グラウンドの彼女

作者:小茄


「でね、それから一週間後……その子は死んじゃったんだって」
「えぇー!? 嘘だよ絶対嘘」
 夕暮れ時、夏が終わるのを惜しむように、部室で怪談話に興じている女子生徒達。
「ねぇ、あなた達、怪談話は好きかしら?」
 いつからそこに居たのか、着替えのために鍵も掛けたはずなのに。この暑さにも関わらず、黒いローブを纏った見慣れぬ女子が部室の隅からそう問い掛ける。
「ふぇっ?! ……え、は、はい」
「それはまぁ……」
 部員達は驚き、ビクつきながらも頷く。
「……昔この学校に、インターハイで優勝を狙える様な凄い陸上選手が居た事を知ってる? その子は性格も容姿も良くて、人気者だった。でも彼女は、夏休みに入る頃に交通事故に遭って」
「し、死……?」
「いえ、両足を切断する様な大怪我を負ったの。顔も身体も、あちこち手術する様な酷い怪我よ。でも彼女はリハビリも頑張ったわ。友達やクラスメート、後輩もお見舞いに来た」
 最初はどこか不気味な雰囲気に恐怖すら覚えていた部員達だが、いつしか固唾を呑んで彼女の話に聞き入っていた。
「けれど、二度見舞いに来る子は居なかった。余りに変わり果てた彼女の姿を、皆見て居られなかったのね……どこでも常に中心的存在だった彼女は、生まれて初めて独りぼっちになった。すっかり笑わなくなり、リハビリも辞めてしまった」
「……」
「やがて夏休みが終わる、丁度今くらいの時期に……彼女は深夜、車椅子で病室を抜け出して学校へ向かった。そしてグラウンドの真ん中で、自分の首をカッターで刻んで自殺したわ。何でだと思う?」
「……ど、どうして」
「理由は色々でしょうね。でもグラウンドに立つとき、誰もが彼女の事を思い出さずには居られなくなった。そして今でも、夏休みに深夜のグラウンドへ行くと……彼女が姿を現わすと言うわ。自分の事を忘れさせない為か……或いは、仲間を求めているのかも」
「う……」
 顔を見合わせる部員達。
「そ、それ本当ですか? そんな話……あれ?」
 再びローブの女に視線を戻したとき、彼女の姿は既に消えていた。
「ど、どう言うこと?!」
「ってかさぁ、今の誰かの知り合い?」
「ねぇそれより、さっきの話が本当なら……今夜辺り、出るんじゃない?」
 部員達は再び、顔を見合わせた。


「ドラグナー『ホラーメイカー』が、屍隷兵を利用して事件を起こそうとしているみたい」
 ヘリオライダーの説明によると、ホラーメイカーは作成した屍隷兵を学校に潜伏させた後、興味が有りそうな中高生に怪談を話して聞かせ、自ら現場へやって来る様に仕向けると言う。
「既に、こうした怪談におびき寄せられて行方不明になった子達も存在するわ。早急に手を打たないと、被害は拡大する一方ね」
 今回は、学校のグラウンドに深夜出現すると言う少女の怪談を聞いた一般人を、屍隷兵から守り、これを撃破する事が作戦の内容だ。

「屍隷兵は2体出現するわ。えぇ、怪談の内容とは食い違うけれど、おびき寄せた人間は一人も逃がさないと言う事かしら」
 それぞれの戦闘力は、決して高い訳では無い。
「前述の通り、話を聞いた運動部の女子生徒達、計10名弱がグラウンドにやって来るわ。彼女達が襲われない様に守る必要があるわね」
 深夜の学校は施錠されている為、彼女達はフェンスを乗り越えて敷地内に入ってくると予想される。
 そうなると、キープアウトテープ等で特定の地点を塞いでも、彼女達はグラウンドまで入って来てしまうだろう。
 加えて、彼女達は1~3人程度のグループでそれぞれ異なる方向からやってくる。いささか厄介な対応に追われる所だろう。
 他方、グラウンドは視界も足場も良好。目の届かない場所でいつの間にか襲われて居たと言う事は起こりにくい。その点はこちらにとって有利だ。

「恐らくこの屍隷兵は、螺旋忍軍の集めたデータを元にして作られたものかも。わざわざ自主的に現場に被害者をおびき寄せるなんて、周到なドラグナーだけど、これ以上の被害が出る前に、何とか阻止して頂戴!」


参加者
ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)
ロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)
霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)
パトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)
葉月・静夏(戦うことを楽しもう・e04116)
リーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)
プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)
豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)

■リプレイ


 エアコンも扇風機も無かった時代。人々は、恐ろしい怪談を聴く事で涼を得たと言う。
 ならば、ドラグナー『ホラーメイカー』がこの時期に怪談を利用した策を立てたのも、そこまで不思議な事ではないのかも知れない。
(「態々夜中の校舎にやって来るなんて、最近の学生は行動力あるね……」)
 グラウンドに降り立ったロベリア・エカルラート(花言葉は悪意・e01329)は、素早く周囲を見回して現状の把握を始める。
 彼女も比較的怪談は好きと言うが、日常的に超常(矛盾する表現だが)の現象と触れあうケルベロスでさえそうなのだ。
 平穏で平和で、平凡な日常を送っていると考える学生達にとって、不思議なストーリーテラーとの遭遇は、何か特別な世界に通じる扉が開かれた様に感じられたに違いない。
「あれー、もう皆来てるのー?」
 ケルベロスが降下を完了するが早いか、聞こえてくる緊張感の無い声。その主は、手を振ってこちらに歩いてくる3人の女子生徒だ。
 防犯上の理由かグラウンドには照明が灯っていたが、さすがに遠目に顔までは確認出来ない。どうやら自分達より早めに来た仲間達だと勘違いしている様だ。
「此処は危ないから逃げて」
「え? 何?」
「肝試しは中止だよ」
 プラン・クラリス(愛玩の紫水晶・e28432)が両手をメガホン代わりに避難を促すが、やはりすぐには状況が伝わらない。
 ただ、何か特殊な状況である事は伝わったと見えて、彼女達は足を止めて顔を見合わせている。
「リーナ、お願い」
「わかった……」
 プランの声に頷くより早く、殺界を形成するリーナ・スノーライト(マギアアサシン・e16540)。
 ただし女子部員達は怖いもの、不思議なものを求めてこのグラウンドを目指してくる。数人グループ単位での待ち合わせと言う事情も相俟って、殺界の影響で安全圏に退去するまでに一定のタイムラグが発生する可能性は高いだろう。
 無論、ケルベロス側もその点は配慮済みだ。
「あの子達ハ、ワタシに任せテ!」
 タッと地面を蹴って、その女子達に駆け寄って行くパトリシア・バラン(ヴァンプ不撓・e03793)。即効性に関しては、直接の説得に勝るものはない。
「っと、じゃああっちはボクが」
 逆方向、やはり2人組がやって来るのを認め、そちらへは豊田・姶玖亜(ヴァルキュリアのガンスリンガー・e29077)が走り出す。
「アレ、で。全員だと良いケド」
 新たな3人組を、霖道・悠(黒猫狂詩曲・e03089)が視界に捉える。
 運動部ゆえだろうか、待ち合わせの時間にはかなり正確に集まってきた様だ。
 ――タン、タン、タンッ。
 そして部員達に続き、軽やかな足音を響かせてグラウンドの外周に出現したのはユニフォームを纏った少女の霊……ではなく、屍隷兵。
「おっと、敵も出てきたねー。お望み通りにつられてきちゃったよー。嬉しいのかな?」
 葉月・静夏(戦うことを楽しもう・e04116)は声を掛けながら、これに突進。
「ルビーク君、校舎方向にもう一体! 私達も行くよ、イリス!」
「相手をするのは俺達だ、よそ見はさせない――!」
 ロベリアの声に頷くが早いか、ルビーク・アライブ(暁の影炎・e00512)は巨大な鉄塊剣「runo」を最上段に振り上げて、新たに姿を現わした車椅子の少女へと向かう。
 どうやら役者は揃ったらしい。後はハッピーエンドを迎えるか、悲劇となってしまうのか。その一点のみだ。


 身体にフィットする無駄の無いユニフォーム。しかしそれを纏うのは、間近に見るも痛ましい継ぎ接ぎだらけの身体をした少女の屍隷兵。
「はぁっ!」
 ルビークは振り上げた鉄塊剣を、渾身の力で振り下ろす。
 石と石をぶつけ合わせる様な、ガチッと言う音と僅かな手応え。屍隷兵の左手半分ほどがその一撃で砕け散った様だが、怯むこと無く身体を翻し、鋭い蹴りを繰り出す。
「っ!」
 強力な攻撃の直後、否応無く生じた隙を突かれる形になったルビークは、直撃を覚悟する。
 が、屍隷兵の攻撃を受け止めたのはボクスドラゴンのノア。悠の指示を受け、こちらの抑えに回っていたのだ。
「そうそう、私達が相手してあげるからさ」
 次いで走り込んできた静夏は、大鉄塊管を振り上げ屍隷兵の背へと叩きつける。
「あ゛あぁぁぁ……!」
 衝撃によろめくユニフォーム。生気の感じられない眼球を此方へ向け、濁った叫び声を響かせる。
「俺達は、ケルベロス。此処は、危ないンで。今すぐ逃げろ」
「え? 嘘……じゃやっぱりあの話って」
「と、とにかく行こ!」
 一方悠本人は、女子部員達へ割り込みヴォイスで退去を促す。
 殺界の影響もあって、ここが異常な空間である事は実感として伝わっていたのだろう。素直に踵を返し、小走りに去って行く3人組。
「事情は知ってマス。でも居るのはお化けじゃなくてマジモンの殺人鬼ヨ。今は退治の真っ最中! 離れてチョウダイ」
「さ、殺人鬼!?」
 それはパトリシアの言葉を聞いた部員達も同様。顔を見合わせると、慌てて校門へ走り出す。
「さあ、お嬢さん方。夜は怖い『お化け』が出るよ。早くお帰り」
「は、はいっ……!?」
 芝居がかった口調で言う姶玖亜の肩越しに展開される戦闘を目にして、最後の2人組もいそいそと退去してゆく。
 少し人数が足りないのは、恐らく殺界の影響で敷地内に入る前に引き返した子も居たのだろう。
「人を襲う悪い子は縛っちゃうね」
 運動部員達が逃げて行くのを視界の隅で見送りつつ、プランが顕現させたのは夜闇に溶け込むような半透明の御業。
 それは半身の屍隷兵へと飛び掛かり、その大いなる掌で鷲掴みにする。
「惨劇、再臨……」
 動きが鈍るその瞬間を突くように、リーナは魔宝刃ファフニールの刃を翳す。漆黒の刀身に映し出されるのは暴走する大型車両か。
 具現化されたトラウマは、病衣姿の屍隷兵へと凄まじい勢いで激突する。
「ロベリア……」
「OK、さっさと終わらせるよ」
 リーナの声に応え、ケルベロスチェインを放つロベリア。ビハインドである双子の姉、イリスも心霊の力によって動きを封じんとする。
「うううぅ……」
 病衣屍隷兵は呻き声を上げて身悶えするが、やはりその継ぎ接ぎだらけの身体を、自己修復してゆく。
 ケルベロスは大きく乱れた陣形ゆえの位置関係、そして逃げ行く部員達にも注意を払いながら、戦闘を継続する。


「あ゛ぁっ!」
 言葉にならない言葉を発しつつ、風を巻いて疾走するユニ屍隷兵。
 怨嗟がカマイタチの如くケルベロスの身体を斬り付ける。
「っ……これが俺の覚悟」
 ルビークは微かに顔を顰めつつ、一歩も退くこと無く左腕の焔を揺らす。
 グラビティを弱化させるエネルギー弾を至近距離から撃ち込み、尚も敵を一身に引き付け続ける。
「地獄に吹くこの嵐、止まない嵐を見せてあげる」
 両腕を構成する地獄を、あたかも舞い散る花の如き無数の刃へと変えて、ロベリアは満身創痍の病衣へと叩きつける。
「もう、一押し」
 繰り返し雷の壁を形成し、仲間の治癒と耐性強化を行い続ける悠。
 その言葉通り、次第に集中し始めたケルベロスの攻撃によって、病衣には至る所に血が滲む。
「おぉぉぉ……!」
 血の涙を滴らせつつ、低い咆吼を響かせる屍隷兵。怨嗟の力が籠もったその叫びは、焼けるような衝撃と共に、心を凍て付かせる様な魔氷となってパトリシアを襲う。
「つっ……リーナ、一気に行くヨ!」
 が、彼女はそれを払うかの様に、威勢良く言って黒色の魔弾を放つ。
 一般人が脱出し、仲間と連携も万全な今、受けたダメージも致命的な物とは成り得ないとの判断だ。
「わたしの刃からは逃れられない……」
 コクリと頷いたリーナは、再び音も無く敵の死角へ回り込み、星形のオーラを蹴り込む。
 側背からの直撃を受け、吹き飛ばされた勢いそのままに地面を転がる病衣。
「姶玖亜ちゃん、トドメを刺すよ」
 そう発すると同時、ロベリアの手から放たれるオーラの弾丸。
「あぁ……そろそろおねんねの時間だよ。いい夢かどうかは……保証できないけどね」
 これを受け、愛銃セレスティアル・ベルの引き金を引く姶玖亜。
 首筋に食らい付くオーラに、ビクリと身体を仰け反らせる屍隷兵。直後、漆黒の軌跡を描いた弾丸はその眉間を打ち抜いた。
「これ。で、残り1」
 悠の呟きの後、ちりんと鳴るのは鈴の音。どこからともなく走り来る無数の影。にゃあ、お。と鳴声が連鎖すれば、瞬く間にユニ屍隷兵を取り囲む。
「アァァァァーッ!」
 苦悶の叫びを響かせ、再び数歩よろめくユニ屍隷兵。パタパタッと血が滴り落ちて黒い血だまりを作る。
 けれど、思考も恐怖も無い屍隷兵は尚も戦い続けようと、先ほどよりは鈍っても尚、鋭い蹴りを放つ。
 ――ガッ!
 鈍く響く音。
「退く気は無い」
 今度は衝撃に眉一つ動かさず、その脚を受け止めるルビーク。
「そろそろ終わらせようねー」
 大鉄塊管を投げ捨て、両手にバトルオーラを纏わせた静夏。
 利き手である左手に、眩いばかりの炎が燃えあがる。
「煌き輝け! この一撃は、夏の夜空を翔る流れ星!」
 ロンダート、バック転、そして後方ひねり宙返りで天高く飛翔。夜闇を灼く炎の軌跡を残し、落下の勢いもそのままに拳を叩き込む。
「お゛ぉぉぉ……!」
 ぐしゃっと言う音と共に、炎に包まれる屍隷兵。
「死んだ後も弄ばれて辛いよね、気持ち良く終わらせてあげる。イっていいよ」
 いつしか背後に回り込んでいたプランは、その耳元で熱っぽい囁き。継ぎ接ぎだらけのその痛々しい身体を慈しむように抱擁し、撫でる。
「っ……ぁ……!?」
 その両手で艶めかしく愛撫を続けながら、彼女自身が経験してきた快楽と苦痛の記憶を一気に流し込む。
「少女のゾンビを再殺するには……やっぱりこれダワ!」
 余りの感覚に束の間、動きを止めた屍隷兵に肉薄したパトリシアは、両手のチェーンソー剣を目にも留まらぬ速度で振るう。
 それが正確に165分割だったのかどうかは不明だが、いずれにしても継ぎ接ぎの哀れな少女は、常世から解放されたのだった。


「好奇心旺盛なのは悪い事じゃないけど、あまり危ない事したらダメだよ」
「はぁい……」
 プランの言葉に、恐縮しつつ頷く部員達……のうちの数人。
「ま、怪談聞いて気になるのは分かるけどさ……」
 と、軽く肩を持つ様に笑ってみせるロベリア。
「興味本位で危険な事に首を突っ込んで欲しくない。今回みたいに怪談を餌にした事件があるから……特に気を付けてくれ」
「はい、気をつけます……」
 ルビークの言葉に、また部員達はペコペコと頭を下げる。
「……ン、全員の。確認は、取れた?」
「あ、はい。2人は来る途中になんか嫌な感じがするからやっぱり来ないって。で、さっき避難した子達とも連絡が取れました」
 悠の問いに、1人の女子が答える。全員無事で間違い無い様だ。
「……どうか、安らかに眠って……」
 屍隷兵の素材にされた少女達の冥福を祈るリーナ。
 残念だが、ホラーメイカーの痕跡や被害者達の手がかりをこの場で得る事は出来なかった。
「……」
 月喰島で目にした屍隷兵は、今も作られ、そして新たな悲劇を起こそうとしている。そう考えた姶玖亜の視界の中、ぽつぽつと瞬く星が滲む。
「不審者と間違われる前に、私達も帰ろうか。……どうしたの、姶玖亜ちゃん」
「いや……今夜は少し風が強いね。目にごみが入ってしまったよ」
 静夏の言葉に苦笑いで応える姶玖亜。
「後始末もオッケー。それじゃ解散!」
 ポンポンと手を叩くパトリシア。
 部員達が去って行くのを見届けた後、ケルベロスもその場を後にする。

 学校の怪談を利用したホラーメイカーの作戦を、阻止する事に成功した一行。
 新たな悲劇の連鎖が一つ、食い止められたのだった。

作者:小茄 重傷:なし
死亡:なし
暴走:なし
種類:
公開:2017年8月31日
難度:普通
参加:8人
結果:成功!
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