることはもうなかった。

●怪談の後始末
「あと一つ! そっち行ったよー!!」
「鬼魔駆逐、破邪、建御雷!臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前!」
 沙雪は手で刀印を結び、九字を唱えつつ印を四縦五横に切る。印を切るごとに指先に力が集まり、光の刀身が現れた。そのまま、逃げる首を捉えて切り刻んだ。
「これで8個全部終わりましたかねー?」
 仕上げとしてまりるは暗視ゴーグルごしに天井をくまなく確認する。だが、後に残るのはいつ引っ掛かったか知れぬボールだけだった。
 殲滅完了を知り、思わず息を吐いたケルベロスたち。静寂の中、不浄を払うために沙雪が行った弾指のパチッ、パチッといった音だけが体育館に響いた。
「さて、もうひとがんばりしなきゃね」
「……後片付けか」
 サロメが述べ、ノチユがため息をついた。
 戦闘中は気にもならなかったが、改めて見ると体育館の中は激戦の代償として荒れ果てていた。転がり逃げる首を潰すために放った範囲攻撃で床は砕かれ、潰れた首がまき散らす汚液でそこかしこが染められている。
「せめて裸足で歩けるぐらいには戻してあげないとねぇ」
 足の踏み場を選びつつ、ペトラが言った。

「体育館の床に落ちていいのはスポーツマンの汗と涙だけですからー」
「なんだよそれ」
 まりるとイアニスは、雑談を交わしながらモップで床を磨いていた。ふと、イアニスはあることを思い出して、
「あー! 写真撮っときゃよかった!!」
 と、嘆く。
 見る者によって見えるものが違うというその首を写真に収めたならどうなるのか……当初はスマホで撮影する心づもりだったのだが、戦闘の熱によって失念してしまっていた。
「自分にはジャックオーランタンに見えましたよー。まあ、あんまり拝みたい顔じゃなかったですけど」
 まりるの返答を受けて、腐ったカボチャ頭をイアニスは想像する。見たかったような、見たくなかったような気がして、イアニスは思わず顔をしかめた。
「守ると決めたのだ。今度こそ、二度と誰にも殺させはしない」
 館内の損傷箇所にヒールを手際よく施しつつ、レイリスはぽつりと小さく端的に、だが、はっきりと述べた。
 彼女の戦う理由、ケルベロスとして戦場に立っている意味……言葉に出すことでその決意はより固くなり、レイリスの中に燃えさかる思いはより鮮明になった。

「こんなところかしらねぇ……うん、来たときよりもきれいになってると思うわぁ」
 ぺたぺたと歩き回りつつ、ペトラが最終チェックを行う。彼女がもらした言葉のとおり、ヒールと掃除のかいあって体育館は傷も塵もない美しいものになっていた。
「じゃあ、帰ろうか」
 がんばりすぎて首が痛いよ、と首筋を揉みつつノチユが言う。
 仲間たちもそれに同意し、ぞろぞろと体育館から出て行く中、ふと何か忘れ物を思い出したようにサロメは駆け、中に戻った。
 ライトを当てて見つけたそれをめがけて威力を抑えたトラウマボールを放り、構造体の狭間から救出する。
「ずっと上からじゃ寂しいだろうからね」
 軽やかな音を立てて、古びたボールは嬉しそうに跳ね回った。

作者:南天 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年9月10日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
得票:格好よかった 2/感動した 0/素敵だった 0/キャラが大事にされていた 4
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